悠久の時を刻む長江の流れは、数多の英雄たちの物語を飲み込み、そして今なお静かに語り継いでいます。中でも、魏・蜀と並び三国の一翼を担った「呉」という国には、どこか特別な魅力があるように感じられてなりません。曹操の魏が持つ圧倒的な覇気、劉備の蜀が紡ぐ悲劇的な浪漫とは一線を画す、江南の豊かな大地に根ざした、しなやかで強かな英雄たちの物語。それが呉の歴史です。創始者である孫堅・孫策の勇猛さ、そして大帝国を築き上げた孫権の深慮遠謀。彼らを支えた周瑜、魯粛、呂蒙、陸遜といった綺羅星のごとき名将たち。彼らの活躍の舞台となった地は、今、どのような姿で我々を迎えてくれるのでしょうか。
食品商社に勤める傍ら、世界の食と歴史を巡る旅をライフワークとする私、隆(たかし)が今回訪れたのは、まさしくその呉国の中心地、現在の江蘇省南京市を中心とした一帯です。呉の都「建業」が置かれた南京、春秋時代の呉国の源流であり文化が花開いた蘇州、そして三国志演義の有名な逸話の舞台となった鎮江。これらの地を巡りながら、英雄たちの息吹を感じ、そして彼らが育まれた江南の豊かな食文化を心ゆくまで味わう。そんな、知的好奇心と胃袋を同時に満たす旅の記録を、これからお届けしたいと思います。この旅は単なる史跡巡りではありません。歴史の知識が、目の前の風景を何倍にも鮮やかに彩ってくれることを実感する、時空を超えた冒険なのです。さあ、共に長江のほとりへ、孫呉の夢の跡を辿る旅に出かけましょう。
この旅で感じた呉の魅力は、曹操が築いた覇道の源流を辿る旅路ともまた異なる、江南ならではのしなやかな強さにあったと言えるでしょう。
旅の始まり – 呉の都「建業」の地、南京へ

今回の旅の拠点となるのは、江蘇省の省都である南京市です。北京や上海、広州のような活気あふれる都市とは異なり、こちらは落ち着いた風格と深い歴史の重みを感じさせる街です。この地こそが、三国時代に孫権が「建業」と名を改め、呉の国の首都に定めた場所なのです。
なぜ南京なのか? – 建業の歴史的な重要性
そもそも、孫権はなぜこの場所を都に選んだのでしょうか。その理由は、南京が持つ卓越した地理的優位性にあります。北には長江が守りを固め、東には鍾山(紫金山)、西には石頭山がそびえ立つという、まさに天然の要害と呼べる環境でした。孫権は212年、濡須口の戦いの後、この地に石頭城を築いて軍事拠点を移しました。そして229年、皇帝に即位すると武昌から都を移し、名前を「建業」に改めました。これは、新たな王朝を「建てる」という強い意志の現れです。その後、建業は呉の政治・経済・文化の中心地として栄え、東晋、宋、斉、梁、陳といった南朝の都ともなり、「六朝古都」としての輝かしい歴史を刻み続けました。現代の南京を歩くことは、単に呉の時代を懐かしむだけでなく、重層的に積み重なった中国史の歴史層を感じ取ることでもあります。
旅の準備と南京への交通手段
歴史の舞台へ旅立つ前に、まずは現実的な準備を整えましょう。快適かつ安全な旅は、入念な準備から生まれます。
旅の前に必ず確認したいこと — ビザと基本事項
まず何よりも重要なのがビザの取得です。2024年現在、日本人が観光目的で中国を訪れる場合、必ず事前にビザを取得しなければなりません。以前認められていた15日間までのビザ免除渡航は現在も停止中のため、必ず中国査証申請サービスセンターにて出発前に申請を済ませてください。申請にはパスポート、証明写真、申請書のほか、往復航空券や宿泊の予約確認書などの提出が求められます。手続きに時間がかかる場合もありますので、少なくとも出発の1ヵ月前から準備を始めることをおすすめします。最新の情報は在中国日本国大使館の公式サイトで必ずご確認ください。
航空券と市内への移動方法
日本から南京までは、南京禄口国際空港へ複数の都市からの直行便が運航されており、比較的アクセスしやすいです。航空券は各種比較サイトを活用して早めに予約すると費用を抑えられます。空港から南京市内へは地下鉄、空港リムジンバス、タクシーの利用が可能です。特にわかりやすく確実なのは地下鉄S1号線で、約35分で南京南駅に到着します。南京南駅からは市内各地へ繋がる地下鉄網が発達しており、主要観光地や宿泊施設へスムーズに移動できます。
旅に欠かせない持ち物リスト
海外旅行の基本セットに加え、中国旅行で特に役立つ品々を挙げます。
- パスポートとビザ:コピーも別途保管しておくと安心です。
- 現金(人民元):モバイル決済が主流ですが、小規模な店舗や万一の際のためにもある程度の現金を持っておくと便利です。
- クレジットカード:UnionPay(銀聯)ブランド付きカードが最も広範囲で使えます。VISAやMastercardは、主に大手ホテルやデパートでしか利用できない場合があります。
- 海外対応の変換プラグ:中国のコンセントは多様ですが、日本のAタイプが使えることも多いものの、確実に対応したい場合はOタイプやSEタイプも対応のマルチ変換プラグがおすすめです。
- モバイルバッテリー:地図や翻訳アプリの使用でスマートフォンの電池消耗が激しいため、大容量のものを携帯すると安心です。
- 翻訳アプリ:`VoiceTra`や`Microsoft Translator`など、オフラインでも使えるものを事前にダウンロードしましょう。Google系列のサービスはVPNなしでは利用が難しい可能性があります。
- 常備薬:胃腸薬や頭痛薬、絆創膏など、慣れているものを日本から持参するのがベストです。
- ウェットティッシュ・トイレットペーパー:公衆トイレで紙がないケースも多いため、携帯しておくと便利です。
最重要ポイント!通信環境の確保
中国ではインターネット利用に特別な規制があります。通称「グレート・ファイアウォール」のため、Google、X(旧Twitter)、Facebook、Instagram、LINEなど多くの海外サービスにアクセスできません。これらを使いたい場合はVPN(仮想プライベートネットワーク)の利用が必須です。日本で契約し設定できるVPNサービスを渡航前に準備しておくと良いでしょう。インターネット接続自体は、日本の空港でレンタル可能なWi-Fiルーターか、現地の空港や市内で購入できるSIMカードを使うのが一般的です。短期間の旅行なら設定が簡単なWi-Fiルーターが手軽でおすすめです。
南京で訪れるべき呉の史跡
準備が整ったらいよいよ史跡巡りへ。高層ビルが立ち並ぶ近代的な都市の中に、呉の時代の痕跡はひっそりと、しかし確かに息づいています。
石頭城遺跡公園 – 孫権が築いた天然の要塞
最初に訪れたいのは孫権が築いた「石頭城」の跡地です。現在の南京市鼓楼区、清凉山の西側に広がる大きな公園として整備されています。ここは長江に面した断崖絶壁の上に築かれた天然の要害で、孫権はその重要性を見抜いて大規模な城を築き、呉の軍事拠点としました。園内には当時の城壁の一部が現存しており、特に「鬼脸城」と呼ばれる部分は、風化でできた岩の凹凸が人の顔のように見えることから名付けられ、石頭城の象徴的なスポットとなっています。荒々しい岩肌と積み上げられた古い煉瓦を目の当たりにすると、かつてここで兵士たちが見張りをして長江を行き交う船に目を光らせていた光景が思い浮かびます。公園は緑豊かで散策に適していますが起伏が多く、かなり広大です。歩きやすいスニーカーは必須で、特に夏は日差しを遮るものが少ないため帽子と十分な水分を持参してください。入口付近の売店は品ぞろえが限られているため、市内のコンビニなどで事前に準備するのが賢明です。
孫権の陵墓はどこに? — 明孝陵と梅花山の伝説
呉の初代皇帝・孫権の墓所はどこにあるのでしょうか。正史『三国志』には「蔣陵に葬られた」と記されています。この蔣陵は現在の南京市郊外、紫金山(かつては蔣山と呼ばれた)の中にあり、実は世界遺産に登録されている明の初代皇帝・朱元璋の陵墓「明孝陵」のすぐそば、梅花山にあると伝えられています。一説には、朱元璋が自身の陵墓建設時に孫権の墓を移すよう勧められたものの、「孫権も立派な英雄である。わが陵墓の門番にしよう」としてそのままにしておいたと伝わります。この話は、時代を超えた英雄同士の敬意を感じさせる非常に興味深い逸話です。現在、梅花山の山頂には「孫権故事園」が整備され、孫権の功績を讃える石碑や像が設置されています。本当に孫権がここに眠っているかは不明ですが、朱元璋が敬意を払った呉の英雄に思いを馳せるには絶好の場所です。明孝陵景区は広大で、陵墓本体だけでなく参道の石像群も見どころです。チケットはWeChat PayやAlipayでオンライン購入するとスムーズで、現地の販売窓口は混雑することが多いので事前に公式サイトをチェックしておくとよいでしょう。服装の厳しい制限はありませんが、皇帝陵墓の神聖な場所として節度ある服装を心がけ、過度に露出の多い服装は控えましょう。
甘露寺 — 劉備と孫尚香、運命の出会いの舞台(鎮江)
南京から少し足を伸ばし、高速鉄道で約20分の鎮江を訪れてみましょう。ここには『三国志演義』のファンにはおなじみのエピソードの舞台があります。それは長江に突き出た北固山に建つ「甘露寺」です。物語では、周瑜の策略で劉備が孫権の妹・孫尚香との縁談のため呉を訪れ、孫権の母・呉国太が甘露寺にて劉備を見定め、その人柄を認めて結婚を許した名場面の舞台となっています。境内には劉備と孫権が剣で石を斬って天下統一を占ったとされる「試剣石」や、呉国太が劉備と会見した場所「相婿楼」(現在は多景楼として再建)など、物語にまつわるスポットが点在しています。北固山の頂上から望む長江の壮大な流れは圧巻で、大型船が行き交う光景を見ていると、かつてこの地が水軍の拠点であり国境であったことを実感できます。鎮江へは南京駅または南京南駅から高速鉄道(高鐵)で移動するのが最も速く快適です。中国の鉄道チケットは外国人の場合、駅窓口でパスポート提示のうえ購入が基本ですが、`Trip.com`などのアプリを活用すればオンライン予約が可能で、受け取った予約番号とパスポートで発券できます。駅は混雑するため、時間には余裕を持って行動しましょう。また、甘露寺のある北固山公園は山岳地帯のため階段が多く、歩きやすい靴を選び、体力に自信がない方は無理のない計画を立ててください。
江南の食文化を味わう – グルメライターが選ぶ呉の味
史跡巡りで歴史の深みに浸ったあとは、旅のもう一つの醍醐味であるグルメタイムを楽しみましょう。呉の国が繁栄した江南地方は、古くから「魚米の郷」として知られる肥沃な地。この豊かな食材を活かした料理は、繊細かつ奥行きのある味わいが魅力です。食品商社のビジネスマンとして、そして食いしん坊として、この地の味覚を徹底的に追求してみました。
南京の味覚 — 塩水鴨から始まる美食の旅
南京を訪れた際にぜひ味わいたいのが「塩水鴨(イエンスイラー)」です。北京ダックが「焼き」料理であるのに対し、塩水鴨は「茹でる」鴨肉料理。塩と花椒で下味をつけたアヒルを低温でじっくりと茹で上げる、非常にシンプルな調理法です。しかしこのシンプルさゆえに、素材の良さと職人の技術が際立ちます。一口頬張ると、しっとりと柔らかな肉質と濃縮された旨味、かすかに香る花椒の風味が口いっぱいに広がります。皮はぷるんとした弾力があり、脂っこさはまったく感じません。塩水鴨の真骨頂は、皮と肉の間にあるゼラチン質の層にあり、ここに店ごとのこだわりと伝統の味わいが凝縮されています。南京市内には専門店が点在し、地元の人々が夕飯のおかずとして買い求める姿もよく見られます。有名なお店も良いですが、地元の人で賑わう小さな店に入ってみるのも楽しい経験です。言葉が通じなくても、指差しやジェスチャーで十分にコミュニケーションが取れます。
また、塩水鴨と合わせてぜひお試しいただきたいのが「鴨血粉絲湯(ヤーシュエフェンスータン)」。これはアヒルの血を固めた鴨血や砂肝、心臓、腸などの内臓と春雨をスープにした料理です。名前に驚かれるかもしれませんが、鴨血はレバーに似た食感で臭みはなく、滋味あふれるスープとの相性が抜群。南京の人々にとっては朝食や軽食の定番であり、この一杯には南京の食文化の真髄が凝縮されていると言っても過言ではありません。
鎮江の黒酢 — 香醋の発祥地を訪ねて
鎮江は食の世界では「香醋(シャンツゥ)」の名産地として知られています。日本の黒酢とは異なり、もち米を主原料に用い、独自の製法で長期熟成させることで生まれる芳醇な香りとまろやかな酸味が特徴です。この香醋は単なる調味料に留まらず、小籠包のつけダレとしてはもちろん、多彩な料理の風味を際立たせる名脇役となっています。鎮江でぜひ味わいたいのは「肴肉(ヤオロウ)」という郷土料理。豚のすね肉をじっくり煮込み冷やし固めた煮こごりのような一品で、生姜を細切りにして香醋でいただくと肉の旨味が引き立ち、さっぱりとした中にも深みのある味わいを楽しめます。現地には「恒順醋業」などの大手メーカーによる博物館もあり、香醋の歴史や製造過程を学べるスポットも。お土産に一本購入するのもおすすめです。スーパーや専門店では様々な種類の香醋が売られていますが、熟成年数が長く色の濃いものほど香り高く、味わいに深みがあります。料理好きな方への贈り物としても喜ばれることでしょう。
蘇州の甘い誘惑 — 松鼠桂魚と蘇州麺
蘇州まで足を伸ばすと、また異なる食の世界が広がります。蘇州料理は全体的に甘めの味付けが特徴で、見た目にも華やかなのが魅力です。その代表的な料理が「松鼠桂魚(ソンシューグイユー)」です。淡水魚のケツギョに細かく切り込みを入れ、唐揚げにした後に甘酢あんをかけた一品。揚げられた身がリスの毛のように逆立つことからこの名前がつきました。カリッとした衣とふわふわの白身、甘酸っぱいあんの絶妙なコントラストは祝宴に欠かせず、少し値は張るものの旅の記念に一度は味わう価値があります。
また、蘇州の庶民的な味として親しまれているのが「蘇州麺」。細くしなやかな麺と澄んだスープが特徴で、トッピング(澆頭)は豚の角煮や海老、キノコなど多彩に揃い、自分の好みに合わせてカスタマイズできる楽しさがあります。一杯の麺から蘇州の繊細な美意識と食へのこだわりを感じ取ることができるでしょう。レストランでの注文は、メニューの写真を指差すのがもっとも簡単です。近年では多くの店舗でテーブルに設置されたQRコードを読み込んで注文・決済できるシステムが普及し、AlipayやWeChat Payが使えると非常に便利です。使えない場合でも店員を呼んで現金で支払うことが可能です。
水郷の都・蘇州 – 呉の源流と文化が薫る街

もし南京が三国時代の呉の都であるならば、蘇州はさらにそのルーツである春秋時代の呉国の首都が置かれた土地です。街を取り囲む運河によって「東洋のヴェネツィア」と呼ばれるこの美しい都市は、三国志の時代にも重要な役割を果たしていました。
呉の始まりを象徴する蘇州
蘇州は春秋時代、呉王の闔閭(こうりょ)やその子である夫差(ふさ)が覇を争った呉国の中心地でした。孫子の兵法で知られる孫武が活躍したのもこの地です。三国時代の呉は、自らを春秋呉の子孫と称しており、直接的な繋がりは薄いものの、その精神的起源は蘇州にあると言えるでしょう。また、呉の名門四姓として知られる顧・陸・朱・張のうち、顧氏と陸氏はこの蘇州周辺を根拠地としていました。特に、呉末期の名将・陸遜はまさにこの地の出身であり、彼の存在が三国時代の呉と蘇州を強く結びつけています。
蘇州で感じる歴史の息吹
蘇州は運河や庭園で有名ですが、三国志や歴史ファンが訪れるべき名所も点在しています。
盤門 – 現存唯一の水陸両用城門
蘇州城南西に位置する「盤門」は、現存する中で唯一、水路と陸路の城門が一体化した珍しい構造を持つ城門です。創建は春秋時代に遡るとされ、現在の門は元代に再建されたものですが、基本的な構造は古代の姿を今に残しています。城壁の上を歩けば、外敵の侵入を防ぐ陸の門と、船の出入りを管理する水の門が連携して機能していたことがよく理解できます。堅牢なこの城門が呉国の繁栄を支えていました。隣接する呉門橋や瑞光塔とともに「盤門三景」と呼ばれ、蘇州の歴史的風景を象徴しています。チケットは現地の窓口で購入でき、比較的スムーズに入場が可能です。
虎丘 – “呉中第一の名勝”と闔閭の墓と伝わる場所
蘇州の北西に位置する「虎丘」は風光明媚な丘陵地帯で、多くの文人墨客に古くから愛されてきました。ここには「中国のピサの斜塔」と称される雲岩寺塔がそびえています。またこの虎丘は、春秋時代の呉王・闔閭が埋葬されたと伝えられる場所でもあります。伝説によれば、闔閭の墓には3000本の名剣が副葬されており、その位置を探し求めて秦の始皇帝や呉の孫権も発掘を試みたと言われていますが、いまだに発見には至っていません。今なお虎丘のどこかに眠るとされる王墓の伝説は、訪れる人々の想像力をかき立てます。歴史のロマンに溢れたこの地はゆったりと散策するのに最適で、園内は広範囲にわたるため、最低でも半日をかけて訪れることをおすすめします。
旅の実用情報 – トラブルとその対処法
どんなに準備しても、海外旅行にはトラブルがつきものです。万一の際に冷静に対処できるよう、あらかじめ知識を身につけておきましょう。
- 交通トラブル: タクシーを利用する際は、必ずメーター使用を明確に伝えましょう。言葉が不安な場合は、メモに「打表(ダービャオ)」と書いて見せると効果的です。近年は`DiDi`(滴滴出行)などの配車アプリが普及しており、料金が事前にわかるため安心して使えます。Alipayなどの決済と連携可能です。公共交通で乗り間違えたときは慌てず、次の駅で下車して駅員に尋ねるか路線図を確認しましょう。
- 体調不良: 軽度の腹痛や頭痛なら市内の薬局(药店)で薬を購入できます。スマートフォンの翻訳アプリを用い症状を伝えれば、適切な薬を案内してもらえるでしょう。ただし症状が重い場合は無理せずホテルのフロントへ相談し、外国人が受診可能な病院を紹介してもらうのが最善です。海外旅行保険には必ず加入し、保険会社のサポート窓口の連絡先はすぐに確認できるよう保管しておきましょう。
- 紛失・盗難: パスポートを紛失した場合、まずは最寄りの公安局(警察署)で紛失証明書を発行してもらいます。その後、管轄の日本総領事館(南京や蘇州なら在上海日本国総領事館)で「帰国のための渡航書」を申請する必要があります。手続きには写真や戸籍謄本などが求められることもあるので、パスポートのコピーや顔写真のデータは別に保管し、スムーズに対応できるよう準備しておきましょう。
- 返金・キャンセル: 高速鉄道やホテルの予約をキャンセルする場合、それぞれの規定に則る必要があります。特に中国の鉄道チケットはキャンセル時期により手数料が異なります。`Trip.com`などの予約プラットフォームであれば、アプリ内でキャンセルできるケースが多いですが、事前にポリシーを確認しておくことが重要です。 在上海日本国総領事館の公式サイトにはトラブル解決に関する情報が掲載されているため、ブックマークしておくと安心です。
呉の武将たちに思いを馳せる – ゆかりの地をさらに深く
旅も後半戦に差し掛かりました。南京、鎮江、蘇州といった主要都市を訪れるだけでも、呉の世界を十分に味わえますが、もし時間に余裕があれば、より深く武将たちの人物像に迫る旅も可能です。
周瑜の故郷、廬江(現在の安徽省)
「赤壁の戦い」で曹操の大軍を打ち破った呉の都督・周瑜。容姿端麗で音楽にも長けた才人として知られる彼の故郷は、現在の安徽省廬江県にあたります。南京から西へ高速鉄道を乗り継げば、日帰りも不可能ではありません。現地には周瑜の墓や、彼の功績を称える周瑜文化園などがあり、稀代の名将のルーツに触れることができます。こうした場所へ足を伸ばすのは熱心なファンに限られるかもしれませんが、地方都市にはまだ知られていない歴史の断片が多く眠っているのです。
陸遜と歩氏の物語
夷陵の戦いで劉備の大軍を撃退し、呉の後期を支えた名将・陸遜。彼の出身氏族である陸氏は、蘇州の由緒ある名門でした。蘇州の街を歩きながら、こうした地からあの知略に優れた将軍が誕生したことに思いを馳せるのも一興です。また、孫権が最も寵愛した女性、歩夫人(歩練師)も呉郡(現在の蘇州周辺)の出身と伝えられています。孫権が皇后を立てなかったのは、彼女を皇后にしようと考えていたからだともいわれます。英雄たちの背景には、このような女性たちの存在や彼らを支えた氏族の力があったのです。
お土産選びのヒント – 現地で手に入れたい逸品
旅の締めくくりには、思い出を形にするお土産選びがおすすめです。グルメライターの視点から、自信を持っておすすめできる品々をご紹介します。
- 南京: 何と言っても「塩水鴨」の真空パックがおすすめです。専門店の品を選べば、日本に帰国してからも本場の味を楽しめます。また、雨花台で産出される美しい模様が特徴の小石「雨花石」も、南京ならではのユニークなお土産です。
- 蘇州: 「蘇州刺繍」はその繊細さと美しさで世界的に知られています。小さな作品なら手頃な価格で手に入ります。お茶好きの方には、中国十大銘茶の一つに数えられる緑茶「碧螺春(へきらしゅん)」もおすすめです。爽やかな香りと上品な甘みが魅力です。
- 鎮江: こちらは間違いなく「鎮江香醋」が一押しです。料理に使うだけでなく、水や蜂蜜で割って健康ドリンクとしても楽しまれています。さまざまなラベルデザインがあるため、選ぶ楽しみもあります。
これらの品は観光地の土産物店だけでなく、地元の人が利用するデパートの地下食品売り場や大型スーパーマーケットでも質の良いものを見つけることができます。特に食料品は、そうした場所の方が価格が良心的で品揃えも豊富な場合が多いので、ぜひ探してみてください。詳しい産地情報などは、中国観光公式サイトも参考になります。
長江の流れに見た孫呉の精神

南京から始まり、鎮江、そして蘇州へと巡った今回の旅。それは単なる三国時代の史跡を訪れるだけの旅ではありませんでした。長江という大河の流れとともに生きてきた人々の、しなやかで現実的、かつ文化を大切にする精神に触れる旅でもありました。魏の掲げる圧倒的な力や、蜀の漢王朝復興という理想主義に対し、孫権の呉は江南という豊かな地を拠点に、現実的な外交と堅実な国づくりを推し進めました。その精神は、現代に受け継がれるこの地域の文化や、繊細で味わい深い料理の中に今もなお息づいているように感じられます。
孫権が築いた石頭城の城壁に立ち、周瑜が策を練ったと思われる長江を見渡し、陸遜が育ったと考えられる蘇州の風に吹かれる。歴史書の中の人物たちが、突然血の通った人間のように、まるですぐそこにいるかのように感じられる瞬間。それこそが歴史を巡る旅の醍醐味ではないでしょうか。この長い文章を読んでくださったあなたが、いつかこの地を訪れ、私と同じように時空を越えた感動を味わってくださることを心から願っています。長江の流れは、これからも変わることなく、英雄たちの夢の跡を静かに見守り続けていくことでしょう。

