ハンドルを握る手に、乾いた風が絡みつく。バックミラーに映るのは、どこまでも続く一本の道と、巻き上げた砂埃だけ。ここはアメリカ。自由という名の広大なキャンバスに、僕らは今、タイヤの跡で一本の線を引いている。その線の名は「ルート66」。シカゴからサンタモニカへ、大陸を対角線に貫くこの道は、単なるアスファルトの帯ではありません。それは、ゴールドラッシュに夢を見た人々、大恐慌から逃れた家族、そして僕のように自由を求める旅人たちの夢と希望、そして時折の絶望を吸い込んできた、アメリカの魂そのものなのです。
こんにちは、翔太です。元自動車整備士という少し変わった経歴を活かし、今は世界中をレンタカーで巡っています。今回僕が挑むのは、アメリカ大陸横断。その舞台として選んだのが、この伝説的な「マザーロード」、ルート66でした。なぜなら、この道は車と共に生き、車と共に死んでいった道だから。エンジンの鼓動、サスペンションの軋み、タイヤが拾う路面の情報。そのすべてを感じながら走りたかった。この記事では、観光ガイドブックが語らないルート66のリアルな姿、元整備士だからこそ気づく車のトラブルとその対処法、そしてこの壮大な旅が僕に教えてくれたことを、余すところなくお伝えしようと思います。
さあ、シートベルトを締めてください。イリノイ州シカゴ、すべての始まりの場所から、僕らの旅は始まります。
計画という名の羅針盤:ルート66横断の設計図

大陸を横断するという壮大な旅は、綿密な計画という原動力がなければ、すぐに立ち往生してしまいます。憧れだけで飛び込んでも、広大なアメリカの荒野で途方に暮れるのが関の山です。ここでは、僕が実際に旅を始める前にどのように準備を進めたのか、その設計図を公開します。
ルート選定:古い道と新しい道の狭間で
まず押さえておくべきは、現在の「ルート66」がすでにアメリカの公式な国道地図から姿を消しているという事実です。1985年に正式に廃止され、その多くは州間高速道路(インターステート)に統合されたり、完全に忘れ去られた廃道となっています。だからこそ、僕たちの旅は「かつての道を辿る旅」でもあるのです。
僕が旅の羅針盤として頼ったのは、スマートフォンのアプリでした。「Route 66 Ultimate Guide」のような専門的なアプリは、GPSと連動し、旧道の正確なルートを案内してくれます。ターンバイターンのナビは、まるで時間旅行の道案内人のように、高速道路を降りては名もなき小道へ僕たちを誘います。
とはいえ、旧道だけで全区間を走り抜くのは時間的にも体力的にも非現実的です。とくに見どころの少ない広大な平原の直線区間などでは、インターステートを賢く利用しながら時間短縮を図らなければなりません。僕のルールは、「町と町の間は高速でワープし、歴史的な町や見どころが近づけば旧道に降りる」というもの。このメリハリこそが、約4,000kmに及ぶ長旅を完遂する秘訣でした。全行程を走破するなら最低でも2週間は必要で、じっくり味わうなら3週間から1ヶ月の余裕を持つのが理想です。期間と予算のバランスを取り、どこに時間を使いどこを削るか。このプランニングこそが旅の満足度を大きく左右する最初の分かれ道なのです。
相棒選びの掟:レンタカー選びの完全ガイド
元整備士の血が騒ぐ瞬間が、この相棒選びでした。ルート66を走るなら、やはりアメリカンマッスルカーに乗りたい。V8エンジンの轟きを背に、果てしない道を駆け抜ける——そんな夢を実現するため、僕はフォード・マスタング・コンバーチブルをチョイスしました。燃費?正直言って称賛できません。でも、この旅は効率重視ではありません。五感でアメリカを感じ取るための最高の選択だったと自信を持っています。
車種選定で重視したのはロマンだけでなく、長距離走行の信頼性も不可欠です。比較的最近の年式の車を選び、そして何より「保険」には絶対に妥協しません。僕はレンタル会社が用意する最も充実したフルカバー保険(LDW/CDW、LISなど)に加入しました。万一の事故に備えるだけでなく、飛び石によるフロントガラスのひび割れや、日本では考えにくい動物との衝突リスクなども考慮すれば、この安心感は何物にも代え難いものでした。
レンタル時に欠かせないのが車両のチェック。元整備士として腕の見せどころです。まずはタイヤの状態を入念に確認。溝の深さは十分か、空気圧は適正か、サイドウォールにひび割れはないか。アメリカの広大な土地では、次のガソリンスタンドまで100マイル以上というケースも珍しくありません。タイヤトラブルは命取りにもなりうるのです。続いてエンジンルームを開けてオイルレベルや汚れ、冷却水の量を見ます。そしてエンジンをかけて異音や振動の有無、エアコンの効き具合を丁寧に確かめました。この数分のチェックが、後の甚大なトラブルを防ぐ防波堤となります。
荷物はミニマムに、情熱はマキシマムで
長旅だからといって、あれもこれもと荷物を詰め込むのは賢明ではありません。持ち物は必要最低限に絞るべきですが、「もしもの備え」だけは妥協しませんでした。
トランクに忍ばせたのは、最低限の工具セット(ソケットレンチやプライヤー類)、パンク修理キット、そして携帯用ジャンプスターター。これらは、ロードサービスを待つ時間を大幅に短縮し、精神的な余裕を生んでくれます。特にジャンプスターターは、モーテルの駐車場でうっかり室内灯をつけっぱなしにした朝、絶望の淵から僕を救ってくれました。
服装はレイヤリング(重ね着)が基本です。中西部の平原では、昼はTシャツ一枚で汗ばむほど暖かい一方、日が沈むと急激に冷え込みます。砂漠地帯では日中の灼熱と夜間の放射冷却で寒暖差が40度近くになることもあります。薄手のダウンジャケットやフリースは必ず携行したい必需品です。
そしてこの旅の記録を最大化するために持参した撮影機材。風景を力強く切り取る一眼レフカメラ、走行中の映像を記録するGoPro、そして誰も見たことのないアングルからルート66を捉えるドローン。これらの機材は僕の目となり、記憶の保管庫となって、この素晴らしい旅を永遠のものにしてくれました。荷物は軽く、しかし旅への情熱と準備は重厚に。これが僕のスタイルです。
シカゴの摩天楼から始まる物語

旅の出発はいつも、胸に期待とわずかな不安が入り混じった独特の高揚感に包まれます。イリノイ州シカゴ、コンクリートの密林の奥、ミシガン湖から吹く風が頬をなでる場所。ここが、私たちの約4,000kmにわたる冒険のスタート地点となります。
出発の標識と都会の喧騒
シカゴの中心部、アダムス・ストリートにひっそりと立っている「BEGIN」の標識。これがルート66の正式な出発地点です。そびえ立つ摩天楼に見守られながら、その小さな標識の前にマスタングを停めて記念撮影をする。世界中から訪れた旅人たちがここで夢の一歩を踏み出してきたのでしょう。その歴史の重さに、自然と背筋が伸びるように感じました。
シカゴを過ぎると、景色は一変します。果てしなく広がるトウモロコシ畑と点在する小さな町々。これこそがアメリカ中西部の原風景です。イリノイ州のルート66は、昔ながらのアメリカの情緒を色濃く残しています。ポンティアックの町では、巨大なルート66の盾を描いた壁画が歓迎してくれました。スプリングフィールドでは、第16代大統領エイブラハム・リンカーンゆかりの史跡を巡り、この国の歴史の深さを肌で感じることができます。
旅の楽しみの一つは、地元のダイナーでの食事です。素朴な店内で、チェック柄のシャツを着たウェイトレスが運ぶ分厚いパティのハンバーガーと、底が見えないほど注がれたコーヒー。そこで交わす地域の人々との自然な会話が、旅の記憶をより豊かにしてくれます。「どこから来たんだ?」「日本から、ルート66を走りに来た」「クレイジーだな!楽しんでいけよ!」。そんな言葉のやり取りが、私を単なる観光客ではなく、この道の一員にしてくれるように思えました。
ミズーリ州:ゲートウェイ・アーチと洞窟の神秘
イリノイ州を抜けて雄大なミシシッピ川を渡ると、ミズーリ州に入ります。そこを迎えるのが、セントルイスの象徴「ゲートウェイ・アーチ」です。「西部への玄関口」を意味するこの巨大なアーチは、高さ192メートル。その真下から見上げる放物線は、まさに圧巻の一言。これから始まる西部への旅路を祝福してくれているかのようでした。
ミズーリ州のルート66は、オザーク高原の丘陵地帯を縫うように走ります。緑豊かで曲がりくねった道は、運転していて格別に楽しい区間です。そしてこの州には、驚くべき自然の造形物が隠されています。それが「メレメック洞窟」です。
何百万年もの歳月をかけて地下水が石灰岩を侵食して形成された巨大な鍾乳洞。ひんやりとした洞内に足を踏み入れると、色鮮やかなライトアップに照らされた鍾乳石や石筍が幻想的な世界を織りなしています。ここはかつて、伝説のアウトロー、ジェシー・ジェームズとその一味が隠れ家として使っていたという逸話も残る場所。ルート66の歴史が単なる自動車旅行の物語にとどまらず、アメリカ開拓時代のドラマと深く結びついていることを改めて実感させられる瞬間でした。
大平原を貫く道 – カンザスとオクラホマ

ミズーリの丘陵地帯を抜けると、景色は再びその様相を変えます。見渡す限り遮るもののない広大な大平原(グレートプレーンズ)が広がり、空は信じられないほど広々と感じられるようになります。ここから先はカンザス州へ、そしてルート66の中心ともいえるオクラホマ州へと道が続いていきます。
わずか13マイルのカンザス区間
ルート66が通る8つの州の中で、カンザス州のルート66区間は最も短く、わずか13マイル(約21km)しかありません。それでも、その短い範囲にはルート66のファンやピクサー映画『カーズ』のファンにとって見逃せない魅力的な町が点在しています。
その一つが「ギャリーナ」という小さな町。古びたピックアップトラックやレトロな建物が軒を連ねるこの町は、まさに映画に登場する「ラジエーター・スプリングス」の世界観そのものです。特に、古いガソリンスタンドの前に置かれたレッカー車「トウ・メーター」は、映画のキャラクターのモデルになったと言われており、そのユーモラスな姿が訪れる旅人の心を和ませてくれます。短距離ながらも、カンザス州のルート66は遊び心と懐かしさにあふれ、忘れがたい思い出をもたらしてくれました。
ルート66の核となるオクラホマ州
カンザスを過ぎてオクラホマ州に入ると、ルート66は真価を見せ始めます。この州ではルート66の区間が最も長く、約400マイル以上にわたり現存し、「マザーロードの故郷」と称されています。どこまでも続く赤い大地と広がる空が、まさに私がイメージしていたルート66そのものの風景でした。
オクラホマ州には、ルート66を象徴する独特なランドマークが数多く存在します。例えばカトゥーサにある「ブルーホエール」は、池に浮かぶ巨大なクジラの滑り台で、かつて家族連れで賑わったスイミングスポットの跡にあります。そのユーモラスな外観は、今でも人気の写真スポットとなっています。
また、クリントンの町にある「オクラホマ・ルート66博物館」もぜひ訪れたい場所です。ルート66の誕生から全盛期、衰退と再生に至る歴史が豊富な展示品とともに詳細に紹介されています。ダイナーを再現したコーナーや年代ごとに並んだ車の展示を見るうちに、まるでその時代にタイムスリップしたかのような感覚に包まれます。アメリカ合衆国国立公園局のルート66に関するページによれば、オクラホマ州はマザーロードの商業的かつ文化的発展において中心的な役割を果たしてきたとされています。この博物館は、その歴史の深さを知るのに最適なスポットでした。
さらに、オクラホマは多くのネイティブアメリカンの部族が暮らす土地でもあります。道中、部族の文化センターやカジノの看板が目に入ることも少なくありません。彼らの苦難の歴史である「涙の道」がルート66と交差する場所も多いため、私たち旅人はその土地の歴史と文化に敬意を払い、謙虚な気持ちでハンドルを握ることの大切さを、この赤い大地は静かに教えてくれているのだと感じました。
西部への扉 – 砂漠とネオンの誘惑

オクラホマの赤い大地を後にすると、いよいよ旅も後半に突入します。目の前には、テキサスの広大な牧草地帯と、ニューメキシコの荒涼とした大地が広がっています。景色のスケールはますます壮大になり、空の色までもが違って見えるほどでした。ここからはアメリカ西部の入口に足を踏み入れます。カウボーイの伝説や砂漠に煌めくネオンが、僕たちを待ち受けていました。
テキサス・パンハンドルを疾走する
ルート66が通過するテキサス州の北部には、「パンハンドル」と呼ばれる細長い地域があります。面積は広くはありませんが、テキサスならではの迫力と個性的な見どころがぎゅっと詰まっています。
アマリロの町が近づくと、インターステート沿いに巨大な看板が目に入ります。「72oz Steak FREE!」という文字が躍るのは、名物「ビッグ・テキサン・ステーキ・ランチ」の看板です。約2キログラムの巨大ステーキを72分以内に完食すれば無料になるという、かなりチャレンジングなこの店は、ルート66を旅する者たちの胃袋と冒険心を大いに刺激します。僕は挑戦しませんでしたが、通常のステーキでもその厚みとジューシーさは格別で、まさにテキサスの豪快さを体感させてくれました。
さらに、テキサスで最も風変わりでアーティスティックなスポットが「キャデラック・ランチ」です。果てしなく続く牧草地の中に、10台のキャデラックが地面に突き刺さるように並んでいます。まるで古代の遺跡のようなこの光景は、アーティスト集団が制作したインスタレーション作品です。訪れた人々は自由にスプレー缶で落書きを楽しむことができ、新たな色彩が重なり合いながら日々その姿を変えていきます。破壊と創造が共存するこの場所は、ルート66の自由でアナーキーな精神を象徴しているかのようでした。僕もスプレー缶を手に、自分の名前と旅の日付をキャデラックのボディに刻み込みました。
魅力溢れるニューメキシコの大地
テキサスを抜けてニューメキシコ州に入ると、空気は一段と乾き、風景はまさに「南西部」のカラーを帯びてきます。赤茶けた大地に日干しレンガのアドビ様式の建物が立ち並び、どこまでも澄んだ青空が広がり、太陽の光は容赦なく降り注ぎます。
ルート66はもともと州都サンタフェを経由していましたが、その後より直線的なルートへと変更されました。僕はあえて旧ルートを辿り、芸術の街サンタフェへ寄り道をしました。独特の建築様式に統一された街並みは異国のようで、ギャラリー巡りやネイティブアメリカンの工芸品鑑賞は長旅の素敵なアクセントとなりました。
ニューメキシコのルート66における最大の見どころは夜に訪れます。トゥクムカリのような小さな町では、現役で輝くヴィンテージのネオンモーテルが旅人を暖かく迎えます。漆黒の闇に浮かび上がる赤や青、緑のネオンは言葉を失うほど幻想的で、まさにルート66の夜の顔そのものです。車を停め、エンジンを切って静寂の中ネオンの光を見つめていると、かつての賑わいが耳に届いてくるようでした。
州最大の都市アルバカーキでは歴史的な旧市街を散策。ここは大人気ドラマ『ブレイキング・バッド』の撮影地としても知られ、世界中からファンが訪れます。僕もドラマ好きとして、主人公ウォルター・ホワイトが経営していた洗車場などを訪ね、物語の世界に浸りました。古き良きルート66の歴史と現代のポップカルチャーが交錯するのも、このルートの面白さの一つです。
アリゾナの絶景と幽玄のゴーストタウン
ニューメキシコを西へ進むと、ついにアリゾナ州に入ります。ここには地球が織りなす圧倒的な芸術作品と、ゴールドラッシュ時代の夢の跡が待ち受けており、旅のクライマックスとも言える絶景が連続します。
アリゾナ州に入るとすぐ、僕たちは「化石の森国立公園」へ向かいました。約2億2500万年前の木々が珪化木(化石化した木)となって横たわる不思議な場所です。色とりどりの鉱物が染み込んだ珪化木はまるで宝石のよう。また、公園北部には「ペインテッド・デザート(彩色砂漠)」が広がり、地層ごとの鉱物の違いで赤、紫、灰色、オレンジなどがまるで絵の具を散りばめたかのように大地を彩っています。その非現実的な色のグラデーションに圧倒されるばかりでした。
公園を出てルート66に戻ると、歴史ある町々が次々と現れます。イーグルスの名曲『テイク・イット・イージー』の舞台として知られるウィンズローには「スタンディン・オン・ザ・コーナー・パーク」があり、僕も歌の主人公になりきって記念撮影を楽しみました。また、ルート66の廃止後、その復活に尽力したエンジェル・デルガディーロ氏が暮らすセリグマンは、まるで映画『カーズ』のラジエーター・スプリングスの世界そのもの。古き良き時代が凍結されたような町並みを散策するだけで、誰もが自然と笑顔になります。
さらに西へ進み、険しい山道を越えた先にあるのがゴーストタウンの「オートマン」。かつてゴールドラッシュで繁栄したこの町は、金の鉱脈が掘り尽くされて衰退しましたが、現在は当時の面影を残す観光地として人気を博しています。この町の主役は人間ではなく野生のロバ(バーロ)たち。かつて鉱夫たちが放置したロバの子孫が町中を自由に歩き回り、人懐っこい彼らに餌をあげながら、西部劇の時代に思いを馳せるというユニークな体験ができるのもルート66ならではの魅力です。
アリゾナのこの区間は見どころが豊富で、Visit The USAのルート66ガイドでも特に大きく取り上げられています。そして忘れてはならないのが、ルート66から少し北へ足を伸ばした「グランドキャニオン国立公園」。説明の必要もない、地球の巨大な裂け目です。夕暮れ時、太陽の光がキャニオンの岩肌を刻一刻と染め上げる光景は、まさに神々しい美しさを放っていました。この瞬間こそ、今回の旅で最も心を揺さぶられた出来事でした。
路上で役立つ、元整備士のサバイバル術

絶景や歴史的な街並みがルート66の大きな魅力である一方で、この旅が常に順調に進むとは限りません。特に、人家がほとんどない砂漠地帯では、車のトラブルが命にかかわる危険へと直結することもあります。ここでは、元整備士としての知識と経験を活かし、路上で役立つサバイバル術をいくつかご紹介します。これらは一般的なガイドブックには載っていない、実践的な知恵の数々です。
よく発生するトラブルとその対処法
- タイヤのパンク
最もよく起こるトラブルのひとつです。私は幸いにして経験しませんでしたが、いつ誰にでも起こりうる問題です。もしパンクが発生したら、慌てずにゆっくりと路肩に車を寄せ、ハザードランプを点灯させましょう。スペアタイヤへの交換は、平坦かつ安全な場所で行うことが基本です。交換手順は車載マニュアルに必ず記載されています。特に注意したいのは最後にホイールナットを締める際に使用する「トルクレンチ」の扱いです。多くのレンタカーには付属していないため、可能なら自分で準備するか、適切な力加減を身につけておくと安心です。締め付けが弱いと輪が外れる危険があり、強すぎるとボルトを傷める恐れがあります。自信がない場合は無理せずロードサービスを頼むことをおすすめします。
- オーバーヒート
アリゾナやカリフォルニアの砂漠地帯を夏に走る場合は、オーバーヒートに細心の注意を払う必要があります。水温計の針が「H(Hot)」に近づいたら、すぐに安全な場所で停車しエンジンを停止してください。この際、絶対にすぐにラジエーターキャップを開けないことが重要です。冷却水が高温で噴き出し、火傷の危険があるためです。エンジンが十分に冷めるのを待ち、タオルなどを使ってキャップを覆いながらゆっくり開けましょう。冷却水が減っている場合は、予備の冷却水や緊急時には水で補充します。またオーバーヒートの兆候を感じたら即座にエアコンをオフにしてください。エアコンのコンプレッサーはエンジンに負荷をかけるため、これだけで水温の上昇を抑制する効果があります。
- バッテリー上がり
私が実際に経験したトラブルの一つです。モーテルの駐車場で、夜通し室内灯を点けっぱなしにしてしまい、翌朝エンジンがまったく始動しませんでした。その際に役立ったのが持参していた携帯用ジャンプスターターです。これがあれば他の車に助けを求めることなく、数分で簡単にエンジンを再起動できます。使い方もシンプルで、バッテリーのプラスとマイナス端子にクリップを繋ぎ、電源を入れるだけです。大陸横断のような長い旅では、まさに「お守り」のような存在と言えます。
給油のタイミングとガソリンスタンドの実情
アメリカの田舎道では、「Next Gas 100 miles(次のガソリンスタンドまで160km)」といった看板が頻繁に現れます。私は「燃料計の針が半分を示したら給油する」というルールを厳守していました。これにより精神的な余裕が生まれ、給油場所を慌てて探すことがなくなりました。
さらに、ガソリン価格は州ごとに大きく異なります。一般的に中西部の州は安価で、カリフォルニアに近づくほど価格は上昇します。私はガソリン価格比較アプリ(GasBuddyなど)を活用し、州境を越える前に安い州で満タンにすることを心がけていました。小さな節約の積み重ねが、長距離の旅の予算に大きな影響を与えてくれます。
旅のサウンドトラック – ルート66を彩るBGMリスト

ルート66の旅は、五感すべてで味わう体験です。視覚は果てしなく広がる大地の風景を捉え、嗅覚は乾いた砂漠の香りを感じ取り、触覚はハンドルを通じて伝わる振動を受け止めます。そして聴覚。この旅を一層引き立ててくれるのは、最高のサウンドトラックです。マスタングのスピーカーから流れる音楽は単なるBGMにとどまらず、風景と一体化し、旅の記憶を鮮やかに彩ります。ここでは、僕がこの旅の間ずっと聴き続けた珠玉のプレイリストを少しご紹介しましょう。
- クラシックロック編:魂のエンジンを点火する曲たち
- Steppenwolf – “Born to Be Wild”: 言わずと知れた名曲。この曲を聴かずしてアメリカの道を駆けることは考えられません。「Get your motor runnin’, Head out on the highway」という歌詞通り、アドレナリンが全身を駆け巡ります。
- Eagles – “Take It Easy”: アリゾナ州ウィンズローを讃えたこの曲は、ルート66のアンセムのひとつ。ゆったりとしたメロディとハーモニーが、西部の乾いた空気と心地よく調和します。
- Chuck Berry – “(Get Your Kicks on) Route 66”: この道を歌った曲は数多いですが、チャック・ベリーのロックンロール・バージョンは抜群です。軽快なリズムに乗せて通り過ぎる町の名前を口ずさめば、気分は最高潮に高まります。
- カントリー編:大地の鼓動を感じさせる曲
- Johnny Cash – “I’ve Been Everywhere”: アメリカ各地の地名を早口で紡ぐこの曲には、大陸横断の壮大なスケール感が詰まっています。ジョニー・キャッシュの低く渋い声が、荒野の風景に深みをもたらします。
- Willie Nelson – “On the Road Again”: 「また旅路に戻れるのが待ちきれない」という旅人の率直な気持ちを歌ったこの曲は、毎日新たな町へ向かう僕の心情そのものでした。
- 現代のドライブミュージック編:風景に溶け込むサウンド
- The War on Drugs: 彼らの音楽は80年代ロックを現代的に再解釈したサウンドで、終わりの見えない道を走りながら聴くのに最適です。シンセサイザーとギターが織りなす音の重なりが、目の前の風景をさらに壮大に感じさせてくれます。
- Lord Huron: インディーフォークバンドである彼らの音楽は、どこか懐かしさと物語性を感じさせます。ゴーストタウンや人影のまばらなモーテルを通り過ぎる時、彼らの曲がその景色にぴったりと寄り添ってくれました。
音楽はまるでタイムマシンのようなものです。数年後、このプレイリストのいずれかの曲を聴くだけで、僕は瞬時にルート66の道の上に戻ることができるでしょう。日差しの眩しさや風の香り、ハンドルの感触と共に。
カリフォルニア・ドリーミング

アリゾナの山々を越え、コロラド川を渡ると、ついに最後の州・カリフォルニアに足を踏み入れます。ゴールは目前に迫っていますが、マザーロードは最後の試練を用意していました。灼熱のモハーヴェ砂漠が、僕たちの前に立ちはだかっているのです。
モハーヴェ砂漠を越えて
カリフォルニアを走るルート66は、アメリカで最も過酷な環境の一つに数えられるモハーヴェ砂漠を突き抜けています。路面からは陽炎が立ち上り、遠くの風景は蜃気楼のように揺らめいて見えます。エアコンを最大にしても車内に熱気がこもるため、ここではオーバーヒート対策が生死を分ける問題となります。僕は水温計を頻繁に確認し、エンジンに過度な負担をかけないよう、ゆったりとした運転を心がけました。
そんな過酷な砂漠の中にも、ルート66の魂は確かに息づいています。バーストーの町には「ルート66マザーロード博物館」があり、カリフォルニア区間の歴史を肌で感じることができます。そしてオロ・グランデ近郊に位置する「ボトル・ツリー・ランチ」は、砂漠が生み出した奇跡のアート空間です。無数の空き瓶で作られた「木」が太陽の光を浴びて輝き、風に揺れて心地よい音色を奏でる様は、荒涼とした風景の中で突如として幻想的な光景を創り出し、旅の疲れをそっと癒してくれました。
夢の終わり、サンタモニカ・ピア
砂漠を抜け、サンバーナーディーノの都市圏を通り過ぎると、潮の香りが風に乗って漂い始めます。そしてついにその瞬間が訪れました。目の前に広がる、青く煌めく太平洋。旅の最終地点、サンタモニカ・ピアです。
桟橋の入り口に立つ「END OF THE TRAIL」の標識。シカゴの「BEGIN」の看板からスタートした僕の旅は、ここで幕を閉じます。マスタングを駐車場に停め、ゆっくりと桟橋を歩きながら、約4,000キロの道のりが脳裏を駆け巡りました。トウモロコシ畑、ゲートウェイ・アーチ、赤い大地、キャデラック・ランチ、グランドキャニオン、そしてモハーヴェ砂漠。出会った人々の笑顔、味わったダイナーの料理、煌めくモーテルのネオン。すべてが僕という人間を形作るかけがえのないピースであったことを強く実感したのです。
Historic Route 66の公式サイトには、この終着点の標識が旅人にとっていかに象徴的な存在であるかが記されています。ここはただの道の終わりではなく、一つの偉大な冒険を成し遂げた証なのです。達成感と同時に、この道をもう走ることができないというわずかな寂しさが胸に込み上げてきました。
ルート66が教えてくれたこと

夕日が太平洋へと沈みゆく光景を見つめながら、僕は思いを巡らせていました。この旅は、僕にどんな意味をもたらしてくれたのだろうか、と。
ルート66はただのアスファルトの道ではありません。それはアメリカという国の栄光と衰退、人々の夢や希望、そして挫折の物語が刻まれた、生きた歴史そのものでした。インターステートの建設によって一度は忘れ去られたものの、地元の人々の熱意によって「ヒストリック・ルート66」として復活を遂げたその姿は、困難に負けない人間の強さをも教えてくれます。
さらに、この旅は僕に「過程」の重要さを教えてくれました。目的地のサンタモニカへ辿り着くことだけがゴールではありませんでした。道中で迷い、トラブルに見舞われ、計画通り進まないことさえも、すべてが旅の醍醐味でした。むしろ、そうした寄り道や思いがけない出来事の中にこそ、本当に価値ある発見や出会いがあったのです。
ハンドルを握り、自分の意志で進む道を選ぶ。エンジンの音に耳を傾け、車の調子を感じ取る。それは、自分自身の人生を操ることと、どこか通じるものがあるのかもしれません。
大陸横断を終えた今、僕の中には確かな変化が生まれています。わずかにですが、世界がより広く見えるようになった気がします。わずかにですが、自分に対する自信も芽生えました。そして、自由とはどこか遠くにあるものではなく、自分の心の中に見つけるものだと悟りました。
鉄の塊である車と共に、アメリカの魂に触れたこの旅。僕の冒険はまだ終わりではありません。サンタモニカの夕日は、この旅の終わりであると同時に、次なる旅の始まりを告げる合図なのです。さあ、次はどの道を走ろうか。僕の心の中のエンジンは、もう次の冒険へ向けてアイドリングを始めています。

