紺碧の地中海に浮かぶ、エメラルドの宝石。イタリア・サルデーニャ島は、古代からの神秘的な歴史と、手つかずの自然が織りなす絶景で、世界中の旅人を魅了し続けています。その州都カリアリの心臓部、丘の上に築かれた城塞都市「カステッロ地区」に、街のシンボルとして700年以上もの間、静かに佇む石の巨人がいます。それが今回ご紹介する「エレファンテの塔(Torre dell’Elefante)」です。
食品商社に勤める傍ら、世界の食と文化を求めて旅をする私にとって、サルデーニャはまさに宝の島。独自の言語や食文化が色濃く残り、訪れるたびに新しい発見があります。そして、このエレファンテの塔は、単なる見晴らしの良い展望台ではありません。ピサ共和国の支配、アラゴン王国との攻防、牢獄として使われた暗い過去…カリアリの激動の歴史をその全身で受け止め、今に伝える生き証人なのです。
この記事では、エレファンテの塔が持つ歴史的背景から、頂上から望む絶景、そして実際に訪れるための具体的な方法まで、私の体験を交えながら徹底的に解説していきます。塔の急な階段を上るための準備、周辺のカステッロ地区の散策、そして旅の醍醐味であるサルデーニャならではの美食と土産情報まで。この記事を読めば、あなたのサルデーニャ旅行が、より深く、忘れられないものになることをお約束します。さあ、時を超えた石の巨人との対話へ、一緒に旅立ちましょう。
エレファンテの塔とは? – 700年の歴史が語る物語

カリアリの旧市街、カステッロ地区の西端にそびえ立つエレファンテの塔。その高さはおよそ31メートルに達します。一見すると飾り気のない無骨な石造建築ですが、その一つひとつの石には、この街が歩んできた激動の歴史が深く刻まれています。この塔の物語をひもとくことは、まさにサルデーニャの魂に触れることと同義と言えるでしょう。
ピサ共和国が築いた海の防衛拠点
エレファンテの塔は1307年に建てられました。当時、サルデーニャ島南部を支配していたのは、地中海で強大な海洋勢力を誇ったピサ共和国でした。彼らはジェノヴァ共和国との覇権争いや、南方から勢力を伸ばすアラゴン王国の脅威からカリアリの街を防護するため、堅牢な城壁と監視塔の建造を求められていました。
この塔の設計を手がけたのは、サルデーニャ出身の建築家ジョヴァンニ・カプラ。彼はカステッロ地区北側を守るため、2年前に完成させたサン・パンクラツィオの塔(Torre di San Pancrazio)に続き、このエレファンテの塔も完成させました。この二つの塔は、カステッロ地区への主要な出入口を固める鉄壁の守り手として機能していたのです。
使用された建材は「ピエトラ・フォルテ」と呼ばれる白亜の石灰岩で、カリアリ近郊のボナリアの丘で採掘されました。この石は加工しやすい一方で非常に頑丈で、太陽光を浴びると輝きを放ちます。その光景は、まるで熟成したペコリーノ・サルド(サルデーニャ産羊乳チーズ)のようで、南国の青空と鮮やかな対比を見せ、息をのむ美しさです。塔は四角形をしており、三面は厚い石壁で覆われていますが、カステッロ地区側の内側だけは開放的な作りです。これはもし敵に塔が乗っ取られても、市内からの反撃が容易で奪還しやすくするための工夫であり、当時の緊迫した情勢を物語る実に巧妙な設計と言えるでしょう。
なぜ「エレファンテ(象)」の名前なのか?
塔の名の由来は、外壁の地上からおよそ10メートルの高さに彫り込まれた小さな象のレリーフにあります。なぜ象なのかは明確ではありませんが、いくつかの説が伝えられています。一つは、象が力強さと忠誠、そして難攻不落の象徴であることから、ピサの権威を示す意図で刻まれたという説。また、単に建築家カプラの遊び心によるものだという説もあります。
この小さな象は、じっくり見ないと見逃してしまいそうですが、ぜひ探してみてください。700年もの間、カリアリの街を見守ってきた小さな守護者。その素朴な姿を発見した瞬間、無骨な塔への不思議な親しみが湧いてくることでしょう。
見張り塔から牢獄へ—役割の変遷
ピサの支配が終わりを告げると、カリアリはアラゴン、さらにスペインの統治下に入りました。時代が移るにつれて、塔の役割も変遷していきます。防衛の最前線としての役目を終えた塔は、火薬庫として活用され、その後には牢獄として使用されるようになりました。
特にスペインの支配下では、最も重罪を犯した囚人が収容され、処刑された者の首が塔の門にさらされるという暗い歴史も刻まれています。塔内部の冷たい石壁に手を触れると、そこで生涯を終えた人々の無念な思いが聞こえてくるかのようです。
長年放置されていたこの塔は、20世紀の初頭に修復され、その歴史的価値が改めて評価されました。そして現在、エレファンテの塔はカリアリの歴史を体感できる重要なモニュメントとして、世界中から訪れる多くの観光客を迎え入れています。血塗られた過去も栄光の歴史もすべてを内包し、ただ静かにそこに立ち続ける。その圧倒的な存在感こそが、エレファンテの塔の最大の魅力なのかもしれません。この塔の歴史については、カリアリ市の公式ウェブサイトにも詳しく紹介されていますので、訪問前に目を通すことをおすすめします。
カリアリの空へ – 塔の頂上から望む絶景
エレファンテの塔の歴史に思いを馳せた後は、いよいよその内部へ足を踏み入れてみましょう。待ち受けているのは、ささやかな冒険と、その先に広がる息をのむようなご褒美です。
頂上を目指して昇る木製の階段
塔の中には、各階をつなぐ急勾配の木の階段が設けられています。一歩ずつ踏みしめるごとに、きしむ木の音が響き渡り、まるで中世の時代にタイムスリップしたかのような感覚を味わえます。階段は非常に狭く、すれ違うのがやっとの場所もあるため、混雑時には譲り合う気持ちが大切です。
壁には、かつて見張り兵が使っていたであろう銃眼(狭間)がいくつも設けられており、そこから差し込む光が幻想的な影を作り出します。この小窓からカステッロ地区の石畳の路地をのぞくのも一興です。各階はもともと兵士の居住スペースや倉庫として使われていた空間で、現在は空っぽの状態ですが、そのおかげで建物の構造や石積みの様子をじっくり観察できます。
700年前の石工たちが、一つひとつ手作業で積み上げたであろう分厚い壁。長い歳月を経て色褪せた梁。これらすべてが、この塔の歩んできた歴史を雄弁に物語っています。
360度の眺望を楽しめる頂上テラス
息を切らせながら最後の階段を登り切ると、目の前にはカリアリの空と360度の大パノラマが広がります。暗い内部とのコントラストも手伝い、その解放感は格別です。地中海からの心地よい風が、汗ばんだ肌をそっとなでてくれます。
眼下には、赤茶色の瓦屋根が波のように広がるカステッロ地区の街並みが見渡せます。迷路のように入り組んだ路地、荘厳なカリアリ大聖堂のクーポラ、そしてエレファンテの塔と対照をなすサン・パンクラツィオの塔の姿もはっきり捉えられます。
西側に視線を向ければ、カリアリの広大な港「ゴルフォ・デリ・アンジェリ(天使の湾)」が輝いています。大型フェリーやクルーズ船、小さなヨットが行き交う様子は、かつてこの海を治めた海洋国家の時代の面影を今に伝えているかのようです。
東側には、白く輝く石灰岩が印象的なボナリアの丘や、広大な塩田が広がるモレンタルジュス自然公園の景色が望めます。運が良ければ、この塩田に集まるフラミンゴの群れを遠くから見ることもできるでしょう。
最高の眺めを楽しむためのポイント
頂上からの景色は、訪れる時間帯によって表情が大きく変わります。
- 午前中: 太陽が正面から照らすため、カリアリの街並みや港を鮮明に撮影するのに最適です。空気も澄んでいて、遠くまで見渡せる可能性が高いでしょう。
- 午後: 太陽が西の空に傾きはじめ、街に立体的な影が落ちてロマンチックな雰囲気を醸し出します。落ち着いた時間を楽しみたい方におすすめです。
- 夕暮れ時: 最もおすすめしたいのは、日没直前のマジックアワー。空がオレンジから紫へと刻々と変わり、街の灯りが宝石のように輝きだす光景は、まさに絶景といえるでしょう。ただし、閉館時間には十分注意が必要です。季節によって閉館時間が異なるため、夕日の時間に合わせて訪れる際は、事前に公式ウェブサイトで最新情報を確認してください。
写真撮影の際は、広角レンズでパノラマ全体を捉えるのもおすすめですが、望遠レンズを使って街並みの細部を切り取ってみるのも面白いでしょう。洗濯物が揺れるバルコニーや屋上でくつろぐ猫、教会の鐘楼など、カリアリの人々の日常風景を垣間見ることができます。歴史ある塔の頂上から、現代の生活を眺める──そんな不思議な時間旅行をぜひ楽しんでみてください。
エレファンテの塔を訪れるための完全ガイド

ではここからは、エレファンテの塔を実際に訪れる際の、いわば「旅のガイドブック」となる実用的な情報をご案内します。事前にしっかり準備を整え、快適でスムーズな探訪をぜひ楽しんでください。
出発前に把握しておきたい基本情報
旅の計画において何よりも大切なのは、正確な情報を得ることです。特に歴史的な建造物の場合、営業時間は季節や天候、修繕工事の影響で予告なしに変更されることがあります。
- 所在地とアクセス方法:
エレファンテの塔はカステッロ地区の西側、サンタ・クローチェ通り(Via Santa Croce)と大学通り(Via Università)が交差する地点にあります。カリアリ中心部のイェンネ広場(Piazza Yenne)からは、徒歩またはエレベーターで坂を登り、約10分の距離です。石畳の急な坂道が続くため、歩きやすい靴の着用が必須です。路線バスを利用する場合は、カステッロ地区行きのバスに乗り、「Università」などの近隣バス停で降車すると便利です。
- 営業時間と休館日の注意点:
営業時間は季節によって異なります。一般的に4月から10月の夏季は長めで、11月から3月の冬季は短縮される傾向にあります。多くの場合月曜日は定休日ですが、これも変更される可能性があるため、訪問予定日の最新情報は必ず事前に確認してください。
- 入場料金について:
入場料は比較的手頃な価格設定です。大人料金のほか、子供・学生・シニア向けの割引が設けられていることがあります。また、後述のカリアリ主要文化施設共通券を利用すると、個別購入より割安になるケースが多いです。
- 公式情報の参照先:
最新かつ正確な情報は、公式ウェブサイトでの確認が一番確実です。以下リンクより、カリアリ市立博物館ネットワークのページへアクセスいただけます。営業時間、料金、特別展示やイベントの有無などを事前にチェックしておきましょう。 カリアリ市立博物館ネットワーク公式サイト: Musei Civici Cagliari – Torre dell’Elefante
チケット購入から入場までのスムーズな流れ
エレファンテの塔は人気の観光地ゆえ、特に観光シーズン中はチケット購入の列が発生しやすいです。時間を有効活用するために、事前準備をおすすめします。
- チケット購入方法:
チケットは主に以下の2通りで入手可能です。
- 現地の窓口で購入する場合: 塔の入り口近くにあるチケットオフィスで購入できます。支払いは現金かクレジットカードが利用可能ですが、窓口が小さいので念のため現金も用意しておくと安心です。
- オンライン予約で事前購入: カリアリ市立博物館ネットワークの公式サイトや提携チケット販売サイトから予約可能です。これにより当日チケット購入の列に並ばず入場でき、滞在時間が限られる方には特におすすめです。予約完了後のEチケット(QRコード)はスマートフォンに保存、もしくは印刷して持参してください。
- 共通券「Cagliari Casteddu Museums Pass」の活用:
カリアリの歴史や芸術をじっくり楽しみたい方には、共通券の購入が非常にお得です。このパスを使うと、エレファンテの塔に加え、サン・パンクラツィオの塔、市立美術館(Galleria Comunale d’Arte)、ステファノ・カルダ考古学コレクション(Collezione Archeologica “Stefano Cardu”)など複数の施設を割引価格で訪問できます。パスの種類や対象施設は変わることがあるため必ず購入前に公式サイトで確認してください。時間も費用も節約できる賢い選択肢です。
- 入場時の手順:
入口でスタッフにチケットまたはスマートフォンのQRコードを提示します。大きな荷物は持ち込みが制限される場合が多く、その際はクロークへの預け入れを指示されることもあります。入場人数制限がある場合があり、混雑時は少し待つことがありますが、塔内部の狭さによる安全管理のための処置です。
塔を見学する際の準備と持ち物
快適かつ安全に塔をめぐるため、服装や持ち物に気をつけましょう。
- 服装のポイントとおすすめスタイル:
特別な服装規定はありませんが、歩きやすさが最優先です。
- 靴について: サンダルやヒールの高い靴は避けてください。滑りにくく足をしっかり支えるスニーカーやウォーキングシューズが最適です。塔の階段は木製で急勾配かつ踏み板も狭い場所があります。
- 服装について: 動きやすいパンツがおすすめです。スカートは階段で踏まないよう注意が必要です。夏は通気性の良い服装で、冬や風の強い日は頂上が予想以上に冷えるため、ウィンドブレーカーなど軽い防寒着を持参するとよいでしょう。
- 持ち物のおすすめリスト:
- カメラ・スマートフォン: 絶景の撮影用にバッテリー残量もチェック。
- 水: 塔内には売店がありません。特に暑い時期は階段の上り下りで汗をかくため、水分補給は必須です。
- 日焼け対策グッズ: 頂上テラスは日陰がないため、帽子、サングラス、日焼け止めを忘れずに。
- 小型バッグ: 両手が空くリュックやショルダーバッグが便利です。大きな荷物は持ち込み不可の可能性が高いため、ホテルに預けるか近隣のコインロッカーを利用してください。
- 持ち込み禁止物:
安全のため、以下のものは通常持ち込み禁止です。
- 大型スーツケースや大きなバックパック
- 三脚(他の見学者の通行妨害になるため)
- 飲食物(水は例外の場合があります)
- ベビーカー(階段が急で狭いため使用不可)
詳細は現地の指示に従ってください。
塔内でのルールとマナー
エレファンテの塔は700年以上の歴史を誇る貴重な文化遺産です。訪れる私たちが敬意を持ち、後世にこの素晴らしい建物を残す責任があります。
- 階段での譲り合い: 施設内は一方通行制ではなく、上下の往来があります。狭い階段ではお互い声をかけ合い、譲り合って安全に通行してください。
- 静けさを保つ: 大声での会話は控え、静かに見学しましょう。石の壁に響く足音や風の音を感じながら、この特別な空間の雰囲気に浸ってください。
- 歴史的建造物への配慮: 壁に触れたり落書きしたり、石材を傷つける行為は厳禁です。何百万人もの訪問者がこの場所を大切にしてきたことを心に留めましょう。
- 写真撮影について: 一般に撮影は可能ですが、フラッシュは禁止されている場合があります。また他の来訪者の迷惑にならないよう配慮してください。
トラブル発生時の対処法
旅には予期せぬ出来事がつきものです。事前に対処法を知っておけば安心です。
- 悪天候による閉館: 強風や大雨の場合、安全確保のために塔が閉鎖されることがあります。特に頂上テラスは危険が伴います。訪問当日は出発前に公式サイトや観光案内所で最新情報を必ず確認してください。オンラインでのチケット事前購入者は、払い戻しや振替対応の可否を購入サイトの規定でご確認ください。
- 体調不良時: 階段の上り下りは予想以上に体力消耗します。めまいや気分不良を感じたら無理せず、各階にある広めのスペースで休憩しましょう。改善しない場合はスタッフへ助けを求めてください。
- チケット紛失時: 現地で購入した紙のチケットは再発行が難しい場合があります。オンライン購入の場合は、購入確認メール等を提示すれば対応してもらえる可能性があります。チケットは入場後も塔を出るまでなくさないよう大切に保管してください。
万全の準備と少しの気遣いで、エレファンテの塔の探訪は、きっとあなたの旅の中でも特別で心に残る経験となるでしょう。
塔の周辺を歩く – カステッロ地区の魅力
エレファンテの塔を訪れる旅は、単に塔の昇り降りを楽しむだけでは終わりません。むしろ、その後こそが真の見どころと言えるでしょう。塔が長い間守ってきた城塞都市・カステッロ地区の散策は、カリアリ観光の最大のハイライトです。石畳の迷路に迷い込み、歴史の息吹を全身で味わってみてください。
エレファンテの塔の双子の兄弟「サン・パンクラツィオの塔」
エレファンテの塔からカステッロ地区の北へ進むと、もう一つの巨大な石造りの塔が姿を現します。これは、エレファンテの塔より2年早い1305年に、同じくジョヴァンニ・カプラによって建造された「サン・パンクラツィオの塔(Torre di San Pancrazio)」です。高さは約36メートルで、エレファンテの塔よりも少し高め。かつてカステッロ地区の北門を守ったこの塔も、登ることができ、頂上からは異なる角度でカリアリの街並みが見渡せます。時間に余裕があれば、両方の塔からの眺望を比べてみるのもまた興味深い体験でしょう。
信仰と芸術の中心「カリアリ大聖堂」
カステッロ地区の中心に堂々とそびえるのが、「サンタ・マリア大聖堂(Cattedrale di Santa Maria)」です。13世紀にピサ様式で建てられた後、何度も改修を重ね、バロック様式やネオ・ロマネスク様式など様々な建築様式が融合した独特の外観を持っています。内部は静寂に包まれ、説教壇の精巧な彫刻や地下聖堂に祀られた聖人たちの聖遺物は必見です。特に、地下聖堂の壁一面に彫られた179人の聖人の像は圧倒的な迫力を誇ります。涼を求めてふらりと立ち寄るだけでも、その神聖な空気に心が洗われるような感覚を味わえます。
サルデーニャのルーツを探る「国立考古学博物館」
歴史に興味がある人なら必見なのが、「国立考古学博物館(Museo Archeologico Nazionale)」です。ここには、サルデーニャ島が誇る先史時代のヌラーゲ文化の遺物をはじめ、フェニキア、カルタゴ、ローマ時代の貴重な出土品が一堂に集められており、まさに歴史の宝庫と呼べます。特に、ブロンズ製の小さな人像「ブロンゼッティ」のコレクションは世界最大級で、当時の人々の生活や信仰の様子を生き生きと伝えています。その表情豊かな姿は、数千年の時空を超えて私たちに語りかけてくるかのようです。エレファンテの塔で抱いた歴史への興味を、ここでさらに深めることができるでしょう。
カリアリ随一の展望テラス「バスティオーネ・ディ・サン・レミ」
カステッロ地区の南端に位置する「バスティオーネ・ディ・サン・レミ(Bastione di Saint Remy)」は、19世紀末に古い城壁の上に築かれた壮麗な記念建造物です。この巨大な階段を登るとウンベルト1世のテラス(Terrazza Umberto I)に辿り着き、市民や観光客の憩いの場となっています。ここからの眺望もまた格別で、エレファンテの塔とは異なり、より海に近い角度から港や市街地を見渡すことが可能です。テラスにはお洒落なカフェが並び、カクテルを片手に夕日を眺める時間は至福のひととき。地元の人々と共にアペリティーボ(食前酒)を楽しむのも、旅の素敵な思い出になるでしょう。
石畳の小径を気の向くままに歩いていくと、思いがけず美しい中庭に出会ったり、地元の職人たちが経営する小さな工房に触れ合ったりできます。壁に描かれたストリートアートや、バルコニーから顔をのぞかせるノンナ(おばあちゃん)、路地裏のトラットリアから漂う美味しい香り。カステッロ地区は、ただ歩くだけで五感が刺激される、魅力あふれる場所です。
グルメライター隆が選ぶ!カリアリの食と土産

旅の醍醐味と言えば、やはりその土地特有の食文化に触れることです。世界中の食材を取り扱う食品商社での経験を持つ私にとっても、サルデーニャの食は常に格別な魅力を放っています。海と山の恵みに満ちたこの島では、イタリア本土とは一線を画す、独自の豊かで力強い食文化が広がっています。エレファンテの塔やカステッロ地区を散策して心地よくお腹を空かせたら、いよいよ待ち望んだグルメ探訪に出かけましょう。
塔のふもとで味わうサルデーニャの恵み
カステッロ地区やその周辺には、歴史的な風情の中で本格的なサルデーニャ料理を堪能できる優れたレストランやトラットリアが点在しています。代表的な料理をいくつかご紹介します。
- 海の幸: カリアリへ来たなら、新鮮な魚介類は外せません。特に「フレグラ・コン・アルセッレ(Fregula con Arselle)」はぜひ味わいたい一品です。フレグラはセモリナ粉で作られた粒状のパスタで、その食感はクスクスに似ています。これをアサリなどの貝類とともにサフラン風味のスープで煮込んだ料理は、海の旨味が凝縮されたまさにサルデーニャならではの味わいです。また、カラスミを指す「ボッタルガ(Bottarga)」を使ったパスタも絶品。濃厚な塩気と旨味が、シンプルなパスタを極上の一皿に仕立て上げます。
- 大地の恵み: サルデーニャの肉料理も力強さが際立ちます。代表的なのが「ポルチェッドゥ(Porceddu)」と言われる子豚の丸焼き。皮はパリッと香ばしく、肉は驚くほどジューシーで柔らか。ハーブの香りが食欲を刺激し、赤ワインがいくらでも進みます。また、「クルルジョネス(Culurgiones)」という、ジャガイモ・ペコリーノチーズ・ミントを包んだラヴィオリのようなパスタも個性的で味わい深い。麦の穂のように美しく閉じられた形状からも、作り手の愛情が伝わってきます。
- サルデーニャ産ワイン: これらの料理にぜひ合わせたいのが、地元のワインです。白ワインなら、すっきりとした酸味とミネラル感が魅力の「ヴェルメンティーノ(Vermentino)」が魚介料理によく合います。赤ワインなら、果実味豊かでスパイシーな「カンノナウ(Cannonau)」がおすすめ。肉料理の味わいをより一層引き立ててくれます。地元の料理とワインが織りなす絶妙なマリアージュをぜひご堪能ください。
旅の記憶と共に持ち帰りたいサルデーニャ土産
楽しい旅の思い出を、美味しいお土産と共に日本へ持ち帰りましょう。サルデーニャにはここでしか手に入らない魅力的な食材や工芸品が多く揃っています。
- ボッタルガ(Bottarga): 「地中海のキャビア」と称されるボラの卵巣の塩漬け。薄くスライスしてオリーブオイルをかければ、極上の酒の肴に。パスタに削ってかけても絶品です。真空パックされたものを選べば、持ち帰りも安心です。
- ペコリーノ・サルド(Pecorino Sardo): サルデーニャを代表する羊乳チーズで、熟成度によってさまざまな味わいを楽しめます。若いタイプはフレッシュで食べやすく、長期熟成されたものは濃厚な旨味と深いコクが特徴。市場で味見しながらお気に入りを見つけるのも楽しいひとときです。
- パーネ・カラザウ(Pane Carasau): 「音楽の楽譜」の愛称を持つ、薄くてパリパリのパン。日持ちが良いためお土産に最適です。オリーブオイルと塩を軽く振って温めるだけで、やみつきになる美味しさ。チーズや生ハムを載せて食べるのもおすすめです。
- ミルト(Mirto): サルデーニャに自生するギンバイカ(マートル)の実から作るリキュール。食後酒として親しまれ、独特のハーブの香りと甘みが特徴です。赤(ロッソ)と白(ビアンコ)があり、よく冷やしてストレートで飲むのが一般的。サルデーニャの夜を思い起こさせる魔法の一杯です。
- フィリグラーナ(Filigrana): 金や銀の細い線を織りなして作る伝統的な銀線細工のアクセサリー。繊細で美麗なデザインは、大切な方への贈り物や自分へのご褒美にぴったりです。
これらの食材や工芸品は、サン・ベネデット市場(Mercato di San Benedetto)などの大規模な市場や、旧市街にある専門店(SalumeriaやArtigianato)で見つけることができます。生産者の顔が見える市場での買い物は、旅の素敵な思い出の一部。店主とのやり取りを楽しみながら、お土産選びを満喫してください。サルデーニャの食文化に関しては、サルデーニャ州観光公式サイトも豊富な情報を提供しています。
歴史の息吹を感じる旅の終わりに
エレファンテの塔の頂上からカリアリの街並みを見渡し、カステッロ地区の石畳を歩きながら、サルデーニャの力強い美食を楽しむ。この旅は、ただ美しい風景を眺めて美味しい料理を味わうだけにはとどまりません。
厚い石壁を持つエレファンテの塔に触れると、700年という時の重みを肌で感じ取れます。かつてピサの見張り兵が見つめた紺碧の海、牢獄で響いた囚人たちの嘆きの声、そして今、塔の上で歓声をあげる観光客。塔はそのすべての歴史を静かに見守り続けてきました。
この塔はカリアリの都市の記憶の装置であり、サルデーニャの人々の誇りの象徴でもあります。支配と抵抗、破壊と再生を繰り返しながらも決して失われることのなかった、不屈の精神の証なのです。
次にサルデーニャを訪れるときは、ぜひこの石の巨人に会いに訪れてください。その頂に立ち、地中海の風を浴びながら、この島が紡いできた壮大な物語に耳を傾けてみましょう。塔の石のひとつひとつが、きっとあなたの心に何かを語りかけてくれるはずです。歴史は書物の中だけにあるのではなく、こうして私たちの足元に、身近に息づいているのだと、エレファンテの塔は静かに、しかし力強く教えてくれます。

