ナイルの賜物、エジプト。その心臓部に脈打つ都市、カイロ。灼熱の太陽の下、悠久の歴史を刻むピラミッドがシルエットを描き、一方でクラクションと人々の活気が渦巻く喧騒の海が広がる。ここは、ファラオの時代からイスラム黄金時代、そして近代へと続く、幾重もの時間が地層のように積み重なった場所。ただの観光地という言葉では到底語り尽くせない、強烈な生命力と抗いがたい魅力に満ち溢れています。
ピラミッドの謎に思いを馳せ、イスラム地区の迷宮に迷い込み、コプト教の静謐な祈りに触れる。熱々のコシャリを頬張り、甘いミントティーで喉を潤し、水タバコの煙の向こうに地元の人々の笑顔を見る。カイロの旅は、五感をフル稼働させ、あなたの価値観を揺さぶる体験の連続です。
さあ、準備はいいですか?この混沌として美しい都市の扉を、一緒に開けてみましょう。古代の神秘と現代の熱気があなたを待っています。この記事が、あなたの忘れられないカイロへの旅の、確かな羅針盤となることを願って。
第1章:人類の至宝、古代エジプトの遺産を巡る
カイロを訪れる誰もがまず目指す場所、それは古代エジプト文明が残した偉大なるモニュメント群でしょう。4500年以上もの時を超えて、今なお人々を圧倒し続けるその存在感は、写真や映像で見るのとは比較になりません。自らの足でその地に立ち、乾いた砂漠の風を感じながら、ファラオたちの夢の跡を辿る旅へと出発です。
ギザの三大ピラミッドとスフィンクス:時を超えた絶対的な存在
カイロの代名詞であり、古代世界の七不思議で唯一現存する建造物。ギザの三大ピラミッドとスフィンクスは、まさにエジプト観光のハイライトです。カイロ市街の西側、砂漠との境界線にその威容を現します。
クフ王のピラミッド
三大ピラミッドの中で最大、そして最も古くに建造されたのが、クフ王のピラミッドです。高さ約138メートル(創建当時は約147メートル)、平均2.5トンの石灰岩ブロックを約230万個も積み上げて作られたという事実に、まず度肝を抜かれます。一体どうやってこれほどの巨大建築物を、かくも精密に作り上げたのか。その謎は、現代の技術をもってしても完全には解明されていません。
ピラミッドの魅力は、外から眺めるだけにとどまりません。追加料金を支払うことで、その内部に入ることができるのです。狭く、急な傾斜の通路を屈みながら進むと、王の玄室へとたどり着きます。中は空っぽの石棺が置かれているだけで、装飾もありません。しかし、この巨大な石の塊の中心に自分がいるという事実は、なんとも言えない不思議な感動を呼び起こします。閉所が苦手な方には少し厳しいかもしれませんが、体力に自信があればぜひ挑戦してほしい体験です。
カフラー王のピラミッドとスフィンクス
中央に位置するのが、クフ王の息子、カフラー王のピラミッドです。クフ王のものよりわずかに小さいですが、少し高い位置に建てられているため、遠くから見ると最も高く見えます。このピラミッドの特徴は、頂上付近に「化粧石」と呼ばれる仕上げの石灰岩が残っていること。かつてはピラミッド全体がこの滑らかな化粧石で覆われ、太陽の光を浴びて白く輝いていたと想像すると、その壮麗さに鳥肌が立ちます。
そして、このカフラー王のピラミッドの参道の守護者として鎮座するのが、かの有名なスフィンクスです。人間の顔とライオンの体を持つこの巨大な石像は、一枚岩から彫り出されたものとしては世界最大級。その視線は、遥か東の空、日の昇る方向を見つめています。長年の風化により鼻が欠けてしまっていますが、そのミステリアスな表情は見る者を惹きつけてやみません。スフィンクスの足元まで近づけるエリアもあり、その大きさを間近で体感することができます。
メンカウラー王のピラミッド
最も南側にあり、三大ピラミッドの中で一番小さいのがメンカウラー王のピラミッドです。小さいとはいえ、その高さは約65メートル。他の二つと並んで立つ姿は、絶妙なバランスを生み出しています。このピラミッドの周辺からは、美しい王妃のピラミッド群も見つかっており、古代エジプトの王家の構成を垣間見ることができます。
ギザ観光のポイント
ギザの三大ピラミッドを最も美しく見ることができるのが、少し離れた場所にあるパノラマポイントです。ここからは三つのピラミッドを一枚の写真に収めることができ、まさに絶景。ラクダに乗ってこのポイントまで移動するツアーも人気です。ラクダ使いとの料金交渉は必須ですが、砂漠をラクダの背に揺られて進みながらピラミッドを眺める体験は、忘れられない思い出になるでしょう。
また、夜には「音と光のショー」が開催されます。ライトアップされたピラミッドとスフィンクスを背景に、古代エジプトの歴史が壮大な音楽とナレーションで語られます。昼間の姿とはまた違う、幻想的な雰囲気に包まれる特別な時間です。
エジプト考古学博物館:ファラオの財宝との対面
ギザで古代建築のスケールに圧倒されたなら、次はその文明が生み出した精緻な芸術品と財宝に触れる番です。カイロ中心部のタハリール広場に隣接するエジプト考古学博物館は、古代エジプトファンならずとも必見の場所。10万点以上もの収蔵品が、訪れる者を時空の旅へと誘います。
※注意:近年、多くの収蔵品がギザに新設された「大エジプト博物館(GEM)」へ移管されています。訪問時期によっては、お目当ての展示品がGEMにある可能性がありますので、事前に最新情報をご確認ください。ここでは、伝統的な考古学博物館の魅力を中心にご紹介します。
ツタンカーメンの黄金のマスク
この博物館の至宝中の至宝、それが若きファラオ、ツタンカーメンの墓から発見された数々の副葬品です。中でも、2階の特別展示室に鎮座する「黄金のマスク」は、息をのむほどの美しさ。約11キログラムもの純金とラピスラズリなどの貴石で作られたマスクは、3000年以上も前に作られたとは思えないほど完璧な姿で輝いています。その澄んだ瞳に見つめられていると、古代の王の魂が宿っているかのような錯覚さえ覚えるでしょう。
マスクだけでなく、黄金の人型棺、きらびやかな装飾が施された玉座、動物の形をしたカノプス壺など、ツタンカーメン・コレクションはどれも一級の芸術品。これらがほぼ未盗掘の状態で発見された「王家の谷」の奇跡に、改めて驚かされます。
歴代ファラオのミイラ
もう一つのハイライトが、歴代の偉大なファラオたちのミイラが眠る「ミイラ室」です。ラムセス2世やセティ1世など、歴史の教科書で見たことのある王たちの顔を、ガラスケース越しに直接見ることができるのです。その表情は驚くほど生々しく、穏やかに眠っているかのよう。古代エジプト人が信じた来世への強い思いと、それを可能にした驚異的なミイラ作りの技術を肌で感じることができます。ここは神聖な場所。静かに、敬意を払って見学しましょう。
その他の必見展示
広大な館内には、他にも見どころが満載です。ロゼッタ・ストーンのレプリカ(本物は大英博物館)、書記座像のリアルな造形、巨大なアメンホテプ3世とティイ妃の巨像など、一つ一つをじっくり見ていたら一日あっても足りないほど。興味のある時代やテーマを絞って見学するのが効率的です。
サッカラとメンフィス:ピラミッドの原点を訪ねて
ギザのピラミッドがあまりにも有名ですが、その歴史はさらに古い時代、サッカラの地から始まりました。カイロから南へ約30キロ。ギザよりものどかな田園風景が広がるこのエリアは、エジプト観光の奥深さを知る上で欠かせない場所です。
サッカラの階段ピラミッド
紀元前27世紀頃、古王国第3王朝のジェセル王の墓として、宰相イムホテプによって設計されたのが、この「階段ピラミッド」です。それまでの「マスタバ」と呼ばれる長方形の墳墓を6段に積み重ねたその形は、後の真正ピラミッドへの過渡的な形態を示しており、「人類最古の石造建築」と言われています。
ギザのピラミッドのような完成された美しさとは違う、どこか素朴で、それでいて力強い存在感があります。近年、長年の修復作業を終えて、その内部の一部が公開されるようになりました。周辺には、美しいレリーフが残る貴族の墓や、セラピス神の聖なる牛アピスのミイラが葬られた地下墓地「セラペウム」など、見どころが点在しています。
メンフィス博物館
サッカラからほど近い場所にあるメンフィスは、古代エジプト古王国の最初の首都でした。かつての壮大な都の面影はほとんど残っていませんが、小さな野外博物館に、その栄華を物語るお宝が眠っています。
その主役が、「ラムセス2世の巨像」です。もともとは立像だったものが足首から折れてしまい、現在は屋内に横たえられた状態で展示されています。しかし、その大きさたるや!全長10メートルを超える巨像が目の前に横たわる姿は圧巻の一言。筋肉の表現や衣のひだなど、細部にわたる彫刻の見事さには目を見張るものがあります。古代エジプトで最も偉大とされるファラオの権力の大きさを、まざまざと見せつけられるようです。
第2章:千のミナレットの街、イスラム・カイロの迷宮へ
カイロはファラオの遺産だけの街ではありません。641年にアラブの支配下に入って以来、イスラム世界の中心地として繁栄を極めました。特に、ファーティマ朝によって建設された「アル・カーヒラ(勝利の街)」、すなわち現在のカイロは、今なお「千のミナレット(光塔)を持つ街」と称されるほど、数多くのモスクやイスラム建築がひしめき合っています。車のクラクション、人々の呼び声、スパイスの香り、そして一日五回響き渡るアザーン(礼拝への呼びかけ)。五感を刺激するイスラム・カイロの喧騒に、身を投じてみましょう。
ハン・ハリーリ市場:喧騒と宝物が渦巻く迷宮
イスラム地区の中心に位置するハン・ハリーリは、中世から続く巨大なスーク(市場)です。一歩足を踏み入れれば、そこはまるでアラビアンナイトの世界。狭い路地が迷路のように入り組み、両脇には所狭しと店が並びます。
きらびやかなランプ、精巧な銀細工、エキゾチックな香水瓶、色とりどりのスパイス、パピルスに描かれた古代の神々、水タバコのパイプ「シーシャ」。ありとあらゆる品物が、訪れる人の目を楽しませてくれます。店主たちの「コンニチハ!」「ヤスイヨ!」といった陽気な呼び込みも、この市場の風物詩。最初は戸惑うかもしれませんが、これも一つのコミュニケーションです。
ショッピングの極意
ハン・ハリーリでの買い物は、交渉が基本。言い値で買うのはもったいない。まずは気になる品物を見つけたら、店主と笑顔で会話を始めましょう。相手の提示額に対して、まずは半額くらいから交渉をスタートしてみるのが一般的です。もちろん、無理な値切りは禁物。お互いが納得できる価格で、気持ちよく買い物を楽しむのが一番です。複数の店で同じような商品の値段を聞いて回り、相場観を掴んでおくのも良い方法です。
老舗カフェで一休み
歩き疲れたら、市場の喧騒を眺めながら一休みするのも乙なもの。ハン・ハリーリの心臓部には、1797年創業の老舗カフェ「フィシャーウィ(El Fishawy)」があります。ノーベル賞作家ナギーブ・マフフーズも通ったというこのカフェは、いつも地元の人々と観光客でごった返しています。大きな鏡張りの壁が、狭い店内を不思議な空間に演出しています。ここでいただく甘いミントティー(シャーイ・ビ・ナアナー)や、濃厚なトルココーヒーは格別。立ち上る水タバコの煙と人々のざわめきに身を任せれば、あなたもカイロの日常に溶け込んだような気分になれるはずです。
シタデルとムハンマド・アリー・モスク:カイロを見下ろす白亜の殿堂
イスラム地区の東側、小高い丘の上に聳え立つのが「シタデル(城塞)」です。12世紀にサラディン(サラーフッディーン)によって、十字軍の侵攻からカイロを守るために建設されました。以来、約700年もの間、エジプトの政治の中心であり続けた場所です。
このシタデルの最も高い場所に建ち、カイロのランドマークとなっているのが「ムハンマド・アリー・モスク」です。19世紀、近代エジプトの父と称されるムハンマド・アリーによって建てられました。オスマン・トルコの様式を取り入れた巨大なドームと、鉛筆のように細く尖った2本のミナレットが特徴的で、その美しい姿から「アラバスター・モスク」とも呼ばれています。
壮麗なる内部空間
一歩中に入ると、その豪華絢爛な装飾に圧倒されます。無数のランプが吊り下げられた大ドーム、アラバスターで覆われた壁、赤い絨毯が敷き詰められた床。荘厳でありながら、どこか温かみのある光に満ちた空間が広がっています。ここは現役のモスクですが、観光客にも開放されており、イスラム教徒でなくともその神聖な雰囲気を味わうことができます。女性はスカーフなどで髪を覆うのを忘れずに。
城塞からの絶景
ムハンマド・アリー・モスクの魅力は、建物そのものだけではありません。モスク前の広場からは、カイロの街並みを一望することができます。眼下にはイスラム地区の雑然とした街並みが広がり、その向こうにはナイル川、そして晴れた日には、遥か彼方にギザのピラミッドのシルエットまで見ることができるのです。古代から現代まで、カイロの全てがここにあるかのような、感動的なパノラマビューです。
ムイッズ通り:イスラム建築の野外博物館
ハン・ハリーリの西側を南北に貫く「ムイッズ通り」は、かつてのカイロのメインストリート。ファーティマ朝からマムルーク朝、オスマン朝に至るまで、各時代の壮麗なモスクやマドラサ(神学校)、霊廟、公共の水飲み場(サビール)などが、約1キロにわたって建ち並んでいます。まさに「イスラム建築の野外博物館」と呼ぶにふさわしい通りです。
昼間は車両通行止めになっていることが多く、ゆっくりと散策を楽しむことができます。カラーン・モスク・マドラサ・霊廟複合施設や、アズハル・モスク、アル・ハーキム・モスクなど、歴史的価値の高い建築物が目白押し。精緻な幾何学模様の装飾、美しいアラベスク模様のレリーフ、色鮮やかなタイルなど、イスラム芸術の粋を存分に堪能できます。
特に、日没後にライトアップされたムイッズ通りは必見。幻想的な光に照らし出された歴史的建造物が夜空に浮かび上がり、昼間とは全く違うロマンチックな雰囲気に包まれます。地元の人々が夕涼みに集い、子供たちが走り回る。そんな日常の風景と歴史的景観が融合した、カイロならではの夜を体験してみてください。
イブン・トゥールーン・モスク:静寂に包まれたカイロ最古のモスク
イスラム・カイロの喧騒から少し離れた場所に、静かに佇む巨大なモスクがあります。それが、9世紀に建てられた「イブン・トゥールーン・モスク」です。現存するモスクとしては、カイロで最も古く、創建当時の姿をほぼそのまま留めている貴重な存在です。
ムハンマド・アリー・モスクのような華やかさはありませんが、日干しレンガで造られた素朴で雄大な姿には、心を落ち着かせる不思議な力があります。広大な中庭を囲む回廊には、美しいアーチが連続し、静寂と祈りの空間を作り出しています。
このモスクの最大の特徴は、外側に螺旋階段がついたユニークな形のミナレットです。これは、イラクのサーマッラーにある大モスクのミナレットを模したと言われています。階段を上ると、360度のパノラマが広がります。眼下にはモスクの幾何学的な美しさ、そして遠くにはシタデルやカイロの街並みを望むことができます。ハン・ハリーリの喧騒に疲れたら、ぜひここまで足を延ばし、悠久の時の流れを感じてみてください。
第3章:オールド・カイロ、コプト教の聖地に触れる
カイロの歴史は、イスラム教よりもさらに遡ります。イスラムがエジプトに伝わる以前、この地はキリスト教の一派である「コプト教」の中心地でした。その歴史の面影を今に色濃く残しているのが、「オールド・カイロ」または「コプト・カイロ」と呼ばれる地区です。イスラム地区の喧騒とは対照的な、静かで敬虔な雰囲気に包まれたこの場所は、カイロの多様な顔を知る上で欠かせないエリアです。
古代ローマ時代に築かれたバビロン要塞の跡地に、古い教会や修道院、そしてエジプト最古のシナゴーグ(ユダヤ教会堂)がひっそりと寄り添うように建っています。細い路地を歩けば、どこからか聖歌が聞こえてくるような、不思議な安らぎを感じる場所です。
ハンギング・チャーチ(アル・ムアッラカ教会):宙に浮かぶ教会
オールド・カイロの入口に位置し、最も有名な教会がこの「ハンギング・チャーチ」です。その名の通り、ローマ時代の要塞の南門の上に「ぶら下がる(Hanging)」ように建てられていることから、この名で呼ばれています。地上から階段を上って教会に入るという、ユニークな構造をしています。
教会の内部は、荘厳かつ美しい空間です。暗い木材を基調とした中に、象牙や貝殻で精緻なモザイクが施された説教壇や祭壇が輝きを放っています。特に、13枚の柱で支えられた身廊は、イエスと12人の使徒を象徴していると言われ、そのうちの一本だけが黒い大理石でできており、裏切り者のユダを表していると伝えられています。何世紀にもわたって受け継がれてきた信仰の歴史が、空気そのものに染み込んでいるかのような場所です。
聖セルギウス教会(アブ・セルガ教会):聖家族ゆかりの地
ハンギング・チャーチからほど近い場所にある「聖セルギウス教会」は、カイロで最も古い教会の一つです。外観は質素ですが、この教会には非常に重要な伝承が残されています。
新約聖書によれば、ヘロデ王の迫害から逃れるため、幼子イエスを連れたヨセフとマリアの聖家族がエジプトへ逃避したとされています。その際、一家がしばらく身を潜めていたとされる洞窟が、この教会の地下にあるのです。現在もその地下聖堂(クリプト)に下りて見学することができ、世界中から多くのキリスト教徒が巡礼に訪れます。狭く湿った小さな空間ですが、2000年以上も前に聖家族がここにいたかもしれないと想像すると、深い感慨を覚えずにはいられません。キリスト教徒でなくとも、その歴史の重みに触れることができる貴重な体験です。
ベン・エズラ・シナゴーグ:ユダヤ教の歴史を刻む場所
コプト教地区の中に、ひっそりとユダヤ教のシナゴーグが佇んでいるのも、カイロの懐の深さを示しています。それが「ベン・エズラ・シナゴーグ」です。伝説によれば、ここは預言者モーセが幼い頃にナイル川から拾い上げられた場所であると信じられています。
現在の建物は19世紀に再建されたものですが、その歴史はさらに古く、この場所からは「カイロ・ゲニザ」として知られる、中世のユダヤ人社会の生活を記録した膨大な量の古文書が発見されました。これにより、当時の地中海世界の歴史を知る上で、非常に重要な手がかりが得られたのです。現在は礼拝は行われていませんが、美しいステンドグラスやトルコ様式の内装を見学することができます。コプト教地区の中で、異なる宗教が共存してきた歴史に思いを馳せることができる、興味深いスポットです。
第4章:ナイルの恵みと現代の鼓動、カイロの日常を体感する
古代の遺跡や歴史的建造物を巡るだけがカイロの旅ではありません。この街の本当の魅力を知るには、今を生きる人々の日常に触れ、その文化を体感することが不可欠です。悠久の流れを湛えるナイル川、近代的なビルが建ち並ぶダウンタウン、そして人々の胃袋と心を満たす絶品グルメ。カイロの現代的な顔と、そこに根付く豊かな文化を味わい尽くしましょう。
ナイル川クルーズ:母なる河の風を感じて
エジプト文明の源泉であり、カイロの街を悠然と流れるナイル川。この母なる河の景色を楽しまない手はありません。楽しみ方は様々です。
フェルーカでのんびりと
エジプトの伝統的な帆掛け舟「フェルーカ」に乗って、ゆったりと川面を進むのは最高の体験です。エンジンの音がしないため、聞こえるのは風が帆をはらむ音と、川のせせらぎ、そして遠くから聞こえる街の喧騒だけ。特に夕暮れ時、太陽がカイロの街並みを茜色に染めながら沈んでいく光景は、言葉を失うほどの美しさです。船頭さんがエジプトの歌を口ずさんでくれることも。短い時間ですが、カイロの旅の中でも特に心に残る、穏やかで贅沢なひとときとなるでしょう。
ディナークルーズで華やかに
夜には、ベリーダンスショーや音楽の生演奏を楽しみながら、豪華なビュッフェディナーを味わえるディナークルーズが人気です。ライトアップされたカイロの夜景を船上から眺めるのは、また格別。きらびやかな衣装をまとったダンサーの情熱的な踊りに手拍子を送り、美味しいエジプト料理に舌鼓を打つ。ロマンチックでエキサイティングなカイロの夜を満喫したい方におすすめです。
ダウンタウン散策:古き良きヨーロッパとカイロの今
タハリール広場を中心とするダウンタウン地区は、19世紀から20世紀初頭にかけて、「ナイルのパリ」を目指して整備されたエリアです。重厚で美しいヨーロッパ風の建築物が建ち並び、イスラム地区とは全く異なる雰囲気を醸し出すています。かつてはカイロで最もモダンで洗練された場所でした。
今では建物の多くは色褪せ、そのクラシックな佇まいが、かえってノスタルジックな魅力を放っています。老舗のカフェやレストラン、古本屋、小さな商店などが軒を連ね、地元の人々の生活が垣間見える場所でもあります。革命の舞台となったタハリール広場のエネルギーを感じながら、少し路地裏に入ってみるのも面白いでしょう。そこには、カイロの「今」の日常が息づいています。
カイロ・タワー:天空から見渡す混沌の海
ナイル川に浮かぶゲズィーラ島に聳え立つ、高さ187メートルのカイロ・タワー。蓮の花をモチーフにしたというそのデザインは、遠くからでもよく目立ちます。高速エレベーターで展望台まで上がれば、そこには360度の大パノラマが待っています。
眼下には、ナイル川の流れ、ダウンタウンのビル群、イスラム地区のミナレット、そして遥か西にはギザのピラミッド。これまで歩いてきたカイロの街が、まるで巨大なジオラマのように広がっています。この混沌として広大な都市の全体像を掴むには、最高の場所と言えるでしょう。特に、夜景の美しさは格別です。無数の光がまたたく様子は、まるで宝石箱をひっくり返したかのよう。旅の思い出を振り返りながら、この絶景に浸るのも素敵な時間です。
カイロの味を堪能!必食エジプトグルメ
旅の醍醐味は、なんといってもその土地の料理。エジプト料理は、中東や地中海、アフリカの食文化が融合した、素朴で滋味深い味わいが特徴です。カイロの街角で、ぜひ試してほしい絶品グルメをご紹介します。
コシャリ
エジプトの国民食といえば、まず「コシャリ」です。ご飯、マカロニ、スパゲッティ、ヒヨコ豆、レンズ豆などを混ぜ合わせ、その上にフライドオニオンをたっぷりとかけ、トマトソースと「ダッア」と呼ばれるお酢のソースをかけていただく、炭水化物の祭典のような一皿。最初は奇妙な組み合わせに思えるかもしれませんが、これが驚くほど美味しいのです。混ぜれば混ぜるほど味が馴染み、止まらなくなること間違いなし。安くて、早くて、お腹いっぱいになる、庶民の味方です。
ターメイヤとフール
ターメイヤは、そら豆をすり潰して作ったコロッケで、中東の他の国で食べられるヒヨコ豆のファラフェルとは一味違った、香ばしい風味が特徴です。アエーシ(エジプトのパン)に野菜と一緒に挟んでサンドイッチにするのが定番の食べ方。フールは、そら豆を柔らかく煮込んだペースト状の料理で、こちらもアエーシと一緒に食べます。ターメイヤとフールは、エジプト人にとって最もポピュラーな朝食メニューです。
マハシー
ピーマンやナス、ズッキーニ、キャベツの葉などにご飯やハーブ、スパイスを詰めて煮込んだ料理。野菜の甘みと、スパイスの効いたご飯の相性が抜群で、日本人の口にもよく合います。家庭料理の定番であり、レストランでも人気のメニューです。
シーシャ(水タバコ)で一服
カイロのカフェ(アハワ)の店先で、多くの人々が楽しんでいるのが「シーシャ(水タバコ)」です。フルーツなどで香り付けされたタバコの葉を炭で熱し、その煙を水にくぐらせてから吸い込みます。リンゴやミント、レモンなど様々なフレーバーがあり、煙はまろやかで香り高いのが特徴。地元の人のように、シーシャを燻らせながらお茶を飲み、道行く人々を眺める。そんなゆったりとした時間を過ごすのも、カイロならではの楽しみ方です。
第5章:快適で安全な旅のために知っておきたいこと
魅力あふれるカイロですが、快適で安全な旅にするためには、いくつか知っておくべき実用的な情報があります。文化や習慣の違いを理解し、しっかりと準備をして、心から旅を楽しみましょう。
ベストシーズン
カイロを訪れるのに最も快適なシーズンは、気候が穏やかな10月から4月頃です。日中の気温も過ごしやすく、朝晩は少し肌寒く感じることもあるため、羽織るものがあると便利です。 5月から9月は夏にあたり、日中の気温は40度を超えることも珍しくありません。特に日差しは強烈なので、この時期に訪れる場合は、熱中症対策、日焼け対策が必須です。ただし、空気は乾燥しているので、日本の夏のような蒸し暑さとは異なります。
服装と持ち物
- 服装: 基本的に夏服で問題ありませんが、イスラム教の国であることを考慮し、特に女性は肌の露出を控えた服装を心がけましょう。モスクを見学する際は、肩や膝が隠れる服装が必須です。髪を覆うためのスカーフを一枚持っていると、大変重宝します。また、日差し対策として帽子やサングラス、日焼け止めは季節を問わず必携です。朝晩の冷え込みや、冷房が効きすぎている室内対策に、長袖の羽織りものがあると安心です。
- 足元: 遺跡や街歩きなど、とにかくよく歩くので、履き慣れた歩きやすいスニーカーが最適です。砂地を歩くことも多いので、サンダルはあまりお勧めできません。
- その他:
- ウェットティッシュや除菌ジェル:何かと便利です。
- トイレットペーパー:公衆トイレや観光地のトイレに紙がないことも多いので、ポケットティッシュなどを多めに持参しましょう。
- 常備薬:胃腸薬や頭痛薬など、普段から使い慣れたものを持っていくと安心です。
交通手段
カイロ市内の移動は、いくつかの選択肢があります。
- タクシー: 白と黒のツートンカラーの古いタクシーはメーターがないことが多く、乗車前に料金交渉が必要です。比較的新しい白や黄色のタクシーはメーター制ですが、きちんと作動させるか確認しましょう。
- 配車アプリ(Uber/Careem): 最も旅行者におすすめなのが、Uberや現地でポピュラーなCareemといった配車アプリです。事前に行き先と料金が確定するため、言葉の心配や料金交渉の必要がなく、安心して利用できます。
- 地下鉄(メトロ): ダウンタウンやオールド・カイロなどへ移動する際に便利で、料金も非常に安いです。渋滞知らずなのも大きなメリット。ただし、ラッシュ時は非常に混み合います。女性専用車両があるので、女性はそちらを利用すると安心です。
治安と注意点
カイロは基本的に治安の良い都市ですが、旅行者を狙った軽犯罪は存在します。以下の点に注意して、トラブルを避けましょう。
- 客引き・しつこい物売り: 観光地では、「親切」を装って近づいてくる客引きが非常に多いです。「プレゼントだ」「ちょっと見るだけ」といった言葉に安易に乗らないこと。不要な場合は、はっきりと「ラー、シュクラン(いいえ、ありがとう)」と言って、毅然とした態度でその場を離れましょう。
- スリ・置き引き: 人混みでは、バッグは前に抱えるように持ち、貴重品は分散させるなど、基本的な注意を怠らないようにしてください。
- 写真撮影: 人物を撮影する際は、必ず一声かけて許可を得るのがマナーです。特に女性や子供の写真を無断で撮ることは避けてください。また、軍事施設や警察署、橋などの撮影は禁止されている場合があります。
- 交通マナー: カイロの交通事情はカオスです。信号はほとんど機能しておらず、車は絶えずクラクションを鳴らしながら走っています。道を渡る際は、地元の人に続いて、車の間を縫うように渡るしかありません。左右をよく確認し、十分に注意してください。
通貨と両替
エジプトの通貨はエジプト・ポンド(EGP)です。日本円からの両替はレートが悪いことが多いので、米ドルかユーロを日本で用意していき、現地でエジプト・ポンドに両替するのが一般的です。カイロ国際空港や市内の銀行、両替所で両替できます。ホテルでも可能ですが、レートは少し悪くなります。クレジットカードは、大きなホテルやレストラン、一部の土産物店で利用できますが、小さな店や市場では現金が基本です。少額の紙幣を多めに持っておくと、チップ(バクシーシ)やトイレ代などで便利です。
時の地層を歩く旅へ
古代のファラオが夢見た永遠の世界。イスラムの預言者が伝えた祈りの響き。そして、ナイルの流れと共に生きる人々のたくましい息吹。カイロは、訪れる者の時間感覚を麻痺させ、日常を遥か彼方へと吹き飛ばしてしまう、強烈な磁場を持つ都市です。
砂埃にまみれ、喧騒に耳を塞ぎたくなる瞬間もあるかもしれません。しかし、その混沌の奥には、何千年もの間、人々を惹きつけてやまない計り知れないほどの魅力が眠っています。スフィンクスの謎めいた微笑み、ミナレットから響くアザーンの調べ、市場で交わした何気ない笑顔。カイロで出会う一つ一つの光景が、あなたの心に深く刻まれ、人生という旅の、忘れられない一ページとなることでしょう。
さあ、地図を片手に、好奇心を羅針盤に。あなただけのカイロ物語を探しに、出かけてみませんか。この街は、いつでも両手を広げて、あなたを待っています。

