バルト海のほとり、ネヴァ川のデルタ地帯に広がる壮麗な水の都、サンクトペテルブルク。かつてロシア帝国の首都として栄華を極めたこの街は、「北のヴェネツィア」とも「ロシアのヨーロッパへの窓」とも呼ばれ、訪れる者の心を捉えて離さない不思議な魅力に満ちています。運河が網の目のように巡り、その水面に映るのは、パステルカラーの優美な宮殿や、黄金に輝く教会のドーム。街のどこを切り取っても、一枚の絵画のような風景が広がっています。
この街を築いたのは、偉大なる皇帝ピョートル1世。彼の壮大な夢と強烈な意志が、沼地だったこの土地を、西欧に比肩する壮麗な都市へと変貌させました。それ以来、ロマノフ朝の皇帝たちがこぞって富と権力を注ぎ込み、ヨーロッパの建築家や芸術家を招聘して築き上げた街並みは、ロシアの伝統と西欧の洗練が見事に融合した、唯一無二の空間を生み出しています。
エルミタージュ美術館の至宝に息をのみ、マリインスキー劇場で世界最高峰のバレエに酔いしれる。夏には太陽が沈まない「白夜」の幻想的な光に包まれ、冬には雪と氷がすべてを覆い尽くす静謐な美しさに心打たれる。サンクトペテルブルクは、ただ美しいだけの観光地ではありません。ドストエフスキーやプーシキンが歩いた石畳には文学の香りが漂い、革命の舞台となった広場には歴史の激動の記憶が刻まれています。
さあ、これからあなたを、芸術と歴史が幾重にも織りなす、壮大でドラマティックなサンクトペテルブルクの旅へとご案内しましょう。この街の奥深い魅力に触れれば、きっとあなたの旅の記憶に、忘れられない一ページが加わるはずです。
なぜサンクトペテルブルクは旅人を魅了するのか?
世界中から旅人がこの街を目指すのには、明確な理由があります。それは、他のどの都市にもない、サンクトペテルブルクだけの持つ特別なオーラと、多層的な魅力にあります。歴史、芸術、そして自然が織りなすハーモニーは、一度訪れた者の心に深く刻み込まれるのです。
ヨーロッパとロシアが融合した唯一無二の街並み
サンクトペテルブルクの街を歩いて最初に感じるのは、その風景が持つ不思議な感覚でしょう。イタリアのバロック様式やフランスのロココ様式を彷彿とさせる壮麗な宮殿が立ち並ぶ一方で、その隣にはロシア正教のタマネギ型ドームを持つ教会がそびえ立っています。ネフスキー大通りを闊歩すれば、最新のブティックと帝政時代から続く老舗デパートが共存し、クラシカルな街並みの中にモダンな息吹が感じられます。
これは、ピョートル大帝が「ヨーロッパへの窓」として、意図的に西欧の文化を取り入れながら建設した都市であることの証です。彼は、当時のロシアの伝統的な建築様式から脱却し、イタリアやフランス、ドイツから最高の建築家たちを招きました。バルトロメオ・ラストレッリ、ジャン=バティスト・ルブロン、ドメニコ・トレビシックといった名だたる建築家たちが、皇帝の野心的な都市計画を実現すべく腕を競い合ったのです。
その結果、サンクトペテルブルクは、西欧の合理性と壮麗さ、そしてロシアの魂とも言うべき神秘性とスケール感が奇跡的なバランスで融合した、世界でも類を見ない都市となりました。運河沿いの建物の高さやファサードの色までが統一され、計算され尽くした都市美学が貫かれています。しかし、その整然とした美しさの中に、どこかロシア的な憂愁や、広大な大地を思わせるスケール感が漂っている。このヨーロッパでありながら、まぎれもなくロシアであるという二重性が、サンクトペテルブルクの抗いがたい魅力の源泉なのです。
芸術の息吹が聞こえる「文化の首都」
モスクワが「政治の首都」であるならば、サンクトペテルブルクは紛れもなく「文化の首都」です。この街は、ロシアの芸術文化が花開き、成熟した場所であり、そのDNAは今なお街の隅々にまで息づいています。
その象徴が、世界三大美術館の一つに数えられるエルミタージュ美術館です。ロマノフ朝の皇帝たちが収集した300万点以上ものコレクションは、人類の至宝と呼ぶにふさわしいもの。レオナルド・ダ・ヴィンチの稀少な作品から、レンブラント、ルーベンス、そして印象派の傑作まで、美術史を彩る巨匠たちの作品が、かつての皇帝の住まいであった冬宮の豪華絢爛な空間に展示されています。ここは単なる美術館ではなく、ロシア帝国の栄華そのものを体感できる場所なのです。
また、サンクトペテルブルクは舞台芸術の聖地でもあります。チャイコフスキーの三大バレエ『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』が初演されたマリインスキー劇場は、世界中のバレエファンにとっての憧れの場所。優雅な装飾が施された劇場で、キーロフ・バレエの名で知られた世界最高峰のバレエ団の舞台を鑑賞する体験は、まさに至福のひとときです。
文学に目を向ければ、この街はドストエフスキーの『罪と罰』の舞台そのものです。主人公ラスコーリニコフが歩き回ったであろうセンナヤ広場や運河沿いの薄暗いアパートメントは、今も小説の世界の空気を色濃く残しています。プーシキン、ゴーゴリ、アフマートワといったロシア文学を代表する文豪たちもまた、この街で暮らし、創作活動を行いました。彼らが愛したカフェや住居を訪ね、作品の世界に思いを馳せるのも、この街ならではの楽しみ方と言えるでしょう。
ピョートル大帝の夢が築いた水の都
サンクトペテルブルクの成り立ちそのものが、一つの壮大なドラマです。18世紀初頭、この地はネヴァ川がバルト海に注ぐ、不毛の湿地帯に過ぎませんでした。しかし、ロシアの近代化を推し進め、西欧列強と肩を並べることを渇望したピョートル大帝は、この地に新たな首都を建設するという壮大な計画を打ち立てます。
それは、自然との過酷な闘いの始まりでした。厳しい寒さと劣悪な環境の中、何万人もの農奴や兵士、捕虜が動員され、多くの犠牲を払いながら、沼地は埋め立てられ、運河が掘られ、石造りの街が築かれていきました。街の中心を流れるネヴァ川と、そこから分岐するフォンタンカ川、モイカ川、そして人工的に掘られたグリボエードフ運河などが街の骨格を形成し、サンクトペテルブルクは「水の都」としての姿を現したのです。
夏になると、この運河を巡るボートクルーズが観光のハイライトとなります。水上から見上げる宮殿や教会の姿は、陸から見るのとはまた違った趣があり、まるで歴史の風景画の中を旅しているかのよう。そして、サンクトペテルブルクの夏の風物詩といえば、白夜の時期に行われる「跳ね橋」の開閉です。深夜、ネヴァ川に架かる巨大な橋が、大型船を通すためにゆっくりと開いていく光景は、幻想的でスペクタクルそのもの。多くの観光客や地元の人々が、このロマンティックな光景を一目見ようと川岸に集まります。ピョートル大帝の夢から始まったこの街は、今もなお、水と共に生き、その美しい景観で人々を魅了し続けているのです。
サンクトペテルブルク観光のハイライト:絶対に見逃せない珠玉のスポット
この街には見どころが溢れていますが、中でもロマノフ朝の栄光とロシアの芸術、そして歴史のドラマを色濃く感じられる場所は、旅の記憶に深く刻まれることでしょう。ここでは、絶対に訪れるべき珠玉のスポットを、その魅力と共に詳しくご紹介します。
世界三大美術館の至宝 – エルミタージュ美術館と冬宮
サンクトペテルブルクを訪れる目的が、この美術館にあるという人も少なくないでしょう。フランスのルーヴル美術館、アメリカのメトロポリタン美術館と並び称される世界三大美術館の一つ、エルミタージュ美術館。ここは、単に美術品を展示する場所ではなく、建物そのものがロシア帝国の栄華を物語る、壮大な芸術作品です。
その壮大なる歴史と建築美
エルミタージュ美術館の中核をなすのは、ネヴァ川沿いに威風堂々とそびえる「冬宮」です。ミントグリーンの壁に白い柱が映える、ロシア・バロック様式の傑作。ここは、ピョートル大帝の娘エリザヴェータ女帝の命により、イタリア人建築家バルトロメオ・ラストレッリが設計し、1762年に完成しました。その後、エカテリーナ2世から最後の皇帝ニコライ2世まで、歴代皇帝の公式の住居として、ロシア帝国の政治と社交の中心舞台であり続けました。
美術館としての歴史は、ドイツ生まれの女帝エカテリーナ2世が、ベルリンの商人から225点の絵画コレクションを買い取った1764年に始まります。彼女は美術品収集に情熱を注ぎ、自身のプライベートなギャラリーを「エルミタージュ(隠れ家)」と名付けました。そのコレクションは後世の皇帝たちにも引き継がれ、次々と増えていきました。冬宮に隣接して小エルミタージュ、旧エルミタージュ、新エルミタージュ、エルミタージュ劇場が次々と増築され、今日見られる巨大な複合美術館となったのです。
一歩館内に足を踏み入れれば、その豪華絢爛さに誰もが圧倒されるはずです。「大使の階段(ヨルダン階段)」は、純白の大理石と金箔の装飾、そして天井に描かれたフレスコ画が、訪れる者を非日常の世界へと誘います。ロマノフ家の紋章である双頭の鷲が輝く「紋章の間」、1812年の祖国戦争の英雄たちの肖像画が並ぶ「軍事回廊」、ラファエロの作品の精密な複製画が飾られた「ラファエロの回廊」など、展示作品を見る前に、部屋そのものの美しさに見惚れてしまうことでしょう。
見るべき傑作選:ダ・ヴィンチからレンブラントまで
300万点を超える収蔵品の中から、すべてを見ることは不可能です。事前に目的を絞っておくことが、満足度の高い鑑賞の鍵となります。ここでは、絶対に見逃せない傑作のいくつかをご紹介しましょう。
- レオナルド・ダ・ヴィンチ『ブノワの聖母』『リッタの聖母』:世界に十数点しか現存しないダ・ヴィンチの油彩画のうち、2点もがこのエルミタージュにあります。若き聖母マリアと幼子イエスの自然で人間味あふれる表情は、ルネサンスの巨匠の才能を存分に感じさせます。
- レンブラント・ファン・レイン『ダナエ』『放蕩息子の帰還』:光と影の魔術師レンブラントのコレクションは、エルミタージュの誇りの一つ。『放蕩息子の帰還』は、画家の晩年の最高傑作とされ、父の無償の愛と息子の悔恨が、深い精神性をもって描かれています。その感動は、見る者の心を強く揺さぶります。
- 印象派・ポスト印象派コレクション:モネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、そしてマティスやピカソまで。かつては個人の収集家、セルゲイ・シチューキンとイワン・モロゾフのコレクションであったこれらの作品群は、革命後に国有化され、今では旧参謀本部の東翼に展示されています。特にマティスの『ダンス』と『音楽』は必見です。
効率的な鑑賞ルートとチケット入手のコツ
広大なエルミタージュを効率よく巡るには、事前の計画が不可欠です。公式サイトで館内マップをダウンロードし、見たい作品がどの建物、どの部屋にあるかを確認しておきましょう。一般的なおすすめルートは、まず冬宮2階の豪華な広間群を抜け、イタリア・ルネサンス美術、オランダ・フランドル絵画を鑑賞し、その後、連絡通路を通って旧参謀本部の印象派コレクションへ向かうという流れです。
チケットは、当日券の窓口が長蛇の列になることが多いため、公式サイトでの事前購入を強くお勧めします。日付と時間を指定して予約できるため、スムーズに入場できます。また、サンクトペテルブルクの観光パス「St. Petersburg Card」を利用するのも一つの手です。音声ガイドをレンタルすれば、主要作品の解説を聞きながら鑑賞できるので、より深い理解が得られるでしょう。少なくとも半日、美術好きなら丸一日は時間を確保して、心ゆくまで美の迷宮を彷徨ってみてください。
血の上の救世主教会 – ロシア様式の極致
サンクトペテルブルクに数ある教会の中でも、ひときわ異彩を放ち、強烈な印象を残すのが、この「血の上の救世主教会」です。正式名称は「ハリストス復活大聖堂」。そのおとぎ話に出てくるようなカラフルで複雑なタマネギ型のドームは、西欧風の建築が立ち並ぶこの街において、強烈なロシアのアイデンティティを主張しているかのようです。
悲劇の歴史が刻まれた聖堂
この教会の通称が示す通り、その建立には悲しい歴史が関わっています。1881年3月1日、農奴解放令などで知られる改革派の皇帝アレクサンドル2世が、この場所で革命組織「人民の意志」のメンバーによって爆弾を投げつけられ、暗殺されました。彼の息子であるアレクサンドル3世は、父が流した血の上に祈りの場を捧げることを決意し、この聖堂の建設を命じたのです。
建設にあたっては、サンクトペテルブルクの主流であった西欧的な新古典主義様式ではなく、モスクワの聖ワシリイ大聖堂に代表されるような、16〜17世紀の伝統的なロシア建築様式が採用されました。これは、西欧化に傾倒した父の時代とは一線を画し、ロシアの伝統への回帰を象徴するものでした。建設は1883年に始まり、24年もの歳月をかけて1907年に完成しました。
息をのむモザイク画の世界
教会の外観もさることながら、真のハイライトはその内部にあります。一歩足を踏み入れると、壁、柱、天井、ドームの内部まで、360度すべてが、寸分の隙間もなく精緻なモザイク画で埋め尽くされているのです。その総面積は、実に7500平方メートル以上。これは世界最大級の規模を誇ります。
ヴィクトル・ヴァスネツォフやミハイル・ネステロフといった、当時のロシアを代表する画家たちの下絵をもとに、熟練の職人たちが色とりどりの小さなガラスや貴石を埋め込んで作り上げたモザイク画は、旧約・新約聖書の物語や聖人たちの姿を鮮やかに描き出しています。蝋燭の光や窓から差し込む自然光を受けてきらめくその様は、あまりにも荘厳で、神々しく、見る者の言葉を奪います。まるで、巨大な宝石箱の中に迷い込んだかのよう。アレクサンドル2世が襲撃された場所は、祭壇の西側に天蓋(キャノピー)で覆われ、当時の石畳の一部と共に保存されており、この教会の持つ歴史的な意味を静かに伝えています。
写真撮影のベストスポット
このフォトジェニックな教会を写真に収めるなら、いくつかのポイントがあります。グリボエードフ運河の対岸から、教会全体とその水面に映る姿を一緒に撮影するのが定番の美しいアングルです。また、ネフスキー大通り側から運河越しに眺める景色も、街並みと教会が調和して素敵です。内部は比較的暗いため、手ブレに注意し、フラッシュは禁止されているので感度を上げて撮影すると良いでしょう。広角レンズがあれば、空間全体の壮大さを一枚に収めることができます。
聖イサアク大聖堂 – 黄金のドームから見渡す絶景
ネフスキー大通りの西端に、ひときわ巨大で重厚なシルエットを見せるのが聖イサアク大聖堂です。その黄金に輝く中央ドームは、サンクトペテルブルクのスカイラインを象徴する存在。エルミタージュ美術館、ペトロパヴロフスク要塞と並び、街のどこからでもその姿を望むことができます。
圧倒的なスケールとその建設秘話
この大聖堂は、ピョートル大帝の守護聖人であるダマスカスの聖イサアクに捧げられたもので、現在の建物は4代目にあたります。フランス人建築家オーギュスト・ド・モンフェランの設計により、1818年から実に40年もの歳月をかけて1858年に完成しました。そのスケールは圧巻の一言。高さは約101.5メートル、1万人以上を収容できる内部空間を持ち、世界最大級の正教会建築の一つに数えられます。
建設には当時の最新技術が投入され、特に注目すべきは、ファサードを飾る巨大な花崗岩の一枚岩の柱です。重さ114トンにもなるこの柱を立てるために、特別な巻き上げ機が考案されました。また、メインドームには100キログラム以上の純金が使われており、その輝きは帝国の富と権威を象徴しています。
内部もまた、豪華絢爛です。孔雀石(マラカイト)や瑠璃(ラピスラズリ)といった貴石をふんだんに使った柱やイコノスタシス(聖障)、壁や天井を飾る壮麗な絵画やモザイク画が、荘厳な空間を創り出しています。中央ドームの真下に立つと、その高さと空間の広がりに、人間がいかに小さな存在であるかを実感させられるでしょう。
展望台(コロネード)からのパノラマビュー
聖イサアク大聖堂を訪れたなら、ぜひ挑戦してほしいのが、ドームの周囲に設けられた展望台(コロネード)への登頂です。262段の螺旋階段を上りきると、そこには360度の大パノラマが広がっています。眼下には、ネヴァ川の雄大な流れ、エルミタージュ美術館の壮麗な姿、ペトロパヴロフスク要塞の鋭い尖塔、そしてミニチュアのような街並みが一望できます。
特におすすめの時間帯は、夕暮れ時。夕日に染まる空と街並みは格別の美しさです。また、夏場の白夜の時期には、夜遅くまで明るい空の下で、幻想的な街の景色を楽しむことができます。サンクトペテルブルクの地理と、この街がいかに計算されて造られた都市であるかを実感するのに、これほど最適な場所はありません。
ピョートル大帝の夏の宮殿 – ペテルゴフ
サンクトペテルブルク中心部から西へ約30キロ、フィンランド湾の南岸に位置するのが、ペテルゴフです。ピョートル大帝が西欧視察の際に見たフランスのヴェルサイユ宮殿に感銘を受け、「ロシアのヴェルサイユ」を凌駕するものとして造らせた、壮麗な夏の離宮。そのハイライトは、宮殿そのものよりも、むしろ豪華絢爛な噴水群と広大な庭園にあります。
「ロシアのヴェルサイユ」と称される理由
1714年に建設が開始されたペテルゴフは、ピョートル大帝の直接の監督のもと、多くの西欧の建築家や技術者によって造られました。彼は、単にヴェルサイユを模倣するのではなく、ロシアの自然環境を活かした独自の離宮を構想しました。特に彼がこだわったのが「水」です。
ペテルゴフの最大の特徴は、ポンプなどの機械を一切使わず、高低差による自然の力だけで無数の噴水を動かしている点にあります。近隣の丘陵地帯から引かれた水が、緻密に計算された水路システムを通り、庭園の各所にある噴水から一斉に吹き上がるのです。この独創的なアイデアこそ、ピョートル大帝の技術への深い造詣と、自然を支配しようとする強烈な意志の表れと言えるでしょう。
豪華絢爛な大噴水群と庭園の歩き方
ペテルゴフの心臓部といえるのが、大宮殿の目の前に広がる「下の公園」と、その中心にある「大滝(グランド・カスケード)」です。64もの噴水と200以上の金色の彫像が階段状の滝を飾り、中央には旧約聖書の英雄サムソンがライオンの口を引き裂く有名な像がそびえ立っています。この像は、ロシアがスウェーデンに勝利したポルタヴァの戦いを記念したもので、ライオンはスウェーデンを象徴しています。毎日午前11時に、荘厳な音楽と共に一斉に噴水が吹き上がる瞬間は、感動的で絶対に見逃せません。
庭園は広大なので、計画的に歩くのがおすすめです。大滝からフィンランド湾に向かってまっすぐ伸びる「海の運河」の両側には、チェス盤の滝やピラミッドの噴水など、ユニークな仕掛け噴水が点在しています。中には、訪問者を驚かせるための「いたずら噴水」もあり、ベンチに座ったり、特定の石畳を踏んだりすると突然水が噴き出す仕掛けになっています。子供も大人も楽しめる、遊び心に満ちた庭園です。
宮殿内部の見どころ
大宮殿の内部もまた、エリザヴェータ女帝の時代に建築家ラストレッリによって豪華なバロック様式に改装され、見ごたえ十分です。第二次世界大戦でドイツ軍によって徹底的に破壊されましたが、戦後、驚くべき精密さで修復されました。鏡が多用され、空間を無限に広く見せる「舞踏の間」や、中国風の装飾が美しい「東・西の中国のキャビネット」、そしてピョートル大帝の簡素な書斎として使われた「樫の書斎」など、部屋ごとに異なる趣向が凝らされています。庭園の壮大さと宮殿の繊細な美しさ、その両方を味わうことで、ペテルゴフの真の魅力を理解できるでしょう。
エカテリーナ宮殿と琥珀の間
サンクトペテルブルクの南東、プーシキン市(旧ツァールスコエ・セロー、「皇帝の村」の意)に、ペテルゴフと並び称される豪華な離宮があります。それが、エカテリーナ宮殿です。そのスカイブルーの壁と金色の装飾が織りなす外観は、まるでおとぎ話の宮殿そのもの。この宮殿には、戦争と再生のドラマを秘めた、奇跡の部屋が存在します。
甦った奇跡「琥珀の間」の物語
エカテリーナ宮殿を世界的に有名にしているのが、「琥珀の間(アンバー・ルーム)」です。壁一面が、様々な色合いと形の琥珀パネルで埋め尽くされたこの部屋は、元々はプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世から、ピョートル大帝へ友好の証として贈られたものでした。その後、エリザヴェータ女帝の時代に、建築家ラストレッリの手によって、このエカテリーナ宮殿の一室を飾るために拡張・改装され、その美しさは「世界八番目の不思議」とまで称えられました。
しかし、その栄光は第二次世界大戦によって悲劇的な結末を迎えます。宮殿を占領したナチス・ドイツ軍は、琥珀の間を解体し、ドイツ本国へ持ち去ってしまいました。そして、戦争の混乱の中、琥珀の間の行方は完全に分からなくなり、20世紀最大のミステリーの一つとなったのです。
戦後、ソ連政府はこの奇跡の部屋の再建を決意。残された白黒写真や資料を頼りに、1979年から24年もの歳月と莫大な費用をかけて、琥珀の間の完全復元プロジェクトが進められました。そして2003年、サンクトペテルブルク建都300周年を記念して、ついに甦った琥珀の間が一般公開されたのです。琥珀の濃淡や彫刻、金箔や鏡が織りなす黄金色の空間は、光を受けて妖艶に輝き、見る者を幻想的な世界へと誘います。失われた芸術が、人々の情熱と執念によって現代に甦ったという物語そのものが、この部屋に比類なき価値を与えています。
ロココ様式の極み、大広間の輝き
琥珀の間はもちろんですが、エカテリーナ宮殿には他にも見どころがたくさんあります。特に圧巻なのが、宮殿の全長にわたって続く「大広間(黄金の間)」です。壁から天井までを覆う金箔の彫刻と、壁の両側に並ぶ巨大な窓と鏡が、互いを無限に映し出し、まばゆいばかりの光と輝きに満ちた空間を創り出しています。ここで毎夜のように舞踏会が繰り広げられた、帝政ロシアの栄華の頂点を肌で感じることができるでしょう。他にも、青と白のデルフトタイルで飾られた「タイル貼りのストーブの間」や、歴代皇帝の肖像画が飾られた部屋など、どこを見てもため息が出るほどの美しさです。
ペトロパヴロフスク要塞 – サンクトペテルブルク発祥の地
ネヴァ川に浮かぶザーヤチ島(ウサギ島)に築かれたペトロパヴロフスク要塞は、サンクトペテルブルクという都市が始まった場所です。1703年5月27日、ピョートル大帝がスウェーデンからの防衛拠点としてこの要塞の建設に着手した日、それがサンクトペテルブルクの誕生日とされています。
ロマノフ家の眠る首座使徒ペトル・パウェル大聖堂
要塞の中心にひときわ高くそびえるのが、首座使徒ペトル・パウェル大聖堂です。高さ122.5メートルを誇る金色の尖塔の先端には、街を守る天使の像が輝いています。この大聖堂は、単なる教会ではありません。ピョートル大帝からニコライ2世とその家族に至るまで、ほぼ全てのロマノフ朝の皇帝と皇后が眠る、神聖な霊廟なのです。
大理石の棺が整然と並ぶ内部は、荘厳でありながらも、どこか物悲しい雰囲気に包まれています。ロシアの歴史を動かした偉大な皇帝たちの墓を前にすると、栄華を極めたロマノフ家の300年の歴史と、その終焉のドラマに思いを馳せずにはいられません。特に、革命で殺害された最後の皇帝ニコライ2世一家の遺骨が、長い時を経て1998年にこの場所に埋葬されたことは、ロシア史の大きな節目となりました。
要塞の歴史とネヴァ川の眺め
要塞は本来の軍事目的で使われることは一度もありませんでしたが、帝政時代には政治犯を収容する監獄として恐れられました。ドストエフスキーやゴーリキー、レーニンの兄アレクサンドルなどがここに収監されました。現在は博物館として公開されており、当時の独房の様子などを見学できます。
要塞の城壁の上は遊歩道になっており、ネヴァ川の対岸に広がるエルミタージュ美術館や宮殿橋の美しいパノラマを眺める絶好のスポットです。毎日正午になると、ナルイシュキン稜堡から号砲が放たれるのが伝統行事となっており、その轟音は街中に響き渡ります。サンクトペテルブルクの原点であるこの場所で、街の歴史の始まりに触れてみてはいかがでしょうか。
サンクトペテルブルクの鼓動を感じる街歩き
壮麗な宮殿や美術館を巡るだけでなく、この街の本当の魅力を知るには、自分の足で歩き、街の日常に溶け込んでみることが大切です。メインストリートの喧騒、運河のせせらぎ、そして芸術の殿堂の熱気。それらすべてが、サンクトペテルブルクの生きた鼓動なのです。
ネフスキー大通り – 街のメインストリートを闊歩する
サンクトペテルブルクの背骨とも言えるのが、旧海軍省からアレクサンドル・ネフスキー大修道院まで、約4.5キロにわたってまっすぐに伸びるネフスキー大通りです。この大通りを歩けば、サンクトペテルブルクの過去と現在、そして未来を感じることができます。ゴーゴリが「我々のサンクトペテルブルクにとって、ネフスキー大通りはすべてである」と書いたように、この通りには街の魅力が凝縮されています。
カザン聖堂とシンガー社の家(本の家)
ネフスキー大通りを歩いていると、ひときわ目を引く二つの対照的な建物があります。一つは、ローマのサン・ピエトロ大聖堂を彷彿とさせる、半円形の巨大な柱廊を持つカザン聖堂です。1812年の祖国戦争でナポレオン軍からロシアを救った英雄、クトゥーゾフ将軍が眠るこの聖堂は、ロシア正教の重要な巡礼地であり、今も多くの信者が祈りを捧げています。その荘厳な姿は、通りの喧騒の中に神聖な静寂をもたらしています。
その向かいに建つのが、ガラスのドームとアールヌーボー様式の優雅な曲線が美しい「シンガー社の家」です。かつてアメリカのミシン会社シンガー社の社屋だったこの建物は、現在「本の家(ドム・クニーギ)」という巨大な書店として市民に親しまれています。カフェも併設されており、窓際の席からはカザン聖堂の美しい姿を眺めることができます。歴史的な建物の中で、コーヒーを片手に本を選ぶ。これぞサンクトペテルブルクらしい、文化的な時間の過ごし方です。
老舗デパート「ゴスチーヌイ・ドヴォール」と「パッサージュ」
ネフスキー大通りには、帝政ロシア時代から続く歴史あるデパートもあります。「ゴスチーヌイ・ドヴォール」は、18世紀に建てられた、黄色い壁が印象的な巨大な建物で、世界で最も古いショッピングアーケードの一つです。一方、「パッサージュ」は、ガラス屋根のアーケードが美しい、よりエレガントな雰囲気のデパートです。これらのデパートを散策すれば、きらびやかなショーウィンドウの中に、帝政時代から続く老舗の風格と、現代ロシアのトレンドの両方を感じ取ることができるでしょう。
おすすめのカフェとレストラン
ネフスキー大通りとその周辺には、数えきれないほどのカフェやレストランが軒を連ねています。文学好きなら、プーシキンが最期の決闘に向かう直前に立ち寄ったとされる「文学カフェ」は外せません。19世紀のインテリアが再現された店内で、ロシア料理を味わいながら文豪たちの時代に思いを馳せるのも一興です。また、手軽にロシアの味を楽しみたいなら、セルフサービス形式の食堂「テレモーク」でブリヌイ(ロシア風クレープ)を試したり、「シュトーレ」でピロシキやケーキをテイクアウトするのもおすすめです。
運河クルーズ – 水の都の真髄を味わう
サンクトペテルブルクを「北のヴェネツィア」たらしめているのは、街中を網の目のように流れる運河の存在です。陸から見る景色も美しいですが、水上から見上げる街並みは、また格別な趣があります。運河クルーズは、この水の都の真髄を体験するための最高の方法です。
昼と夜、異なる魅力のクルーズ体験
運河クルーズのボートは、ネフスキー大通りが交差するフォンタンカ川やモイカ川の船着き場から頻繁に出航しています。昼間のクルーズでは、ガイドの解説を聞きながら、主要な観光名所を水上から効率よく眺めることができます。低い橋をくぐるスリルや、水面に映る宮殿の姿、運河沿いで暮らす人々の日常を垣間見るのは、とても楽しい体験です。
一方、夜のクルーズはロマンティックな雰囲気に満ちています。ライトアップされた宮殿や教会が闇に浮かび上がり、その幻想的な美しさは息をのむほど。特に、太陽が沈まない白夜の季節には、夕暮れとも夜ともつかない不思議な光に包まれた街をクルーズするという、ここでしかできない特別な体験が待っています。
開閉する跳ね橋のスペクタクル
サンクトペテルブルクの夏の夜の最大のイベントが、ネヴァ川に架かる跳ね橋の開閉です。4月下旬から11月中旬にかけて、深夜1時頃から早朝にかけて、大型貨物船を航行させるために、宮殿橋や至聖三者橋(トロイツキー橋)などの主要な橋が次々と中央から大きく開かれます。
このスペクタクルを一目見ようと、深夜にもかかわらず、川岸には大勢の見物客が集まります。橋がゆっくりと持ち上がり、巨大な船がその下を通り過ぎていく光景は、非常にダイナミックで感動的です。この時間帯に合わせたナイトクルーズに参加すれば、水上から、開いた橋の真下をくぐるという、スリリングで忘れられない体験ができます。ただし、橋が開いている間は対岸に渡れなくなるので、ホテルに戻るルートは事前に確認しておく必要があります。
マリインスキー劇場 – バレエとオペラの殿堂
芸術の都サンクトペテルブルクの夜を彩る最高のエンターテイメントといえば、やはりバレエとオペラ鑑賞でしょう。その最高峰の舞台が、世界にその名を轟かせるマリインスキー劇場です。
憧れのロシア・バレエ鑑賞
マリインスキー・バレエは、パリ・オペラ座バレエ、英国ロイヤル・バレエ団と並び、世界三大バレエ団の一つに数えられます。アンナ・パヴロワ、ヴァーツラフ・ニジンスキー、ルドルフ・ヌレエフといった伝説的なダンサーたちを輩出し、ロシア・バレエの伝統と革新を担ってきました。
ミントグリーンの美しい外観を持つ歴史的な本館の劇場に一歩足を踏み入れると、そこは豪華絢爛な別世界。金と青を基調とした客席、巨大なシャンデリア、そして皇帝一家のためのロイヤルボックスが、帝政時代の華やかな雰囲気を今に伝えています。ここで鑑賞する『白鳥の湖』や『ジゼル』は、まさに夢のような体験です。一糸乱れぬコール・ド・バレエ(群舞)の美しさ、プリマ・バレリーナの超絶技巧と豊かな表現力は、バレエに詳しくない人でも、その美しさに心から感動するはずです。
2013年には、モダンなデザインの新館マリインスキーIIがオープンし、歴史ある本館と合わせて、多彩な演目が上演されています。クラシックバレエだけでなく、現代的な作品やオペラも楽しむことができます。
チケットの予約方法とドレスコード
人気の公演はすぐに売り切れてしまうため、チケットは日本にいるうちに公式サイトから予約・購入しておくのが賢明です。演目、日付、座席を選んでクレジットカードで決済し、Eチケットを印刷していけばOKです。座席の値段は、席の位置や演目によって大きく異なりますが、比較的リーズナブルな価格から良い席まで幅広く選べます。
ドレスコードについては、昔ほど厳格ではありませんが、ジーンズやTシャツ、スニーカーといったラフすぎる服装は避け、スマートカジュアルを心がけましょう。男性ならジャケット、女性ならワンピースや少しお洒落なブラウスとスカートといった服装が無難です。せっかくの機会ですから、少しお洒落をして、劇場全体の華やかな雰囲気に浸るのも、旅の素晴らしい思い出になるでしょう。
食通も唸るサンクトペテルブルクのグルメ体験
壮麗な建築や高尚な芸術だけでなく、サンクトペテルブルクは食文化も非常に豊かです。厳しい冬を乗り越えるための知恵が詰まった伝統的なロシア料理から、帝政時代を思わせるエレガントなカフェ文化、そして意外な美食まで、この街の味を堪能するのも旅の大きな楽しみです。
伝統的なロシア料理を堪能する
ロシア料理と聞くと、ウォッカやピロシキ、ボルシチといったイメージが強いかもしれませんが、その世界はもっと奥深く、多彩です。サンクトペテルブルクには、本格的なロシア料理を味わえるレストランがたくさんあります。
ボルシチとピロシキは外せない定番
ロシア料理の代表格といえば、やはりボルシチ。テーブルビート(ビーツ)をベースにした鮮やかな赤色のスープは、見た目にも食欲をそそります。牛肉や野菜がじっくり煮込まれており、仕上げにサワークリーム(スメタナ)を溶かして食べると、酸味とコクが絶妙にマッチします。寒い日に体を芯から温めてくれる、ロシアの家庭の味です。
ピロシキもまた、日本でもおなじみのロシアの味。しかし、本場のピロシキは揚げたものだけでなく、オーブンで焼いたものが主流です。中身もひき肉や玉ねぎだけでなく、キャベツ、マッシュルーム、ジャガイモ、卵、そしてリンゴやベリーなどの甘いフィリングまで、バリエーションが非常に豊富。街角のベーカリーやカフェで、焼きたてのピロシキを頬張るのは最高です。
ビーフストロガノフ発祥の地で味わう本場の味
日本でも人気の洋食メニュー、ビーフストロガノフは、実はサンクトペテルブルクが発祥の地とされています。19世紀に活躍したロシアの貴族、ストロガノフ家の料理人が考案したと言われています。細切りにした牛肉を玉ねぎと共に炒め、サワークリームをベースにしたソースで軽く煮込んだ料理で、本場のものは、日本のデミグラスソースベースのものとは一味違う、爽やかな酸味とクリーミーさが特徴です。付け合わせには、マッシュポテトやそばの実(グリンチカ)が添えられるのが一般的。発祥の地で、ぜひ本物の味を試してみてください。
ペリメニとヴァレニキの違いとは?
ロシア風の水餃子、ペリメニもぜひ味わいたい一品です。薄い皮でひき肉の餡を包み、茹でてからバターやサワークリーム、ビネガーなどをかけて食べます。シベリア発祥の料理で、保存食として凍らせておくこともできます。一口サイズで食べやすく、ついつい手が伸びてしまう美味しさです。
一方、ヴァレニキはウクライナ発祥の料理で、ペリメニとよく似ていますが、中身が異なります。ジャガイモやカッテージチーズ、キャベツといった惣菜系のものから、チェリーやベリーなどのフルーツを入れたデザート系のものまであります。特にチェリーのヴァレニキは、甘酸っぱくて絶品です。ペリメニ専門店などで、ぜひ両者を食べ比べてみてください。
エレガントなカフェ文化とスイーツ
西欧文化の影響を強く受けたサンクトペテルブルクには、優雅なカフェ文化が根付いています。街歩きに疲れたら、歴史あるカフェで甘いものと共に一息つくのは、至福のひとときです。
帝政ロシア時代を思わせる歴史あるカフェ
前述の「文学カフェ」のように、店内が19世紀のインテリアで統一されたカフェでは、まるでタイムスリップしたかのような気分を味わえます。また、ネフスキー大通りにある老舗菓子店「セーヴェル」や「アブリコソフ」のカフェも人気です。ショーケースには、ロシアの伝統的なケーキ「メドヴィク」(ハチミツのケーキ)や「ナポレオン」(ミルフィーユ)、色とりどりのエクレアなどが宝石のように並び、どれにしようか迷ってしまいます。濃厚なロシア紅茶やコーヒーと共に、優雅なティータイムを楽しんでください。
ロシア風パンケーキ「ブリヌイ」を味わう
ブリヌイは、ロシア風の薄いクレープで、ロシアの食卓に欠かせない料理です。食事系なら、サワークリームとイクラ(赤いキャビア)を乗せた豪華なものや、サーモン、マッシュルーム、ひき肉などを包んだものがあります。デザート系なら、ハチミツやジャム、練乳(スグションカ)をかけたり、カッテージチーズやフルーツを包んだりします。街中にあるブリヌイ専門店「テレモーク」は、手軽に様々な種類のブリヌイを楽しめるので、観光客にも地元の人にも大人気です。
グルジア料理 – ロシアで愛されるもう一つの美食
ロシアを旅していると、グルジア(ジョージア)料理のレストランを頻繁に見かけます。旧ソ連の構成国であったグルジアの料理は、ロシア人にとって非常にポピュラーで、深く愛されています。ハーブやスパイス、ニンニク、クルミを多用した風味豊かな料理は、日本人の口にもよく合います。
ハチャプリとヒンカリの魅力
グルジア料理の代名詞とも言えるのが、ハチャプリ。チーズをたっぷり使ったパンで、地方によって様々な形があります。中でも有名なのが、船の形をしたパンの中央にチーズと卵の黄身を乗せた「アジャルリ・ハチャプリ」。熱々のうちに黄身とチーズ、バターをかき混ぜて、パンの縁をちぎってつけながら食べるのが最高に美味しいです。
もう一つのスターが、ヒンカリ。ペリメニに似た、肉汁たっぷりの巨大な小籠包のような料理です。てっぺんのつまみの部分を持って、中のスープをこぼさないように注意深く食べるのが作法。ジューシーな肉の旨味が口いっぱいに広がります。これら以外にも、クルミとナスのペースト「バドリジャーニ」や、鶏肉をニンニククリームソースで煮込んだ「シュクメルリ」など、魅力的な料理がたくさんあります。ロシア料理とはまた違った、エキゾチックで美味しい食体験ができるはずです。
旅をもっと豊かにする practical information
最後に、サンクトペテルブルクの旅をよりスムーズで快適なものにするための実用的な情報をお届けします。アクセス方法からベストシーズン、市内の交通手段まで、事前に知っておくと役立つことばかりです。
サンクトペテルブルクへのアクセス
日本からサンクトペテルブルクへの直行便は通常運航されていません。そのため、モスクワや、ヘルシンキ、イスタンブール、ドバイといったヨーロッパや中東の主要都市を経由してプルコヴォ空港(LED)に入るのが一般的です。空港から市内中心部までは、バスと地下鉄を乗り継ぐか、タクシーを利用します。タクシーを利用する場合は、公式のタクシーカウンターで行き先を告げて料金を前払いするか、信頼できる配車アプリ(Yandex.Goなど)を利用すると、料金トラブルを避けられて安心です。
また、フィンランドのヘルシンキから高速鉄道「アレグロ号」で約3時間半というアクセス方法もあります。ヨーロッパ周遊の途中で立ち寄る場合には便利な選択肢です。(※国際情勢により運行状況は変動するため、渡航前に必ず最新情報をご確認ください)
ベストシーズンと服装
サンクトペテルブルクを訪れるのに最も人気があるのは、夏、特に6月から7月にかけての「白夜」のシーズンです。夜でも空が薄明るい幻想的な雰囲気の中で、跳ね橋の開閉や夜の散策を存分に楽しむことができます。気候も比較的穏やかで過ごしやすいですが、世界中から観光客が押し寄せるため、ホテルや航空券は高騰し、観光地は大変混雑します。夏でも朝晩は冷え込むことがあるので、羽織るものは必須です。
一方、5月や9月は、気候も良く、観光客も夏ほど多くないため、比較的ゆっくりと観光できる狙い目のシーズンです。木々の緑や紅葉が美しい季節でもあります。
冬(11月〜3月)は、極寒の厳しい季節ですが、この時期にしか見られない魅力もあります。雪に覆われた宮殿や凍った運河は、まるでロシアの冬の童話の世界そのもの。観光客も少なく、美術館などを静かに鑑賞できます。バレエやオペラのシーズンも本番を迎えます。ただし、氷点下20度以下になることも珍しくないので、防寒対策は万全に。帽子、手袋、マフラー、厚手の靴下、滑りにくい冬用のブーツは必需品です。
市内の交通手段を使いこなす
サンクトペテルブルク市内の観光には、効率的な公共交通機関の利用が欠かせません。
美しき地下宮殿「メトロ」
サンクトペテルブルクの地下鉄(メトロ)は、単なる移動手段ではありません。特に中心部の古い駅は、その豪華絢爛な装飾から「地下宮殿」と呼ばれています。大理石の柱、シャンデリア、彫刻、モザイク画などで飾られた駅構内は、それ自体が芸術作品。世界で最も深い場所を走る地下鉄の一つとしても知られており、地上からホームまで続く長いエスカレーターは圧巻です。観光の合間に、ぜひいくつかの駅で途中下車して、その美しさを見比べてみてください。アドミラルティ(海軍省)駅、アフトヴォ駅、キーロフスキー・ザヴォート駅などが特に有名です。
バス、トロリーバス、マルシュルートカ
メトロが通っていない場所へ行くには、バスやトロリーバス(路面電車)が便利です。路線網が非常に発達しており、市内のほとんどの場所をカバーしています。そして、市民の足として活躍しているのが「マルシュルートカ」と呼ばれる乗り合いのミニバスです。決まったルートを走りますが、バス停以外の場所でも手を挙げれば停まってくれ、降りたい場所で運転手に声をかければ降ろしてくれるという、自由度の高い交通機関です。少し上級者向けかもしれませんが、使いこなせれば非常に便利です。
お土産選びのヒント
旅の思い出に、サンクトペテルブルクらしいお土産を探すのも楽しみの一つです。
マトリョーシカとインペリアル・ポーセレン
ロシア土産の定番といえば、やはりマトリョーシカ。血の上の救世主教会の向かいにあるお土産市場や、ネフスキー大通りのギフトショップには、様々なデザインのマトリョーシカが並んでいます。伝統的なものから、政治家やアニメキャラクターを模したユニークなものまで、見ているだけでも楽しめます。
より格調高いお土産を探すなら、「インペリアル・ポーセレン(旧ロモノーソフ)」の陶磁器はいかがでしょうか。1744年創業のロシア皇室御用達の名窯で、特にコバルトブルーの網目模様「コバルトネット」シリーズは、上品で美しく、世界中にファンがいます。直営店で、ティーカップや小物などを探してみてはいかがでしょう。
美味しいロシアチョコレート
ロシアは、実はチョコレート大国でもあります。特に有名なのが「アリョンカ」という、可愛らしい女の子のパッケージのチョコレート。スーパーなどで手軽に購入でき、ばらまき用のお土産に最適です。また、サンクトペテルブルクには、19世紀から続く老舗チョコレートブランド「クルプスコイ」があり、その美しい箱入りのアソートチョコレートは、大切な人へのお土産にぴったりです。
芸術、歴史、美食、そしてそこに生きる人々。サンクトペテルブルクは、訪れる者に様々な顔を見せてくれる、奥深い魅力に満ちた街です。ピョートル大帝の夢から始まったこの壮麗な都市で、あなただけの忘れられない物語を紡いでみてください。


