今年の春節(旧正月)連休が終わり、中国人観光客の海外旅行の動向に大きな変化が見られました。これまで海外旅行先として不動の人気を誇ってきた日本ですが、複数の大手旅行予約サイトのデータでは、タイや韓国がトップに躍り出ており、日本がトップ3圏外となるケースも報告されています。この地殻変動ともいえるトレンドの変化はなぜ起きたのでしょうか。その背景と、今後の世界の観光市場、特に日本のインバウンド戦略に与える影響について考察します。
春節旅行先の人気ランキングに地殻変動
パンデミック以前から、春節の海外旅行先ランキングで常にトップを走り続けてきた日本。しかし、2024年のランキングは様相が異なります。
中国の大手オンライン旅行会社Ctrip(携程)が発表したデータによると、春節期間中の海外旅行予約で最も人気が高かったのはタイでした。それに日本、マレーシア、シンガポール、韓国が続く形となっています。他の複数の予約サイトでも同様の傾向が見られ、特にタイ、マレーシア、シンガポールといった東南アジア諸国への人気が急上昇しています。
これまで圧倒的な強さを見せてきた日本が必ずしも1位ではなくなったという事実は、各国の観光業界にとって大きなニュースとなりました。特に、近距離でありながらトップ5にランクインした韓国の躍進も注目されています。
なぜ日本から韓国・タイへ?変化の背景を探る
この人気のシフトには、いくつかの要因が複雑に絡み合っていると考えられます。
ビザ政策の緩和が大きな追い風に
最も直接的な要因は、ビザ(査証)政策の緩和です。タイ政府は2024年3月1日から、中国との間で相互ビザ免除措置を恒久的に開始することを発表しました。このニュースは旅行計画を立てる上で非常に大きなインセンティブとなり、予約の急増につながりました。
同様に、シンガポールやマレーシアも中国とのビザ相互免除協定を結んでおり、これらの国々への旅行ハードルが劇的に下がったことが、東南アジア人気を押し上げる強力な要因となっています。
為替とコストパフォーマンスの優位性
円安は日本旅行の魅力の一つですが、旅行先の選択は相対的なものです。タイやマレーシアなどの東南アジア諸国は、もともと物価が安く、コストパフォーマンスの高い旅行先として知られています。円安のメリットを享受できる日本以上に、総合的な旅行費用を抑えられる点が、多くの観光客にとって魅力的に映った可能性があります。
また、韓国ウォンも比較的安価な水準で推移しており、ショッピングやグルメを楽しみたい観光客にとって魅力的な選択肢となっています。
航空便の回復とアクセスの多様化
日中間の国際線は回復傾向にあるものの、コロナ禍以前の便数には完全に戻っていません。一方で、中国と東南アジアや韓国を結ぶ便は急速に回復しており、選択肢の多さや航空券の価格競争力が、旅行先の決定に影響を与えたと考えられます。
特に韓国は地理的に近く、週末などを利用した短期旅行も容易であるため、手軽な海外旅行先としての地位を再確立しつつあります。
K-POPやタイ文化などソフトパワーの影響
K-POPや韓国ドラマといった「韓流コンテンツ」は、依然として中国の若者層に絶大な人気を誇ります。憧れのアーティストが訪れた場所を巡る「聖地巡礼」や、最新のファッション、コスメを求める旅行は、韓国を選ぶ強い動機となっています。
一方、タイも温暖な気候、美しいビーチ、豊かな食文化、そしてフレンドリーな国民性といった独自の魅力で、リピーターを含む多くの観光客を惹きつけています。
この変化がもたらす未来と日本の観光戦略への影響
今回の春節の動向は、日本のインバウンド観光にとって重要な示唆を与えています。
「選ばれるデスティネーション」への競争激化
これまで日本の観光業界には、「円安」と「高い安全性・清潔さ」という強力な追い風がありました。しかし、周辺国がビザ緩和やプロモーション強化といった具体的な施策を次々と打ち出す中、「何もしなくても観光客は来てくれる」という時代は終わりを告げつつあるのかもしれません。今後は、アジアのライバル国との間で「選ばれる旅行先」としての競争が一層激しくなることが予想されます。
求められる新たな魅力発信と戦略の再構築
この変化を受け、日本の観光戦略も新たなステージに進む必要があります。単にショッピングや有名な観光地を巡るゴールデンルートだけでなく、地方のユニークな文化体験、自然を満喫するアクティビティ、質の高い食体験といった「コト消費」の魅力を、より積極的に発信していくことが重要です。
また、多様化する中国人観光客のニーズを的確に捉えることも不可欠です。団体旅行客だけでなく、より深い体験を求める個人旅行客(FIT)や富裕層、若者層など、ターゲットに合わせたきめ細やかなアプローチが求められるでしょう。
今回の春節のトレンドは、世界の旅行市場が常にダイナミックに変動していることを改めて示しました。この変化が一時的なものなのか、それとも長期的な構造変化の始まりなのか。日本の観光業界の対応を含め、今後の動向から目が離せません。

