エジプト、と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、ギザにそびえる三大ピラミッドの威容かもしれません。しかし、古代エジプト文明の真髄に触れ、その壮大な歴史の渦へと深く誘われたいと願うなら、目指すべき場所はナイル川中流域に広がる「ルクソール」をおいて他にありません。
かつて「テーベ」と呼ばれ、新王国時代にはエジプトの首都として空前の繁栄を極めたこの地は、まさに「天井のない博物館」。街の至る所に、ファラオたちが残した神殿や王墓が、3000年以上の時を超えて息づいています。悠々と流れるナイル川を挟んで、東岸は神々を祀る「生者の都」、西岸はファラオたちが眠る「死者の都」として、明確にその役割を分けていました。
この地を訪れることは、単なる観光ではありません。それは、ラムセス2世の野心、ハトシェプスト女王の決意、そして若き王ツタンカーメンの謎に満ちた生涯に思いを馳せる、時空を超えた対話の旅。灼熱の太陽の下で輝く巨大な石柱、ひんやりとした墓の中で鮮やかな色彩を放つ壁画、ナイルの川面を渡る心地よい風、そして街に響き渡るアザーンの声。そのすべてが五感を揺さぶり、訪れる者を古代の夢へと誘います。
さあ、荷物をまとめて心の準備を。これから、私と一緒に神々とファラオが織りなす壮大な叙事詩の世界、ルクソールへの旅を始めましょう。
生者の都・東岸エリア:神々の威光が宿る場所
ナイル川の東岸は、太陽が昇る方角であることから「生者の都」と見なされていました。人々が生活を営み、そして何よりも、国家の守護神であるアメン・ラー神をはじめとする神々を祀る巨大な神殿が次々と築かれた場所です。現在のルクソールの街の中心もこの東岸にあり、ホテルやレストラン、スーク(市場)が賑わいを見せています。しかし、その喧騒の中に、古代の威厳を今に伝える二つの偉大な神殿が、圧倒的な存在感を放っているのです。
夜の闇に浮かび上がる幻想の宮殿「ルクソール神殿」
ルクソールの旅は、まずこの神殿から始めるのがおすすめです。特に、夕暮れ時から夜にかけての時間帯。闇の中にオレンジ色の光でライトアップされた神殿の姿は、あまりにも幻想的で、まるで古代の神話の世界に迷い込んだかのような錯覚に陥ります。
ルクソール神殿は、主に新王国時代のアメンホテプ3世と、かの有名なラムセス2世によって建設されました。カルナック神殿が国家的な祭儀の中心であったのに対し、このルクソール神殿は、テーベの守護神であるアメン神、その妻であるムト女神、そして息子であるコンス神という「テーベ三柱神」を祀る、よりプライベートな性格の強い神殿でした。
年に一度の「オペトの祭り」の際には、カルナック神殿からこの三柱神の御神体が船に乗せられ、スフィンクスが並ぶ参道を通ってルクソール神殿へと巡幸したといいます。人々はこの祭りを熱狂的に祝い、神々の到来によって土地の豊穣と王権の再生を祈りました。
見どころを巡る
- 第一塔門とラムセス2世の巨像・オベリスク
神殿の入口に立つと、まずその威容に圧倒されるのが、ラムセス2世が増築した第一塔門です。壁面には、ラムセス2世がヒッタイトと戦った「カデシュの戦い」の様子が勇壮なレリーフで描かれており、彼の武勇を今に伝えています。 塔門の前には、かつては6体のラムセス2世の巨像が立っていましたが、現存するのは座像2体と立像1体。そして、天を突くようにそびえる1本のオベリスク。本来は2本一対で建てられていましたが、もう1本は19世紀にフランスへ贈られ、現在はパリのコンコルド広場に立っています。遠く離れた二つの都市で、同じ神殿のオベリスクが時を刻んでいると考えると、何とも不思議な気持ちになります。
- ラムセス2世の中庭
第一塔門をくぐると、周囲を二重のパピルス柱で囲まれた広大な中庭が広がります。ここもラムセス2世によって付け加えられた部分。興味深いのは、この中庭の一角に、後世になって建てられた「アブー・アルハッジャージのモスク」が存在していることです。神殿の遺跡の上に建つモスクのミナレット(尖塔)は、古代エジプト文明とイスラム文化が重なり合う、ルクソールならではのユニークな景観を生み出しています。
- アメンホテプ3世の列柱廊と中庭
ラムセス2世の中庭を抜けると、アメンホテプ3世が建設した、より荘厳で洗練された空間へと入ります。高さ約16メートル、開花式パピルスを模した見事な円柱が14本並ぶ列柱廊は、まさに圧巻の一言。夜のライトアップでは柱の陰影が強調され、吸い込まれそうなほどの奥行きと神秘性を感じさせます。 その奥には、同じくアメンホテプ3世による中庭が広がり、さらに神殿の最も奥、至聖所へと続いていきます。この至聖所は、後にアレクサンドロス大王によって改築され、彼自身がアメン神の子として描かれたレリーフが残っているのも見逃せないポイントです。
ルクソール神殿は、日中の太陽の下で見る姿も力強いですが、夜の静寂と光の中でこそ、その真の美しさが際立ちます。ナイル川からの夜風を感じながら、ゆっくりと時間をかけて歩いてみてください。柱の間に佇めば、ファラオや神官たちの囁きが聞こえてくるような、そんな不思議な体験ができるはずです。
古代エジプト最大の聖域「カルナック神殿」
もしルクソールで一つしか神殿を見る時間がないとしたら、誰もがこのカルナック神殿を挙げるでしょう。古代エジプトにおいて「イペト・スウト(最も選ばれし場所)」と呼ばれたこの場所は、単一の神殿ではなく、アメン大神殿を中心に、ムト女神の神殿、コンス神の神殿などが集まった巨大な複合体です。その規模は、実に2000年近くにわたって、歴代のファラオたちが次々と増改築を繰り返してきた結果であり、エジプト文明の壮大な歴史そのものを体現しています。
総面積は約100ヘクタール。その広大さは、ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂がすっぽりと入ってしまうほど、と言われれば想像がつくでしょうか。一歩足を踏み入れると、そのあまりのスケールに言葉を失い、人間の信仰がどれほど巨大な創造物を生み出すことができるのか、畏敬の念を抱かずにはいられません。
圧倒的なスケールの見どころ
- スフィンクス参道と第一塔門
かつてはルクソール神殿まで約3キロにわたって続いていたスフィンクス参道の一部が、カルナック神殿の入口に残っています。ルクソール神殿の参道が人間の顔を持つスフィンクスだったのに対し、こちらはアメン神の聖獣である羊の頭を持つ「牡羊のスフィンクス」がずらりと並び、訪れる者を聖域へと導きます。 その先にそびえる第一塔門は、未完成ながらもエジプトで最大級の規模を誇り、ここから始まる神殿の壮大さを予感させます。
- 大列柱室:石の森に迷い込む
カルナック神殿のハイライトであり、誰もが息をのむ空間が、この大列柱室です。サッカー場が一つ入るほどの広さに、なんと134本もの巨大な石柱が林立しています。中央の通路に並ぶ12本は特に高く、その高さは約21メートル。柱頭はパピルスの花が開いた形(開花式)を、その周りの122本の柱は蕾の形(閉花式)を模しており、まるで石でできたパピルスの森に迷い込んだかのようです。 柱や壁には、セティ1世やラムセス2世の功績を称えるヒエログリフやレリーフがびっしりと刻まれています。かつては極彩色に彩られていたというこの空間を想像してみてください。柱の間から差し込む光と影が織りなす神秘的な光景は、神々の威光を可視化するための壮大な装置だったのでしょう。その巨大な柱の一本にそっと触れてみれば、3000年以上前のファラオたちの情熱や、石を刻んだ人々の息遣いが伝わってくるようです。
- ハトシェプスト女王のオベリスク
大列柱室を抜けた先、第三塔門と第四塔門の間には、ひときわ高くそびえる1本のオベリスクが立っています。これは、古代エジプトで最も有名な女性ファラオ、ハトシェプスト女王が奉納したものです。高さは約29.5メートル、重さは推定320トン。花崗岩の一枚岩から切り出されたとは、にわかには信じがたい技術です。 興味深いことに、彼女の死後、王位を継いだトトメス3世は、ハトシェプストの存在を歴史から抹消しようと、このオベリスクの周りを壁で囲んで隠してしまいました。しかし皮肉なことに、その壁のおかげでオベリスクは風化から守られ、現在でも美しい姿を保っているのです。歴史の皮肉が作り出した奇跡と言えるでしょう。
- 聖なる池とスカラベの像
神殿の南側には、神官たちが儀式の前に身を清めたとされる「聖なる池」があります。静かな水面には、神殿の建造物が逆さに映り込み、美しい光景を作り出しています。 その池のほとりに、観光客に大人気のスポットがあります。それは、巨大なスカラベ(フンコロガシ)の石像です。古代エジプトでは、太陽神ケプリの化身として神聖視されたスカラベ。この像の周りを時計回りに7周すると願いが叶う、という言い伝えがあり、多くの人が願いを込めてぐるぐると回っています。旅の思い出に、試してみてはいかがでしょうか。
カルナック神殿はあまりに広大で、すべてをじっくり見て回るには半日以上かかります。時間に余裕を持って、地図を片手に迷子になるのを楽しむくらいの気持ちで散策するのがおすすめです。ファラオたちが競い合うようにして神々に捧げた信仰の結晶。その圧倒的なエネルギーを、全身で感じ取ってください。
洗練された展示が光る「ルクソール博物館」
古代遺跡の埃っぽさや猥雑さから少し離れて、静かな環境でじっくりと至宝の数々を鑑賞したいなら、ルクソール博物館は必訪の場所です。ナイル川沿いに建つこの近代的な博物館は、カイロのエジプト考古学博物館とは対照的に、展示品を厳選し、一つ一つを芸術品のように美しくライトアップして見せる、洗練された展示方法で知られています。
館内は広すぎず、それでいて見応えのあるコレクションが揃っており、古代エジプト美術の質の高さを改めて実感させてくれます。
注目のコレクション
- ツタンカーメン王墓からの出土品
王家の谷にあるツタンカーメン王墓から発見された副葬品の一部が、ここに展示されています。特に、カノポスの壺(ミイラを作る際に取り出された内臓を納める壺)を収めていたアラバスター製の美しい厨子や、王妃アンケセナーメンに寄り添うツタンカーメンの姿が描かれた黄金の椅子の背もたれなど、若き王の宮廷生活を偲ばせる品々は必見です。
- 新王国時代の彫像
アメンホテプ3世の頭部像や、トトメス3世の美しい閃緑岩の像など、新王国時代の彫刻技術の粋を集めた傑作が並びます。ライティングによって浮かび上がるファラオたちの表情は、力強さの中にも人間的な繊細さを感じさせ、思わず見入ってしまいます。
- ミイラ室
博物館の別館には、新王国時代の偉大なファラオであるアフメス1世とラムセス1世のミイラが安置されています。厳かな雰囲気の中、ガラスケースに横たわるファラオの姿を目の当たりにすると、彼らが歴史上の人物であると同時に、一人の人間であったことを強く感じさせられます。古代エジプト人の死生観、そしてミイラ製作の驚くべき技術に、改めて畏敬の念を抱くことでしょう。
ルクソール博物館は、遺跡巡りの合間に訪れると、知識を整理し、美術品としての古代エジプトの魅力を再発見できる素晴らしい場所です。涼しい館内で、しばし喧騒を忘れ、静かな時間をお過ごしください。
死者の都・西岸エリア:ファラオたちの永遠の眠り
ナイル川を渡り、太陽が沈む西岸へ。そこは、古代エジプト人が来世への旅立ちの場所と考えた「死者の都」です。岩山が連なる荒涼とした大地に、ファラオたちは永遠の安息を求め、豪華絢爛な墓を秘密裏に築きました。ピラミッドのように目立つ建造物をやめ、盗掘から墓を守るために地下深くに玄室を掘ったのです。西岸エリアは、まさに古代エジプトの死生観と来世への願いが凝縮された、神秘と謎に満ちた場所と言えるでしょう。
ファラオたちの眠る秘密の谷「王家の谷」
西岸観光のハイライト、それが「王家の谷」です。ごつごつとした岩肌がむき出しの、一見すると何もない不毛の谷。しかし、その地下には、新王国時代の歴代ファラオたちの墓が、まるで巨大な地下宮殿のように広がっているのです。現在までに60以上の墓が発見されており、その中でも最も有名なのが、1922年にハワード・カーターによって発見されたツタンカーメン王の墓でしょう。
王家の谷のチケットは、基本的に3つのお墓に入場できる共通券となっています。どの墓が公開されているかは時期によって変わりますが、それぞれに個性があり、壁画のテーマや保存状態も異なります。別途追加料金が必要な特別公開の墓(セティ1世の墓、ラムセス5世・6世の墓、ツタンカーメンの墓など)は、その価値に見合う、あるいはそれ以上の感動を与えてくれるでしょう。
必見の王墓
- ツタンカーメン王墓(KV62)
王家の谷で最も有名でありながら、最も小さい部類に入る墓です。しかし、その価値は大きさではありません。他のほとんどの王墓が古代のうちに盗掘されていたのに対し、この墓だけが、3000年以上もの間、誰にも荒らされることなく、ほぼ完全な形で発見されたのです。 墓の内部は非常に狭く、壁画が描かれているのは玄室のみ。しかし、その壁画の色彩の鮮やかさや、ミイラが納められていた黄金の厨子(現在はカイロ博物館所蔵)が置かれていた場所を見ると、発見時のカーターの興奮が伝わってくるようです。墓の中には、現在もツタンカーメン王本人のミイラが安置されており、ガラスケース越しに対面することができます。歴史を揺るがした発見の舞台に立つ感動は、何物にも代えがたいものがあります。
- ラムセス5世・6世の墓(KV9)
追加料金が必要ですが、もし時間に余裕があるならぜひ訪れてほしい、素晴らしい墓の一つです。長く続く通路の壁や天井には、天文図や「アムドゥアトの書」「洞窟の書」といった死者の書が、驚くほど鮮やかな色彩でびっしりと描かれています。特に玄室の天井に描かれた天空の女神ヌトが、太陽を飲み込み、再び産み出す様子を描いた天文図は圧巻。古代エジプト人の宇宙観、死と再生の思想が凝縮された、まさに芸術作品です。その色彩の豊かさと保存状態の良さは、王家の谷の中でも随一と言えるでしょう。
- セティ1世の墓(KV17)
「最も美しい墓」と称されることもある、セティ1世の墓。全長100メートルを超える長大な墓で、内部のレリーフの精緻さと芸術性の高さは群を抜いています。残念ながら保存状態の悪化により、長年閉鎖されていましたが、近年、修復を経て再び公開されるようになりました。入場料は高額ですが、その価値は十分にあります。まるで美術書の世界に飛び込んだかのような、繊細で美しい壁画の数々は、古代エジプト美術の頂点とも言えるでしょう。
王家の谷の墓の内部は、外の灼熱の世界とは別世界の、ひんやりとした空気に包まれています。地下深くへと続く階段を下りていくと、まるでファラオの魂が眠る聖域へと入っていくような、厳かな気持ちになります。壁一面に描かれた神々やヒエログリフは、単なる装飾ではありません。それは、死せる王が無事に冥界の旅を終え、永遠の生命を得るための呪文であり、道しるべなのです。その色彩と物語に、じっくりと耳を傾けてみてください。
断崖に佇む壮麗な神殿「ハトシェプスト女王葬祭殿」
王家の谷からほど近い、切り立った断崖を背にして、まるで近代建築のような斬新なデザインの建造物が姿を現します。これが、古代エジプト史上、数少ない女性のファラオとして君臨したハトシェプスト女王の葬祭殿です。
彼女は、夫であるトトメス2世の死後、幼い甥(トトメス3世)の摂政として実権を握り、やがて自らファラオとなりました。男装し、付け髭をつけ、男性として国を統治したと伝えられています。この葬祭殿は、彼女が生前に自身の復活再生を願って建てたもので、その斬新な三層のテラス構造は、他のどの神殿とも一線を画す美しさを誇ります。
広大なスロープを上り、テラスを巡ると、壁には彼女の治世を物語る美しいレリーフが残されています。
- プント国遠征のレリーフ
第二テラスの南側には、ハトシェプストがアフリカの角にあったとされる伝説の国「プント国」へ交易団を派遣した際の様子が、生き生きと描かれています。珍しい動植物や香木をエジプトへ持ち帰る船団の様子は、彼女の治世が戦争だけでなく、平和的な交易によって繁栄したことを示しています。
- 誕生の物語のレリーフ
北側の柱廊には、彼女が最高神アメン神の子として生まれたという、神聖な誕生の物語が描かれています。これは、女性である彼女がファラオとなることの正当性を、神々の権威によって主張するためのものでした。
しかし、彼女の死後、王位を継いだトトメス3世は、彼女の存在を歴史から抹消しようと、この葬祭殿にある彼女の名前や姿を徹底的に削り取りました。壁に残る無数の傷跡は、古代の権力闘争の激しさを物語っています。壮麗な建築と、そこに刻まれた愛憎の歴史。そのコントラストが、この葬祭殿に一層の深みを与えています。
荒野に佇む孤独な巨人「メムノンの巨像」
西岸のサトウキビ畑が広がる平野に、ぽつんと二体の巨大な坐像がたたずんでいます。これが「メムノンの巨像」です。高さは約18メートル。朝日を浴びてシルエットとなるその姿は、非常に印象的で、多くの旅人の心を惹きつけてきました。
この巨像は、かつてこの場所にあったアメンホテプ3世の巨大な葬祭殿の門前に置かれていたものです。しかし、ナイル川の氾濫や地震によって葬祭殿は跡形もなく崩壊し、この二体の像だけが、3400年もの間、同じ場所で東の空を見つめ続けているのです。
古代ギリシャ・ローマ時代には、夜の間に含んだ水分が朝日を浴びて蒸発する際に、北側の像が口笛のような、あるいは竪琴のような不思議な音を発したことから、「歌うメムノン」として知られるようになりました。ギリシャ神話の英雄メムノンが、母である暁の女神エオスに語りかけているのだと信じられ、多くの皇帝や知識人がその声を聞きに訪れたといいます。現在は修復によって歌わなくなってしまいましたが、広大な畑の中に座る二人の巨人の姿は、失われた神殿の壮大さと、時の流れの無常さを静かに語りかけているようです。
王族の女性たちが眠る「王妃の谷」と生活が香る「貴族の墓」
王家の谷がファラオたちの墓所であるのに対し、その南には王妃や王子、王女たちが眠る「王妃の谷」があります。規模は小さいですが、ここには古代エジプトで最も美しいと称えられる墓、ラムセス2世の最愛の妃ネフェルタリの墓があります(注:公開状況や入場料は要確認。非常に高額なことで知られています)。もし見学の機会に恵まれれば、その内部の壁画の色彩の鮮やかさと、女神のように美しいネフェルタリの姿に、心を奪われることでしょう。
また、時間があればぜひ訪れてほしいのが「貴族の墓」です。王墓が神話の世界や来世への旅を描いているのに対し、貴族の墓の壁画には、当時の人々の生活の様子が、より生き生きと描かれています。宴会で踊る女性たち、畑を耕す農民、ナイル川での狩猟や漁の風景。それらはまるで、古代エジプトの日常を切り取ったスナップ写真のようです。ファラオたちの壮大な物語とはまた違う、人々の息遣いが感じられる温かみが、この墓にはあります。
ルクソールを120%楽しむためのアクティビティとグルメ
遺跡巡りだけがルクソールの魅力ではありません。この街には、古代のロマンをさらに深く感じさせてくれる素晴らしい体験や、旅の疲れを癒してくれる美味しい料理がたくさんあります。
空から遺跡を見下ろす「気球ツアー」
ルクソールの旅で、忘れられない思い出を作りたいなら、早朝の気球ツアーに参加することを強くお勧めします。まだ薄暗い夜明け前にホテルを出発し、ナイル川を渡って西岸へ。静寂の中、バーナーの轟音とともに巨大な気球がゆっくりと浮かび上がっていく瞬間は、期待感で胸が高鳴ります。
やがて空が白み始め、太陽が東の地平線から顔を出すと、眼下には信じられないような光景が広がります。朝日に染まるナイル川、緑豊かなサトウキビ畑、そしてその中に点在する王家の谷、ハトシェプスト女王葬祭殿、メムノンの巨像…。神々の視点から、自分たちが昨日歩いた「死者の都」を見下ろす体験は、まさに鳥肌ものの感動です。風にまかせて静かに空を漂う約1時間の空中散歩は、ルクソールの壮大なスケールを肌で感じる、最高の贅沢と言えるでしょう。
ナイルの風に吹かれて「ファルーカ・クルーズ」
エジプトの母なる川、ナイル。その雄大な流れを最も身近に感じられるのが、伝統的な帆掛け舟「ファルーカ」でのクルーズです。エンジン音のない静かな船上で、風の力だけで進むファルーカに乗れば、時間がゆったりと流れていくのを感じます。
特におすすめなのが、夕暮れ時のサンセット・クルーズ。空と川面がオレンジ色から紫色へと刻一刻と表情を変えていく中、対岸のヤシの木のシルエットが浮かび上がります。遠くから聞こえてくるアザーンの声と、頬をなでる心地よい川風。それは、どんな豪華なディナークルーズにも代えがたい、ロマンチックで心安らぐ時間です。東岸の喧騒を離れ、ただ静かにナイルの流れに身を任せる。そんな贅沢なひとときを、ぜひ味わってみてください。
活気と熱気に触れる「スーク(市場)散策」
旅の楽しみの一つは、地元の人々の生活に触れること。ルクソールの東岸にあるスークは、そのための絶好の場所です。迷路のように入り組んだ路地に、スパイスの香り、水タバコの甘い煙、そして人々の陽気な呼び声が満ちています。
色鮮やかなガラベーヤ(民族衣装)、きらきらと輝く香水瓶、エキゾチックなアクセサリー、手描きのパピルスなど、お土産を探すのも楽しい時間です。値段交渉は必須ですが、それもまたコミュニケーションの一つ。笑顔で「ラー、シュクラン(いいえ、ありがとう)」と言いながら、店主との駆け引きを楽しんでみましょう。熱気あふれる市場を歩けば、エジプトの人々のエネルギーを肌で感じることができるはずです。
旅のエネルギー源!エジプト料理を味わう
遺跡巡りでお腹が空いたら、美味しいエジプト料理でエネルギーをチャージしましょう。日本人の口にも合う、素朴で美味しい料理がたくさんあります。
- コシャリ:米、マカロニ、パスタ、豆などを混ぜ、フライドオニオンとトマトソースをかけて食べる、エジプトの国民食。炭水化物の塊ですが、不思議とクセになる美味しさです。
- ターゲン:肉や野菜をスパイスと煮込んだ、エジプト風の土鍋シチュー。羊肉のターゲンは特に絶品です。
- タアメイヤ:そら豆のコロッケ。中東のファラフェルに似ていますが、そら豆を使っているため、より風味豊かです。パンに挟んでサンドイッチにするのが定番。
- ハマム・マハシ:鳩のロースト。中に味付けしたお米を詰めて焼いたもので、ご馳走料理の一つです。
- フレッシュジュース:マンゴーやイチゴ、サトウキビなど、南国ならではの新鮮なフルーツをその場で絞ってくれるジュースは、火照った体に染み渡る美味しさです。
ナイル川沿いには、景色が良いレストランもたくさんあります。川面を眺めながら、ゆっくりと食事を楽しむのも、ルクソールならではの贅沢な時間です。
ルクソール旅行のための実用ガイド
最後に、ルクソールの旅をより快適で安全なものにするための、いくつかの実用的な情報をお伝えします。
ルクソールへのアクセス
日本からルクソールへの直行便はありません。カイロ国際空港で国内線に乗り換えるのが一般的です。カイロからルクソールまでは飛行機で約1時間。 また、時間に余裕があるなら、カイロから寝台列車で向かうのも風情があります。ナイル川に沿って南下する夜行列車の旅は、エジプトの広大さを実感させてくれるでしょう。所要時間は約10時間です。
ベストシーズン
ルクソールは砂漠気候に属し、夏(5月~9月)は日中の気温が40℃を超えることも珍しくありません。観光には、気候が穏やかになる秋から春(10月~4月)がベストシーズンです。特に、12月~2月は最も過ごしやすいですが、朝晩は冷え込むこともあるので、羽織るものがあると便利です。
市内の移動手段
- タクシー:最も一般的な移動手段。乗車前に必ず料金交渉をしましょう。相場を事前に調べておくと安心です。
- 馬車(カレッシュ):東岸の街中をのんびりと観光するのに人気です。これも料金交渉が必須ですが、風情のある体験ができます。
- 渡し船:東岸と西岸を行き来するには、地元の人が利用するパブリック・フェリーが安くて便利です。観光客向けのモーターボートもあります。
服装と持ち物
- 服装:日差しが非常に強いので、帽子、サングラス、日焼け止めは必須です。肌の露出が少ない、通気性の良い長袖・長ズボンが快適で、日焼け対策にもなります。イスラム教の国なので、特に女性は過度な露出は避けた方が無難です。
- 靴:遺跡は広く、足場が悪い場所も多いので、歩きやすいスニーカーなどが必須です。
- 持ち物:水分補給のための水、ウェットティッシュ、砂埃対策のマスクやスカーフなどがあると便利です。
旅のヒントと注意点
ルクソールは比較的安全な観光地ですが、観光客を狙った客引きや物売りが非常に多いのも事実です。しつこくされても、興味がなければはっきりと、しかし笑顔で「ノー、サンキュー(ラー、シュクラン)」と断りましょう。毅然とした態度が大切です。
水分補給はこまめに行い、熱中症には十分注意してください。水道水は飲まず、必ずミネラルウォーターを購入しましょう。
時の彼方への扉を開く
ルクソールの旅は、私たちを日常から遠く離れた、壮大な時空の旅へと誘ってくれます。それは、教科書で読んだ歴史が、目の前で圧倒的なリアリティを持って立ち現れる体験です。巨大な神殿の石柱に刻まれたファラオの物語、王墓の壁画に描かれた来世への祈り、そして今も変わらず悠々と流れるナイル川。そのすべてが、数千年の時を超えて、私たちに何かを語りかけてきます。
この街を歩けば、誰もが歴史の探求者となり、考古学者となり、そして夢見る旅人となるでしょう。ファラオたちが夢見た永遠の生命。その壮大なロマンのかけらを、ぜひその目で確かめ、その肌で感じてみてください。ルクソールの神殿や王墓の扉は、いつでもあなたのために、時の彼方へと続く道を開いて待っています。

