パンデミックを経て、世界の観光市場を牽引してきた中国人海外旅行者の動向に、地殻変動とも言える大きな変化が起きています。米国の観光ニュースメディア「Skift」が報じた最新のトレンドによると、かつての「爆買い」を象徴とする団体旅行のイメージは過去のものとなり、旅行のスタイル、目的、そして行き先が劇的に変化していることが明らかになりました。
この変化の波の中で、かつて絶大な人気を誇った日本の地位は大きく揺らいでいます。simvoyageでは、この中国人海外旅行の「新常態」を深掘りし、その背景と今後の観光業界への影響を考察します。
中国人海外旅行の「新常態」:3つの大きな変化
現在の中国人旅行者のトレンドは、主に3つのキーワードで特徴づけられます。「個人化」「SNS重視」「体験志向」です。
旅行形態の進化:団体旅行から個人・小グループへ
かつて中国人海外旅行の代名詞だった、大型バスで有名観光地を巡る旗付きの団体旅行は急速に減少し、友人や家族単位での個人旅行(FIT)や小規模なグループでの旅行が主流となりつつあります。これは、海外旅行経験が豊富な中間層や若年層が増え、画一的なツアーではなく、より自由でパーソナルな旅を求めるようになったことが背景にあります。彼らは自分たちの興味関心に基づき、オリジナルの旅程を組むことを楽しんでいます。
意思決定の変革:SNSと「間際化」
旅行先の選定や情報収集の方法も大きく変わりました。従来の旅行代理店のパンフレットに代わり、今や「小紅書(RED)」や「抖音(Douyin)」といったSNS上の口コミやインフルエンサーの発信が絶大な影響力を持っています。リアルな体験談や美しい写真・動画が次の旅行先を決定づける重要な要素となっており、旅行の計画を直前に行う「間際化」の傾向も強まっています。
旅行目的の多様化:「モノ消費」から「コト消費」へ
ブランド品を買い求める「爆買い」に象徴される「モノ消費」中心の旅行から、その土地ならではの文化やアクティビティを体験する「コト消費」へと旅行の目的が明確にシフトしています。地元の料理教室への参加、伝統文化の体験、美しい自然の中でのハイキングなど、ユニークで記憶に残る体験への投資を惜しまない旅行者が増えているのです。
日本の人気は急落、台頭する新たなデスティネーション
この大きなトレンド変化の中で、旅行先ランキングにも大きな変動が見られます。
日本のランキングは2位から7位へ
かつて、ショッピング、グルメ、清潔さ、安全性などを理由に、中国人旅行先ランキングで常にトップクラスの人気を誇っていた日本は、今回2位から7位へと大きく順位を落としました。この背景には、福島第一原発の処理水放出問題による安全性への懸念や、他のアジア諸国と比較した際のコスト高感などが影響しているとみられています。従来の団体客に依存してきた観光地や商業施設は、新たな旅行者のニーズに対応しきれていないという課題も浮き彫りになっています。
人気上昇中の東南アジアと中東
一方で、中国人旅行者の新たな関心を集めているのが、東南アジア諸国や中東です。タイ、マレーシア、シンガポールなどがビザ緩和措置を相次いで導入したことで、渡航のハードルが大幅に下がりました。また、歴史的な円安により、これらの国々での旅行は日本に比べて割安感があります。エキゾチックな文化体験や豪華なリゾート施設を提供する中東の国々も、新たな旅行先として注目度を高めています。
今後の展望:観光業界が取るべき戦略とは
中国人海外旅行市場の変化は、日本の、そして世界の観光業界にとって大きな挑戦であると同時に、新たなチャンスでもあります。
これからの観光誘致では、画一的なプロモーションではなく、多様化する旅行者のニーズを的確に捉えることが不可欠です。特に、FIT(個人旅行者)をターゲットとした、ニッチで質の高い体験型コンテンツの開発が急務となるでしょう。また、中国のSNSプラットフォームを駆使したデジタルマーケティングの重要性は、今後ますます高まっていきます。
中国人旅行者市場は、もはや単一の巨大なマスマーケットではありません。多様な価値観を持つ個々の旅行者の集合体へと成熟しつつあります。この変化の本質を理解し、柔軟かつ迅速に対応できる国や地域だけが、この新しい時代のインバウンド競争を勝ち抜いていくことになるでしょう。

