リスボンから南西へ約1000km。大西洋にぽつんと浮かぶ、常春の楽園、マデイラ島。ヨーロッパの富裕層が愛したこの島は、「大西洋の真珠」とも呼ばれ、一年中咲き誇る花々とドラマチックな自然景観で知られています。でも、この島の魅力はそれだけではありません。大航海時代の栄光、異文化との交流、そして島の人々の暮らしが息づく、美しく個性的な建築物の数々が、訪れる人々を魅了してやまないのです。
こんにちは、旅ライターの亜美です。アパレルの仕事で培った審美眼を片手に、世界の街角の「美しいもの」を探す旅をしています。今回は、そんな私が心から惹かれたマデイラ島の建築物を巡る旅へとご案内します。ただ建物を眺めるだけでなく、その歴史に触れ、文化を感じ、旅をより豊かにするためのヒントをたくさん詰め込みました。この記事を読めば、あなたもきっとマデイラ島の建築の虜になるはず。さあ、一緒に時を超える建築散歩に出かけましょう。
マデイラ島の歴史的な背景や経済発展に興味が湧いた方は、大西洋に浮かぶ緑の宝石、マデイラ諸島の歴史と情熱の物語も合わせてご覧ください。
フンシャルの心臓部:セ大聖堂(Sé Catedral do Funchal)

マデイラ島への旅は、州都フンシャルの中心部にそびえる「セ大聖堂」からスタートしましょう。外観はゴツゴツとしたダークブラウンの火山岩で作られており、一見すると堅牢で質実剛健な印象を受けます。しかし、一歩中に入ると、その厳かな佇まいと繊細な美しさに息を呑むことでしょう。
大航海時代の栄華を映す、マヌエル様式の輝き
この大聖堂が築かれたのは15世紀末から16世紀初頭にかけてで、まさにポルトガルが大航海時代の黄金期を迎えていた時代です。特徴的なのは「マヌエル様式」と呼ばれる建築様式で、イスラム建築に由来する幾何学模様や、ロープ、サンゴ、天球儀など海に関連したモチーフが豊富に盛り込まれています。セ大聖堂の内部、特に祭壇や礼拝堂の彫刻は、このマヌエル様式の精華を余すところなく表現しています。
必見ポイントは、圧倒的な美しさを誇る天井
この大聖堂で見逃せないのが、身廊の天井です。見上げると、マデイラ島産の杉材と象牙を用いて細やかに装飾された幾何学模様の天井が広がっています。これは「アルファルジェ」と呼ばれるムデハル様式で、イスラム美術の強い影響が色濃く感じられます。キリスト教の教会建築にイスラムの意匠が融合した、この異文化交流の交差点ともいえるポルトガルならではの特徴です。光の加減によって陰影が変化し、その静謐で圧倒的な美しさにいつまでも見惚れてしまうことでしょう。
旅のポイント:セ大聖堂を訪れる際に知っておきたいこと
- 服装についての注意事項
カトリック教会を訪れる際の基本マナーとして、露出の多い服装は避けるのが望ましいです。特に肩や膝を覆う服装が推奨され、タンクトップやショートパンツなどは入場を断られる可能性があります。私自身は旅先で薄手の大判スカーフやカーディガンを持ち歩き、いざという時にさっと羽織れるようにしています。教会や格式あるレストランなどでも重宝するので一枚あると便利です。
- 拝観時間とミサのタイミング
大聖堂は信者の祈りの場であるため、ミサの時間には観光客の入場が制限されることがあります。祈っている人々の邪魔をしないよう、静かに過ごす配慮が必要です。観光目的なら、ミサの時間帯を避けて訪れるのがおすすめ。事前に公式サイトや現地の案内所で時間をチェックしておくとスムーズです。基本的な拝観は無料ですが、礼儀として少額の寄付をすると良いでしょう。
- 写真撮影のマナー
内部の写真撮影は許可されていますが、フラッシュの使用は禁止されています。大切な祭壇画や装飾を傷める恐れがあるためです。また、ミサ中や祈っている人に向けての撮影はマナーに反します。シャッター音にも注意し、静かな環境を保つよう心がけましょう。
色彩と活気が爆発する市場:メルカド・ドス・ラヴラドーレス(Mercado dos Lavradores)
教会の厳かな空気とは対照的に、次に足を運ぶのは人々の活気とエネルギーに満ちた「農民市場」、メルカド・ドス・ラヴラドーレスです。ここは単なる市場とは異なり、アールデコ様式で設計された美しい建物に、美食とアートが結実した五感を刺激する魅力あふれる空間となっています。
アールデコとアズレージョが織りなす華やかな世界
1940年に完成したこの市場は、直線と曲線が絶妙に組み合わさったモダンなアールデコ建築を特色としています。その洗練された造形にポルトガルの伝統を彩るのが、壁面を飾る精巧な「アズレージョ」(装飾タイル)です。市場の入口や内部には、マデイラの暮らしぶりや伝統衣装を描いた大判のアズレージョパネルが設置されており、まるで屋外の美術館を歩いているかのような趣があります。建築美と芸術の融合が、写真映えするスポットとしても人気です。
色鮮やかな果物と花々の饗宴
市場の主役は、何よりも新鮮な食材の数々。1階には魚市場が広がり、銀色に煌めく太刀魚「エスパーダ」がずらりと並ぶ光景は見応え抜群です。2階に上がると、そこはまさに色とりどりの宝庫。南国ならではの珍しい果物や、島の象徴である極楽鳥花(ストレリチア)など、多彩な商品がぎっしりと並んでいます。特に果物の売り場では、店員さんが気さくに試食を勧めてくれるので、ここでしか味わえない「バナナナス」(バナナとパイナップルの掛け合わせ)など、珍しいフルーツにぜひ挑戦してみてください。
旅のTIPS:メルカドを120%楽しむためのコツ
- 賢い買い物術
観光客が多いことから、価格はやや高めに設定されている場合があります。特に多くの試食を提供するお店は、その分値段に反映されていることも。果物を購入する際は、地元の人が訪れる少し奥まった店舗を探してみるのがおすすめです。値引き交渉はあまり一般的ではありませんが、複数の店を見て回り相場を把握すると安心です。
- スリ・置き引きへの注意
活気にあふれる場所ではスリや置き引きのリスクが高まります。特に混雑時は、バッグを体の前に抱えるように持ち、リュックサックなら前に背負う「前リュック」が効果的です。会計時に財布を広げたままにせず、すぐに収納することも大切です。貴重品は一箇所にまとめるのではなく、分散して持つことでリスクを減らせます。楽しい市場めぐりを安全に楽しむために、基本的な防犯対策を忘れないようにしましょう。
- おすすめの訪問時間帯
市場が最も賑わいを見せるのは午前中です。新鮮な魚や花が豊富に揃うこの時間帯に訪れるのがベスト。特に金曜日は品ぞろえが充実し、地元民と観光客の両方で大いに賑わいます。午後は比較的落ち着きますが、閉店する店も増えるため、活気ある市場の雰囲気を楽しみたいなら午前中の訪問を強くおすすめします。
旧市街の守護神:サンティアゴ要塞(Fortaleza de São Tiago)

フンシャルの旧市街、その東端の海沿いに、鮮やかなカナリアイエローが目をひく要塞があります。これがサンティアゴ要塞です。17世紀、海賊の襲撃から街を守るために築かれたこの要塞は、現在ではその役割を終え、フンシャルの美しい海岸線の景観を彩るランドマークとなっています。
歴史的な舞台から、美食の場へ
かつては砲台が並び、兵士たちが見張りをしていたであろうこの要塞。その重厚な石造りの壁と青い大西洋、さらには鮮やかな黄色の壁とのコントラストは、思わずカメラを向けたくなるほどの美しさです。内部はかつて現代美術館として利用されていたこともありますが、現在は高級レストランが営業しています。歴史ある要塞の中で、マデイラの新鮮な海の幸を味わうという贅沢な体験が楽しめるのです。
アートの小径「アルテ・デ・ポルタス・アベルタス」
サンティアゴ要塞が位置する旧市街全体が、ひとつのアート空間となっています。「アルテ・デ・ポルタス・アベルタス(開かれた扉のアート・プロジェクト)」と名づけられたこの地域では、建物の扉がキャンバスに変わり、様々なアーティストによってカラフルなペイントが施されています。かつては寂れていた旧市街を、アートの力で活性化させる素晴らしい試みです。要塞見学のあとには、ぜひこのアートな小径を散策し、お気に入りの一枚を見つけてみてください。旅の思い出に彩りを添えてくれることでしょう。詳しい情報はマデイラ観光局の公式サイトでご確認いただけます。
旅のポイント:要塞とアートの街歩き
- レストランの予約
要塞内にあるレストラン「Restaurante do Forte」は、ロケーションと雰囲気の良さから非常に人気です。特に海が見えるテラス席を希望される場合は、事前予約が必須です。公式サイトのオンライン予約が便利です。特別なディナーを計画するなら、早めの予約をおすすめします。ドレスコードはスマートカジュアルが推奨されているため、ビーチサンダルやあまりにカジュアルな服装は避けましょう。
- 旧市街散策時の注意点
旧市街の多くの道は石畳でできているため、ヒールの高い靴は歩きにくく、足を痛める恐れもあります。歩きやすいスニーカーやフラットシューズを選ぶのが賢明です。また、細い路地も多いため、散策に夢中になって手荷物から目を離さないよう気をつけてください。
- 写真撮影に最適な時間帯
黄色い要塞が一番美しく輝くのは、朝の早い時間帯か夕暮れ時の柔らかな日差しのもとです。特に夕暮れ時は、空や海の色が刻々と変わり、要塞をドラマチックに照らし出します。ロマンチックな写真を撮りたい方は、この時間帯を狙うのがおすすめです。
天空の楽園:モンテ宮殿熱帯庭園(Monte Palace Tropical Garden)
フンシャルの街を見渡す高台に位置するモンテ地区。ケーブルカーで上るとたどり着くのが、まさに東洋と西洋の美が交錯する天空のオアシス、「モンテ宮殿熱帯庭園」です。ここは単なる庭園ではなく、宮殿や美術館、そして世界中から集められた植物たちが織り成す壮大な芸術空間となっています。
日本庭園とポルトガル文化の見事な融合
この庭園を創設したジョゼ・ベラルド氏は日本文化の熱烈な愛好者。そのため園内には鳥居、太鼓橋、灯籠、鯉が泳ぐ池など、本格的な日本庭園の景観が広がっています。ポルトガルのマデイラ島でこのレベルの日本庭園に出会えるのは驚きに値します。一方、園内のあちこちにはポルトガルの歴史を描いた壮大なアズレージョのパネルが数多く展示されており、その数は実に166枚。日本の静謐な美とポルトガルの色彩豊かな美が見事に調和した空間は、他に類例のない貴重な存在です。
世界中の植物とアートに囲まれた空間
主役はもちろん、世界各地から集められた亜熱帯植物たちです。マデイラ島固有の植物をはじめ、南アフリカの国花・プロテアやスコットランドのヒースなど、多彩な植物が咲き誇っています。緑豊かな散策路を進むと、突然アフリカ・ジンバブエから運ばれた彫刻群が姿を現したり、鉱物コレクションを展示したギャラリーに出会えたりと、驚きが絶えません。知的好奇心を刺激するため、一日中いても飽きることのない場所です。最新の開園情報やイベントは、モンテ宮殿熱帯庭園公式サイトでご確認ください。
旅のポイント:天空の庭園を存分に楽しむために
- チケットの事前購入とアクセス方法
モンテ宮殿熱帯庭園へはフンシャル中心部から出るケーブルカーが一般的かつ絶景ルートです。入場チケットはケーブルカーのチケットとセットで購入できるほか、庭園の公式サイトからオンラインで事前に購入することも可能です。特に観光シーズンは当日券売り場が混雑しやすいため、オンラインでの事前購入を強く推奨します。購入後にメールで届くEチケットをスマートフォンに保存しておくと、当日の入場が非常にスムーズになります。
- 園内の歩き方と所要時間の目安
庭園は広大で起伏もあるため、全エリアをゆっくり見学するなら最低3〜4時間は見ておくのが理想的です。入場時に園内マップを受け取り、訪れたい場所の順路を決めてから散策を始めると効率的。歩きやすい靴を履いて行くことが必須です。園内にはカフェもあり、休憩しながら美しい景色を楽しめます。地元マデイラワインや名物ケーキ「ボーロ・デ・メル」を味わうのもおすすめです。
- 名物「トボガン」に挑戦!
モンテ観光のハイライトは、伝統的な籐製そり「トボガン」による下り体験です。白い制服をまとった「カレイロス」と呼ばれる二人の男性がそりを操り、急傾斜の坂道を一気に滑り降ります。かつてモンテの住民がフンシャル市街へ降りる際の交通手段として用いられていたこの方法は、スリル満点ながら熟練のカレイロスによって安全に楽しめます。乗り場はモンテ宮殿熱帯庭園の出口近くにあり、忘れがたい体験となること請け合いです。
マデイラのシンボル:サンタナの伝統家屋(Casas Típicas de Santana)

フンシャルの賑わいを離れて、島の北東部に位置するサンタナ村へ足を運んでみましょう。ここには、多くの人が「マデイラ島」と聞いてまず思い浮かべるであろう、あの愛らしい家々が並んでいます。茅葺きの三角屋根に白壁、そして赤や青で縁取られた窓。まるでおとぎ話の世界から抜け出してきたかのような「カジーニャス・デ・サンタナ」です。
島の気候風土が育んだ独特な建築様式
この際立った三角屋根の家は、雨が多く湿度の高いマデイラ北部の気候に適応するために誕生しました。急な傾斜の屋根は雨水を迅速に流し、厚い茅葺き材が優れた断熱効果を発揮しています。かつては農家の住まいや家畜小屋として用いられていました。内部は1階が居住空間で、屋根裏は農作物の貯蔵庫として使われていたと言われます。現在では実際に居住している家はほとんどありませんが、サンタナの中心地ではこの伝統的な家屋が丁寧に保存され、観光案内所やお土産店、工芸品の工房として活用されています。内部を見学できる家もあるため、ぜひ中を覗いてみてください。当時の暮らしぶりに想いを馳せることができるでしょう。
周囲の自然も一緒に楽しもう
サンタナは、ユネスコの世界生物圏保護区にも指定されている緑豊かな地域です。伝統家屋の見学とともに、周辺の自然散策にも挑戦してみてはいかがでしょうか。マデイラ島特有の灌漑用水路「レヴァダ」沿いに整備されたウォーキングコースは、初心者でも気軽に楽しめます。美しいラウリシルヴァの森の中を歩けば、心身ともにリフレッシュできることでしょう。
旅のアドバイス:サンタナへの小旅行
- アクセス方法
フンシャルからサンタナへは、公共バス、レンタカー、または日帰りツアーでアクセス可能です。最も簡単なのはツアーですが、自分のペースでゆったり巡りたい場合はレンタカーがおすすめです。ただし、マデイラ島の道は山道で曲がりくねっているため、運転に自信がない方はバス利用が無難でしょう。フンシャルからは複数のバス会社がサンタナ行きの路線を運行しているため、事前に時刻表を確認し計画を立てておくと安心です。
- お土産店での心得
伝統家屋を活用したお土産店では、マデイラ刺繍やワイン、手工芸品など魅力的な商品が豊富に揃っています。写真撮影をする際には、必ずスタッフに一声かけるのがマナーです。小規模な個人商店も多いので、何か一品でも気に入ったものを購入することで、この美しい景観の維持に貢献することにもなります。
- トラブル発生時の対処法
レンタカーで軽い接触事故を起こしてしまった場合は、慌てずにまずは安全な場所へ車を移動させましょう。その後、警察(緊急番号112)とレンタカー会社へ連絡してください。その際に必要になるため、契約書、保険証書、国際運転免許証は必ず携帯しておきましょう。バスを利用する際は乗り遅れないよう、時間に余裕を持ってバス停に向かうのが大切です。もし乗り遅れた場合は、次のバスまで時間が空くことが多いため、近くのカフェなどでゆったり過ごしましょう。
島の歴史を物語る、その他の建築物
これまでご紹介した建築物以外にも、マデイラ島には訪れる価値のある魅力的な建築物が数多く存在します。それらの建物は、島の豊かな歴史や文化を静かに物語っています。
キリスト像(Cristo Rei do Garajau)
フンシャルの東側、ガラジャウ岬に立つ両腕を広げたキリスト像です。リオデジャネイロの像が有名ですが、実はマデイラのこの像のほうが先に建立されました。紺碧の大西洋を見下ろすその姿は神々しく、訪れる人の心に穏やかな安らぎをもたらします。壮大なパノラマが楽しめるこの場所は、サンセットの名所としても知られています。
CR7ミュージアム(Museu CR7)
現代建築の象徴とも言えるのが、マデイラ島出身のスーパースター、クリスティアーノ・ロナウド選手の功績を讃える「CR7ミュージアム」です。フンシャルの港近くに位置し、彼が獲得したトロフィーやユニフォーム、愛用品が多数展示されています。洗練された外観の建物の前には彼のブロンズ像が立っており、訪れるファンの記念撮影スポットになっています。サッカーファンはもちろん、一人の人間の偉業と故郷への深い愛情を感じ取れる場所です。 ポルトガル政府観光局のサイトでも、このミュージアムの紹介がされています。
マデイラの建築が語る、島の物語を巡って

マデイラ島の建築物を巡る旅はいかがでしたか。大航海時代の輝かしい歴史を今に伝えるマヌエル様式の壮大な大聖堂、アールデコとアズレージョで彩られた活気溢れる市場、海賊の襲来から街を守り抜いた強固な要塞、そして島の厳しい自然環境と共に暮らしてきた人々の知恵が凝縮された伝統的な住まい。それぞれの建物が、この島が育んできた豊かな歴史や多様な文化の融合によって生まれた独自の魅力を鮮やかに物語っていました。
建築とはただの空間ではありません。その土地の気候や歴史、住む人々の願いや祈り、美的感覚が形となった、生きた証しなのです。マデイラの街角を歩き、その石造りの壁に触れ、美しい装飾を見上げるたびに、まるで時を超えてこの島に生きた人々と語り合っているかのような、不思議な感覚が胸に広がりました。
自然の美しさだけでなく、ぜひ建築というレンズを通してマデイラ島を感じてみてください。きっと、これまでとは異なる、より深く、より豊かな島の表情が浮かび上がってくることでしょう。さあ、次はあなた自身がこの美しい島で、自分だけの物語を紡ぐ番です。このガイドが、その素晴らしい旅の始まりとなることを心より願っています。

