欧州連合(EU)は、長年計画してきた新しいデジタル入出国管理システム「EES(Entry/Exit System)」を、2025年10月12日からシェンゲン協定加盟国の国境で本格的に運用開始することを発表しました。このシステムの導入により、米国を含む非EU加盟国の国民がシェンゲン圏へ渡航する際の手続きが大きく変更されます。
これまで行われてきたパスポートへのスタンプ押印が廃止され、代わりに生体認証データ(顔認証と指紋)を利用したデジタル管理へと移行します。これは、EUの国境管理を近代化し、セキュリティを強化するための重要な一歩です。今回は、このEES導入の背景と、旅行者が知っておくべき具体的な影響、そして今後の展望について詳しく解説します。
EES(Entry/Exit System)とは何か?
EESは、EUのスマートボーダー政策の一環として導入される、自動化されたITシステムです。その主な目的は、非EU国籍の短期滞在者(ビザ免除国、または短期滞在ビザで訪問する旅行者)の出入国記録を正確かつ効率的に管理することにあります。
- 対象者: 米国や日本など、ビザなしでシェンゲン協定加盟国に「あらゆる180日の期間内で90日以内」の滞在が許可されている国籍の旅行者。
- 導入場所: シェンゲン協定に加盟する29カ国の対外国境(空港、港、陸路国境)。
- 主な変更点:
- パスポートへのスタンプ押印の廃止: 国境警備官による手作業のスタンプ押印がなくなり、すべての出入国記録がデジタルで中央データベースに登録されます。
- 生体認証データの登録: シェンゲン圏に初めて入国する際、旅行者はセルフサービスのキオスク端末で顔写真と指紋(4本指)をスキャンし、登録する必要があります。
- データの保存: 登録された個人情報(氏名、渡航書類の情報など)と生体認証データは、システムに3年間保存されます。
このシステムにより、EUは誰がいつ、どこから出入りしたかを正確に追跡し、90日間の滞在期間を超過したオーバーステイ者を迅速に特定できるようになります。
なぜ今、EESが導入されるのか?背景と目的
EES導入の背景には、セキュリティ強化と国境管理の効率化という2つの大きな目的があります。
セキュリティの向上
近年、欧州ではテロや組織犯罪が国境を越えて深刻な脅威となっています。従来のパスポートへのスタンプは、偽造や改ざんのリスクがあり、滞在期間の管理も煩雑でした。EESは、信頼性の高い生体認証データを用いることで、本人確認の精度を飛躍的に高め、身分を偽って入国しようとする人物や、オーバーステイ者を効果的に検出することを可能にします。
国境管理の効率化と近代化
手作業によるスタンプ押印は時間がかかり、特に観光シーズンには空港で長蛇の列が発生する一因となっていました。EESは、セルフサービスのキオスクと自動化ゲート(e-gate)を活用することで、国境審査のプロセスを迅速化することを目指しています。一度生体認証データを登録すれば、2回目以降の渡航ではよりスムーズな手続きが期待されます。また、すべての記録をデジタルで一元管理することで、シェンゲン圏全体の国境管理がよりシームレスになります。
米国人旅行者への影響と予測される未来
EESの導入は、米国からヨーロッパへ旅行する人々に直接的な影響を与えます。メリットとデメリットの両側面から、予測される変化を見ていきましょう。
導入初期の課題:混雑と待ち時間の増加
最も懸念されるのが、導入初期の混乱です。特に、初めてシェンゲン圏に入国する旅行者は、キオスク端末での生体認証データの登録が必要となります。このプロセスには一定の時間がかかるため、特にパリ、フランクフルト、アムステルダムといった主要なハブ空港では、入国審査の待ち時間が一時的に大幅に増加する可能性があります。
2025年のホリデーシーズンに渡航を計画している方は、空港での手続きに通常よりも多くの時間がかかることを想定し、乗り継ぎ時間などに十分な余裕を持たせたスケジュールを組むことが賢明です。
長期的なメリット:よりスムーズな旅行体験へ
導入が軌道に乗れば、将来的には旅行体験が向上することが期待されています。パスポートのページがスタンプで埋まってしまう心配がなくなり、登録済みの旅行者は自動化ゲートを通過することで、有人カウンターに並ぶよりも迅速に入国手続きを終えられるようになります。
プライバシーに関する考慮
EESでは氏名や渡航履歴に加え、顔や指紋といった生体認証データが収集・保管されます。EUは厳格なデータ保護規則(GDPR)に基づき、これらの個人情報が安全に管理されるとしていますが、自身のデータがどのように扱われるかに関心を持つ旅行者も増えるでしょう。
今後の展望:ETIASとの連携
EESは、2025年半ばに導入が予定されているもう一つの新制度「ETIAS(エティアス/欧州渡航情報認証制度)」と密接に関連しています。
ETIASは、米国のESTA(電子渡航認証システム)に似た制度で、ビザ免除国の国民がシェンゲン圏に渡航する前に、オンラインで渡航認証を申請・取得することを義務付けるものです。
- EES: 「誰が、いつ、どこから出入りしたか」を記録するシステム。
- ETIAS: 「誰が入国する資格があるか」を渡航前に審査するシステム。
この2つのシステムが連携することで、EUの国境管理はさらに強固になります。米国人旅行者は今後、EUへの渡航前にETIASを申請し、到着後はEESで入国手続きを行うという、新しいステップを踏むことになります。
simvoyageでは、今後もEESおよびETIASに関する最新情報をお届けしていきます。ヨーロッパへの旅行を計画する際は、これらの新しい制度について正しく理解し、万全の準備で快適な旅をお楽しみください。

