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機械仕掛けの象が闊歩する街、ナントへ。5リットルのリュックで巡る、ブルターニュの創造都市

旅の本質とは何でしょう。それは、計画という名のレールの上をただ走ることではなく、予期せぬ出会いに心躍らせ、未知の風景に息をのむ、一連の体験そのものではないでしょうか。僕の相棒は、容量わずか5リットルの小さな子供用リュック。その中には、最低限の必需品と、これから出会うであろう感動を詰め込むための、無限のスペースが広がっています。服は、その土地の空気を肌で感じるために現地で手に入れ、旅の終わりには、感謝と共に次の旅人へと託す。そんな身軽なスタイルだからこそ、街の息遣いを、その鼓動を、より鮮明に感じ取ることができるのです。

今回、僕の心が向かった先は、フランス西部、ロワール川が大西洋へと注ぎ込む場所に位置する街、ナント。かつてブルターニュ公国の首都として栄華を極め、今ではジュール・ヴェルヌの夢想と現代アートのエネルギーが融合した、唯一無二の創造都市として世界中の旅人を魅了しています。巨大な機械仕掛けの象が街を練り歩き、地面に引かれた一本の緑の線が、旅人をアートの世界へと誘う。そんな不思議な魅力に満ちたナントを、僕と一緒に歩いてみませんか。さあ、常識という名の重たい荷物はここに置いて、心ひとつで、創造力の翼が羽ばたく街へと旅立ちましょう。

目次

冒険の始まりはパリから、ナントへの扉を開く

多くの旅人と同じように、僕のフランスの旅もパリからスタートしました。シャルル・ド・ゴール空港に降り立ち、喧騒を抜けて目指したのはモンパルナス駅。ここがナント行きの冒険の出発点となります。

フランスの田園風景を駆け抜けるTGVの旅

パリからナントへ移動する最善の方法は、フランスが誇る高速鉄道TGV(Train à Grande Vitesse)です。モンパルナス駅からナント駅まではおよそ2時間から2時間半。車窓に広がる穏やかな田園風景を眺めているうちに、あっという間に目的地に到着します。

旅を計画するうえで欠かせないのが移動手段の確保です。特にTGVの切符は、賢く入手することで旅費を大幅に抑えられます。ここでおすすめのポイントをご紹介します。切符はフランス国鉄(SNCF)の公式アプリやウェブサイト「SNCF Connect」から購入するのが最も便利です。早めに予約するほど「Prem’s」と呼ばれる割引が適用され、正規料金の半額以下で購入できることもしばしばあります。旅の日程が決まったら、ためらわずに早めに予約するのが吉。多くの場合、出発日の3ヶ月前から予約可能なので、カレンダーに印をつけておくのも良いでしょう。

オンライン購入はとても簡単です。出発地(Paris Montparnasse)と目的地(Nantes)、日時を入力し、乗客情報を登録。クレジットカードで決済すると、Eチケットがメールで届くか、アプリ内に保存されます。このEチケットのQRコードが乗車券の代わりになるため、印刷する必要はありません。まさにミニマリスト旅にぴったり。余計な荷物なしに身軽に移動できます。

モンパルナス駅に到着したら、まずは出発案内の電光掲示板(Grandes Lignes)をチェック。発車の20分前頃になると、乗車するTGVの列車番号のそばにホーム番号が表示されます。ホーム入口には改札機があり、EチケットのQRコードをかざすだけで入場可能。スムーズに乗車口へ向かえます。自分の車両(Voiture)と座席番号(Place)を確認し、列車に乗り込みましょう。大型のスーツケース用の荷物置き場もありますが、僕のような小さな5リットルリュックなら座席上の棚に余裕で収まります。

もし万が一列車に乗り遅れてしまった場合も慌てないでください。駅の窓口(Guichet)に行き、状況を説明しましょう。切符の種類によっては、手数料を支払うことで次の列車に振り替えてもらえることがあります。ただし、格安チケットは変更や払い戻しができない場合が多いので、購入時に条件をよく確認しておくことが大切です。言語が不安な場合は、翻訳アプリを用意しておくと安心です。

ナントへ空からアクセスする場合の選択肢

国際線で直接ナントに向かう場合や、ヨーロッパ内の他都市から飛行機を利用するときは、ナント・アトランティック空港(NTE)が玄関口となります。空港からナント市内中心部へのアクセスも非常に分かりやすいです。

到着ロビーを出るとすぐに「Navette Aéroport」と表示されたシャトルバス乗り場が見つかります。このバスは空港とナント駅南口、さらには中心部の停留所(Commerceなど)を結んでいます。運行間隔は20〜30分ほどで、所要時間は約20分と短時間です。

チケットは乗り場近くの券売機か、バス運転手から直接購入できます。券売機はクレジットカードも利用できて便利です。また、このシャトルバスのチケットは購入から1時間以内なら、市内のトラムやバスにも乗り換え可能という嬉しいサービス付き。空港からホテルまで、一枚のチケットで快適に移動できるのは大きなメリットです。

こうして、いよいよナントの街の入り口に立ちました。TGVの車窓から眺めた緑豊かな風景が、これから始まる冒険への期待を掻き立ててくれます。これからは、ただ歩くだけでアートに触れられる街、ナントの中心部へと足を踏み入れていきましょう。

緑の線が導く、街全体が美術館「ル・ヴォヤージュ・ア・ナント」

ナントの街を歩き出すと、すぐに違和感を覚えるかもしれません。足元に一本の緑色の線が引かれているのです。あたかも誰かが気まぐれに描いたかのように見えますが、これこそナント観光のナビゲーションであり、街全体を巨大なアートギャラリーへと変貌させる魔法の仕掛け、「Le Voyage à Nantes(ル・ヴォヤージュ・ア・ナント)」のグリーンラインなのです。

グリーンラインを辿る旅の魅力

「ル・ヴォヤージュ・ア・ナント」とは、毎年夏に開催されるアートフェスティバルの名称であると同時に、年中ナントの街中に設置されたアート作品や文化施設を連結するプロジェクトのことを指します。これらの全拠点を繋ぐラインが、全長20キロメートルを超えるグリーンラインです。

この緑の線に沿って歩くだけで、自然とナントの主要な観光名所や歴史的建造物、隠れたアートスポット、個性的なショップやカフェへと案内されます。地図が苦手な方でも迷う心配はありません。足元の緑線をただ追いかければ、まるで街が「こちらですよ」とそっと導いてくれるかのような心地よさを味わえます。

グリーンラインの起点はナント駅。駅の外に出るとすぐに緑の線に出会えるでしょう。そこからブルターニュ公爵城、サン・ピエール・サン・ポール大聖堂、迷路のように入り組んだ旧市街ブフェ地区の小道を経て、ロワール川の中州に広がる創造の島へと、物語は続いていきます。

旅をよりスムーズに楽しむためには、事前に公式の観光マップを入手するのが便利です。ナント駅やブルターニュ公爵城そばの観光案内所(Office de Tourisme)で無料配布されています。そのマップには、グリーンライン沿いのスポットが番号付きで掲載されており、それぞれの場所について簡単な説明も付いています。もちろん、公式サイトからデジタルマップをダウンロードするのも賢いやり方です。

旅の自由度を格段に上げる「パス・ナント」

ナントを隅々まで効率よく堪能したいなら、「パス・ナント(Pass Nantes)」の購入がおすすめです。このパスがあれば、市内の主要観光施設への入場はもちろん、トラムやバス、さらに水上バスのナヴィビュスも乗り放題という、まさに旅の強い味方です。

パスは24時間、48時間、72時間、そして7日間の4種類が用意されており、滞在期間に応じて選べます。料金は異なりますが、たとえば「レ・マシーン・ド・リル」のギャラリーやカルーセル、ブルターニュ公爵城の歴史博物館、いくつかの美術館を訪れて公共交通も何度か利用すれば、24時間券だけでも十分元が取れます。

購入は簡単で、前述の観光案内所で手に入れるか、またはル・ヴォヤージュ・ア・ナントの公式サイトからオンラインで購入することも可能です。オンラインで買った場合は、観光案内所でバウチャーをパスに交換する必要があります。最近ではスマートな旅を好む方も多いので、スマホでQRコードを見せるだけで入場できるデジタルパスも便利です。

このパスの最大の魅力は、単なる経済的メリットにとどまりません。「自由」が手に入るのです。都度チケットを買う手間なく、気になる場所に自由に立ち寄り、興味が移れば次のスポットへ移動。トラムに飛び乗ってちょっと離れたエリアまで足を伸ばす。そんな思いのままの旅を可能にしてくれます。パスを持っていると、あなたは単なる観光客ではなく、この創造的な街の一員になった気分になれるでしょう。グリーンラインとパス・ナント、この二つがナントでの体験を一層豊かで忘れがたいものにしてくれます。

ただひとつ、注意点があります。パス・ナントでは「グラン・エレファン」(巨大象)には乗車できません。象への乗車は別途予約と料金が必要です。しかし、象の動く様子を見ることや、その足元を歩くのは無料で楽しめます。パスは、象以外の「レ・マシーン・ド・リル」の主要施設、具体的にはギャルリ・デ・マシーンやカルーセル・デ・モンド・マランをカバーしています。この点を押さえておくと、計画がよりスムーズに進むでしょう。

それでは、パスを手にグリーンラインのスタート地点に立ちましょう。これから始まるのは、予期せぬアートとの出会いに満ちた、あなただけの特別な旅です。

圧巻!機械仕掛けの楽園「レ・マシーン・ド・リル」

ナントの中心を流れるロワール川の中州、「イル・ド・ナント(Île de Nantes)」。かつて巨大な造船所が栄えたこの場所は、今や錆びついた鉄の歴史を芸術の力へと昇華させ、世界で最も独創的なテーマパーク「レ・マシーン・ド・リル(Les Machines de l’île)」として新たな姿を見せています。ここでは、ジュール・ヴェルヌの幻想の世界とレオナルド・ダ・ヴィンチの発明が融合し、夢と驚きが溢れる機械仕掛けの不思議な世界が広がっています。

大地を揺るがす鋼鉄の巨像「グラン・エレファン」

イル・ド・ナントに入ると、遠くからでもひときわ目を引く異様な光景が見えてきます。高さ12メートル、重さ48トンの木と鉄で造られた巨大な象、「グラン・エレファン」です。ゆったりと、しかし確かな足取りで、背中に50人もの乗客を乗せて歩く姿は圧倒的な迫力を誇ります。時折、長い鼻から豪快に放つ水の噴射パフォーマンスは、子どもから大人まで自然と歓声が上がる見どころです。

このグラン・エレファンに乗り、約30分間の空中散歩が楽しめる体験は、ナントならではの特別な思い出となるでしょう。象の背中から見下ろす景色は普段とはまったく異なり、まるで自分がガリバーになったかのような感覚を味わえます。むき出しの機械構造が見える操縦席では、操縦士たちが無数のレバーやペダルを巧みに操作し、この巨大な生命体に命を吹き込む姿を間近で観察できます。

ここで重要なポイントです。グラン・エレファンは非常に人気が高いため、乗車には事前予約が不可欠です。特に観光シーズンの週末は当日券が早々に売り切れてしまうことも少なくありません。レ・マシーン・ド・リルの公式サイトからオンラインで簡単に予約できるので、ナント旅行が決まり次第、真っ先に手続きを済ませるのがおすすめです。サイトは英語にも対応し、希望日時と人数を選んでクレジットカードで支払うだけです。予約が完了するとEチケットが発行され、当日はその画面を見せれば入場できます。

もし予約が間に合わなかった場合でも、落ち込むことはありません。地上から歩く象の姿を見るだけでも、その迫力と芸術性は十分に感じ取れます。象が辿る散歩ルートと時間は公式サイトで確認できるため、ベストスポットを探して観覧する楽しみもあります。ただし、水を噴き出すときは油断せずに。特に夏場は絶好のクールダウンになりますが、カメラなどの電子機器は守るようにしましょう。

命を宿した機械たちのギャラリー

グラン・エレファンが歩く広場の隣には、かつての造船所を利用した「ギャルリ・デ・マシーン(Galerie des Machines)」があります。ここは機械仕掛けの生物たちが誕生する工房であり、その仕組みをじっくり観察できる博物館です。

中に足を踏み入れると、巨大なアオサギ、空を飛ぶアリ、不気味にうごめくイモムシといった奇妙で美しい機械たちが出迎えてくれます。このギャラリーの最大の魅力は、専門スタッフ(マシニスト)によるユーモア溢れるデモンストレーション。彼らは機械の構造や動きの秘密を巧みに解説しながら、実際に動かして見せてくれます。運が良ければ、来場者の中から数名が選ばれて実際に機械の操作を体験できることもあります。解説はフランス語が中心ですが、その動きや表情を見ているだけで、言葉の壁を感じさせず楽しめるでしょう。

デモンストレーションは時間が決まっているため、入場時にスケジュールを確認し、見たい機械のショーに合わせて行動計画を立てるのが賢明です。パス・ナントを利用すれば、このギャラリーは追加料金なしで入場可能です。

深海の冒険、カルーセル・デ・モンド・マラン

ギャラリーの対岸、ロワール川のほとりには、大きな円形建造物「カルーセル・デ・モンド・マラン(Carrousel des Mondes Marins)」、つまり「海の世界のメリーゴーランド」がそびえ立っています。しかしこれは、一般的にイメージされるメリーゴーランドとは一線を画す存在です。

高さ25メートル、3層構造からなるこのカルーセルは、見る者を深海の世界へと誘います。最下層は「海底」。巨大なカニやイカに乗り込み、海底散策を楽しめます。中間層は「深海」。提灯アンコウや深海魚たちが怪しげに光りながら回転します。そして最上層は「海面」。嵐の中を飛ぶ魚や、波間を走るボートが待ち受けています。

それぞれの乗り物は、乗客自身がレバーやハンドルを動かすことで口を開けたりヒレを動かしたりと多彩なアクションが楽しめ、子どもはもちろん大人も童心に返って夢中になること間違いありません。どの生き物に乗るか選ぶ時間も、このカルーセルの魅力のひとつです。

チケットはカルーセル入口で購入可能で、こちらもパス・ナントの対象施設です。一周のみの乗車券や、ギャラリーとの共通券など複数の種類が用意されているので、自分のスケジュールに合ったチケットを選びましょう。

レ・マシーン・ド・リルは単なる遊園地ではなく、工業遺産に新しい命を吹き込み、アートと技術、そして人間の想像力が生み出す素晴らしさを体現した生きた証明です。この機械仕掛けの世界で過ごす時間は、あなたの創造力を刺激し、旅の思い出に深く刻まれることでしょう。

歴史の息吹と街の眺望、ブルターニュ大公城

グリーンラインをたどってナントの中心街へ戻ると、堅固な城壁と優雅な白亜の館が織りなす荘厳な光景が眼前に広がります。これがナントの歴史を物語り、街の象徴ともいえる「ブルターニュ大公城(Château des ducs de Bretagne)」です。

ブルターニュ最後の女公、アンヌ・ド・ブルターニュの居城

この城は15世紀末に、フランスからの独立を守ろうとしたブルターニュ公国の最後の君主フランソワ2世が建設を開始し、彼の娘で二度にわたりフランス王妃となったアンヌ・ド・ブルターニュの時代に完成しました。そのため城内の各所には、彼女の紋章であるエルミン(オコジョ)が施されています。

城の建築様式は非常に興味深いものです。外側を囲む厚い城壁や堀は、敵の侵攻に備えた中世の典型的な要塞の姿を呈しています。しかし中庭に一歩足を踏み入れると、イタリア・ルネサンスの影響を受けた繊細で華麗な装飾が施された白亜の館群が立ち並び、その優美さに心を奪われます。軍事要塞としての顔と宮廷生活の舞台としての顔を持つこの城は、まさに時代の変わり目を生き抜いたブルターニュ公国の歴史を象徴しているのです。

城壁散策とナント歴史博物館

ブルターニュ大公城を訪れたなら、ぜひ体験してほしいことが二つあります。

一つは城壁の上を歩くこと。驚くべきことに、中庭や城壁内の散策までは入場無料です。城壁上からは、赤レンガの屋根が連なる旧市街、サン・ピエール・サン・ポール大聖堂の尖塔、そして遠くには近代的なブルターニュ・タワーまで、ナントの街並みを360度一望できます。歴史ある要塞の上から現代の街を見渡す体験は、時間の経過を肌で感じる感慨深いもの。特に夕暮れ時には街が黄金色に染まり、ロマンチックな雰囲気に包まれます。写真を撮るには絶好のスポットですが、足元に十分注意しましょう。手すりが低い場所もあるため、身を乗り出し過ぎるのは禁物です。

もう一つは、城内の居館を利用した「ナント歴史博物館(Musée d’Histoire de Nantes)」の見学です。こちらは有料ですが、パス・ナントがあれば無料で入場可能。32の展示室を擁する広大な博物館は、古代ローマ時代から現代に至るまでのナントの波乱に満ちた歴史を、豊富な資料と斬新な展示方法で紹介しています。

特に注目すべきは17世紀から18世紀にかけて、ナントがフランス最大の奴隷貿易港として「繁栄」したという、街の暗い歴史に真正面から向き合った展示です。多くの都市が避けがちな負の遺産を、教育的な視点から隠さず伝えるナントの誠実な姿勢を示しており、訪れる者に深い考察を促します。すべての展示にはフランス語と英語の解説が付いているため、時間をかけてじっくり見学することをおすすめします。展示量が豊富なため、少なくとも2〜3時間の余裕を持つと良いでしょう。

館内は飲食禁止、フラッシュ撮影禁止などのルールが設けられています。大きな荷物は入口のロッカーに預けられるため、身軽な状態で鑑賞に集中できます。

ブルターニュ大公城は単に美しい城ではありません。それはナントの栄光と苦悩、そして再生の物語が刻まれた生きた歴史書なのです。城壁の上で風に吹かれながら、この街の歩んできた長い道のりに思いを馳せてみてください。きっとナントの街が一層愛おしく感じられることでしょう。

石畳の迷宮とガラスの天井、旧市街の魅力に浸る

ブルターニュ大公城の城壁から見下ろすと、赤レンガの屋根が密集するエリアが広がっています。ここはナントで最も古い地区であり、中世の趣を色濃く残す「ブフェ地区(Quartier Bouffay)」です。その近くには、19世紀の優雅さを今に伝える、まるで宝石箱のようなショッピングアーケードが静かに佇んでいます。この二つのエリアは、ナントの歴史的魅力を堪能するには欠かせない散策スポットとなっています。

時が止まったような風情のブフェ地区

ブフェ地区は、迷路のように入り組んだ石畳の細道と、木組みの骨組みがむき出しになった「コロンバージュ」と呼ばれる伝統的な建物が特徴です。細くて車が入れない路地を目的もなく歩いていると、まるで中世にタイムスリップしたかのような感覚に包まれます。

この地区は、ナントのガストロノミーの中心地でもあり、昼夜問わずレストランやクレープリー、カフェのテラス席は地元の人や観光客で賑わいます。賑やかな会話や美味しそうな香りに満ち溢れており、ぜひ味わいたいのが「ガレット」です。そば粉を使った塩味のクレープで、ハムやチーズ、卵をのせた「コンプレット(complète)」が定番。ブルターニュ地方の伝統料理であり、同地方の特産品であるリンゴの発泡酒「シードル」との組み合わせは抜群です。ブフェ地区には本格的なクレープリーが数多く揃っているので、気になるお店を見つけたら、ぜひ入ってみてください。

散策中にふと見上げると、建物の壁に描かれたストリートアートや個性的な看板が目に入ってきます。歴史的な街並みの中に現代アートの息吹を感じられるのも、ナントならではの魅力のひとつです。ただし、この魅力的な地区を歩く際には注意が必要です。石畳は見た目以上に歩きづらく、特に雨の日は滑りやすいため、歩きやすい靴を選ぶことをおすすめします。また、混雑する場所ではスリや置き引きにも警戒が必要です。リュックは前に抱え、貴重品は内ポケットにしまうなどの基本的な防犯対策をしておくことで、トラブルのリスクを大きく減らせます。これは世界中どこを旅する場合でも役立つ、ミニマリストの知恵とも言えます。

光と影が織りなす芸術の空間、パサージュ・ポムレ

ブフェ地区の喧騒を離れ、少し歩くとクレビス通りにひっそりとした入り口が見えてきます。ここが19世紀半ばに建造された豪華なショッピングアーケード、「パサージュ・ポムレ(Passage Pommeraye)」です。

その一歩を踏み入れると、まるで別世界に来たかのよう。ガラス張りの天井から柔らかな自然光が差し込み、精緻な彫刻が施された階段や手すり、ガス灯を模したクラシカルな照明が優雅でノスタルジックな空間を演出しています。3層構造となっており、高低差のある二つの通りをつなぐ実用的な目的で建設されましたが、その建築美はもはや芸術そのものといえます。

パサージュの内部には、老舗の帽子屋や手袋店、チョコレートショップ、個性的な雑貨店などが軒を連ねています。ウィンドウショッピングを楽しむだけでも心が満たされますが、旅の思い出にここでしか手に入らない特別な品を探すのもおすすめです。私は物を増やさない旅が信条ですが、友人へのお土産として美しい箱に入ったキャラメル・オ・ブール・サレ(塩バターキャラメル)を選ぶ時間は、とても豊かな体験でした。

このパサージュはフランスの映画監督ジャック・ドゥミの作品にも登場し、多くの芸術家にインスピレーションを与えてきました。写真を撮るなら、中央にあるルネサンス様式の壮麗な大階段がおすすめのスポットです。他の買い物客に迷惑をかけないよう配慮しつつ、この美しい空間をぜひカメラに収めてみてください。

パサージュ・ポムレは単なる商業施設ではなく、19世紀ブルジョワジーの夢と美意識が結晶した生きた歴史遺産です。雨の日の観光にも最適で、歩き疲れた際にはパサージュ内のカフェで休憩を取るのも良いでしょう。歴史を感じさせるブフェ地区の路地と、光あふれるパサージュ・ポムレ。この二つの異なる顔を持つエリアを巡ることで、ナントという街の奥深さをより一層実感できるはずです。

アートと自然が溶け合うロワール川のほとり

ナントの街のアイデンティティを語る際に、ロワール川の存在は欠かせません。フランス最長のこの川は、街に豊かな水資源と交通利便性をもたらし、大西洋への玄関口としてナントの繁栄を支えてきました。現在では、その川辺が最先端のアートと市民の憩いの場が融合する、新たな文化発信の拠点へと変貌を遂げています。

創造の島、イル・ド・ナントの変遷

先に紹介した「レ・マシーン・ド・リル」があるイル・ド・ナントは、島全体が壮大な都市再開発の舞台となっています。かつての造船所や工場跡地が、建築家やアーティストの手によって次々と個性的な空間へと生まれ変わっているのです。

その象徴的なスポットの一つが、島の西端に位置する「ケ・デ・ザンティーユ(Quai des Antilles)」。直訳すると「アンティル諸島の埠頭」であり、かつて三角貿易で栄えた港の記憶を名前に残しています。今では、古い倉庫を改装したセンスの良いレストランやバーが軒を連ね、「ル・アングレ(Le Hangar à Bananes)」、通称「HAB」と呼ばれるアートギャラリーも併設され、ナントで最もトレンディなスポットの一つとなっています。

この埠頭でひときわ目を引くのは、現代アーティストのダニエル・ビュランによる18の巨大なリング、「レ・ザノー(Les Anneaux)」です。昼間はリングが風景の額縁となり、見る角度によってさまざまな表情を見せてくれます。夜になると、赤・緑・青の光でライトアップされ、川面に幻想的な光景を映し出します。夕暮れ時には、HABのテラス席で地元産の白ワイン「ミュスカデ」を片手に、色とりどりに変化するリングとロワール川の景観を楽しむ時間は、まさに至福のひとときです。

水上バス「ナヴィビュス」で川を渡る

ロワール川の魅力をより能動的に味わいたいなら、市民の交通手段としても親しまれている水上バス「ナヴィビュス(Navibus)」に乗ってみましょう。ナントの公共交通機関ネットワーク(TAN)の一部であり、パス・ナントを持っていれば無料で利用できます。パスがない場合でも、トラムやバスと共通のチケットで乗船が可能です。

複数のルートがある中、観光客にとって最も便利なのは、イル・ド・ナントと対岸の歴史的な船乗りの村トレントムー(Trentemoult)を結ぶ路線です。わずか数分の船旅ですが、川上から眺めるナントの街並みは新鮮な驚きをもたらします。特に、レ・マシーン・ド・リルのカルーセルや、川岸に係留された歴史的な船「マリエ=メデゥーズ号」を水上から眺める景色は格別です。

トレントムーはかつて漁師たちが暮らした村で、色鮮やかに塗られた家々が迷路のように並ぶ、とても愛らしい集落です。ナント中心部の喧騒とは異なり、ゆったりとした時間が流れています。川沿いには魅力的なレストランも多く、ランチやディナーに訪れるのにもおすすめです。ナヴィビュスを活用すれば、こんな素敵な日帰り小旅行も気軽に楽しめます。乗船前には必ず、公式サイトや乗り場で時刻表を確認しておくことをお忘れなく。

川沿いに広がるアートの道「エスティユエール」

ナントのアートプロジェクトは街中にとどまらず広範囲に及びます。「エスティユエール(Estuaire)」と名づけられた壮大な試みは、ナントから大西洋河口のサン=ナゼールまで、約60kmにわたるロワール川の両岸に30以上の恒久的なアート作品を点在させています。

その中には、水面から巨大な蛇の骨格が突き出ているかのように見える作品や、半ば水に沈んだ家、傾いた船など、自然の風景と見事に調和した大規模なインスタレーションが多数含まれています。全作品を巡るには車や自転車、または夏季に運行される観光クルーズの利用が推奨されますが、その一部はナント市内から少し足を伸ばすだけで鑑賞可能です。

時間に余裕があれば、レンタサイクルを借りて川沿いをサイクリングするのも素晴らしい体験となるでしょう。ナントには「Bicloo」という公共レンタルサイクルシステムが整備され、市内の至る所にステーションが設置されています。クレジットカードがあればどなたでも手軽に利用が始められます。風を感じながら点在するアート作品を訪ね歩く、そんなアクティブな一日もナントならではの楽しみ方です。

ロワール川は単なる川を超え、歴史と未来、都市と自然、アートと人々を結びつける生命の動脈となっています。そのほとりに立つと、この街が絶え間なく変化し進化し続ける力強いエネルギーを、きっと体感できることでしょう。

ナントの食文化、土地の恵みを五感で味わう

旅の楽しみは、美しい風景や心を揺さぶるアートだけにとどまりません。その土地ならではの食を味わい、市場の活気に触れることこそ、旅を豊かに彩る重要な要素のひとつです。ブルターニュ地方の肥沃な大地と大西洋の恵みが交差するナントは、美食家にとっても魅力的な目的地です。僕の5リットルのリュックには調理器具など入れる余地はありませんが、そんな状況だからこそ、街全体がまるで僕のキッチンとなるのです。

街の胃袋、タルモン市場の活気

ナントの食文化を肌で感じ取りたいなら、「タルモン市場(Marché de Talensac)」に足を運ぶのがいちばんです。1937年から続くこのナント最大の屋内市場は、まさに「街の胃袋」と呼べる場所。火曜日から日曜日の午前中に開かれ、新鮮な野菜や果物、獲れたての魚介類、熟練の職人が手掛けるチーズやシャルキュトリー(加工肉)、さらには焼きたてのパンやパティスリーに至るまで、多彩な食材が隙間なく並んでいます。

市場のなかに足を踏み入れると、色鮮やかな食材の輝き、元気な店主たちの掛け声、食欲をそそる豊かな香りが五感を刺激します。地元の人々が生産者と会話を楽しみながら買い物をしている光景は、眺めているだけでも心が弾み、この街の日常の一部に自分も溶け込んだような気持ちになれます。

ミニマリストの旅では大量の食材を買い込むことは難しいですが、市場の楽しみ方は様々です。例えば、焼きたてのクロワッサンをひとつ買ってその場で味わう。旬のフルーツを少しだけ購入し、公園でゆっくり楽しむ。なかでも特におすすめなのは牡蠣のスタンドです。ブルターニュ地方は牡蠣の一大産地で、市場にはその場で殻を剥いて提供してくれるオイスターバーがあります。新鮮な牡蠣をレモンと地元産の白ワイン「ミュスカデ」と共に、驚くほどリーズナブルに味わえるのは、まさに至福のひとときです。

市場を訪れる際のちょっとしたマナーとしては、商品にむやみに触れないこと、写真を撮る際には一声かけることを心掛けると、より快適に過ごせるでしょう。午前中の早い時間帯が特に活気に満ちていますので、ぜひ早起きして訪れてみてください。

ナントの味を代表する名物たち

ナントのレストランやビストロでぜひ味わってほしい名物料理をいくつか紹介します。

  • ガレット・ブルトンヌ(Galette Bretonne):先述の通り、これを外すわけにはいきません。そば粉の香ばしい生地に多彩な具材をのせる組み合わせは無限大で、軽食としてもデザートとしても楽しめます。
  • ミュスカデ(Muscadet):ナント周辺のロワール渓谷で生産される、辛口でさわやかな白ワインです。魚介類との相性が抜群で、特に牡蠣とのコンビネーションは「黄金の組み合わせ」と称されます。グラス単位で手軽に飲める店も多いので、ぜひ試してみてください。
  • ガトー・ナンテ(Gâteau Nantais):ナントを代表する伝統的な焼き菓子で、アーモンドプードルをたっぷり使用したしっとりとした生地に、西インド諸島由来のラム酒がしみ込んでいます。表面はアイシングで覆われており、シンプルながら味わい深いケーキです。パティスリーやブランジェリーで見つけることができます。
  • ベルランゴ・ナンテ(Berlingot Nantais):三角錐のユニークな形状が特徴の色鮮やかなキャンディーで、フルーツフレーバーが爽やか。お土産にもぴったりです。
  • LU(ル)ビスケット:フランス人なら誰もが知るビスケットブランド「LU」は、実はナント発祥です。代表的な「Petit Beurre(プチ・ブール)」は地元民にとってのソウルフード。市内には旧LU工場を改装した文化施設「ル・リュー・ユニック(Le Lieu Unique)」があり、工場時代の名残である塔は現在も街のランドマークとなっています。

これらの味覚との出会いは、旅の思い出をより鮮明に彩ってくれます。レストラン選びで迷ったら、ブフェ地区や洒落た店が集まるグラスラン広場(Place Graslin)周辺を散策してみるのがおすすめです。多くの選択肢の中から、きっとあなたの心を惹きつける一軒が見つかるでしょう。

旅をスムーズにするための実践的アドバイス

どんなに魅力あふれる街でも、小さなトラブルや不便が旅の喜びを損なうことがあります。ここでは、僕が実際にナントを訪れて得た、具体的かつ実践的な情報をお伝えします。これらを押さえておけば、ナントでの滞在がより快適でスムーズになるはずです。

市内交通を使いこなそう

ナントの中心市街地は比較的コンパクトで、主要な観光地の多くは歩いて回れます。しかし、少し離れた場所へ行く場合や、歩き疲れた時には、発達した公共交通機関が頼もしいパートナーとなります。

  • トラム(Tramway): ナントの交通の主役は、3路線が市内を網羅するトラムです。運行本数が多く時間も正確なため、とても便利です。ほとんどの主要観光地はトラムの停留所近くに位置しています。
  • バス(Bus): トラムがカバーしていないエリアを細かく結んでいます。特に主要路線のクロノバス(Chronobus)は、頻繁に運行されておりスピーディーです。

チケットの購入方法や使い方は、初めての旅人にとってはハードルかもしれません。チケットはトラムの各停留所にある券売機で買えます。券売機はタッチパネル式で英語表示に切り替え可能、クレジットカードも利用できます。

チケットには幾つかの種類があります。

  • 1時間券(Ticket 1h): 最初に打刻してから1時間、トラムとバスを自由に乗り降りできます。
  • 24時間券(Ticket 24h): 打刻後24時間、有効で何度でも乗降可能。頻繁に乗るならこちらがお得です。
  • 10枚綴り回数券(Carnet de 10 tickets): 複数人で旅行する場合や、数日にわたって少しずつ使いたい時に便利です。

とにかく最も重要なルールは、乗車したら必ずチケットを打刻(valider)することです。車内にある黄色い機械にチケットを差し込むと、日時が刻印されます。これを怠ると、有効なチケットを持っていても検札員に見つかれば高額な罰金を科されます。抜き打ち検査は頻繁ですから、「うっかり」は通用しません。乗車時の打刻は絶対の義務と覚えておきましょう。

ミニマリスト流・準備と必携アイテム

僕の旅の荷物は5リットルの小さなリュック一つですが、中身は厳選した必携品ばかりです。ナントでの旅に欠かせないアイテムを挙げてみます。

  • 歩きやすい靴: 石畳が多いナントでは、快適に歩ける靴が最重要。見た目よりも機能性を優先してください。
  • 季節に適した服装と雨具: 大西洋に近く変わりやすい天候が特徴のナント。夏でも朝晩は冷えるので、薄手の上着が一枚あると便利です。折りたたみ傘や軽いレインジャケットも必須。僕は現地で天気に合わせて服を買い、不要になれば寄付して荷物を増やしません。
  • モバイルバッテリー: スマホは地図や情報検索、写真撮影で思いのほか電池を消耗します。
  • クレジットカードと少額の現金: 多くの場所でカードが使えますが、小さな市場や個人商店では現金のみのところも。少額のユーロを持っておくと安心です。
  • 簡単なフランス語会話帳や翻訳アプリ: 「Bonjour(こんにちは)」「Merci(ありがとう)」「Excusez-moi(すみません)」「S’il vous plaît(お願いします)」など、基本的な挨拶を覚えるだけでも現地の人とのやり取りがぐっと楽になります。

教会や大聖堂を訪れる際の厳しい服装規定はあまりありませんが、極端な露出(タンクトップや短すぎるショートパンツなど)は控えるのがマナー。肩を覆うスカーフを一枚持っていると、どんな状況でも安心です。

万が一に備える安全情報

ナントは比較的治安の良い街ですが、観光地では共通の注意が必要です。特に人混みではスリや置き引きの被害が散見されます。

  • 貴重品は体の前側に持つバッグに入れること。
  • レストランやカフェではスマホをテーブルの上に置きっぱなしにしない。
  • 荷物から目を絶対に離さない。

もしパスポートを紛失や盗難に遭ったら、まず最寄りの警察署(Commissariat de Police)で盗難・紛失証明書(déclaration de perte ou de vol)を発行してもらいましょう。その後、パリにある在フランス日本国大使館に連絡し、再発行や「帰国のための渡航書」の手続きについて指示を仰いでください。このような事態に備え、パスポートのコピーや顔写真データをスマホやクラウドに保存しておくと、手続きがスムーズになります。

また、緊急時の電話番号も控えておきましょう。

  • 警察: 17
  • 救急(SAMU): 15
  • 消防(Pompiers): 18
  • 欧州共通緊急通報番号: 112(この番号で警察・救急・消防すべてに繋がります)

備えあれば憂いなし。僅かな準備と心構えが、あなたの旅をより安全で楽しいものにしてくれるでしょう。

創造の旅は、まだ終わらない

ナントの街を巡る旅は、まるで終わりのない物語のページを一枚ずつ丁寧にめくっていくような体験でした。地面に描かれた緑の線は、単なる道しるべではなく、過去と未来、芸術と日常を結びつける魔法の糸のように感じられました。機械仕掛けの象の背に揺られながら見下ろした街並み、ブルターニュ大公城の城壁から感じた歴史の息吹、そしてロワール川のほとりで眺めた幻想的な光の輪。そのすべてが、僕の小さなリュックの中に、重みのない宝物として今も確かに収められています。

この街は決して過去の遺産に甘んじているわけではありません。かつての造船所がアートの実験場へと生まれ変わったように、ナントは常に呼吸し、変化を続け、自らを更新しているのです。だからこそ、次に訪れたときには、また新たな驚きと発見が待っていることでしょう。

旅とは、多くのものを手に入れることではありません。むしろ、どれだけ多くのものを手放し、その瞬間の体験に心をゆだねられるかが大切です。ナントは、そんな旅の本質を教えてくれる街です。物を持たないことで得られる自由と、身軽だからこそ味わえる世界の豊かさを感じさせてくれます。

さあ、次の旅の目的地に、この創造力あふれる街を選んでみてはいかがでしょうか。そこでは、ジュール・ヴェルヌが夢見た以上の冒険があなたを待っているはずです。そしてあなたの旅が、あなただけの、かけがえのない物語を紡いでいくことを心から願っています。

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この記事を書いたトラベルライター

5リットルの子供用リュック1つで旅をしています。最低限の荷物、最大限の自由。旅のスタイルは“軽く生きる”。そんな哲学を共有していけたら嬉しいです。

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