2019年に公開された映画『ジョーカー』は、単なるアメリカン・コミックのヴィラン誕生譚にとどまらず、現代社会が抱える根深い病巣を鋭くえぐり出し、世界中に大きな衝撃と議論を巻き起こしました。格差の拡大、社会からの孤立、精神衛生の問題。主人公アーサー・フレックが狂気のピエロ「ジョーカー」へと変貌していく様は、決してスクリーンの中だけの物語ではなく、私たち自身の現実と地続きであるかのような生々しさを帯びていました。この物語の舞台となった架空の都市「ゴッサム・シティ」は、その混沌と退廃の空気を、実在する街のロケーションを巧みに組み合わせることで、圧倒的なリアリティをもって描き出しています。その主要な舞台となったのが、アメリカ東海岸を代表する大都市、ニューヨークと、その隣に位置するニュージャージーです。今回は、世界を飛び回る仕事の合間を縫って、あの息詰まるようなゴッサムの空気を肌で感じるべく、映画の象徴的なシーンが撮影された地を巡る旅に出ることにしました。アーサーが駆け下りた階段、運命が変わった劇場、そして暴動が渦巻いた街角へ。この記事を読めば、あなたもゴッサムの住人になれる。さあ、狂気と悲哀が交錯する聖地巡礼の旅へ、ご案内しましょう。
ニューヨークを舞台にした映画の聖地巡礼に興味があるなら、夢と魔法に満ちた『グレイテスト・ショーマン』のロケ地巡りもおすすめです。
旅の準備:ゴッサム・シティへ向かう前に

計画なくして成功はなし。これはビジネスに限らず旅にも通じる真理です。特に映画『ジョーカー』のロケ地は、一般的な観光スポットから少し離れた、よりローカルな場所に点在しています。そのため、しっかりとした事前準備が旅行の満足度を大きく左右します。ここでは、ゴッサム・シティすなわちニューヨークとその近郊エリアに足を踏み入れる際に必要な具体的な準備と心得について詳しくご紹介します。
ニューヨーク行きの航空券を手配する:フライトと入国に関する基本事項
まずは、この旅の出発点であるニューヨークへの航空券を確保しましょう。日本からニューヨークへは、ジョン・F・ケネディ国際空港(JFK)、ニューアーク・リバティー国際空港(EWR)、ラガーディア空港(LGA)の3か所が主要な玄関口となります。特にJFKとEWRには直行便があり、非常に便利です。ビジネスシーン同様、旅においても費用と時間の効率化が求められます。一般的に航空券は出発の2〜3カ月前に予約すると比較的安く購入できるため、Google FlightsやSkyscannerといった比較サイトを利用し、複数の航空会社の料金や便のスケジュールを比較検討するのがおすすめです。
航空券の手配が終わったら、忘れてはならないのがESTA(電子渡航認証システム)の申請です。日本のパスポート所有者は90日以内の観光または短期ビジネス目的での滞在に限りビザが不要ですが、その代わりにESTAの認証が必須となっています。オンラインで手続きは簡単に完了しますが、偽サイトもあるため必ず公式サイトから申請してください。申請から承認まで最大72時間かかることもあるため、出発の1週間前までに済ませておくのが賢明です。認証が通れば2年間有効です。
空港に到着後、次に考えるべきは市内への移動方法です。JFKからはエアトレインと地下鉄を組み合わせるルートが最も経済的ですが、大きな荷物がある場合はタクシーやUber、Lyftなどの配車サービスが便利です。ニューアーク空港からはNJトランジットの電車を利用すれば、マンハッタンのペン・ステーションまで約30分でアクセス可能です。それぞれのメリット・デメリットや費用を踏まえ、自分の旅のスタイルに合った方法を選びましょう。
聖地巡礼の拠点選び:ホテル選択のポイント
ニューヨークでの宿泊場所の選択は、聖地巡礼の効率を左右する非常に重要な要素です。ロケ地はマンハッタン、ブルックリン、ブロンクス、さらにニュージャージー州のニューアークやジャージーシティなどに散在しています。これらのエリア全てにアクセスしやすい拠点を求めるなら、やはりマンハッタンのミッドタウンや交通の要であるペン・ステーション、グランド・セントラル駅周辺が有力な候補となります。
予算に応じて様々な選択肢があります。高級ホテルで快適な滞在を望むなら、パークハイアットやセントレジスといったラグジュアリーホテルがおすすめです。一方、費用を抑えつつもセンスのよい宿をお探しなら、ブルックリンのウィリアムズバーグやブッシュウィック地区にあるブティックホテルも魅力的です。これらの地区は、ゴッサムのもつアートやアンダーグラウンドな雰囲気を体感できるスポットとしても最適です。
ホテル予約サイトでロケーションや料金を比較する際は、最寄りの地下鉄駅からの距離も必ず確認しましょう。ニューヨークの移動は基本的に地下鉄が主役です。駅から徒歩5分以内であれば、どこへ行くのも便利です。近年はサービスアパートメントタイプの宿泊施設も増えており、キッチン付きの部屋で自炊しながら現地の暮らしを体験するスタイルも魅力的です。
必携アイテムと心得:持ち物リストと注意点
ゴッサムの街を縦横無尽に巡るには、適切な準備が欠かせません。ここでは、快適かつ安全に聖地巡礼を進めるための持ち物リストと心得ておくべき注意点をまとめました。
持ち物リスト
- 歩きやすい靴: これが最も重要です。石畳やアスファルトの上を長時間歩くことになりますので、クッション性の高いスニーカーは必須アイテムです。
- モバイルバッテリー: 地図アプリの利用や写真撮影でスマホのバッテリーは意外に早く減ります。大容量タイプを携帯することをおすすめします。
- オフラインマップ: 地下鉄内など電波が届きにくい場所や、通信障害に備えGoogle Mapsのオフライン機能で訪問予定エリアの地図を事前にダウンロードしておくと安心です。
- メトロカードまたはOMNY対応のクレジットカード: ニューヨーク市内の公共交通機関には必須です。現在はタップ式で乗車できるOMNYシステムが主流ですが、念のためメトロカードの購入方法も把握しておくと安心です。
- カメラ: スマホでも十分ですが、映画のワンシーンのような写真を撮りたいなら広角レンズ付きのカメラがあると建物の全景や迫力ある階段を収めやすくなります。
- 少額の現金: クレジットカードが主流ですが、小さなデリや屋台などで現金のみ対応の場合もあるため用意しておきましょう。
注意すべきルールや心得
- 治安への配慮: ニューヨークの治安は改善されましたが、特にブロンクスなど一部地域では夜間の単独行動は避けるのが賢明です。常に周囲に気を配り、貴重品は身体の前側で管理し、高価なアクセサリーを目立つように着用しないよう心がけましょう。
- 写真撮影のマナー: ロケ地の多くは一般の住民が生活する住宅街や公共施設です。特に個人宅(アーサーのアパートなど)の外観を撮影する際は、住人のプライバシーを尊重し敷地内に無断で入ったり、大声で騒いだりすることは避けてください。三脚の使用が禁止されている場所も多いので、事前の確認が必要です。
- 公共の場での振る舞い: 地下鉄内での大声での会話やゴミのポイ捨ては絶対に控えましょう。ニューヨーカーの生活に敬意を示し、スマートな行動を心掛けてください。
ブロンクス編:あの”階段”で踊るために
映画『ジョーカー』を象徴するシーンと言えば、アーサーが鮮やかなスーツに身を包み、軽やかな足取りで階段を踊るように降りていくあの長い階段です。この場面は、苦悩に満ちたアーサー・フレックから、混沌の具現であるジョーカーへと彼が完全に変貌を遂げた瞬間を視覚的に捉えた、本作の見どころの一つと言えるでしょう。この伝説的なロケーションは、ニューヨーク市ブロンクス区に実際に存在しています。
ハイライト:ジョーカー・ステップス(Joker Stairs)
この階段の正式名称は「ステップ・ストリート」です。ブロンクス区のハイブリッジ地区にあり、シェイクスピア・アベニューとアンダーソン・アベニューをつなぐ急勾配の坂道に設置された公共階段になります。映画の公開後、瞬く間に世界中のファンが訪れる観光スポットとなり、現在ではGoogle Mapsにも「Joker Stairs」として登録されているほどです。
アクセス方法
- 最寄り駅はニューヨーク市地下鉄の4番線、B線、D線が停車する「167 St」駅です。マンハッタンのミッドタウンから向かう場合は、急行が運行されているD線(オレンジのライン)を利用するのが最も速く、約30分で到着します。B線は運行時間帯により変動があるため注意が必要です。
- 「167 St」駅で降りたら、進行方向の後ろ側にある出口から地上に出ます。Grand Concourseという大通りに出たら西へ向かい、167丁目を進んでください。しばらく歩くと左手にアンダーソン・アベニューが現れるので、そこで左折すると目の前に映画そのままの壮大な階段が姿を現します。
訪問時の注意事項とマナー この階段は観光名所であると同時に、地元住民の生活に欠かせない道路でもあります。訪問の際は以下の点を必ず守りましょう。
- 住民への配慮: 階段の途中で長時間立ち止まったり、通行人の妨げになる行為は控えてください。特に朝夕の通勤通学時間は多くの人が利用します。譲り合いの心を持って行動しましょう。
- 騒音禁止: 映画のシーンを真似て大音量で音楽を流したり、大声で騒いだりすると近隣住民に迷惑をかけるため、静かに敬意を持って訪れることが大切です。
- 記念撮影のポイント: ここは多くの観光客が訪れるため、人のいない写真を撮るのは難しいです。平日の午前中など比較的空いている時間帯を狙うのがオススメです。映画のように上から見下ろす構図や、下から階段を見上げて撮ると、階段の長さと迫力が際立ちます。撮影時は通行の妨げにならないよう素早くポーズを決めましょう。
- 治安について: ブロンクスはかつて治安に不安を抱えた地域でしたが、ハイブリッジ地区は近年再開発も進み、昼間は比較的安全です。ただし夕方以降は雰囲気が変わる場合もあるため、初めて訪れる際は必ず明るい時間帯に足を運び、周囲への注意を怠らないようにしてください。
実際に階段に立つと、スクリーンで見る以上の存在感があり、街に根付いた生活感に圧倒されるでしょう。一段一段に、この場所で暮らす人々の喜びや悲しみが染み込んでいるかのようです。アーサーが重い足取りで上り、そして軽やかに踊って降りたその対比を思い浮かべながら、ゆっくりと歩いてみてください。ゴッサムの街のリアルな息吹を体感できるはずです。
アーサーの住むアパート
ジョーカー・ステップスを訪れたなら、ぜひセットで訪れたいのがアーサーが母と暮らしていたアパートです。この建物は階段の最上部から道を挟んだすぐそば、アンダーソン・アベニュー1150番地にあり、特徴的なレンガ造りの外観で、すぐに見つけられます。
映画では古びた陰鬱な雰囲気をまとっていましたが、実際の建物もニューヨークの昔ながらの集合住宅の趣を色濃く残しています。ここでアーサーが妄想を膨らませ、徐々に狂気に追い込まれていったと思うと感慨深いものがあります。
見学時の必須ルール
- 外観のみの見学: 現在も多くの住民が暮らす私有の居住空間のため、内部への侵入やドアを開ける行為、窓をのぞき込むことは厳禁です。これらは不法侵入にあたり、重大なトラブルを招く恐れがあります。
- 住民への配慮: 建物前に長時間居座ったり、入退去の妨げになる行動は避けましょう。撮影は公道から静かに全体を収める程度にとどめてください。
ジョーカー・ステップスとアーサーのアパートは、彼の平凡でありながらも崩壊していく日常、そして解放への一歩が凝縮された聖地の核と言えます。ブロンクスの風を感じながら、アーサー・フレックという一人の男の人生に思いを馳せてみるのもまた格別でしょう。
ニュージャージー編:ゴッサムの深淵を覗く

ゴッサム・シティのロケ地はニューヨーク市内に限らず、ハドソン川の対岸にあるニュージャージー州、特にニューアーク市とジャージーシティ市も、重厚かつ退廃的なゴッサムの雰囲気を演出するうえで欠かせない存在でした。マンハッタンの摩天楼とは異なり、産業都市ならではの歴史を感じさせる街並みが、アーサーの内面世界と見事に調和しています。
出発点:ニューアーク・シティホール
物語の序盤でアーサーがカウンセリングを受けていたアーカム州立病院の重厚で権威的な外観は、ニュージャージー州ニューアーク市のニューアーク・シティホール(市庁舎)で撮影されました。1906年に完成したこの建物は、壮麗なボザール様式を特徴としており、その威厳ある姿はまさに公的機関の象徴そのものです。
アクセスと見学にあたってのポイント
- マンハッタンからは、PATHトレインの利用が便利です。ワールド・トレード・センター駅または33丁目駅からニューアーク行きの列車に乗り、「Newark Penn Station」で下車。そこから徒歩で約10分程度です。
- 現役の市庁舎として機能しているため、見学時には職員や市民の業務に支障をきたさないようマナーを守り、静かに行動することが必須です。ロビーなど一般公開されているエリアは見学可能であり、特に中央の吹き抜けや大理石の階段は一見の価値があります。
- 建物の外観を撮影する場合には、正面からだけでなく斜めからのアングルもおすすめです。立体感や奥行きをより感じられます。映画のシーンでアーサーがこの場所で見せた表情を思い浮かべながら撮影すると、一層物語の世界に引き込まれるでしょう。
運命の舞台:ロウズ・ジャージー・シアター
アーサーが憧れのトーマス・ウェインに会うために忍び込み、チャップリンの『モダン・タイムス』が上映されていた豪華な劇場のシーンは、ジャージーシティのジャーナル・スクエアにあるロウズ・ジャージー・シアターで撮影されました。1929年に開館したこの劇場は、かつて「ムービー・パレス」と称された時代の華やかな面影を今に伝えるバロック様式の壮麗な建築物です。
現状と訪問時のポイント
- 長らく閉鎖されていたこの劇場は、市民団体の手によって修復と保存が進められています。現在も大規模な改修工事が続けられているものの、不定期に内部見学ツアーやイベントが開催されることがあります。訪問する際は、必ずロウズ・ジャージー・シアター公式サイトで最新情報を確認してください。チケット購入方法や見学ルールも公式サイトに記載されています。
- 内部見学が叶えば、その豪華絢爛な装飾に心を奪われるはずです。金箔をあしらった天井、巨大なシャンデリア、ビロード張りの座席など、アーサーが味わったであろう異質な感覚や上流階級への憧憬を追体験できるでしょう。
- ジャーナル・スクエア駅はPATHトレインの主要駅で、マンハッタンからのアクセスも良好です。周辺は多様な文化が混在する活気ある街で、散策も楽しめます。
衝撃の地下鉄シーン:複数のロケーションで構成
アーサーがウォール街のエリートサラリーマン3人に絡まれ、初めて殺人を犯す衝撃的なシーンに登場する地下鉄のシーンは、実はニューヨーク市内のいくつかの駅を組み合わせて撮影されています。
- 191丁目駅(マンハッタン): アーサーが追われる長いトンネルのシーンは、マンハッタンのワシントン・ハイツ地区にある1番線の191丁目駅で撮影されました。ニューヨークの地下鉄で最も深い駅であり、壁面を彩るグラフィティ風の壁画が特徴的です。駅のホームへは長いエレベーターまたは独特のトンネルを通る必要があり、不気味な雰囲気がゴッサムの地下世界を彷彿とさせます。
- ベッドフォード・パーク・ブルバード駅(ブロンクス): アーサーが電車から逃げ出すシーンの一部は、ブロンクスのB線・D線が停車するベッドフォード・パーク・ブルバード駅の高架ホームで撮影されました。
これらの駅を訪れることで、ニューヨーク地下鉄特有の独特で時に威圧感さえ感じさせる空気を体感できます。以下に地下鉄の利用方法と注意点をまとめました。
地下鉄利用の基本手順
- チケット購入: 各駅に設置されている自動券売機でメトロカードを購入するか、クレジットカードやスマートフォンにチャージしてください。近年では、改札に直接タッチするだけで乗車できる「OMNY」システムが普及しており、Apple PayやGoogle Pay、対応するクレジットカードがあればカード購入は不要で非常に便利です。対応デバイスをお持ちの方はぜひ活用しましょう。
- 路線確認: ニューヨークの地下鉄は複雑なため、乗車前にGoogle Mapsなどのアプリを使い、目的地と乗る路線(番号やアルファベット)、そして「Uptown(北行)」か「Downtown(南行)」かを必ず確認しましょう。急行(Express)と各駅停車(Local)の違いも要注意です。
- トラブル時の対応: 乗り間違えた場合は慌てず次駅で下車し、反対方向のホームに移動すれば対応可能です。ただし駅によってはいったん改札を出ないと反対ホームに行けない場合もあるため注意が必要です。全ての駅に駅員が常駐しているわけではありませんが、困ったときは周囲の乗客に尋ねるのも有効です。多くのニューヨーカーは親切に教えてくれます。
マンハッタン&ブルックリン編:ゴッサムの中心で
物語の舞台は、ブロンクスやニュージャージーの労働者階級の街から、ゴッサムの中心地であるマンハッタン、そしてその対岸に位置するブルックリンへと移り変わっていきます。ここでは、富と権力が集積し、同時に格差が最も鮮明に現れる場所を背景に撮影されたロケ地を巡ります。
トーマス・ウェインが倒れた場所:マンハッタン・ブリッジ・アーチウェイ
映画のクライマックスで、暴動の混乱の中トーマス・ウェインとマーサ・ウェインが射殺される、このバットマン誕生に繋がる重要なシーンの舞台となった路地は、ブルックリンのDUMBO地区にあるマンハッタン・ブリッジの橋脚下、「マンハッタン・ブリッジ・アーチウェイ」で撮影されました。レンガ造りの壁と石畳、そして頭上を走る電車の轟音が、ゴッサムの陰鬱で荒廃した路地裏の空気感を見事に再現しています。
この場所は、マンハッタンのスカイラインやブルックリン・ブリッジを一望できる絶好の撮影スポットとしても知られ、昼夜を問わず多くの観光客が訪れます。しかし、アーチの下に一歩足を踏み入れると、その賑わいが嘘のように静まり返り、ひんやりとした空気が漂います。ここでゴッサムの歴史を一変させた銃声が響いたと思うと、ぞくりと背筋が震えるかもしれません。
DUMBO地区は、古い倉庫街をリノベーションしたおしゃれなギャラリーやカフェ、ショップが軒を連ねる人気エリアです。聖地巡礼の後には、ブルックリン・ブリッジ・パークを散歩したり、名店のピザ「Grimaldi’s」や「Juliana’s」で食事を楽しんだりするのもおすすめです。アートとグルメを組み合わせた旅程で、より充実した体験が得られるでしょう。
“Pogo’s”の舞台:ブルックリンのコインランドリー
アーサーがピエロ派遣会社「Pogo’s Clown Agency」から解雇されるシーンは、彼の社会的孤立がさらに深まる切ない場面です。この派遣会社のロケ地は、ブルックリンのサンセットパーク地区にある、至って普通のコインランドリーでした。具体的な店舗名は明かされていませんが、調査によれば、このエリアの典型的なランドリーが使われた模様です。映画に登場する少し年季の入った洗濯機が並ぶ光景は、まさにニューヨークの日常そのもの。もし偶然そのような場所を見かけても、営業中の店舗であるため、迷惑にならないよう外から静かに見るだけにとどめましょう。派手なロケ地ではありませんが、アーサーのような人々の暮らしのリアルな息吹を感じられる場所です。
暴動の震源地:ブルックリン陸軍ターミナル
映画終盤、市民たちがジョーカーに触発されてピエロのマスクを身につけ、街中で暴動を巻き起こすシーンの多くが、ブルックリンのサンセットパーク地区にあるブルックリン陸軍ターミナル(BAT)で撮影されました。第一次世界大戦時に軍の補給基地として建てられたこの巨大な複合施設は、その広大な敷地とインダストリアルな雰囲気が、ゴッサムの混沌とした様子を表現するのに最適なロケーションとなっています。
現在はニューヨーク市の産業開発の拠点として、多くのスタートアップ企業やアーティストのスタジオが入居しています。一般の立ち入りが制限されているエリアも多いですが、時折アートイベントやオープンハウスが開催されることもあるため、その際には通常閉ざされているアトリウムや中庭を見学できるチャンスもあります。訪問前に公式ウェブサイトでイベント情報を確認することをお勧めします。その歴史の重みとスケール感は、一見の価値があります。
聖地巡礼をより深く楽しむためのTips

点在するロケ地をただ巡るだけでなく、より効率的かつ深く作品の世界観に浸るためのコツをいくつかご紹介します。これらは、私が世界各都市を旅する中で培った経験に基づくノウハウです。
モデルプランの提案:1日で回る効率的なルート
限られた時間しかない旅行者でも、計画次第で主要なロケ地を1日で巡ることが可能です。以下に地理的な配置を考慮したモデルコースをご案内します。
- 午前(ブロンクス): まずは旅のハイライト、ブロンクスへ向かいます。地下鉄D線に乗り、「167 St」駅で下車し、「ジョーカー・ステップス」と「アーサーのアパート」を訪問。午前中の光が階段を美しく照らし、写真撮影に最適です。滞在は約1時間半を目安にするとよいでしょう。
- 昼(ニュージャージー): 再び地下鉄でマンハッタンに戻り、ワールド・トレード・センター駅からPATHトレインでニュージャージーへ向かいます。まずジャージーシティの「ジャーナル・スクエア駅」で下車し、「ロウズ・ジャージー・シアター」の外観を見学。その後、同じくPATHトレインで「ニューアーク・ペン・ステーション」へ移動し、「ニューアーク・シティホール」を訪問。ニューアーク中心部でランチを取るのがおすすめです。
- 午後(マンハッタン&ブルックリン): PATHトレインでマンハッタンに戻り、地下鉄1番線に乗って「191丁目駅」へ。あの不気味なトンネルを体験します。その後、地下鉄AまたはC線でブルックリンの「High St」駅へ移動し、「マンハッタン・ブリッジ・アーチウェイ」を訪問。夕暮れ時のDUMBOから見るマンハッタンの景色は格別です。
このプランは移動が多く少々ハードですが、公共交通をうまく使いこなせば十分実現可能です。7日間乗り放題のメトロカード(Unlimited Ride MetroCard)を購入すれば、交通費を気にせず自由に移動できるので便利です。
万一に備えて:トラブル時の対処法
旅行中は予期せぬトラブルが起こるものですが、事前に対処法を知っておけば冷静に対応できます。
- 道に迷った際には: まずは落ち着いてオフラインマップで現在地を確認しましょう。もし分からなければ、駅員や警察官、近くの店員に尋ねてみてください。「Excuse me, how can I get to …?(すみません、〜へはどう行けばいいですか?)」といった簡単な英語で十分伝わります。
- 貴重品を紛失した場合(盗難も含む): 万が一、パスポートや財布を失くした場合は、最寄りの警察署(NYPD)で被害届を作成してもらい、クレジットカード会社に連絡してカードを停止してください。パスポートの再発行は在ニューヨーク日本国総領事館に連絡し、指示に従います。旅前にはパスポートのコピーやクレジットカード番号を控えておき、主要な連絡先をメモしておくことが大切です。
- 体調不良時には: 軽い不調なら「CVS」や「Walgreens」、「Duane Reade」などのドラッグストアで市販薬が入手できます。薬剤師もいるため相談可能です。重症の場合は躊躇せず「911」に電話して救急車を呼びましょう。海外旅行保険への加入は、こうした医療費に備えるためにも重要です。
旅の思い出を残す:最高の写真を撮るポイント
旅の記憶を映画のワンシーンのように切り取るコツをご紹介します。
- 構図を工夫する: ジョーカー・ステップスでは階段下から煽り気味に撮ると、その高さや孤独感が際立ちます。また、少し離れた位置から階段と周囲の建物を一緒に収めると、街の雰囲気が伝わる一枚に。
- 光を活かす: 朝の柔らかい光や夕方のドラマチックな斜光は被写体に陰影を与え、写真に表情をもたらします。特にレンガ造りの建物は時間帯によって異なる顔を見せてくれます。
- SNSシェアの工夫: 撮った写真をInstagramなどで投稿する際は、「#JokerStairs」や「#JokerMovieLocation」、「#GothamInNYC」などのハッシュタグを付けると、世界中のファンと繋がりやすくなります。
ゴッサムの空気を感じる、もう一つの体験
ロケ地を訪れるだけでなく、ゴッサム・シティ独特の文化や雰囲気を体感することで、この旅は一層奥行きを増します。作品の背景にあるテーマや音楽に触れるための、ちょっとした寄り道もおすすめです。
映画の世界観に浸る:ジャズクラブとダイナー巡り
『ジョーカー』のサウンドトラックは、アイスランドのチェリスト、ヒドゥル・グドナドッティルによる陰鬱かつ美しいスコアが印象的ですが、劇中ではフランク・シナトラの「That’s Life」など往年のスタンダード曲も効果的に使われています。ゴッサムの退廃的でメランコリックなムードは、ジャズの旋律と非常に相性が良いのです。
夜には、マンハッタンのグリニッジ・ヴィレッジにある老舗ジャズクラブ「Blue Note」や「Village Vanguard」を訪れてみてはいかがでしょう。世界屈指のミュージシャンが繰り広げる生演奏の中に身を委ねれば、まるで映画の一場面に紛れ込んだかのような感覚を味わえるでしょう。
また、アーサーが通っていたようなアメリカンレトロな雰囲気のダイナーで食事をするのも趣があります。カウンターに座り、コーヒーと素朴なバーガーを注文すれば、ゴッサムの街で暮らす人々の何気ない日常に少し触れられるかもしれません。
作品のテーマを深く考える:社会の歪みとアート表現
本作は、第92回アカデミー賞でホアキン・フェニックスが主演男優賞を受賞し、さらに第77回ゴールデングローブ賞でも主演男優賞と作曲賞を獲得するなど、批評的にも高い評価を得ました。それは、この作品が現代社会に巣食う「歪み」から目を背けなかったからにほかなりません。
ニューヨークの街を歩くと、映画で描かれた富裕層と貧困層の対比が現実の風景として目に映ることがあります。華やかな5番街のショーウィンドウのすぐ脇で、ホームレスの人々が助けを求める姿がある。この光景は、多くの課題を我々に問いかけているのです。
また、ブッシュウィック・コレクティブのような、街の壁を巨大なキャンバスに変えたグラフィティアートが集まるエリアを訪れるのも価値があります。そこには社会へのメッセージや、声を上げられない人々の叫びが込められており、こうしたアンダーグラウンドな芸術に触れることは、ジョーカーというキャラクターを生み出したゴッサムの根底を理解する上で重要な手掛かりとなるでしょう。
旅の終わりに:ゴッサムから持ち帰るもの

映画『ジョーカー』のロケ地を巡る旅は、単なる作品の体験をなぞるだけにとどまりません。それは、ニューヨークという巨大都市の光と闇、その両面を肌で感じる旅であり、現代社会が抱えるさまざまな課題について深く考える機会を提供してくれます。アーサーが踊ったあの階段、運命が変わった劇場、そして暴動が巻き起こった街角。それらの場所に実際に立つことで、スクリーン越しに味わった感情が、より現実的な手触りを伴い、心に強く刻まれることでしょう。
この旅で見えてくるのは、華やかな観光地としての一面ではなく、ありのままのニューヨークの姿です。ここには、日々を懸命に生きる人々の息遣いが感じられます。ジョーカー・ステップスは、一部の人にとっては映画の聖地であっても、そこで暮らす人々にとっては毎日を繋ぐ生活の一部に過ぎません。その現実を心に留め、敬意を払って訪れることこそ、この聖地巡礼において最も大切な心構えだと私は思います。
ゴッサム・シティは架空の場所ですが、その抱える苦悩や矛盾は、確かに私たちの現実社会にも存在しています。この旅を終えた時、あなたは普段気づかずに見過ごしている日常の風景の中に、ゴッサムの一片を見つけるかもしれません。そして、アーサー・フレックの孤独な笑い声の奥に隠された深い悲しみに、ほんの少しだけ寄り添えるようになるのではないでしょうか。それこそが、この旅が私たちに授けてくれる、最も大切な贈り物なのだと私は考えています。

