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    鉄路は再び、未来へ続く。環境と旅情で選ぶ、世界の鉄道復権最前線

    日本の地方では、今日もどこかで鉄道の廃線がニュースになっているかもしれません。人口減少とモータリゼーションの波に押され、鉄路が次々と地図から消えていく。そんな光景に慣れてしまった私たちにとって、「鉄道の復権」という言葉は、どこか遠い世界の響きに聞こえるのではないでしょうか。しかし、一歩世界に目を向ければ、そこには全く異なる景色が広がっています。かつての主役が、今、力強い鼓動とともに再び走り始めているのです。環境への意識の高まりを追い風に、そして何物にも代えがたい「旅情」という名の燃料を携えて。飛行機から鉄道へ。その大きな潮流は、私たちの旅の価値観を根底から変えようとしています。アジアを南北に貫く新しい国際ルート、ヨーロッパの闇を縫って走る夜行列車の復活劇。これは、単なる移動手段の回帰ではありません。地球と、そして自分自身と向き合う新しい旅のスタイルの夜明けなのです。さあ、あなたも次の旅の計画を立てる前に、この世界の大きなうねりを感じてみませんか。鉄路が紡ぐ、未来の旅の物語へご案内しましょう。

    この鉄路が紡ぐ新しい物語の中で、持続可能な観光という旅のあり方が今、世界中で問われています。

    目次

    なぜ今、再び鉄道なのか?世界的な復権の背景

    なぜ今、世界が再び鉄道に注目しているのでしょうか。その理由は一つに絞れません。環境問題、時間の使い方、そして技術革新。この三つの要素が複雑に絡み合い、大きなムーブメントを生み出しているのです。

    「飛び恥」が促す地球に優しい選択

    スウェーデン発の言葉「Flygskam(フライトシェイム=飛び恥)」をご存知でしょうか。これは、気候変動への影響が大きい飛行機の利用を恥ずかしいと感じる考え方のことです。個人の環境意識の高まりを象徴する言葉ですが、この感覚は現在ヨーロッパ全体、さらには世界中に広がりつつあります。

    実際、移動手段による環境負荷の差は非常に大きいものがあります。欧州環境機関(EEA)のデータによると、旅客1人が1km移動する際のCO2排出量は航空機で285gに対し、鉄道はわずか14gに過ぎません。この20倍以上の差は、環境を意識する旅人にとって無視できない数字です。特に短距離の移動ではなおさらです。たとえば、パリからアムステルダムへ飛行機で移動する代わりに高速鉄道を利用すれば、CO2排出量を大幅に減らすことができます。

    この動きは個人の選択に留まりません。フランスでは、鉄道で2時間半以内に移動可能な国内線の航空便を原則禁止する法律が施行されました。EU全体でも、「欧州グリーンディール」政策の一環として、高速鉄道網の整備や国際鉄道輸送の活性化に力を入れています。環境問題が単なる理想論ではなく、具体的な政策やインフラ整備へと結びつくことで、人々の移動の選択肢は大きく変わりつつあるのです。鉄道は環境負荷を抑えながら自由な移動手段を提供する、最も現実的で効果的な解決策として再び注目を集めています。

    移動時間を「体験」に変える、スロートラベルの魅力

    かつては旅の移動時間は「速さ」が最重要視されてきました。できるだけ早く目的地に着くことが最優先で、移動時間は可能な限り短縮すべきコストと見なされていました。しかし、私たちの価値観は少しずつ変わっています。慌ただしい日常から離れる旅において、移動自体を楽しむ「スロートラベル」という考え方が静かな共感を呼んでいるのです。

    鉄道旅行は、このスロートラベルの本質を体現しています。空港の混雑したチェックインやセキュリティチェック、狭い座席のストレスから解放される世界が広がっています。大きな窓から流れていく知らない街の灯り、果てしなく続く田園風景、雄大な山岳の眺め。その土地の空気を直接感じながら、ゆったりと変わっていく景色に身を委ねる時間は、かけがえのない贅沢です。

    食堂車で温かい食事を楽しみ、隣り合わせた乗客とグラスを交わす。談話室で読書にふけったり、ただぼんやりと窓の外を眺めたり。夜には規則正しいレールの音に揺られて眠りにつく。こうした一つひとつの体験が、旅の記憶をより豊かで深いものにしてくれます。

    鉄道は単に点と点を結ぶ移動手段ではありません。それは風景や文化、そして人々をつなぐ「線」の旅。目的地にたどり着くことだけがゴールではなく、その過程全体が旅の醍醐味なのです。この「時間の使い方」の豊かさに気づいた人々が、再び鉄道の魅力に惹かれています。

    技術革新が実現する快適でシームレスな鉄道ネットワーク

    「鉄道の旅は魅力的だけど、予約が不便で乗り心地も昔ながらでは?」というイメージは、もはや昔話に過ぎません。現代の鉄道は技術の進歩により、かつてないほど快適で便利な乗り物へと大きく進化しています。

    高速鉄道網の拡充が代表例です。ヨーロッパでは国境を越えた高速列車が主要都市間を数時間で結び、アジアでも日本の新幹線技術を応用した台湾高速鉄道や、中国が誇る世界最長の高速鉄道網が人々の移動を劇的に変えました。

    また、予約システムのデジタル化も旅のハードルを大きく下げています。以前は現地の駅窓口に並んでしか買えなかった国際列車のチケットも、いまではスマホアプリやウェブサイトで簡単に予約・決済が可能です。複数の鉄道会社の路線をまたいで最適なルート検索やEチケット発行を行うプラットフォームも登場し、言語の壁を超えてシームレスに旅の計画を立てられるようになっています。

    車両の進化も著しく、Wi-Fi完備は標準装備となり、座席には電源ポートが備えられています。人間工学に基づいた設計で長時間の乗車でも疲れにくく、静粛性や乗り心地も飛躍的に向上しました。バリアフリーにも配慮され、誰もが快適に旅を楽しめる環境が整いつつあります。

    このように、環境意識の高まり、価値観の変化、そして技術革新という三つの潮流が重なり合う現在、鉄道はノスタルジーの対象ではなく、未来志向でスマートな移動手段として、揺るぎない存在感を示しています。

    アジアを縦断する新動脈・中国ラオス鉄道の衝撃

    東南アジアの中心部を一本の鉄道が貫くという壮大な構想が、ついに現実となりました。2021年12月に開業した中国ラオス鉄道は、中国南部の昆明とラオスの首都ビエンチャンを結び、約10時間で移動できるまさに「夢の国際鉄道」と言えます。この路線はさらに南へ延伸し、タイの首都バンコクへ接続される計画です。これは単なる新路線の開設に留まらず、東南アジアの物流や人の流れを根本的に変革し、未来の旅の地図を大きく塗り替える、地政学的および観光的に極めて重要な出来事なのです。

    陸の孤島から陸の連結国へ

    これまで「陸の孤島(Land-locked Country)」と称されてきた内陸国ラオスにとって、この鉄道の開通は歴史的な意義を持ちます。中国の広大な経済圏と直接結ぶことで物流拠点としての役割が期待され、経済活性化の起爆剤になるでしょう。旅行者にとっても、これまでバスや飛行機で乗り継ぎに時間を要していた区間を、快適な列車で一気に駆け抜けることが可能になりました。

    中国ラオス鉄道は中国が推進する広域経済圏構想「一帯一路」を象徴するプロジェクトです。将来的にはタイ、マレーシア、シンガポールまでをつなぐ「トランス・アジア鉄道」の一翼を担う計画で、まさにアジア全土を縦断する新たな幹線が誕生しつつあります。私たちが今目の当たりにしているのは、その壮大な構想の第一歩なのです。

    ビエンチャンから中国国境の町ボーテンまでの約414キロを、最新鋭の高速列車が駆け抜けます。車窓からは雄大なメコン川の流れや、緑豊かな山々、穏やかな村落などラオス特有の美しい景観が広がります。トンネルや橋梁を巧みに用いて険しい地形を克服したこの路線は、現代土木技術の粋を集めたもので、その迫力に圧倒されることでしょう。旅のロマンと最先端技術が融合する、新時代のアジア鉄道旅の幕開けです。

    【実践編】バンコクからビエンチャン、そして昆明へ

    この新鉄道の旅を、あなたもぜひ体験してみませんか?ここでは、バンコクを出発点とし、国境を越えてラオス入りし、中国ラオス鉄道に乗車するための具体的な手順を解説します。やや複雑な部分もありますが、一つずつクリアしていけば忘れがたい冒険が待っています。

    ステップ1:バンコクから国境の町ノーンカーイへ

    旅はタイの首都バンコクから始まります。2023年に長距離列車の発着拠点が移転した大型ターミナル「クルンテープ・アピワット中央駅」から出発し、ここから国境のノーンカーイ(Nong Khai)行き夜行列車に乗るのが基本ルートです。

    • チケット購入方法:

    タイ国鉄の切符は公式サイト「D-Ticket」でオンライン予約が可能で、英語対応かつクレジットカード決済も利用できます。人気の寝台車はすぐに売り切れるため、旅程が固まったら早めに予約することが重要です。特に連休や祝日と重なる場合は1ヶ月前の予約をおすすめします。駅窓口でも購入できますが、英語が通じにくいこともあるため、目的地と日時を紙に書いて見せるとスムーズにいきます。

    • 列車の選択:

    日中の列車もありますが、時間を有効に使いたい場合は夜行列車が断然おすすめです。特に25列車(Express)は比較的新しい車両を使い、一等個室(1st Class Sleeper)や二等寝台(2nd Class Sleeper)があり、快適に過ごせます。二等でもカーテンでプライバシーが確保され、十分な寝心地です。冷房がかなり強いことが多いため、パーカーや薄手のダウンなど羽織るものを用意しましょう。

    ステップ2:国境越えでラオス入り

    ノーンカーイ駅に着いたらいよいよ国境越えですが、やや複雑な手続きが待っています。落ち着いて進めば問題ありません。

    • タイ出国・ラオス入国手続き:

    ノーンカーイ駅でタイの出国審査を済ませた後、タイ=ラオス友好橋を渡るシャトル列車に乗り換えます。この列車のチケットは駅の専用窓口で購入(約20バーツ)できます。乗車時間は約15分で、ラオス側タナレーン(Thanaleng)駅に到着。ここでラオスの入国審査を受けます。日本国籍なら観光目的で15日以内の滞在はビザ不要ですが、パスポートの有効期限が6ヶ月以上残っているか事前に必ず確認してください。

    • タナレーン駅からビエンチャン市内へ移動:

    タナレーン駅はビエンチャン中心部から若干離れているため、ここから中国ラオス鉄道の始発駅、ビエンチャン・カムサワート駅(Vientiane Khamsavath Station)へは乗り合いトゥクトゥクやタクシーを利用します。料金は交渉制が多いので、乗車前に必ず確認しましょう。

    ステップ3:中国ラオス鉄道に乗車!

    いよいよ旅のハイライト、中国ラオス鉄道の乗車です。ビエンチャン・カムサワート駅は中国の支援で建設された近代的な大きな駅で、ここから昆明への旅が始まります。

    • チケット購入について:

    最大の難関はここかもしれません。公式アプリ「LCR Ticket」での購入が基本ですが、中国の決済手段(WeChat PayやAlipay)や中国電話番号が必要な場合が多く、外国人旅行者にはハードルが高い現状です。 確実なのは、市内のチケット窓口かビエンチャン・カムサワート駅の窓口で直接購入する方法。パスポート提示は必須です。国際列車の運行は2023年4月から開始されましたが、非常に人気が高く、数日先まで満席になることも珍しくありません。ラオス着後、早めにチケット確保に動くことをおすすめします。

    • 乗車時の注意点:

    駅の入場や乗車時には厳格なセキュリティチェックがあります。特に中国行きの国際列車では、ヘアスプレーや虫よけスプレーなどのスプレー缶、刃物、大量のアルコールなどは禁止品となり没収される恐れがあります。液体物の持ち込みにも制限があるため、荷造りの段階から注意が必要です。服装規定はありませんが車内は冷房が効いているので羽織るものがあると安心です。

    • 国境越え(ボーテン〜モーハン):

    列車はラオス側ボーテン駅と中国側モーハン駅で停車し、両駅で出入国審査が行われます。乗客は一旦全員列車を降り、手荷物を持って各イミグレーションに向かう必要があります。審査に時間がかかるため、約1時間半から2時間ほど列車は停車します。係員の案内に従い、冷静に対応しましょう。

    旅の準備と持ち物リスト

    この壮大な鉄道の旅を成功させるには、事前準備が非常に重要です。

    • 必携アイテム:

    パスポート(有効期限6ヶ月以上必須)、中国入国用ビザ(日本で事前取得が必要)、少額の現金(タイバーツ、ラオスキープ、中国元)、クレジットカード、海外旅行保険証。

    • あると便利なもの:

    モバイルバッテリー(車内に電源はありますが念のため)、変換プラグ(タイはA/C型、ラオスはA/C/SE型、中国はA/I/O型混在のためマルチ型が便利)、首枕、アイマスク、耳栓(夜行列車の睡眠対策)、ウェットティッシュ、翻訳アプリを入れたスマホ、羽織れる上着、酔い止め。

    • トラブル対策:

    東南アジアでは列車の遅延や運休は起こり得ます。公式サイトや駅掲示板で最新情報の確認を習慣にしましょう。乗り継ぎに失敗した場合は、駅の案内所で代替手段の相談を。チケット払い戻し規定は鉄道会社によりますが、多くは自己都合以外は対応可。英語が通じにくい場面では、目的地や状況を現地語で書いたメモを見せるのも有効です。何よりも、予期せぬ事態も旅の醍醐味と受け止める柔軟な心持ちが大切です。

    欧州に蘇るロマン・夜行列車の華麗なる復活

    舞台はヨーロッパに移ります。かつてアガサ・クリスティの小説世界を彩り華やいだ夜行列車は、LCC(格安航空会社)の普及や高速鉄道網の発達に押され、2010年代には次々と姿を消していきました。時代遅れの交通手段として、廃止は避けられないと誰もが考えていました。しかし、その状況は大きく変わり始めます。環境意識の高まりとともに、鉄道旅行ならではの魅力が見直され、ヨーロッパの鉄路で静かなルネサンスが起きているのです。闇夜を駆け抜け、国境を越える夜行列車の復活は単なる懐古趣味ではなく、効率性とロマンを兼ね備えた現代の旅人たちへの新たな提案となっています。

    主役はオーストリア連邦鉄道の「ナイトジェット」

    この復活劇の中心となったのは、オーストリア連邦鉄道(ÖBB)が運行する「ナイトジェット(Nightjet)」です。2016年にドイツ鉄道(DB)が夜行列車事業から撤退した際、ÖBBはその路線や車両の一部を大胆に引き継ぎ、「ナイトジェット」として再スタートしました。多くの鉄道会社が夜行列車を「採算が合わない事業」として切り捨てる中での逆風を受けた挑戦でした。

    結果は見事な成功を収めました。ウィーン、ミュンヘン、チューリッヒを拠点に、ローマ、ヴェネツィア、ベルリン、アムステルダム、パリ、ブリュッセルといったヨーロッパの主要都市を結ぶ広範なネットワークを築き上げました。さらに快適な新型車両への投資にも積極的に取り組み、夜行列車のイメージを一新しています。

    ナイトジェットが支持された背景には、現代のニーズを的確に捉えたサービスがあります。

    • 時間の有効活用: 夜、都市中心部の駅から乗車し、眠っている間に数百キロ移動。翌朝には目的地の中心に到着するため、空港への移動や待機時間、ホテルへの移動など無駄な時間が一切なく、現地滞在時間を最大限に活用できます。
    • 宿泊費の節約: 列車の寝台が宿泊代わりになるため、一泊分の宿泊費を節約可能。物価の高いヨーロッパの都市を巡る旅行者にとっては大きなメリットとなります。
    • 環境配慮: 航空機に比べてCO2排出量が圧倒的に少なく、環境意識の高いヨーロッパの若い世代を中心に「賢くてクールな選択肢」として支持されています。

    ナイトジェットの成功は他の鉄道事業者にも影響を与え、スウェーデン、フランス、チェコなどで夜行列車の再開や新設が相次いでいます。また、民間企業の参入も活発化しています。

    新時代の夜行列車たち – 選択肢が多様化

    ナイトジェットが切り開いた道を、新たな事業者がさらに広げています。

    • European Sleeper: ベルギーとオランダの民間企業が共同で進めるプロジェクト。2023年からブリュッセル〜アムステルダム〜ベルリン間の運行を開始し、将来的にはドレスデンやプラハへも路線を拡大予定です。「ヨーロッパを眠らせない」という強い意気込みが感じられます。
    • Midnight Trains: フランスのスタートアップで、「レール上のホテル」を目指しています。全室にシャワーとトイレが完備されたプライベート個室を提供し、バーやレストランも併設。従来の夜行列車のイメージを覆す、豪華かつ快適な旅行体験を売りにしています。
    • GreenCityTrip: オランダ発の企業で、単に都市間を結ぶだけでなく、「列車で行くシティトリップ」というパッケージツアーを展開。往復の夜行列車とホテル宿泊をセットにするなど、独自のビジネスモデルを模索しています。

    こうして国営鉄道から民間企業までが参入し、豪華な個室から手頃な簡易寝台まで、旅の予算やスタイルに応じた幅広い選択肢が提供されるようになりました。夜行列車はもはや一部の鉄道愛好家のためだけのものではなく、多様な旅人にとって現実的で魅力的な選択肢として復活を遂げています。

    【実践編】ヨーロッパの夜を列車で越える旅

    さあ、あなたも地図を広げて夜行列車の旅を計画してみませんか?星空の下でレールの音に包まれながら国境を越える体験は、きっと忘れられない思い出になるでしょう。

    チケットの予約方法

    ヨーロッパの鉄道チケット予約は非常に簡単で使いやすいです。

    • 公式サイトを基本に:

    最も確実なのは各運行会社の公式ページから予約することです。ÖBBのナイトジェットであれば、公式ウェブサイトや専用アプリ「ÖBB App」で予約できます。英語表示に対応し、座席種別を選びクレジットカードで支払うだけ。発券はQRコード付きの電子チケット形式でメールに送られるか、アプリに保存されるため印刷も不要です。早期予約で「Sparschiene」と呼ばれる割引料金が適用されることも多く、かなりお得に購入できます。予約開始は出発の数ヶ月前からなので、旅程が決まったらこまめにチェックしましょう。

    • 便利な予約サイト:

    複数の鉄道会社の路線を乗り継ぐ複雑な旅程の場合、「Trainline」や「Omio」といったサードパーティの予約サイトが便利です。目的地と日時を入力すると最適なルートや料金を比較提示してくれます。ただし、多少の手数料が上乗せされたり、座席指定の自由度が制限される場合があるため、公式サイトと照らし合わせて検討することをおすすめします。

    座席タイプの特徴と選び方

    夜行列車には主に以下の3種類の座席があります。予算や快適さの希望にあわせて選びましょう。

    • シート(Seat):

    最も価格が安く、日本の特急列車のリクライニングシートに似ています。コンパートメント形式の場合もありますが、完全に水平にはならず寝心地は劣ります。体力に自信がある若者や比較的短距離の夜行に適しています。

    • クシェット(Couchette / 簡易寝台):

    最も一般的なタイプです。4人または6人用のコンパートメントに二段または三段ベッドが設置され、シーツや枕、毛布が用意されています。横になって休めるため快適です。基本的に男女混合ですが、女性専用コンパートメントがある列車もあります。友人グループや旅先で他の旅行者と交流したい方に人気です。

    • スリーパー(Sleeper / 寝台個室):

    最も快適でプライベートな空間を提供します。1人用、2人用、3人用の個室にベッドと洗面台が備わり、デラックスルームには専用シャワーやトイレも付いています。ウェルカムドリンクや朝食サービスが含まれることも多く、「走るホテル」のような贅沢な体験が可能です。料金は高めですが、プライバシーを優先したい方や特別な旅行の思い出を作りたいカップル・家族に最適です。

    車内での過ごし方と注意点

    夜行列車の旅をより快適に楽しむためのポイントです。

    • 乗車と検札:

    出発の20~30分前には駅に着き、プラットフォーム番号を確認しましょう。乗車後は車掌が検札に来ますが、パスポートの提示を求められることがありますので、すぐに出せるように準備しておきましょう。検札が済めば、朝まで基本的に車掌が起こすことはありません。国境越え時もシェンゲン協定内であれば通常は車内でのパスポートチェックはありません(例外あり)。

    • 飲食:

    スリーパーやクシェットではミネラルウォーターや軽い朝食(パンやコーヒーなど)が料金に含まれることが多いです。追加の飲食物は車内販売や食堂車で購入できます。また、乗車前に駅の売店やスーパーで好きなものを買って持ち込むのも自由です。ワインとチーズで簡単なディナーを楽しむのも鉄道旅の醍醐味の一つです。

    • 荷物管理と安全:

    大きな荷物は座席下や指定の荷物スペースに置きます。個室の場合は施錠が可能ですが、クシェットだと管理に注意が必要です。貴重品(パスポート、現金、スマートフォン)は必ず身につけるか、枕の下に入れるなどして安全を確保しましょう。就寝中はリュックのチャックを壁側に向けて置くなどの工夫も効果的です。

    • トラブル時の対応:

    遅延や運休が発生した場合、EUには鉄道利用者を守るための強力なルールがあります。EUの規定によると、1時間以上の遅延で料金の25%、2時間以上の遅延で50%の払い戻しが可能で、代替交通や宿泊の手配がされる場合もあります。問題が起きたら、まずは駅のインフォメーションデスクや運行会社の窓口に相談しましょう。権利行使のために必ずチケットは大切に保管してください。

    鉄道旅が変える未来のツーリズム

    世界における鉄道の復権は、単に移動手段の選択肢が増えるだけの話ではありません。それは、私たちの旅のスタイルや観光産業そのものの未来を大きく変革する可能性を秘めています。鉄道が提案する新たな旅の形は、現代社会が抱えるさまざまな課題に対するひとつの解決策ともなり得るのです。

    オーバーツーリズムへの解決策

    特定の人気観光地に観光客が集中する「オーバーツーリズム」は、交通渋滞やゴミ問題、地域住民の生活環境への悪影響など、多方面で深刻な問題を引き起こしています。この現象の背景には、空路を中心とした「点」での観光スタイルがあります。航空便は主要なハブ空港と観光地の空港を効率よく結びますが、その結果、観光客が一箇所に偏りやすくなるのです。

    それに対して、鉄道は「線」で地域を繋げます。大都市だけでなく、その間に点在する多くの小さな町や村にも駅があり、人々を運搬します。この特徴は、観光客を地方へ分散させる力強い手段となり得ます。例えば、パリからニースへ行く場合、飛行機なら1時間半ほどで到着しますが、鉄道なら途中のリヨンやアヴィニョンで降りて、その地ならではの文化や食を楽しむことができます。

    ガイドブックに載っていないような駅で偶然立ち寄り、気ままに散策することが許されるのも鉄道特有の魅力です。鉄道網の活性化は観光客の流れをスムーズにし、これまで注目されなかった地方の魅力再発見のきっかけを生み出します。それは観光客に多様で豊かな体験をもたらし、地域にとっては経済活性化につながるという、双方にとってのWin-Winの関係を築く可能性を秘めています。

    「線」で繋がる、国境を超えた文化交流

    国境を越える国際列車は単に人や物を運ぶだけでなく、異なる文化や日常と非日常をつなぐ、生きた交流の場でもあります。

    列車のコンパートメントで偶然隣り合った異国からの旅人。食堂車で交わす地元ビジネスマンとのさりげない会話。言葉は不十分でも、身振りや笑顔で通じ合う瞬間。こうした些細な出会いが、旅を忘れられないものにしてくれるのです。

    車窓に広がる風景もまた、多くを語っています。建物の様式や農具、衣服が少しずつ変化し、国境を越えた瞬間には車内アナウンスの言語が切り替わる。こうした変化を肌で感じる経験は、地図上の国境線を見るのとはまったく異なる、リアルな世界の広がりと多様性を教えてくれます。

    飛行機の旅では、出発地と目的地という二つの「点」の文化しか味わうことができません。しかし鉄道の旅は、その間にある連続した変化を感じられます。A国からB国へと一気に変わるのではなく、A国の特色が徐々に薄れ、B国の特徴が少しずつ現れるアナログ的な変化。この連続性の中にこそ、異文化理解のヒントが隠されているのかもしれません。

    私たちが選ぶべき、これからの旅の形

    私たちは現在、旅のスタイルを選択する大きな分岐点にいます。速さや効率だけを追求するのか、それとも、旅の過程にある豊かさや地球環境への配慮も重視するのか。世界での鉄道の復権は、後者の選択が決して理想論や懐古趣味にとどまらず、現実的でスマート、そして何より楽しい道であることを示しています。

    この記事を読んであなたの心に何か響いたなら、次の旅行の計画を立てる際に、ぜひ鉄道という選択肢を真剣に考えてみてください。アジアの熱気あふれる地を駆け抜ける冒険かもしれませんし、ヨーロッパの古都をつなぐロマンチックな夜の旅かもしれません。

    最初は少し手間に感じることがあるかもしれません。チケットの予約や乗り換えの確認、国境越えの手続きなど。しかし、そうした一つひとつの過程もまた旅の醍醐味の一部です。自分の手でルートを選び計画を練る楽しさは、パッケージツアーでは味わえないものです。

    鉄道旅行は、私たちに多くのことを教えてくれます。世界の広さや文化の多様性、そしてゆっくり流れる時間の尊さ。車窓を流れる風景に心を委ねながら、きっと新しい自分自身に出会えるでしょう。レールが続く限り、旅は終わりません。さて、次はどの列車に乗り込みますか?

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    この記事を書いたトラベルライター

    SimVoyage編集部は、世界を旅しながら現地の暮らしや食文化を体感し、スマホひとつで快適に旅する術を研究する旅のプロ集団です。今が旬の情報から穴場スポットまで、読者の「次の一歩」を後押しするリアルで役立つ記事をお届けします。

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