2025年10月2日の欧州メディアの報道によると、スイスの氷河が今シーズン、観測史上4番目となる大規模な融解を記録したことが明らかになりました。このニュースは、気候変動がもたらす影響の深刻さと、それが欧州の象徴的な観光地に与える直接的な脅威を改めて浮き彫りにしています。旅行者にとっても、アルプスの風景が永遠ではないという厳しい現実を突きつけるものとなりました。
加速する氷河の消失：驚異的な融解率の背景
スイス科学アカデミー（SCNAT）の専門家チームによると、2025年の氷河融解は、記録的な猛暑となった夏と、それに先立つ冬季の異常な積雪不足が重なったことが主な原因とされています。特に、冬から春にかけて積もる雪は、夏の強い日差しから氷河を守る「保護層」の役割を果たしますが、その積雪量が少なかったために、氷河の融解が例年以上に早く、そして広範囲に進みました。
この現象は単発的なものではありません。近年のデータは、氷河融解が驚異的なペースで加速していることを示しています。特に 2022年と2023年のわずか2年間で、スイスの氷河はその総体積の10%を失いました。 これは、1960年から1990年までの30年間で失われた量に匹敵する、まさに異常事態です。2025年の記録は、この破滅的な傾向に歯止めがかかっていないことを証明するものとなりました。
「白いアルプス」から「灰色のアルプス」へ：観光業への直接的な打撃
氷河の縮小は、単なる環境問題ではなく、スイスの観光業の根幹を揺るがす経済問題でもあります。
スキーリゾートの存続危機
氷河は、夏でもスキーが楽しめる貴重な場所として、多くのスキーリゾートの魅力を支えてきました。しかし、融解によって氷が薄くなり、クレバス（氷の割れ目）が頻繁に出現するため、安全なコースの確保が年々困難になっています。一部の氷河スキー場では、すでに夏シーズンの営業を断念する動きが広がっています。 また、標高の低いスキーリゾートでは雪不足が常態化し、大量のエネルギーとコストをかけて人工降雪機を稼働させる必要がありますが、それにも限界があります。アルプスの冬の風物詩であるスキー観光は、今、重大な岐路に立たされています。
夏の観光資源の喪失と新たなリスク
夏においても、氷河は壮大な景観と冷涼な気候を提供し、ハイキングや登山の目的地として人気を博してきました。しかし、氷河が後退し、地肌の岩が露出した「灰色のアルプス」は、かつての魅力を失いつつあります。 さらに深刻なのは、安全への影響です。氷河が溶けることで不安定になった岩盤が崩落するリスクや、融解水が溜まってできる「氷河湖」が決壊し、下流の村やインフラに甚大な被害をもたらす洪水（氷河湖決壊洪水）の危険性も高まっています。
予測される未来と観光の新たな形
科学者たちの予測はさらに厳しいものです。現在のペースで地球温暖化が進行すれば、今世紀末までにアルプス山脈の氷河の90%以上が消滅する可能性があると警告されています。スイスの象徴ともいえる氷河の喪失は、国のアイデンティティや文化にも計り知れない影響を与えるでしょう。
こうした現実を受け、観光業界では新たな戦略への転換が急務となっています。
- 通年型リゾートへのシフト：スキーだけに依存せず、マウンテンバイク、ウェルネス、ハイキングなど、四季を通じて楽しめるアクティビティを拡充する動きが加速しています。
- サステイナブル・ツーリズムの推進：環境負荷の少ない交通手段の利用を促進したり、地元の文化や産物を活かした体験を提供したりすることで、持続可能な観光地としての魅力を高める取り組みが進んでいます。
- 「失われゆく自然」を学ぶ場として：氷河の後退を目の当たりにできるトレッキングコースを整備し、気候変動の現実を伝える教育的なツアーも登場しています。
2025年の氷河融解は、私たちが愛する美しい風景が決して当たり前のものではないという警鐘です。旅行者一人ひとりもこの現実を直視し、自らの旅が環境に与える影響を考え、責任ある行動を選択することが、未来の世代にこの美しい地球の姿を残すために不可欠となっています。
