世界一リッチで、世界一ゴージャス。そんな言葉がこれほど似合う都市が他にあるでしょうか。天を突き刺す超高層ビル「ブルジュ・ハリファ」、七つ星を標榜する帆船型ホテル「ブルジュ・アル・アラブ」、そして砂漠のど真ん中に現れる巨大なスキー場。ドバイは、まるで現実離れした未来都市。訪れる誰もが、その圧倒的な富とスケールに度肝を抜かれます。
さて、こんにちは。5リットルの子供用リュックひとつで世界を旅する、自称「究極のミニマリスト」、5リットルのミニマリストです。僕の旅の信条は「持たないことの自由」。身軽であればあるほど、心も自由になれる。そんな哲学を胸に、世界中の絶景や文化に触れてきました。
そんな僕が、ふと思ってしまったのです。
「もし、この物質主義の頂点ともいえるドバイに、たった3万円だけを握りしめて降り立ったら、一体何日生きられるのだろう?」
ミニマリズムの精神は、オイルマネーが渦巻くこの砂上の楼閣で通用するのか。いや、これは挑戦というより、もはや無謀な人体実験に近いかもしれません。服は現地で最も安いものを買い、旅の終わりにはすべて寄付する。持ち物は5リットルのリュックに入るだけ。そんな僕が、3万円という、ドバイではディナー一食分にも満たないかもしれない予算で、どこまで抗えるのか。
この記事は、そんな僕の無謀なチャレンジの全記録。キラキラしたドバイ旅行記を期待した方には申し訳ない。これは、1ディルハム(約40円)を節約するために灼熱のアスファルトを何キロも歩き、高級レストランを横目に激安のパンをかじり続けた、泥臭く、そしてリアルなサバイバルの物語です。果たして、3万円は一体何時間で溶けてしまうのか。その結末を、ぜひ見届けてください。
灼熱の空港、最初の試練は「移動」と「宿」
深夜、ドバイ国際空港(DXB)に降り立った瞬間に感じたのは、むわりと肌にまとわりつく湿気を含んだ熱気と、キンキンに冷えた空調の人工的な空気のコントラストでした。巨大なターミナルは深夜にもかかわらず煌々と輝き、世界中から集まった人々でごった返しています。高級ブランドの広告が壁一面を飾り、まるで空港そのものが巨大なショッピングモール。僕の全財産である3万円は、日本円にしてこの地に降り立ったわけですが、現地通貨ディルハムに両替すると、約750ディルハムといったところ。この数字が、多いのか少ないのか。いや、少ないに決まっているのですが、その現実を突きつけられるのは、もう少し先のことになります。
最初の関門は、空港から市内への移動です。 空港の出口には、クリーム色の高級セダンがずらりと並んでいます。これらはドバイの公式タクシー。快適なのは間違いないでしょうが、初乗り料金と距離料金を考えただけで、僕の予算は致命的なダメージを受けます。UberやCareemといった配車アプリも選択肢にはありますが、これもまた贅沢品。僕のような懐事情の旅人が選ぶべきは、ただ一つ。
そう、ドバイメトロです。
ドバイメトロは、この街の生命線であり、僕のような低予算トラベラーにとっては唯一無二の救世主。近未来的で清潔な車両、そして何よりその安さ。券売機に向かい、まずは交通ICカードである「Nolカード」のシルバークラスを購入します。カード発行料と初期チャージを含めて25ディルハム(約1,000円)。いきなり予算の30分の1が消えました。心の中で「うっ」と小さな悲鳴が上がります。これが、この旅で幾度となく味わうことになる感覚の、ほんの始まりでした。
メトロに乗り込み、窓の外を流れる夜景を眺めます。高速道路を疾走するのは、フェラーリ、ランボルギーニ、ベントレー…。スーパーカーの見本市のような光景に、僕はため息しか出ません。彼らが一回の給油で使う金額で、僕はこの国で何日生きられるのだろうか。そんなことを考えているうちに、僕が目指すエリアが近づいてきました。
次の試練は「宿」です。 3万円の予算で、果たしてドバイに泊まれる場所などあるのでしょうか。事前にBooking.comやAgodaで検索した結果は、絶望的なものでした。ダウンタウンエリアのホテルは、安くても1泊2万円以上。ブルジュ・アル・アラブに至っては、一泊で僕の年収が吹き飛ぶレベルです。そんなものはハナから選択肢にありません。
僕が狙うのは、ドバイの古き良きエリア、オールド・ドバイ。デイラ地区やバール・ドバイ地区には、インドやパキスタン、フィリピンなどからの労働者が多く住んでおり、それに伴って格安の宿泊施設が存在するのです。そう、「ホステル」の「ドミトリー(相部屋)」です。
メトロの駅から灼熱の夜道を歩くこと15分。Googleマップを頼りに、予約しておいたホステルを探します。きらびやかなダウンタウンとは全く違う、雑多で、生活感あふれる街並み。スパイスの香りと、どこかの店の厨房から漂う油の匂いが混じり合います。ようやく見つけたホステルは、古びたビルの3階。エレベーターはなく、重いスーツケースを持った旅行者なら発狂しそうな階段を上ります。僕の荷物は5リットルのリュックだけなので、その点は余裕です。
受付でパスポートを見せ、予約を確定させます。1泊60ディルハム(約2,400円)。これでもドバイでは破格の安さ。3泊分を支払い、180ディルハム(約7,200円)が財布から消えていきました。
案内されたのは、12人部屋のドミトリー。二段ベッドがぎっしりと並び、国籍不明の若者たちのいびきが合唱のように響いています。僕に割り当てられたのは、上段のベッド。シーツは一応清潔そうですが、少し湿っぽい気がします。エアコンはガンガンに効いていますが、誰かの汗の匂いも混じっている。これが、僕のドバイでの城です。
荷物をロッカーに入れ、ベッドに横たわります。 空港からの移動と宿代で、すでに約205ディルハム(約8,200円)を消費。 残金、約545ディルハム(約21,800円)。
まだドバイの観光らしいことは何もしていないのに、予算はすでに3分の1近くが消え去りました。天井のシミを眺めながら、僕は静かに悟りました。
「あ、これ、思ったよりヤバいかもしれない…」
灼熱の空港で始まった僕の3万円チャレンジ。最初の試練を乗り越えた安堵感よりも、これから始まる本当の戦いへの恐怖が、じわじวと心を蝕んでいくのでした。
食費との仁義なき戦い ~1ディルハムを笑う者は1ディルハムに泣く~
ドバイでのサバイバル生活2日目。僕の戦いの主戦場は、観光地ではなく、もっぱら「食」のフィールドでした。人間、生きるためには食べなければならない。しかし、このドバイという街は、旅行者に「安く食べる」という選択肢をほとんど与えてくれません。
まず、観光客が真っ先に向かうであろうドバイ・モールやモール・オブ・ジ・エミレーツ。その中にあるフードコートを覗いてみましょう。世界中のファストフードチェーンが軒を連ね、一見すると安上がりな選択肢に見えます。しかし、それは大きな間違い。例えば、マクドナルドのセットメニュー。日本では数百円で食べられるそれが、ドバイでは平気で35ディルハム(約1,400円)を超えてきます。ピザの一切れが25ディルハム(約1,000円)、ケバブのサンドイッチが30ディルハム(約1,200円)。フードコートでこれです。レストランに入ろうものなら、パスタ一皿で100ディルハム(約4,000円)、ステーキなんて頼んだ日には、僕のチャレンジはその場で即終了を迎えることでしょう。
初日の僕は、この物価の高さに完全に打ちのめされました。ドミトリーのベッドの上で、いかに食費を切り詰めるか、という一点に思考を集中させます。そして、僕が見つけ出した光明、それが「スーパーマーケット」の存在でした。
ドバイには、フランス系の「カルフール(Carrefour)」や、中東で絶大な人気を誇る「ルル・ハイパーマーケット(Lulu Hypermarket)」といった巨大スーパーが点在しています。これらは、観光客向けではなく、地元に住む人々のためのインフラ。ここならば、活路が見いだせるはず。
僕は早速、最寄りのスーパーへと向かいました。広大な店内は、まさに食のワンダーランド。しかし、僕の目は高級な輸入食材や、きらびやかなデリコーナーには目もくれません。僕が探すのは、最も安く、最も腹を満たしてくれる、究極のコストパフォーマンスを誇る食材です。
そして、僕は出会ってしまったのです。この旅の、最高の相棒に。 その名は「ホブス(Khubz)」。
アラブの伝統的な平たいパンです。見た目はナンのようでもあり、ピタパンのようでもあります。これが、信じられないくらい安い。大きな袋に5枚ほど入って、なんとたったの1ディルハム(約40円)。僕は歓喜の声を上げそうになるのを必死でこらえました。これだ。これを主食にすれば、生き延びられる。
ホブスを確保した僕が次に向かったのは、乳製品コーナー。そこで見つけたのが「フムス(Hummus)」。ひよこ豆をペースト状にした中東の伝統料理です。これもまた、プラスチックの容器に入ったものが3〜4ディルハム(約120〜160円)で手に入ります。タンパク質も豊富で栄養価も高い。ホブスにフムスを塗って食べる。これで、僕の基本的な食事スタイルが確立されました。さらに、激安のヨーグルト「ラバン(Laban)」や、栄養満点の「デーツ(ナツメヤシの実)」も数ディルハムで手に入ります。これらを組み合わせれば、一食あたり5ディルハム(約200円)以下に抑えることが可能です。
しかし、毎日ホブスとフムスだけでは、さすがに心が折れてしまいます。たまには温かいものが食べたい。そんな欲望が鎌首をもたげてきたとき、僕は新たな聖地を発見しました。
それは、インド人やパキスタン人、バングラデシュ人といった南アジア系の労働者が多く暮らすエリア、サトワ地区やアル・カラマ地区にひっそりと存在する、激安のローカル食堂です。店の看板はヒンディー語やウルドゥー語で書かれ、一見すると旅行者が入るのをためらうような雰囲気。しかし、勇気を出して一歩足を踏み入れると、そこには別世界が広がっていました。
店内は、作業着姿の男たちで溢れかえり、テレビからはボリウッド映画が大音量で流れています。メニューは壁に貼られた紙切れ一枚。僕が注文したのは「チキン・ビリヤニ」。スパイスの効いた炊き込みご飯の上に、大きな鶏肉が乗っています。これに、豆のカレーとライタ(ヨーグルトのサラダ)が付いて、お値段なんと10ディルハム(約400円)。
熱々のビリヤニを口に運んだ瞬間、僕は涙が出そうになりました。美味い。スパイシーで、奥深く、そして温かい。冷たいホブスとフムスで満たしていた胃袋に、優しさが染み渡るようです。周りの労働者たちは、僕のような東アジア人の旅行者を珍しそうに見ていましたが、特に干渉してくるわけでもなく、黙々と食事を続けています。彼らにとって、ここは仕事の疲れを癒すための大切な場所なのでしょう。きらびやかなドバイのイメージとはかけ離れた、この街のリアルな日常が、そこにはありました。
そして、忘れてはならないのが「水」問題です。 日中の気温が40度を超えるドバイでは、水分補給は文字通り生命維持活動。しかし、ペットボトルの水も、観光地で買えば1本5ディルハム(約200円)はします。これを毎日何本も買っていては、あっという間に予算が尽きてしまう。これもスーパーで解決です。5リットルの巨大な水のボトルを5ディルハムほどで購入し、持参した小さな水筒に毎日詰め替える。この涙ぐましい努力が、僕の命をつないでくれました。
食費を1ディルハムでも切り詰めるために、スーパーと激安食堂を往復する日々。豪華なレストランのテラス席で優雅に食事をする人々を横目に、僕はリュックから取り出したホブスをかじる。惨めじゃないか、と言われれば、その通りかもしれません。でも、これは僕が選んだ戦い。1ディルハムの重みを、これほどまでに感じた旅は初めてでした。
無料で楽しむドバイ? 幻想と現実の狭間で
ドバイでのサバイバル生活において、食費と宿代が「守り」の戦術だとすれば、「攻め」、つまり観光はどうすればいいのでしょうか。3万円という予算では、ドバイが誇る有料アクティビティは、そのほとんどが夢のまた夢です。
例えば、ドバイの象徴であるブルジュ・ハリファ。その展望台「アット・ザ・トップ」からの景色は、さぞかし絶景でしょう。しかし、入場料は時間帯にもよりますが、最低でも170ディルハム(約6,800円)以上。僕の残りの生活費の3分の1が、たった数十分の空中散歩で消えてしまう計算です。論外です。
砂漠を四輪駆動車で駆け抜けるデザートサファリ。これもドバイ観光の定番ですが、ツアー料金は安くても200ディルハム(約8,000円)はします。これも無理。巨大なウォーターパーク「アクアベンチャー」や、雪と戯れる「スキー・ドバイ」も、入場料だけで1万円近くが吹き飛びます。
僕の予算では、有料のエンターテイメントは一切楽しめない。では、完全に諦めるしかないのか? いいえ、そんなことはありません。この街には、お金をかけずに楽しめる、いくつかの素晴らしい場所が存在するのです。ただし、そこには巧妙な「罠」が仕掛けられていることも、忘れてはなりません。
無料のオアシス①:ドバイ・モールとドバイ・ファウンテン
僕がドバイ滞在中に最も多くの時間を過ごした場所、それは間違いなく「ドバイ・モール」です。世界最大のショッピングモールは、入場するだけならもちろん無料。そして何より、灼熱の屋外から逃れるための最高の避難場所になります。灼熱地獄から一歩足を踏み入れると、そこは空調が完璧に効いた天国。僕は用もなく、この巨大な迷宮をただひたすら歩き回りました。
ウィンドウショッピングは、お金がかからない最高の娯楽です。目もくらむような高級ブランドのブティック、巨大な水槽が壁になった水族館(外から眺めるだけなら無料)、そして屋内にある本物の恐竜の化石。これらを見ているだけで、半日は潰せます。しかし、ここは同時に、物欲との壮絶な戦いの場でもありました。美味しそうなアイスクリームショップ、お洒落なカフェ、魅力的なガジェットを並べた電気店…。あらゆるものが「お金を使いなさい」と誘惑してきます。僕はそのたびに首を横に振り、固く閉ざした財布の口を、さらに固く結び直すのでした。
そんなドバイ・モールで、絶対に外せない無料のスペクタクルがあります。それが「ドバイ・ファウンテン」です。 モールの外にある人工湖で、毎日夕方から30分おきに開催される、世界最大級の噴水ショー。音楽に合わせて、水がまるで生き物のように踊り狂います。高く吹き上げられた水しぶきは、ブルジュ・ハリファの中層階にまで届くほど。クラシック音楽やアラビアンポップス、マイケル・ジャクソンの曲など、プログラムも多彩で、何度見ても飽きることがありません。
湖の周りには、ショーを一目見ようと、世界中からの観光客が集まってきます。僕は毎晩のようにここを訪れ、人々の歓声に混じりながら、この無料のエンターテイメントを心ゆくまで堪能しました。お金がなくても、これほどの感動を味わえる。ドバイ・ファウンテンは、僕のささくれた心にとって、何よりの癒やしでした。
無料のオアシス②:ビーチとスーク(市場)
ドバイには、無料で入れる美しいパブリックビーチがいくつかあります。その代表格が「カイト・ビーチ」や「ジュメイラ・パブリック・ビーチ」。エメラルドグリーンのペルシャ湾と、真っ白な砂浜のコントラストは、まさに絵葉書のような美しさです。
しかし、ここにも罠があります。日中の日差しは、もはや暴力的なレベル。砂浜はフライパンのように熱せられ、素足で歩くことなど不可能です。ビーチでのんびり過ごすためには、パラソルやサンベッドが必須。しかし、それらはもちろん有料で、レンタル料は安くありません。僕は、持参した薄い布を砂浜に敷き、建物の影になるわずかなスペースを見つけて、カニのように横になるしかありませんでした。数十分もすれば、汗で全身がびしょ濡れです。優雅なビーチリゾートとは程遠い、過酷な日光浴(というより我慢大会)でした。
もう一つの無料スポットが、オールド・ドバイにある「スーク(市場)」です。 金製品がずらりと並ぶ「ゴールド・スーク」は、その輝きに目が眩むほど。ショーウィンドウを眺めているだけで、自分が億万長者になったかのような気分を味わえます(もちろん気分だけですが)。隣接する「スパイス・スーク」では、シナモンやカルダモン、サフランといったエキゾチックな香りが鼻腔をくすぐります。色とりどりのスパイスが山のように積まれた光景は、圧巻の一言。
しかし、ここでも試練が待ち受けています。それは、エネルギッシュすぎる客引きです。「コンニチハ!」「ヤスイヨ!」「ミルダケ!」と、あらゆる言語で声をかけられます。少しでも興味を示そうものなら、腕を掴まれんばかりの勢いで店の中に引きずり込まれそうになります。何も買わずにこのエリアを通り抜けるには、鋼の精神力と、完全な無視を決め込むスキルが必要でした。
見えざるコスト:「移動費」という罠
ドバイ・モール、ビーチ、スーク。これらの無料スポットは、それぞれが離れた場所に点在しています。そして、それらを繋ぐのが、ドバイメトロやバスといった公共交通機関。つまり、無料スポットを巡るためには、必ず「移動費」がかかるのです。
Nolカードにチャージした残高が、移動のたびに少しずつ減っていく。その数字を見るたびに、僕の心も削られていきました。一回の乗車は数十円から数百円とわずかですが、「塵も積もれば山となる」。この移動費が、ボディブローのように僕の予算をじわじわと蝕んでいきました。
日中の暑さを考えれば、徒歩での移動は自殺行為に等しい。メトロの駅と目的地の間のわずか1キロの距離を歩くだけで、体力を根こそぎ奪われ、結局は高価な冷たい飲み物を買う羽目になる。節約しようとした結果、余計な出費が生まれるという悪循環。
「無料」という言葉の裏には、必ず何かしらのコストが隠されている。ドバイは、そんな資本主義の原則を、僕の身をもって教えてくれたのでした。
資金枯渇カウントダウン ~そして、その時は来た~
ドバイでのサバイバル生活は、常に電卓とのにらめっこでした。僕の頭の中には、常に「残金」という数字が点滅しています。それは、僕のドバイでの生命力を示す、ライフゲージのようなものでした。
【1日目終了】
- 主な出費:空港からのメトロ代、Nolカード購入、ホステル3泊分、スーパーでの初回買い出し(ホブス、フムス、水など)
- 消費合計:約250ディルハム(約10,000円)
- 残金:約500ディルハム(約20,000円)
初日を終えた時点での感想は、「思ったより減ったな…」でした。まだ何も贅沢はしていない。生きるための最低限の出費だけで、すでに予算の3分の1が消えました。しかし、まだ心には余裕がありました。計画通りに進めば、あと数日は戦えるはずだ、と。
【2日目終了】
- 主な出費:メトロ移動費(モールとスーク往復)、ローカル食堂でのビリヤニ、スーパーでの水・ヨーグルト補充
- 消費合計:約50ディルハム(約2,000円)
- 残金:約450ディルハム(約18,000円)
この日は、食費を激安食堂の10ディルハムに抑え、観光は無料スポット巡りに徹したため、出費を最小限に抑えることに成功しました。ホブスとフムス生活にも慣れ始め、「これならイケるかもしれない」という、かすかな希望が芽生え始めた一日でした。ドバイ・ファウンテンの美しさが、空腹と疲労を忘れさせてくれました。
【3日目終了】
- 主な出費:メトロ移動費、ローカル食堂でのカレー、予期せぬ出費(激安のTシャツ購入)、洗濯代
- 消費合計:約80ディルハム(約3,200円)
- 残金:約370ディルハム(約14,800円)
3日目にして、計画にほころびが生じ始めます。連日の汗で、着ていた服の匂いが耐え難いレベルに。僕の旅のスタイルは現地調達ですが、さすがに限界でした。オールド・ドバイの片隅にある衣料品店で、最も安いTシャツを15ディルハム(約600円)で購入。さらに、ホステルで提供されている洗濯サービスを利用。これも20ディルハム(約800円)の出費です。こうした予期せぬ小さな出費が、確実に僕のライフゲージを削っていきます。
精神的にも、変化が現れ始めました。 最初の頃は楽しめていた節約生活が、次第に苦行のように感じられてきます。常に付きまとう軽い空腹感。スーパーで美味しそうな果物やスイーツを見ても、値段を見てそっと棚に戻す時の虚しさ。街角のカフェで楽しそうに談笑する人々を横目に、僕は公園のベンチでぬるくなった水を飲む。
ミニマリストとして「持たない自由」を信条としてきた僕ですが、この時ほど「金がない不自由」を痛感したことはありませんでした。物を持たないことと、生きるための選択肢を奪われることは、全く別の次元の話なのだと。僕の哲学が、目の前の現実によって、ぐらぐらと揺さぶられていました。
そして、運命の4日目がやってきます。 この日、僕はホステルをチェックアウトしなければなりませんでした。延泊するには、さらに60ディルハムが必要です。しかし、僕の財布の中には、もはやその余裕はありませんでした。
【4日目 午前】
- 主な出費:ホステル延泊代(不可能)、最後のローカル食堂での食事
- 残金:約310ディルハム(約12,400円)
僕は、延泊を諦めました。 5リットルのリュックを背負い、ホステルを後にします。今日から僕は、宿無しです。灼熱の太陽が照りつける中、僕は途方に暮れました。夜になったら、空港で寝るしかないのか?
最後の気力を振り絞り、メトロに乗ってドバイ・モールへ向かいます。せめて涼しい場所で、今後のことを考えようと思ったのです。フードコートで、最後の晩餐ならぬ「最後の昼餐」を決め込みます。一番安いベジタブルカレーを12ディルハム(約480円)で注文。ゆっくりと、一口一口を味わって食べました。これが、僕がドバイで自力で食べる、最後の温かい食事になるでしょう。
食事を終え、Nolカードの残高を確認すると、あと数ディルハムしか残っていません。これで空港へ向かったら、もうどこへも移動できなくなる。
財布の中には、約290ディルハム(約11,600円)の現金。 しかし、僕の心は、もうポッキリと折れていました。
これ以上、ホブスをかじりながら、夜は空港のベンチで過ごし、日中はモールを徘徊する生活を続ける気力は残っていませんでした。これは「旅」ではない。ただの「生存」だ。僕は、この街の豊かさのほんのかけらも享受することなく、ただただ疲弊していくだけ。
僕は、静かにスマートフォンを取り出し、航空会社のアプリを開きました。 そして、一番早い便で、この国を脱出するためのチケットを探し始めたのです。
そう、その時が来たのです。 僕の、3万円チャレンジの、終わりが。 わずか4日。いや、実質的には3日と少し。僕のなけなしの予算は、豪華絢爛なドバイの街で、瞬く間に蒸発してしまったのでした。
3万円チャレンジが教えてくれた本当のドバイの顔
僕の「ドバイ3万円チャレンジ」は、わずか4日目にして、あっけない幕切れを迎えました。結論から言えば、この挑戦は完全なる「惨敗」。ケチにケチを重ねた究極の節約生活を送っても、資金は瞬殺で溶けていきました。豪華なホテルのベッドで眠ることも、展望台から街を見下ろすことも、砂漠の夕日を眺めることもなく、僕のドバイ滞在は終わったのです。
この話をすると、多くの人はこう言うでしょう。「そんなの、行く前から分かりきっていたことじゃないか」と。ええ、その通りです。僕自身も、心のどこかでは無謀だと分かっていました。しかし、この無謀な挑戦は、僕にツーリストが普段決して見ることのない、ドバイの「本当の顔」を教えてくれました。
僕が滞在していたオールド・ドバイの安宿。そこは、世界中から集まったバックパッカーと、そして出稼ぎに来ているアジア系の労働者たちが肩を寄せ合って暮らす場所でした。毎朝早くに仕事へ向かう彼ら、夜遅くに疲れた顔で帰ってくる彼ら。彼らの存在なくして、このきらびやかな摩天楼は成り立たない。ドバイの華やかさは、彼らのような名もなき人々の汗と労働の上に築かれているという、紛れもない事実。その一端に触れることができたのは、このチャレンジがあったからこそです。
サトワ地区の薄暗い食堂で食べた、10ディルハムのビリヤニの味を、僕は一生忘れないでしょう。周りのテーブルで食事をしていたパキスタン人のトラック運転手が、片言の英語で「どこから来たんだ?」と話しかけてきてくれました。「日本だ」と答えると、「遠いな。良い国だろう。ドバイはどうだ?」と尋ねます。「暑くて、物価が高いね」と僕が苦笑すると、彼も「そうだろう。俺たちにとってもそうだ。でも、ここで働くしかないんだ」と笑いました。その笑顔には、諦めと、誇りと、そして故郷の家族を想う優しさが滲んでいました。あの瞬間、僕はただの観光客ではなく、この街で必死に生きる一人の人間として、彼と同じ目線に立てたような気がしたのです。
もちろん、この経験を美化するつもりはありません。お金がないことは、ひたすらに不自由で、惨めでした。選択肢が奪われ、精神はすり減り、旅の楽しみである「発見」や「感動」よりも、「不安」と「焦り」が常に心を支配していました。ミニマリズムとは、不要なものを削ぎ落として本質を見極める思想ですが、生命維持に関わる部分まで削ぎ落としてしまっては、本末転倒だということを痛感しました。僕が信奉する「持たない自由」は、最低限の生活基盤、つまり経済的な安定があってこそ、初めてその真価を発揮するのです。
もし、あなたがこれからドバイへ旅行に行くのなら。僕から言えることはただ一つ。 「予算は、ケチらずに十分に用意してください」 この街は、お金を使うことで、その魅力が何倍にも、何百倍にも膨れ上がるように設計されています。素晴らしいホテルに泊まり、美味しいものを食べ、心躍るアクティビティに参加する。それこそが、ドバイというエンターテイメント都市の正しい楽しみ方です。少なくとも、1日あたり1.5万円から2万円は見ておいた方が、心に余裕を持って旅ができるでしょう。
でも、もし少しだけ時間に余裕があるのなら。メトロに乗って、デイラやバール・ドバイといったオールドタウンに足を運んでみてください。そして、勇気を出してローカルな食堂の扉を開けてみてください。そこには、ガイドブックには載っていない、もう一つのドバイが息づいています。それは、あなたの旅に、忘れられない深みとスパイスを加えてくれるはずです。
5リットルのリュック一つで挑んだ、灼熱のサバイバル。僕はドバイに完膚なきまでに叩きのめされました。しかし、不思議と後悔はありません。この敗北は、僕にミニマリズムの本質を改めて問い直し、そして世界の複雑さと多様性を教えてくれる、何物にも代えがたい貴重な経験となりました。
さて、財布は空っぽになりましたが、心には新たな気づきが満たされています。身軽になった僕は、また次の旅に出るとしましょう。今度はもう少し、予算に余裕を持って。




