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トルコの名前の謎に迫る!七面鳥(ターキー)との意外な関係とは?国名変更の背景も徹底解説

アジアとヨーロッパ、二つの大陸にまたがる国、トルコ。イスタンブールの活気あふれるバザール、カッパドキアの奇岩が織りなす幻想的な風景、そして地中海沿岸の息をのむほど美しいリゾート地。悠久の歴史と豊かな文化が交差するこの国は、訪れる人々を魅了してやみません。エキゾチックな魅力に満ちたトルコですが、その名前には、実は壮大な歴史と、少しややこしい勘違いの物語が隠されていることをご存知でしょうか。

「なぜトルコは英語で『Turkey(ターキー)』、つまりあの七面鳥と同じ名前なんだろう?」

一度は誰もが抱いたことのある、この素朴な疑問。そこには、中央アジアの草原を駆け抜けた騎馬民族の誇り、大航海時代のヨーロッパで起きた壮大な勘違い、そして現代における国家ブランディング戦略まで、時空を超えたドラマが詰まっています。さらに近年、トルコは国際社会における呼称を「Turkey」から「Türkiye(テュルキエ)」へと変更しました。この決断の裏には、どんな想いが込められているのでしょうか。

この記事では、旅ライターの私が、そんな「トルコ」という名前の謎を紐解いていきます。名前の由来から七面鳥との不思議な関係、そして国名変更の真意までを徹底的に解説。この記事を読み終える頃には、あなたのトルコに対する見方が、より深く、より豊かなものになっているはずです。さあ、知的好奇心を刺激する歴史の旅へと、一緒に出かけましょう。

トルコの豊かな食文化に興味がある方は、オスマン帝国の歴史が育んだ絶品肉料理についての記事もぜひご覧ください。

目次

「トルコ」という名前の壮大な歴史

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まずは、私たちが知る「トルコ」という国名の起源を探る旅へと出かけましょう。そのルーツは、遥か昔、中央アジアの広大な草原地帯までさかのぼります。そこには、歴史の教科書でもおなじみの、勇敢でたくましい騎馬民族の姿がありました。

始まりは「テュルク」-勇ましい騎馬民族の誇り

「トルコ」という名称の起源は、古代の言葉「テュルク(Türk)」にあります。古代テュルク語では、この言葉は「強靭」「力強い」「頑健な」といった、まさに力そのものを表す意味を持っていました。この名を自称したのが、6世紀頃、モンゴル高原から中央アジアにかけて巨大な帝国を築いた騎馬民族・突厥(とっけつ)です。

彼らは優れた騎馬術と製鉄技術を駆使して広大な領土を支配しました。突厥の人々は誇りをもって自らを「テュルク」と称し、その名前は彼らの強さの象徴となりました。帝国はやがて東西に分かれて歴史の波に翻弄されますが、「テュルク」という民族的アイデンティティは彼らの子孫によって受け継がれ、西へと徐々に広がっていきました。

彼らが移動して定住した地は、次第に「テュルクの民の住む土地」として認識されるようになります。一つの民族の誇り高き名称が、やがて広大な地域を示す言葉へと変わっていく、壮大な歴史の始まりでした。

セルジューク朝からオスマン帝国へ-「トルコ人の国」の成立

テュルク系民族の西進は、歴史における大きな転換点を迎えます。11世紀、テュルク系のオグズ族の指導者トゥグリル・ベグがセルジューク朝を興しました。彼らはビザンツ帝国(東ローマ帝国)との戦いに勝利し、アナトリア半島、すなわち現在のトルコの中心部に進出しました。

アナトリア半島は、テュルクの民にとって新たな故郷となりました。定着と同時に文化を築き上げていく過程で、この地域はペルシャ語やアラビア語で「トゥルキエ(Türkiye)」、つまり「トルコ人の土地」と呼ばれるようになりました。これはテュルク系民族がこの地の実質的支配者であることを示す、歴史的に重要な名称でした。

その後、セルジューク朝はモンゴルの侵攻により弱体化しますが、そのなかから新たなテュルク系国家が誕生します。それが、後に世界史に大きな影響を及ぼすオスマン帝国でした。1299年にオスマン帝国が建国されると、短期間で勢力を拡大。コンスタンティノープルを攻略してビザンツ帝国を滅ぼし、アジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸にまたがる巨大帝国を築き上げました。

このオスマン帝国の強大さはヨーロッパ人に大きな衝撃を与え、彼らは帝国およびその支配地域を、そこに暮らす主要民族の名称にちなみ「トルコ」と呼ぶようになりました。マルコ・ポーロの『東方見聞録』をはじめ、多くの書物によってこの呼称はヨーロッパ全土に広まりました。かくして、「テュルク」という一民族の名は時を経て「トゥルキエ」という土地の名に変わり、さらにヨーロッパの人々によって「トルコ」という国家を指す言葉として定着していったのです。

なぜ七面鳥が「ターキー(Turkey)」と呼ばれるようになったのか?

さて、本題に入ります。国名としての「トルコ」の歴史は理解いただけたと思いますが、ではなぜ、全く関係のない鳥である七面鳥が英語で「Turkey」と呼ばれるようになったのでしょうか。その背後には、大航海時代における世界規模の物流網と、それに伴う人々の大きな誤解が複雑に絡み合っています。

複雑に重なり合う誤解の連鎖

この話を理解するためには、二種類の鳥を把握する必要があります。一つはアフリカのギニア地方原産の「ホロホロチョウ」、そしてもう一つが北米大陸原産で私たちがよく知る「七面鳥」です。

最初の誤解:ホロホロチョウと「トルコの鶏」

15世紀から16世紀のヨーロッパでは、大航海時代の幕開けにより世界各地から珍しい品々が市場にあふれていました。その中でイギリスの食卓に登場したのが、アフリカ原産のホロホロチョウでした。

このホロホロチョウは、直接アフリカからイギリスに輸入されていたわけではありません。多くは東地中海の貿易を支配していたオスマン帝国を経由し、トルコの商人たちの手によってヨーロッパにもたらされていたのです。当時のイギリス人にとってオスマン帝国は「トルコ」と呼ばれていたため、彼らはこのエキゾチックな鳥を輸入経路にちなみ「ターキー・コック(Turkey cock)」や「ターキー・ヘン(Turkey hen)」と呼び始めました。つまり、最初の「ターキー」とは七面鳥ではなく、ホロホロチョウを指す言葉だったのです。「トルコから来た鶏」という、非常にシンプルな命名でした。

次の誤解:七面鳥とホロホロチョウの混同

物語がさらに複雑になるのは、新大陸アメリカから本物の「七面鳥」がヨーロッパに持ち込まれてからです。クリストファー・コロンブスのアメリカ大陸到達後、スペイン人がこの大きくて奇妙な鳥を見つけ、ヨーロッパに持ち帰りました。

この新種の鳥がイギリスに伝わった際、重大な誤解が生まれます。当時の人々にとって七面鳥の姿は、すでに知られていたホロホロチョウ=「ターキー」に非常によく似て見えたのです。詳細な鳥類学の知識がなかったため、「これはあのターキーの一種だろう」と考えたイギリス人は、このアメリカ原産の鳥も「ターキー」と呼び始めたのです。

皮肉なことに、この新しく入ってきた七面鳥は元の「ターキー」(ホロホロチョウ)より大きく、食肉としても優れていたため、爆発的にヨーロッパの食文化に浸透しました。結果として、「ターキー」という名前は次第に七面鳥が独占し、もともとのターキーであるホロホロチョウは英語で「ギニアファウル(guineafowl)」という別名で呼ばれるようになったのです。この壮大な誤解が定着し、歴史が書き換えられた瞬間でした。

他の言語での呼称はどうなっている?

実は、このような混乱はイギリスだけの話ではありません。ヨーロッパ各国でも七面鳥は様々な「勘違いネーム」で呼ばれています。これは大航海時代の情報がどれほど錯綜していたかを示す興味深い証拠です。

フランス語:dinde(ダンド)

これは「d’Inde(インドから来た)」に由来します。コロンブスがアメリカ大陸をインドだと誤認していたことに基づきます。

ポルトガル語:peru(ペルー)

南米のペルーから来たと誤解されたため、そのまま国名が鳥の名前として用いられました。

オランダ語:kalkoen(カルクーン)

インドのカリカット(現在のコーリコード)に由来すると言われています。

トルコ語:hindi(ヒンディ)

なんと、トルコ国内でも七面鳥は「インドの鳥」と呼ばれています。

こうした各国での「インドの鳥」「ペルーの鳥」などの呼称を見ると、イギリス人が「トルコの鳥」と誤解したのも無理がなかったかもしれません。七面鳥の名前の由来は、大航海時代の混沌とロマンを今に伝える、まさに生きた証拠なのです。

国名変更へ – 「Türkiye(テュルキエ)」への回帰

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物語は現代に移ります。2021年末、トルコ政府は国際社会に対し、自国の英語名を従来の「Turkey」から、トルコ語の本来の発音により近い「Türkiye(テュルキエ)」へと正式に変更するよう要請しました。翌2022年6月、国連はこの要望を承認し、公式文書などにおける国名表記を「Türkiye」に統一しました。この重要な決断の背後には、どのような理由があったのでしょうか。

なぜ今、国名を改めたのか?

長く親しまれてきた国名を変えるには、相応の強い理由が存在します。トルコ政府が「Türkiye」への変更に踏み切った背景には、大きく分けて二つの理由が挙げられます。

理由1:否定的なイメージの払拭

第一の理由は、英語の「turkey」という単語が持つネガティブな意味合いを取り除きたいという強い思いです。前述の通り、「turkey」は七面鳥を指しますが、それだけに留まりません。英語の口語表現、いわゆるスラングとして、「大失敗作」「価値のないもの」「愚か者」「臆病者」など、侮辱的な意味で使われることがあるのです。

例えば、「That movie was a real turkey.(あの映画はひどい失敗作だった)」という具合です。自国の名前がこのような否定的な単語とまったく同じスペルかつ発音であることは、トルコの人々にとって長年の屈辱であり、国家の誇りを傷つける問題でもありました。国際会議やメディアで名前が呼ばれるたびに、この否定的なイメージが想起される可能性があったのです。この長年のコンプレックスを克服し、国のイメージを向上させたいという願いが、国名変更の最大の原動力となりました。

理由2:本来のアイデンティティの強調

もう一つの理由は、より積極的な側面からのアプローチにあります。「Türkiye」はトルコ語で「トルコ人の土地」を意味し、建国の父ムスタファ・ケマル・アタテュルクの指導のもと独立戦争を経て、1923年のトルコ共和国成立以来、一貫して用いられてきた正真正銘の正式名称です。トルコの人々は長い間、自国を「Türkiye」と呼び続けてきました。

今回の国名変更は単なる英語表記の改定にとどまらず、「Türkiyeという名称こそ我々の文化や文明、価値観を最も的確に示すものである」という国家のアイデンティティを国際社会に向けて力強く発信する意味合いがあるのです。レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は声明で「Türkiyeはトルコ国家の文化と価値観を最もよく表す言葉である」と述べ、国民の誇りを象徴する名前として積極的に推進する意志を明確にしました。

「メイド・イン・テュルキエ」の誕生

この国名変更は、単なる政治的声明に留まらず、経済面での国家ブランド戦略の一環としても位置づけられています。トルコは繊維製品、自動車部品、家電製品などの分野で世界的な輸出国です。これまで、輸出品には「Made in Turkey」と表記されていました。

今回これを「Made in Türkiye」に切り替えることで、製品のブランドイメージ向上を図る狙いがあります。「turkey(失敗作)」という否定的連想を断ち切り、「Türkiye」という誇り高い名称を冠することで、トルコ製品全体の価値を高めようという戦略です。これは国際市場における競争力強化に向けた極めて効果的な措置と言えるでしょう。今後、海外でトルコ製品を手にする際は、ぜひそのラベルに注目してみてください。「Made in Türkiye」の文字が、国の新たな誇りを静かに語りかけていることでしょう。

トルコ旅行を計画しよう!旅の準備と役立つ情報

トルコという国名の由来を知ると、いっそう興味が湧いてきませんか?ここからは、実際にトルコ旅行を計画している方に向けて、具体的で役立つ情報をお伝えします。十分な準備を整えて、忘れがたい素晴らしい旅にしましょう。

トルコへの入国とビザについて

トルコ旅行を計画する際、まず確認すべきは入国条件です。日本のパスポートを持っている場合、観光やビジネス目的で90日以内の滞在なら、ビザ(査証)は不要です。

ただし、パスポートの有効期間には注意が必要です。トルコ入国時点でパスポートの残存期間が150日以上あることが求められます。出発前に有効期限を必ず確認し、足りない場合は早めに更新手続きをしましょう。直前に慌てないよう、ここを最初にチェックすることが非常に重要です。

なお、これらの条件は変わる可能性があるため、渡航前には在日トルコ共和国大使館・総領事館の公式サイトや外務省の海外安全ホームページで最新情報を必ずご確認ください。公式情報を習慣的に確認することで、どんな海外旅行でも安心できます。

旅の準備と持ち物リスト – 快適に過ごすために

快適な旅は、事前準備の質で大きく左右されます。特に日本とは文化や環境が異なるトルコへ行く際は、持ち物にも少し配慮が必要です。

服装

トルコの多くの人はイスラム教を信仰していますが、国は世俗主義を掲げており、服装は比較的自由です。特にイスタンブールなどの都市部では、ヨーロッパの街と変わらぬファッションを楽しむ人をよく見かけます。しかし、神聖な場所を訪れる際には服装に一定の配慮が求められます。

モスク訪問時の服装マナー

モスク(イスラム教の礼拝所)を見学する際は、露出の少ない服装がマナーです。男女共に半ズボンやショートパンツ、ノースリーブは避けましょう。特に女性は髪を覆うスカーフやストールが必須です。多くの有名モスクでは、観光客向けにスカーフや体を覆う布の貸し出しがありますが、衛生面が気になる方やファッションを楽しみたい方は、ご自身のお気に入りの大判ストールを一枚持参することをおすすめします。薄手のものなら荷物にならず、強い日差しよけや肌寒い時の羽織り代わりにもなり、一石三鳥です。

季節ごとの服装

トルコは広大な国土を持ち、地域や季節によって気候が大きく異なります。夏(6月〜9月)の地中海沿岸は非常に暑く、強い日差しが降り注ぐため、通気性の良い服装とともに帽子、サングラス、日焼け止めは必須アイテムです。一方、冬(12月〜2月)のイスタンブールや内陸のアンカラ、カッパドキアでは雪も降り厳しい寒さとなるため、ダウンジャケットやコート、手袋、マフラーなど、日本の冬同様しっかりした防寒対策が必要です。春や秋は比較的過ごしやすいですが、朝晩の気温差が大きいため、重ね着できる服や軽く羽織れるジャケットがあると便利です。

持ち物

電源プラグと変圧器

トルコのコンセントは2本の丸ピンタイプ(CタイプまたはSEタイプ)が主流で、日本の平ピン(Aタイプ)とは形状が異なります。変換プラグは必携です。また、電圧は220Vで日本の100Vとは違うため、スマホやカメラ充電器は対応していても、ヘアアイロンなど熱を発する電化製品は変圧器が必要な場合があります。使用機器の対応電圧は必ず事前にチェックしてください。

現金(トルコリラ)とクレジットカード

トルコの通貨はトルコリラ(TL)です。大きなホテルやレストラン、お土産屋ではクレジットカードが広く使えますが、ローカルの食堂やバザール、小規模店、公共トイレやチップの支払いなどには現金が必須です。日本円から両替は空港や市内の両替所で行えますが、一度に大量に両替せず、必要に応じて小分けに両替するのが防犯面でもおすすめです。

その他あると便利な持ち物

ウェットティッシュやアルコール消毒ジェル、常備薬(胃腸薬、頭痛薬など)、リップクリームや保湿クリームなどの乾燥対策、さらにスリ防止用のセキュリティポーチやワイヤーロックも、旅行を安心して楽しむための心強いアイテムです。

チップの習慣について

トルコではチップの習慣があります。義務ではありませんが、満足したサービスを受けた際には感謝の気持ちとして渡すのがスマートです。

  • レストラン: 会計の5〜10%程度が目安です。サービス料が含まれている場合は不要ですが、含まれていないときはテーブルに小銭を置くか、お釣りを「いりません」と伝えるのが一般的です。
  • ホテル: 荷物を運んでくれたポーターには5〜10リラ程度、ベッドメイキングには毎朝枕元に5リラ程度の紙幣を置くのが良いでしょう。
  • タクシー: 基本的には不要ですが、お釣りを渡さない運転手も多いため、差額分をチップとして渡すとスムーズです。

常に少額紙幣を財布に入れておくと、必要なときに慌てずに済みますよ。

トルコでの滞在を安全に楽しむために

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せっかくの旅行を心から楽しむためには、トラブルに巻き込まれないことが何より大切です。ここでは、移動手段の確保から、万が一の際の対応策まで、女性の視点も交えながら安全対策について詳しくご紹介します。

チケットの購入と移動方法

広大なトルコを効率的に巡るには、計画的な移動が重要となります。

航空券

日本からトルコへは、ターキッシュエアラインズ(トルコ航空)が成田・羽田からイスタンブールへの直行便を運航し、最も利用しやすいです。それ以外にも中東やヨーロッパの都市を経由する便も多数あり、時期によっては経由便のほうが料金が安くなることもあります。航空券の比較サイトを活用して、ご自身の予算やスケジュールに合ったフライトを見つけるのがおすすめです。予約が完了すると、通常はeチケットがメールで届くので、印刷するかスマホに保存しておきましょう。

国内の移動手段

トルコ国内の移動は長距離バスと飛行機が主な交通手段です。

長距離バス: トルコのバス網は非常に発達しており、快適かつ料金も手ごろなため、多くの旅行者に選ばれています。座席は広めで、飲み物や軽食のサービスがある会社も多くあります。主要都市を結ぶ路線は頻繁に運行されており、バスターミナル(Otogar)から出発します。チケットはバスターミナル内の各バス会社カウンターや、市内の営業所、公式ウェブサイトでオンライン購入が可能です。

国内線: イスタンブールからカッパドキア(カイセリ空港またはネヴシェヒル空港)、地中海沿岸のイズミルやアンタルヤなどへの長距離移動には、飛行機の利用が時間を大幅に節約でき便利です。ターキッシュエアラインズやペガサス航空などが多数の路線を運航しており、早めの予約で割安になる傾向があります。旅行計画が決まったら、速やかに予約をすすめましょう。

トラブル時の対応策 〜もしもの備えとして〜

どんなに注意していても、海外では思いがけないトラブルに遭遇することがあります。事前に対処法を把握し、落ち着いて行動できるよう備えておきましょう。

スリ・置き引きの予防策

イスタンブールのグランドバザールやエジプシャンバザール、トラム(路面電車)の車内など、人が多く集まる場所ではスリや置き引きが頻発します。基本的な注意を怠らないことが最も重要です。

  • 貴重品管理: パスポート、多額の現金、クレジットカードは、服の下に隠せるセキュリティポーチに収納しましょう。財布をズボンの後ろポケットに入れるのは避けてください。
  • バッグの持ち方: リュックは前で抱える、ショルダーバッグは体の前でしっかり抱えるなど、常に視界に入る位置で荷物を管理しましょう。
  • 話しかけられた際の注意: 日本語で親しげに話しかけられたり、無料で靴磨きを申し出られたり、わざとケチャップなどを服に付けて注意を引いたりするケースがあります。親切な人も多いですが、馴れ馴れしい人やしつこい人にははっきりと断り、その場から離れる勇気を持ちましょう。

絨毯屋の客引きへの対処法

特にイスタンブールのスルタンアフメット地区では、「コンニチワ!」「どこから来たの?」と明るく話しかけてくる男性に出会うことが多いです。彼らの多くは絨毯や革製品の店舗の客引きであり、親切さの裏に販売目的があります。

興味がなければ、「ありがとう、でも急いでいるので」と笑顔で断り、そのまま歩き続けるのが最善です。強引に店へ誘われた場合は、「No, thank you.」あるいはトルコ語で「Hayır, teşekkürler.(ハユル、テシェッキュルレル)」と明確に伝えましょう。あいまいな態度は避け、断ることに遠慮は一切不要です。

緊急連絡先

パスポートの紛失や盗難、事故・事件に遭遇した場合は、下記の連絡先へすぐに連絡し、指示を仰いでください。

  • 警察: 155
  • 救急車: 112
  • 消防: 110

パスポートを失った時は、まず最寄りの警察署で紛失・盗難証明書(Kayıp Eşya Tutanağı)を発行してもらいます。その後、その証明書や顔写真など必要書類を持って、管轄の日本国大使館または総領事館に赴き、パスポートの再発行か「帰国のための渡航書」の申請を行います。手続きには時間を要する場合があるため、帰国便の予定も考慮し、速やかに行動することが重要です。詳しい手続きは、在トルコ日本国大使館の公式ウェブサイトでご確認ください。

そして何よりも忘れてはならないのが、海外旅行保険の加入です。盗難被害の補償はもちろん、高額になりがちな海外の医療費もカバーされます。クレジットカード付帯の保険もありますが、補償内容をよく確認し、必要に応じて別途加入することを強くおすすめします。備えあれば憂いなしです。

「トルコ」と「ターキー」の物語を旅する

トルコという国名と「ターキー」(七面鳥)という言葉の繋がりを歴史の糸でたどってきましたが、いかがでしたか。この知識を胸にトルコを訪れれば、街の景色がこれまでとは異なって感じられることでしょう。最後に、この「名前の物語」を体感できるおすすめの場所をいくつかご紹介します。

グランドバザールで歴史の交差点を味わう

イスタンブールを訪れた際は、ほぼ例外なく足を運ぶであろうグランドバザール。500年以上の歴史を誇るこの巨大な屋内市場は、まさに歴史が交錯する場所です。迷路のように入り組んだ通路には、絨毯やランプ、スパイス、宝飾品など、あらゆる商品を扱う店が軒を連ねています。

この賑わいの中を歩きながら、少し想像を膨らませてみましょう。大航海時代にはヨーロッパからの商人もここを訪れていたに違いありません。彼らはオスマン帝国の商人から珍しい鳥、すなわち初めての「ターキー(ホロホロチョウ)」を購入し、それを船に積んで自国へ運んだかもしれません。世界中の人や物が行き交うこの場所の活気は、かつて壮大な誤解が生まれた時代の熱気を現代に伝えているかのようです。最新の観光情報はトルコ共和国大使館文化観光局のサイトでご覧いただけます。

トプカプ宮殿で帝国の繁栄に触れる

オスマン帝国のスルタン(皇帝)たちが約400年間居城としたトプカプ宮殿。ボスポラス海峡を見下ろす丘の上にそびえるこの壮麗な宮殿は、帝国の絶頂期の栄華を物語っています。豪奢な装飾に彩られた各部屋や、世界最大級のダイヤモンドが展示された宝物館。一つひとつがかつてヨーロッパの人々が畏敬の念を込めて「トルコ」と呼んだ、強大な国家の記憶そのものです。

この宮殿のバルコニーから広大な領土を見渡したスルタンたちは、遠い未来に自国の名前が鳥の名として世界中に知られることになるとは、夢にも思わなかったでしょう。歴史の皮肉と壮大さを噛みしめながら、帝国の中心で刻まれた時の流れに身をゆだねてみるのも、また趣深いものです。

あなただけの「テュルキエ」との出会いを

誇り高き「テュルク」民族の名に由来し、勘違いから鳥の名前と結びつけられ、そして現在は本来の「Türkiye」という名を取り戻した国。その名称の変遷は、この国が歩んできた激動の歴史を映し出しています。

国名の由来を知ることは、その国の文化や人々の心に一歩深く踏み込むための鍵となります。次にトルコを訪れる際は、単なる観光客ではなく、その歴史の物語を知る旅人として街を歩いてみてください。モスクのドームの曲線やバザールの喧騒、そして人々の笑顔の中に、きっとあなたにしか見つけられない「Türkiye」の物語が隠れているはずです。

アジアとヨーロッパが交差し、古代と現代が息づく魅惑の国テュルキエ。その奥深い魅力に触れる旅へ、ぜひ出かけてみてはいかがでしょうか。きっと忘れがたい感動があなたを待っています。

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この記事を書いたトラベルライター

アパレル企業で培ったセンスを活かして、ヨーロッパの街角を歩き回っています。初めての海外旅行でも安心できるよう、ちょっとお洒落で実用的な旅のヒントをお届け。アートとファッション好きな方、一緒に旅しましょう!

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