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魂が揺さぶられる色彩の迷宮へ。イラン、タブリーズとテヘランを巡る家族の旅路

「本当に、行くの?」

妻のその言葉には、期待とほんの少しの不安が混じっていました。テレビのニュースで流れる断片的な情報だけを頼りにすれば、イランという国は、私たちのような小さな子供を連れた家族が気軽に訪れる場所ではないように思えるかもしれません。しかし、ペルシャの歴史が紡ぎ出す壮麗な建築、万華鏡のようにきらめくタイル、そして何よりも、旅人たちの間で伝説のように語られる「人々の温かさ」。その魅力は、私たちの心を捉えて離しませんでした。小学生の息子と娘に、教科書の中だけではない、生きた世界を見せてあげたい。そんな想いが、不安を上回ったのです。

旅の舞台に選んだのは、アゼルバイジャンの文化が色濃く残る北西部の古都タブリーズと、国の心臓部である首都テヘラン。二つの都市を巡ることで、イランの持つ多様な顔に触れられるのではないかと考えました。この旅は、単なる観光ではありません。煌めくモスクの青に心を奪われ、バザールの喧騒に胸を躍らせ、そして、予期せぬ出会いと優しさに涙する、私たち家族にとって忘れられない心の軌跡となりました。この記事が、かつての私たちのように、ほんの少しの不安と大きな好奇心を胸に抱くあなたの、次なる旅への扉を開く鍵となれば幸いです。

目次

旅の準備は、心の準備から。知っておきたいイランの基本

イランへの旅は、空港でパスポートを提示するだけで済むわけではありません。しかし、一つひとつの手続きを丁寧に進めれば、決して難しいものではありません。むしろ、この準備期間こそが、イランという国への理解を深め、旅への期待を高める重要なステップだと私は感じています。

最初の試練、ビザ取得

まず最初にクリアすべきはビザの取得です。日本のパスポート所持者は主要な国際空港でアライバルビザを取得できる場合もありますが、特に家族連れの場合は予期せぬトラブルを避けるために、事前にビザを取得することを強くおすすめします。申請は、東京にある駐日イラン・イスラム共和国大使館を通じて行います。

ビザ申請の流れは以下の通りです。

  • イラン外務省のE-VISA申請サイトで必要事項をオンライン入力し、顔写真とパスポートのスキャンデータをアップロードします。
  • 申請が受理されると、申請番号が通知されます。
  • 数日から数週間の間に、承認通知がメールで届きます。
  • その承認通知、パスポート、申請料金を持ち、領事部へ出向き、最終的なビザ発給を受けます。

注意点として、パスポートにイスラエルの出入国スタンプがある場合、ビザ発給が拒否される可能性があります。最近ではスタンプレスの措置が進んでいるようですが、該当する可能性がある方は事前に大使館へ問い合わせるのが賢明です。また、申請から発給まで時間を要することがあるため、出発の1ヶ月半から2ヶ月前には手続きを始めると安心です。私たちも子どもたちの学校の予定を調整しつつ、早めに申請を済ませました。ビザが貼られたパスポートを受け取った時、その瞬間に旅がいよいよ現実になると胸が高鳴ったのを今でも覚えています。

服装のルールと心構え

イラン旅行でよく話題に上るのが服装の規定です。特に女性は、髪をスカーフ(ヘジャブ)で覆い、体のラインが出にくいゆったりとした長袖のトップスと、足首まで隠れるロングボトムスやワンピース(一般的にはマントーと呼ばれる上着)を着用することが義務付けられています。

「ママ、これをずっと着続けなきゃいけないの?」

出発前、スカーフの巻き方を練習していた妻に娘が尋ねました。最初は少し窮屈に感じるかもしれませんが、これは単なる「制限」ではなく、その国の文化に敬意を表す「ドレスコード」と捉えるとよいでしょう。現地に行くと、女性たちはカラフルで美しい柄のスカーフをお洒落に着こなしており、黒一色というイメージはすぐに覆されるはずです。

女性の服装ポイント

  • ヘジャブ(スカーフ): 必須です。イラン領空に入るころから機内アナウンスがあり、飛行機に一枚持参しておくと安心です。現地では驚くほど多様なデザインのスカーフが安価に手に入るため、現地購入も楽しめます。
  • トップス: 長袖で、お尻が隠れる程度の丈が望ましいです。体のラインを拾わないゆったりしたチュニックやシャツがおすすめです。
  • ボトムス: 足首まで隠れるパンツやロングスカートが基本です。ジーンズでも問題ありません。
  • その他: 夏場でも肌の露出は控えるのがルールです。サンダルは問題ありませんが、派手すぎるものは避けたほうが無難です。

男性の服装は女性ほど厳しくはありませんが、ショートパンツやタンクトップなど露出の多い服装は避けましょう。基本はTシャツに長ズボンのスタイルです。子ども、とくに小さな女の子にはそれほど厳しい規制はありませんが、現地の空気に馴染むために露出の多い服装は避けるのがよいでしょう。わが家の娘もスカーフを真似て巻き、現地の方々に微笑ましく受け入れられました。

旅の要、マネーと持ち物

イランでは国際的な経済制裁の影響により、クレジットカードやデビットカードはほとんど使えません。これは非常に重要なポイントで、滞在費用はすべて現金で準備する必要があります。

私たちは日本で米ドルとユーロの現金を用意し、テヘランのイマーム・ホメイニ国際空港に到着後、空港内の政府公認の両替所で一部をイラン・リヤルに替えました。レートは市内の両替所のほうが若干良いこともありますが、最初の資金は空港で確保するのが安全です。また、路上での非公式な両替はトラブルの原因になるため、絶対に避けましょう。

イランの通貨はややこしい点があります。公式通貨は「リヤル」ですが、現地の人々は日常的にリヤルの末尾のゼロ一つを除いた「トマン」という単位を使います。例えば100,000リヤルは「1万トマン」と表現されます。値段を聞く際はそれがリヤルなのかトマンなのかを確認すると、混乱を防げます。

持っていくと便利なものリスト

  • 現金(米ドル・ユーロ): 滞在費に加え予備も用意。新札が望ましく、100ドル札だけでなく20ドルや10ドルのような少額紙幣も混ぜると両替がスムーズです。
  • 常備薬: 慣れた薬は必ず持参しましょう。胃腸薬、頭痛薬、絆創膏なども忘れずに。
  • モバイルバッテリー: 写真や地図を使うとスマホの電池が早く減るため。イランのコンセントは日本と異なるCタイプが主流なので変換プラグも準備しましょう。
  • 乾燥対策用品: イランは乾燥が激しいため、リップクリーム、ハンドクリーム、保湿力の高いスキンケア製品は必須。喉が弱い方はマスクもあると良いでしょう。
  • ウェットティッシュ・除菌ジェル: レストランやトイレで重宝します。
  • 子ども用のおやつや暇つぶしグッズ: 長時間の移動に備えて。日本の味は子どもの安心材料にもなります。
  • パスポートのコピーと証明写真: 万が一に備え、パスポート本体とは別の場所に保管しておきましょう。

これらの準備を整えて、私たちは期待に胸を膨らませながら日本を飛び立ちました。長時間のフライトを経て、窓の外に褐色の大地が見えてきた瞬間から、私たちの新たな物語が始まったのです。

アゼルバイジャンの風薫る古都、タブリーズへ

テヘランのイマーム・ホメイニ国際空港に到着した私たちは、そのまま国内線専用のメヘラーバード空港へ移動し、最初の目的地であるタブリーズ行きの便に搭乗しました。イラン国内の移動手段は長距離バスや鉄道、飛行機など多彩にありますが、広大な国土を子連れで効率的に移動するには、国内線の利用が非常に便利です。

Do情報:イラン国内線の予約について イランの国内線航空券は、現地の旅行代理店のウェブサイトなどを通じてオンラインで購入可能です。英語に対応したサイトも存在しますが、多くはペルシャ語のみのものも少なくありません。心配な場合は、日本のイラン専門旅行会社に手配を依頼するのも一つの方法です。私たちは英語対応のオンライン代理店を利用してイラン航空のチケットを予約しました。料金は非常にリーズナブルで、1時間半ほどのフライトが一人数千円程度でした。ただし、予約システムが不安定なこともあるので、Eチケットが確実に発行されているか出発前に必ず確認することをおすすめします。

タブリーズ空港に降り立つと、テヘランとはまた違った、乾燥して涼やかな空気が私たちを迎えました。ここは古くからシルクロードの重要な拠点として栄え、アゼルバイジャン文化圏に属しているため、人々はペルシャ語に加えアゼリー語(トルコ語に近い言語)も話しています。どことなく中央アジア風の街並みに触れ、長旅の疲れも忘れて心が弾みました。

迷宮のような世界遺産・タブリーズのバザール

タブリーズを訪れる人々を魅了してやまないのは、世界遺産にも登録された巨大なバザールです。屋根で覆われた通路が迷路のように張り巡らされたこの市場は、単なる商店街ではなく、一つの街であり歴史の象徴でもあります。足を踏み入れると、スパイスの香り、焼きたてのパンの香ばしい匂い、人々の賑わい、さらに遠くから響く金属を叩く音が一気に押し寄せてきます。

「わあ、すごい!お宝がいっぱいありそうだよ!」 息子の目がまるで探検家のように輝きます。通路の両側には、色鮮やかなドライフルーツやナッツを山盛りにしたお店、黄金に輝く貴金属店、そしてバザールの主役とも言えるペルシャ絨毯の専門店が軒を連ねています。天井のドームから差し込む光が舞い上がる埃を照らし出し、時が止まったかのような幻想的な光景を演出していました。

そんな中、予期せぬ感動的な出来事が起こりました。美しいモザイクランプの店に娘が見とれているほんの一瞬の隙に、混み合う人波の中で私は息子の手を見失ってしまったのです。血の気が引きました。「パパ!」と息子の声が聞こえた気がして振り返るも、視界に入ってくるのは同じような服装の人々だけ。焦りが募ったその瞬間、近くの絨毯店の前で、白髭の店主が不安げな表情をした息子の肩を優しく抱えているのが目に入りました。

「坊や、お父さんはあちらだよ」 言葉はわかりませんでしたが、彼の温かな眼差しと身振りがそう伝えているように感じられました。急いで駆け寄り何度もお礼をすると、店主は「ノープロブレム」とでも言うかのように微笑み、店の奥から熱々のチャイ(紅茶)入りの小さなグラスをふたつ差し出してくれました。驚く私たちに座るよう促して絨毯を指し示します。言葉が通じないもどかしさはありましたが、それ以上に、見知らぬ外国人の親子に対してこれほどの心遣いを示してくれる彼の真心が、温かいチャイとともにじんわりと心に染み渡りました。これこそ本で読んだイランの「ターロフ」(客人をもてなす文化)を肌で感じた瞬間でした。お礼に何か買いたいと申し出ても、彼は「君たちが無事で良かった、それが何よりだ」と首を横に振るのみ。この出会いが、私たちのイランに対する印象を決定づけました。ここは、人の温もりが息づく土地なのだと。

Do情報:バザールでの注意点

  • 迷子防止: 広大なバザールは大人でも道に迷うことがあります。子ども連れの場合、例えば「この角のお店の前で待っていてね」といった目印を決めておくと安心です。また、万一に備えホテルの名前と住所を書いたカードを子どもに携帯させるのも有効です。
  • 写真撮影: 人物を撮る際は必ず声をかけてから許可を得ましょう。ほとんどの方は快く応じてくれますが、文化的配慮は欠かせません。

青のモスク、静謐が伝える歴史の重み

バザールの喧騒から少し離れると、静けさに包まれた「青のモスク(マスジェデ・カブード)」が現れます。15世紀に建てられたこのモスクは、かつては息をのむほど美しいコバルトブルーのタイルで内外を覆い、その名を呼ばれていました。しかし18世紀の大地震で大部分が崩壊し、現在見られるのは修復された部分と、奇跡的に残されたオリジナルのタイルが織りなす儚くも美しい姿です。

内部に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でます。完全な形ではないからこそ、かえって想像力がかき立てられるのかもしれません。壁の一部に残る、繊細で複雑な幾何学模様のタイルを見つめるうちに、往時の栄華とそれを一瞬で奪った自然の脅威の両方に思いが至らずにはいられません。

「パパ、この青いタイルの欠片、宝石みたいだね」 娘は修復のために置かれていたタイルの破片を指差しそう言いました。子どもたちの純粋な眼には、このモスクの悲しい歴史ではなく、今ここにある「美しさ」だけが映っているのでしょう。静かな祈りの空間で、私たちはそれぞれに、歴史の重みに想いを馳せつつ、それでもなお輝き続ける美の力について静かに感じていました。

Do情報:モスク訪問時のマナー

  • 服装: モスクは厳かな祈りの場です。肌の露出は控え、女性は髪をスカーフでしっかりと覆うことが求められます。入り口で「チャードル」(全身を覆う布)が貸し出されている場合も多いので、利用すると良いでしょう。
  • 行動: 内部では大声を出さず静かに見学します。祈っている人がいる場合は、その方々の前を横切ったり邪魔をしないよう配慮が必要です。また靴を脱いであがる場所がほとんどなので、脱ぎ履きしやすい靴を履いて行くと便利です。

タブリーズ郊外へ足を延ばして

タブリーズの魅力は、市内の歴史的建造物にとどまらず、車でおよそ1時間の距離にわたって、まるで別世界に迷い込んだかのような驚きの風景が広がっています。

奇岩の村、キャンドヴァーンの暮らし

タブリーズから南へ約50キロの場所に、火山活動によって形成された円錐形の奇岩がびっしりと立ち並ぶ不思議な村、キャンドヴァーンがあります。その景観はトルコのカッパドキアを思わせますが、キャンドヴァーンの最大の特徴は、現在もこの岩をくり抜いた洞窟住居で人々が日常生活を送っていることです。

私たちが訪れた際も、岩の家の中から子どもたちの笑い声が響き、屋上の岩の上には洗濯物が風に揺れていました。観光地でありながら、そこには生きた暮らしが息づいているのです。いくつかの住居はお土産物屋や宿泊施設として開放されており、私たちもその一軒に泊まらせていただきました。

岩をくり抜いた内部は夏はひんやりと涼しく、冬は温かいのだとか。壁には絨毯が掛けられ、小さなテレビが置かれている様子は、見た目の奇抜さとは裏腹に、温もりあふれる家庭の雰囲気が漂っていました。

「わあ、まるで秘密基地みたい!ここに泊まりたい!」

子どもたちは大興奮。実際に宿泊可能な洞窟ホテルも存在し、家族で非日常的な体験を楽しみたいならこれ以上ない選択肢といえます。ロバに乗って村を散策したり、地元の人が売るハチミツやハーブをお土産に買ったりと、のんびりとした時間を過ごせます。

Do情報:キャンドヴァーンへのアクセスとタクシー交渉 タブリーズからキャンドヴァーンへの公共交通機関はなく、タクシーをチャーターするのが一般的です。市内でタクシー運転手に直接声をかけるか、ホテルで手配を依頼できます。料金は交渉制となっています。

  • 交渉のポイント: 事前にホテルスタッフなどから相場を確認しましょう。行き先(キャンドヴァーン)、待ち時間(2〜3時間程度)、往復であることを紙に書いて運転手に見せ、料金をはっきりさせてから出発するのがトラブル防止のコツです。英語が通じにくい運転手も多いため、数字や地名を紙に書く方法は非常に効果的です。

家族で楽しむタブリーズの食文化

旅の醍醐味のひとつはやはり食事。タブリーズは美食の街として有名で、ここでしか味わえない名物料理が揃っています。中でも代表的なのが「クフテ・タブリーズィー」。人の頭ほどもある巨大なミートボールで、ひき肉、米、豆、ハーブなどがぎっしり詰め込まれています。トマトベースのスープで煮込まれており、見た目の迫力だけでなく、その優しい味わいは日本人の口にもよく合います。

4人家族で一つをシェアしても十分なボリュームです。ナイフを入れると、中からゆで卵やクルミ、プラムなどが現れ、子どもたちはまるで宝探しのように喜びました。ほかにも、羊肉と豆を壺でじっくり煮込んだ「ディズィー」という料理も絶品です。店員さんが目の前で具材をすり潰すパフォーマンスも見どころで、家族みんなで囲む食卓をいっそう楽しいものにしてくれました。イランのレストランは家族連れにとても寛容で、子どもが多少騒いでも嫌な顔をせず、むしろあやしてくれる温かな雰囲気があり、子連れ旅行者にはありがたいポイントでした。

首都テヘラン、喧騒と洗練の交差点

タブリーズでの心温まるひとときを終え、次の旅先である首都テヘランへと向かいました。選んだ移動手段は夜行列車です。広大なイランの大地を、列車の揺れに身を委ねながら走るこの旅は、きっと忘れがたい思い出になると期待していました。

Do情報:イラン国鉄の寝台列車について イランの鉄道網は比較的整備されていて、主要都市を快適な列車が結んでいます。チケットは駅の窓口や市内の旅行代理店、またはイラン国鉄のウェブサイト(主にペルシャ語ですが一部英語対応もあり)で購入可能です。私たちはタブリーズの代理店で4人用の個室寝台(コンパートメント)を予約しました。車内は清潔でベッドメイキングも整っており、ミネラルウォーターやお菓子、チャイのセットまで備わっていました。家族だけのプライベート空間で、窓の外に広がる星空を眺めながら過ごす時間は、特別な味わいがありました。

翌朝、列車はテヘラン駅に滑り込んできました。古都タブリーズの穏やかな空気とは打って変わり、そこは大都市にふさわしい活気と喧騒に満ちあふれていました。絶え間なく行き交う車、高層ビルと緑豊かな公園が調和した街並み。イランの「今」を肌で感じられる景色が私たちの目の前に広がっていたのです。

ゴレスターン宮殿のきらめく輝き

テヘランで最初に訪れたのは、ガージャール朝からパフラヴィー朝にかけて王宮として使用され、世界遺産にも登録されているゴレスターン宮殿です。敷地内には博物館や謁見の間などの豪華絢爛な建築が点在していますが、その中でも特に私たちを圧倒したのは「鏡の間(ターラーレ・アーイネ)」でした。

足を踏み入れると、そこはまさに光の海。天井から壁にいたるまで無数の小さな鏡の破片がモザイクのようにびっしりと貼り付けられ、シャンデリアの光を乱反射させて空間全体がダイヤモンドの輝きを放っていました。

「わあ…まるで万華鏡の中にいるみたい!」

妻と子供たちが感嘆の声をあげます。まさにその表現がぴったりで、どこを見てもキラキラと輝き、まるで自分がどこにいるのか分からなくなるほどの眩さでした。ここで歴代の王たちがどれほどの栄華を誇ったのか。壮大な歴史のスケールと、人間の美への飽くなき追求心にただただ感服しました。

Do情報:ゴレスターン宮殿のチケットについて ゴレスターン宮殿では、敷地への入場券と各建物への入場券が別々に販売されています。チケット売り場で見学したい建物を指定して購入する仕組みです。全ての建物を巡るにはかなりの費用と時間がかかるため、事前に訪れたい場所を絞っておくことをおすすめします。特に「鏡の間」があるメインパレスは必ず訪れるべきスポットです。

旧アメリカ大使館の壁画が伝えるもの

華やかな宮殿とは対照的に、現代史の緊迫した一場面を伝える場所も訪れました。1979年のイラン・イスラム革命で学生たちに占拠され、人質事件の舞台となった旧アメリカ大使館です。現在、その外壁は反米をテーマにしたプロパガンダ的な壁画で覆われています。

自由の女神が骸骨の顔になっている絵や、星条旗が銃とドクロに変わっている絵など、直接的かつ強烈なメッセージが描かれており、子供たちにも強い印象を与えました。

「どうしてこんな絵があるの?」

息子の素朴な疑問に答えるため、私は言葉を慎重に選びつつ、イランとアメリカの複雑な歴史の一端を説明しました。国と国の関係は単に好き嫌いで語れるものではなく、それぞれの国にそれぞれの正義や主張があること。この壁画は、私たち家族にとって、メディアを通じて一方的に伝えられる国際情勢を自分たちの頭で考えるきっかけとなった貴重な体験でした。旅は美しい風景を楽しむだけでなく、こうした歴史の傷跡に触れ、学ぶことにも大きな意味があるのだと、改めて実感しました。

地下鉄での心温まる出来事

テヘラン市内を効率よく移動するには地下鉄が非常に便利です。料金は安価で路線も分かりやすいものの、夕方のラッシュアワーは東京の通勤ラッシュを彷彿とさせるほど混雑します。そんな混雑の中で、私たちは再びイランの人々の温かさに触れることになりました。

子供二人を連れて混み合う車両に乗ると、すぐに大学生くらいの若い女性がさっと席を立ち、妻と娘に席を譲ってくれました。お礼を伝えると、彼女はにこやかな笑顔で「You are our guests.(あなたたちはお客様ですから)」と流暢な英語で答えてくれました。

その出来事をきっかけに短い会話が生まれました。彼女はテヘラン大学で日本文学を専攻しており、「村上春樹が好きで、日本の桜を一度は見てみたい」と目を輝かせて話していました。その姿から、国籍や文化を超えた親近感を覚えました。

やがて私たちが降車する駅が近づき、慌ただしく感謝の言葉を伝えようとしたその時、彼女はバッグの中をごそごそと探り、小さなキーホルダーを取り出しました。そして「For your daughter.(娘さんへ)」と言って、娘の手にそっと握らせてくれたのです。それはイラン伝統のミニアチュール(細密画)が描かれた可愛らしいものでした。思いがけない贈り物と見知らぬ彼女の心遣いに胸が熱くなりました。地下鉄の雑踏の中でわずか数分の出会いでしたが、この一期一会の交流がテヘランの喧騒を温かな思い出に塗り替えてくれました。

Do情報:テヘラン地下鉄の利用方法

  • 切符の購入: 駅の窓口で行き先を伝えれば簡単に購入できます。1回券のほか、チャージ式のカードもあり、頻繁に利用するならカードの方が便利です。
  • 女性専用車両: 電車の前後の車両は女性専用もしくは女性とその家族・子供向けとなっています。日中の空いている時間帯はそこまで厳格ではありませんが、ラッシュ時などは女性や子供連れがこちらの車両を利用すると、安心して乗車できます。最新の交通情報は、イランの交通事情をまとめたサイトなども参考にすると良いでしょう。

イランの心に触れる旅の深層

タブリーズとテヘラン、二つの都市を巡る旅は、私たちにイランの多彩な顔を見せてくれました。歴史的な建造物や壮麗な自然はもちろん印象的でしたが、旅が終わった今、最も心に残っているのは、やはり道中で出会った人々との交流です。

テヘラン・グランドバザールの賑わい

テヘランにも立派なバザールが存在します。ゴレスターン宮殿のすぐ南側に広がるグランドバザールは、タブリーズの歴史的な趣きとは異なり、首都ならではの力強く躍動感あふれる雰囲気に包まれています。衣料品、生活雑貨、宝飾品、食料品など、多種多様な商品が集まり、人々は熱心に品物を選んでいました。

私たちはお土産を探すため、食料品エリアへ足を踏み入れました。そこはまさに地元の台所そのもので、ピスタチオやデーツ、アーモンドといったナッツ類が色鮮やかな山を作り、隣の店にはまるで宝石のように輝く最高級のサフランがガラスケースに収められていました。店主たちは次々に試食を勧めてくれ、言葉が通じなくとも、美味しいものを分かち合いたいという気持ちはどこの国でも通じ合うものです。子どもたちは甘いデーツや香ばしいピスタチオを頬張り、満面の笑みを浮かべていました。

Do情報:バザールでの値段交渉 イランのバザールでは、値段交渉はコミュニケーションの一環として楽しむ習慣があります。ただし相手を打ち負かすためのものではなく、笑顔と敬意を忘れないことが重要です。

  • まずは提示された値段を聞きます。
  • 少し高いと感じたら、自分の希望額を伝えますが、無理な値引きは避けましょう。
  • 店主が少し値下げしてくれたら、そこで合意するのがスマートです。双方が気持ちよく取引を終えることを目指しましょう。このやり取り自体が旅の楽しい思い出となります。

ペルシャ絨毯に込められた物語

イランといえば、多くの人がペルシャ絨毯を思い浮かべるでしょう。テヘランには絨毯博物館があり、国宝級の芸術品とも言える絨毯が数多く展示されています。その繊細なデザイン、豊かな色彩、一枚の絨毯を完成させる膨大な時間に、私たちはただ感嘆のため息をつくばかりでした。

さらに私たちは、バザールの一角にある絨毯工房を訪れる機会に恵まれました。織機に向かい、驚くべき速さで糸を結んでいく職人の手さばきはまるで魔法のよう。花や動物、楽園の情景などが描かれたそのデザインには、それぞれ意味や物語が込められていることを店主が教えてくれました。絨毯は単なる敷物ではなく、織り手の想いとイラン文化が織り込まれた芸術作品なのです。いつか我が家にも、こんな素敵なペルシャ絨毯を迎えられたら――そんな夢を抱かせてくれた、貴重な体験でした。

ターロフという名の心遣い

この旅で何度も感じたのは、イランの人々の温かな親切心です。その背景には、「ターロフ」と呼ばれるイラン独特の文化が深く根付いています。これは、相手に敬意と謙遜を示す、一種の社交辞令や礼儀のようなものです。

例えばタクシーの運転手に料金を払おうとすると、「いやいや、お金は要らないよ」と言われることがあります。商店で買い物をした際も「代金はいりません、プレゼントしますよ」と言われることがあるのです。ただし、これを額面通りに受け取ってはいけません。これは「あなたは特別なお客様なので、お金をいただくわけにはいきません」という最大限の敬意の表れなのです。こちらは「そんなことはできません、どうぞお受け取りください」と2~3回支払いを申し出るのがマナーとされています。

最初は戸惑うこの習慣も、慣れてくると彼らの奥ゆかしく温かな心の表れだと理解できるようになります。もちろん、バザールで助けてくれた絨毯商人や地下鉄でキーホルダーをくれた学生など、ターロフを超えた心からの優しさに触れる機会も数多くありました。イランの人々にとって、遠くから来た旅人をもてなすことは自然な喜びなのです。渡航前には外務省の海外安全情報を読み込み、治安について心構えをしていましたが、実際に接したイランの日常は、驚くほど穏やかで優しさに満ちたものでした。

旅の終わりは、新たな始まり

イランでの時間は、まるで一瞬のように過ぎ去りました。帰国便の窓越しに広がるテヘランの夜景を見つめながら、この旅で手にした深い経験の重みを改めて感じていました。

その体験は、世界遺産の壮大さや賑やかなバザールの雰囲気だけに留まりません。言葉が通じなくとも、笑顔とチャイで心を通わせてくれた絨毯商のご主人。通勤ラッシュの地下鉄で、見知らぬ子どもに贈り物をくれた学生。道を尋ねるたびに、目的地まで一緒に歩いて案内してくれた名前も知らない人々。私たちが受け取ったのは、数えきれないほどの小さな、しかしかけがえのない親切の数々でした。

日本に戻り、日常の生活が再び始まりました。息子は学校の自由研究でイランの地図を描き、旅の絵日記をつけています。娘はテヘランで手に入れたキーホルダーを、宝物のようにランドセルにつけています。遠くペルシャの地で出会った人々の温かさは、確かに子どもたちの心にも刻み込まれています。

ニュースや新聞が伝える「イラン」と、私たちが肌で感じた「イラン」には、大きな違いがありました。そこには私たちと変わらない、家族を愛し、日々の暮らしを大切にし、旅人に心から親切に接する人々が暮らしていたのです。

もしあなたが未知の国への一歩を迷っているのなら、ぜひ勇気を出して踏み出してみてください。きっとあなたの想像を遥かに超えた美しい風景と、心温まる人々との出会いが待っています。私たちのイランの旅は終わりましたが、この旅で得た感動と学びは、これからの私たち家族の人生をより豊かに照らす、新たな出発の光となりました。

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この記事を書いたトラベルライター

小学生の子どもと一緒に旅するパパです。子連れ旅行で役立つコツやおすすめスポット、家族みんなが笑顔になれるプランを提案してます!

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