人工知能(AI)の進化が、世界の旅行・航空業界に大きな変革の波をもたらしています。特に生成AIの登場は、顧客サービスからマーケティング、業務効率化に至るまで、あらゆる領域でその活用が検討されており、私たちの旅の形を変える可能性を秘めています。
しかしその一方で、「AIが人間の仕事を奪うのではないか」という懸念の声も高まっています。本記事では、AIが旅行・航空業界の雇用に与える影響について、背景情報や大手各社の具体的な対応を交えながら、その未来を展望します。
テクノロジーが変えてきた旅行業界の歴史
そもそも、旅行業界はテクノロジーの進化と共にその姿を大きく変えてきました。かつては旅行代理店のカウンターで相談しながら予約するのが当たり前でしたが、インターネットの普及によりオンライン旅行会社(OTA)が台頭し、誰もがオンラインで航空券やホテルを予約できるようになりました。
空港では自動チェックイン機や自動手荷物預け機が普及し、地上スタッフの業務内容も変化しました。AIの導入は、この変化の延長線上にあると言えますが、その影響はこれまでの比ではありません。定型業務の自動化に留まらず、これまで人間にしかできないと考えられてきた、より複雑で知的な業務にまで及ぶ可能性があるからです。
世界経済フォーラム(WEF)が2023年に発表した「仕事の未来レポート」によると、AIや機械学習のスペシャリストといった職務は今後5年間で需要が急増すると予測される一方、データ入力や秘書業務などの事務職は大幅に減少すると見られています。このレポートは、2027年までに全世界の労働市場の23%が変化し、8300万の雇用が失われ、6900万の新たな雇用が創出されると予測しており、旅行・航空業界もこの大きな潮流と無縁ではありません。
効率化か、雇用削減か:航空会社のAI戦略
航空業界では、AIの活用がすでに始まっています。その目的は主に、顧客サービスの向上とバックオフィス業務の効率化です。
顧客対応の最前線に立つAI
KLMオランダ航空は、早くからAIチャットボットを導入し、顧客からのフライト情報や手荷物に関する簡単な問い合わせに24時間体制で対応しています。これにより、人間のコールセンタースタッフは、予約の複雑な変更や緊急性の高いトラブル対応など、より高度な判断が求められる業務に集中できるようになりました。
バックオフィス業務の自動化という現実
一方で、より直接的な雇用への影響を示唆する声も上がっています。欧州最大のLCC、ライアンエアーのマイケル・オライリーCEOは、「AIによって、人事、経理、マーケティングといった管理部門の仕事の多くは数年以内に不要になる」と発言。具体的な数字として、これらのバックオフィス業務において「数百人規模」の人員削減が可能になるとの見通しを示しました。
AIは単純作業を自動化することでコストを大幅に削減できるため、特に価格競争の激しいLCCにとっては魅力的な選択肢となります。この動きは、航空業界の雇用構造を根本から変える可能性があります。
パーソナライゼーションを加速させるOTA
オンライン旅行会社(OTA)は、AIを最も積極的に活用している分野の一つです。彼らの狙いは、AIを使ってユーザー一人ひとりに最適化された「究極のパーソナライゼーション」を実現することにあります。
対話型AIによる新しい旅行プランニング
Expedia Groupは、OpenAIのChatGPT技術を活用した対話型の旅行プランニング機能をアプリに導入しました。ユーザーが「来月、京都で静かに過ごせる温泉宿」といった曖昧なリクエストを投げかけると、AIが対話を通じて最適なホテルやアクティビティを提案してくれます。
同様に、Booking.comは「AI Trip Planner」、Trip.comは「TripGenie」といったAIアシスタントをリリースし、個人の好みや過去の旅行履歴に基づいた旅程の自動生成サービスを提供しています。
これらのサービスは、これまで旅行代理店のスタッフが担ってきたコンサルティング業務の一部を代替するものです。OTA各社は、AIの活用で顧客満足度を高めると同時に、マーケティングや予約管理といった内部業務の効率化も進めており、将来的には雇用に影響を与える可能性があります。
予測される未来:仕事は「奪われる」のではなく「変化する」
AIが旅行・航空業界の全ての仕事を奪うわけではありません。むしろ、仕事の内容が大きく「変化」すると考えるべきでしょう。
減少が予測される仕事
- 定型的な顧客対応: 簡単な予約確認やFAQへの回答など。
- データ入力・処理: 予約情報や顧客リストの管理など。
- 一部のマーケティング業務: 定型的なレポート作成や広告配信の最適化など。
需要が高まる仕事
- AIシステムの開発・管理: AIを業界特有のニーズに合わせて最適化するエンジニア。
- 高度なコンサルティング: AIでは対応できない複雑な要望に応えたり、富裕層向けに特別な体験を企画したりする専門家。
- データサイエンティスト: AIが集めた膨大なデータを分析し、新たな経営戦略やサービスを立案する専門家。
- 「ヒューマンタッチ」が求められる職種: クリティカルなトラブル対応や、温かみのある接客が価値を持つ現場サービス。
旅行者と業界への影響
旅行者にとって、AIは24時間対応の便利なアシスタントとなり、よりパーソナライズされた快適な旅を可能にしてくれるでしょう。しかし、システムエラー時の対応の遅れや、人間ならではの柔軟な対応が受けられないといったデメリットも考えられます。
業界全体としては、AIをうまく活用できた企業とそうでない企業の格差が拡大する可能性があります。そして、そこで働く人々には、AIという新しいツールを使いこなすための「リスキリング(学び直し)」が不可欠となります。
AIがもたらす未来は、「AI vs 人間」という対立構造ではなく、「AIと協働する人間」が主役となる時代です。AIに任せるべき業務と、人間だからこそ提供できる価値を見極め、変化に対応していくこと。それが、これからの旅行・航空業界に求められる姿と言えるでしょう。

