悠久の時を超え、今なお多くの人々の心を捉えて離さない物語、三国志。魏・呉・蜀、三国の興亡を描いたこの壮大な歴史ロマンの中でも、特に日本人に人気が高いのが、仁徳の君主・劉備玄徳が建国した「蜀」ではないでしょうか。天才軍師・諸葛亮孔明、一騎当千の猛将・関羽、張飛、趙雲、馬超、黄忠。綺羅星のごとき英雄たちが理想を掲げ、駆け抜けた地、それが現在の中国・四川省を中心とした一帯です。
こんにちは、食品商社に勤めながら、世界の食と歴史を巡る旅をライフワークにしているグルメライターの隆です。今回は、長年の夢であった三国志・蜀の聖地巡礼の旅へ繰り出してきました。歴史の教科書や小説、ゲームの世界で思い描いていた風景が、今、目の前に広がっている。その感動は、言葉では到底言い尽くせません。この旅は単なる観光ではありません。英雄たちの息吹、理想と現実の狭間での葛藤、そして民を思う心に触れる、時空を超えた対話の旅なのです。
この記事では、蜀の都であった成都を中心に、三国志ファンならば一度は訪れたい名所旧跡の数々を、私の体験談と共にご紹介します。もちろん、グルメライターとして、魂を揺さぶる本場の四川料理の情報もたっぷりお届けします。さらに、これから蜀の地を旅しようと考えている方のために、ビザの取得から現地での通信事情、トラブル回避術まで、実用的な情報もふんだんに盛り込みました。「この記事を読めば、すぐにでも蜀への旅の計画が立てられる」。そう思っていただけるような、情熱と情報を詰め込んだ一篇です。さあ、共に三国志の世界へ旅立ちましょう。
成都の旅をさらに深めたい方には、悠久の都・成都を味わい尽くす完全ガイドも合わせてご覧ください。
旅の準備 – 知恵と装備で万全を期す「兵馬は未だ動かずして、糧秣は先に行けり」

諸葛亮が兵站の重要性を強調したように、快適で安全な旅は入念な準備から始まります。特に中国への旅行は、他国とは少し異なる準備を要します。ここでは、蜀へ旅立つ前に必ず押さえておきたいポイントを具体的にご紹介します。
パスポートとビザ – 旅の通行証
まずはパスポートの有効期限を必ず確認しましょう。中国入国時には、パスポートの残存有効期間が6ヶ月以上であることが望ましいとされています。もし期限が不足している場合は、速やかに更新手続きを行うのが賢明です。
また、現在の状況では、日本のパスポートを持つ観光客が中国へ訪れる場合、15日以内の滞在であっても基本的には観光ビザ(Lビザ)が必要です。以前は15日未満の観光や商用目的の渡航でビザ免除が認められていましたが、この措置は2024年5月時点で停止されています。渡航前には必ず最新情報をご確認ください。
ビザ申請は、居住地域を管轄する「中国ビザ申請サービスセンター」を通じて行います。申請時には申請書類、証明写真、パスポート、航空券の予約確認(eチケット)、ホテルの予約確認書類などが必要です。申請から受け取りまでに1週間から10日程度かかる場合があるため、出発の1ヶ月前には準備を開始することをおすすめします。書類に不備があれば再提出が求められ、余計に時間がかかるので、センターの公式サイトで必要書類をしっかり確認し、慎重に準備を進めましょう。
航空券とホテルの手配 – 早期予約がポイント
旅の要となる航空券とホテルは、できるだけ早く予約することが望ましいです。特に中国の国慶節(10月初旬)や春節(旧正月)といった大型連休の時期は、航空券や宿泊料金が高騰し、予約自体が困難になることがあります。旅程が固まり次第、複数の予約サイトで比較検討することをおすすめします。
成都には「成都双流国際空港(CTU)」と「成都天府国際空港(TFU)」の2つの空港があります。日本からの直行便も多く運航されていますが、経由便を選ぶことで費用を抑えられるケースもあります。利用する空港によって市内へのアクセス手段が異なるため、予約時には必ず空港を確認しておきましょう。
ホテル選びに関しては、成都は広い都市なので、観光の拠点としては地下鉄駅の近く、特に武侯祠や天府広場周辺がおすすめです。外資系の高級ホテルからリーズナブルなビジネスホテル、個性的なブティックホテルまで多様な選択肢があります。口コミを参考にしつつ、ご自身の旅行スタイルや予算に合った宿泊先を選んでください。
持ち物リスト – これがあれば安心の必需品
基本的な旅行用品に加え、中国旅行、特に四川省への旅で役立つアイテムを以下にまとめました。
- 常備薬: 胃腸薬、頭痛薬、酔い止めなど。四川料理は香辛料が強く油分も多いため、胃腸に負担がかかりやすいです。食べ過ぎや飲み過ぎに備え、胃腸薬は忘れず携帯しましょう。
- 変換プラグ: 中国のコンセント形状は多様ですが、日本のAタイプを使える場所も多いです。ただし使えない場合に備えて、OタイプやCタイプなどに対応したマルチ変換プラグを用意しておくと安心です。
- モバイルバッテリー: スマホは地図、翻訳、決済、情報収集の必須ツール。特に中国ではこれらのアプリを頻繁に使うため、バッテリーの消耗が激しくなります。大容量のモバイルバッテリーは必携です。
- トイレットペーパー・ティッシュ: 中国の公共トイレではトイレットペーパーが備え付けられていることがほぼありません。ポケットティッシュや水に流せるティッシュを持ち歩くのが便利です。
- VPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク): 中国国内ではGoogle、X(旧Twitter)、Facebook、Instagram、LINEなど多くの一般的なサービスへのアクセスが制限されています。これらを利用したい場合は、渡航前にVPNアプリをスマホやPCにインストールし、契約しておく必要があります。現地でのアプリダウンロードや設定は困難なことが多いので、必ず日本で準備を済ませてください。
- 羽織るもの: 四川盆地は湿度が高く夏は蒸し暑いですが、朝晩の気温変化や冷房の効いた室内に対応できる薄手のカーディガンやパーカーがあると便利です。
通信環境の整備 – WeChat PayとAlipayの導入は必須
現代の中国旅行において、最も重要な準備のひとつはキャッシュレス決済の環境を整えることです。中国では都市部から地方部まで、「Alipay(支付宝)」と「WeChat Pay(微信支付)」という二大スマホ決済サービスが広く浸透しており、現金が使えない店舗も珍しくありません。露店や個人商店でもQRコード決済が一般的です。
以前は日本のクレジットカードとの紐づけが難しい時期もありましたが、近年は制度が改善され、外国人観光客でもAlipayやWeChat Payに日本のカード登録が可能となりました。渡航前に日本国内でアプリをインストールし、クレジットカード情報を必ず登録しておきましょう。現地での設定はSMS認証などで時間がかかりやすく、スムーズに使い始めるためにも事前準備が重要です。これを怠ると、食事や買い物の際に不便を感じることが多いでしょう。
なお、SIMカードは空港や市内でも購入できますが、設定に手間取ることも考えられます。手間を省くため、日本であらかじめ中国対応の海外用SIMカードやeSIMを入手するか、Wi-Fiルーターのレンタルを利用するのが最も確実です。
蜀の都・成都へ – 桃園の誓い、ここに始まる
万全の準備を整え、ついに蜀の都・成都に到着。ここはかつて劉備が「季漢」を築き、天下統一という壮大な夢を追い続けた地です。空港の外に足を踏み出した瞬間から、歴史の舞台に立つ高揚感が胸を満たします。
成都双流国際空港・天府国際空港から市街地へのアクセス方法
成都には2か所の国際空港があります。どちらの空港から市の中心部(天府広場など)へアクセスする主な手段は以下の通りです。
成都双流国際空港(CTU): 市の中心部に比較的近く、アクセスは非常に便利です。おすすめは地下鉄10号線の利用で、費用も安価で渋滞のストレスもありません。荷物が多い際はタクシーも便利ですが、必ずメーター使用を伝えるため「打表(ダービャオ)」と言いましょう。白タクの客引きには絶対に付いていかないでください。
成都天府国際空港(TFU): 2021年に開港した新空港で、市内中心からは約50kmの距離があります。地下鉄18号線が市内と直結しており、快速列車なら約40分で成都南駅に到達します。タクシーはやや割高ですが、大人数や深夜到着時には選択肢の一つとなるでしょう。
はじめに訪れたい三国志の聖地「武侯祠」
成都を訪れた三国志ファンなら、ここを外すわけにはいきません。劉備玄徳や諸葛亮孔明をはじめ、蜀漢の英雄たちを祀る「武侯祠」。もとは劉備の陵墓(恵陵)隣接地に建てられた諸葛亮を称える祠でしたが、明代に君臣を共に祀る形となり、現在の姿に至っています。「武侯」とは諸葛亮が没後に贈られた爵位「忠武侯」に由来します。
一歩中へ踏み入れると、樹齢数百年を超える楠の木々が生い茂り、周囲の喧騒が嘘のように静けさに包まれます。この荘厳な空気こそが「聖地」と言われる所以です。
武侯祠の見どころ – 劉備殿、諸葛亮殿、三義廟
武侯祠の敷地は広大で見どころが豊富ですが、特に見逃せないポイントを紹介します。
劉備殿: 正殿にあたり、中央には金色の衣をまとった劉備玄徳の大きな像が鎮座。彼の穏やかでありながら威厳に満ちた表情は、仁徳の君主としての人柄を物語っています。脇には孫の劉諶(りゅうしん)の像もあり、蜀の滅亡時に降伏を潔しとせず自決した忠義の人物を称えています。
諸葛亮殿: 劉備殿の奥に位置し、この祠の主役である諸葛亮孔明の殿堂です。中央の像は羽扇を手に静かに遠方を見据え、その眼差しは蜀の未来や天下の行方を見定めているかのようです。内部には有名な「前出師表」「後出師表」の全文を刻んだ木版が掲げられ、読むと北伐に懸けた諸葛亮の決意と劉備への忠誠心が胸を打ち、思わず感動で胸が熱くなります。
文臣武将廊: 劉備殿と諸葛亮殿をつなぐ回廊には、蜀漢に仕えた28名の文官・武将の像が並びます。東側が文官、そして西側が武将エリアです。軍師の龐統や法正、豪勇の関羽、張飛、趙雲、馬超、黄忠という五虎大将軍の姿を間近に見ることができます。推し武将の前に立ち、その活躍を思い浮かべる時間はファンにとって至福のひとときです。
三義廟: 「桃園の誓い」で知られる劉備、関羽、張飛の三兄弟を祀った廟。元々は別の場所にありましたが、清代にこの地へ移設されました。中央に劉備、右に関羽、左に張飛の像が並び、彼らの固い絆の物語を今に伝えています。
チケット購入と注意事項
武侯祠の入場券は現地のチケット売り場で購入可能ですが、週末や祝日は混雑しやすいです。中国の旅行予約アプリ「Trip.com(携程)」などを利用して、事前にQRコード付き電子チケットを購入すれば、スムーズに入場できるため便利です。Trip.com公式サイトで最新情報を確認し、アカウントを事前に作成しておくことをおすすめします。
敷地が非常に広いため、ゆっくり見て回ると2〜3時間程度かかります。歩きやすい靴を準備しましょう。また、歴史的建造物や展示物の保護のためフラッシュ撮影は禁止されている場所もあるので、現地の案内に従ってください。静かな気持ちで、英雄たちと対話するひとときをお楽しみください。
かつての賑わいを今に伝える「錦里古街」
武侯祠の東隣に広がるのが「錦里古街」。清朝末期から民国初期の四川の街並みを再現した観光名所で、武侯祠見学後に訪れるのにぴったりのスポットです。赤い提灯が灯る夕暮れから夜にかけては、特に幻想的で美しい景色に包まれます。
食べ歩きグルメの宝庫 – 四川名物を堪能
グルメライターとして、この錦里での最大の魅力は「小吃(シャオチー)」という四川のB級グルメが豊富に揃っていることだと断言します。通りの両脇には香ばしい香りを漂わせる屋台が立ち並び、何を食べるか目移りすること間違いなしです。
- 三大炮(サンダーパオ): 餅米を丸めた団子にきな粉と黒蜜をかけたスイーツ。店頭でリズミカルに団子を銅鑼に打ちつける「パン、パン、パン!」というパフォーマンスも楽しい一品です。
- 鉢鉢鶏(ボージーチー): 鶏肉や野菜を串に刺し、唐辛子と山椒が効いた冷たいタレにつけて食べる料理。見た目ほど辛くなく、絶妙な味わいで後を引きます。ビールとの相性も抜群です。
- 担担麺(タンタンメン): 日本でもなじみ深い担担麺ですが、本場のスタイルは基本的に汁なし。麺の下に隠れた肉味噌やタレをよく混ぜてからいただきます。ゴマの香りと花椒(ホアジャオ)のしびれる辛さがクセになります。
そのほかにも串焼きや糖油果子(揚げ団子)など、多彩な小吃が楽しめます。少しずつ色々試して、四川の食文化を堪能してください。
お土産選びのポイント
錦里はお土産探しにも最適です。三国志関連グッズはもちろん、パンダをモチーフにした可愛らしい雑貨、精緻な刺繍が施された蜀錦の小物、影絵芝居の人形など、四川ならではの民芸品が豊富に揃っています。価格は交渉可能な店も多いですが、観光地価格であることは念頭に置いておきましょう。特におすすめしたいのは四川料理に欠かせない香辛料類。豆板醤や花椒を専門に扱う店舗もあり、品質は間違いありません。料理好きな方への贈り物にすれば、喜ばれること請け合いです。
成都近郊の名所 – 英雄たちの足跡を追って

成都の中心部だけでも見どころが豊富ですが、少し足を伸ばせば、さらに深く蜀の歴史や文化に触れることができます。ここでは、成都滞在中にぜひ足を運びたい近郊の名所をいくつかご紹介します。
詩聖が愛した場所「杜甫草堂」
三国志の時代を経て唐代に活躍した「詩聖」と呼ばれる詩人・杜甫が、安史の乱を避けて成都に滞在した庵の跡地が「杜甫草堂」です。杜甫はここで約4年間を過ごし、「春望」をはじめとする数多くの名作を生み出しました。
「なぜ三国志の旅で杜甫草堂を訪れるのか?」と疑問に思うかもしれません。しかし杜甫は詩「蜀相」の中で、武侯祠を訪ねた際の思いを詠んでいます。「丞相の祠堂何処にか尋ねん、錦官城外柏森森たる処…」という一節には、諸葛亮への深い敬意が込められており、時代を超えて英雄が讃えられてきたことを伝えています。武侯祠とともに訪れることで、より重層的な歴史の深みを感じられるでしょう。緑あふれる庭園は散歩するだけでも心地よく、落ち着いた時間を過ごすのに最適な場所です。
パンダとの出会い「成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地」
三国志とは直接の関係はありませんが、成都を訪れたらやはり愛らしいジャイアントパンダに会わずにはいられません。市内から少し離れた場所にある「成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地」は、世界的に知られるパンダ保護と研究の拠点です。
広大な敷地のなかで、笹をもぐもぐと食べる成獣のパンダや、じゃれあって遊ぶ子パンダたちが、自然に近い環境でのびのびと暮らす姿を間近に観察できます。パンダは涼しい午前中に活発に動くことが多いので、開園時間に合わせて早めに訪れるのがおすすめです。そのかわいらしい姿に、旅の疲れも一気に癒されることでしょう。もしかすると、かつて三国志の英雄たちもこの地でパンダを目にしていたかもしれないと、想像を膨らませるのも楽しいひとときです。
蜀の要害と終焉の地へ – 長江の流れと共に
成都での滞在をじっくり楽しんだ後は、蜀の歴史にさらに深く触れるために、少し足を伸ばしてみましょう。蜀を守った険しい関所や、英雄たちが最期を迎えた場所へ向かいます。ここからの旅は、三国志の物語の核心部分をより鮮明に感じられるものとなるでしょう。
天下の険「剣門関」- 一人で関を守れば万人も突破できない
「一夫当関、万夫莫開(一人の兵士が関所を守れば、万の敵兵でも突破できない)」。詩人・李白が詠んだ、天下の重要な関所が「剣門関」です。成都から北へ約250キロメートル、高速鉄道とバスを乗り継いで訪れます。ここは、秦の都・長安と蜀の都・成都を結ぶ最短路である「金牛道」の中でも、最も難関とされた場所でした。
諸葛亮はこの地の地形を活かし、関楼を築いて蜀の北方防衛の要としました。蜀末期には名将・姜維が少数の兵でこの関に籠もり、鍾会率いる十万の大軍の攻撃を退けた、歴史的な戦いの舞台でもあります。
剣門関のアクセスとハイキングの準備
成都東駅から高速鉄道で約1時間半の「剣門関駅」へアクセスします。駅からはバスやタクシーを利用して観光地へ向かうのが一般的です。剣門関風景区は広大なため、全域を徒歩で巡るのは困難。ロープウェイやシャトルバスを活用して効率的に回るのがポイントです。
見どころのハイライトは、断崖絶壁に復元された関楼の壮大な姿です。その威容を目にすると、姜維がいかに地形を利用して大軍を阻んだかが実感できます。体力に自信のある方は、崖に設けられた桟道「鳥道」や「猿柔道」のハイキングにチャレンジするのもおすすめ。スリリングな道のりですが、そこからの絶景は格別です。山歩きになるため、滑りにくい靴や動きやすい服装で臨みましょう。夏季は水分補給を忘れず、帽子やサングラスで日差し対策を万全にしてください。
劉備終焉の地「白帝城」- 託孤の悲哀を感じる場所
関羽の仇を討つため呉を攻めた夷陵の戦いで敗北を喫した劉備が、落胆の中で病に倒れ生涯を閉じた場所、それが長江のほとりに浮かぶ「白帝城」です。現在は重慶市に属しますが、三国時代の蜀東端に位置する重要拠点でした。
劉備はここで諸葛亮を呼び寄せ、息子の劉禅を託し、「もし我が子に皇帝の器がなければ、君が国を治めてほしい」と後事を委ねました。これが有名な「永安宮託孤」の場面であり、君臣の信頼の極みとして後世に語り継がれています。
三峡クルーズと白帝城観光
白帝城はかつて陸続きでしたが、三峡ダムの建設によって水位が上昇し、現在はまるで湖に浮かぶ島のような風景となっています。麓の奉節の町からバスでアクセス可能です。城内には劉備や諸葛亮に纏わる石像や資料が展示された「白帝廟」があり、託孤の場面を表現した塑像群は訪れる人の心を強く揺さぶります。
白帝城の楼閣から望む長江の眺めは、まさに絶景です。西には蜀の土地が広がり、東には呉の国が見渡せます。劉備はこの景色をどのような思いで見つめていたのでしょうか。彼の無念、孔明への深い信頼、そして蜀の未来への憂いが長江の悠久の流れとともに心に染み渡る、感動の地です。時間があれば、ここから出発する三峡クルーズに参加して雄大な瞿塘峡の絶景を楽しむのもおすすめです。
旅の魂を揺さぶる食体験 – 四川料理の深淵

歴史にどっぷり浸った後は、旅のもう一つの大きな楽しみである食の時間です。食品商社に勤める身として、四川省はまさに味覚の宝庫と言えます。単なる辛さだけではない、複雑かつ深みのある「麻辣(マーラー)」の世界。その核心に触れる食体験をご紹介します。
本場の麻婆豆腐を求めて – 陳麻婆豆腐店訪問記
四川料理の顔とも言える麻婆豆腐。その起源とされるのが「陳麻婆豆腐店」です。成都には複数の店舗がありますが、ぜひ本店を訪れてみてください。運ばれてきた瞬間に広がる、花椒と豆板醤の刺激的かつ芳醇な香り。一口食べると、舌がビリビリ痺れるような花椒の「麻(マー)」と、唐辛子の熱い「辣(ラー)」、そして豆豉(トウチ)の深い旨味とひき肉のコクが融合し、あらゆる味覚が目を覚ますようです。白ご飯がいくらあっても足りないほど。日本の麻婆豆腐とは一線を画す、本場の迫力ある美味しさをぜひ味わってください。
心が震える火鍋体験 – 辛さの向こう側を感じて
成都の夜に彩りを添えるのは、やはり火鍋です。街中に点在する火鍋店は地元の人々で賑わいを見せています。中央が仕切られた鴛鴦(ユエンヤン)鍋では、真っ赤な麻辣スープと鶏ガラなどで取った白湯(バイタン)スープの両方を味わうのが一般的です。
新鮮な肉や魚介、野菜、キノコをしゃぶしゃぶし、にんにくやハーブを加えたゴマ油のタレに絡めていただきます。このゴマ油が麻辣スープの激しい辛さをやわらげて、風味に深みを加えてくれるのです。友人たちと鍋を囲み、汗をかきながら熱々の料理を頬張る時間は、旅の忘れがたい思い出になるでしょう。辛いものが苦手な方も、白湯スープがあるので安心です。ただし、麻辣スープの具材を白湯に入れると辛みが移ってしまうため、箸やお玉は使い分けるのがマナーです。
担々麺から小吃まで – B級グルメの宝庫を巡る
四川料理は高級店だけでなく、庶民的な「小吃」にこそ本質が詰まっています。錦里で紹介した通り、街角の小さな食堂で味わう一杯の担々麺や、鐘水餃(ジョンシュイジャオ)と呼ばれるたれで食べる水餃子、甘辛いソースがかかった鶏肉料理「口水鶏(コウシュイジー)」など、安くて美味しい名物料理は数えきれません。勇気を持って、地元の人で賑わうローカルな店に入るのも旅の醍醐味です。メニューが読めなくても、写真や他のお客さんの料理を指差せば、きっと美味しい一皿と出会えるでしょう。
旅を彩るお土産選び – 蜀の思い出を持ち帰る
楽しい旅が終わりに近づくと、気になるのがお土産選びです。大切な人への贈り物や、自分自身の旅の記念として、蜀の特色ある品々を選んでみてはいかがでしょうか。
伝統工芸品「蜀錦」
蜀の地は古くから絹織物の産地として名高く、そこで生み出される錦は「蜀錦(しょっきん)」と呼ばれ、三国時代には蜀の重要な財源の一つでした。その美しさはまさに芸術品と言えるもので、鮮やかな色彩と細やかな模様が特徴です。現代においても、その伝統技術は受け継がれています。ポーチやネクタイ、スカーフなどの小物なら、比較的手頃な価格で手に入ります。歴史と文化の薫り高い、格調あるお土産としておすすめです。
食通も満足の「四川の調味料」
グルメライターとして特におすすめしたいのは、調味料の数々です。スーパーマーケットでは、さまざまな種類の豆板醤、花椒、ラー油、火鍋の素などが豊富に並んでいます。中でも郫県(ピーシェン)産の豆板醤は、熟成による深い旨みと辛さが特徴で、これさえあれば自宅で本格的な四川料理を楽しめます。真空パックされた花椒は、その鮮烈な香りを日本に持ち帰るのにぴったりです。料理好きの友人への贈り物として、間違いなく喜ばれるでしょう。
人気のパンダグッズと三国志関連アイテム
成都土産として外せないのが、パンダをモチーフにしたグッズです。ぬいぐるみや文房具、お菓子など、ありとあらゆるパンダ関連の商品が揃っています。見ているだけで癒される愛らしいデザインは、幅広い人に喜ばれる万能なお土産です。
また、武侯祠などの観光地では、三国志ゆかりのグッズも充実しています。英雄たちのフィギュアや、出師表が書かれた掛け軸、羽扇など、ファンにはたまらないアイテムが見つかることでしょう。旅の思い出を形に残すのにもぴったりです。
実践!トラブル回避と安全な旅のために

最後に、皆さまの蜀の旅が心から楽しいものとなるよう、安全上の注意点やトラブルへの備えについてお話しします。備えあれば憂いなしと言いますが、少しの知識と気配りが快適な旅の鍵となります。
高額請求やスリ被害への予防策
成都は比較的治安が安定している都市ですが、どの観光スポットでも油断は禁物です。特に武侯祠周辺や繁華街では、日本語で親しげに声をかけ、高額なお茶屋や書画展へ誘導しようとする客引きの事例が報告されています。興味がなければはっきりと「不要(ブーヤオ)」と答え、その場から離れることが大切です。軽率に付いていかないよう心がけましょう。
また、混雑した場所ではスリや置き引きにも注意が必要です。リュックは前に抱え、貴重品は体に密着した内ポケットにしまうなど、基本的な防犯対策を徹底してください。歩きながらスマートフォンを操作するのも危険なので、周囲への注意を常に怠らないようにしましょう。
体調管理と食事に関する注意
慣れない土地での旅は、気づかぬうちに疲労が蓄積します。十分な睡眠と休息を心がけましょう。四川料理は油分や香辛料を多用しているため、胃腸に負担がかかりやすいことに注意が必要です。暴飲暴食を控え、水分をこまめに補給してください。水道水は決して飲まず、必ずミネラルウォーターを購入しましょう。衛生面が気になる場合は、露店のカットフルーツも避けたほうが安全です。
もし体調を崩した場合は、無理せずホテルで休むことが重要です。症状が重い場合は、ホテルのフロントに相談し、外国人対応可能な病院の紹介を受けてください。海外旅行保険への加入は必ず行いましょう。
緊急時の連絡先 – 在重慶日本国総領事館
パスポート紛失や事件・事故に巻き込まれたときなど、緊急の深刻なトラブルが起きた際には、まず警察へ連絡し、続いて在重慶日本国総領事館へも連絡してください。四川省は重慶総領事館の管轄です。渡航前に連絡先を控えるか、スマートフォンの連絡先に登録しておくと安心です。
在重慶日本国総領事館: https://www.chongqing.cn.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html
この旅で、私は単に史跡を訪れただけではありません。成都の活気あふれる日常や人々の笑顔、魂を揺さぶる料理に触れ、千八百年の時を越え今も息づく英雄たちの息吹を五感すべてで感じることができました。劉備が夢見た理想の国、諸葛亮が命をかけて守ろうとした民の暮らし。その一端に触れられたような気がします。この感動と興奮をぜひ皆さんにも味わっていただきたい。この記事が、あなたの「三国志・蜀への旅」の確かな道しるべとなることを心より願っています。

