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ハノイの混沌(カオス)を歩く:喧騒の奥に潜む、もう一つのベトナム物語

降り立った瞬間、ハノイという都市は、五感のすべてに容赦なく流れ込んできます。むわりと肌を撫でる湿度、途切れることのないバイクのクラクション、どこからともなく漂うフォーの香りと排気ガスの匂いが混じり合った独特の空気。それは、教科書的な観光ガイドが切り取ってみせる美しい風景写真からは決して伝わらない、生々しく、圧倒的なエネルギーの奔流です。多くの旅人がこの街を「エネルギッシュ」あるいは「カオティック」という言葉で片付けてしまいますが、その紋切り型の表現の裏側には、幾層にも重なった歴史の地層と、今を生きる人々の剥き出しの生活が息づいています。今回の旅は、単に観光地を巡り、写真を撮って満足する「消費」の旅ではありません。この混沌とした都市のテクストを、自らの足で歩き、読み解き、対話する試み。社会の構造、歴史の記憶、そしてそこに生きる人々の息づかいが交差する路上から、ハノイのもう一つの物語を紡いでいきたいと思います。

この混沌を読み解く旅の一部として、ハノイの路地裏で味わう魂のB級グルメもまた、この街の生きた物語を伝えてくれるでしょう。

目次

旧市街の迷宮 – バイクの洪水と生活の交響曲

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ハノイの中心部、旧市街に足を踏み入れると、最初に誰もが言葉を失うのは、押し寄せるバイクの大群です。これは単なる「交通量が多い」というレベルを超えています。信号が青に変わった瞬間に解き放たれる数えきれないバイクの波は、まるでダムの決壊によって生まれた濁流のようにあらゆる隙間を埋め尽くし、轟音とクラクションの調和しない響きをまき散らしながら、一つの巨大な生命体のようにうごめいています。観光客はこの光景を前に、道を渡ることができず立ち尽くすことになるでしょう。

しかし、このバイクの洪水を社会学的に見つめると、現代ベトナムのダイナミズムが凝縮されていることに気づかされます。ドイモイ(刷新)政策以降の急速な経済成長は、人々に移動の自由と、わずかでも個人の資産を持つ喜びをもたらしました。バイクは単に移動手段ではなく、経済活動の土台であり、家族を乗せる生活の器であり、さらに個人のアイデンティティを示すキャンバスでもあります。ヘルメットの下から見える若い女性の化粧した顔、後部座席に巧みに積まれた山のような商品、三世代で器用に乗りこなす家族の姿。そこには、力強く変化の時代を生き抜く人々のリアルな日常が刻まれているのです。この一見無秩序に見える流れの中にも、暗黙のルールと相互の信頼、そして驚くべき運転技術が支える秩序が確かに存在します。

この街での洗礼ともいえる道路の横断は、ハノイと対話を始める第一歩です。ここで大切なのは、恐怖にかられて立ち止まったり、急に走り出したりしないことです。バイクの運転手たちは、歩行者が「一定の速度で予測可能な動きをする」ことを前提に運転しています。彼らの視線を意識しながら、ゆっくりと、しかし躊躇せずに一歩を踏み出しましょう。すると、かつて脅威に感じたバイクの群れが、まるで川の流れが石を避けるかのように、自分の身体を巧みに避けて通り抜けていくという不思議な体験が待っています。これは、個々の主張と集団の調和が絶え間なくせめぎ合う、ベトナム社会の縮図を感じさせる瞬間でもあります。道を渡りきるとき、あなたは単に物理的な移動を終えたのではなく、ハノイという都市の暗黙のルールを身をもって理解したことになるのです。

旧市街を歩く際は、服装や持ち物にも少し注意を払う必要があります。石畳やでこぼこした歩道が多いため、必ず歩きやすいスニーカーを履きましょう。また、バイクの排気ガスや埃から身を守るにはマスクは必須です。特に喉が弱い方は、必ず用意してください。さらに、残念ながら観光客を狙ったひったくりもゼロではありません。バッグは斜めがけできるものを選び、車道側には持たないように心がけるだけで、リスクを大幅に減らせます。貴重品は服の下に隠せるセキュリティポーチに入れるなど、基本的な防犯対策も怠らないようにしましょう。準備を整え、混沌の中へ踏み込んでください。迷路のような路地裏にこそ、この街の真の魅力が隠れているのです。

プラスチックの椅子が語る、ハノイの公共空間

ハノイの街角で、もうひとつ心に残る風景に出会いました。それは、歩道のあちこちに並ぶ赤や青の低いプラスチック製の椅子です。人々はそれに腰かけ、フォーをすすりながら友人と語らい、生ビール「ビアホイ」のジョッキを傾けています。この椅子は、単なる家具ではなく、ハノイ市民にとって生活空間を道路へ拡げ、独特の公共空間をつくり出す大切な道具なのです。

西洋の都市計画では、道路は移動のため、公園は休憩のためと機能がはっきり分かれています。しかしハノイでは、その境界が非常に曖昧です。歩道は人々のダイニングルームであり、リビングルームであり、カフェテラスの役割も果たします。低い椅子やテーブルは、その日その時の営業や気分に応じて現れたり消えたりする、非常に流動的な空間の仕掛けです。この光景は、公と私の領域がゆるやかに混ざり合う、アジア的な都市の特徴を象徴しています。見知らぬ隣客同士が自然に会話し、店主が子どもをあやしながら調理にあたる。そこには効率や機能性とは異なる、人間味あふれる温もりとコミュニティの息遣いが満ちています。

観光客として私たちがこのプラスチック椅子に座る行為は、単にご当地グルメを味わう以上の意味を持ちます。ハノイの日常という舞台に、一時的に役者として参加するようなものです。最初は周囲の視線が気になるかもしれませんが、一杯のチャダー(冷たいお茶)を頼み、目の前の喧騒を眺めているうちに、街の風景の一部に溶け込んでいく感覚が広がります。ここでぜひフォーを一杯注文してみましょう。メニューがなくても心配は不要です。多くの屋台は一品か二品しか扱わず、指を一本立てるか、周りの人が食べているものを指差せば問題ありません。ベトナム語で「Cho tôi một bát phở(チョー・トイ・モッ・バッ・フォー/フォーを一杯ください)」と伝えられれば、店主もきっと笑顔になるでしょう。支払いは基本的に現金です。高額紙幣はお釣りがない場合も多いため、10,000ドンや20,000ドンなどの小額紙幣をいくつか用意しておくと、スムーズに取引できます。衛生面が気になる方は、ウェットティッシュを持参し、箸やレンゲを拭いてから使うと安心です。

もし値段が表示されていない屋台で不安を感じたら、注文前に「Bao nhiêu tiền?(バオ・ニュー・ティエン?/いくらですか?)」と尋ねる勇気を持ちましょう。ほとんどの店は誠実ですが、ごく稀に観光客向けの料金を請求されることもあります。事前に相場(フォーならおよそ50,000ドン程度)を把握しておくと、安心して食事を楽しめます。このプラスチック椅子で過ごす時間は、格式高いレストランのテラス席では味わえない、ハノイの本質に触れる貴重な体験です。都市の鼓動を間近で感じられる、特別な場所なのです。

植民地の亡霊と社会主義の残像 – フレンチ・クォーターを彷徨う

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旧市街の喧騒を抜け、南へ足を進めると街の風景はがらりと変わります。そこはフレンチ・クォーターで、黄色い壁や緑色の鎧戸、優雅なバルコニーを備えたコロニアル様式の建物が街路樹の影に静かに佇んでいます。ハノイ・オペラハウスやソフィテル・レジェンド・メトロポール・ハノイといった荘厳な建造物は、かつてここがフランス領インドシナの首都であった歴史の証しとして雄弁に語りかけています。

この美しい景観を歩くと、複雑な思いが胸に湧き上がります。これらの建築は、明らかに植民地支配という暴力の歴史の産物であり、支配者たちが自らの権威を示し、快適な暮らしを享受するために築き上げられたものです。しかしながら、100年以上の歳月を越え、これらの建物はハノイの風景に見事に馴染み、独自のアイデンティティの一部となっています。皮肉にも、この「負の遺産」が現在ではハノイの観光的価値を高める重要な要素となっているのです。歴史は常に多面的であり、善悪の単純な区分では捉えきれません。フレンチ・クォーターを歩くことは、荘麗な景観の背後に潜む歴史の影や抑圧の記憶が、どのように継承され、変化してきたのかという問いを私たちに投げかけます。

このフレンチ・クォーターの近くには、ベトナムという国家のもう一つの側面を象徴するホー・チ・ミン廟が位置しています。フランス植民地主義からの独立とベトナム戦争の勝利を導いた建国の父が安置された、この荘厳で巨大な霊廟の建築様式は、フランス風の優雅さとは対照的な社会主義国家特有の権威的で男らしいデザインが特徴です。ここはベトナム国民にとって最も神聖な場所の一つであり、訪れる者には厳しい規則が求められます。廟内に入る際は、ノースリーブやショートパンツ、ミニスカートなど肌の露出が多い服装は禁止されています。不適切な服装で訪れた場合は、入口で有料の布を借りて身体を覆う必要があります。また、廟内では私語禁止、帽子の着用も禁止され、写真撮影も一切認められていません。白い制服を身に着けた兵士たちが微動だにせず警備にあたり、独特の緊張感が漂います。ガラスのケースに安置されたホー・チ・ミンの遺体を見る瞬間は、訪問者それぞれに多様な感情を呼び起こすでしょう。

ホー・チ・ミン廟の開館時間は非常に限られており、特に午後には閉まっていることが多いです。さらに、年に一度の長期メンテナンス期間もあります。訪問を計画する際は、必ず公式情報や信頼できる観光サイトで最新の開館時間を確認してください。時間を無駄にしないためにも、この注意は非常に重要です。植民地時代の華麗な遺産と、社会主義国家の厳格な聖地。この二つの対照的な空間が隣り合って存在していること自体が、ハノイという都市の歴史的複雑さを物語っているのです。

「戦争」を展示するということ – ホアロー収容所と軍事歴史博物館の問い

観光という行為は、時として他者の悲劇を残酷なほどに消費することがあります。ハノイには、その現実を強く意識させられる場所がいくつか存在します。その中でも特に象徴的なのがホアロー収容所、通称「ハノイ・ヒルトン」です。この収容所はもともとフランスがベトナムの独立運動家を幽閉するために建てたもので、ベトナム戦争中には撃墜されたアメリカ軍パイロットの捕虜収容所として使用されました。ジョン・マケイン上院議員がここに収容されていたことでも広く知られています。

訪問者が強い衝撃を受けるのは、その展示内容が極めて一方向的なメッセージを持っている点です。フランス植民地期の政治犯に対する非人道的な扱いは、ギロチンや拷問器具などの生々しい資料と共に詳細に説明されています。一方で、アメリカ兵捕虜に関する展示になると、その表現はがらりと変わります。バスケットボールを楽しむ様子やクリスマスを祝う写真が並び、「ベトナム政府による人道的な対応で捕虜たちは快適な生活を送っていた」といった説明文が添えられています。これに対し、アメリカ側の証言にある拷問や厳しい環境については一切言及されていません。これは歴史の「展示」というよりも、国家のプロパガンダに他なりません。ここで私たちは、歴史がどのように勝者の視点から構築され、伝えられているのかという現実を目の当たりにします。

この展示の前に立つと、観光客である私たちは問いかけられます。この国が語る物語をそのまま受け入れるのか、それともその裏にある別の視点や、伝えられなかった声に思いを巡らせるのか。ホアロー収容所は単なる歴史の学びの場ではありません。歴史の表象や記憶の政治性について、私たちに考えさせるための装置でもあるのです。訪問前に、ベトナム戦争の歴史を多角的な視点から予習しておくと、展示の背景や意図をより深く理解できるでしょう。たとえば外務省のウェブサイトにあるベトナム基本情報は、客観的事実を知るうえでの良い出発点となります。

同様の問いかけはベトナム軍事歴史博物館でも派生します。敷地内には撃墜された米軍のB-52爆撃機の残骸や鹵獲された戦車が無造作に、しかし誇らしげに展示されています。これらは紛れもなく勝利の象徴です。館内では、フランスやアメリカという大国に打ち勝ったベトナム人民の英雄的な戦いが、ジオラマや豊富な資料を通じて称賛されています。自国の歴史を誇ることはどの国にとっても当然の権利ですが、同時にその栄光の裏にどれほど多くの無名の人々の血が流され、生活が破壊されたのかという痛みはあまり語られません。私たち観光客は、戦争の壮大なスペクタクルを消費しながら、その背後にある人間の苦しみにも想像力を働かせるという倫理的な課題を突きつけられるのです。なお、両施設のチケットは基本的に窓口で現金購入となっています。歴史の暗部を巡る体験は決して快適とは言えないかもしれませんが、そうした経験こそがハノイという街の奥深さに触れるために避けて通れない道だと言えるでしょう。

湖畔の静寂と祈り – ホアンキエム湖と玉山祠が映すもの

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バイクの轟音が鳴り響くハノイの街の中心に、まるでオアシスのように静寂をたたえるホアンキエム湖があります。この湖は、単なる観光名所を超え、ハノイ市民にとって特別な意味を持つ場所です。その名前は「還剣(かんけん)」を示し、15世紀の皇帝レ・ロイが湖の中に棲む神亀から授かった宝剣で明との戦いに勝利し、戦後に再びその剣を亀に返したという伝説に由来しています。湖の中心に浮かぶ小さな島にそびえる亀の塔(タップ・ルア)は、その物語を今に伝え、ハノイの象徴として広く親しまれています。

湖の周辺は、騒がしい都市の喧騒から逃れる貴重な憩いの場です。特に早朝や夕暮れ時には、多くの人々が湖畔に集まります。朝になると、年配の方々がゆったりと太極拳を行い、若い女性たちはリズミカルな音楽に合わせてエアロビクスを楽しむ光景が見られます。夕方には、仕事を終えた人々が涼を求めて散歩し、恋人同士が語らい、子どもたちが元気に走り回ります。観光客向けのシクロ(自転車タクシー)がゆっくりと客を乗せて通り過ぎ、物売りが声をかけるなど、ここでは飾り気のないハノイの人々の日常が穏やかな流れの中に展開しています。この湖は、都市における広大な共有リビングルームのような存在であり、訪れる人々の身体と心を癒す役割を果たしているのです。

湖の北側には鮮やかな赤色のフーテック橋が架かり、その先には玉山祠(デン・ゴック・ソン)へと人々を誘う道が続いています。この祠は、13世紀の元寇を防いだ英雄チャン・フン・ダオや学問の神を祀る場所です。訪れる際には、橋の手前にあるチケット売り場で入場券を購入する必要があります。祠の内部には線香の香りが漂い、多くの参拝者が熱心に祈りを捧げています。彼らの信心深い姿を見ると、急速な経済成長や社会主義というイデオロギーの背景にあっても、伝統的な信仰が人々の精神的拠り所として今なお根強く存在していることを実感させられます。

玉山祠のような神聖な場所を訪問するときは、服装にも配慮が求められます。ホー・チ・ミン廟ほど厳格ではないものの、肩や膝が露出する服装は避けるのがマナーです。タンクトップやショートパンツで訪れた場合、入口で上着を羽織ったりストールで足を隠すように案内されることもあります。敬意を持って臨む姿勢が大切です。また、祠の中には、かつてこの湖で捕獲された体長2メートルに及ぶ巨大な亀の剥製が展示され、還剣の伝説に現実味を添えています。伝説と歴史、信仰と日常が融合するホアンキエム湖。その静かな水面は、激動の時代をくぐり抜けてきたハノイの静かな魂を映し出しているかのようです。

観光客(わたし)は異物か、風景か – タンロン水上人形劇の客席から

ハノイ観光のハイライトとして、多くのガイドブックで取り上げられているのがタンロン水上人形劇です。ホアンキエム湖のそばにあるこの劇場は、連日多くの観光客で賑わいを見せています。この劇は、11世紀頃に紅河デルタの農民たちの間で誕生した伝統芸能で、水面を舞台に、竹竿で巧みに操られる人形たちが、ベトナムの伝説や農村の暮らしをユーモラスかつ詩情豊かに表現します。

劇場の中に足を踏み入れると、その空間が完全に「観光客向け」に最適化されていることが感じられます。客席は世界各国から集まった観光客で埋まり、多種多様な言語のざわめきが広がっています。上演が始まると、ベトナムの伝統楽器が奏でる軽快な音楽に合わせて、色鮮やかな人形たちが水上を滑るように現れます。言葉はすべてベトナム語で理解できませんが、人形たちのユーモラスな動きや、時に火を噴く龍などのダイナミックな演出は、言語の壁を超えて観客を魅了します。約50分の公演はあっという間に終わり、満足した観客たちは拍手を送ります。これこそが質の高いエンターテインメントと言えるでしょう。

しかし、その客席に座りながら、私は一種の違和感をぬぐいきれませんでした。本来は農村の祭りの日などに共同体の人々のために演じられていたはずのこの伝統芸能が、現在では土地の文脈から切り離され、国際的な観光市場向けの「文化商品」としてパッケージ化されていることに対してです。ただし、それ自体を否定するつもりはありません。伝統文化が存続するための一つの方法であることは間違いないでしょう。しかし、この劇場でどれほどの観客が、この劇の背景にある農村の暮らしや人びとの祈りに思いを巡らせているのか。そして、自分自身もまた、異国の文化を安易に「消費」する大勢の一人にすぎないのではないか。水上で舞う人形を眺めながら、観光客としての自分がこの街にとって異物なのか、それとも新たな風景の一部なのかという問いが心に浮かびます。

タンロン水上人形劇は非常に人気が高く、特に夜の公演は満席になることが多いです。良い席で観賞したい方や、スケジュールが限られている方は事前の予約をおすすめします。チケットは劇場の公式サイトからオンラインで購入・予約ができ、これが最も確実で便利な方法です。オンラインでの手続きに不安がある場合は、ハノイ市内のツアーデスクでも手配可能です。当日券を狙う場合は、なるべく早めに劇場のチケット窓口に向かう必要があります。もし希望の公演が満席でも、がっかりする必要はありません。ハノイには他にも水上人形劇を上演する劇場がいくつかあり、翌日のチケットが空いていることもあります。最新の公演スケジュールや料金は劇場の公式サイトで必ず確認してから訪問すると良いでしょう。このタンロン水上人形劇場の公式サイトで情報をチェックし、計画を立てるのが賢明です。鑑賞を終えた後は、ただ「面白かった」で終わらせるのではなく、そこで感じた小さな違和感を心に留めて持ち帰ること。それも旅がもたらしてくれる貴重な思索の一つかもしれません。

新しいハノイの鼓動 – アートスペースと若者たちのカフェ文化

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ハノイの魅力は、単にその長い歴史に留まりません。街の至る所で新たな文化の息吹が感じられます。特に、古いアパートや建築物をリノベーションして生まれた隠れ家的なカフェやアートギャラリーは、現代ハノイの若者たちのエネルギーと創造力を象徴する場所となっています。

たとえば、ホアンキエム湖の付近にある古い集合住宅。薄暗い階段を登ると、そこにはセンスの良いカフェがいくつも軒を連ね、窓からは美しい湖の風景を楽しめます。これらのカフェは単なるコーヒーショップではなく、若いアーティストの作品が展示されるギャラリーであり、フリーランスの若者がノートパソコンを広げるコワーキングスペースであり、友人たちが語らう憩いのサロンでもあります。提供されるのは伝統的なベトナムコーヒーだけではなく、ココナッツミルクとコーヒーを合わせたフローズンドリンクや、濃厚なカスタードプリンのような味わいのエッグコーヒーなど、斬新なメニューが若者の心を掴んでいます。これらの場は、グローバルなカフェ文化の影響を受けつつもベトナム独自の風味を織り交ぜ、新しい文化の発信地となっているのです。

こうしたカフェ巡りは、私のような節約志向の若者にとって、ハノイをより深く楽しむ最高の手段です。一杯数百円のコーヒーで、長時間その空間に身をゆだね、街の新しい息吹を肌で感じられます。Wi-Fi完備の店も多く、次の旅の計画を立てたり、旅の記録をまとめたりするのにもぴったりです。ストリートフードで安く腹を満たした後は、こうしたカフェでゆったり過ごす。そんな過ごし方なら、一日の出費を抑えつつ、ハノイの多面的な魅力を存分に味わうことができます。

これら新しい文化の動きは、社会主義という大きな枠組みと、急速に浸透する資本主義やグローバルカルチャーとの狭間で、ベトナムの若者が自己のアイデンティティをどのように模索しているのかを映し出す鏡でもあります。彼らは親の世代が経験した戦争や貧困を知らず、スマートフォンを手に世界中の情報にアクセスし、SNSを通じて自己表現します。一方で、家族や地域との繋がりを大切にするベトナムの伝統的価値観の中でも生きています。古いものと新しいもの、ローカルなものとグローバルなものがせめぎ合い、交錯する混沌の中から、これからのベトナムを形作る新たなエネルギーが生まれつつある。その最前線を、こうしたカフェやアートスペースは垣間見せてくれるのです。

旅の終わりに、ハノイが私たちに問いかけること

数日間の滞在を経てハノイの街を振り返ると、心に残るのは特定の観光スポットの記憶だけではありません。むしろ鮮明に焼き付いているのは、名もなき路上でのささやかな風景の断片です。道を渡るときの緊張感、プラスチックの椅子に腰かけて食べたフォーの湯気、寺院で静かに祈る人々の横顔、そして絶え間なく響き渡るクラクションの音――ハノイは、訪れる者に簡単な理解や感傷を許さない、複雑で多層的なテキストのような街なのです。

この街は私たちに多くの問いを投げかけます。近代化とは何か。伝統はどのようにして守り継がれるべきか。戦争の記憶はどう受け継がれるべきか。そして異文化を訪れる観光客である私たちは、その地に対してどんな責任を担うのか。ハノイの喧騒は、そんな問いを考えさせる思考のBGMのようにも感じられました。旅を通じて何かを「発見」しようとする私たちに、ハノイが教えるのは、答えの出ない問いを抱き続ける意義かもしれません。

もしこれからハノイを訪れるなら、ただ効率的に観光名所を回るだけでなく、目的も定めずに街をさまよう時間をぜひ持ってみてください。地図をしまい込み、気の赴くまま路地裏に迷い込み、プラスチックの椅子に腰掛けて行き交う人々を眺めてみるのです。そこで耳に届く音、漂う匂い、目に映る人々の表情の中にこそ、ガイドブックには決して書かれていないハノイの真実の物語が隠されています。この混沌とした都市に真摯に向き合うとき、旅は単なる娯楽を越え、自己と世界を見つめ直す深く充実した対話となっていくことでしょう。

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この記事を書いたトラベルライター

「お金がなくても旅はできる!」を信条に、1万円以下で海外を楽しむ術をSNSで発信中。Z世代らしく、旅と節約を両立させる方法を模索してます。

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