文学作品は、私たちを未知の世界へと誘う魔法の絨毯です。ページをめくるたびに、風景が広がり、人々の息遣いが聞こえてくる。中でもイタリアの文豪、イタロ・カルヴィーノの作品は、現実と幻想が精巧に織り交ぜられた、類稀なる魅力を持っています。彼の描く都市、森、そして城は、単なる舞台装置ではなく、物語そのものとして呼吸しているかのようです。もし、その物語の世界を、自分の足で歩くことができるとしたら。そんな夢のような旅へ、あなたをご案内します。
こんにちは、ライターの勇気です。私は以前、カナダでワーキングホリデーを経験し、海外でゼロから生活を立ち上げる面白さと難しさを肌で感じてきました。その経験から言えるのは、旅は綿密な計画と同じくらい、予期せぬ回り道や偶然の出会いが豊かにしてくれるということ。そして、カルヴィーノの世界を旅することは、まさにその真髄に触れる体験なのです。『木のぼり男爵』のコジモが木の上から世界を見つめたように、『見えない都市』のマルコ・ポーロがフビライ・ハーンに未知の都市を語ったように。私たちもまた、自分だけの視点でイタリアを再発見する旅に出かけましょう。この記事が、あなたの知的好奇心と冒険心に火をつけ、次なる一歩を踏み出すための、詳細で信頼できる地図となることを願って。さあ、カルヴィーノの言葉を道しるべに、イタリアの迷宮へと足を踏み入れましょう。
カルヴィーノの作品同様、スタジオジブリの名作「紅の豚」もまた、イタリア・アドリア海のロマンチックな風景を舞台にした物語の世界を旅する魅力に満ちています。
リグーリアの光と影:『木のぼり男爵』とサンレモ

カルヴィーノ文学の旅を始めるなら、彼の故郷であり作品世界に大きな影響を与えたリグーリア海岸からスタートするのが最も適切でしょう。温かな陽光が降り注ぐこの地は、「リヴィエラ海岸」として知られる華やかなリゾート地ですが、その背後には険しい山々と迷路のように入り組んだ中世の街並みが息づいています。この光と影のコントラストがまさに、カルヴィーノの豊かな想像力の源となっているのです。
空中の王国の扉を開く、オンブローザの森を訪ねて
『木のぼり男爵』の主人公、コジモ・ピオヴァスコ・ディ・ロンドが、かたつむり料理への反発から木登りを始めて二度と地上に降りなかった物語は、あまりに有名です。彼の「空中の王国」が広がる架空の町「オンブローザ」は、カルヴィーノが幼少期や思春期を過ごしたサンレモの周辺景色をモデルにしています。父が著名な農学者で母が植物学者という環境で育った彼にとって、この地の豊かな植物相はただの風景ではなく、まさに世界の縮図でした。
現代の私たちは、どこでオンブローザの森の面影を感じられるでしょうか。サンレモの背後に連なるリグーリア・アルプスの麓には、今なお豊かで深い森が広がっています。例えば「サン・ロモロ自然公園(Parco Naturale di San Romolo)」はその代表例です。サンレモ中心部から車で約30分ほど山を登った場所にあり、松やオークの木々が繁る広大な自然公園は、ハイキングやマウンテンバイクを楽しむ人々で賑わっています。ここを歩けば、軽やかに木から木へと飛び移るコジモの姿が思い浮かぶことでしょう。
森を歩くための準備ポイント
この地域でのハイキングを計画する際は、しっかりと準備を整えることが大切です。まず服装については、歩きやすく滑りにくいトレッキングシューズを必ず用意しましょう。カナダの山での体験から学んだことですが、街歩き用のスニーカーでは急坂や不安定な地面で思いもよらぬ怪我をする恐れがあります。また、リグーリアの強い日差しに備えて、帽子やサングラス、日焼け止めも欠かせません。たとえ夏でも標高が高まると肌寒く感じることもあるため、軽いウィンドブレーカーなど羽織るものを一枚持って行くのがおすすめです。
持ち物としては、最低でも1リットル以上の水、エネルギー補給用のナッツやドライフルーツ、そして万が一迷った時に役立つモバイルバッテリーやオフラインで使える地図アプリ(有名なものにMaps.meなどがあります)を準備しましょう。山間部はスマホの電波が不安定なことが多いため、トラブルに備えて簡単な応急セット(絆創膏や消毒液など)もバックパックの片隅に忍ばせておくと安心です。こうした用意は旅の安全だけでなく、不安なく自然と向き合うための重要な儀式とも言えます。
迷宮の旧市街「ラ・ピーニャ」、『くもの巣の小道』の舞台となった場所
サンレモが持つ別の顔は、丘の上に広がる旧市街「ラ・ピーニャ(La Pigna)」です。イタリア語で「松ぼっくり」を意味するこの地区は、その名の通り螺旋状に入り組んだ路地と密集した家屋群が織りなすまさに迷宮のような場所です。ここはカルヴィーノのデビュー作『くもの巣の小道』の舞台でもあり、第二次世界大戦中には少年パルチザンたちの隠れ家であり、戦場でもありました。
地区に足を踏み入れると、観光地の華やかさとは一線を画す独特の空気感を感じ取れるでしょう。薄暗く狭い路地(カルッジオ)、頭上を跨ぐアーチ、そして湿気を帯びた石の匂い。一歩歩みを進めるたびに、物語主人公のピンが駆け抜けた道筋を追体験しているような気分に浸れます。息を切らして坂を登り、小さな開けた広場からリグーリア海を見渡すとき、戦争の記憶とそれでも生き抜こうとする人々の強さが胸を打つことでしょう。
ラ・ピーニャ散策で気をつけたいこと
ラ・ピーニャを歩く際には、いくつか気をつけるべきポイントがあります。まずこの地区は今も多くの住民にとって生活の場であるため、大声で話したり、プライバシーを侵害する撮影は控えましょう。また、街路は非常に複雑で急な階段も多いため、歩きやすい靴を履くことが不可欠です。Googleマップも時に正確でないことがあるため、迷うこと自体を楽しむくらいの心持ちで臨むと良いでしょう。主要な道には案内板が設置されていますが、あえて名前のない小道に入ってみるのがこの地区の醍醐味です。
治安面については、日中は特に問題ありませんが、夜間の一人歩きは避けるのが無難です。入り組んだ路地は死角が多く、緊急時に助けを呼びにくい構造です。夜の雰囲気を味わいたい場合は、複数名で行動するか、地元の賑わうレストランやバー近くに留まることをお勧めします。海外の街で安全を確保する最大のコツは、「危険かもしれない」と想像力を働かせること。そのささやかな慎重さが楽しい旅の思い出を守ってくれます。
サンレモ旅行の実践的なガイド
物語の世界を体感するには、まず旅の計画をしっかりと立てることが大切です。サンレモへのアクセスは、ジェノヴァやフランスのニースから鉄道を利用するのが便利です。イタリア国鉄「トレニタリア」の公式サイトやアプリを使えば、チケットを事前に購入できます。早めの予約で割引料金(Super Economyなど)が利用できることもあるため、旅の予定が決まれば早めにチェックすることを推奨します。公式サイトは英語対応でクレジットカード決済も簡単。万一乗り遅れた場合でも、BASE(基本料金)チケットなら一定条件下で変更や払い戻しが可能なこともあるため、購入時に規約をよく確認しましょう。最新情報はトレニタリア公式サイト(英語)にてご確認ください。
宿泊施設は、海岸沿いのリゾートホテルからラ・ピーニャ地区のB&B(ベッド&ブレックファスト)まで幅広く揃っています。カルヴィーノの世界観にどっぷり浸りたいなら、旧市街の古い建物を改装した宿に泊まるのも一興です。ただし、エレベーターがない建物も多いため、大きな荷物がある場合は注意が必要です。
そしてリグーリアに訪れたなら、この地ならではの食文化も存分に味わってください。ジェノベーゼ・ペーストを使ったトロフィエ(ショートパスタ)はもちろん、新鮮な魚介のフリット(揚げ物)、そして地元特産のタジャスカ・オリーブ。小さなトラットリアで地元の人たちに混じって食事を楽しめば、それも旅の思い出の忘れがたい一ページとなるでしょう。
迷宮都市の対話:『見えない都市』とヴェネツィア
『見えない都市』は、マルコ・ポーロがフビライ・ハーンに対し、自らが訪れたと称する55の架空の都市について語るという形式で進行する物語です。しかしカルヴィーノ本人が示唆するように、その全ての都市の原型は唯一の都市、つまりヴェネツィアに他なりません。血管のように張り巡らされた水路と、神経のように結びつく橋梁が生み出すこの街は、現実の枠を超えた生きた迷宮そのものです。カルヴィーノの視点を通じてヴェネツィアを歩くとき、ありふれた観光地が無限の物語を秘めた幻想的な空間へと変貌します。
フビライ・ハーンの庭園としてのヴェネツィア
カルヴィーノは『見えない都市』の中で、記憶の都市、欲望の都市、記号の都市など、多彩なテーマで都市の姿を描写しました。例えば「イザウラ」という薄い都市では、「地下にもうひとつのイザウラが広がっている」と語られます。ヴェネツィアの建物の基礎には数多くの木杭が打ち込まれている事実を知れば、その描写が単なる幻想だけにとどまらないことに気づかされます。また、連続した都市「レアンデラ」では、人々が毎日同じ景色を眺めながらも、先祖の霊が共に暮らしているとされ、この姿が何世紀にも渡り歴史を積み重ねてきたヴェネツィアの本質を示しているようにも感じられます。
この旅では、サン・マルコ広場やリアルト橋などの有名スポットを目指すのではなく、あえて目的を持たずに歩くことをおすすめします。ガイドブックを閉じ、気の向くままに細い路地(カッレ)に入り込み、行き止まりに出会い、そこから偶然見つけた広場(カンポ)にたどり着く。こうした繰り返しの中でこそ、『見えない都市』を味わう体験が実現します。特に、観光客の喧騒から離れたカンナレージョ地区やカステッロ地区の東側は、日常のヴェネツィアを垣間見るのに適した場所です。洗濯物が風に揺れ、井戸端で語り合う老人や、ゆったりと運河を進む荷物船の一つ一つが、あなた自身の「見えない都市」の断片となるでしょう。
ヴェネツィアを「読む」ためのポイント
この迷宮のような街を効率的かつ深く味わうためには、いくつかのポイントがあります。まずは、水上交通の主役である「ヴァポレット」を上手に利用すること。単発券は割高なため、滞在日数に応じて1日券や2日券、3日券などのツーリスト・トラベル・カードを購入するのが格段にお得です。これらのカードは主要な船着き場の券売機や窓口、さらにはオンラインから入手可能です。利用時は乗船前に乗り場に設置されている黄色い刻印機で必ず打刻してください。これを怠ると、検札時に高額な罰金を科される恐れがあります。
また、サン・マルコ寺院やドゥカーレ宮殿など非常に人気のあるスポットは、事前予約が不可欠です。特に観光シーズンには予約なしで訪れると長時間待たされることになります。公式サイトから日時を指定して事前予約すれば、当日は専用入口からスムーズに入場できます。時間という貴重な資源を節約する上で、現代の旅人にとって必須のスキルと言えるでしょう。これはカナダの人気国立公園でキャンプサイトを予約する場合と同様、人気のある場所では事前情報の収集と準備が旅の質を左右します。
持ち物で必携なのはモバイルバッテリーです。ヴェネツィアでは頻繁に地図アプリを使用するためスマートフォンの消耗が激しくなります。また、水道水が飲用可能なため、マイボトルを携帯すれば各所に設置された水飲み場で補給でき、環境にも経済的にも配慮できます。
旅人が直面しがちな現実的な問題とその対策
幻想的なヴェネツィアにも、現実的な問題はあります。その代表例が「アクア・アルタ(acqua alta)」と呼ばれる高潮現象です。主に秋から冬にかけて発生し、サン・マルコ広場などの低地が冠水します。渡航前に天気予報と合わせ、アクア・アルタの情報も確認するのが望ましいでしょう。現地では警報サイレンが鳴り、浸水が予測される地点に簡易歩道橋が設置されます。万が一に備え、防水性のある靴や、使い捨て可能な靴カバーを用意しておくと安心です。リアルタイム情報はヴェネツィア市潮汐予報センターの公式サイトで入手できます。
食事面にも気を配る必要があります。観光客向けのレストランは価格が高く、味も画一的な場合が多いのです。そこで地元の人々に愛される「バーカロ」と呼ばれる立ち飲み居酒屋を訪ねてみるのはいかがでしょうか。小さなつまみ「チケーティ」とグラスワイン(オンブラ)を楽しみながら、地元の人々の会話に耳を傾ける。そこには観光地としてのヴェネツィアとは異なる、生活の息吹が感じられます。注文はカウンター越しに行い、その場で支払う形式が一般的です。混雑していてもためらわずに指差しで注文する勇気があれば、素晴らしい体験が待っているはずです。
もし道に迷っても、慌てる必要はありません。ヴェネツィアの路地は最終的に主要な広場や運河沿いに出るよう設計されています。「Rialto(リアルト橋へ)」「S. Marco(サン・マルコ広場へ)」といった黄色い案内表示を探してみてください。もし見つからなくても、人の流れに従って歩けば自然と開けた場所に辿り着くことでしょう。迷子になること自体が、この街を旅する醍醐味なのだと、カルヴィーノはきっと微笑みながら語るに違いありません。
知の幾何学:カルヴィーノが愛したトリノ

リグーリアの自然やヴェネツィアの迷路を巡った後、私たちの旅はイタリア北西部の都市トリノへと進みます。この街はフィアットの本拠地として知られる工業都市である一方、イタリア統一の最初の首都として栄え、サヴォイア家の壮麗な王宮が連なる、優雅さと知性が息づく場所でもあります。カルヴィーノは戦後から1980年代初頭にかけて、トリノに拠点を置く大手出版社エイナウディ社で編集者として活躍し、作家としての道を歩みました。彼にとってトリノは、思考を深め創作に没頭するための、静謐で理性的な「知の実験室」でした。
アーケードの下での熟考:歴史的カフェの散策
トリノの街並みの特徴は、整然と区画された通りと、雨や雪を避けて歩ける長大なアーケード(ポルティコ)です。その延長は18キロメートルにも及ぶと言われています。このアーケードの下には、18世紀から19世紀にかけて創業された「カッフェ・ストリコ(Caffè Storico)」と呼ばれる歴史あるカフェが点在しています。煌びやかなシャンデリア、ビロードの椅子、大理石のカウンター。そこは単なる喫茶店ではなく、文化人や政治家が集い議論を交わした社交場でした。カルヴィーノもまた、仕事の合間にこうしたカフェで思索に耽っていたことでしょう。
サン・カルロ広場に面する「カッフェ・サン・カルロ」や「カッフェ・トリノ」、さらにはカステッロ広場近くの「バール・ムラッサーノ」など、訪れる価値のあるカフェは数多くあります。ここではぜひトリノ名物の「ビチェリン」を味わってください。エスプレッソ、ホットチョコレート、生クリームが美しく重ねられた、温かく濃厚な飲み物です。小さなグラスで提供されるこの一杯は、トリノの厳しい冬を乗り切るための甘美な知恵ともいえます。
歴史的カフェにおけるマナーと楽しみ方
これらのカフェには独特のルールがあります。まず、カウンターで立ち飲みする「バンコ」と、テーブル席に腰掛ける「ターヴォロ」では料金に差があります。着席の方が料金は高くなりますが、その分ゆったりと店の雰囲気を楽しめます。注文はテーブルの担当ウェイターへ伝えましょう。格式ある雰囲気ですが、緊張しすぎる必要はありません。観光客にも慣れており、丁寧に対応してくれます。重要なのは、この場所が持つ歴史と文化を尊重し、静かに過ごすことです。大声を出したり長時間席を占拠するのは控えましょう。カルヴィーノのように、窓の外のアーケードを眺めつつ一冊の本を手にするのも素敵な過ごし方です。
エイナウディ出版社と文化の香り
カルヴィーノのトリノでの暮らしは、エイナウディ出版社と切り離せません。彼はここでチェーザレ・パヴェーゼやナタリア・ギンズブルグといった同時代の作家たちと親交を深め、イタリア文学の黄金期を築きました。当時、エイナウディ社の社屋はヴィットーリオ・エマヌエーレ2世通りにありましたが、現在は移転しています。しかし、周辺地域を歩けば今なお豊かな文化の気配が感じられます。
このエリアには独立系の小さな書店が点在し、イタリアの出版文化の奥深さに触れることができます。イタリア語が読めなくても、美しい装丁の本を眺めるだけで知的な刺激を受けるでしょう。おすすめのイタリア文学の英訳本を店員に尋ねてみるのも良いかもしれません。旅先で手に入れた一冊は、その旅の最高の思い出になるはずです。
トリノ滞在を快適に過ごすためのポイント
トリノ市内の観光には、トラムやバスなどの公共交通機関が便利です。チケットは「タバッキ」と呼ばれるタバコ屋や一部の新聞販売所(エディーコラ)で購入できます。最近では専用のアプリで電子チケットを購入することも可能です。乗車時には必ず車内の打刻機でチケットに刻印を押すことを忘れないでください。
多くの美術館や博物館を訪ねる場合は、「トリノ・ピエモンテカード」の購入を検討すると良いでしょう。有効期間は1日、2日、3日、5日から選べ、その間は王宮やエジプト博物館など市内主要施設に追加料金なしで入場できます。料金は決して安くはありませんが、3カ所以上訪れるなら十分に元が取れます。カードは観光案内所やオンラインで購入可能です。事前に公式サイトで対象施設一覧や料金を確認し、自分の旅程に合うかシミュレーションすることをお勧めします。トリノ観光局公式サイト(英語)で詳細をご覧ください。
最後に、トリノも他のイタリアの大都市同様、スリや置き引きには十分に注意が必要です。特に混雑した公共交通機関や市場では、手荷物から目を離さないようにしましょう。リュックサックは前に抱え、貴重品は内ポケットに入れるなど、基本的な防犯対策が肝心です。もしパスポートなどの貴重品を盗まれた場合は、まず最寄りの警察署(Questura)で盗難証明書(Denuncia di Furto)を発行してもらい、その後速やかに在イタリア日本国大使館もしくは総領事館に連絡してください。海外でのトラブルは精神的な負担が大きいですが、冷静に対応することが被害を最小限に抑えるコツとなります。
旅の終着点、そして新たな始まりへ
私たちのカルヴィーノをめぐる旅は、リグーリアの森から始まり、ヴェネツィアの運河を渡り、トリノのアーケード街を抜けることで、彼の人生と作品の核心に触れてきました。しかし、その足跡はイタリアの枠にとどまりません。この旅の終わりは、新たな物語の幕開けでもあるのです。
パリ、そしてローマへ:晩年のカルヴィーノを辿る
1967年から1980年にかけて、カルヴィーノはパリでの生活を送りました。この期間、彼は「ウリポ(Oulipo)」という文学探求グループに参加し、数学的な規則性を取り入れた実験的な作品を次々に創り出しました。代表作の『宿命の交わる城』や『見えない都市』も、このパリ時代に生まれています。もし旅をさらに続けるなら、彼が住んだサンジェルマン・デ・プレの周辺を歩き、彼が思索にふけったであろうリュクサンブール公園のベンチに腰掛けてみるのも良いでしょう。パリの知的な空気が、彼の文体に新たな幾何学的な輝きを与えたのかもしれません。
やがて彼の人生の終着点となったのはローマでした。1985年、ハーバード大学で予定されていた講義「アメリカ講義」の準備中に倒れ、シエナの病院で亡くなります。永遠の都ローマは、数多くの芸術家や作家の生と死を見守ってきましたが、カルヴィーノもまた、その壮大な歴史の一角に確かな星座のごとく刻まれたのです。
自分だけの「見えない都市」を見つけるために
この記事を通じて、私はカルヴィーノの作品世界を現実の地図に重ね合わせる試みをしてきました。しかし、これはあくまで一つの読み解き方にすぎません。カルヴィーノ文学の最大の魅力は、読者一人ひとりが自分なりの解釈で、自分だけの物語を紡ぎ出せるところにあるのです。
サンレモの森にはコジモの自由を、ヴェネツィアの路地にはマルコ・ポーロの幻視を、トリノのカフェにはパロマー氏の思索を見いだす。それは、あなたの感受性というフィルターを介してはじめて完成する体験です。ぜひカルヴィーノの一冊をスーツケースに忍ばせて旅に出てください。そして物語の舞台となった場所で、その一節を読み返してみましょう。きっと文字と風景が共鳴し合い、目の前の景色が多層的に深まって感じられるはずです。
旅から戻るとき、あなたは単なる観光客ではなく、物語の証人であり、新たな語り部となっていることでしょう。あなたの旅の経験が、あなた自身の「見えない都市」の地図を豊かに彩りますように。そして、その地図を携えて、また次の旅路へと歩み出す日が訪れることを心より願っています。カルヴィーノが私たちに残したのは、終わりなき探求の喜びだからです。

