2025年10月4日、デリーから英国バーミンガムへ向かっていたエア・インディアAI113便(ボーイング787-8ドリームライナー)の機内で、乗客乗員が息をのむ事態が発生しました。飛行中に深刻な電気系統の故障に見舞われ、コックピットの計器や客室の照明を含むほぼ全ての電源が喪失。しかし、同機はその後、無事にバーミンガム国際空港への着陸を成功させました。この奇跡的な生還劇の裏には、航空機に備わる「最後の命綱」とも呼ばれる緊急装置の作動がありました。
緊迫のフライトで何が起きたのか
AI113便がヨーロッパ上空を順調に飛行していた最中、突如として両方のエンジンの発電機が停止するという、極めて稀で危険な事態に陥りました。現代の航空機、特に「モア・エレクトリック・エアクラフト」として知られるボーイング787型機は、操縦系統の多くを電気に依存しており、全電源喪失はすなわち操縦不能に直結する致命的な状況です。
機内の照明が消え、エンターテインメントシステムも停止。静まり返る機内で、乗客はただならぬ事態が起きていることを察知しました。しかし、コックピットではパイロットが冷静かつ迅速な対応を行っていました。彼らはマニュアルに従い、最終安全装置のスイッチに手を伸ばしたのです。
窮地を救った「ラムエアタービン(RAT)」とは
パイロットが作動させたのは、「ラムエアタービン(RAT)」と呼ばれる緊急用の発電装置です。これは、電源が完全に失われた際に、機体の腹部などから自動または手動で展開される小さなプロペラです。
飛行中の強力な風圧(ラムエア)を受けてこのプロペラが回転することで、限定的ながらも発電を行い、操縦に最低限必要な油圧システムや、ごく一部の重要な計器類に電力を供給します。その作動音は「大きな風切り音」として客室にも聞こえることがあり、まさに航空機に残された最後の生命線と言える装置です。
AI113便では、このRATが正常に機能したことで、パイロットは機体のコントロールを維持し、バーミンガム国際空港への緊急着陸を安全に成し遂げることができました。
背景:進化する航空安全とエア・インディアの現在
今回のインシデントは、航空機の安全設計がいかに多重の備えを持っているかを証明する出来事となりました。
ボーイング787の先進性と多重の備え
ボーイング787ドリームライナーは、燃費効率と快適性を追求した最新鋭の旅客機です。そのシステムの多くが電子化されているため、今回のような電気系統のトラブルは重大インシデントにつながりかねません。しかし、まさにそのような事態を想定し、RATのような物理的なバックアップシステムが標準装備されています。テクノロジーの進化と同時に、最も原始的で確実な安全策が何重にも施されているのです。
変革期にあるエア・インディア
エア・インディアは現在、印タタ・グループの傘下で大規模な経営改革とサービス向上に取り組んでいます。2023年には、エアバスとボーイングから合計470機という航空史上でも最大級の機材発注を行い、機体の近代化を急速に進めています。安全性向上は同社の最優先課題であり、今回のクルーの冷静で的確な対応は、強化された訓練プログラムの成果であるとも考えられます。
予測される未来と旅行者への影響
この一件は、航空業界全体に重要な教訓と影響を与えるでしょう。
航空業界への波紋
航空当局とボーイング社は、今回の電気系統トラブルの原因究明を徹底的に行うことになります。原因によっては、全世界で運航されている1,000機以上の同型機に対し、緊急点検や改修を指示する耐空性改善命令(AD)が発行される可能性も考えられます。また、今回の事例は、パイロットの緊急事態対応訓練における貴重なケーススタディとして、世界中の航空会社で共有されることになるでしょう。
旅行者が知っておくべきこと
「飛行機が全電源を喪失した」というニュースは、旅行者にとって大きな不安材料となるかもしれません。しかし、重要なのは、そのような最悪の事態を想定した安全装置が実際に機能し、乗客乗員の命を救ったという事実です。
今回の出来事は、航空旅行がいかに高い安全基準の上に成り立っているかを改めて示すものとなりました。航空会社を選ぶ際、価格やサービスだけでなく、保有する機材の年式や、安全への投資姿勢といった点に注目することも、安心して旅行を楽しむための一つの視点となるかもしれません。
simvoyageは、今後も世界の航空安全に関する動向を注視し、旅行者の皆様に正確で有益な情報をお届けしてまいります。









