MENU

    霧の島のトーテムポール – ハイダの聖地、ハイダグワイに消えゆく文化を訪ねて

    時間が形を変え、記憶が苔となり、神話が森の奥深くで息づく場所がある。カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州の沖合に浮かぶ、霧の群島「ハイダグワイ」。かつてはクイーンシャーロット諸島と呼ばれたこの地は、先住民族ハイダの人々が何千年もの間、その魂と文化を育んできた聖地です。私がこの島々に強く惹かれたのは、一枚の写真がきっかけでした。鬱蒼とした森の中、雨に打たれ、苔に覆われながら静かに大地へ還ろうとしている、数多のトーテムポール。それは「保存」や「展示」といった人間の営みから解き放たれ、自然の摂理のままに朽ちていく姿でした。「消えゆく文化」という言葉の奥にある、もっと深遠な物語に触れたい。その衝動に駆られ、私は文明の喧騒を離れ、霧の島々へと旅立ちました。そこは、生命の始まりと終わりが静かに同居する、神話との境界線が曖昧になる場所だったのです。

    私がカナダの地で文明の喧騒を離れたように、カナダで人生を変える長期滞在を考えているなら、こちらの記事もぜひ参考にしてください。

    目次

    ハイダグワイとは? – 霧の島々の記憶

    ハイダグワイは、カナダ本土の西約100キロメートルに位置する太平洋上の群島で、大小合わせて150以上の島々から成り立っています。氷河時代にも多くの島が氷に覆われなかったため、独特の生態系が形成され、「カナダのガラパゴス」とも呼ばれています。巨大なシトカスプルースやベイスギが空高くそびえ、青く豊かな海にはザトウクジラやシャチが泳ぎ、森には世界最大のクロクマの亜種であるハイダグアイ・ベアが棲息しています。この隔絶した環境は、希有な自然環境のみならず、ハイダ族の独自の文化の発展も促してきました。

    ハイダの人々は、自分たちの土地を「ハイダグワイ(Haida Gwaii)」、つまり「人々の島」と称しています。彼らの歴史は考古学的に少なくとも1万年以上前にさかのぼると考えられており、森の木を彫り上げて巨大なカヌーを製作し、広大な海を渡って航海してきました。彼らは優れた航海技術と高い芸術性を持つ海洋民族として知られています。社会や信仰、歴史、家系の物語は、壮麗なトーテムポールや緻密な彫刻、織物などの芸術作品に美しく表現されています。

    しかし18世紀にヨーロッパ人と接触して以降、ハイダの社会には劇的な変化が訪れました。持ち込まれた天然痘などの伝染病により、それまで1万人以上いた人口は19世紀末には約600人まで激減し、伝統文化は存続の危機に直面しました。それでも彼らは不屈の精神で文化の灯火を絶やすことなく、現代に至るまで自らのアイデンティティを守り続けています。ハイダグワイを訪れることは、この壮絶な歴史と再生への強い意志に触れることを意味しているのです。

    聖地グアイ・ハアナスへの旅路

    ハイダグワイの旅の中心となるのは、群島南部に広がる「グアイ・ハアナス国立公園保護区、国立海洋保護区、そしてハイダ世界遺産」のエリアです。ここはハイダ族の先祖が暮らした村の遺跡が点在する神聖な場所であり、ユネスコの世界複合遺産にも指定されています。ただし、この聖地への道のりは決して容易ではありません。道路は一切整備されておらず、アクセス手段は船あるいは水上飛行機に限られています。また、誰でも自由に立ち入れるわけではありません。

    グアイ・ハアナスへの入り口

    まず、ハイダグワイへ向かうには、多くの旅人がバンクーバー国際空港からサンドスピット空港(YZP)まで空路を利用します。エア・カナダの定期便が運航しており、飛行時間はおよそ2時間です。サンドスピットはモーゼビー島に位置し、ここが南部のグアイ・ハアナスへの玄関口となっています。一方で北部のグラハム島へは、プリンスルパートからBCフェリーを使う方法もありますが、所要時間がかかるため、多くの旅行者は飛行機を選ぶ傾向にあります。

    グアイ・ハアナスに入域するには、複数の重要な手続きを経る必要があります。これは単なる国立公園の入場許可を得ることとは異なり、ハイダの土地に敬意を示し、その文化や自然との共生を理解するための儀式のようなものです。

    • 事前の予約と許可: グアイ・ハアナスへの訪問は完全予約制となっています。独自にカヤックなどで訪れる場合も、ツアーに参加する場合も、パークス・カナダの公式サイトから予約し、入域料を支払う必要があります。特に夏のピークシーズン(6月から8月)は非常に混雑するため、数ヶ月前、できれば年明けの早い時期に予約を済ませることを強くお勧めします。
    • オリエンテーションの受講: グアイ・ハアナスに足を踏み入れるすべての訪問者は、出発前に必ずオリエンテーションを受ける義務があります。これはサンドスピットまたはグラハム島のクイーンシャーロットにあるビジターセンターで開催され、所要時間は約1時間です。そこで公園内でのルール、ハイダ文化への尊重の仕方、野生動物との遭遇時の注意点、そして「Leave No Trace(足跡以外の痕跡を残さない)」の考え方を学びます。このオリエンテーションは、訪れる者が単なる「客」ではなく「招かれた者」であるという自覚を促す重要なプロセスとなっています。
    • ツアー会社の選択: 熟練者の中には自分で装備を整え、カヤックで旅をする人もいますが、ほとんどの観光客は現地のツアー会社が企画するツアーに参加します。数日にわたりゾディアック(大型のゴムボート)で島々を巡るものや、大型ヨットや帆船で快適に過ごすものなど、さまざまなスタイルのツアーが用意されています。費用は決して安価ではありませんが、多くの場合ハイダ族の血を引く経験豊富なガイドが同行し、安全を確保するとともに、ハイダの伝承や生態系について深い知見を伝えてくれます。このことが旅の価値を格段に高めてくれるのです。ツアーの期間や利用する船の種類、食事内容は会社ごとに異なるため、自身の旅のスタイルや予算に合ったプランを丁寧に比較検討することが大切です。

    SGang Gwaay(スガン・グワイ) – トーテムポールが森に還る場所

    数日間の船旅を経て、私たちはついにグアイ・ハアナスの最南端に位置するアンソニー島、ハイダ語で「SGang Gwaay(スガン・グワイ)」と呼ばれる地に辿り着きました。かつてここにはハイダ族の勇敢な村が立っており、現存するトーテムポール群こそがこの世界遺産の核心を成しています。

    霧雨が立ち込め、森の香りが一層強まる中、ゾディアックボートから降りて小さな入り江に足を踏み入れると、私たちを迎えてくれたのは「ハイダ・ウォッチメン」でした。彼らはハイダの人々で、夏の季節には祖先の村に滞在し、遺跡の保護に努め、訪れる者に文化を伝える役割を担っています。彼らの許しなくして、この神聖な場所に踏み入ることはできません。

    ウォッチメンの案内に沿って森の小径を進むと、突然視界が開け、息を飲む壮観な景色が目の前に広がりました。海を見つめるかのように、または互いに語りかけるように、数十本ものトーテムポールが静かに立ち並んでいました。しかし、それらは博物館で目にするような完璧に修復された姿とは異なり、多くは風雨に磨耗し、かつての鮮やかな色彩は失われ、深い緑色の苔がまるでビロードのように表面を覆っていました。先端が折れたり、大きく傾いたもの、さらには完全に倒れ、シダや若木に飲み込まれながら土へと戻ろうとしているものまでありました。

    「倒れたものはそのままにしておく。それが私たちのやり方です」

    ウォッチメンの一人が静かに語り出しました。ハイダの思想では、トーテムポールはかつての巨大なベイスギの木が、彫刻という新たな生命を宿した姿にほかなりません。そして、その命もいずれは終わりを迎え、森の土へと還っていくのです。それは決して悲しいことではなく、自然の偉大な循環の一部分なのです。朽ちたポールが土に戻り、その養分が新たな木々を育み、やがてその木々が未来のトーテムポールやカヌーとなる。彼らは人間が作り出したものを無理に「保存」しようとすることが、この聖なる循環を断絶する行為だと考えています。

    ここに立つ一つ一つのポールには、その家系の紋章であるワタリガラス、ワシ、シャチ、クマなどが刻まれ、それぞれの一族の歴史や神話、社会的地位が壮大に語り継がれています。ウォッチメンは個々のポールの意味を丁寧に解説してくれました。あるポールは偉大な酋長の死を悼む追悼のためのものであり、また別のポールは家の入口に立てられたハウス・ポールです。その顔つきは時に厳しく、時にユーモラスで、まるで今も生きているかのように感じられました。

    聖地を訪れる者として守るべき規則

    この神聖な地を訪れる者には厳格なルールが課されています。これらを順守することは、ハイダ文化に対する最低限の敬意です。

    • 遺跡には絶対に触れないこと: トーテムポールや住居跡の木材は非常に脆弱で、人間の皮脂や圧力が劣化を促進します。写真を撮る際も一定の距離を保つことが求められます。
    • 何も持ち帰らず、何も持ち込まないこと: 小石一つ、葉一枚でも持ち帰ることは許されません。同様に、外来種の種子などを持ち込まないよう、上陸前には靴底を念入りに洗浄します。
    • 飲食は指定された場所でのみ: 食べ物の香りは野生動物を引き寄せるため、指定場所以外での飲食は禁止されています。
    • 静寂を保つこと: ここは観光地である以前に祈りの場であり、祖先の霊が休まる場所です。大声で話すことは控え、森の静けさに耳を澄ませるべきでしょう。

    ウォッチメンの話に耳を傾けつつ、朽ちてゆくトーテムポール群のあいだをゆっくりと歩みました。そこはまるで巨大な墓碑が立ち並ぶ静かな森のようでありながら、どこか悲壮感とは無縁の空間でした。むしろ、死と再生が織りなす生命力に満ちた場所であり、文明社会が失いがちな自然への畏敬と死生観の深みを改めて感じさせるものでした。SGang Gwaayの森は「消え去る」文化ではなく、「還る」文化の崇高さを静かに教えてくれたのです。

    ハイダの息吹を感じる – アートと食文化

    グアイ・ハアナスの森で古の記憶に触れた後、私は群島の北部に位置するグラハム島へと向かいました。SGang Gwaayが過去からのメッセージを今に伝える場所であるならば、グラハム島は現代のハイダ文化が力強く息づく中心地です。ここでは、アートや食を通じてハイダの精神が今なお人々の暮らしにしっかりと根付いているのを肌で感じることができます。

    カヤン・リンガー・トレイルとハイダ・ヘリテージ・センター

    グラハム島のスキデゲート村にあるハイダ・ヘリテージ・センター・アット・カヤン・リンガーイは、現代ハイダ文化を知る上でぜひ訪れたい場所です。伝統的なロングハウス(長屋)を模した壮大な建物は、まるでひとつの芸術作品のような存在感を放っています。館内には巨大なトーテムポール、カヌー、精巧に作られた仮面、そしてアージライト(黒い粘板岩)の彫刻などが展示されており、ハイダの宇宙観や高度な芸術性を感じさせます。

    このセンターはただの博物館ではありません。彫刻家が実際に制作に取り組む工房や織物のワークショップ、さらにはハイダ語の教育プログラムなど文化の継承を担う拠点となっています。若いアーティストたちは伝統的なモチーフを用いつつも現代的な感性を融合させ、新たな作品を生み出しており、その姿は非常に印象的でした。彼らの作品には過去への敬意と未来への希望が同時に宿っており、文化は消え去るものではなく時代に応じて形を変えながらしなやかに生き続けるものであると、その強い眼差しが教えてくれました。

    センターを訪れた際はぜひ時間をかけて熟練のガイドが案内するツアーに参加することをおすすめします。展示物に込められた神話の物語やシンボルが持つ意味を深く理解できるでしょう。たとえばワタリガラスが世界に光をもたらしたという創世神話を聞きながら作品を眺めると、ただの美術品がまるで生命を宿した物語の語り部へと変わっていくのを実感できます。

    島の恵みを味わう — グルメライターの視点から

    食品商社に勤める身として、旅先で現地の食文化に触れることは何よりの楽しみです。ハイダグワイはその豊かな自然環境から、まさに食の宝庫でした。

    ハイダの人々の伝統的な食生活の中心は海の幸にあります。特にサーモンは彼らの文化と暮らしにおいて神聖な存在です。夏から秋にかけて川をさかのぼるサーモンを燻製に加工し、冬の貴重な保存食として大切に用いてきました。島内のレストランやデリでは、この伝統的なスモークサーモンを味わうことができます。日本の燻製とは異なり、しっとりとした食感で、木の香りが豊かに染み込んだ味わいが特別です。

    私が訪れたクイーンシャーロットの小さなレストランでは、その日に水揚げされたばかりのハリバット(オヒョウ)のグリルを楽しみました。肉厚で淡白ながらも旨味が凝縮された白身は、シンプルな調理法ならではの素材の良さが際立ちます。また、大ぶりなダンジネスクラブも名物のひとつ。茹でたてを豪快に手で割りながら味わうひとときは最高の贅沢でした。

    食を通じて強く感じたのは、ハイダの人々の自然への深い感謝の念です。彼らは決して乱獲せず、必要な分だけを海や森から頂き、無駄なく使い切るという哲学を持っています。それはすべての命がつながっているという世界観に根ざしています。

    旅の思い出に、お土産探しも楽しみのひとつです。

    • スモークサーモン: 現地の加工所で作られた真空パックのスモークサーモンは、ハイダグワイ訪問の絶好のお土産です。キングサーモンやソッカイサーモンなど魚種ごとの味の違いを試してみるのも面白いでしょう。
    • ハイダアート: ハイダ・ヘリテージ・センターのギフトショップや島内のアーティストギャラリーでは、アージライトの小彫刻、シルクスクリーンプリント、シルバーアクセサリーなどを購入できます。高価な本格作品以外にも、ポストカードや小さな工芸品なら手頃な価格で手に入ります。
    • ベリーのジャム: 島にはサーモンベリーやハックルベリーなど多様な野生のベリーが生えています。地元の人が手作りしたジャムは、島の自然の甘みを凝縮した逸品です。

    これらの食やアートは、ハイダグワイの自然と文化が密接に結びついている証しです。ひと口のサーモン、一つの彫刻の中に、この島の悠久の歴史と自然と共に生きる人々の魂が込められているのです。

    旅の準備と心構え – 聖地を訪れる者として

    ハイダグワイ、特にグアイ・ハアナスへの訪問は、一般的な観光旅行とは大きく異なります。入念な準備と、この土地を訪れる者としての適切な心構えが不可欠です。本記事では、実際に旅を計画される方に向けて、具体的な準備リストと注意点をまとめました。

    準備と持ち物リスト

    ハイダグワイの気候は「一日のうちに四季が巡る」と言われるほど変わりやすく、降雨が多いのが特徴です。「霧の島々」として知られる通り、湿った空気に包まれることが多いと覚悟しましょう。服装は体温調整しやすい重ね着が基本です。

    • 必携の衣類・装備:
    • 高機能レインウェア(上下セット): 防水性と透湿性に優れたものが必須です。強風下では傘はほとんど役に立ちません。
    • 防水トレッキングシューズ: 船上や湿った森を歩くために不可欠。足首までカバーするハイカットタイプが望ましいです。
    • 速乾性素材の衣類: フリースやウール、化繊素材を推奨。綿製品は濡れると乾きにくく体温低下を招くため避けましょう。
    • 帽子と手袋: 夏でも朝晩や船上では冷え込むことがあります。ニット帽や薄手のフリース手袋があると快適です。
    • サングラスと日焼け止め: 晴れた日の直射日光は強いため、必ず用意してください。
    • あると便利なもの:
    • 双眼鏡: クジラ、イルカ、海鳥、そして森の奥にいる可能性のあるハイダグアイ・ベアの観察に役立ちます。
    • 防水バッグ(ドライバッグ): カメラやスマートフォンなどの電子機器を雨や波しぶきから守るために重要です。
    • 酔い止め薬: 船移動が多いので、船酔いしやすい方は必ず携帯しましょう。
    • 虫よけスプレー: 特に夏場は蚊やブヨの発生が懸念されます。
    • 現金: 島内のATMは少なく、小規模店舗やギャラリーではクレジットカードが使えない場合があります。ある程度の現金を用意すると安心です。
    • モバイルバッテリー: キャンプや船上泊を伴うツアーでは充電環境が限られるため、持参をおすすめします。

    トラブル対策と公式情報

    ハイダグワイの旅では、自然環境が大きな要因となります。悪天候により船が出航できず、水上飛行機が欠航することも珍しくありません。旅程が遅延する可能性を常に考慮し、スケジュールには余裕を十分に持たせてください。特に帰国の国際便予約には、最低でも1〜2日の予備日を設けることを強く推奨します。

    万一ツアーが中止となった場合の対応は、ツアー会社により異なります。予約時に天候不良によるキャンセル規定(返金対応や代替プランの有無など)を必ずご確認ください。また、予期せぬ延泊や旅程変更に伴う費用をカバーする海外旅行保険への加入も必須事項です。

    ハイダグワイの観光に関する最新かつ信頼できる情報は、公式ウェブサイトで確認するのが最も確実です。Go Haida Gwaiiの観光情報サイトには、宿泊施設やツアー会社、島内イベントなどの情報が豊富に掲載されています。旅の計画段階で非常に役立つリソースとなるでしょう。

    そして何より重要なのは、この地域がハイダの人々にとって現在も生活の場であり、祖先から受け継がれた神聖な土地であることを常に心に留めておくことです。私たちは訪問者として彼らの故郷に「お邪魔する」という謙虚な姿勢を忘れてはなりません。地元の方々とすれ違う際には笑顔で挨拶し、彼らの文化や歴史に敬意を払い、静かに耳を傾ける態度が求められます。このような心構えこそが、ハイダグワイの旅をより深く、意味深いものにしてくれるでしょう。

    悠久の時を刻む森の中で

    ハイダグワイを離れる日のこと、飛行機の窓越しに霧に包まれた島々を見下ろしながら、私はSGang Gwaayの森に立つトーテムポールの姿を思い浮かべていました。あの光景は、本当に「消えゆく文化」の象徴だったのでしょうか。

    旅を終えた今、私はそうではないと考えています。あのトーテムポールたちは、決して無惨に崩れ去っているわけではありませんでした。彼らは、自分たちが根付く森に尊厳をもって還り、大地の一部となりながら、次世代の命を育む壮大な循環の最終段階を全うしていたのです。それは「消滅」ではなく、「循環」の物語でした。

    ハイダの文化もまた同様です。疫病や抑圧という厳しい歴史の中で多くを失ったことは事実ですが、その精神は決して絶えることはありませんでした。それはハイダ・ヘリテージ・センターで彫刻刀を握る若き職人の手の中に、祖先の物語を語り継ぐウォッチメンの声の中に、そして島の恵みに感謝しつつ日々を過ごす人々の暮らしの中に、形を変え力強く息づいていたのです。

    ハイダグワイの旅は、単に美しい景色や珍しい文化を味わうだけのものではありません。それは、時間という概念を見つめ直し、生と死、創造と崩壊が密接に絡み合った自然の摂理を身をもって感じる経験です。そして、人間の文化がどのようにこの大いなる循環の一部として存在しているのかを教えてくれる、深い学びの場でもあります。

    トーテムポールが森に還っていく姿は、静かにこう語りかけてくれます。終わりは新たな始まりであり、形あるものはやがて無へと還るが、その精神と物語は新しい生命の中にしっかりと受け継がれていくのだと。もしあなたが、日々の喧騒の中で何か大切なものを見失いかけていると感じるなら、ぜひこの霧に包まれた島々を訪れてみてください。そこには、悠久の時を刻む森の静けさと、自然と共に生きる人たちの知恵が、あなたの心を洗い清め、魂を揺り動かす何かをきっともたらしてくれることでしょう。

    よかったらシェアしてね!
    • URLをコピーしました!
    • URLをコピーしました!

    この記事を書いたトラベルライター

    食品商社で世界中の食を探求してきました。旅の目的は「その土地でいちばん美味い一皿」に出会うこと!市場や屋台でのグルメハントが得意です。

    目次