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パステルカラーの宝石箱!おとぎの国チェコの世界遺産、テルチの街を歩く

プラハの喧騒を離れ、バスに揺られること数時間。南ボヘミアのなだらかな丘陵地帯を抜けると、まるで時が止まったかのような、小さな街が現れます。池と緑に囲まれ、パステルカラーの家々が肩を寄せ合うように並ぶその街の名は、テルチ。1992年、その類い稀なる美しさから旧市街全体がユネスコ世界遺産に登録された、チェコが誇る「モラヴィアの真珠」です。

一口に「美しい街」と言っても、テルチのそれは格別です。まるで砂糖菓子で作られたジオラマのような、完璧に計算され尽くした景観。しかし、その愛らしい見た目とは裏腹に、街は幾多の歴史の荒波を乗り越えてきました。大火からの奇跡的な復興、富と名声を競い合った領主たちの物語。一軒一軒の家の壁には、人々の祈りや願い、そして誇りが深く刻み込まれているのです。

この記事では、そんなテルチの魅力を余すところなくお伝えします。世界で最も美しいと称えられる広場の歩き方から、豪華絢爛な城の内部、静寂に包まれた教会の秘密、そして地元の人々に愛されるグルメまで。あなたの知らないテルチの物語が、きっとここにあります。さあ、ページをめくるように、おとぎの国の扉を開けてみましょう。旅の準備は、ここから始まります。

目次

テルチとは? – 歴史が紡ぐメルヘンの街

チェコ共和国の南、オーストリアとの国境に近いヴィソチナ地方に、テルチは静かに佇んでいます。プラハからは南東へ約160キロメートル。豊かな森と、いくつもの池が点在する風光明媚なこの地は、古くからモラヴィア地方の重要な交易路として栄えてきました。しかし、テルチを特別な存在たらしめているのは、単なる地理的な優位性ではありません。その奇跡的な歴史こそが、この街を唯一無二の宝石へと磨き上げたのです。

テルチの起源は13世紀に遡ります。当初は、水に囲まれた小さな集落と、王家のための小さなゴシック様式の城があるのみでした。しかし14世紀半ば、有力貴族であるフラデツ家の領地となると、街は大きく発展を遂げます。堅固な城壁が築かれ、街は池と城壁によって守られた要塞都市としての性格を強めていきました。この頃に形成された街の骨格が、現在のテルチの基礎となっています。

そして、街の運命を決定づける出来事が起こります。1530年の大火です。火は瞬く間に街を飲み込み、木造であった家々のほとんどが灰燼に帰してしまいました。人々は絶望の淵に立たされますが、この悲劇こそが、テルチが「おとぎの国」へと生まれ変わるきっかけとなったのです。

当時の領主は、ザハリアーシュ・ス・フラドツェという、進取の気性に富んだ人物でした。彼はイタリア・ルネサンスの文化と芸術に深く傾倒しており、この大火を機に、自身の理想とする街をゼロから作り上げることを決意します。彼はイタリアから最高の建築家や芸術家たちを呼び寄せ、街の再建を命じました。ゴシック様式の城は豪華なルネサンス様式の宮殿に改築され、焼け野原となった広場には、統一されたデザインコンセプトのもと、石造りの家々が次々と建てられていったのです。

ザハリアーシュが市民に課したルールはシンプルかつ画期的なものでした。それは、広場に面した家の幅と高さをある程度統一し、ファサード(建物の正面)はルネサンス様式もしくはバロック様式で美しく装飾すること。そして、雨や強い日差しを避けて人々が快適に往来できるよう、1階部分にはアーケード(屋根付きの回廊)を設けることでした。

この領主の呼びかけに、テルチの裕福な市民たちは熱狂的に応えます。彼らは競い合うようにして、自らの富と社会的地位を誇示するため、家のファサードをより美しく、より精巧に飾り立てていきました。淡いピンク、ミントグリーン、スカイブルー、レモンイエロー。パステルカラーのペンキで壁を塗り、聖書の一場面や神話の登場人物を描いた「スグラフィット」と呼ばれる漆喰装飾や、繊細なレリーフでファサードを飾ったのです。この市民たちの美意識の競争が、結果として、驚くほど調和のとれた、それでいて一軒一軒が個性的な表情を持つ、奇跡のような街並みを生み出しました。

ザハリアーシュの時代から約400年。テルチは幸運にも、その後の大きな戦争や開発の波から取り残される形で、ルネサンスの面影をほぼ完璧に保ち続けました。そして1992年、その歴史的・文化的な価値が世界的に認められ、「テルチ歴史地区」としてユネスコ世界遺産に登録されるに至ります。登録理由は「イタリア・ルネサンスがアルプスを越えて伝わったことを示す顕著な見本であり、中世の都市計画と建築が見事に融合した傑作」というものでした。

テルチの美しさは、偶然の産物ではありません。大火という悲劇を乗り越え、一人の領主の強い意志と、市民たちの芸術への情熱が結晶化した、歴史の賜物なのです。私たちが今、この街を歩くとき、目にするのは単なる可愛い家々ではありません。それは、幾世紀にもわたる人々の営みと誇りが息づく、生きた歴史そのものなのです。

テルチの心臓部 – ザハリアーシュ・ス・フラドツェ広場を歩く

テルチの旅は、この広場から始まり、この広場で終わると言っても過言ではありません。街の生みの親である領主の名を冠した「ザハリアーシュ・ス・フラドツェ広場」。そこは、テルチの魂であり、すべての道が通じる心臓部です。一歩足を踏み入れた瞬間、誰もが感嘆の声を漏らすことでしょう。まるで、巨大な映画のセットに迷い込んだかのような、非日常的な空間が広がっています。

広場は、細長い三角形のようなユニークな形をしています。その広大な空間を、パステルカラーに彩られた切妻屋根の家々が、まるでお行儀よく整列した兵隊のようにぐるりと取り囲んでいます。空の青、家々の淡い色彩、そして石畳のグレーが織りなすコントラストは、一枚の絵画のように完璧です。広場の中央には、街の守護を願って建てられたマリア記念柱と、清らかな水を湛える二つの噴水が配され、景観に心地よいアクセントを加えています。

この広場の最大の魅力は、どこを切り取っても絵になる、その圧倒的なフォトジェニックさにあります。しかし、ただ遠くから眺めるだけではもったいない。ぜひ、時間をかけてゆっくりと、広場を一周してみてください。アーケードの下を歩き、カフェのテラスに腰を下ろし、一軒一軒のファサードに隠された物語に耳を澄ませてみましょう。

一軒一軒が芸術品 – ファサード巡りの楽しみ方

テルチの広場の家々は、一見すると同じように見えて、実は一つとして同じものはありません。それぞれに異なる意匠が凝らされ、異なる物語を秘めています。ファサード巡りは、さながら屋外に広がる巨大な美術館を鑑賞するような、知的な楽しみに満ちています。

広場を歩く上で注目したいのが、壁に施された「スグラフィット装飾」です。これは、色の違う漆喰を塗り重ね、上の層を掻き落として模様を描き出すルネサンス期の技法。テルチでは、このスグラフィットで飾られた家を数多く見ることができます。

特に有名なのが、広場の東側に建つ「緑の家(U Zeleného stromu, No. 61)」です。その名の通り、かつては緑色に塗られていたこの家のファサードには、旧約聖書の場面や、古代神話の登場人物たちが見事なスグラフィットで描かれています。その緻密さと芸術性の高さには、思わず足を止めて見入ってしまうことでしょう。この家は現在、ツーリストインフォメーションセンターとして利用されており、テルチ観光の出発点としても最適です。

その隣に立つ、黒と白の幾何学模様が印象的な家は「ミハルの家(Michalův dům, No. 44)」。こちらも精巧なスグラフィット装飾が特徴で、窓枠の装飾や、壁に描かれただまし絵のようなデザインが目を引きます。かつては裕福なパン屋の家だったと言われており、その豊かさがファサードにも表れています。

また、ひときわ目を引く黒い壁を持つ「黒の家(Černý dům, No. 58)」も見逃せません。この家は、壁一面に描かれたスグラフィットの保存状態が非常に良く、当時の様子を色濃く伝えています。

これらの有名な家々だけでなく、名もなき家の一つひとつにも注目してみてください。淡いレモンイエローの壁に、繊細な植物模様のレリーフが施されていたり、スカイブルーの壁に、天使の彫刻が飾られていたり。窓の形、屋根の角度、扉のデザイン。細部に目を凝らせば凝らすほど、家主たちのこだわりと美意識が伝わってきて、尽きせぬ興味が湧いてきます。

そして、テルチの広場散策を快適にしてくれるのが、建物の1階部分を貫くアーケードの存在です。美しいアーチが連続する回廊は、夏の強い日差しや、突然の雨から旅人を守ってくれます。このアーケードの下には、可愛らしいお土産物屋さんや、地元の食材を扱う商店、そして雰囲気の良いカフェやレストランが軒を連ねています。アーケードを歩きながらショーウィンドウを覗き、気に入ったカフェで一休みする。そんな気ままな散策こそ、テルチでの贅沢な時間の使い方かもしれません。石畳の道をコツコツと歩く音と、アーケードに反響する人々の話し声が、心地よいBGMのように響き渡ります。

領主の威光を今に伝える – テルチ城(州立城館)

ザハリアーシュ・ス・フラドツェ広場の西端に、ひときわ大きく、荘厳な姿で聳え立つのがテルチ城(Státní zámek Telč)です。この城こそが、テルチの街をルネサンスの宝石箱へと変貌させた、領主ザハリアーシュの夢の結晶であり、彼の権力と美意識の象徴でもあります。広場の可愛らしい家々とは一線を画す、その重厚で気品あふれる佇まいは、訪れる者を圧倒します。

もともとこの場所には、14世紀に建てられたゴシック様式の城がありました。しかし、イタリア文化に心酔していたザハリアーシュは、街の再建と時を同じくして、この古めかしい城を、当代最新のイタリア・ルネサンス様式の豪華な宮殿(シャトー)へと大改築することを決意します。彼は、当時最高の腕を持つとされたイタリア人建築家、バルダッサーレ・マッジを招聘。マッジは、領主の期待に応え、アルプス以北で最も美しいルネサンス様式の宮殿の一つと称される、壮麗な城を創り上げたのです。

城の内部は、一般に公開されており、ガイド付きのツアーで見学することができます。当時の領主の暮らしぶりや、豪華絢爛な芸術の数々を間近に目にすることができる、テルチ観光のハイライトと言えるでしょう。

必見の見学コース – ルートAとルートB

テルチ城の見学ツアーは、主に2つのルートに分かれています。どちらも非常に見ごたえがあり、時間に余裕があれば両方参加することをお勧めしますが、もし一つを選ぶのであれば、より華やかで代表的な部屋々を見学できる「ルートA」が良いでしょう。

ルートA:絢爛豪華な公式諸間の世界

ルートAは、領主が公式な謁見や祝宴などに使用した、パブリックな空間を巡るコースです。ツアーは、まず城の中庭から始まります。三方を美しいアーケード回廊に囲まれた中庭は、それ自体が一つの芸術作品。壁には見事なスグラフィット装飾が施され、ルネサンスの雰囲気を存分に感じさせてくれます。

そして、いよいよ城の内部へ。息をのむような空間が次々と現れます。

  • 黄金の間(Zlatý sál):ルートAの、そしてテルチ城全体のクライマックスとも言えるのが、この「黄金の間」です。部屋の名前の由来となったのは、天井を埋め尽くす、驚くほど緻密な木彫りの格天井。30枚の大きなレリーフには、ギリシャ神話のヘラクレスの功業や、古代ローマの英雄たちの姿が彫り込まれています。金箔が施されたその彫刻は、まさに圧巻の一言。何百年もの時を経てもなお、まばゆい輝きを放っています。壁には歴代領主の肖像画が掲げられ、この部屋がどれほど重要な場所であったかを物語っています。
  • 青の間(Modrý sál):黄金の間の隣にあるこの部屋は、その名の通り、壁が美しい青色で統一されています。天井には、やはり見事な漆喰装飾(スタッコ)が施され、ザハリアーシュとその妻カテジナの紋章を見つけることができます。
  • 騎士の間(Rytířský sál):かつて城の食堂として使われていた部屋です。壁には、トルコ軍との戦いを描いた巨大な絵画や、狩りの獲物である鹿の角などが飾られ、中世の騎士たちの勇猛な雰囲気を今に伝えています。
  • アフリカの間(Africký sál):後の城主がアフリカ旅行で収集した、珍しい動物の剥製や民芸品が展示されているユニークな部屋です。ルネサンス様式の城の中に、突如として現れる異文化の空間が、面白いコントラストを生み出しています。

ルートB:領主のプライベート空間を垣間見る

一方、ルートBは、ザハリアーシュをはじめとする歴代領主たちが実際に生活していた、プライベートな居住空間を巡るコースです。ルートAの華やかさとは対照的に、より落ち着いた、人間的な温かみを感じられる空間が広がっています。

  • 図書室(Knihovna):数千冊の貴重な蔵書が、美しい書棚に整然と並べられています。革張りの装丁が放つ独特の香りと、静謐な空気に包まれると、まるで中世の学者になったかのような気分に浸れます。
  • 浴室(Koupelna):当時の貴族の入浴設備を見ることができる、興味深い部屋です。ルネサンス期としては非常に先進的であったことが窺えます。
  • 宝物庫(Klenotnice):フラデツ家に伝わる宝飾品や、聖遺物などが展示されています。小さな空間ですが、そのきらびやかさには目を見張るものがあります。

城から望む絶景と庭園散策

城の内部見学を終えたら、ぜひ窓の外に広がる景色にも目を向けてみてください。城の窓からは、あのザハリアーシュ・ス・フラドツェ広場が、まるで一枚の絵のように見渡せます。パステルカラーの家々の屋根が連なる様は、まさに絶景。領主ザハリアーシュも、この窓から同じ景色を眺め、自らが創り上げた街の美しさに満足していたのかもしれない、そんな想像が膨らみます。

また、城に隣接して広がるフランス式庭園も見逃せません。幾何学的にデザインされた美しい庭園は、散策にぴったりの場所。色とりどりの花が咲き誇る花壇や、丁寧に刈り込まれた生垣、そして優雅な噴水が、宮殿の雰囲気を一層引き立てています。庭園の奥には、エキゾチックな植物が育てられている温室(オランジェリー)もあり、城の喧騒から離れて、静かで優雅なひとときを過ごすことができます。

テルチ城は、単なる歴史的建造物ではありません。それは、一人の領主の夢と情熱が、最高の芸術家たちの手によって形になった、生きた芸術作品なのです。その壮麗な空間に身を置くことで、私たちは時空を超え、ルネサンスの華やかな時代へと誘われるのです。

テルチの信仰と静寂の空間 – 教会群を巡る

テルチの街のスカイラインを印象的に彩っているのが、天に向かって伸びる二つの教会の塔です。一つは高く鋭いゴシック様式の尖塔、もう一つは古風で素朴なロマネスク様式の塔。この二つの教会は、テルチ城や広場の華やかさとはまた違った、街のもう一つの顔、すなわち人々の信仰の歴史と、静謐な精神性を物語っています。広場の喧騒から少し離れ、これらの聖なる空間に足を踏み入れると、心が洗われるような穏やかな時間を感じることができるでしょう。

聖ヤコブ教会 – 天を突くゴシックの尖塔

ザハリアーシュ・ス・フラドツェ広場のすぐ隣、テルチ城の向かいに聳え立つのが、聖ヤコブ教会(Kostel svatého Jakuba Staršího)です。高さ60メートルを超えるそのゴシック様式の尖塔は、テルチの街のどこからでも見ることができる、まさに街のランドマーク的存在。14世紀に創建され、15世紀に現在の姿に再建されたこの教会は、テルチの街で最も格式の高い教会として、人々の信仰の中心であり続けてきました。

教会の外観は、ゴシック建築特有の、天を目指すかのような垂直性が強調されたデザインです。しかし一歩内部に足を踏み入れると、その印象は一変します。高い天井を支えるリブ・ヴォールト(肋骨穹窿)が作り出す空間は、荘厳でありながらも、驚くほど明るく、開放感に満ちています。これは、17世紀に内装がバロック様式に改められたためで、ゴシックの骨格にバロックの華やかさが融合した、独特の雰囲気を醸し出しています。

主祭壇には、教会の守護聖人である聖ヤコブを描いた巨大な祭壇画が掲げられ、その両脇には金色の装飾が施された聖人像が並びます。側廊の壁を彩るステンドグラスからは、色とりどりの光が差し込み、白い壁に幻想的な模様を描き出します。静かな堂内に座り、この光の戯れを眺めているだけで、心が静まっていくのを感じるはずです。

そして、聖ヤコブ教会を訪れたなら絶対に体験してほしいのが、塔の上からの眺めです。急な階段を息を切らしながら登りきった先には、ご褒美のような絶景が待っています。展望台からは、眼下に広がるザハリアーシュ・ス・フラドツェ広場の全景を、まるでミニチュア模型のように見下ろすことができます。パステルカラーの家々の屋根が織りなす美しいモザイク模様、その向こうに広がるテルチ城、そして街を取り囲むウリツキー池とシュチェプニツキー池のきらめき。テルチの街が「水の薔薇」と呼ばれる所以を、実感として理解できる最高の場所です。この景色を見るためだけでも、この教会を訪れる価値は十分にあります。

聖霊教会 – 素朴さが美しいロマネスクの塔

聖ヤコブ教会の荘厳さとは対照的に、素朴で古風な魅力を放っているのが、聖霊教会(Kostel svatého Ducha)です。広場の東側の端、街の入り口にあたる門のすぐそばに、ひっそりと佇んでいます。

この教会の最大の特徴は、何と言ってもその塔です。13世紀前半に建てられたこのロマネスク様式の塔は、テルチに現存する最も古い建築物の一つとされています。分厚い石壁と、上部に設けられた小さなアーチ窓(連窓)が、ロマネスク建築の重厚で堅固な特徴をよく示しています。もともとは街の防御塔としての役割も担っていたと言われており、その質実剛健な姿は、華やかなルネサンスの街並みの中で、ひときわ異彩を放っています。

塔に隣接する教会本体は、15世紀にゴシック様式で建て替えられました。内部は聖ヤコブ教会に比べるとはるかに小規模で、装飾も少なく、簡素な印象を受けます。しかし、そのシンプルさゆえの静けさが、かえって深い祈りの空間を創り出しています。磨り減った石の床、壁に残るフレスコ画の断片、そして小さな窓から差し込むほの暗い光。ここでは、何世紀にもわたって街の人々が捧げてきた、素朴で敬虔な祈りの声が聞こえてくるようです。

聖霊教会は、テルチの華やかな表舞台の歴史の、さらにその下に眠る、古層の記憶を呼び覚ましてくれる場所です。観光客の姿もまばらなこの静かな教会で、しばし瞑想の時間を過ごしてみるのも、また一興ではないでしょうか。テルチという街が持つ、奥深い精神性に触れることができる、貴重な体験となるはずです。

水辺の散歩道 – テルチを彩る池の風景

テルチの街の美しさを語る上で、決して欠かすことのできない要素が、街を三方から優しく抱き込むように広がる池の存在です。西側に広がるウリツキー池(Ulický rybník)、東側のシュチェプニツキー池(Štěpnický rybník)、そして南側のスタロメスツキー池(Staroměstský rybník)。これらの池は、もともと中世に街の防御のために作られた人工の堀でしたが、時を経て、今ではテルチの景観に潤いと詩情を与える、かけがえのない存在となっています。

空から見ると、テルチの旧市街は、まるでこれらの池に浮かぶ島のようにも見えます。その姿から、テルチは「水の薔薇」というロマンティックな愛称で呼ばれることもあります。広場や城の観光を終えたら、ぜひ時間を取って、この水辺の散歩道を歩いてみてください。街の中心部とはまた違う、穏やかで開放的なテルチの魅力に出会えるはずです。

池の周りには、気持ちの良い遊歩道が整備されています。木々の緑が目に優しく、水鳥たちがのんびりと羽を休める姿は、見ているだけで心が和みます。地元の人々が犬の散歩をしたり、ジョギングを楽しんだりする、憩いの場ともなっています。

この水辺散策のハイライトは、何と言っても「逆さテルチ」の絶景です。風のない穏やかな日には、池の水面が鏡のように静まり返り、テルチ城や聖ヤコブ教会の尖塔、そして広場に連なる家々のパステルカラーのシルエットを、くっきりと映し出します。特に、ウリツキー池の南岸から北側を望む景色は、ポストカードにもよく使われる定番の撮影スポット。水面に揺れる街並みは、現実の風景とはまた違った、幻想的で儚い美しさを湛えています。

朝靄が立ち込める早朝、太陽の光を浴びて街が黄金色に染まる夕暮れ時。時間帯によって、水面に映る街の表情は刻一刻と変化します。カメラ好きならずとも、その美しさには思わずシャッターを切りたくなることでしょう。三脚を立てて、じっくりと光の変化を待つ写真愛好家の姿も、この場所では珍しくありません。

季節ごとの魅力もまた格別です。春には、芽吹いたばかりの新緑が水面に映え、生命力にあふれた景色が広がります。夏には、池で手漕ぎボートやペダルボートをレンタルして、水上から街を眺めるのも一興です。秋には、周囲の木々が赤や黄色に色づき、街並みを一層ロマンティックに彩ります。そして冬、池が厚い氷で覆われると、天然のアイススケートリンクに早変わり。地元の子どもたちが歓声を上げながら滑る光景は、冬のテルチならではの風物詩です。

テルチの街を内側から堪能した後に、外側の池からその全体像を眺めてみる。この二つの視点を持つことで、テルチという街の成り立ちや、その景観がいかに計算され、自然と調和しているかを、より深く理解することができます。水と緑に囲まれたこの環境こそが、テルチのメルヘンチックな雰囲気を守り、育んできたのかもしれません。ただ美しいだけでなく、心からリラックスできる。それが、テルチの水辺が持つ、もう一つの大きな魅力なのです。

テルチの味覚とショッピング

おとぎの国のような街並みと歴史散策でお腹が空いたら、次はテルチならではのグルメとショッピングを楽しみましょう。世界遺産の街だからといって、気取る必要は全くありません。広場のアーケードの下には、旅人の心と体を温かく満たしてくれる、素朴で美味しいチェコ料理のレストランや、旅の思い出に花を添える可愛らしいお土産物屋さんがたくさんあります。

広場で味わうチェコ料理

テルチのレストランの多くは、ザハリアーシュ・ス・フラドツェ広場に面した建物の1階や地下にあります。特に、アーケードの下にテラス席を設けているお店は、美しい広場の景色を眺めながら食事を楽しめる特等席。気候の良い日には、ぜひテラス席を選んでみてください。

チェコ料理と聞くと、肉とジャガイモ、そしてたっぷりのソースというイメージが強いかもしれませんが、それは間違いではありません。ボリューム満点で、どこか懐かしい家庭的な味わいがチェコ料理の魅力です。ぜひ試してほしい定番料理をいくつかご紹介しましょう。

  • グラーシュ(Guláš):牛肉をパプリカなどのスパイスでじっくり煮込んだ、ビーフシチューに似た料理。チェコのグラーシュはハンガリーのものよりマイルドで、とろみがあるのが特徴です。「クネドリーキ」と呼ばれる、もちもちとした食感の蒸しパンが添えられているのが定番で、このクネドリーキにソースをたっぷり絡めて食べるのがチェコ流です。
  • スヴィーチコヴァー(Svíčková na smetaně):牛のサーロインを、根菜と一緒に煮込んで作るクリームソースでいただく、チェコを代表するご馳走料理。甘酸っぱいソースの上に、生クリームとクランベリーのジャムが添えられているのが特徴で、その意外な組み合わせが絶妙なハーモニーを生み出します。
  • 鯉料理(Kapr):テルチが池に囲まれた街であることを思い出させてくれるのが、鯉(カプル)を使った料理です。チェコでは、鯉はクリスマスの食卓に欠かせない伝統的な食材。テルチのレストランでは、フライにした「スマジェニー・カプル」や、グリルしたものを新鮮なまま味わうことができます。淡水魚ならではの繊細な味わいは、試してみる価値ありです。

そして、チェコ料理に欠かせないのが、世界一の消費量を誇るビール(Pivo)です。テルチのレストランでも、ピルスナー・ウルケルやブドヴァル・ブドヴァルといった有名銘柄はもちろん、地元の小規模な醸造所で作られたクラフトビールを味わうことができます。また、テルチが位置するモラヴィア地方は、チェコ有数のワイン産地でもあります。特に白ワインの評価が高く、すっきりとした辛口のワインは、食事との相性も抜群です。

広場の美しい景色と、美味しい料理、そして冷えたビールやワイン。これ以上に幸せな組み合わせがあるでしょうか。旅の疲れを癒し、心もお腹も満たされる、至福のひとときが待っています。

旅の思い出を探して – お土産ショッピング

テルチの広場のアーケード下には、思わず足を止めてしまうような、魅力的なお土産物屋さんが点在しています。旅の記念に、あるいは大切な人への贈り物に、テルチならではの一品を探してみてはいかがでしょうか。

  • ボヘミアン・グラス:チェコ土産の王様といえば、やはりボヘミアン・グラス。繊細なカッティングが施されたグラスや、色鮮やかなガラス製品は、見ているだけでもうっとりします。プラハなどの大都市に比べると品揃えは限られますが、その分、店主がこだわりを持ってセレクトした逸品に出会えるかもしれません。
  • 木のおもちゃとマリオネット:チェコは、温かみのある木製のおもちゃや、精巧なマリオネット(操り人形)でも有名です。素朴なデザインの動物のおもちゃや、カラフルなからくり人形は、子どもへのお土産だけでなく、大人も童心に返って楽しめます。
  • テルチ・グッズ:やはり一番の記念になるのは、テルチの美しい街並みをモチーフにしたグッズでしょう。パステルカラーの家々が描かれた絵葉書やマグカップ、Tシャツ、カレンダーなどは、定番ながらも旅の思い出を鮮やかに蘇らせてくれます。小さな家の形をしたセラミックの置物は、たくさん集めて窓辺に並べたくなります。
  • 地元のクラフト製品:個人経営の小さなお店では、地元のアーティストが手掛けた絵画や版画、手作りのアクセサリーや陶器など、ユニークな一点物が見つかることも。量産品にはない、手仕事の温かみが感じられる品々は、特別な旅の記念になるはずです。

ショッピングは、単に物を買う行為ではありません。お店の人と片言の言葉を交わしたり、ショーウィンドウを眺めながら次に入るお店を考えたり。そんな時間そのものが、旅の楽しい思い出の一部となります。おとぎの国テルチで見つけた小さな宝物は、きっとあなたの日常に、ささやかな彩りを添えてくれることでしょう。

テルチへのアクセスと滞在のヒント

これほどまでに美しいテルチですが、プラハから日帰りで訪れるには少し距離があります。しかし、その手間をかけてでも訪れる価値は十二分にあります。ここでは、プラハからのアクセス方法と、テルチの魅力を最大限に満喫するための滞在プランについて、具体的なヒントをお伝えします。

プラハからのアクセス方法

プラハからテルチへ向かう主な公共交通機関は、バスと鉄道の二択です。どちらも一長一短がありますが、総合的に見ると、乗り換えなしで直接行けることが多いバスの方が便利でおすすめです。

バスでのアクセス

プラハからテルチへは、複数のバス会社が路線を運行しています。特に旅行者に人気なのが、快適な座席と充実した車内サービスで知られる「RegioJet(通称:Student Agency)」です。

  • 乗り場:プラハでは、主要なバスターミナルである「Praha, ÚAN Florenc」または「Na Knížecí」から出発します。どちらのターミナルから出発するかは、予約時に必ず確認しましょう。
  • 所要時間:直通バスであれば、約2時間半から3時間程度でテルチに到着します。
  • 予約:RegioJetのウェブサイトやアプリから、簡単にオンライン予約が可能です。座席指定もでき、英語にも対応しているので安心です。特に観光シーズンは混み合うことがあるため、早めの予約をおすすめします。
  • テルチのバス停:テルチのバス停は、旧市街の入り口から徒歩数分の場所にあり、アクセスも良好です。

鉄道でのアクセス

鉄道を利用する場合、プラハ中央駅(Praha hlavní nádraží)から出発します。ただし、テルチへは直通列車がなく、通常はコストニツェ(Kostelec u Jihlavy)などの駅でローカル線に乗り換える必要があります。

  • 所要時間:乗り換え時間を含めると、全体で3時間半から4時間以上かかることが多く、バスに比べて時間がかかります。
  • メリット:チェコの田園風景を車窓からゆっくりと楽しみたい、という方には鉄道の旅も魅力的です。乗り換えの手間さえ厭わなければ、これもまた良い旅の経験となるでしょう。
  • 予約:チェコ鉄道(České dráhy)のウェブサイトやアプリで時刻の確認とチケットの購入が可能です。

レンタカーでのアクセス

より自由な旅を求めるなら、レンタカーも選択肢の一つです。プラハからテルチまでは高速道路が整備されており、約2時間ほどで到着します。途中で他の小さな町に立ち寄ったり、自分のペースで移動したりできるのが最大のメリットです。ただし、テルチの旧市街中心部は車両の乗り入れが制限されているため、駐車場は旧市街の外に確保する必要があります。

理想的な滞在プラン

テルチは小さな街なので、主要な見どころを巡るだけなら、プラハからの日帰り旅行も不可能ではありません。早朝にプラハを出発すれば、広場を散策し、城を見学し、夕方のバスで戻るというプランは十分に可能です。

しかし、もしあなたの旅程に余裕があるのなら、ぜひテルチでの宿泊を強くお勧めします。なぜなら、テルチの本当の魅力は、日中の観光客が去った後、静けさを取り戻した時間帯にこそ現れるからです。

  • 夕暮れと夜の広場:夕陽に染まるパステルカラーの家々、そしてオレンジ色の街灯が灯り、ライトアップされた広場の幻想的な美しさは、宿泊者だけが味わえる特権です。人影もまばらな広場を独り占めするように散策する時間は、忘れられない思い出になるでしょう。
  • 朝の静寂:観光客が到着する前の、朝靄に包まれた静かな広場もまた格別です。朝の清々しい空気の中で、水面に映る「逆さテルチ」を眺めたり、焼きたてのパンの香りが漂うカフェで朝食をとったり。そんな贅沢な朝を過ごすことができます。
  • 滞在日数:テルチの魅力をじっくりと味わうなら、1泊2日の滞在が理想的です。1日目にプラハから移動し、午後から夕方にかけて街を散策。2日目の午前中に城や教会を見学し、午後にプラハへ戻るというプランなら、心ゆくまでテルチを満喫できます。
  • 宿泊施設の選び方:テルチには、歴史的な建物を改装したホテルや、家庭的な雰囲気のペンション(Penzion)が数多くあります。最高のロケーションを求めるなら、やはりザハリアーシュ・ス・フラドツェ広場に面したホテルがおすすめです。窓から広場を見下ろす、夢のような滞在が可能です。少し予算を抑えたい場合は、広場から少し歩いた場所にあるペンションが良いでしょう。アットホームなもてなしが旅の疲れを癒してくれます。

日帰りでは駆け足になってしまうテルチの旅も、一泊することで、その風景や空気、時間の流れを五感で感じることができます。おとぎの国の住人になったかのような、特別な滞在をぜひ体験してみてください。

テルチから足を延ばして – 周辺の見どころ

テルチの街だけでも十分に満足できる旅になりますが、もし数日滞在するなら、この美しい街を拠点に、周辺に点在する魅力的な町々へ足を延ばしてみるのも素晴らしいプランです。南ボヘミアからモラヴィアにかけてのこの地域は、知る人ぞ知る美しい町や世界遺産が隠された、まさに宝の山なのです。

スラヴォニツェ(Slavonice)

テルチから南へ約25キロ、オーストリアとの国境近くに位置するスラヴォニツェは、「小さなテルチ」とも呼ばれるルネサンスの町です。テルチと同様に、広場を囲む家々のファサードには、聖書や神話の場面を描いた見事なスグラフィット装飾が施されています。テルチよりもさらに規模が小さく、観光地化されていないため、より素朴で静かな雰囲気が漂っています。特筆すべきは、この町の地下に広がる中世の地下通路網。ガイドツアーに参加すれば、迷路のような地下道を探検するという、スリリングな体験ができます。歴史と冒険が好きな方にはたまらない町です。

トシェビーチ(Třebíč)

テルチから北東へ約35キロの場所にあるトシェビーチは、テルチと同じくユネスコ世界遺産に登録された町です。「聖プロコピウスのバシリカとユダヤ人地区」がその登録対象であり、テルチとは全く異なる歴史的背景を持つ場所です。ロマネスク様式とゴシック様式が融合した聖プロコピウスのバシリカは、その荘厳な建築美で訪れる者を圧倒します。そして、かつてキリスト教社会と共存していたユダヤ人たちの居住区(ゲットー)が、シナゴーグ(ユダヤ教の会堂)や墓地とともに、ヨーロッパでも類を見ないほど良好な状態で保存されています。迷路のように入り組んだ狭い路地を歩けば、中世から続くユダヤ文化の歴史の重みと、そこに生きた人々の息遣いが感じられるようです。

インドルジフーフ・フラデツ(Jindřichův Hradec)

テルチから西へ約40キロ、南ボヘミア地方に位置するこの町は、その名も「インドルジフの城」を意味します。町の中心には、チェコで3番目に大きいとされる壮大な城と宮殿の複合体があり、ゴシック、ルネサンス、バロックと、様々な時代の建築様式が混在する姿は圧巻です。城の中庭にある「黒の塔」からの眺めは素晴らしく、赤い屋根の家々が連なる旧市街と、町を取り囲むヴァイガル湖の美しい風景を一望できます。湖畔の散策も気持ちが良く、テルチとはまた違った、水と城が織りなす詩的な景観が楽しめます。

これらの町へは、テルチからローカルなバスや鉄道を乗り継いでアクセスできますが、複数の町を効率よく巡るなら、レンタカーを利用するのが最も便利です。テルチのメルヘンチックな美しさを堪能した後に、スラヴォニツェの芸術、トシェビーチの歴史、インドルジフーフ・フラデツの壮大さに触れる旅は、あなたのチェコへの理解をより一層深いものにしてくれることでしょう。一つの旅で、いくつもの物語に出会う。そんな贅沢な体験が、ここには待っているのです。

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この記事を書いたトラベルライター

SimVoyage編集部は、世界を旅しながら現地の暮らしや食文化を体感し、スマホひとつで快適に旅する術を研究する旅のプロ集団です。今が旬の情報から穴場スポットまで、読者の「次の一歩」を後押しするリアルで役立つ記事をお届けします。

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