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    太陽とオレンジが輝く街、バレンシアへ!歴史と未来が交差する地中海の宝石を巡る旅

    紺碧の地中海から吹き抜ける風は、ほのかにオレンジの花の香りを運び、街を包む陽光は建物の壁を黄金色に染め上げます。スペイン第3の都市、バレンシア。マドリードの喧騒とも、バルセロナの洗練とも異なる、独自のゆったりとした時間と、底抜けの明るさがここにはあります。古代ローマ時代に起源を持つ深い歴史、世界を驚かせた未来的な建築群、そして大地の実りを一身に受けた豊かな食文化。そのすべてが、この街を訪れる人々を魅了してやみません。

    古いものと新しいものが、まるで長年の友人のように自然に寄り添い、美しいコントラストを生み出しているのがバレンシアの最大の魅力かもしれません。迷路のような旧市街を歩けば、何世紀もの時を刻んだ石畳が歴史の物語をささやき、一方で、かつて街を潤した川の跡地に広がる公園を抜ければ、まるでSF映画の世界に迷い込んだかのような斬新な建築物が天を衝いています。

    そして、この街の魂を語る上で欠かせないのが、太陽の恵みを一身に受けたオレンジと、人々の情熱を掻き立てるサッカーです。バレンシアの日常には、いつもオレンジの爽やかな香りと、スタジアムを揺るがす歓声が響き渡っています。

    さあ、地図を片手に、五感を解き放つ旅に出かけましょう。歴史の重みを感じ、未来への飛躍に胸を躍らせ、太陽の味を心ゆくまで堪能する。そんな忘れられない体験が、あなたを待っています。ここはバレンシア。地中海の光が降り注ぐ、情熱と歓喜の街です。

    目次

    地中海の光を浴びて、歴史の扉を開く – バレンシア旧市街(El Carmen)

    バレンシアの旅は、街の心臓部である旧市街、エル・カルメン地区から始めるのが王道です。かつて城壁に囲まれていたこのエリアは、細い路地が複雑に絡み合い、まるで迷宮のよう。一歩足を踏み入れれば、そこはもう時間の流れが異なる別世界。車がすれ違うのもやっとの道を歩けば、ふと現れる小さな広場、壁を彩るストリートアート、そして何世紀もの間、人々の営みを見つめてきた歴史的建造物の数々が、次々とあなたの前に姿を現します。探検気分で気の向くままに歩くだけで、この街が積み重ねてきた歴史の地層に触れることができるのです。

    大聖堂(カテドラル)と聖杯の謎

    旧市街の中心、レイナ広場に威風堂々とそびえ立つのが、バレンシア大聖堂(カテドラル)です。この大聖堂は、単なる宗教施設ではありません。バレンシアの歴史そのものを体現する、生きた博物館なのです。その歴史は古く、元々はローマ時代の神殿があった場所に、西ゴート族が教会を建て、その後イスラム教徒の支配下ではモスクとして使われました。そして13世紀、キリスト教徒によるレコンキスタ(国土回復運動)の後に、現在のゴシック様式を基調とする大聖堂の建設が始まったのです。

    しかし、この大聖堂を特別なものにしているのは、その建築様式の多様性です。数世紀にわたる増改築の結果、正面の「鉄の門」は華麗なバロック様式、「使徒の門」は荘厳なゴシック様式、そしてレイナ広場に面した「宮殿の門」はロマネスク様式と、三つの異なる顔を持っています。一つの建物の中に、ヨーロッパ建築史の変遷が見事に溶け込んでいる様は、まさに圧巻です。

    内部に足を踏み入れると、高い天井から差し込む光がステンドグラスを透過し、幻想的な空間を創り出しています。ゴヤが描いたとされる礼拝堂の絵画や、ルネサンス期の美しい彫刻など、見どころは尽きませんが、世界中から多くの巡礼者が訪れる最大の目的は、礼拝堂の一つに安置されている「聖杯(サント・カリズ)」です。メノウでできたこの杯こそ、イエス・キリストが最後の晩餐で使用した本物であると、ローマ法王庁も認めています。ガラスケースの中に静かに置かれた聖杯を前にすると、二千年の時を超えた神秘的な空気に包まれ、誰もが敬虔な気持ちにさせられることでしょう。

    そして、体力に自信があれば、ぜひ挑戦してほしいのが、大聖堂に併設された八角形の鐘楼「ミゲレテの塔」です。207段の螺旋階段は決して楽な道のりではありませんが、息を切らしながら頂上にたどり着いた瞬間に広がる光景は、その苦労を補って余りあるものです。眼下には、赤茶色の瓦屋根が波のように広がる旧市街、その先には未来都市を思わせる芸術科学都市の白いシルエット、そして遠くにはきらめく地中海。360度のパノラマビューは、バレンシアという街の全体像を肌で感じさせてくれる、最高の展望台なのです。

    ラ・ロンハ・デ・ラ・セダ – 絹の取引所が語る黄金時代

    大聖堂から歩いてすぐ、中央市場の向かいに立つ荘厳なゴシック建築が「ラ・ロンハ・デ・ラ・セダ」、すなわち絹の取引所です。1996年にユネスコの世界遺産に登録されたこの建物は、15世紀のバレンシアがいかに繁栄を極めていたかを雄弁に物語る、栄光のシンボルです。当時、バレンシアは地中海貿易の拠点として、特に絹織物の取引で莫大な富を築きました。この取引所は、その経済力を世界に示すために建てられた、いわば富と権力の殿堂だったのです。

    一見すると要塞のようにも見える重厚な外観ですが、内部に一歩足を踏み入れると、その印象は一変します。メインホールである「契約の広間」は、息をのむほどの美しさ。天高く伸びる細く優美な螺旋状の石柱は、まるでヤシの木の幹のよう。それらが天井でリブ・ヴォールトとして広がり、まるで石で編まれたレースのような繊細な空間を創り出しています。ここは、商取引が行われる場所であると同時に、神聖ささえ感じさせる空間です。柱の基部にはラテン語で「商売人よ、偽りや不正を働くことなく誠実に商売に励め。さすれば、汝は富を得て、永遠の命を享受できるであろう」という趣旨の銘文が刻まれており、当時の商人たちの高い倫理観を今に伝えています。

    隣接する中庭にはオレンジの木が植えられ、心地よい木陰を作っています。壁や柱に施されたガーゴイル(雨樋の彫刻)も必見です。一見グロテスクながらも、どこかユーモラスな表情をした彫刻の数々を眺めていると、当時の職人たちの遊び心と高い技術力を感じ取ることができます。ラ・ロンハは、単なる歴史的建造物ではありません。公正な取引を重んじ、芸術を愛したバレンシア商人の魂が、今もなお宿る場所なのです。

    中央市場(メルカド・セントラル)- 食の殿堂で五感を満たす

    ラ・ロンハの向かいで、ひときわ活気に満ちあふれているのが、バレンシア市民の台所「中央市場(メルカド・セントラル)」です。1928年に完成したこの市場は、ヨーロッパで最も美しい市場の一つと称賛されています。鉄とガラス、そして色鮮やかなタイルで見事に装飾されたアール・ヌーヴォー様式の建物は、それ自体が芸術品。中央の大きなドームの頂上には、バレンシアの街のシンボルであるオウムの風見鶏が輝き、ステンドグラスからは柔らかな光が降り注ぎます。

    市場の中に足を踏み入れると、そこはまさに食のワンダーランド。色とりどりの野菜や果物が山と積まれ、地中海で獲れたばかりの新鮮な魚介類が氷の上で輝き、天井からは名物のハモン・セラーノ(生ハム)がずらりと吊るされています。チーズ専門店の芳醇な香り、スパイス屋のエキゾチックな匂い、そして威勢のいい店員たちの掛け声。あらゆるものが混然一体となり、訪れる者の五感を刺激します。

    ここでぜひ体験してほしいのが、市場内にあるバルでの朝食やランチです。新鮮な食材をその場で調理してくれるタパスは絶品。カウンターで地元の人々に混じり、キンキンに冷えたビールやワインを片手に、獲れたての小イカのフリットや、濃厚な味わいのクロケッタ(コロッケ)を頬張る時間は、最高の贅沢です。観光客だけでなく、地元のシェフたちも買い付けに訪れるこの市場の活気は、バレンシアの食文化の豊かさと奥深さを何よりも物語っています。お土産探しにも最適で、真空パックのハモンやチーズ、サフラン、オリーブオイルなど、バレンシアの味を日本に持ち帰るのも良いでしょう。

    セラーノスの塔とクアルトの塔 – 街を守り続けた堅牢な門

    旧市街の北側と西側に、それぞれ巨大な門がそびえ立っています。北側にあるのが「セラーノスの塔」、西側にあるのが「クアルトの塔」です。これらは14世紀から15世紀にかけて建設された、かつてのバレンシアを囲んでいた城壁の一部であり、街の主要な入り口でした。数々の戦火や歴史の荒波を乗り越え、今もなお当時の姿をほぼ完璧に留めているこの二つの塔は、バレンシアの不屈の精神の象徴とも言えます。

    特にセラーノスの塔は、バレンシア・ゴシック様式の傑作とされ、その規模と美しさは圧巻です。街の外側に面した部分は堅牢な要塞そのものの姿ですが、街の内側に面した部分はアーチが多用され、開放的で優雅な宮殿のような造りになっています。この塔は、重要な式典の際には凱旋門としても使われました。塔の上に登れば、旧市街の家並みと、その向こうに広がるトゥリア川公園の緑の帯を一望することができます。夕暮れ時には、夕日に染まる街並みが幻想的な雰囲気を醸し出し、絶好のフォトスポットとなります。

    一方のクアルトの塔は、セラーノスの塔よりもさらに軍事的な色彩が濃く、壁面にはナポレオン軍の侵攻の際に受けた砲弾の跡が生々しく残っています。この塔は、その堅牢さから牢獄として使われた歴史も持っています。二つの塔に登り、その眼下に広がる街を眺めていると、かつて城壁に守られ、繁栄を謳歌した中世のバレンシアの姿が目に浮かぶようです。

    未来へ飛躍する建築群 – 芸術科学都市(Ciudad de las Artes y las Ciencias)

    旧市街の歴史散策から一転、トゥリア川公園の東端に姿を現すのが、まるで異世界に降り立ったかのような近未来的な建築群、「芸術科学都市(Ciudad de las Artes y las Ciencias)」です。ここは、バレンシア出身の世界的建築家サンティアゴ・カラトラバと、フェリックス・キャンデラによって設計された、科学・芸術・自然をテーマにした巨大な複合文化施設。乾いた川床に、巨大な生物の骨格や、未来の宇宙船を思わせる白い建造物が点在する光景は、訪れる人々の度肝を抜きます。

    サンティアゴ・カラトラバの創造世界

    この壮大なプロジェクトの中心人物であるサンティアゴ・カラトラバは、人間の骨格や自然界のフォルムからインスピレーションを得ることで知られています。彼の創り出す建築は、静的な構造物というより、まるで生命を宿し、今にも動き出しそうなダイナミズムに満ちています。芸術科学都市は、彼のデザイン哲学が遺憾なく発揮された、キャリアの集大成ともいえる場所です。純白のコンクリートとガラス、そして水面に映る影が織りなす景観は、昼間は青空とのコントラストが美しく、夜はライトアップされて幻想的な雰囲気を醸し出します。このエリアを散策するだけでも、未来の都市を歩いているような非日常的な感覚を味わうことができるでしょう。

    ヘミスフェリック(L’Hemisfèric) – 知性の瞳

    最初に目に飛び込んでくる、人間の瞳のような形をした建物が「ヘミスフェリック」です。水面に浮かぶその姿は、巨大な目が瞬きをしているかのよう。この「知性の瞳」の中には、IMAXシアター、プラネタリウム、そしてレザリアムが備わっています。半球状の巨大なスクリーンに映し出されるドキュメンタリー映像は、まるで自分がその世界に入り込んだかのような圧倒的な没入感を体験させてくれます。宇宙の神秘や自然の驚異をテーマにしたプログラムは、知的好奇心を大いに刺激してくれるはずです。

    フェリペ皇太子科学博物館(Museu de les Ciències Príncipe Felipe)

    ヘミスフェリックの隣に横たわる、巨大なクジラの骨格を思わせる建物が「フェリペ皇太子科学博物館」です。ここは、従来の博物館のイメージを覆す、インタラクティブな科学の殿堂。「触れること、感じること、考えること」をモットーに、来館者が実際に展示物に触れ、実験に参加しながら科学の原理を学べるように設計されています。子供はもちろん、大人も夢中になってしまう仕掛けが満載で、科学の面白さを再発見できる場所です。広大な館内には、生命科学から最新テクノロジーまで、様々なテーマの展示が並び、一日中いても飽きることがありません。

    ソフィア王妃芸術宮殿(Palau de les Arts Reina Sofía)

    芸術科学都市の中でも、ひときわ異彩を放つ彫刻的なフォルムの建物が「ソフィア王妃芸術宮殿」、オペラハウスです。古代ギリシャの戦士の兜のようにも、大海原を進む船のようにも見えるその斬新なデザインは、カラトラバ建築の真骨頂と言えるでしょう。内部には、音響効果を徹底的に計算された四つのホールがあり、世界トップクラスのオペラやバレエ、コンサートが年間を通じて上演されています。公演を鑑賞するのはもちろん、内部を見学するガイドツアーに参加するのもおすすめです。未来的な建築の内部で繰り広げられる、人間が生み出す最高の芸術に触れる時間は、忘れられない思い出となるはずです。

    オセアノグラフィック(L’Oceanogràfic) – ヨーロッパ最大の水族館

    芸術科学都市の東端に位置するのが、ヨーロッパ最大級の規模を誇る水族館「オセアノグラフィック」です。設計はカラトラバの師であるフェリックス・キャンデラが担当し、睡蓮の花をモチーフにした優雅なデザインが特徴です。館内は、地中海、北極、南極、熱帯の海など、地球上の主要な海洋生態系が再現されており、まるで世界中の海を旅しているかのような気分を味わえます。 圧巻なのは、全長70メートルにも及ぶ水中トンネルです。頭上をサメやエイが悠々と泳ぎ、色とりどりの魚の群れが通り過ぎていく光景は、まるで自分が海の中にいるかのような錯覚に陥ります。愛らしいベルーガ(シロイルカ)やペンギン、アシカたちにも出会え、屋外のプールで行われるイルカショーは、そのダイナミックなパフォーマンスで観客を魅了します。家族連れはもちろん、誰もが童心に返って楽しめる、海の世界への入り口です。

    オレンジの香りに誘われて – バレンシアの魂を味わう

    バレンシアを語る上で、オレンジの存在を抜きにすることはできません。この街のアイデンティティは、太陽の光をたっぷりと浴びて育った、この黄金の果実と深く結びついています。街路樹としてオレンジの木が並び、春には甘い花の香りが街中に漂い、冬にはたわわに実った果実が街を彩ります。バレンシアの食文化は、このオレンジを中心に花開いたと言っても過言ではありません。

    バレンシアオレンジ、その甘い物語

    「バレンシアオレンジ」の名は世界中に知られていますが、その故郷がまさにこの地です。温暖な地中海性気候と肥沃な土壌は、オレンジの栽培に最適な環境。バレンシア州はスペイン最大のオレンジ生産地であり、その歴史はイスラム教徒の支配時代にまで遡ります。彼らがもたらした灌漑技術によって、この地の農業は飛躍的に発展し、オレンジ栽培が根付きました。 現在栽培されている甘いオレンジの多くは、19世紀に商業栽培が本格化してから広まったものです。特に、果汁が豊富で酸味と甘みのバランスが絶妙な品種は、世界中の人々を魅了し、バレンシアに大きな富をもたらしました。市場に並ぶ、もぎたてのオレンジの瑞々しさと力強い味わいは、スーパーマーケットで買うものとは一線を画します。ぜひ、その場で搾ってもらうフレッシュジュースを味わってみてください。体中に太陽のエネルギーが染み渡っていくような、格別の美味しさです。

    搾りたてをゴクリ!アグア・デ・バレンシアの誘惑

    バレンシアの夜を彩る、とっておきの飲み物が「アグア・デ・バレンシア(Agua de Valencia)」です。「バレンシアの水」という名前ですが、決してただの水ではありません。これは、搾りたてのオレンジジュースをベースに、スペインのスパークリングワインであるカバ、そしてウォッカとジンを加えて作る、甘く危険なカクテルです。 1959年にバレンシア旧市街の「カフェ・マドリード・デ・バレンシア」で誕生したとされ、今では街中のバルやカフェで楽しめる定番ドリンクとなっています。ピッチャーで頼んで、仲間とシェアしながら飲むのがバレンシア流。オレンジの爽やかな風味とカバの泡立ちが口当たりを良くし、ついつい飲み過ぎてしまいますが、それもまた旅の醍醐味。バレンシアの夜の始まりは、この一杯からスタートするのがおすすめです。 そしてもう一つ、バレンシアで忘れてはならない飲み物が「オルチャタ(Horchata)」です。こちらはノンアルコールの甘い飲み物で、原料は「チュファ」と呼ばれるカヤツリグサの塊茎(タイガーナッツ)。独特の香ばしさと優しい甘みが特徴で、栄養価も高く、夏バテ防止の滋養強壮ドリンクとして古くから親しまれています。オルチャタは、「ファルトン」という細長いスポンジケーキのようなパンを浸して食べるのが伝統的なスタイル。街には「オルチャテリア」と呼ばれる専門店も多く、散策の途中の休憩に立ち寄るのに最適です。

    食の真髄、パエリア発祥の地にて

    日本でもお馴染みのスペイン料理「パエリア」。しかし、その発祥の地がここバレンシアであることを知る人は、意外と少ないかもしれません。そして、本場バレンシアで食べられている伝統的なパエリアは、私たちが普段イメージするシーフードがたっぷりのったものとは少し異なります。 本物の「パエージャ・バレンシアーナ(Paella Valenciana)」の具材は、鶏肉とウサギ肉、そしてインゲン豆やガラフォン豆(白いんげん豆の一種)が基本です。サフランで黄金色に色付けされた米を、これらの山の幸のエキスで炊き上げます。決め手は、パエリアパンの底にできる「ソカレット」と呼ばれるおこげ。この香ばしい部分こそが、パエリアの真髄であり、地元の人々が最も愛する部分なのです。 なぜ山の幸なのか。それは、パエリアが元々、バレンシア近郊のアルブフェラ湖畔の農民たちが、収穫の合間に野外で作っていたランチだったからです。手近にある米や野菜、そして狩りで獲れたウサギや鶏を使って作った、いわば農家のまかない飯がルーツなのです。 もちろん、バレンシアでも魚介類を使った「パエージャ・デ・マリスコ(Paella de Marisco)」や、イカ墨を使った真っ黒な「アロス・ネグロ(Arroz Negro)」など、様々な種類の米料理が楽しめます。本場の味を堪能するなら、パエリアの聖地ともいわれるアルブフェラ湖畔のレストランや、週末に地元の人で賑わうマルバロサ・ビーチ沿いのレストランを訪れるのがおすすめです。大きなパエリアパンで炊き上げられた本場の味は、あなたのパエリア観を覆すほどの感動を与えてくれることでしょう。

    情熱が渦巻くピッチ – バレンシアのサッカー文化

    スペイン人の生活からサッカーを切り離すことはできませんが、ここバレンシアにおけるサッカーへの情熱は、特に熱いものがあります。街の誇りを一身に背負って戦うクラブが存在し、週末になれば、スタジアムは熱狂的なサポーターたちの声援で揺れ動きます。バレンシアのサッカー文化に触れることは、この街の人々の魂の叫びを聞くことにも等しいのです。

    白いコウモリの誇り – バレンシアCF

    バレンシアのサッカーシーンを牽引してきたのが、スペインリーグ屈指の強豪「バレンシアCF」です。1919年に設立されたこのクラブは、白いユニフォームと、エンブレムに描かれたコウモリがシンボル。「Los Che(ロス・チェ)」という愛称で親しまれています。 クラブの歴史は栄光と苦難の連続でした。特に2000年代初頭は黄金期を迎え、エクトル・クーペル監督、そしてその後を継いだラファエル・ベニテス監督のもと、2度のチャンピオンズリーグ準優勝、そして2度のリーガ・エスパニョーラ優勝、UEFAカップ優勝という偉業を成し遂げました。ガイスカ・メンディエタのカリスマ性、ロベルト・アジャラの鉄壁の守備、ダビド・ビジャの得点能力は、今もファンの間で語り草となっています。 エンブレムのコウモリは、13世紀にアラゴン王ハイメ1世がバレンシアをイスラム教徒から奪還した際、王の兜にコウモリが止まったことが吉兆とされた、という伝説に由来します。このコウモリは、クラブだけでなくバレンシア市そのものの紋章にも使われており、街の守り神のような存在なのです。

    聖地メスタージャ・スタジアムの熱狂

    バレンシアCFのホームスタジアムが、市街地の中心部近くに位置する「エスタディオ・デ・メスタージャ」です。1923年にオープンしたこのスタジアムは、スペインで最も古く、そして最も雰囲気のあるスタジアムの一つとして知られています。 メスタージャの最大の特徴は、その急勾配のスタンドです。まるで壁のようにそそり立つ観客席は、ピッチとの距離が非常に近く、選手たちの息遣いまで聞こえてきそうなほど。この独特の構造が、サポーターたちの声援をスタジアム内に反響させ、まるで音の渦のような凄まじい雰囲気を作り出します。試合の日には、何万人ものサポーターがクラブカラーの白とオレンジ、そしてバレンシア州旗の黄色と赤の旗を振りかざし、地鳴りのようなチャント(応援歌)を歌い続けます。その熱気と一体感は、サッカーファンならずとも鳥肌が立つほどの迫力です。 試合がない日でも、スタジアムツアーに参加すれば、その聖地の雰囲気を味わうことができます。普段は入れないピッチサイドや選手たちのロッカールーム、監督が座るベンチ、そしてメディアが詰めかけるプレスカンファレンスルームなどを見学でき、クラブの歴史に触れることができます。メスタージャのスタンドに一人座り、往年の名選手たちのプレーや、スタジアムを揺るがしたであろう大歓声に思いを馳せる時間は、サッカーファンにとって至福のひとときとなるでしょう。

    もう一つの情熱、レバンテUD

    バレンシアには、もう一つ忘れてはならないクラブがあります。それが「レバンテUD」です。バレンシアCFが街のブルジョワ層に支持されてきたのに対し、レバンテは労働者階級のクラブとして、より地域に密着した存在として愛されてきました。 ホームスタジアムは「エスタディ・シウタ・デ・バレンシア」。バレンシアCFとの直接対決、「バレンシア・ダービー」は、街全体が二つに割れるほどの盛り上がりを見せます。歴史や実績ではバレンシアCFに及ばないものの、レバンテのサポーターのクラブへの愛情は非常に深く、その応援スタイルは情熱的です。二つのクラブがそれぞれの誇りをかけて戦う姿は、バレンシアのサッカー文化の多様性と奥深さを示しています。もし滞在中にダービーが開催されるなら、そのチケットを手に入れることは幸運の証。街全体の熱気を感じる、またとない機会となるでしょう。

    喧騒と熱狂の祭典 – ラス・ファジェス(火祭り)

    毎年3月、バレンシアは一年で最も熱く、クレイジーな季節を迎えます。街の守護聖人であるサン・ホセの日(3月19日)を祝う「ラス・ファジェス」、通称「火祭り」の開催です。この祭りは、ユネスコの無形文化遺産にも登録されており、その壮大さと奇抜さで世界中から観光客を引き寄せます。街中が爆竹の轟音と火薬の匂いに包まれ、巨大な張り子人形が街角を埋め尽くし、最終日にはそのすべてが業火に包まれる。これは、単なる祭りではありません。冬の終わりを告げ、春の訪れを祝う、バレンシアの人々の創造性と破壊のエネルギーが爆発する一大スペクタクルなのです。

    街が炎に包まれる五日間

    祭りのクライマックスは3月15日から19日までの五日間ですが、街の興奮は3月1日から始まります。毎日午後2時、市庁舎前広場では「マスクレタ」と呼ばれる、凄まじい爆竹ショーが行われ、祭りのムードを盛り上げていきます。 そして15日の夜、市内約400カ所に、数ヶ月かけて制作された大小様々な「ファジャ」と呼ばれる張り子人形のオブジェが一斉に設置されます。ここから、街は巨大な野外美術館へと姿を変えます。人々はファジャを見て回り、音楽隊のパレードが練り歩き、街はお祭りムード一色に。17日と18日には、民族衣装をまとった人々が聖母マリア像に花を捧げる「オフレンダ」という感動的な行事も行われます。 そして運命の19日の夜、祭りはクライマックスの「ラ・クレマ(La Cremà)」を迎えます。子供用の小さなファジャから順に火が放たれ、最後に市庁舎前の巨大なファジャが燃え上がります。街のあちこちで火柱が上がり、一年間の苦労や悪運が炎と共に浄化されていく様は、圧巻の一言。すべてを燃やし尽くすことで再生を願う、バレンシアの人々の情熱が夜空を焦がす、忘れられない光景です。

    ファジャとニノット – 風刺と芸術の結晶

    祭りの主役である「ファジャ」は、木材と段ボール、張り子で作られた巨大なオブジェで、その高さは時に20メートルを超えることもあります。それぞれのファジャにはテーマがあり、その多くは政治家や有名人、社会問題を痛烈に風刺したものです。そのユーモアと芸術性の高さには驚かされるばかり。各地区が威信をかけて制作し、その出来栄えを競い合います。 このファジャは最終的にすべて燃やされてしまいますが、一つだけ例外があります。ファジャを構成する一体一体の人形は「ニノット」と呼ばれ、祭りの期間中、市民投票によって最も優れた「ニノット・インドゥルタット(焼却を免れた人形)」が選ばれます。選ばれたニノットは、火祭りの歴史を伝える「火祭り博物館」に送られ、永久に保存される栄誉にあずかります。この博物館を訪れれば、歴代の傑作ニノットたちにいつでも会うことができ、バレンシアの人々がこの祭りに注ぐ情熱と芸術性の高さを感じ取ることができます。

    轟音と閃光のシンフォニー、マスクレタ

    火祭りを体験する上で、ファジャと並んで強烈なインパクトを残すのが「マスクレタ」です。これは、単なる爆竹の連続ではありません。音の芸術、轟音のシンフォニーです。市庁舎前広場に吊るされた何千、何万という爆竹が、計算され尽くしたタイミングで次々と爆発します。最初はリズミカルな単発音から始まり、徐々にその数と激しさを増していき、最後は地面が揺れるほどの大轟音「テラトレモル(地震)」でフィナーレを迎えます。 煙と火薬の匂い、鼓膜を突き破るような爆音、そして体の芯まで響く振動。それは、視覚ではなく、聴覚と触覚で感じる、極めて原始的でパワフルな体験です。初めて体験する人はそのあまりの音量に驚きますが、地元の人々はまるでクラシックコンサートを聴くかのように、そのリズムと構成を楽しみます。このマスクレタこそ、バレンシアの人々の燃えるような気質を最も象徴しているのかもしれません。

    旅の終わりに、もう一つの発見を

    歴史的な旧市街、未来的な芸術科学都市、そして情熱的な食と祭り。バレンシアの魅力はこれだけにとどまりません。この街には、旅の合間にほっと一息つける、心地よい空間も広がっています。

    トゥリア川公園 – 街を貫く緑のオアシス

    旧市街と芸術科学都市を結ぶように、街の中心を貫いているのが、全長9キロメートルにも及ぶ広大な「トゥリア川公園」です。この公園には、非常にユニークな誕生秘話があります。かつてここには、その名の通りトゥリア川が流れていました。しかし1957年、街に壊滅的な被害をもたらした大洪水が発生。これを受け、市は川の流れを街の南側に迂回させるという、壮大な治水工事を決定しました。そして、残された広大な川床を、市民のための公園として生まれ変わらせたのです。 今では、この緑の帯はバレンシア市民にとってなくてはならない憩いの場となっています。サイクリングロードやジョギングコースが整備され、スポーツ施設や子供の遊び場、美しい庭園が点在しています。ガリバーが巨大な滑り台になったユニークな公園「ガリバーパーク」は子供たちに大人気です。散策の途中に木陰のベンチで休んだり、レンタサイクルで公園を駆け抜けたり。歴史と未来という二つのエリアを繋ぐこの緑のオアシスは、バレンシアの都市計画の素晴らしさを象徴する場所でもあります。

    ビーチで過ごす、贅沢な時間

    地中海に面したバレンシアは、素晴らしいビーチリゾートでもあります。市街地からバスやトラムで気軽にアクセスできる「マルバロサ・ビーチ」や「ラス・アレーナス・ビーチ」は、広くて美しい砂浜がどこまでも続きます。夏には、太陽の光を求める人々で賑わい、ビーチバレーを楽しむ若者や、のんびりと日光浴をする家族連れの姿が見られます。 ビーチ沿いには、遊歩道「パセオ・マリティモ」が整備されており、レストランやバルがずらりと並んでいます。ここでのおすすめの過ごし方は、やはりパエリアのランチ。潮風を感じながら、キンキンに冷えた白ワインと共に、炊きたてのパエリアを味わう時間は、まさに至福。これぞバレンシア流の休日の過ごし方です。夕暮れ時には、地中海に沈む夕日を眺めながら散歩するのもロマンチックです。

    バレンシア、終わらない物語

    バレンシアの旅は、まるで一冊の壮大な物語を読み解くようです。古代ローマからイスラム、そしてキリスト教王国へと続く歴史のページをめくり、未来への扉を開くカラトラバの建築に驚嘆し、オレンジとパエリアが奏でる大地の詩に舌鼓を打つ。スタジアムの熱狂に魂を揺さぶられ、祭りの炎に心を浄化される。 この街は、訪れる人々に常に新しい発見と感動を与えてくれます。それでいて、どこか懐かしく、温かい。それはきっと、地中海の太陽が育んだ、人々の陽気で寛容な気質が街の隅々にまで満ちているからでしょう。 一度訪れた者は、きっとこの街の虜になるはずです。そして、また必ず戻ってきたいと願うでしょう。なぜなら、バレンシアの物語には、終わりがないからです。あなたの旅が終わる時、それはまた新しい物語の始まり。太陽と情熱の街バレンシアは、いつでも両手を広げて、あなたを待っています。

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    この記事を書いたトラベルライター

    SimVoyage編集部は、世界を旅しながら現地の暮らしや食文化を体感し、スマホひとつで快適に旅する術を研究する旅のプロ集団です。今が旬の情報から穴場スポットまで、読者の「次の一歩」を後押しするリアルで役立つ記事をお届けします。

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