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永遠の都で麺をすする!ローマ・パスタ史を巡る聖地巡礼の旅

永遠の都、ローマ。その名を口にするだけで、コロッセオの勇壮な姿や、トレビの泉の煌めきが目に浮かぶようです。しかし、この街の魅力は壮麗な建築物だけではありません。路地裏のトラットリアから立ち上る湯気の向こうには、二千年以上にわたる食の歴史が、一本一本のパスタに練り込まれているのです。どうも、スパイスハンター・リョウです。普段は世界各地で灼熱の辛さを追い求めていますが、今回は趣向を変え、ローマ・パスタの歴史という、辛さとはまた違う「深み」を味わう旅に出ることにしました。一皿のパスタに隠された物語を求めて、古代から現代まで、時空を超える美食の聖地巡礼へと皆さんをお連れします。

パスタの歴史を辿った後は、誰も知らないローマの素顔を探すサステナブルな旅に出かけてみてはいかがでしょうか。

目次

パスタの起源、古代ローマにその影を探す

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我々の旅は、かつて全ての道が交わると言われた古代ローマの心臓部、フォロ・ロマーノから始まります。壮麗な神殿の遺跡や凱旋門が立ち並ぶこの場所を歩きながら、ふとこうした疑問が浮かびます。「剣闘士や皇帝たちは、本当にパスタをすすっていたのだろうか?」と。

結論から言うと、現在私たちが知る形のパスタは当時の古代ローマには存在していませんでした。彼らの主な主食は、プルスと呼ばれる麦の粥やパーニス、すなわちパンでした。しかし、その遠い祖先と思われる料理は確かにありました。それが「ラガヌム(laganum)」と呼ばれるもので、小麦粉と水を練って薄く延ばし、焼いたり揚げたりしたものです。これに肉や野菜を挟んで食べていたと伝えられています。このラガヌムは現代のラザニアの原点とも考えられており、古代ローマの美食家アピキウスがまとめた料理書『デ・レ・コクイナリア(De re coquinaria)』にもその記述が残っています。残念ながら、現在のように茹でてソースを絡める調理法はまだ生まれていませんでした。

この古代の食文化を胸に描くには、フォロ・ロマーノやパラティーノの丘を実際に歩くことが最も効果的です。かつて世界の中心地だった石畳を踏みしめ、巨大なバジリカの遺構を見上げると、そこに交わされたであろう活気あふれる会話や市場の喧騒、そして質素ながら力強い暮らしぶりが目に浮かぶはずです。

古代の息吹を感じるための訪問ガイド

この歴史的な地を訪れる際には、しっかりとした準備が欠かせません。コロッセオ、フォロ・ロマーノ、パラティーノの丘は共通のチケットで入場可能です。当日のチケット窓口は長蛇の列になることも多いため、公式サイトから事前予約を強く推奨します。予約手続きは英語もしくはイタリア語ですが、ブラウザの翻訳機能を利用すれば問題なく進められます。希望の日時を選択し、クレジットカードで決済すると、Eチケットがメールで届きます。スマートフォンに保存するか、印刷して必ず持参しましょう。

服装については、とにかく歩きやすい靴が必須です。遺跡の敷地は非常に広範囲に及び、未舗装の区間や凸凹の激しい石畳が続きます。サンダルやハイヒールは避けるようにしてください。また、夏場は日差しを避ける場所がほとんどないため、帽子やサングラス、日焼け止めの持参が必要です。こまめな水分補給も忘れずに。敷地内には水飲み場もありますが、マイボトルを用意すると安心です。

もし予約した日時に訪問できなくなった場合、多くの場合は返金や日程変更が認められないため注意が必要です。利用規約は必ず事前に確認しましょう。万が一のトラブルを避けるため、スケジュールには余裕を持たせることをおすすめします。なお、公式情報は随時更新される可能性があるため、訪問直前にはパルコ・アルケオロジコ・デル・コロッセオ(コロッセオ考古学公園)の公式サイトで最新情報を必ずご確認ください。

中世、アラブ世界から来た乾燥パスタの衝撃

古代ローマの滅亡を経て時代は中世に突入し、そこでパスタの歴史は大きな転機を迎えます。その主役となったのは、意外にもアラブ世界から伝わった「乾燥パスタ」の技術でした。

8世紀以降、シチリア島を支配したアラブ人たちは、小麦粉を練り細長く成形した後、天日で乾燥させるという革新的な製法をもたらしました。このおかげでパスタは長期間保存が可能となり、軽量で携帯に便利な食料へと進化を遂げたのです。航海や長い旅路において、まさに革命的な食材でした。この乾燥パスタは「イトリヤ(itriyah)」と呼ばれ、シチリアのパレルモはヨーロッパにおける乾燥パスタ製造の拠点として繁栄しました。

やがて、この技術はイタリア本土へと伝播します。ジェノヴァやピサなどの海洋都市国家の商人たちは、この利便性の高い食材を地中海の貿易品として各地へ広めていきました。しかし驚くべきことに、ローマにおけるパスタの普及は他の都市と比べてやや遅かったと伝えられています。当時のローマは教皇庁が置かれ、ヨーロッパ各地から巡礼者が訪れる宗教都市でした。彼らに向けた食料調達は常に重要課題で、保存のきく乾燥パスタは重宝されたはずですが、庶民の日常食として根付くまでにはまだ時間を要しました。

この時代のローマは、かつての古代の栄光とキリスト教世界の中心という二面性を持ち、複雑かつ混沌とした姿を見せていました。中世の名残を感じたいなら、色鮮やかなモザイクが残るサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ聖堂や、迷路のような路地が続くユダヤ人地区(ゲットー)を歩いてみるのが良いでしょう。乾燥パスタを携えた商人や巡礼者たちがこの石畳の街を行き交った様子を想像すると、胸が高鳴ることでしょう。

ルネサンスから近代へ、ローマ庶民の味となるまで

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ルネサンス期に入り、ローマでは芸術や文化が花開きましたが、まだパスタが庶民の食卓において主役となるには至っていませんでした。16世紀頃になると、ようやくパスタ職人(pastaio)たちがギルドを結成し、パスタ作りが専門職として確立されていきます。

パスタの普及を促した大きな動きは、南のナポリから始まりました。17世紀にナポリで機械式のプレス機が発明され、パスタの大量生産が可能になると、その価格は劇的に下がりました。安価で栄養価の高いパスタは、ナポリの庶民(ラッザローニ)にとって主食となり、街角では大きな鍋で茹でられたマカロニが手づかみで売られていたと伝えられています。当時の絵画には、空を仰ぎながらマカロニを口に放り込む人々の様子が描かれ、その熱気と活気が感じられます。

このナポリでのパスタ革命の波は徐々にローマにも波及しました。しかし、ローマではパスタはまだご馳走、あるいは週に一度の特別な食事という位置付けにとどまっていました。ローマの庶民はむしろポレンタ(トウモロコシの粉を煮込んだ粥)や豆のスープを日常的に食べていたのです。

当時のローマの空気を味わいたいなら、テヴェレ川西岸のトラステヴェレ地区を散策することをおすすめします。蔦に覆われた建物や石畳の狭い路地、小さなトラットリアが広場に面したこの地域を歩くと、まるで時が止まったかのような近代化前のローマの日常が垣間見えます。ただし、石畳は非常に歩きにくいため、ここではスニーカーが必須。夜はロマンティックな雰囲気ですが、人通りの少ない路地には立ち入らず、基本的な注意を怠らないようにしましょう。散策に疲れたら、広場のカフェでひと休み。目の前を通り過ぎる人々を眺めながら、パスタがローマの味として定着するまでの長い道のりに思いを馳せるのも、また格別です。

トマトとの運命的な出会い

さて、ここでイタリア料理、特にパスタの歴史における最大のヒーローが登場します。それは、間違いなくトマトです。

現代ではイタリア料理に欠かせない存在となったトマトですが、その歴史は決して順風満帆ではありませんでした。16世紀に新大陸からヨーロッパへ伝わった当初、鮮やかな赤い色から毒を持つものと誤解され、長い間観賞用の植物として扱われていました。「ポモドーロ(pomo d’oro)」、すなわち「黄金のリンゴ」という美しい名も、もとは食用ではなかったことの証明といえるでしょう。

このトマトの真価を見いだし、食材として積極的に利用し始めたのは、比較的貧しい南イタリアの人々でした。特に太陽の恵みを多く受けるナポリ周辺では、トマトはソースの材料として用いられるようになり、パスタと運命的な結びつきを果たしました。茹でたパスタにトマトソースを絡めるという、現在では当たり前のスタイルがここで誕生したのです。これはまさに「ポモドーロ革命」と呼ぶにふさわしい画期的な出来事でした。トマトがイタリア料理に受け入れられるまでの軌跡は、食文化の変化がいかに劇的であるかを物語っています。

ローマでトマトソースを使ったパスタが広く一般に定着したのは、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのことです。イタリア統一によってローマが首都となり、南イタリアの食文化が本格的に取り入れられるようになった時期と一致します。こうして、乾燥パスタとトマトソースという二つの要素が結びつき、われわれがイメージする「イタリアのパスタ」の姿が、この永遠の都で完成したのです。カンポ・デ・フィオーリの朝市に山積みされた色鮮やかなトマトを見れば、この赤い果実がローマの食文化にとっていかに重要な存在であるかが一目で理解できます。

ローマ四大パスタ、聖地の味を巡る

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さあ、歴史の学びはここで終わりにしましょう。これからは、その歴史が生み出した極上の味覚を、実際に味わいながら巡る聖地巡礼の時間です。ローマには多種多様なパスタ料理がありますが、絶対に押さえておきたいのが「ローマ四大パスタ」と称される4皿です。それぞれの由来や特徴を紐解きつつ、名店の味をたどっていきましょう。

質実剛健の象徴「カーチョ・エ・ペペ」

最初の訪問先は、シンプルでありながら深遠な味わいを持つパスタ、「カーチョ・エ・ペペ」です。その名称は「チーズと胡椒」を指し、使われる材料はペコリーノ・ロマーノチーズ、粗挽き黒胡椒、そしてパスタの茹で汁だけです。その起源は、アペニン山脈で羊飼いが食した食事にさかのぼります。彼らは保存が利き栄養豊富なペコリーノチーズと乾燥パスタ、体を温める黒胡椒を常に携帯し、これが究極のサバイバルメニューとして生まれました。

一見簡単に思えますが、実は手を抜けない料理です。茹で汁の塩気と熱、チーズの脂肪分とでんぷん質を完璧なタイミングで混ぜあわせ、クリーミーなソースに乳化させる技術が不可欠です。乳化がうまくいかないと、チーズが固まり、ただの「チーズがのっているパスタ」になってしまいます。

私はこの聖なる一皿を求め、テスタッチョ地区の老舗「フェリーチェ・ア・テスタッチョ」を訪れました。予約必須の人気店で、店内は地元客の熱気で満ちています。席に着くや、「Tonnarelli Cacio e Pepe」を迷わず注文。間もなく、濃厚なソースが手打ちのトンナレッリ(角張った太麺)に絡みつく一皿が運ばれてきました。テーブルでギャルソンが手早く仕上げの攪拌をしてくれます。その瞬間、ペコリーノの芳醇な香りと黒胡椒の刺激的な香りが鼻を突き抜け、食欲が一気にかき立てられました。

一口味わうと、まずペコリーノの塩気と旨味が鮮烈に襲いかかります。続いて、粗挽きの黒胡椒が口内に辛味と香りの刺激を広げ、全体をキュッと締めるのです。特筆すべきは、生クリームを一切使っていないにも関わらず、信じられないほどクリーミーでまろやかなソースの舌触り。この乳化こそが本物の証と感じました。もちもちしたトンナレッリの食感も相まって、シンプルながらも多層的で、いつまでも食べ続けられる魔力を持った一皿でした。

豚の旨みが加わった進化形「グリーチャ」

次に味わうべきは「グリーチャ」です。これはカーチョ・エ・ペペに一つの要素を加えたもので、その主役は「グアンチャーレ」。豚の頬肉を塩漬けにし熟成させた、ローマ料理には欠かせない食材です。つまり、グリーチャは「グアンチャーレ入りカーチョ・エ・ペペ」とも言え、トマトを使用しないことから「白いアマトリチャーナ」とも呼ばれます。

その発祥地は、ローマ郊外の山間の町グリシャーノ(Grisciano)だとする説が有力です。カーチョ・エ・ペペ同様、羊飼いか炭焼き職人が食していた料理のため、パンチェッタ(豚バラ肉の塩漬け)ではなく、必ずグアンチャーレを使うのがルール。グアンチャーレから溶け出す良質な脂肪分が、ペコリーノと黒胡椒のソースにとてつもないコクと深みを加えます。

この一皿を求めて訪れたのは、トラステヴェレの細い路地に佇む小さなトラットリア。厨房から漂う、グアンチャーレを炒めた香ばしい匂いがすでに食欲を刺激します。運ばれてきたリガトーニ・アッラ・グリーチャは、カリッと香ばしく炒められたグアンチャーレが散りばめられ、ソースはパスタの溝一つひとつにまでしっかり絡んでいます。

口に運ぶとまず、カリカリ食感のグアンチャーレから凝縮された豚の旨味と塩気があふれます。その脂の甘みによってペコリーノの塩気が柔らかく包まれ、黒胡椒がシャープな後味を演出する。カーチョ・エ・ペペが静かなモノクロームの世界ならば、グリーチャはセピア調の温かみと力強さを加えたかのような味わい。人類はなぜ豚肉を塩漬けにしたのか——その知恵にただ感謝するばかりです。

トマトと一体化した情熱の「アマトリチャーナ」

そして、グリーチャにトマトの赤い彩りが加わることで生まれたのが、ローマを代表するパスタの王様、「アマトリチャーナ」です。その名前の通り、発祥の地はローマではなく、ラツィオ州の山間の町アマトリーチェ。元々はトマトを使わないグリーチャが地元料理でしたが、18世紀末にトマトが加わり、現在のアマトリチャーナに進化したと伝えられます。アマトリーチェ市公式サイトには、その歴史と伝統的なレシピが誇らしげに紹介されています。

夏の避暑や出稼ぎでローマに来たアマトリーチェ出身の料理人たちによって、このパスタはローマへ伝わり、たちまち市民の心を掴みました。現在ではローマ名物として完全に定着しています。伝統的なレシピでは、パスタはブカティーニ(中央に穴のあるロングパスタ)を用い、玉ねぎを使わないのが特徴です。

私はこの熱い一皿を味わうため、パンテオン近くの名店「アルマンド・アル・パンテオン」へ足を運びました。ここも予約なしでは難しい人気店で、狭い店内は賑やかで、壁には数々の著名人のサインが飾られています。注文したのはもちろん「Spaghetti all’Amatriciana」。ここのアマトリチャーナはブカティーニではなくスパゲッティですが、その味は折り紙付きです。

目の前の皿には、鮮やかな赤いソースが輝いています。ソースの中にはたっぷりのグアンチャーレが隠れており、一口食べると最初にトマトの瑞々しい酸味と甘味が口いっぱいに広がります。しかしそれだけで終わらず、じっくり炒められたグアンチャーレの濃厚な旨味と塩気、さらにペコリーノ・ロマーノの鋭い風味が続きます。唐辛子のピリリとした辛味がアクセントとなり、全体を引き締めて食欲を増進させます。グアンチャーレ、トマト、ペコリーノ。この三つが織りなす完璧な調和こそ、アマトリチャーナの真髄です。まさに食べる芸術と言える逸品です。

濃厚さの頂点「カルボナーラ」

四大パスタの最後を飾るのは、日本でも絶大な人気を誇る「カルボナーラ」。しかし、日本で食べているカルボナーラは、本場のものとは大きく異なる可能性が高いです。本物のローマ風カルボナーラには、生クリームは一切使われません。

その誕生は比較的新しく、第二次世界大戦後に始まったと言われています。当時ローマに駐留していたアメリカ兵が配給したベーコン(グアンチャーレの代わり)と粉末卵を活用し、イタリア人の料理人が考案したのが起源とされます。「カルボナーラ」は「炭焼き職人風」を意味すると言われ、パスタにたっぷりと振りかけられた黒胡椒が炭の粉のように見えることや、炭焼き職人が仕事の合間に作っていたという説など、名前の由来には諸説が存在します。

主要な材料は、グアンチャーレ、卵黄(店によっては全卵使用)、ペコリーノ・ロマーノ(パルミジャーノを混ぜる場合もあり)、そして黒胡椒のみ。生クリームなしでどうやってあの濃厚さを出すのかというと、熱々のパスタを火から下ろした状態で、卵とチーズを混ぜ合わせたソースを素早く和えることで、卵が絶妙に半熟となり、パスタの熱でチーズが溶けて生まれる奇跡のソースだからです。

この感動を味わうべく、私はカンポ・デ・フィオーリ広場近くの「ロショーリ」を訪れました。もともとは高級食料品店で、その一角に食材を活かした料理が楽しめるスペースがある、グルメにはたまらない場所です。ここでのカルボナーラはローマ一とも評され、期待が高まります。

運ばれてきた一皿は、黄金色のソースがリガトーニに濃厚に絡み、美しさを極めています。大きくカットされたグアンチャーレがトッピングされ、惜しげもなく黒胡椒がふりかけられています。フォークで巻き取り口に運ぶと、衝撃が走りました。濃厚ながらも決して重くなく、卵黄のコクとペコリーノの塩味が一体となり、その強烈なグアンチャーレの旨みと脂の甘みが力強く攻めてきます。黒胡椒の刺激的な香りが全体を引き締め、一つにまとめ上げ高みへと昇華させているのです。生クリーム入りのカルボナーラが「こってり」なら、これは「ねっとり」とした官能的な濃厚さ。ひと口ごとに幸福感が脳を満たしていくのがわかります。これこそが、本物のカルボナーラ。これを知らずしてカルボナーラを語ることなかれ、という味わいです。

レストランを訪れる際のポイント

ローマでこれらのパスタを味わうには、いくつかの心得があります。人気店のランチやディナーは予約が必須です。多くの店は公式ウェブサイトに予約フォームがあるほか、「TheFork」などの予約アプリにも対応しています。ディナーの予約は数週間前、特に週末は1ヶ月以上前に埋まることも珍しくありません。旅程が決まったら、まずレストラン予約を優先しましょう。

服装については、高級リストランテでない限りスマートカジュアルで十分です。ただし、Tシャツ、ショートパンツ、サンダルは避けた方が無難です。メニューはイタリア語と英語併記のことが多いですが、事前に食べたいパスタ名を覚えておくと会話がスムーズになります。万が一、料理が期待と違っても感情的に不満を述べるのは控えましょう。例えば、日本風カルボナーラのイメージで生クリーム入りを期待していたが、実際は使っていなかった場合、これは間違いではなく、むしろ本場の正統なスタイルです。文化の違いを理解し楽しむ心こそが、旅をより豊かにしてくれるのです。

スパイスハンターの本領発揮!激辛アラビアータに挑む

ローマの四大パスタを巡り、その奥深い歴史に感嘆した私ですが、やはりスパイスハンターの血が騒ぎます。ローマ発祥のパスタには、挑戦心を刺激する情熱的な辛さを持った一皿があるのです。その名は「ペンネ・アッラ・アッラビアータ」。

「アッラビアータ」とはイタリア語で「怒りんぼ風」を意味します。名前の通り、唐辛子(ペペロンチーノ)が効いたトマトソースの辛さが特徴です。材料はニンニク、唐辛子、トマト、パセリというシンプルな構成ですが、その辛さで頭に血が上り、赤く染まった顔がまるで怒っているかのように見えることから、この名前が付いたと言われています。これもまた、短気なローマっ子の性格を象徴する、実にストレートなパスタです。

私の挑戦の舞台は、地元の人々に愛される素朴なトラットリアです。メニューのアラビアータの横に唐辛子マークが3つ並んでいるのを見つけ、思わずニヤリとします。そして注文時、ウェイターにこう告げました。「ペルファボーレ、モルト・ピッカンテ!(お願い、とても辛くして!)」と。陽気なウェイターは一瞬驚いた表情を見せましたが、すぐにウィンクして「Certamente!(もちろんです!)」と返してくれました。

やがて厨房から、ニンニクと唐辛子がオイルで炒められる食欲をそそる危険な香りが漂ってきます。運ばれてきた一皿は見た目こそ普通のアッラビアータですが、湯気とともに立ち上る香りには尋常でない量の唐辛子の気配が混じっていました。

覚悟を決めてペンネをフォークに刺し、一口運びます。最初の一口。トマトの酸味と甘み、ニンニクの芳香が広がった瞬間、舌を焼き尽くすかのような激烈な辛さが襲いかかってきました!これは中途半端な辛さではありません。唐辛子の種までふんだんに使ったと思われる純粋で直接的な辛さの暴力。額から汗が滲み、呼吸は乱れます。まさに「怒りんぼ」の名前にふさわしい、情け容赦のない痛烈な一撃です。

ですが、ここで退散する私ではありません。フードファイターとしての本能が、この辛さの奥に潜む旨味を探せと叫んでいます。水を飲みたい衝動をぐっと抑え、二口、三口と食べ進めるうちに、不思議と舌が辛さに慣れてきました。そうすると、激しい辛さの奥に隠れていた完熟トマトの濃厚な甘み、じっくり炒められたニンニクの香ばしさ、そしてオリーブオイルのフルーティな香りが徐々に輪郭を現してきたのです。辛い、しかし旨い!この感覚こそがスパイスハンターにとっての真骨頂。汗だくになりながらも私はパスタをフォークで掴み続け、見事に完食。口内はまるで火の海のようでしたが、その後に訪れた圧倒的な達成感と心地よい疲労感は、何物にも代えがたいものでした。

ローマのパスタ文化を自宅で再現する

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この素晴らしいローマの味わいを、旅の思い出だけにとどめておくのはあまりにも惜しいことです。幸いなことに、良質な素材さえ揃えれば、ローマのパスタは自宅でも十分に再現できます。

聖地の食材を手に入れる

本格的な味を再現するための鍵は、やはり食材にあります。グアンチャーレとペコリーノ・ロマーノ。この二つだけは決して妥協したくありません。ローマ滞在中であれば、カンポ・デ・フィオーリの朝市やテスタッチョ市場、あるいは街中のサルーメリア(肉加工品店)やフォルマッジェリア(チーズ屋)を訪ねてみてください。多くの店で真空パックにしてもらえるため、日本への持ち帰りも可能です。ただし、肉製品の日本への持ち込みには動物検疫の規制があるため、必ず事前に農林水産省動物検疫所の公式サイトで最新情報を確認してください。チーズは比較的問題なく持ち込めることが多いです。

日本で入手する場合は、輸入食材を扱うスーパーマーケットやデパート、またはオンラインショップを利用しましょう。もしグアンチャーレが手に入らない場合はパンチェッタで代用する方法もありますが、あの独特な風味と脂の甘みはやはりグアンチャーレならではの魅力です。ぜひ根気よく探してみてください。

ローマの味をご家庭で:カーチョ・エ・ペペを美味しく作るコツ

ご自宅で試すなら、まずはシンプルなカーチョ・エ・ペペがおすすめです。最も重要なのは、パスタの茹で汁。この「黄金のスープ」を絶対に捨ててはいけません。パスタを茹でるお湯の塩分濃度はおよそ1%が目安です。茹で上がる直前に、茹で汁をお玉一杯ほどボウルに取り、おろしたてのペコリーノ・ロマーノと粗挽きの黒胡椒を加えてよく混ぜておきます。茹で上がったパスタをフライパンに移し、そこにチーズを混ぜた茹で汁を加えたら、素早くかつ力強く混ぜ合わせましょう。この攪拌によってソースが乳化し、クリーミーな仕上がりになります。加熱しすぎるとチーズが固まってしまうため、火から下ろすか非常に弱火で作業するのがポイントです。

旅の終わりに、胃袋と魂に刻むもの

古代ローマのラガヌムに起源を持ち、アラブ世界から伝わった乾燥技術、そしてトマトとの運命的な出会いを経て、四大パスタや情熱のアラビアータが誕生しました。ローマのパスタをめぐる旅は、単なる美食の探求にとどまらず、この街が築いてきた歴史そのものを味わう壮大な旅でもありました。一皿のパスタは、かつてこの地で暮らした人々の知恵や工夫、そして食への深い愛情の結晶です。その背景を理解することで、何気ないパスタが忘れがたい特別な一皿に生まれ変わります。それこそが、食の聖地巡礼の醍醐味といえるでしょう。

連日続いたパスタの食べ歩きと激辛アラビアータとの激闘で、私の胃は今、喜びと疲労の入り混じった悲鳴をあげています。そんなとき、私の旅の心強い味方となるのが、日本が誇る総合胃腸薬です。特に、でんぷんや脂肪、たんぱく質の消化を助ける酵素が含まれるものが頼もしい存在です。食後に服用すれば胃のもたれを軽減し、次なる美食の挑戦に万全の状態で臨むことができます。美食の旅に出かける際には、どうか信頼できる胃腸薬をお守り代わりに持参することを強くおすすめします。用法や用量を守って、素晴らしい食の旅をぜひ満喫してください。それでは、また世界のどこかの食卓でお会いしましょう。

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この記事を書いたトラベルライター

激辛料理を求めて世界中へ。時には胃腸と命を賭けた戦いになりますが、それもまた旅のスパイス!刺激を求める方、ぜひ読んでみてください。

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