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    皇帝も愛した癒やしの湯治場へ。ボヘミアの森に抱かれた温泉郷カルロヴィ・ヴァリ完全ガイド

    チェコ共和国の西の果て、深い森が広がるボヘミア地方に、まるで宝石箱をひっくり返したかのような華麗な街があります。その名は、カルロヴィ・ヴァリ。ドイツ語ではカールスバートとして知られ、古くからヨーロッパ中の王侯貴族や文化人たちを魅了し続けてきた、世界屈指の温泉郷です。

    神聖ローマ皇帝カレル4世がその源泉を発見したという伝説に彩られ、ゲーテやベートーヴェン、ショパンといった偉人たちが保養に訪れた地。街を歩けば、パステルカラーの優美な建物がテプラー川の両岸に立ち並び、その間を壮麗な「コロナーデ(飲泉回廊)」が繋いでいます。人々は「ラーゼンスカー・ポハートカ」と呼ばれる不思議な形のカップを片手に、大地から湧き出る癒やしの湯を飲みながら、ゆったりと散策を楽しむ。そんな、時が止まったかのような優雅な光景が、ここカルロヴィ・ヴァリの日常なのです。

    この記事では、そんな特別な街、カルロヴィ・ヴァリの魅力を余すところなくお伝えします。歴史の物語から、温泉の楽しみ方、息をのむような建築美、そしてこの地ならではのグルメやお土産まで。あなたの旅が、忘れられない素晴らしい体験となるよう、心を込めてご案内しましょう。さあ、皇帝も愛した癒やしの泉へ、一緒に旅立ちませんか?

    目次

    時を遡る、カルロヴィ・ヴァリの物語

    この街の石畳を踏みしめる前に、まずはその豊かな歴史の扉を開いてみましょう。カルロヴィ・ヴァリがなぜこれほどまでに人々を惹きつけるのか、その答えは幾重にも折り重なった時間の層の中に隠されています。

    鹿狩りの伝説と皇帝カレル4世

    カルロヴィ・ヴァリの歴史は、ひとつの伝説から始まります。それは14世紀、ボヘミア王にして神聖ローマ皇帝であったカレル4世が、この深い森で鹿狩りを楽しんでいた時のこと。

    家来の放った矢に傷ついた一頭の雄大な鹿が、険しい崖へと逃げ込みました。後を追った狩猟犬が、誤って崖下の熱い泉に落ちてしまい、キャンキャンと悲鳴をあげます。何事かと駆けつけたカレル4世一行は、そこで地面からこんこんと湧き出る温泉を発見したのです。皇帝自身、長年悩まされていた足の傷をこの湯に浸したところ、不思議と痛みが和らいだといいます。

    この奇跡的な発見に感銘を受けたカレル4世は、この地に自らの名を冠し、「カレルの温泉(Karlovy Vary)」と名付け、小さな町を築くよう命じました。これが、偉大なる温泉郷カルロヴィ・ヴァリの誕生の瞬間です。この伝説は今なお街のシンボルとして語り継がれており、トルジニー・コロナーデのレリーフなどでその場面を垣間見ることができます。伝説が息づく街、それだけで旅人の心は躍るものです。

    ヨーロッパ社交界の華やかな舞台へ

    カレル4世による発見後、カルロヴィ・ヴァリの名声は徐々に広まっていきました。しかし、この地が真の黄金時代を迎えるのは18世紀から19世紀にかけてのこと。ヨーロッパ全土でスパ(温泉療養)文化が花開くと、カルロヴィ・ヴァリはその中心地として、比類なき輝きを放つようになります。

    当時のカルロヴィ・ヴァリは、単なる療養地ではありませんでした。それは、ヨーロッパ中の王侯貴族、富豪、そして当代きっての芸術家や思想家たちが集う、華やかな社交の舞台だったのです。ロシアのピョートル大帝、オーストリアの女帝マリア・テレジア、そして文豪ゲーテは、生涯で何度もこの地を訪れたことで知られています。ゲーテはここで運命の恋に落ち、その想いを詩に綴りました。ベートーヴェンは交響曲の構想を練り、ショパンはその繊細な指でピアノを奏でたのです。

    彼らは日中、医師の処方に従って温泉水を飲み、優雅なコロナーデを散策し、健康について語らいました。そして夜になると、豪華なホテルや劇場で開かれる舞踏会やコンサートに繰り出し、最新の流行や政治、芸術について熱く議論を交わしたのです。街はきらびやかなドレスや軍服で溢れ、馬車の蹄の音が石畳に響き渡りました。この時代の熱気と洗練された文化が、現在のカルロヴィ・ヴァリの優雅な街並みと、格調高い雰囲気の礎を築いたのです。

    災禍を乗り越え、現代に息づく伝統

    栄華を極めたカルロヴィ・ヴァリですが、その歴史は決して平坦なものではありませんでした。街は幾度となく大火や洪水といった自然災害に見舞われ、その美しい建物の多くが失われるという悲劇を経験しています。特に1604年と1759年の大火は壊滅的な被害をもたらしました。しかし、街の人々はその度に不屈の精神で立ち上がり、より美しく、より壮麗な街へと再建を遂げてきたのです。現在私たちが見るバロック様式やアールヌーヴォー様式の建築群は、そうした復興の歴史の証人でもあります。

    20世紀に入ると、二つの世界大戦と、その後の共産主義時代が街に暗い影を落とします。特に共産主義政権下では、多くのホテルやスパ施設が国営化され、かつての華やかさは失われかけました。しかし、1989年のビロード革命によってチェコが自由を取り戻すと、カルロヴィ・ヴァリは再び息を吹き返します。歴史的建造物は丁寧に修復され、新しいホテルやスパが次々とオープン。伝統的な湯治文化を大切に守りながらも、現代的な快適さを取り入れ、世界中からの観光客を温かく迎え入れる、新生カルロヴィ・ヴァリとして生まれ変わったのです。

    幾多の困難を乗り越えてきたからこそ、この街の美しさはより一層深く、尊いものに感じられるのかもしれません。

    飲泉カップを片手に歩く、カルロヴィ・ヴァリの流儀

    カルロヴィ・ヴァリを訪れたなら、誰もが体験する特別な儀式があります。それが「飲泉」です。これは単に温泉水を飲むという行為ではありません。専用のカップを手に、美しいコロナーデを巡りながら、大地の恵みを体内に取り込む。これこそが、この街の伝統的な楽しみ方であり、旅のハイライトとなるのです。

    旅の始まりは「ラーゼンスカー・カップ」から

    カルロヴィ・ヴァリの街を歩いていると、多くの人が不思議な形をした陶器のカップを持っていることに気づくでしょう。平たいマグカップのような形に、ストロー状になった取っ手がついたもの。これこそが、飲泉専用カップ「ラーゼンスカー・ポハートカ(Lázeňská pohárka)」です。

    なぜこのようなユニークな形をしているのでしょうか。その理由は、カルロヴィ・ヴァリの温泉水にあります。ここの温泉はミネラル、特に鉄分を豊富に含んでいるため、普通のカップで飲むと歯に色素が沈着してしまう恐れがあるのです。そこで、温泉水が直接歯に触れないよう、取っ手部分から吸って飲むというスタイルが生まれました。また、熱い温泉を少しずつ、ゆっくりと飲むのにもこの形は適しています。

    街中のお土産屋さんやコロナーデの売店には、色とりどりのラーゼンスカー・カップがずらりと並んでいます。伝統的な花の模様が描かれたクラシックなデザインから、モダンでユニークなもの、街の風景が描かれた記念品にぴったりのものまで、その種類は無限大。自分だけのお気に入りのカップを見つける時間も、カルロヴィ・ヴァリ観光の大きな楽しみのひとつ。このカップを手にした瞬間、あなたもカルロヴィ・ヴァリの優雅な日常に溶け込んだような気分になれるはずです。

    12の源泉を巡る「飲泉」体験

    ラーゼンスカー・カップを手に入れたら、いよいよコロナーデを巡る飲泉体験のスタートです。カルロヴィ・ヴァリには、それぞれ成分や温度が異なる12の主要な源泉があり、街の中心部に点在する5つのコロナーデで飲むことができます。

    本格的な湯治(スパトリートメント)では、専門の医師が患者の体調に合わせて、どの源泉を、どのくらいの量、どのタイミングで飲むかを細かく処方します。しかし、私たち観光客がその雰囲気を楽しむのであれば、いくつかのルールを守れば大丈夫。まずは、一度に大量に飲まないこと。それぞれの源泉を一口、二口と味見する程度に留めましょう。成分が非常に濃いため、飲みすぎるとお腹が緩くなることがあります。そして、飲泉は食事の30分〜1時間前に行うのが効果的とされています。最後に、とても重要なことですが、飲みながらゆっくりと歩くこと。これが伝統的な作法であり、温泉成分の吸収を助けるとも言われています。

    源泉の蛇口からカップに温泉水を注ぐと、湯気とともに独特の香りが立ち上ります。味は、源泉によって様々ですが、共通しているのは強いミネラル感と、わずかな塩気、そして鉄分に由来する金属的な風味です。正直に言って、「美味しい!」と感じる人は少ないかもしれません。しかし、これが何世紀にもわたって人々の体を癒やしてきた大地の味なのだと思うと、不思議とありがたい気持ちになってきます。温度も40℃前後のぬるいものから、70℃を超える熱いものまであり、その違いを感じるのも面白い体験です。

    コロナーデ巡りこそ、カルロヴィ・ヴァリの醍醐味

    飲泉という行為を、これほどまでにエレガントで楽しい体験に昇華させているのが、「コロナーデ」の存在です。コロナーデとは、飲泉所を覆うように建てられた柱廊、つまり屋根付きの回廊のこと。

    その目的は、とても実用的で、かつ優雅なものでした。湯治に訪れた人々が、雨の日も風の日も、夏の強い日差しを避けながら、快適に飲泉と散策を楽しめるようにと作られたのです。コロナーデの中をゆっくりと歩きながら、他の湯治客と挨拶を交わし、談笑する。そんな穏やかな時間が、治療効果を高める上で重要だと考えられていました。

    カルロヴィ・ヴァリには、それぞれ全く異なる建築様式と思想で建てられた5つの主要なコロナーデがあります。ネオ・ルネッサンス様式の壮麗な回廊、スイスの山小屋を思わせる木造の温もりある回廊、ガラス張りのモダンなパビリオン。これらのコロナーデを一つひとつ巡ること自体が、建築美術館を訪れるような感動的な体験となるのです。さあ、ラーゼンスカー・カップを片手に、建築美に酔いしれるコロナーデ巡りへと出発しましょう。

    建築美に酔いしれる、5つのコロナーデ徹底解説

    カルロヴィ・ヴァリの魂とも言えるコロナーデ。ここでは、街を代表する5つの個性豊かなコロナーデを、その歴史や見どころとともに詳しくご紹介します。それぞれの建築様式や雰囲気を比較しながら巡れば、この街の奥深さをより一層感じられることでしょう。

    ヴジーデルニー・コロナーデ(Vřídelní kolonáda)- 温泉の心臓部

    まず訪れたいのが、カルロヴィ・ヴァリの温泉のシンボルであり、まさに心臓部ともいえるヴジーデルニー・コロナーデです。ここは、街で最も高温(約72℃)、そして最も噴出量の多い源泉「ヴジードロ(Vřídlo)」を擁する場所。その力強さは圧巻の一言です。

    1970年代に建てられた機能主義様式のガラスと鉄筋コンクリートの建物は、周囲の歴史的な建築群の中では異彩を放っていますが、その内部には驚きの光景が待っています。ホールの中心では、ヴジードロ源泉が高さ12メートルもの間欠泉となって、力強く空中に吹き上がっているのです。ゴウゴウという音とともに立ち上る湯けむりと、大地のエネルギ―を間近に感じられるこの光景は、カルロヴィ・ヴァリを訪れたら必見。自然の偉大さを肌で感じることができます。

    このコロナーデの内部には、温度別に分けられた5つの飲泉用の蛇口が設置されています。すべて同じヴジードロ源泉ですが、冷却することで飲みやすい温度に調整されているのです。吹き上がる間欠泉を眺めながら、大地の恵みをいただく。このダイナミックな体験は、ヴジーデルニー・コロナーデならではのものです。また、地下には源泉が通るパイプラインや、温泉水から作られる石「アラゴナイト」の製造工程を見学できるツアーもあり、知的好奇心も満たしてくれます。

    ムリーンスカー・コロナーデ(Mlýnská kolonáda)- 優雅なる列柱回廊

    カルロヴィ・ヴァリで最も大きく、そして最も美しいと称賛されるのが、このムリーンスカー・コロナーデ(水車小屋のコロナーデ)です。その名の由来は、かつてこの場所に水車小屋があったことから。1871年から1881年にかけて、プラハ国民劇場の設計者としても知られる建築家ヨゼフ・ジーテクによって建てられました。

    ネオ・ルネッサンス様式の壮麗な姿は、まるで古代ギリシャの神殿のよう。長さ132メートルにも及ぶ回廊を、124本もの荘厳なコリント式の石柱が支えています。晴れた日には、柱の間に差し込む光が美しい縞模様を描き出し、雨の日には、石畳に反射する光が幻想的な雰囲気を醸し出します。ラーゼンスカー・カップを片手にこの回廊を歩けば、誰もが19世紀の貴族になったかのような気分に浸れることでしょう。

    このコロナーデには、「ムリーンスキー(水車)の泉」や「ルスルカ(水の精)の泉」など、名前も美しい5つの源泉があります。それぞれ温度や成分が異なるため、飲み比べてみるのも一興です。また、回廊の屋根の上には、12ヶ月を象徴する寓意的な彫像が飾られており、建築の細部にまで込められた芸術性の高さを物語っています。オーケストラの生演奏が行われることもあり、優雅な音楽に耳を傾けながらの散策は、まさに至福のひとときです。

    トルジニー・コロナーデ(Tržní kolonáda)- 木彫りの温もり

    ムリーンスカー・コロナーデの荘厳さとは対照的に、温かく繊細な美しさで人々を魅了するのが、トルジニー・コロナーデ(市場のコロナーデ)です。スイスの山小屋を思わせる、美しい白亜の木造建築。その精巧な木彫りの装飾は、まるでレース編みのように繊細で、思わずため息が出てしまうほどです。

    このコロナーデは、ウィーンの著名な建築家フェルナー&ヘルマーの設計により、1883年に建てられました。当初は仮設の建物とされる予定でしたが、その美しさから市民に愛され、取り壊されることなく現在に至っています。この場所は、カレル4世が温泉を発見したという伝説の舞台のすぐ近くにあり、コロナーデの壁面には、その発見の物語を描いた見事なレリーフが飾られています。このレリーフの前で、遠い昔の伝説に思いを馳せるのも素敵な時間です。

    ここには、「トルジニー(市場)の泉」と、まさに伝説の源泉とされる「カレル4世の泉」を含む3つの源泉があります。木漏れ日が差し込むような優しい雰囲気のコロナーデで、歴史の始まりとなった泉の水をいただく。それは、カルロヴィ・ヴァリの物語の原点に触れるような、特別な体験となるでしょう。

    サドヴァー・コロナーデ(Sadová kolonáda)- 公園に佇む鉄の芸術

    美しいドヴォジャーク公園の緑に寄り添うように佇むのが、サドヴァー・コロナーデ(公園のコロナーデ)です。これは、優美な曲線を描く鋳鉄製のコロナーデで、その白いレースのような繊細なデザインが、周囲の自然と見事に調和しています。

    このコロナーデもまた、フェルナー&ヘルマーの設計によるもの。元々はブランスカー・ハラというコンサートホール兼レストランの建物の一部でしたが、後に建物本体は取り壊され、この美しい回廊部分だけが残されました。今では、公園の散策を楽しむ人々の憩いの場となっています。

    ここには「サドヴィー(公園)の泉」があり、その隣の地下からは、ユニークな名前を持つ「ハディー(蛇)の泉」が湧き出ています。蛇の泉は、その名の通り、蛇の口から温泉水が流れ出ており、二酸化炭素の含有量が多いのが特徴です。公園のベンチに座って、鳥のさえずりを聞きながら、緑に囲まれて飲む温泉水は、また格別な味わいがあります。街の中心の喧騒から少し離れて、心静かにリラックスしたい時にぴったりの場所です。

    アルタノヴァー・コロナーデ(Zámecká kolonáda) – 丘の上の隠れ家

    トルジニー・コロナーデの背後、テプラー川を見下ろす丘の中腹に位置するのが、アルタノヴァー・コロナーデ(城館のコロナーデ)です。その名の通り、かつてこの場所には城館があったとされています。アールヌーヴォー様式の優雅なデザインが特徴的で、他のコロナーデとは一味違った、プライベートで落ち着いた雰囲気が漂います。

    このコロナーデは、上下二つの部分に分かれており、下の部分は「ドルニー・ザーメツキー(下の城館)の泉」として一般に開放されています。しかし、上の部分は現在、高級スパ施設「キャッスル・スパ」の一部となっており、施設の利用者のみが入ることができます。

    一般の観光客が楽しめるのは下の源泉のみですが、丘の上から見下ろす街の景色は素晴らしく、訪れる価値は十分にあります。アールヌーヴォーの美しいレリーフで飾られた円形の空間は、まるで秘密の隠れ家のよう。他のコロナーデの賑わいとは異なる、静かで特別な時間を過ごすことができるでしょう。

    温泉だけじゃない!カルロヴィ・ヴァリで体験したい特別なこと

    カルロヴィ・ヴァリの魅力は、飲泉やコロナーデ巡りだけにとどまりません。この街には、旅の思い出をさらに色鮮やかにしてくれる、たくさんの素晴らしい体験が待っています。ここでは、ぜひ訪れたいスポットやアクティビティを厳選してご紹介します。

    ディアナ展望台から眺める絶景パノラマ

    カルロヴィ・ヴァリの街並みを、まるで絵葉書のように一望したいなら、迷わずディアナ展望台を目指しましょう。街の南側の丘の上にそびえるこの展望台へは、グランドホテル・プップの裏手から出ているレトロなケーブルカーに乗って、森の中をガタゴトと登っていきます。この短い乗車時間も、冒険気分を盛り上げてくれる楽しいひとときです。

    ケーブルカーを降り、高さ35メートルの石造りの展望台のてっぺんまで螺旋階段を上り詰めると、そこには息をのむような360度の大パノラマが広がっています。眼下には、テプラー川に沿ってパステルカラーの建物がミニチュアのように連なるカルロヴィ・ヴァリの美しい街並み。そしてその向こうには、どこまでも続くボヘミアの深い森。風に吹かれながらこの絶景を眺めていると、日々の悩みなどちっぽけなことに思えてくるから不思議です。

    展望台の麓には、可愛らしいミニ動物園や、蝶の生態を観察できるバタフライ・ハウス、そして景色の良いレストランもあります。ケーブルカーに乗って、景色を楽しみ、美味しい食事をいただく。半日かけてゆっくりと過ごすのに最適な、心癒されるスポットです。

    グランドホテル・プップで過ごす、夢のようなひととき

    カルロヴィ・ヴァリの象徴であり、伝説的な存在。それが、1701年創業の五つ星ホテル、グランドホテル・プップです。この壮麗なホテルは、何世紀にもわたってヨーロッパの社交界の中心であり続け、数えきれないほどの王侯貴族や著名人を迎えてきました。

    近年では、映画『007 カジノ・ロワイヤル』で、ジェームズ・ボンドがテロリストの資金源とポーカーで対決する「ホテル・スプレンディド」として登場したことで、世界的にその名を知られるようになりました。映画ファンならずとも、その圧倒的な存在感と豪華絢爛な内装には心を奪われることでしょう。

    もちろん、宿泊するのは最高の体験ですが、予算的に難しい場合でも、その雰囲気を味わう方法はたくさんあります。例えば、1階にある「カフェ・プップ」を訪れてみてはいかがでしょうか。クリスタルのシャンデリアが輝くエレガントな空間で、伝統的なケーキ「プップ・トルテ」と香り高いコーヒーをいただけば、まるで映画のワンシーンの登場人物になったかのような気分に浸れます。少し背筋を伸ばして、この街が育んできた極上のエレガンスを肌で感じてみてください。

    聖ペテロ・パウロ教会 – 黄金に輝くロシア正教の至宝

    カルロヴィ・ヴァリの高級住宅街を散策していると、突如として現れる黄金の玉ねぎ型ドームに目を奪われるはずです。これが、聖ペテロ・パウロ教会。19世紀後半、湯治に訪れるロシアの貴族たちのために建てられた、壮麗なロシア正教の教会です。

    ビザンチン様式を基調としたその外観は、青い屋根と黄金のドームのコントラストが鮮やかで、チェコの街並みの中ではひときわエキゾチックな雰囲気を放っています。一歩中へ足を踏み入れると、そこはまさに黄金と色彩の世界。壁一面を埋め尽くす豪華なイコン(聖画像)や、精緻な彫刻が施されたイコノスタス(聖障)、そして皇帝ニコライ2世から寄贈されたという美しいレリーフなど、その豪華絢爛さには圧倒されます。

    西ヨーロッパのカトリック教会とは全く異なる、荘厳で神秘的な空間は、訪れる者に深い感銘を与えます。カルロヴィ・ヴァリが、いかに国際的なスパリゾートであったか、そしてロシアとの深いつながりがあったかを物語る、重要な歴史的建造物でもあるのです。

    モーゼル・ガラス博物館 – ボヘミアン・グラスの極致

    チェコといえば、世界に冠たるボヘミアン・グラスの故郷。そして、その最高峰に君臨するのが、カルロヴィ・ヴァリで生まれたクリスタルブランド「モーゼル」です。1857年の創業以来、「キング・オブ・グラス(ガラスの王)」と称され、各国の王室や政府御用達の最高級品を作り続けてきました。

    街の中心から少し離れた場所にあるモーゼル社の敷地内には、その輝かしい歴史と作品を紹介する博物館が併設されています。館内には、まるで宝石のように輝く芸術的なグラスの数々が展示されており、その息をのむような美しさには時間を忘れて見入ってしまいます。繊細なエングレーヴィング(手彫り)や、豪華な金彩、そしてモーゼルならではの独特な色彩。職人たちの神業ともいえる技術の結晶を、間近で鑑賞することができます。

    さらに、この施設の魅力は、併設されたガラス工場の見学ツアーに参加できること。真っ赤に溶けたガラスの塊が、職人たちの巧みな竿さばきと息遣いによって、みるみるうちに優美な形へと変わっていく様子は、まさに魔法のよう。伝統を受け継ぐ職人たちの情熱と熟練の技を目の当たりにすれば、モーゼル・グラスの価値がどこにあるのかを、深く理解することができるでしょう。

    旅の記憶を彩る、カルロヴィ・ヴァリの味と香り

    旅の楽しみは、景色や文化に触れることだけではありません。その土地ならではの味を堪能することも、忘れられない思い出を作る大切な要素です。カルロヴィ・ヴァリには、「13番目の源泉」と呼ばれる薬草酒や、焼きたての温泉ゴーフルなど、ここでしか味わえない特別な味覚があります。

    「13番目の源泉」ベヘロフカを味わい尽くす

    カルロヴィ・ヴァリには12の飲用可能な温泉源泉がありますが、地元の人々は冗談めかしてこう言います。「ここには“13番目の源泉”があるんだ」と。その正体こそ、この街で生まれた世界的に有名な薬草リキュール「ベヘロフカ(Becherovka)」です。

    その歴史は1807年、薬剤師であったヨゼフ・ベヘルが、胃腸の調子を整える薬として開発したことに始まります。20種類以上のハーブやスパイスを秘伝のレシピで調合し、カルロヴィ・ヴァリの水とアルコールに浸して作られるこのリキュールは、独特の甘苦さとスパイシーな香りが特徴。シナモンやアニス、クローブのような複雑な風味が口の中に広がり、体を内側からじんわりと温めてくれます。食前酒として飲めば食欲を増進させ、食後酒として飲めば消化を助けると言われ、まさに「飲む温泉」ともいえる存在なのです。

    街の中心部には「ヤン・ベヘル博物館」があり、ベヘロフカの歴史や製造工程を学ぶことができます。見学の最後にはテイスティングも楽しめ、様々な種類のベヘロフカを飲み比べることができます。最もポピュラーな飲み方は、トニックウォーターで割る「ベトン(Beton)」というカクテル。爽やかで飲みやすく、ベヘロフカ入門にぴったりです。もちろん、ストレートでその奥深い味わいをじっくりと堪能するのもおすすめです。ボトルデザインもおしゃれで、カルロヴィ・ヴァリ土産の定番中の定番です。

    温泉ゴーフル「ラーゼンスカー・オプラトゥキ」

    コロナーデ周辺を歩いていると、どこからともなく甘く香ばしい匂いが漂ってきます。その香りの主が、カルロヴィ・ヴァリ名物の温泉ゴーフル「ラーゼンスカー・オプラトゥキ(Lázeňské oplatky)」です。

    これは、温泉水を使って練った生地を、薄く円形に焼き上げたお菓子。ワッフルのようですが、もっとずっと薄くて軽く、サクサクとした食感が特徴です。2枚のウエハースの間に、ヘーゼルナッツやバニラ、チョコレートなどのクリームが挟まれています。

    街のあちこちにある専門店の屋台では、注文を受けてから専用の機械で温め直してくれます。手のひらサイズの温かいオプラトゥキをハフハフしながら頬張るのが、最高に美味しい食べ方。優しい甘さと香ばしさが口いっぱいに広がり、散策で少し疲れた体に染み渡ります。箱詰めされたものはお土産にも最適ですが、ぜひ焼きたて、温めたての味をその場で楽しんでみてください。これぞ、カルロヴィ・ヴァリのストリートフードの王様です。

    伝統のチェコ料理とスパキュイジーヌ

    もちろん、カルロヴィ・ヴァリでは本格的なチェコ料理も堪能できます。牛肉をパプリカで煮込んだ「グラーシュ」や、ローストポークにザワークラウトを添えた「ヴェプショ・クネドロ・ゼロ」、そしてチェコ料理に欠かせない蒸しパン「クネドリーキ」。これらのボリューム満点の伝統料理は、美味しいチェコビールとの相性も抜群です。

    一方で、カルロヴィ・ヴァリがスパリゾートであるという側面も忘れてはなりません。多くのホテルやレストランでは、湯治客のために考案された、健康的でバランスの取れた「スパキュイジーヌ」を提供しています。新鮮な野菜をふんだんに使い、塩分や脂肪分を控えめにした、体に優しい料理の数々。伝統料理の合間にこうしたヘルシーな食事を取り入れることで、旅の疲れを癒やし、体を内側から整えることができます。

    高級レストランから、川沿いの景色が美しいカフェ、地元の人で賑わうパブまで、選択肢は実に多彩。その日の気分や体調に合わせて、カルロヴィ・ヴァリならではの食文化を心ゆくまで楽しんでください。

    カルロヴィ・ヴァリへのアクセスと滞在のヒント

    魅力あふれるカルロヴィ・ヴァリへの旅を計画するために、アクセス方法や滞在に関する実用的な情報をお伝えします。少しの準備で、あなたの旅はよりスムーズで快適なものになるでしょう。

    プラハからのアクセス方法

    日本からカルロヴィ・ヴァリへの直行便はないため、多くの旅行者はチェコの首都プラハを拠点に訪れることになります。プラハからカルロヴィ・ヴァリまでの距離は約130km。最も一般的で便利な交通手段は、高速バスです。

    • バス: プラハのフローレンツ・バスターミナルや、空港から、RegioJet(Student Agency)やFlixBusといったバス会社が頻繁に便を運行しています。所要時間は約2時間〜2時間半。車内はWi-Fiやトイレが完備され、コーヒーなどの無料サービスがあるバスもあり非常に快適です。料金も手頃で、事前にオンラインで予約しておくことをお勧めします。
    • 鉄道: 鉄道でのアクセスも可能ですが、直通列車が少なく、乗り換えが必要な場合が多いため、バスに比べて時間がかかりがちです。プラハ本駅から出発しますが、利便性の面ではバスに軍配が上がります。
    • レンタカー: 時間に縛られず、自分のペースで旅をしたい、あるいは周辺の町も巡りたいという方にはレンタカーが最適です。プラハからカルロヴィ・ヴァリまでは高速道路が整備されており、快適なドライブが楽しめます。ただし、カルロヴィ・ヴァリの中心部は車両の乗り入れが制限されているエリアが多いので、ホテルの駐車場などを事前に確認しておくと良いでしょう。

    街中の移動手段

    カルロヴィ・ヴァリの主要な見どころであるコロナーデや温泉街は、テプラー川沿いの比較的コンパクトなエリアにまとまっています。そのため、街の中心部の散策は徒歩で十分に楽しむことができます。むしろ、美しい建物を眺めながら、ゆっくりと自分のペースで歩くことこそが、この街の魅力を最大限に味わう方法と言えるでしょう。

    少し離れた場所へ移動する際には、公共交通機関が便利です。

    • ケーブルカー: ディアナ展望台へは、グランドホテル・プップ裏手から出ているケーブルカーを利用します。
    • 市バス: モーゼル・ガラス博物館や、街の郊外にあるホテルへ行く際には市バスが役立ちます。バス停にある券売機や、キオスクでチケットを購入できます。

    滞在のスタイルを選ぶ

    カルロヴィ・ヴァリでの滞在スタイルは、旅の目的によって様々です。

    • 日帰り旅行: プラハから日帰りで訪れることも十分に可能です。主要なコロナーデを巡り、ディアナ展望台からの景色を楽しむといったハイライト観光なら、1日で満喫できます。
    • 宿泊して満喫: しかし、この街の真の魅力を味わうなら、ぜひ1泊か2泊することをお勧めします。夜のライトアップされたコロナーデの幻想的な美しさや、朝の静かな温泉街の散策は、宿泊者だけが味わえる特権です。
    • 本格的な湯治(スパステイ): 消化器系や代謝系の疾患の治療を目的として、1週間以上の長期滞在をするのが伝統的なスパのスタイルです。ホテルに併設されたスパ施設で、医師の診察のもと、飲泉、温泉浴、マッサージ、食事療法などを組み合わせた本格的なトリートメントを受けることができます。心身ともにリフレッシュしたい方には、これ以上ない贅沢な時間となるでしょう。

    ホテルは、グランドホテル・プップのような歴史ある最高級ホテルから、モダンで快適なホテル、キッチン付きで長期滞在にも便利なアパートメントまで、予算や好みに応じて幅広い選択肢があります。

    さらに深く楽しむための+α情報

    カルロヴィ・ヴァリの基本的な魅力を知った上で、さらに旅を豊かにするための特別な情報をご紹介します。特定の時期に訪れたり、少し足を延ばしたりすることで、また違ったこの街の顔に出会うことができるでしょう。

    カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭

    もしあなたが映画好きなら、7月上旬にカルロヴィ・ヴァリを訪れることを強くお勧めします。この時期、街は年に一度の熱狂に包まれます。世界的に権威のあるA級国際映画祭のひとつ、「カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭」が開催されるのです。

    期間中、普段は落ち着いた雰囲気の温泉街が、世界中から集まった映画監督、俳優、ジャーナリスト、そして何万人もの映画ファンで埋め尽くされます。メイン会場となるホテル・サーマルはもちろん、街中の映画館で様々な国の作品が上映され、街全体がお祭りのような華やかな雰囲気に。運が良ければ、レッドカーペットを歩くハリウッドスターや著名な監督の姿を間近で見ることができるかもしれません。

    ただし、この時期は街が最も混雑し、ホテルの予約が困難になり、宿泊料金も高騰します。もし映画祭の時期に訪れるのであれば、かなり早い段階での予約が必須です。映画の熱気と温泉街の優雅さが融合する、このユニークな体験は、きっと忘れられない思い出になるはずです。

    周辺のスパタウン巡り

    カルロヴィ・ヴァリは、チェコ西部に点在する温泉郷の中でも最大規模を誇りますが、その周辺には、それぞれ異なる魅力を持つ小さなスパタウンがあります。これらはカルロヴィ・ヴァリと共に「西ボヘミアのスパ三角地帯」として知られ、2021年にはユネスコの世界遺産「ヨーロッパの大温泉保養都市群」の一部として登録されました。

    • マリアーンスケー・ラーズニェ: カルロヴィ・ヴァリから南へ約40km。カルロヴィ・ヴァリが谷間に広がるのに対し、こちらは広々とした公園の中に壮麗なネオ・クラシック様式のコロナーデやホテルが点在する、開放的で優雅な雰囲気が魅力です。特に、美しい歌う噴水は必見です。
    • フランチシュコヴィ・ラーズニェ: ドイツ国境にほど近い、最も小さなスパタウン。黄色を基調とした可愛らしい建物が並び、まるで絵本の世界のような愛らしい雰囲気が漂います。婦人科系の疾患に効能があることで知られています。

    もし時間に余裕があれば、カルロヴィ・ヴァリを拠点に、これらのスパタウンへ日帰りで足を延ばしてみてはいかがでしょうか。それぞれの街の個性や建築様式、温泉の特色を比較してみるのも、非常に興味深い体験です。ボヘミアの森が育んだ、珠玉のスパ文化の奥深さに、きっと魅了されることでしょう。

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    この記事を書いたトラベルライター

    SimVoyage編集部は、世界を旅しながら現地の暮らしや食文化を体感し、スマホひとつで快適に旅する術を研究する旅のプロ集団です。今が旬の情報から穴場スポットまで、読者の「次の一歩」を後押しするリアルで役立つ記事をお届けします。

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