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時が交差する二つの世界遺産、ストラスブール「グラン・ディル」と「ノイシュタット」を歩く

フランス北東部、ドイツとの国境に寄り添うようにして流れるライン川の支流、イル川。その豊かな水の恵みを受けてきた街、ストラスブール。アルザス地方の中心都市であるこの街は、訪れる者を魅了してやまない二つの顔を持っています。ひとつは、中世の面影を色濃く残す木組みの家々が迷路のように連なる旧市街「グラン・ディル」。もうひとつは、19世紀末にドイツ帝国によって計画的に築かれた壮麗な「ノイシュタット(ドイツ人街)」。

対照的な歴史と景観を持つこの二つの地区は、1988年にグラン・ディルが、そして2017年にはノイシュタットが追加登録される形で、ひとつの都市にありながら「ストラスブールのグラン・ディルからノイシュタットにかけての地域」としてユネスコ世界遺産に登録されました。これは、ひとつの世界遺産の中に、フランスとドイツ、二つの文化が見事に融合し、そして時には反発し合いながらも共存してきたヨーロッパの激動の歴史そのものが刻まれていることの証左に他なりません。

石畳の路地に響く教会の鐘の音、運河をゆっくりと進む小舟、そして公園の木々を揺らす穏やかな風。この街を歩くことは、単なる観光ではありません。それは、過去から現在、そして未来へと続く時間の流れを肌で感じる旅。この記事では、旅サイトのプロライターとして、そしてサステナブルな旅を愛する一人の旅人として、ストラスブールの二つの世界遺産を深く、そして心ゆくまで味わうためのヒントをお届けします。さあ、歴史が織りなす美しいタペストリーを、一緒に紐解いていきましょう。

目次

時を旅する迷宮、グラン・ディルへ

イル川にぐるりと囲まれ、まるで大きな島のようになっていることから「グラン・ディル(大きな島)」と呼ばれる旧市街。ここに一歩足を踏み入れれば、そこはもう中世へと続くタイムトンネルの入り口です。車がやっとすれ違えるほどの細い路地、不規則に曲がりくねった石畳、そして壁や梁が剥き出しになった木組みの家々。そのどれもが、何百年もの物語を静かに語りかけてくるかのようです。

グラン・ディルは、古代ローマ時代に軍の駐屯地が置かれたことにその歴史の端を発します。中世には自由都市として商業と文化で大いに栄え、その富の象徴として、あの壮大なノートルダム大聖堂が天に向かってそびえ立ちました。この地区の魅力は、ただ古い建物が残っているということだけではありません。路地を一本曲がるたびに景色が変わり、思いがけない場所に小さな広場や可愛らしい看板が現れる。その予測不能な散策の楽しさこそが、グラン・ディルの真骨頂と言えるでしょう。

この迷宮のような街並みは、意図的に作られたものではなく、長い年月をかけて人々の営みの中で自然発生的に形成されてきました。だからこそ、そこには温かみがあり、歩くほどに愛着が湧いてくるのです。サステナブルな視点から見ても、この高密度な都市構造は非常に優れています。主要な見どころが徒歩圏内に集中しているため、車に頼ることなく、自分の足でゆっくりと街の呼吸を感じることができます。CO2を排出しない散策は、環境への配慮であると同時に、この街の魅力を五感で味わうための最良の方法なのです。

天にそびえる詩、ノートルダム大聖堂

グラン・ディルのどこを歩いていても、ふと路地の切れ間からその姿を現すのが、ストラスブール・ノートルダム大聖堂です。作家ヴィクトル・ユゴーが「巨大で繊細な驚異」と称賛したこの大聖堂は、まさに天に捧げられた石の詩。ピンク色の砂岩で造られたその姿は、朝日に照らされて燃えるような薔薇色に、夕暮れ時には物悲しい紫色にと、時間や天候によってその表情を刻一刻と変えていきます。

1176年から実に250年以上の歳月をかけて建設されたこのゴシック建築の傑作は、見る者をただただ圧倒します。特に西側のファサード(正面)に施された無数の彫刻群は圧巻の一言。『旧約聖書』や『新約聖書』の物語が、驚くほど精緻に、そして生き生きと描かれています。賢いおとめと愚かなおとめ、キリストの受難、最後の審判。ひとつひとつの彫刻に込められた意味を想像しながら眺めていると、時間が経つのも忘れてしまうほどです。

一歩、聖堂の中に足を踏み入れると、外の喧騒が嘘のような静寂と荘厳な空気に包まれます。高く、どこまでも高い天井を見上げれば、無数のリブ・ヴォールトが美しい幾何学模様を描き、その重さを感じさせない軽やかさに驚かされるでしょう。そして、壁面を彩るステンドグラス。特に12世紀から14世紀にかけて作られたとされる古いステンドグラスから差し込む光は、まるで神の祝福のシャワーのよう。色とりどりの光が床や柱に落ち、幻想的な空間を創り出しています。

この大聖堂で絶対に見逃せないのが、南翼廊にある天文時計です。現在のものは16世紀に作られたものを19世紀に改修したもので、キリストと十二使徒が動き出す仕掛け時計が有名です。毎日12時30分になると、鶏が鳴いて時を告げ、人形たちが動き出します。その精巧なメカニズムは、当時の科学技術の粋を集めたもの。この時計を見るために、多くの観光客が列を作ります。

そして、体力に自信があればぜひ挑戦してほしいのが、332段の螺旋階段を登った先にある、高さ66メートルの展望台です。エレベーターはありません。自らの足で一段一段、石の階段を登っていく。息が切れ、汗が滲む頃、ようやくたどり着いた頂上から見下ろすストラスブールの街並みは、まさに絶景。オレンジ色の瓦屋根が波のように広がるグラン・ディル、その向こうに整然と広がるノイシュタット、そして遥か彼方にはドイツの黒い森(シュヴァルツヴァルト)まで望むことができます。この息をのむようなパノラマは、苦労して登った者だけが味わえる特別なご褒美。エンジンを使わず、自らのエネルギーだけで到達した場所から眺める景色は、きっと心に深く刻まれるはずです。

水辺に揺れる木組みの家々、プティット・フランス

大聖堂の喧騒から少し離れ、イル川のせせらぎが聞こえる方へ歩いていくと、グラン・ディルの中でも特に牧歌的で愛らしい地区「プティット・フランス」にたどり着きます。ここは、まるでグリム童話の世界から抜け出してきたかのような風景が広がる場所。運河の水面に映り込む、パステルカラーの木組みの家々。窓辺にはゼラニウムの赤い花が咲き乱れ、白鳥たちが優雅に水面を滑っていきます。

「小さなフランス」という可愛らしい名前とは裏腹に、その由来は少しシニカルです。15世紀末、この地区には梅毒患者を収容する病院がありました。当時、梅毒は「フランス病」と呼ばれていたことから、この名が付いたと言われています。また、中世から近世にかけては、皮なめし職人や漁師、粉ひき職人たちが暮らすエリアでした。彼らが革を干したり、洗濯物を干したりするために作られた、屋根裏の大きな開口部を持つ家々の独特なデザインが、今もこの地区の景観を特徴づけています。

プティット・フランスの魅力を満喫するなら、運河クルーズ「バトラーマ」は外せません。環境に配慮したガラス張りの電動ボートに乗って、水上から街を眺める体験は格別です。水鳥たちと同じ目線で木組みの家を見上げ、いくつもの橋をくぐり抜けていく。特に、閘門(こうもん)を通過する瞬間はアトラクションのようで、水位が上下して船が次の運河へと進んでいく様子は、子供だけでなく大人もワクワクさせてくれます。電動ボートは排気ガスを出さず、騒音も少ないため、水辺の生態系への影響を最小限に抑えながら、この美しい景観を楽しむことができます。

もちろん、自分の足で歩き回るのもおすすめです。写真を撮るなら、中世の屋根付き橋「ポン・クヴェール」とその監視塔からの眺めが定番。3つの橋と4つの塔が織りなす風景は、まさにストラスブールの象徴のひとつです。また、少し上流にあるヴォーバン・ダムの屋上テラスからは、ポン・クヴェールとプティット・フランス、そして遠くにノートルダム大聖堂の尖塔までを一望できる、最高のパノラマが広がっています。夕暮れ時、街の灯りが灯り始める時間帯に訪れれば、ロマンチックな雰囲気に包まれることでしょう。

アルザスの心に触れる、食と文化の散策

グラン・ディルでの散策は、目だけでなく、鼻や舌も楽しませてくれます。この街は、フランスの美食とドイツの力強さが融合した、アルザス地方ならではの豊かな食文化の中心地なのです。

石畳の路地を歩いていると、香ばしい匂いが漂ってきます。それは、アルザスのピザとも言われる「タルト・フランベ」を焼く香りかもしれません。薄く伸ばしたパン生地に、フロマージュ・ブラン(フレッシュチーズ)、玉ねぎ、そしてベーコンを乗せて焼き上げたシンプルな料理ですが、そのパリパリとした食感とクリーミーな味わいは、一度食べたらやみつきになります。

しっかりとお腹を満たしたいなら、「シュークルート」がおすすめです。塩漬け発酵キャベツの酢漬けを、ソーセージや豚肉、ジャガイモなどと一緒に煮込んだ豪快な一皿。酸味の効いたキャベツが、肉の脂っこさを見事に中和してくれます。また、冬に訪れるなら「ベッコフ」もぜひ試してみてください。牛肉、豚肉、羊肉と、ジャガイモや野菜を白ワインでじっくりと煮込んだアルザス風の肉じゃがで、体の芯から温まります。

こうした伝統料理を味わうなら、ぜひ「ウィンステュブ」と呼ばれるアルザス風の居酒屋へ。気取らない雰囲気の中で、地元の味を堪能できます。サステナブルな旅を意識するなら、メニューに「fait maison(自家製)」の表記があるお店や、地元の農家から直接仕入れた食材を使っていることを謳うレストランを選びたいものです。地産地消は、輸送にかかるCO2を削減するだけでなく、その土地ならではの新鮮な旬の味を楽しむ最良の方法です。

そして、アルザスの食卓に欠かせないのが、フルーティーで香り高いアルザスワイン。リースリング、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリなど、辛口から甘口まで多様な白ワインが有名です。グラン・ディルには、ワインカーヴ(地下貯蔵庫)を持つレストランや、ビオワイン(オーガニックワイン)を専門に扱うショップも点在しています。環境に配慮して栽培されたブドウから作られるワインは、土地のテロワール(土壌や気候がもたらす個性)をよりピュアに感じさせてくれるでしょう。

もし、あなたが冬、特にクリスマスの時期にストラスブールを訪れる幸運に恵まれたなら、そこはもう魔法の世界です。「クリスマスの首都」を自称するこの街では、グラン・ディル全体が巨大なクリスマスマーケット(マルシェ・ド・ノエル)と化します。大聖堂前広場やブロリー広場を中心に、無数の木製の小屋(シャレー)が立ち並び、ホットワイン(ヴァン・ショー)の甘くスパイシーな香り、焼きたてのプレッツェルやお菓子の匂いが立ち込めます。きらびやかなイルミネーションの中で、地元の職人が作った木のおもちゃやガラス細工、クリスマスのオーナメントを見て回るのは、心躍る体験です。ここでも、大量生産された安価な土産物ではなく、作り手の顔が見える手仕事の品を選ぶことが、地域経済を支え、文化を未来に繋ぐサステナブルな選択と言えるでしょう。

威風堂々たるもう一つの顔、ノイシュタット

グラン・ディルの迷宮のような路地を抜け、イル川を渡って北東へと進むと、街の風景は一変します。広く、まっすぐに伸びた大通り。左右に整然と立ち並ぶ、重厚で壮麗な石造りの建築物群。ここが、もうひとつの世界遺産、「ノイシュタット(新しい街)」です。

この地区が生まれた背景には、ヨーロッパの痛ましい歴史があります。1870年の普仏戦争でフランスが敗北し、アルザス・ロレーヌ地方がドイツ帝国に割譲された後、ストラスブールは帝国直轄州「エルザス=ロートリンゲン」の州都となりました。ドイツ帝国は、この街をゲルマン文化の威光を示すショーケースにしようと考え、全く新しい都市を計画的に建設したのです。それが、ノイシュタットでした。

グラン・ディルが中世から続く有機的な街であるのに対し、ノイシュタットは明確な意図のもとに設計された計画都市です。その建築様式は「ヴィルヘルム様式」と呼ばれ、ネオ・ゴシック、ネオ・ルネサンス、ネオ・バロックなど、様々な歴史的様式を折衷した、威風堂々たるスタイルが特徴です。それは、新しくこの地を支配するドイツ帝国の権威と国力を、建築という形で誇示するものでした。

しかし、単なる権威の象徴というだけではありません。ノイシュタントの都市計画は、当時の最先端の考え方が取り入れられていました。広い通りは良好な風通しと日当たりを確保し、下水道やガス、水道といったインフラも完備。そして、豊かな緑地が計画的に配置されました。その先進性は、現代の都市計画にも通じるものがあります。フランスとドイツ。対照的な二つの文化が、川を挟んで隣接し、互いの個性を際立たせている。このダイナミックな対比こそが、ストラスブールを唯一無二の街にしているのです。

権威と知性の象徴、レピュブリック広場周辺

ノイシュタットの中心であり、その思想を最も象徴しているのが、レピュブリック広場(旧カイザープラッツ/皇帝広場)です。円形の広場を囲むように、ドイツ統治時代の権力を象徴する5つの巨大な建物が配置されています。ここを歩くと、まるで野外の建築博物館にいるような気分になります。

まず目に飛び込んでくるのが、広場の東側に鎮座する「ライン宮殿(旧皇帝宮殿)」です。プロイセン王でありドイツ皇帝でもあったヴィルヘルム1世のために建てられたこの宮殿は、イタリア・ルネサンス様式を基調とした壮麗な建築物。皇帝がストラスブールを訪れた際に滞在するための場所でしたが、実際に使われたのは数えるほどだったと言われています。その巨大さと豪華さは、まさに帝国の威信をかけたモニュメントと言えるでしょう。

広場の南側には、堂々たるドームを持つ「ストラスブール国立大学図書館」が建っています。ドイツ帝国は、ストラスブール大学をドイツ最高の大学にしようと、多額の投資を行いました。この図書館もその一環で建てられたもので、当時としては最新鋭の設備を誇っていました。知識と学問の殿堂としての役割を、その重厚な建築が見事に表現しています。

そして、北側にはネオ・バロック様式の「ストラスブール国立劇場(旧州議会議事堂)」が優美な姿を見せています。これらの建物はすべて、ドイツから呼び寄せられた建築家たちによって設計されました。彼らは、ストラスブールをパリやベルリンに匹敵する、ヨーロッパを代表する近代都市にしようという野心に燃えていたのです。

広場を囲むこれらの建物群は、単なる建築物以上の意味を持っています。それらは、軍事、行政、文化、学術といった、国家を支える柱を象徴しているのです。グラン・ディルが市民と商業の街であるならば、ノイシュタットは国家と権威の街。この二つの地区を歩き比べることで、都市が持つ異なる性格を肌で感じることができます。

緑豊かな都市のオアシスを歩く

ノイシュタットの魅力は、壮大な建築物だけではありません。ドイツの都市計画家たちは、都市生活における緑の重要性を深く理解していました。そのため、ノイシュタットには、人々の憩いの場となる美しい公園が計画的に配置されています。

レピュブリック広場から少し北へ歩くと、広大な「コントタード公園」が広がっています。ここは元々、軍の練兵場だった場所。大きなプラタナスの並木道が続き、夏には涼しい木陰を提供してくれます。市民たちは芝生の上でピクニックを楽しんだり、読書にふけったりと、思い思いの時間を過ごしています。

さらに東へ足を延せば、ストラスブールで最も美しい公園のひとつ「オランジュリー公園」があります。この公園の歴史は古く、フランス革命期に作られましたが、ノイシュタット建設に伴って拡張・整備されました。その名前の由来となったオランジュリー(オレンジの温室)は、ナポレオンの妃ジョセフィーヌのために建てられたもの。広大な敷地には、美しい英国式庭園やフランス式庭園、大きな池があり、ボート遊びも楽しめます。

この公園は、サステナブルな観点からも非常に重要な役割を担っています。コウノトリの再繁殖計画の中心地としても知られており、園内では野生のコウノトリが巣作りをし、子育てをする姿を間近に観察することができます。コウノトリはアルザスのシンボルであり、幸福を運ぶ鳥とされています。一度は絶滅の危機に瀕したこの鳥を、市民の努力で再び呼び戻したこの場所は、人間と自然の共生の象徴と言えるでしょう。

都市におけるこうした緑地は、単なる癒やしの空間ではありません。樹木はCO2を吸収し、夏には気化熱によって周囲の気温を下げる「ヒートアイランド現象」を緩和する効果があります。ノイシュタットの設計者たちが、100年以上も前にその価値を見抜いていたことには驚かされます。

ノイシュタットを巡るには、レンタサイクル「Vélhop(ヴェロップ)」を利用するのがおすすめです。広く整備された自転車専用レーンを走れば、壮大な建築物と豊かな緑を、心地よい風を感じながら効率よく巡ることができます。もちろん、自分のペースでじっくりと歩き、建物のディテールを眺めたり、公園のベンチでひと休みしたりするのも素晴らしい体験です。車社会から距離を置き、環境に優しい方法で都市を探索することは、旅の満足度をより一層高めてくれるはずです。

フランスとドイツ、二つの魂が溶け合う場所

ストラスブールは、単に「フランスのかわいらしい街」でもなければ、「ドイツ風の重厚な街」でもありません。その真の魅力は、イル川を挟んで対峙するグラン・ディルとノイシュタット、この二つの世界が織りなす複雑で豊かなハーモニーの中にあります。

グラン・ディルの曲がりくねった路地をさまよい、中世の息吹を感じた後、まっすぐな大通りが貫くノイシュタットに足を踏み入れた時の感覚は、非常に鮮烈です。まるで、歴史のページを勢いよくめくったかのような感覚。一方では、市民の生活の中から生まれ、何世紀にもわたって積み重ねられてきた有機的な街並み。もう一方では、国家の明確な意志によって、わずか数十年で計画的に建設された壮大な都市空間。この劇的なまでのコントラストこそが、ストラスブールのアイデンティティそのものなのです。

この街は、その歴史の中で、フランスになったりドイツになったりを繰り返してきました。普仏戦争でドイツ領となり、第一次世界大戦後にフランスへ復帰。第二次世界大戦で再びドイツに併合され、終戦とともにフランスに戻る。そのたびに、言語が変わり、文化が変わり、人々の暮らしも翻弄されてきました。ノイシュタットの堂々たる建物群は、ある人々にとってはドイツ帝国の威光の象徴であり、またある人々にとっては屈辱の記憶を呼び起こすものだったかもしれません。

しかし、時は流れました。かつて対立の象徴であったこの二つの地区は、今や「和解」のシンボルとして、ともに世界遺産に登録されています。フランス文化の優美さと、ドイツ文化の質実剛健さ。その両方を内に秘めているからこそ、現代のストラスブールは、他に類を見ない深みと奥行きを持つ街になったのです。

現在、ストラスブールには欧州評議会や欧州人権裁判所、EUの欧州議会本会議場などが置かれ、「ヨーロッパの首都」としての重要な役割を担っています。フランスとドイツという、かつてヨーロッパで最も激しく争った二大国のはざまで、常にアイデンティティの揺らぎを経験してきたこの街だからこそ、多様な文化や価値観を乗り越えて人々が共存する、新しいヨーロッパの象徴となる資格があるのかもしれません。グラン・ディルとノイシュタットを歩くことは、ヨーロッパが歩んできた苦難の歴史と、その先に見出した和解と統合への道のりを追体験する旅でもあるのです。

未来へ繋ぐストラスブールの旅

ストラスブールの旅は、美しい景色や美味しい食事を楽しむだけでは終わりません。この街が持つ二つの世界遺産は、私たちに過去を振り返り、そして未来を考えるきっかけを与えてくれます。特に、環境との共生を重視するサステナブルな旅人にとって、ストラスブールは多くのインスピレーションを与えてくれる場所です。ここでは、あなたのストラスブール滞在をより豊かで、そして地球に優しいものにするための具体的なヒントをいくつかご紹介します。

環境に優しい移動手段

ストラスブールは、公共交通機関が非常に発達した、環境先進都市です。この街の魅力を最大限に味わうためにも、ぜひ積極的に活用しましょう。

  • トラムとバス: 市内を網の目のように結ぶトラム(路面電車)とバスは、市民と観光客の重要な足です。CTS(ストラスブール交通会社)が運営しており、チケットは共通。特にトラムは静かで排出ガスもなく、主要な観光スポットへ簡単にアクセスできます。24時間券や複数人で使えるチケットなどを活用すれば、経済的かつ効率的に移動できます。
  • レンタサイクル「Vélhop」: ストラスブールは「フランスで最も自転車に優しい街」と言われるほど、自転車インフラが整備されています。市内各所にステーションがあるレンタサイクル「Vélhop」は、短期旅行者でも気軽に利用できます。ノイシュタットの広い並木道や、イル川沿いのサイクリングロードを走る爽快感は格別です。自転車での移動は、もちろんCO2排出ゼロ。健康にも良く、街の細部まで発見できる、まさに一石三鳥の移動手段です。
  • 徒歩: グラン・ディルを散策するなら、何と言っても徒歩が一番です。石畳の感触を足の裏で感じ、パン屋から漂う香りを楽しみ、ふと聞こえてくるアコーディオンの音色に耳を澄ます。こうした五感で楽しむ体験は、ゆっくり歩くからこそ得られるものです。目的地を決めずに気の向くままに歩き、迷子になることすら楽しむ。それこそが、グラン・ディルを味わう最高の贅沢かもしれません。

エシカルな食とショッピング

旅の大きな楽しみである食事や買い物においても、少しの意識でサステナブルな選択ができます。

  • 地産地消のレストランとマルシェ: グラン・ディルやその周辺には、毎週決まった曜日にマルシェ(市場)が開かれます。地元の農家が運んできた採れたての野菜や果物、手作りのチーズやハムなどが並び、活気に満ちています。こうした場所で食材を調達したり、地元の食材を積極的に使うレストランを選んだりすることは、地域の農業を支え、フードマイレージ(食料の輸送距離)を削減することに繋がります。
  • オーガニックとフェアトレード: ストラスブールには、オーガニック製品を専門に扱うスーパーマーケット(magasin bio)や、フェアトレードの商品を扱う雑貨店も増えています。コーヒーやチョコレート、スパイスなどを選ぶ際に、生産者の生活や環境に配慮した製品を選ぶことは、遠い国の誰かの幸せにも繋がる小さな国際協力です。
  • 心に残るお土産選び: お土産には、大量生産されたプラスチック製品ではなく、アルザス地方の伝統工芸品や、地元のアーティストが作った作品を選んでみてはいかがでしょうか。プティット・フランスの近くには、陶器や木工品、テキスタイルなどを扱う素敵なお店がたくさんあります。ひとつひとつ手作りされた品は、温かみがあり、旅の思い出をより特別なものにしてくれるはずです。それは、地域の文化と技術を未来へ継承するための、価値ある投資でもあります。

環境配慮型ホテルに泊まろう

宿泊先の選択も、サステナブルな旅の重要な要素です。ストラスブールには、環境への取り組みを積極的に行っているホテルが増えています。

  • エコラベル認証ホテル: ホテルを選ぶ際には、「EUエコラベル」や「グリーンキー」といった国際的な環境認証を取得しているかどうかをチェックしてみましょう。これらの認証は、省エネ、節水、廃棄物の削減、再生可能エネルギーの利用、地産地消の食材提供など、厳しい基準をクリアした施設にのみ与えられます。
  • 具体的な取り組み: 例えば、リネンの交換を毎日ではなく希望制にしている、シャワーに節水ヘッドを導入している、客室の備品にプラスチック製品を極力使わない、朝食ビュッフェで地元のオーガニック食材を提供している、といった取り組みを行っているホテルがあります。予約サイトのホテル情報や、ホテルの公式ウェブサイトで、こうした「サステナビリティ」に関するポリシーを確認する習慣をつけることをお勧めします。こうしたホテルを選ぶという行為は、環境に配慮する企業を応援する「投票」のようなもの。私たち旅行者の選択が、ホテル業界全体の意識を変える力になるのです。

ストラスブールの旅は、フランスとドイツの二つの文化が織りなす美しいタペストリーを鑑賞するようなもの。グラン・ディルの親密な温かさと、ノイシュタットの壮大な気品。その両方を体験し、歴史の重みと和解の尊さを感じることで、私たちの旅はより深いものになるでしょう。そして、この美しい街並みと豊かな文化を、次の世代、さらにその先の世代へと繋いでいくために、私たち旅行者に何ができるのかを考える。それこそが、これからの時代の旅の醍醐味なのかもしれません。あなたのストラスブールの旅が、心に残る忘れられない体験となることを願ってやみません。

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この記事を書いたトラベルライター

サステナブルな旅がテーマ。地球に優しく、でも旅を諦めない。そんな旅先やホテル、エコな選び方をスタイリッシュに発信しています!

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