「大西洋の真珠」「常春の島」「ヨーロッパのハワイ」…数々の美しい異名を持つマデイラ諸島。ポルトガルの首都リスボンから南西へ約1000km、アフリカ大陸のモロッコ沖に浮かぶこの火山性の島々は、一度訪れた者を虜にする不思議な魅力に満ちています。険しい山々が海に落ち込むダイナミックな地形、島全体を覆うように咲き乱れる亜熱帯の花々、そして一年を通して温暖で過ごしやすい気候。それはまるで、神々が創り上げた一つの完璧な箱庭のようです。
ここは、ただリゾート地で癒されるだけの場所ではありません。太古の森を縫うように続く水路「レヴァーダ」を歩くトレッキング、断崖絶壁の海岸線を走るスリリングなドライブ、そして活気あふれる市場で味わうユニークな食文化。アクティブな冒険と心安らぐ時間が絶妙に融合し、旅人の五感を刺激し続けます。この記事では、そんなマデイラ諸島の魅力を余すところなくお伝えします。サッカー界の英雄クリスティアーノ・ロナウドの故郷としても知られるこの島で、あなただけの忘れられない物語を紡いでみませんか?さあ、大西洋の楽園への扉を開きましょう。
マデイラ諸島とは?知っておきたい基本情報
旅の計画を立てる前に、まずはマデイラ諸島がどのような場所なのか、その基本的なプロフィールを覗いてみましょう。地理や歴史を知ることで、旅はより一層、深く豊かなものになるはずです。
「大西洋の真珠」が輝く場所
マデイラ諸島は、ポルトガル本土から離れた大西洋上に位置するポルトガル領の自治州です。主要な島であるマデイラ島と、その北東に位置するポルト・サント島、そして無人島のデゼルタス諸島とセルヴァージェンス諸島から構成されています。一般的に「マデイラ旅行」と言う場合、その舞台となるのは、緑豊かで起伏に富んだマデイラ島です。
この島の最大の魅力は、その気候にあります。メキシコ湾流の影響を受けた亜熱帯性気候に属し、一年を通じて気温の変化が少なく、非常に穏やか。「常春の島」という呼び名は伊達ではありません。夏はからりと晴れ渡り、冬でも日中は日本の春先のように暖かく、厚手のコートはほとんど必要ありません。この恵まれた気候が、島中にブーゲンビリアやハイビスカス、ストレリチア(極楽鳥花)といった色鮮やかな花々を咲かせ、訪れる人々を魅了するのです。
地形は非常に険しく、島の中心には標高1800mを超える山々がそびえ立ち、海岸線は切り立った崖が続く場所が多く見られます。平地が極端に少ないこの地形こそが、マデイラならではの息をのむような絶景と、後述する「レヴァーダ」という独特の文化を生み出しました。
マデイラの歴史を紐解く
マデイラ諸島の歴史は、15世紀初頭の大航海時代に始まります。1419年、ポルトガルのエンリケ航海王子が派遣した探検家、ジョアン・ゴンサルヴェス・ザルコとトリスタン・ヴァス・テイシェイラによって「発見」されました。当時、島はうっそうとした原生林に覆われており、ポルトガル語で「木」や「森」を意味する「Madeira(マデイラ)」と名付けられたのです。
入植者たちは、この豊かな土地を切り拓き、農業を始めました。特にサトウキビ栽培は島の経済を大きく潤し、「白い金」と呼ばれ、ヨーロッパ各地へ輸出されました。このサトウキビから作られる蒸留酒「アグアルデンテ」は、現在もマデイラの特産カクテル「ポンシャ」のベースとして親しまれています。
17世紀以降、サトウキビ栽培に代わってブドウ栽培が盛んになり、マデイラの名を世界に轟かせる「マデイラワイン」が誕生します。長い船旅でも劣化しないよう、アルコール度数を高めたこの酒精強化ワインは、その独特の風味で大航海時代の船乗りたちに愛され、アメリカ独立宣言の祝杯にも使われたと言われています。島の歴史は、ワインの深い味わいとともに、今もなお息づいているのです。
日本からのアクセスと島内交通
日本からマデイラ諸島への直行便はありません。最も一般的なルートは、ヨーロッパの主要都市、特にポルトガルのリスボンを経由する方法です。リスボンからはマデイラ島のクリスティアーノ・ロナウド・マデイラ国際空港(FNC)まで、毎日多数の便が運航しており、フライト時間は約1時間40分です。
空港は島の東部に位置し、その立地は少々スリリング。海に突き出すように建設された滑走路は、かつて「世界で最も着陸が難しい空港の一つ」と言われていましたが、大規模な拡張工事を経て安全性は格段に向上しました。それでも、風の強い日にはパイロットの腕が試される着陸を体験できるかもしれません。
島内の移動手段としては、レンタカーが断然おすすめです。マデイラの魅力は、中心都市フンシャルだけでなく、島中に点在する絶景ポイントや小さな村々にあります。公共バスも島内を網羅していますが、本数が少なかったり、目的地まで時間がかかったりすることも。自由気ままに島を巡るには、レンタカーが必須と言えるでしょう。ただし、道は山がちで急カーブや坂道が非常に多いので、運転に自信のない方は少し注意が必要です。AT車を希望する場合は、早めの予約をおすすめします。
花の都フンシャルを歩く – マデイラの心臓部を体感
マデイラ島の南岸に位置する首都フンシャルは、島の政治・経済・文化の中心地です。オレンジ色の屋根瓦が連なる美しい街並みが、青い海と緑の山々に抱かれるように広がっています。フンシャルは、ポルトガル語で「フェンネル(ウイキョウ)」を意味する「Funcho」に由来し、その名の通り、かつてはウイキョウが自生する土地でした。まずはこの魅力的な街を拠点に、マデイラの鼓動を感じてみましょう。
旧市街(Zona Velha)のアーティスティックな小径
フンシャルの東側に広がる旧市街(Zona Velha)は、石畳の細い路地が迷路のように入り組む、歴史情緒あふれるエリアです。かつては少し寂れた漁師町でしたが、2010年に始まった「Arte de Portas Abertas(アート・オブ・オープン・ドアーズ・プロジェクト)」によって、活気あるアートスポットへと生まれ変わりました。
このプロジェクトは、サンタ・マリア通りを中心に、古い建物の扉や壁をキャンバスに見立て、様々なアーティストが自由にペイントを施すというもの。一歩足を踏み入れると、そこはまるで屋外美術館。魚を擬人化したユニークな絵、風景画、抽象的なデザインなど、一つとして同じものはない個性豊かなアートが、訪れる人の目を楽しませてくれます。お気に入りのドアを見つけて写真を撮りながら散策するだけで、あっという間に時間が過ぎていくでしょう。
夜になると、このエリアはさらに賑わいを見せます。通りの両脇には、マデイラ料理を味わえるレストランや、地元のカクテル「ポンシャ」を楽しめるバーがずらりと並び、テラス席は観光客や地元の人々で活気に満ち溢れます。潮風を感じながら、美味しい食事とアートに酔いしれる。そんな贅沢な夜を過ごせるのが、旧市街の魅力です。
活気あふれるメルカド・ドス・ラヴラドーレス(農民市場)
フンシャルの人々の生活を肌で感じるなら、メルカド・ドス・ラヴラドーレス(農民市場)は必見のスポットです。1940年に建てられたアール・デコ様式の建物の中は、まさに色彩と活気の洪水。一階には魚市場、二階には野菜や果物、そして花々が所狭しと並べられています。
まず目に飛び込んでくるのは、圧倒的な量の花々。マデイラのシンボルであるストレリチア(極楽鳥花)をはじめ、蘭、アンスリウム、プロテアなど、南国ならではの色鮮やかな花が束になって売られており、その美しさに思わずため息がもれます。伝統的な衣装を身にまとった花売りの女性たちの姿も、市場の風情を一層引き立てています。
果物売り場では、日本では見かけない珍しいフルーツに出会えます。特に試してみたいのが、パイナップルとバナナを掛け合わせたような味がするという「モンステラ・デリシオーサ(パイナップルバナナ)」。見た目はトウモロコシのようですが、鱗片を剥がしながら食べると、甘くトロピカルな香りが口いっぱいに広がります。他にも、様々な種類のパッションフルーツ(マラクジャ)や、タマリロ(木立ちトマト)など、好奇心をくすぐる果物がたくさん。試食をさせてくれるお店も多いので、ぜひ挑戦してみてください。
そして、市場の奥にある魚市場は、まさに圧巻の一言。銀色に輝く刀のような魚体がずらりと並ぶ光景は、マデイラ名物・黒太刀魚(エスパーダ)です。深海魚であるため、釣り上げられた姿は大きな目と鋭い歯を持ち、かなりグロテスク。しかし、その味は白身で淡白、非常においしいことで知られています。マグロやカジキなど、大西洋の豊かな海の幸が威勢のいい声と共に取引される様子は、見るだけでも十分に楽しめます。
モンテの丘へ – ロープウェイとトボガン(トボガンぞり)体験
フンシャルの街並みと大西洋を一望する絶景を楽しむなら、ロープウェイでモンテの丘へ向かいましょう。旧市街の近くから出発するロープウェイは、ぐんぐんと高度を上げ、オレンジ色の屋根が広がる市街地と青い海のコントラストが美しいパノラマビューを眼下に広げます。約15分の空中散歩は、これから始まる丘の上の体験への期待感を高めてくれます。
ロープウェイの終点、モンテ地区は、かつて富裕層が夏の暑さを避けるために別荘を構えた高級避暑地。ここには二つの美しい庭園があります。一つは、東洋と西洋の庭園様式が融合した「モンテ宮殿熱帯庭園」。広大な敷地には世界中から集められた植物が生い茂り、東洋風の橋や仏像、ポルトガルのタイル「アズレージョ」のパネルなどが巧みに配置され、エキゾチックな雰囲気を醸し出しています。もう一つは「マデイラ植物園」で、幾何学模様に刈り込まれた美しい花壇が見事です。
そして、モンテ観光のハイライトが、名物のトボガン(Carros de Cesto)です。これは、柳で編まれた二人乗りのそりを、「カレッテイロス」と呼ばれる白い制服に身を包んだ二人の男性が巧みに操り、急な坂道を滑り降りるという、世界でも類を見ないユニークな乗り物。もともとは19世紀にモンテの住民がフンシャルへ下るための交通手段でしたが、今ではマデイラを代表する人気アトラクションとなっています。石畳の道を猛スピードで滑り降りるスリルと爽快感は格別。カレッテイロスたちの見事な足さばきとチームワークにも感心させられます。約2kmの道のりを10分ほどで駆け抜けるこの体験は、きっと旅の忘れられない思い出になるでしょう。
CR7ミュージアム – 英雄クリスティアーノ・ロナウドの故郷
フンシャルの港沿いを歩いていると、一際近代的な建物と、その前に立つブロンズ像が目に入ります。ここが、マデイラ島が生んだ世界的スーパースター、クリスティアーノ・ロナウドの功績を称える「CR7ミュージアム」です。
館内には、彼がこれまでに獲得した数々のトロフィーやゴールデンブーツ、ユニフォームなどがずらりと展示されています。バロンドールのトロフィーが並ぶ様は圧巻の一言。彼の輝かしいキャリアを年代順に追うことができ、ファンにとってはまさに聖地と言えるでしょう。また、ロナウドの等身大フィギュアと一緒に記念撮影ができるスポットや、彼の活躍をまとめたビデオ映像など、サッカーに詳しくない人でも楽しめる工夫が凝らされています。マデイラ島の人々にとって、ロナウドは単なるサッカー選手ではなく、島の名前を世界に広めてくれた英雄。このミュージアムは、彼の偉業と共に、島民の誇りを感じられる場所なのです。
マデイラの真骨頂!レヴァーダ・ウォーキングと大自然
マデイラを語る上で絶対に外せないのが、「レヴァーダ・ウォーキング」です。これは、島の隅々まで水を運ぶために山肌を這うように造られた灌漑用水路「レヴァーダ」に沿って歩くハイキングのこと。マデイラの壮大な自然を最も身近に感じられる、最高のアクティビティです。
レヴァーダとは? – 島を潤す命の水路
マデイラ島は、北部は雨が多く、南部は乾燥しているという気候的な特徴があります。このため、古くから人々は、雨量の多い北部の山々から、農業が盛んな南部の段々畑(ポイオス)へ水を運ぶための水路を建設する必要がありました。これがレヴァーダの始まりです。
最初のレヴァーダは15世紀に造られ始め、断崖絶壁を削り、トンネルを掘り、驚くべき労力と年月をかけて、総延長2000km以上にも及ぶ水路網が島全体に張り巡らされました。レヴァーダは、今もなお島の農業を支える命の水路であると同時に、そのメンテナンス用に設けられた小道が、世界中からハイカーが集まる絶好のトレッキングコースとなっているのです。水路は緩やかな傾斜で造られているため、コースの多くは高低差が少なく、初心者でも気軽に楽しむことができます。せせらぎの音に耳を澄ませ、シダや苔に覆われた緑のトンネルを歩けば、心も体もリフレッシュされることでしょう。
初心者におすすめ!25の滝(25 Fontes)とリスコの滝(Risco)
数あるレヴァーダ・コースの中でも、最も人気があり、マデイラの自然の美しさが凝縮されているのが「25の滝(Levada das 25 Fontes)」と「リスコの滝(Cascata do Risco)」を巡るコースです。島の西部に広がるラバサル高原からスタートします。
このコースの魅力は、何と言ってもその幻想的な雰囲気。ユネスコ世界自然遺産にも登録されているラウリシルヴァ(月桂樹の原生林)の中を歩く道は、まるで映画『ロード・オブ・ザ・リング』の世界に迷い込んだかのよう。苔むした木々、シダの群生、そして絶えず聞こえる水の音が、神秘的な空間を創り出しています。
コースは途中で二手に分かれます。一つはリスコの滝へ向かう道。こちらは平坦で歩きやすく、しばらく進むと、巨大な岩壁を滑り落ちる壮大な滝が現れます。その迫力と美しさに、思わず足を止めて見入ってしまうでしょう。
もう一方の道を進むと、このコースのハイライトである「25の滝」にたどり着きます。岩壁に囲まれた小さな湖のような場所に、名前の通り、幾筋もの繊細な滝がまるで涙のように流れ落ちています。その光景は、息をのむほどに美しく、静謐。滝のしぶきを浴びながら休憩すれば、歩いてきた疲れも吹き飛んでしまいます。往復で約4〜5時間ほどのコースですが、マデイラに来たなら絶対に体験してほしい、感動的なハイキングです。防水性のあるジャケットと、滑りにくいトレッキングシューズは必須です。
上級者向け!天空を歩くピコ・ド・アリエイロからピコ・ルイヴォへ
より挑戦的で、ドラマチックな絶景を求めるハイカーには、マデイラ島の最高峰ピコ・ルイヴォ(1862m)を目指すコースがおすすめです。最も人気があるのは、島で3番目に高いピコ・ド・アリエイロ(1818m)からピコ・ルイヴォまでを縦走するルート。これは、マデイラで最も美しく、そして最も過酷なトレイルの一つです。
スタート地点のピコ・ド・アリエイロまでは車でアクセスでき、展望台からは既に360度の大パノラマが広がります。天候に恵まれれば、足元に広がる雲海を見下ろすことができ、まるで天空の城にいるかのような気分を味わえます。特に日の出の時間帯は、雲がオレンジ色からピンク色へと染まっていく様子が幻想的で、多くの人がその瞬間をカメラに収めようと集まります。
ここからピコ・ルイヴォまでの道は、まさに天空の散歩道。尾根伝いに続く石畳の道、急な階段の上り下り、そして岩をくり抜いて造られたトンネルなど、変化に富んだコースが続きます。眼下には雲海が広がり、まるで雲の上を歩いているかのような錯覚に陥ります。道は険しいですが、一歩進むごとに現れる圧倒的なスケールの景色が、疲れを忘れさせてくれるでしょう。約3〜4時間かけてマデイラの最高地点、ピコ・ルイヴォの山頂に立った時の達成感と、そこから見渡す遮るもののない大絶景は、一生の宝物になるはずです。
ローラルの森を歩く – 原始の森、ラウリシルヴァ
マデイラのレヴァーダ・ウォーキングの多くは、ユネスコ世界自然遺産に登録されている「マデイラ島のラウリシルヴァ」の中を通ります。ラウリシルヴァとは、日本語で「照葉樹林」を意味し、太古の昔、南ヨーロッパを広く覆っていたとされる原生林の生き残りです。氷河期を乗り越え、手付かずの自然が奇跡的に残されたこの森は、まさに「生きた化石」と言えるでしょう。
一歩森に足を踏み入れると、ひんやりとした湿った空気に包まれます。太陽の光は高い木々の葉に遮られ、地面には苔やシダがびっしりと生い茂っています。月桂樹やスズカケノキなどの巨木が霧の中に佇む姿は、神秘的でどこか荘厳な雰囲気。鳥のさえずりとレヴァーダを流れる水の音だけが響く静寂の中で深呼吸をすれば、地球の悠久の歴史と生命の力強さを感じずにはいられません。この原始の森を歩く体験は、マデイラ旅行の魂に触れる、深い感動を与えてくれる時間となるでしょう。
絶景を求めて島を巡る – ドライブで出会うマデイラの素顔
レンタカーを借りて島を一周すれば、フンシャルや人気のハイキングコースだけでは見られない、マデイラの多様な表情に出会うことができます。海岸線をなぞるように走る道、山々を貫くトンネル、そして小さな村々を結ぶ曲がりくねった道。ハンドルを握り、あなただけの絶景を探す旅に出かけましょう。
東部:サン・ロレンソ半島の荒々しい絶景
島の最東端に突き出たサン・ロレンソ半島は、緑豊かなマデイラの他の地域とは全く異なる、荒涼とした風景が広がっています。木々がほとんど生えていない乾いた大地と、火山活動によって形成された赤や黒の地層がむき出しになった断崖絶壁は、まるで別の惑星に来たかのような感覚を覚えます。
半島の先端まで続くハイキングコースは、往復で約3時間。遮るものがないため、常に大西洋のパノラマを両脇に見ながら歩くことができます。強風に削られた奇岩や、打ち寄せる紺碧の波が白い飛沫を上げる様子は、自然の力強さをまざまざと見せつけてくれます。道のりはアップダウンがありますが、その先にある展望台からの景色は、疲れを吹き飛ばすほどの絶景です。マデイラの「緑」のイメージを覆す、ダイナミックで荒々しい自然の造形美をぜひ体感してください。
北部:ポルト・モニスの天然溶岩プール
島の北西端に位置する小さな町、ポルト・モニスには、世界でも珍しい天然の海水プールがあります。これは、かつて流れ出た溶岩が海で冷え固まり、自然に形成された岩のプール。荒々しい大西洋の波が外側の岩にぶつかって砕け散る一方で、プールの中は穏やかで、安全に海水浴を楽しむことができます。
ゴツゴツとした黒い火山岩と、透き通ったエメラルドグリーンの海水のコントラストは、まさに自然が作り出したアート。満潮時には、波が岩を乗り越えてプールに流れ込み、スリル満点です。海水は少し冷たいですが、大西洋のダイナミズムを感じながら泳ぐ体験は格別。更衣室やシャワー、レストランなども整備されており、家族連れにも人気のスポットです。ドライブの途中に立ち寄り、ユニークな海水浴でリフレッシュしてみてはいかがでしょうか。
北西部:サンタナの伝統的な三角屋根の家
マデイラの絵葉書やガイドブックで必ずと言っていいほど目にする、茅葺きの可愛らしい三角屋根の家。この伝統的な家屋が残るのが、北部の町サンタナです。ポルトガル語で「カジーニャス・デ・サンタナ(サンタナの小さな家)」と呼ばれるこのAフレーム型の家は、かつてマデイラの農民が住んでいた住居のスタイル。急な屋根は雨の多い気候に適しており、夏は涼しく冬は暖かいという特徴があります。
現在、町の中心部には観光用に保存・再現されたカジーニャスが数軒並び、中はお土産物屋さんや観光案内所になっています。赤、青、白で彩られたカラフルな家々は、まるでおとぎ話の世界から飛び出してきたかのよう。周囲には美しい花々が植えられ、絶好の写真撮影スポットとなっています。マデイラの伝統的な暮らしに思いを馳せながら、可愛らしい風景を楽しんでください。
南西部:カマラ・デ・ロボスのカラフルな漁村
フンシャルから西へ車で少し走ると、絵のように美しい漁村、カマラ・デ・ロボスに到着します。入り江に沿って白い壁の家々が密集し、港にはカラフルにペイントされた小さな漁船がぷかぷかと浮かんでいます。そののどかで魅力的な風景は、かつてイギリスの宰相ウィンストン・チャーチルを魅了し、彼がここで絵筆をとったことでも有名です。
村の名前は「アザラシの入り江」を意味し、その昔、多くのアザラシが生息していたことに由来します。現在アザラシの姿はありませんが、村の雰囲気は昔ながらの漁村の風情を色濃く残しています。港を見下ろすカフェでのんびりしたり、細い路地を散策したりするのも楽しいですが、ここに来たらぜひ試したいのが、マデイラ名物のカクテル「ポンシャ」です。この村はポンシャ発祥の地とも言われ、地元の漁師たちが体を温めるために飲んでいたのが始まり。老舗のバーで、本場の味を堪能するのは格別の体験です。夕暮れ時には、港がオレンジ色に染まり、一層ロマンチックな雰囲気に包まれます。
マデイラの美食を味わい尽くす – 食の旅も忘れずに
旅の醍醐味は、その土地ならではの食文化に触れること。マデイラには、大西洋の恵みと島の産物を活かした、素朴ながらも味わい深い料理がたくさんあります。絶景だけでなく、美食の数々もお腹いっぱい堪能しましょう。
海の恵み – エシュペターダと黒太刀魚(エスパーダ)
マデイラを代表する肉料理が「エシュペターダ」。大きな牛肉の塊にニンニクと塩、月桂樹の葉で風味をつけ、長い月桂樹の枝(または金属の串)に刺して炭火で豪快に焼き上げた串焼きです。レストランでは、この巨大な串をテーブルの上のフックから吊るして提供するスタイルが一般的。滴り落ちる肉汁が食欲をそそり、月桂樹の爽やかな香りが鼻をくすぐります。外はカリッと、中はジューシーに焼き上げられた牛肉は、赤ワインとの相性も抜群。仲間とシェアしながら食べれば、盛り上がること間違いなしの豪快な一品です。
そして、魚料理の主役は、やはり「黒太刀魚(エスパーダ)」。市場で見たグロテスクな姿からは想像もつかないほど、その白身は上品で淡白、そしてフワフワの食感です。最も有名な調理法は、フライにしたエスパーダに、ソテーしたバナナを添えた「エスパーダ・コン・バナナ」。魚とバナナという意外な組み合わせに驚くかもしれませんが、これが絶妙にマッチするのです。エスパーダの塩気とバナナの優しい甘みが口の中で一体となり、忘れられない味わいを生み出します。パッションフルーツのソースをかけたものもあり、こちらも爽やかで美味。マデイラでしか味わえないユニークなマリアージュを、ぜひお試しください。
甘美なる誘惑 – マデイラワインとボーロ・ド・カコ
マデイラの名前を世界に知らしめた「マデイラワイン」。加熱と酸化を促す独特の製法(エストゥファagem)によって造られるこの酒精強化ワインは、カラメルのような香ばしい風味と、長い余韻が特徴です。ブドウの品種によって味わいは様々で、主に4つの高貴品種が知られています。
- セルシアル (Sercial): 最も辛口。キリッとした酸味が特徴で、食前酒に最適。
- ヴェルデーリョ (Verdelho): 中辛口。スモーキーな香りとナッツのような風味。
- ボアル (Boal): 中甘口。レーズンやイチジクのようなコクのある甘み。
- マルヴァジア (Malvasia / Malmsey): 最も甘口。濃厚でリッチな味わいは、デザートワインとして食後に。
フンシャルには、老舗のワイナリーがいくつかあり、見学やテイスティングが可能です。様々な種類のマデイラワインを飲み比べ、自分のお気に入りを見つけるのも旅の楽しみの一つ。お土産にもぴったりです。
そして、マデイラの食卓に欠かせないのが「ボーロ・ド・カコ(Bolo do Caco)」。これは、サツマイモを練り込んだ、平たくて丸いパンです。伝統的には「カコ」と呼ばれる熱した玄武岩の上で焼かれていました。もちもちとした食感と、ほんのりとしたサツマイモの甘みが特徴で、シンプルながらも後を引く美味しさ。レストランでは、熱々のボーロ・ド・カコにたっぷりのガーリックバターを塗って、前菜として提供されるのが定番です。このパンを食べるためだけにマデイラに来たい、と言う人がいるほどの絶品。ぜひ熱々のうちに頬張ってください。
地元で愛されるカクテル – ポンシャを味わう
マデイラの夜を陽気に過ごすなら、「ポンシャ(Poncha)」を抜きには語れません。これは、サトウキビの蒸留酒「アグアルデンテ」をベースに、蜂蜜、そしてレモンやオレンジの果汁を混ぜて作る、マデイラの伝統的なカクテルです。
見た目は可愛らしいですが、アルコール度数はかなり高め。しかし、フレッシュな柑橘の酸味と蜂蜜の甘さがアルコールの強さを和らげ、ついつい飲み過ぎてしまう危険な一杯です。バーでは、「カ*リンニョ」と呼ばれる専用の棒で材料を激しくかき混ぜて作ります。最近では、パッションフルーツやタンジェリンなど、様々なフレーバーのポンシャも登場しています。地元の人々に愛されるソウルドリンクを片手に、マデイラの夜を楽しんでみてはいかがでしょうか。一杯飲めば、旅の疲れも吹き飛び、気分はすっかりマデイラっ子です。
マデイラ諸島、もう一つの顔 – ポルト・サント島へ
マデイラ本島での冒険を終えたら、少し足を延ばして、もう一つの有人島、ポルト・サント島へ渡ってみるのも素晴らしい選択です。マデイラ島からフェリーで約2時間半、または小型飛行機で約25分。そこには、緑豊かなマデイラ本島とは全く異なる、穏やかで静かな風景が広がっています。
黄金の砂浜が広がる静かな楽園
ポルト・サント島の最大の魅力は、何と言ってもそのビーチ。島の南岸に沿って、約9kmにもわたって続く黄金色の砂浜は、ヨーロッパでも屈指の美しさを誇ります。マデイラ本島には砂浜がほとんどないため、このどこまでも続くロングビーチは、まさに楽園そのもの。
ポルト・サントの砂は、炭酸カルシウムやマグネシウムを豊富に含み、治療効果があるとされています(サンドセラピー)。穏やかな波の音を聞きながら、きめ細かくサラサラの砂の上を裸足で歩くだけで、心からリラックスできるでしょう。観光客もマデイラ本島ほど多くなく、のんびりとプライベートな時間を過ごしたい人には最適な場所です。アクティブな旅の後に、ここで数日を過ごし、ただただ美しい海を眺めて心身を癒す。そんな贅沢な時間の使い方もおすすめです。
コロンブスが愛した島
ポルト・サント島は、歴史的に見ても重要な場所です。若き日のクリストファー・コロンブスが、この島の総督の娘と結婚し、一時期暮らしていたことで知られています。彼が住んでいたとされる家は、現在「コロンブス博物館(Casa Colombo)」として公開されており、彼の航海に関する資料や、当時の生活を偲ばせる品々が展示されています。この小さな島で、コロンブスが西への航海という壮大な夢を育んでいたのかもしれない、と想像を巡らせるのも一興です。
旅のプランニング – ベストシーズンと滞在日数
さて、マデイラへの旅心が高まってきたところで、具体的な旅行計画のためのヒントをいくつかご紹介します。いつ訪れ、どれくらい滞在するのがベストなのでしょうか。
いつ訪れるのがベスト?マデイラの気候とイベント
「常春の島」マデイラは、基本的に一年中が旅行シーズンです。しかし、目的によって最適な時期は異なります。
- 春(4月~6月): 花々が最も美しく咲き誇る季節。特に4月下旬から5月にかけて開催される「フラワー・フェスティバル」は、島中が花で埋め尽くされ、華やかなパレードも行われる、島最大のイベントです。気候も穏やかで、ハイキングにも最適なシーズンです。
- 夏(7月~9月): 最も暖かく、晴天の日が多い季節。海水浴やマリンスポーツを楽しむならこの時期がベスト。ポルト・モニスの天然プールやポルト・サント島のビーチが賑わいます。観光客が最も多いハイシーズンでもあります。
- 秋(10月~11月): 夏の喧騒が落ち着き、気候もまだ温暖で過ごしやすい時期。ハイキングには春と並んで絶好の季節です。ワインの収穫祭が開かれることもあります。
- 冬(12月~3月): 比較的雨が多くなりますが、気温が大きく下がることはなく、日本の冬に比べればずっと温暖です。山間部では雪が降ることもあります。特筆すべきは、年末年始のフンシャル湾で行われる花火大会。世界最大級とも言われる壮大な花火は、ギネスブックにも認定されており、この時期に訪れる価値は十分にあります。
どれくらい滞在すべき?モデルプランの提案
マデイラ島の魅力を十分に満喫するには、最低でも4泊5日は確保したいところです。
- 短期滞在プラン(4泊5日):
- 1日目:フンシャル到着。旧市街を散策。
- 2日目:午前はモンテの丘へ。午後はフンシャルの市場や市内観光。
- 3日目:レンタカーで島を一周ドライブ。サン・ロレンソ半島、サンタナ、ポルト・モニスなどを巡る。
- 4日目:レヴァーダ・ウォーキングに挑戦(25の滝コースなど)。
- 5日目:出発。
- 長期滞在プラン(7泊8日以上):
- 上記のプランに加え、複数のレヴァーダ・コース(ピコ・ド・アリエイロ縦走など)に挑戦する。
- カマラ・デ・ロボスでのんびり過ごす日を設ける。
- ワイナリー巡りやガーデン巡りに時間をかける。
- ポルト・サント島へ1~2泊の小旅行に出かける。
マデイラは、見どころがコンパクトにまとまっているようでいて、実は非常に奥が深い島です。急いで観光地を巡るだけでなく、カフェのテラスでただ海を眺めたり、地元のバーでポンシャを片手に人々と語らったりする時間も、この島の魅力を知る上で欠かせません。あなたのペースで、この大西洋の楽園がくれる豊かな時間を、心ゆくまで味わってください。きっと、また帰りたくなる、あなたにとっての特別な場所になるはずです。

