観光客は「歓迎」から「管理」の時代へ
世界的な旅行需要の回復は喜ばしいニュースである一方、一部の著名な観光地では「オーバーツーリズム(観光公害)」が深刻な問題として再燃しています。イタリアのヴェネツィアが2024年春から日帰り観光客を対象とした入域料の試験導入に踏み切ったことは、その象徴的な出来事と言えるでしょう。この動きは単なる一都市の問題にとどまらず、欧州の主要都市が持続可能な観光へと舵を切る大きな転換点となる可能性があります。simvoyageでは、この新しい観光の潮流について、背景と今後の展望を深掘りします。
背景:なぜ今、規制が強化されるのか
オーバーツーリズム対策が急務となっている背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。
コロナ禍からの急速な回復と需要の集中
国連世界観光機関(UNWTO)の報告によると、2023年の国際観光客到着数はパンデミック前の水準の88%にまで回復し、2024年中には完全に回復すると予測されています。この急速な回復の過程で、旅行者の関心は再びパリ、ローマ、バルセロナといった有名都市に集中。特定の場所に許容量を超える人々が押し寄せる事態が各地で発生しています。
地域社会への深刻な影響
観光客の急増は、地元住民の生活に大きな負担を強いています。ヴェネツィアでは、市の人口約5万人に対し、年間約3,000万人の観光客が訪れるとされ、日常生活に支障をきたすほどの混雑が常態化しています。また、短期賃貸物件の増加による住宅価格の高騰は、アムステルダムやリスボンなどの都市で若者世代が市内に住めなくなるという社会問題にまで発展しています。公共交通機関の麻痺やゴミ問題も、住民の不満を高める大きな要因です。
文化遺産と自然環境への脅威
過度な観光客の流入は、歴史的建造物や貴重な自然環境にも回復不可能なダメージを与える危険性をはらんでいます。ユネスコは、ヴェネツィアやクロアチアのドゥブロヴニク旧市街など、複数の世界遺産に対してオーバーツーリズムがもたらす脅威について繰り返し警告を発しており、保全のための抜本的な対策を求めています。
各都市で進む具体的な取り組み
ヴェネツィアの入域料導入を皮切りに、欧州の各都市は独自の対策を打ち出し始めています。
ヴェネツィア:入域料による人流コントロール
2024年4月から特定の日に、ヴェネツィア歴史地区を訪れる日帰り観光客に対し、5ユーロの入域料の支払いを義務付ける試験運用が開始されました。目的は収益確保だけでなく、事前予約システムを通じて市内に流入する人数を把握し、混雑を緩和することにあります。この試みが他の歴史都市に与える影響は大きいと見られています。
アムステルダム:観光の「質」を重視する規制
オランダのアムステルダムでは、より抜本的な対策が進められています。市中心部への大型クルーズ船の乗り入れを禁止したほか、新規ホテルの建設を原則禁止。さらに、大麻の路上吸引の禁止や、観光客向け店舗の新規出店を制限するなど、観光の「量」から「質」への転換を明確に目指しています。
バルセロナ:短期賃貸との闘い
スペインのバルセロナは、特に短期賃貸物件の規制に力を入れています。観光客向けアパートの新規ライセンス発行を停止し、違法な民泊の取り締まりを強化。これにより、住宅市場の安定化と地域コミュニティの維持を図っています。
予測される未来と旅行者への影響
こうした規制強化の動きは、今後の国際旅行のあり方を大きく変える可能性があります。
スマートツーリズムへの移行
今後は、多くの人気観光地で事前予約制がスタンダードになる可能性があります。特定の観光名所だけでなく、都市やエリア全体への入場に予約が必要となるかもしれません。AIを活用してリアルタイムの混雑状況を旅行者に提供し、空いている場所へ誘導する「スマートツーリズム」の技術が普及していくでしょう。
旅行コストの上昇とより計画的な準備
入域料や宿泊税、各種手数料の導入は、旅行全体のコストを押し上げる要因となります。また、事前予約や登録が必須となることで、これまでのような「思いつきの旅行」は難しくなり、より綿密な事前計画が求められるようになります。旅行者は、目的地のルールを事前に確認し、遵守する責任が一層重要になります。
未知のデスティネーションへの分散
有名観光地へのアクセスが制限されることで、旅行者の関心はこれまであまり注目されてこなかった地方都市や第二、第三の都市へと向かう可能性があります。これは、観光客の分散化を促し、オーバーツーリズムに悩む都市の負担を軽減する一方で、新たな地域の魅力を発見する機会を創出し、地域経済の活性化に繋がるというポジティブな側面も持っています。
旅行者一人ひとりが「責任ある観光客」として行動することが求められる時代が到来しました。simvoyageは、変わりゆく世界の旅行トレンドをいち早く捉え、皆様が賢く、そして持続可能な旅を楽しむための情報を提供し続けてまいります。









