パンデミックによる長い停滞を経て、世界の旅行需要は爆発的な回復を見せています。特に欧州の歴史的な都市や美しいリゾート地には、かつてないほどの観光客が押し寄せています。しかし、この活況の裏側で、地元住民の生活を脅かし、環境に深刻な負荷をかける「オーバーツーリズム(観光公害)」が各地で社会問題化。ついに住民による大規模な抗議活動へと発展しています。
活況の裏で深刻化する住民の負担
コロナ禍からの反動に加え、SNSによる「インスタ映え」スポットへの観光客集中が、この問題に拍車をかけています。さらに、日本人観光客にとっては、米ドルに対する円安が続く一方で、ユーロに対しては比較的安定していることから、欧州が魅力的な長距離旅行先として再注目されているという背景もあります。
この観光客の急増は、地域経済に恩恵をもたらす一方で、多くの歪みを生み出しています。
スペイン・カナリア諸島:「ここは私たちの家だ」
風光明媚なリゾート地として知られるスペインのカナリア諸島では、2024年4月に数万人規模の抗議デモが発生しました。住民たちは「もう限界だ」「ここは私たちの家だ」と書かれたプラカードを掲げ、制御不能な観光開発に反対の声を上げました。
観光客向けの短期賃貸物件(民泊など)の急増は、住宅価格と家賃を異常なまでに高騰させ、多くの地元住民が住む場所を失う事態に陥っています。また、限られた水資源やインフラへの過度な負担、自然環境の破壊も深刻な問題となっています。
イタリア・ヴェネツィア:入域料導入も効果は限定的か
「水の都」ヴェネツィアでは、以前からオーバーツーリズムが問題視されてきました。市は対策として、2024年4月から特定日の日帰り観光客に対し、5ユーロの入域料を徴収する制度を試験的に導入。しかし、導入後も観光客の数は大きく減っておらず、その実効性を疑問視する声も上がっています。
クルーズ船が運んでくる何千人もの観光客が一度に狭い路地に流れ込む光景は、もはや日常となり、住民の静かな生活や街の文化遺産そのものを脅かしています。
各地で広がる規制の動き
この問題は特定の地域に限りません。
- ポルトガル・リスボン:住宅価格の高騰を受け、市中心部での短期賃貸の新規ライセンス発行を停止。
- ギリシャ・アテネ:世界遺産アクロポリスへの入場者数に上限を設け、予約システムを導入。
- フランス・パリ:エッフェル塔やルーブル美術館など主要観光地での混雑緩和策を強化。
これらの動きは、観光による経済的利益と、住民の生活環境や文化遺産の保護との間で、行政が難しい舵取りを迫られている現実を浮き彫りにしています。
予測される未来と私たち旅行者にできること
今後、欧州の主要な観光都市では、観光税の導入や増額、特定のエリアへの入場制限、時間帯別の分散化など、より踏み込んだ規制が導入される可能性が高いでしょう。これは、無秩序な観光の時代が終わりを迎え、より管理された「持続可能な観光」へと移行していく大きな転換点と言えます。
この大きな変化の中で、私たち旅行者の意識と行動も問われています。
- 訪問先への敬意を払う:地元の文化や習慣を尊重し、住民の生活に配慮した行動を心がける。大声で騒いだり、ゴミをポイ捨てしたりしないといった基本的なマナーの徹底が求められます。
- 訪問時期や場所を分散させる:ハイシーズンや有名観光地だけに集中するのではなく、オフシーズンを狙ったり、まだあまり知られていない魅力的な地方都市を訪れたりすることで、特定地域への負担を軽減できます。
- 地元経済に直接貢献する:地元の人が経営するレストランや商店、宿泊施設を利用することは、地域社会への還元につながります。
私たちが愛する美しい観光地の未来は、そこに住む人々だけでなく、そこを訪れる私たち一人ひとりの行動にかかっています。次の旅行を計画する際には、訪問先の現状に思いを馳せ、その土地の文化と環境を守る一員であるという意識を持つことが、これまで以上に重要になるでしょう。









