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世界一やばい国ベネズエラ、禁断の旅路へ。元整備士ライターが命懸けで見た絶景と混沌の記録

「世界一やばい国」。インターネットの海を漂っていると、そんな不名誉なレッテルを貼られた国に行き着く。南米大陸の北端に位置する、ベネズエラ・ボリバル共和国。経済は破綻し、記録的なハイパーインフレが人々を襲い、そして世界最悪レベルとまで言われる治安。旅の情報はあまりにも少なく、見つかるのは危険を煽る言葉ばかり。外務省の海外安全情報は、全土にレベル3「渡航中止勧告」以上を発出している。常識的に考えれば、旅の選択肢にすら入らない場所だ。

しかし、その厚く閉ざされたベールの向こうには、僕たち旅人の心を掴んで離さない、あまりにも美しい自然が眠っている。地球最後の秘境と呼ばれるテーブルマウンテン「テプイ」が林立するギアナ高地、どこまでも続くカリブの奇跡のブルー、ロス・ロケス諸島、そして世界最大落差979メートルを誇るエンジェルフォール。そのコントラストは、あまりにも激しく、あまりにも魅力的だった。

元自動車整備士として、数多の道を走破してきた僕、翔太。現在は相棒の四駆でアメリカ大陸を縦断する旅の途中だ。この目で真実を確かめたい。その抗いがたい衝動に突き動かされ、僕は南米大陸の北端、混沌の渦中にあるベネズエラへと、覚悟を決めて足を踏み入れた。これは、危険と隣り合わせの旅で僕が見た、絶望と希望が入り混じるベネズエラのリアルな姿。そして、もし万が一、あなたがこの禁断の地へ足を踏み入れると決意したなら、知っておくべき全てを記したサバイバル・ガイドだ。

南米大陸のリアルはベネズエラだけに留まらず、時にはコロンビアで「ナルコス」の光と影を巡る旅のように、危険と隣り合わせの真実が旅人を待ち受けている。

目次

なぜ今ベネズエラなのか? 旅人が恐れる「やばい」の正体

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ベネズエラにまつわる「やばい」という評判は、旅人の間での単なる噂話ではない。それは、この国が抱える深刻な現状に根ざしている。旅行の準備を始める前に、その実態を正確に把握しておくことが不可欠だ。

経済破綻とハイパーインフレの深刻な実態

ベネズエラの日常を理解するには、経済問題を避けては通れない。かつては南米屈指の裕福な産油国だった栄光は消え去り、今や国全体が深刻な経済危機の影に覆われている。その象徴がハイパーインフレだ。

現地通貨は「ボリバル・ソベラノ」だが、その価値は驚くほど早い速度で下落を続けている。私が訪れた際には、現地通貨はもはや日常生活でほとんど使われていなかった。街の小売店やレストラン、タクシーなど、どの場面でも価格表示および支払いは米ドルが中心だった。実質的にベネズエラはドル経済圏に組み込まれていた。

スーパーマーケットに入ると、その異常さが一層明白になる。棚に並ぶのは輸入品だが、一見豊富に見えるものの価格はすべて米ドル表示で、平均的なベネズエラ人の給与からは到底手の届かない水準だ。一方で、地元の人が利用する市場は別世界で、わずかなボリバルで大量の野菜が売られている。ここには、二つの異なる経済が共存しているのだ。

これからベネズエラを訪れる方にとって、この情報は極めて重要だ。

実践可能な準備:完璧な資金準備を心がける

ベネズエラ旅行では、金銭面の準備が成功の鍵を握る。

  • 米ドルの現金を必ず持参: クレジットカードはごく限られた高級ホテルや一部のレストランでしか使えないと考えた方がよい。ATMから現地通貨を引き出せてもその価値はほぼゼロで、米ドルの引き出しは不可能だ。従って、滞在期間と予算をしっかり計算し、必要な金額はすべて米ドルの現金で持ち込むことが肝心だ。
  • 小額紙幣を豊富に用意: ここが特に重要なポイントだ。高額紙幣(たとえば100ドル札)は現地の多くの店で嫌われる。理由は釣銭が用意できないためだ。1ドル、5ドル、10ドル札などの小額紙幣を大量に携帯する必要がある。私自身、出発前に銀行で1ドル札の新札を100枚用意し、これが非常に役立った。水1本やパン1個の購入にも1ドル札が役立つのだ。
  • 現金の安全管理: 全財産を現金で携行するため、管理は徹底しよう。複数の場所に分散して保管するのが基本だ。腹巻き型のセキュリティポーチや靴の中、リュックの隠しポケットなど、可能な限り分散して隠す工夫を。支払い用には少額の現金をポケットに入れておき、大量の札束を支払い時に見せるのは絶対に避けること。

世界トップクラスの治安の悪さという現実

ベネズエラの名前を聞いて最初に思い浮かべるのは、多くの人が治安の悪さだろう。残念ながら、それは過大な表現ではない。首都カラカスは殺人、強盗、身代金目的の短時間誘拐の発生率が世界でも極めて高い都市の一つとして知られている。

私が滞在中に出会った現地の人々は皆、「夜間の外出は絶対に避けるべき」「派手な服装は控えよ」と口をそろえて忠告してくれた。彼らの日常には絶えず危険が隣り合わせだ。日が暮れると活気に満ちた大通りから人々の姿が消え、街はまるでゴーストタウンのような静けさに包まれる。それだけ、この街の危険性は深刻なのだ。

しかし、誤解してほしくないのは、ベネズエラ人のすべてが危険だということではまったくない。むしろ、私が旅の中で出会った多くの人々は、信じられないほど親切で陽気であり、困っている旅行者に助けの手を差し伸べてくれた。根本的な問題は、経済危機による貧困が一部の人を犯罪へと追いやっている社会構造にある。

だからこそ、旅行者は常に「自分は狙われるリスクがある」という意識をもって、最大限に警戒する必要があるのだ。

実際にできる命を守るための安全対策

ベネズエラでの安全は、自分自身で守るしかない。以下のルールは必ず守ってほしい。

  • 服装や持ち物に注意: 「裕福に見えない」ことが最重要だ。高価な時計やアクセサリー、ブランドバッグや服は、日本に置いていこう。服装は、使い古したTシャツやジーンズのような、現地の人々に溶け込める地味なものが最適だ。カメラは大型の一眼レフは避け、人前で取り出す際は周囲の状況に十分注意する。スマートフォンも歩きながらの操作は厳禁で、地図確認は店の壁際など背後が見える安全な場所で素早く済ませること。
  • 移動手段の選択: 流しのタクシーは絶対に利用しないこと。無許可の白タクは強盗のリスクが極めて高い。移動は事前に手配した信頼できるチャーターカーか、ホテル送迎、現地に詳しいガイドの車を利用しよう。費用は高くなるが、安全を買うための必要な出費だ。
  • 情報収集を欠かさない: 渡航前だけでなく滞在中も、外務省 海外安全ホームページを毎日チェックしよう。現地の治安情勢は刻々と変わる。デモや暴動の情報を早期にキャッチし、危険地域には絶対に近づかないように心がけること。

混沌の首都カラカスへ。入国から始まるサバイバル

僕のベネズエラ旅行は、首都カラカスにあるシモン・ボリバル国際空港からスタートした。ここは最初にして最大の試練の一つだった。

入国審査:最初の試練

飛行機が到着し、機内から一歩外に踏み出した瞬間、空気が一変した。湿った南国の空気の中に、張り詰めた緊張感が混ざっているのをひしひしと感じた。空港の設備は古びて薄暗く、至るところに武装した警官や軍人が立っていて、ここが普通の空港ではないことを強く示していた。

ネット上では、入国審査官や税関職員から賄賂を求められるケースが頻発していると噂されていた。僕も覚悟を決めて入国審査の列に並んだ。順番が来てパスポートを差し出すと、審査官は無表情で僕の顔と写真を交互に見比べ、数個の質問を投げかけてきた。「目的は?」「滞在先は?」「滞在期間は?」。幸運にも、僕はあらかじめ手配していた現地ガイドの名前とホテルの予約確認書を用意していたので、それを見せるとすんなりとスタンプを押してくれた。賄賂を請求されることはなかった。

だが、安心できるわけではない。これは単に運が良かっただけかもしれない。肝心なのは、疑わしい点を一切残さないことだ。

読者のためのアドバイス:スムーズな入国のための準備

入国審査をスムーズに通過するには、念入りな準備が不可欠だ。

  • 持ち込み禁止・制限品: ベネズエラではドローンの持ち込みが厳しく規制されており、原則的に許可が必要だ。無許可で持ち込むと没収されるだけでなく、スパイ容疑をかけられるリスクもある。さらに、高価な撮影機材も関税逃れや転売の疑いでトラブルになりやすい。持ち込む場合は、使用感を出す工夫や個人使用であることを証明する書類(購入時のレシートなど)を準備しておくとよいだろう。また、医薬品や食料品の大量持ち込みは販売目的と見なされることがあるため注意が必要だ。
  • 必要書類の用意: パスポート、往復航空券の控え(eチケット)、ホテルの予約確認書、可能ならば現地ガイドの連絡先などを、すぐに取り出せるファイルにまとめておくこと。質問された際に慌てず見せられることが信頼につながる。また、スペイン語で簡単な挨拶(Hola)、感謝の言葉(Gracias)、訪問目的(Soy turista./観光客です)を伝えられるようにしておくだけで、印象が大きく良くなる。
  • 服装選び: これは公的な規則ではないが、僕が実践した自己防衛の一つだ。空港では、職員や警官に「金を持っている」と思われないようにすることが重要。よれよれのTシャツにジーンズ、履き慣れたスニーカーといった、清潔感は保ちつつ目立たない服装が望ましい。ブランドロゴが大きく入った服は、格好の標的になるため避けるべきだ。

空港からの脱出劇:最も危険な道のり

入国を無事に終えたとしても、本当の試練はここからだった。シモン・ボリバル国際空港とカラカス市内をつなぐ高速道路は、世界でも最も危険なルートの一つとされている。偽の検問を装った強盗や、走行中の車両を狙った襲撃事件が多発しているのだ。

空港到着ロビーには多くの男たちが「タクシー?」と声をかけてきたが、彼らに付いて行くのは禁物だ。僕は日本から何度もメールでやり取りし、信頼を置けると判断した現地ガイドに送迎を依頼していた。到着ロビーで、僕の名前が書かれたボードを持つ彼を見つけた時の安心感は今も鮮明に覚えている。

彼の車に乗り込み空港を離れたが、車窓の景色は南国の陽気とは程遠いものだった。高速道路沿いには銃を構えた軍人が複数の検問を警備している。ガイドはどの検問が本物で、どの辺りが危険かに精通していた。彼は「窓は絶対に開けないで。ドアのロックもちゃんと確認して」と僕に伝えた。元整備士の僕は車の機械的なことは詳しいが、このルートでは車の性能よりも運転手の経験と知識が命綱だった。

読者が実践できること:安全な移動手段を確保するポイント

空港から市内への移動は、ベネズエラ旅行全体のなかでも最も生命の危険が伴う場面かもしれない。絶対に妥協せず、慎重に臨むべきだ。

  • 送迎の事前予約: 日本を出発する前に必ず送迎を確保する。方法はいくつかある。
  1. 信頼のある旅行代理店を利用: ベネズエラに強いコネクションを持つ日本の代理店に依頼するのがもっとも安全だが、費用は割高になることが多い。
  2. ホテル経由: 宿泊予定のホテルに空港送迎サービスがあれば、予約の際に併せて依頼すると安心できる。
  3. 信頼できる現地ガイドを探す: SNS(特にInstagram)や海外旅行者向けフォーラム(例えばLonely PlanetのThorntree)で評価の良い現地ガイドやドライバーを探す方法もある。ただし自己責任で行い、事前に繰り返し連絡を取り、料金や待ち合わせ場所、車の情報を細かく確認し、少しでも不審に思えば断る勇気が必要だ。
  • 予約時のポイントと注意点: 氏名、到着便名、到着時刻を正確に伝え、待ち合わせ場所(例:「到着ロビーの〇〇カフェ前」)とドライバーの識別事項(名前、掲げるボードの文言、車種・色・ナンバー等)を必ず確認しておくこと。空港のWi-Fiは不安定なことが多いため、全情報はスクリーンショットなどで保存し、オフラインでも確認できるよう準備しておくのが賢明だ。

カラカスでの滞在:要塞のようなホテルとゴーストタウンの対比

僕が選んだ滞在先は、カラカスのなかでも比較的安全と評されるアルタミラ地区のホテルだった。入り口は高い塀と鉄格子でガードされ、24時間体制の警備員が常駐しているまさに要塞のような建物だ。中に一歩足を踏み入れると快適な空間が広がるものの、外の世界との遮断感は否めなかった。

日中はガイドとともにカラカス市内を散策した。セントロ(中心部)にあるボリバル広場には、英雄シモン・ボリバルの像を中心にカテドラルや国会議事堂が立ち並び、多くの人々で賑わっていた。活気に満ちた市場や陽気な音楽を流す露店もあり、僕が抱いていたような殺伐とした印象はなかった。

しかし少し路地を入ると、印象はがらりと変わる。壁には政治的なスローガンが落書きのように描かれ、廃墟のビルが数多く並んでいた。かつて賑わっていたと思われるショッピングモールはシャッターが閉ざされ、ゴーストタウンのような静寂に包まれていた。この街は光と影、活気と静けさが入り混じるモザイクのようだった。そのコントラストこそが、現代のベネズエラの縮図なのかもしれない。

地球最後の秘境ギアナ高地へ。エンジェルフォールを目指す冒険

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カラカスの喧騒を離れ、ついにこの旅の最終目的地であるギアナ高地へと向かった。そこには、まだ人類が足を踏み入れていない場所が数多く存在するとされ、「地球最後の秘境」と呼ばれる広大な自然が広がっている。

カナイマ国立公園への移動

カラカスの国内線ターミナルから、小型のプロペラ機に搭乗する。目的地は、ギアナ高地の入り口となるカナイマ村だ。眼下に広がるカラカスの街並みが徐々に小さくなり、やがて一面に広がる緑の絨毯のようなジャングルが視界を覆い尽くす。しばらくすると、その緑の海から、テーブルのような独特の形をした岩山が姿を現した。これが「テプイ」と呼ばれるもので、先住民ペモン族の言葉で「神々の住まい」を意味する。数億年前の地殻変動によって隆起した、地球上で最も古い地層の一つであり、外界から隔絶された山の上には独自の生態系が育まれているという。

カナイマ村の小さな滑走路に降り立つと、蒸し暑い空気が体を包み込んだ。ここから先は、文明とは切り離された本当の冒険が始まるのだ。

実際に読者ができること:国内の移動について

ベネズエラ国内での移動は、国際線以上に予測が難しい。

  • 国内線の予約: オンライン予約システムはほとんど機能しておらず、不安定なことが多い。最も確実なのは、カラカスにいる信頼のおける旅行代理店や現地ガイドに依頼してチケットを確保してもらう方法だ。
  • スケジュールに余裕を: 遅延や欠航は日常茶飯事であるため、「フライトは定刻どおりに飛ばないもの」と最初から割り切っておく必要がある。国際線の乗り継ぎがある場合は、少なくとも1日、できれば2日以上の余裕を持った計画を強くおすすめする。

ボートで川を遡る7時間の冒険

エンジェルフォールへ向かうには陸路が存在しない。カナイマ村からは、先住民ペモン族のガイドが操る「クリウン」と呼ばれる細長いエンジン付きボートに乗り込み、カラオ川を遡っていく。これが想像を超える過酷な旅だった。

乾季のため川の水位は低く、ボートは何度も川底の岩に乗り上げる。たびたび乗客もボートから降り、水に浸かりながらボートを押す場面が続く。強烈な日差しが照りつける中、全身は水に濡れていたが、不思議とそれが不快には感じられなかった。目の前には手つかずの大自然が広がり、ジャングルの奥からは鳥や猿の鳴き声が響きわたり、頬を撫でる風や、水しぶきを浴びるたびに五感が研ぎ澄まされていくのを感じた。

約7時間のボートの揺れに耐え、ようやくエンジェルフォール麓のキャンプサイトにたどり着いた。電気も水道もない簡素な場所で、ハンモックで眠るだけの環境だったが、満天の星空の下で焚き火を囲み、ガイドが作ってくれた素朴なチキン料理に舌鼓を打ったとき、心の底から満たされた自分に気がついた。

実際に読者ができること:ギアナ高地への準備・持ち物リスト

この旅は都会での旅行とはまったく異なる準備が求められる。

  • 必携アイテム:
  • 高い防水機能を備えたバックパックやドライバッグ: ボート移動中は荷物が必ず濡れるため、電子機器を守るためにも必須。
  • 速乾性の衣類: 長袖・長ズボンが基本。日差しや虫刺されから肌を守るためで、綿素材は乾きにくいため避けること。
  • 強力な虫除けスプレー: ジャングルにはサンドフライ(ヌカカ)など厄介な虫が多く、DEET濃度の高いものがおすすめ。
  • 日焼け対策用品: 帽子、サングラス、SPFの高い日焼け止めはかならず持参する。
  • 水着: エンジェルフォールの滝壺や途中の滝で泳げる機会がある。
  • ヘッドライト: キャンプサイトには照明がなく、夜間移動には不可欠。
  • 防水カメラやスマホ用防水ケース: この絶景を逃さず写真に収めるために必須。
  • 大容量モバイルバッテリー: 数日間充電できる場所がないため、十分な電源を確保しておくこと。
  • 常備薬: 胃腸薬、鎮痛剤、消毒液、絆創膏など。環境変化で体調を崩しやすい方は特に必需品。
  • あると便利なもの:
  • サンダル: キャンプや水辺での活動時に便利。
  • 小型速乾タオル: 速乾性のものが望ましい。
  • ウェットティッシュや除菌ジェル: 手洗いが難しい場面で役立つ。
  • ジップロック: 濡れた衣類や濡らしたくない貴重品の収納に便利。

遂に対面!エンジェルフォール

キャンプサイトで一夜を過ごし、翌朝、私たちはエンジェルフォールへ向けて最後のトレッキングを開始した。湿度の高いジャングルの中を約1時間半歩き続け、息を切らし汗を流しながら歩いていると、木々の間からついにその姿が現れ、思わず足を止めた。

アウヤン・テプイの断崖絶壁から、一筋の白い糸のように流れ落ちる水、それがエンジェルフォールだった。落差は979メートルに達し、その高さゆえ水は途中で霧状になり、滝壺に着くころにはまるでシャワーのように広がっている。展望台から見上げるその姿は神々しく荘厳で、まるで現実のものとは思えないほど美しかった。地球が生み出した壮大な芸術作品の前で、自分たち人間がいかに小さな存在であるかを痛感した。この景色こそ、この旅をベネズエラに選んだ理由そのものだと確信した。

その後、私たちは滝壺まで降り、その清らかな水で泳いだ。見上げると、天空から降り注ぐ水のカーテンが広がり、全身で地球のエネルギーを受け取る、まさに魂が洗われるような体験であった。ここはユネスコ世界遺産登録のカナイマ国立公園にも認められた、人類共通の財産である。

ギアナ高地の旅を彩るBGMリスト

この壮大な冒険に、音楽は欠かせない存在だ。大陸横断の道中やギアナ高地滞在中に聴いていたプレイリストの一部を紹介しよう。

  • テプイを眺めながら: Sigur Rósの「Hoppípolla」。アイスランドのバンドが奏でる壮麗で美しいサウンドは、ギアナ高地の神秘的な風景にぴったりと調和する。
  • 川をボートで上るとき: Manu Chaoの「Bongo Bong」。ラテンの陽気なリズムがワイルドな川の旅を盛り上げてくれる。
  • ハンモックに揺られ星空を見上げながら: Bon Iverの「Holocene」。静かで内省的なメロディがジャングルの夜の静寂と満天の星空に溶け込む。
  • エンジェルフォールを目の前に: 久石譲の「アシタカせっ記」。まるで映画の名シーンのようなドラマチックな感動を演出してくれる。

カリブの楽園、ロス・ロケス諸島。混沌の中の奇跡のブルー

ギアナ高地の壮大な自然に心を奪われた後、僕はベネズエラのもう一つの側面を体験すべく、再びセスナ機に乗り込んだ。目的地はカリブ海に浮かぶロス・ロケス諸島。経済の混迷に苦しむ国の印象とは大きく異なる、まるで奇跡のような楽園が広がっていた。

セスナで巡るカリブの宝石箱

カラカスからプロペラ機に揺られること約40分。高度が下がり始めると、窓の外に信じられない光景が広がった。ターコイズブルー、エメラルドグリーン、コバルトブルーなど、まるであらゆる青色を混ぜ合わせたような海がどこまでも広がっている。そしてその中には、真っ白な砂でできた小さな島々が宝石のように点在している。それがロス・ロケス諸島国立公園だ。

主要な島、グラン・ロケ島に降り立つと、そこはまるで別世界だった。舗装された道路はなく、あたりの道はすべて砂。車両の姿は一台も見当たらない。カラフルに塗られた「ポサダ」と呼ばれる小さな宿が連なり、時間がゆるやかに流れていた。カラカスの喧騒や緊張感が嘘のように感じられる環境だった。

無人島探索とシュノーケリング

ロス・ロケスでの過ごし方はいたってシンプル。ポサダでボートをチャーターし、数ある無人島のなかからその日のお気に入りの島へ連れて行ってもらう。ボートが真っ白な砂浜に乗り上げると、そこは自分たちだけのプライベートビーチになる。

特に僕が惹かれたのは、クラSKI島とカヨ・デ・アグア島だった。どこまでも続く真っ白な砂浜、ヤシの木陰、そしてグラデーションを描くカリブ海。冷えたビールをクーラーボックスから取り出し、ただただ海を眺めながら過ごす贅沢な時間。これ以上の幸せがあるだろうか。

シュノーケリングをすると、手つかずのサンゴ礁が広がり、色鮮やかな熱帯魚たちが戯れていた。ベネズエラが抱える問題を、一瞬だけ忘れさせてくれる、不思議な魔法のひとときだった。

読者が実践できるポイント:楽園での楽しみ方

  • アクティビティの手配: ロス・ロケスでの滞在は主にポサダが拠点となる。食事やボートトリップの手配など、滞在に関わるすべてはポサダのオーナーが面倒を見てくれる。予約時にどんなアクティビティが可能かあらかじめ確認しておくと良いだろう。
  • 現金の準備: この楽園にもベネズエラの現実の影響は及んでいる。島にはATMがないため、ポサダの宿泊費、ボート料金、食事代などはすべて米ドルの現金払いが必須だ。必要な費用を正確に見積もり、本土から十分な現金(小額紙幣が特に便利)を持参することが求められる。

ベネズエラの光と影を感じて

この静かな楽園も、本土の経済危機の影響を免れてはいない。ガソリン不足でボートの運行に支障が生じ、物資の輸送も安定しない。それでも島の住民は明るく、たくましく日々を生きている。観光客が落とす外貨は、島の経済を支える非常に重要な資金源となっているのだ。

美しい海の風景を前に、僕は複雑な思いを抱いた。自分がこの楽園で支払うドルが、誰かの生活を支える一方で、この国の歪んだ経済構造を助長しているかもしれないと。旅とは、時にその国の光と影の両方に直面する行為なのだと、改めて深く考えさせられた。

それでも、この旅を勧める理由。元整備士が見たベネズエラの素顔

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ここまで読んで、「やはりベネズエラは非常に危険だ」と感じた人も多いだろう。その判断は間違っていない。僕も決して誰にでも勧められる旅先だとは思わない。しかしそれでも、この旅には困難を乗り越えるだけの十分な価値があったと自信を持って言える。

トラブルは頻発。対処法と心構え

ベネズエラでは、予定通りに物事が進むことの方が珍しい。僕自身の旅でも、さまざまなトラブルに見舞われた。国内線の突然の欠航、ガソリン不足による長距離移動の断念、そして路上での警官からの尋問などだ。

特に印象深かったのは、地方都市間を移動中に警官に車を停められた場面だった。彼らは明らかに賄賂を求めるような鋭い目つきで、スペイン語でまくしたててきた。僕のガイドは冷静かつ毅然とした態度で交渉に臨み、パスポートや車の書類を提示しながら、我々が観光客で違法行為はしていないと根気強く説明した。その結果、1時間ほどの押し問答を経て、何の支払いもなく解放された。もし僕が一人だったら、パニックに陥って言いなりに金銭を渡していたかもしれない。

実際にできること:トラブル時の心得と対応

  • 計画の変更やキャンセル: 航空会社の都合でフライトがキャンセルされても、日本のようにスムーズな返金や代替便手配は期待できない。代理店を通してツアーを申し込んでいる場合は代理店が交渉役を担うが、それでも泣き寝入りになる可能性もある。旅の前提として「計画通りに進まないこと」を受け入れ、何があっても動じない柔軟な心構えを持つことが最も重要だ。
  • 金銭トラブル: レストランや買い物で法外な料金を請求されたり、お釣りをごまかされたりすることがある。支払い前に必ず金額を確認し、明らかにおかしい時ははっきり指摘する勇気が求められる。ただし相手が感情的になり危険を感じたら、抵抗せずに支払うこと。失ったお金は取り戻せても、命は取り返しがつかない。
  • 当局とのトラブル: 警察や軍関係者に止められた場合に最も大切なのはパニックにならないことだ。信頼できるガイドがいればすべて任せるのが賢明である。ひとりでいる時は、スペイン語が分からないふりをすることも有効とされる。パスポート提示を求められることに備え、コピーは常に携行し、原本はホテルの金庫など安全な場所に保管しておこう。

報じられない人々の温かさ

危険なイメージばかりが目立つベネズエラだが、僕の旅で最も心に残ったのは、そこで出会った人々の温かな人柄だった。道を尋ねれば身ぶり手ぶりを交え、一生懸命教えてくれる。困っている様子を見せれば、「アミーゴ、どうしたんだ?」と陽気に声をかけてくれた。彼らは、国の厳しい現状にも関わらず、人間としての誇りと優しさを失っていなかった。

ある市場で珍しい果物を買おうとした時、僕がドル紙幣しか持っていないことを知った店主の女性は、「いいよ、これはプレゼント。ベネズエラへようこそ」と言って、お金を受け取ろうとしなかった。その笑顔はエンジェルフォールの壮大な景色と同じくらい、深く僕の心に刻まれている。

なぜ旅人が惹かれるのか

手つかずの雄大な自然と、崩壊寸前の社会情勢。圧倒的な光と、底知れぬ闇。この二極端な要素が混在していることこそが、ベネズエラという国の抗えない魅力なのだろう。これは単なる美しい景色を楽しむ観光旅行ではない。世界の矛盾や縮図を目の当たりにし、安全な国で暮らす自分自身の日常の恵まれを痛感し、価値観を根底から覆される体験である。

この旅を計画する際には、繰り返しになるが必ず最新の公式情報を確認してほしい。在ベネズエラ日本国大使館のサイトには、治安情報や渡航に関する注意喚起が随時更新されている。自分の命を守るための情報は、他人任せにせず自ら積極的に収集することが不可欠だ。

僕がベネズエラで見た、希望の光

旅の終わりに、僕はカラカスでアート活動に励む若者たちと触れ合う機会を得た。彼らは国の未来に失望することなく、音楽や絵画を通じてベネズエラの文化の素晴らしさを世界へ発信しようと懸命に努力していた。その目には、困難な状況にもかかわらず未来を信じる強い輝きが宿っていた。

観光業の再興を目指し、危険な環境の中でも旅行者の安全確保に全力を尽くすガイドたち。厳しい生活のなかでも、微笑みや明るさを絶やさない市場の人々。混沌とした社会の中で、僕は確かに再生への力強いエネルギーを感じ取った。

この国がいつの日か、政治的・経済的混乱を乗り越え、その豊かな自然と文化を誰もが安心して享受できる日が訪れることを心から願っている。

ベネズエラを後にして隣国コロンビアに入ったとき、僕の胸にあったのはただの安堵ではなかった。深い喪失感と、あの国で過ごした濃密な日々への郷愁が交錯する複雑な思いだった。この経験は、僕の旅の価値観、そしてもしかすると人生観までも根底から揺るがせたのかもしれない。

「世界一やばい国」というレッテルは、おそらく今しばらくは剥がれそうにないだろう。しかし、僕にとってベネズエラは単なる「やばい国」ではなくなった。

「世界で最も忘れがたい国」として、僕の記憶に永遠に刻まれている。

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この記事を書いたトラベルライター

元自動車整備士、今はロードトリップ愛好家!レンタカーでアメリカ横断しながら、絶景とBGMとキャンプ飯を楽しんでます。車と旅、どっちも好きな方はぜひチェックしてください!

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