ブレグジット以降、英国からEU諸国への旅行ルールは段階的に変化してきましたが、2025年秋には国境管理のあり方を大きく変える新制度「出入国システム(Entry/Exit System – EES)」が導入される予定です。これにより、英国を含む非EU市民のEU(シェンゲン圏)への入国手続きが自動化され、顔認証と指紋スキャンが必須となります。今回は、このEES導入の背景と、旅行者に与える具体的な影響、そして予測される未来について詳しく解説します。
EUへの玄関口が変わる – 新システム「EES」とは
EESは、EUが国境管理を強化し、セキュリティを向上させるために導入する大規模なITシステムです。これまでEU非加盟国の短期滞在者のパスポートには、入国審査官が手作業でスタンプを押していましたが、EESはこのプロセスを完全に電子化・自動化します。
EES導入の背景と目的
このシステムの主な目的は、シェンゲン圏への出入国記録を正確に管理することにあります。これにより、許可された滞在期間(180日間のうち最大90日間)を超えて滞在する、いわゆる「オーバーステイ」を効率的に特定できるようになります。また、生体認証データを活用することで、身元確認の精度を高め、テロや組織犯罪の防止といった安全保障上の脅威に対処することも狙いとしています。
何がどう変わる?具体的な手続き
EESが導入されると、シェンゲン圏に初めて入国する英国人旅行者は、空港や港に設置された自動キオスク端末で以下の手続きを行う必要があります。
- 顔写真のスキャン
- 指紋のスキャン(4本指)
- パスポート情報の登録
一度登録された顔写真と指紋の生体認証データは、EESのデータベースに3年間保存されます。次回以降の渡航では、この登録データを使ってより迅速な本人確認が可能になる仕組みです。パスポートへのスタンプ押印は廃止され、すべての出入国記録は電子的に管理されます。
英国人旅行者への影響と予測される未来
この新システムの導入は、特に英国からの旅行者に大きな影響を与えると予測されています。利便性の向上も期待される一方、導入初期には大きな混乱が生じる可能性が指摘されています。
懸念される国境での大混乱
最も大きな懸念は、導入初期における国境検問所での深刻な遅延です。特に、車で移動する旅行者が多い英仏海峡トンネル(ユーロトンネル)やドーバー港では、1台あたりの手続き時間が増加することで、大規模な交通渋滞が発生する恐れがあります。
ユーロトンネルを運営するGetlink社は、「1台あたりの手続きがわずか数分増えるだけでも、数キロメートルに及ぶ長蛇の列を引き起こす可能性がある」と警告しています。英国議会の欧州調査委員会も、EESの準備が不十分な場合、国境で「深刻な遅延」が発生するとの報告書をまとめており、旅行業界全体で警戒が強まっています。
長期的なメリットとセキュリティの向上
一方で、EESが軌道に乗れば、長期的なメリットも期待されています。
- 効率化の向上: 一度生体認証データを登録すれば、3年間はよりスムーズな入国審査が期待できます。
- 正確な滞在管理: 滞在日数が自動的に計算されるため、旅行者自身も滞在期間の管理が容易になります。
- セキュリティ強化: なりすましや偽造パスポートによる不正入国を防ぎ、EU全体の安全性が向上します。
EESとETIASの違い – 旅行者が知っておくべきこと
EESとしばしば混同されるのが、「欧州渡航情報認証制度(ETIAS)」です。この2つは連携しますが、目的が異なります。
- EES(出入国システム): 国境で旅行者の出入国を記録し、生体認証データを管理するシステムです。実際に国境を越える際に利用されます。
- ETIAS(渡航情報認証制度): ビザ免除対象国の市民がシェンゲン圏へ渡航する前に、オンラインで事前申請する電子渡航認証です。申請には7ユーロの手数料がかかり、一度認証されれば3年間有効です。
ETIASはEES導入後の2025年半ばに開始される予定で、英国人旅行者は今後、渡航前にETIASを申請し、国境ではEESで手続きを行うという2段階のプロセスが必要になります。
まとめ:今後のEU渡航で準備すべきこと
EESの導入は、英国からEUへの旅行体験を根本から変える重要な変更点です。導入予定は2025年10月6日とされていますが、過去に延期が繰り返されてきた経緯もあり、正式な開始時期については今後も注視が必要です。
2025年秋以降にEU(シェンゲン圏)への旅行を計画している方は、以下の点を心に留めておくとよいでしょう。
- 導入初期は、空港や港での手続きに通常より時間がかかることを想定し、余裕を持ったスケジュールを組む。
- EUの公式サイトなどで、EESおよびETIASに関する最新情報を常に確認する。
- 家族旅行などの場合、全員がそれぞれ生体認証データの登録が必要になることを理解しておく。
この変化は、ブレグジット後の英国とEUの新しい関係を象徴するものです。旅行者は新たなルールに適応し、スムーズで安全な旅を続けるための準備が求められます。









