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    シチリアの太陽が照らす悠久の石柱群 – オルティージャ島のアポロ神殿、2600年の歴史を歩く旅

    地中海の真ん中に浮かぶ、太陽と神話の島、シチリア。その東岸に位置する古都シラクーサは、かつて古代ギリシャ世界においてアテネと並び称されるほどの大都市でした。その栄華の中心であり、今もなお人々を魅了してやまないのが、シラクーサの旧市街、オルティージャ島です。本土と二本の橋で結ばれたこの小さな島に足を踏み入れると、まるで時間が巻き戻ったかのような錯覚に陥ります。迷路のように入り組んだ路地、潮風に晒された蜂蜜色の建物、そして、バロック様式の壮麗な広場。そのすべてが、訪れる者の心を捉えて離しません。

    今回、私が皆様をご案内するのは、そのオルティージャ島の玄関口で、訪れる人々を静かに、しかし圧倒的な存在感で迎え入れる「アポロ神殿」です。それは単なる石の遺跡ではありません。紀元前6世紀、今から約2600年もの昔に建てられたこの神殿は、ギリシャ本土を除けば、現存するドーリア式神殿として西洋最古のものとされています。目の前に横たわる巨大な礎石と、天に向かって伸びる数本の石柱は、悠久の時の流れを雄弁に物語る、歴史の証人そのものなのです。

    食品商社に勤める傍ら、世界の食文化を求めて旅をする私にとって、シチリアはまさに宝の島。しかし、この島の魅力は食だけに留まりません。豊かな大地が育む食材の背景には、必ず豊かな歴史と文化が存在します。アポロ神殿は、シラクーサ、ひいてはシチリアの複雑で重層的な歴史を理解するための、最高の入り口と言えるでしょう。さあ、一緒に時空を超える旅に出かけましょう。日常の喧騒から解き放たれ、古代の石柱が放つ静かな力に耳を澄ませてみませんか。

    目次

    シラクーサの玄関口に佇む、ギリシャ最古の神殿

    本土からオルティージャ島へと繋がるウンベルティーノ橋を渡ると、眼前に活気に満ちたパンカーリ広場(Piazza Pancali)が広がります。朝の時間帯なら、隣接するオルティージャ市場の賑わいが聞こえてくることでしょう。威勢の良い魚介の売り声や、色とりどりの野菜や果物が並ぶ露店、そして地元の人々の陽気な会話が混ざり合います。そんなシチリアの日常風景のすぐそばに、アポロ神殿はまるで巨大な船が座礁したかのように、どっしりと横たわっています。

    この日常と非日常の鮮やかな対比こそが、アポロ神殿の第一印象を一層特別なものにしています。鉄柵に囲まれてはいるものの、入場料が必要な遺跡公園内にあるわけではなく、人々の生活の場に完全に溶け込んでいるのです。カフェのテラス席でエスプレッソを楽しむ人々の視線の先、買い物客の背後に、2600年前の石柱が静かに聳え立っています。この光景は、歴史が過去のものにとどまらず、今もなおこの街の一部として息づいていることを教えてくれます。

    オルティージャ島 — 神話と歴史が息づく場所

    アポロ神殿の物語を紐解く前に、まずはその舞台であるオルティージャ島について少し触れてみましょう。面積がわずか1平方キロメートルほどのこの小さな島は、ギリシャ神話で月の女神アルテミス(アポロの双子の妹)が生まれた地とされています。島の中心には、アルテミスに献げられた神殿跡に建てられたシラクーサのドゥオーモ(大聖堂)があり、古代ギリシャの柱がそのまま教会の壁に組み込まれている様子は圧巻です。

    紀元前734年、ギリシャ植民都市としてコリント人が建設したシラクーサは、オルティージャ島を起源の地としました。天然の良港を有し、島内には「アレトゥーサの泉」と呼ばれる真水の湧き出る泉があったことから、古代の人々にとってはまさに理想郷でした。やがてシラクーサは地中海貿易の中心地として繁栄し、その力はギリシャ本土の有力都市に匹敵しました。アルキメデスやプラトンといった歴史的巨人たちが訪れたことからも、当時のシラクーサの重要性が伺えます。

    アポロ神殿は、そんな輝かしい時代の始まりを告げるかのように、オルティージャ島の入口、最も象徴的な場所に建てられました。それは訪れるすべての人々に、シラクーサの力強さと信仰、そしてギリシャ文化の継承者であることを誇示するモニュメントだったのです。

    2600年の時を越えて — アポロ神殿の波乱に満ちた歴史

    アポロ神殿が辿ってきた道のりは決して平坦ではありませんでした。それはまさに、シチリアが歩んだ複雑な歴史を映し出す鏡とも言える存在です。

    建立されたのは紀元前580年頃。まだギリシャ建築が発展途上だったアルカイック期のもので、短辺に6本、長辺に17本の柱が神殿の本体(ナオス)を一周するモノプテラル・ペリプテロス式によるドーリア様式の建築でした。柱は太く重厚で、初期ドーリア式の特徴を色濃く残しています。

    しかしシラクーサを支配する勢力が替わるたび、神殿はその用途を変えざるを得ませんでした。ローマ帝国の支配下でキリスト教が広まると、アポロ神殿は異教の神殿からビザンツ帝国時代のキリスト教会へと姿を変えました。内部は改築され、柱間が壁で埋められてしまいます。

    さらに9世紀にイスラム勢力がシチリアを制圧すると、教会はモスクに転用されます。11世紀にノルマン人がイスラム勢力を駆逐すると再びキリスト教会として使われ、近世になるとスペイン・アラゴン家の支配下で神殿は宗教的役割を終え、軍の兵舎へと転用されました。建物は改築され上層階が増築されるなど、元の神殿の面影はほとんど失われてしまいました。

    長い間、歴史の波に揺られ、人々の記憶からも忘れ去られていたアポロ神殿が再び注目を集めるのは19世紀後半のこと。イタリア統一後、兵舎の取り壊し作業中に巨大な古代の石柱が発見されました。これをきっかけに、考古学者パオロ・オルシらが1938年から1943年にかけて本格的な発掘調査を行い、兵舎や後世の増築部分を丁寧に取り除きました。こうしてアポロ神殿は2000年以上の時を経て、再び遺跡としての姿を取り戻したのです。

    これほど波乱に満ちた歴史を抱えるこの石造物は、単なる古い建物ではありません。それはギリシャの神々への祈りであり、キリスト教の聖歌であり、イスラム教の礼拝であり、兵士たちの鬨の声でもあったのです。重ねられた歴史の層が、この地に静かに眠っています。

    神殿のディテールに宿る物語を読み解く

    アポロ神殿は、遠くからその荘厳な存在感に圧倒されますが、ぜひフェンスの近くまで寄って細部をじっくりと観察してみてください。そこには古代の人々が残したメッセージや、建築様式の変遷を物語る興味深い痕跡が豊富に見られます。

    礎石に刻まれたギリシャ最古の碑文

    神殿の東側、すなわち正面にあたる階段状の礎石(スタイロベート)に注目してください。ここには、この神殿の歴史的意義を物語る極めて重要な刻印が残されています。建立者の名前と捧げられた神の名が古代ギリシャ語で刻まれた碑文です。風化が進んでいるものの、その内容は以下のように読み解かれています。

    「クレイノメネス(の子、クレオメネス)がアポロンのためにこの神殿を建てた。そして彼は柱を造り、美しい作品を完成させた…」

    この碑文はギリシャ圏のドーリア式神殿の中で現存する最古のものであり、アポロ神殿が西洋建築史上いかに重要な位置を占めているかを示しています。建立者の名前が明確に刻まれていることも非常に珍しく、当時の建築技師がいかに自身の仕事に誇りを持っていたかが伝わってきます。この短い文面が、2600年もの歳月を越えて私たちに直接語りかけているかのようです。また、この碑文の存在は、ユネスコ世界遺産「シラクーサとパンターリカの岩壁墓地遺跡」の構成資産としての価値も高めています。

    ドーリア式の力強さとシチリア独自の風格

    現在残されているのは、南側と東側の柱の一部と基礎部分のみですが、それでもかつての壮麗な姿を十分に思い描くことができます。特に目を引くのは、残された柱の逞しさです。直径は約2メートルもあり、高さに比べて極めて太いプロポーションを呈しています。これは、建築技術がまだ発展途上であったアルカイック期に、重い屋根を支えるため安定性を確保しようとした結果と考えられています。柱と柱の間隔が狭いのも同じ理由によるものです。後世のパルテノン神殿など、完成されたドーリア式の洗練された美しさとは異なり、素朴で原始的な力強さこそが、この神殿の最大の魅力といえるでしょう。

    柱には「エンタシス」と呼ばれる中央部がわずかに膨らんだ形状が見られます。これは下から見上げた際、柱が真っ直ぐに見えるようにするための視覚的な補正と考えられています。また、柱の表面には「フリューティング」と称される縦溝が掘られており、光と影のコントラストを生み出し、石の柱に立体感と生命感を与えています。

    使用されている石材はシチリア産のやや黄味を帯びた石灰岩です。大理石で造られるギリシャ本土の神殿とは異なり、柔らかく温かみのある質感を持っています。長い年月の間に潮風や太陽光に晒された表面は、場所によっては白っぽくなったり黒ずんだり、苔が生えたりと複雑な表情を見せています。この石の独特な風合いこそ、シチリアの風土と歴史が刻み込まれた唯一無二の魅力なのです。

    昼夜で異なる神殿の魅力

    アポロ神殿を訪れる際は、ぜひ異なる時間帯に二度足を運ぶことをおすすめします。

    日中、特に午前中の強い日差しを浴びた神殿は、その力強い輪郭と石の質感を鮮明に浮かび上がらせます。澄んだ青空と蜂蜜色の石灰岩のコントラストは、まさに地中海らしい風景です。柱が作る深い影は時間とともにゆっくりと移動し、神殿の表情も刻一刻と変わっていきます。夏のシチリアの陽光は強烈ですが、その光の下で見る古代遺跡の姿は、生涯忘れられない記憶となるでしょう。

    一方、日が沈み街に灯りが灯る頃、アポロ神殿はまったく異なる顔をのぞかせます。巧みに配置された照明により石柱群が幻想的に浮かび上がり、昼間の力強さとは対照的に静謐で神秘的な雰囲気をまといます。周囲の喧騒も和らぎ、まるで古代の神々が今なおこの地に宿っているかのような厳かな空気が漂います。

    パンカーリ広場に面したカフェやバールのテラス席に腰掛け、アペリティーボ(食前酒)のグラスを傾けながら、夕暮れから夜へと変わりゆく神殿の姿を眺めるのは、シラクーサ滞在の至福のひとときです。スプリッツのオレンジ色がライトアップされた神殿の色彩と溶け合う光景は、旅情をかき立ててやみません。

    アポロ神殿を訪れるための実践ガイド

    ここまでアポロ神殿の魅力についてお話ししてきましたが、ここからは実際に訪れる際に役立つ具体的な情報、いわゆる「実践的な情報」をご紹介します。この内容を参考にすれば、シラクーサの旅を安心して計画できるでしょう。

    準備を整えて!シラクーサ散策の持ち物チェックリスト

    アポロ神殿の見学自体は短時間で済みますが、オルティージャ島の散策とセットで訪れることが一般的です。島全体が石畳で覆われているため、しっかり準備をしておくことで、快適な旅がぐっと実現します。

    • 服装のポイント
    • 靴について: 最も重要なのは靴選びです。歩きやすいスニーカーや、底が平らで安定感のあるサンダルを必ず用意しましょう。オルティージャ島の石畳は数百年の歴史を持つ趣あるものですが、表面が滑らかでヒールのある靴だと、石の隙間に足がはまったり、捻挫のリスクがあります。見た目の洒落感も大切ですが、快適さと安全性を優先してください。
    • 羽織るもの: 夏場でも教会や大聖堂に入る際は、肌の露出を控えるのが礼儀です。タンクトップやショートパンツのまま歩く場合でも、薄手のカーディガンやストール、パレオなどを一枚持ち歩くと便利です。アポロ神殿は屋外の遺跡なので服装規定はありませんが、近隣のドゥオーモなどを訪れる可能性を考慮すると安心です。
    • 日差し対策: シチリアは春から秋にかけて強い日差しが照りつけます。帽子、サングラス、日焼け止めは必携アイテムです。特に夏場は13時〜16時頃の最も暑い時間帯を避け、シエスタ(昼休憩)を取り入れるなど、無理のない計画を心がけましょう。
    • 持っておくと便利なアイテム
    • 水分: こまめな水分補給は欠かせません。ペットボトルの水を持参するか、島内のバールや売店で定期的に購入しましょう。
    • カメラ: 言うまでもありませんが、オルティージャ島はどこを切り取っても絵になるスポットです。アポロ神殿の様々な表情をぜひ写真に収めてください。
    • モバイルバッテリー: 地図アプリの使用や写真撮影でスマホのバッテリーはあっという間に減ります。持ち歩くと安心です。
    • 現金(小銭): クレジットカード利用可能な店舗も多いですが、市場での買い物やバールでのコーヒー1杯など少額の支払いには、小銭があるとスムーズです。
    • ウェットティッシュ: 市場で買った果物を食べたり、ストリートフードを楽しんだりする際に重宝します。

    チケットなしで自由に訪問!気軽に楽しめる歴史の証人

    アポロ神殿の最大の魅力の一つは、入場料やチケットが一切不要である点です。神殿はパンカーリ広場に面しており、低い鉄柵で囲まれているだけなので、24時間いつでも好きなタイミングで、フェンス越しに見学ができます。

    事前予約やチケット購入の手間がないため、観光スケジュールに組み込みやすいのが大きな特徴です。例えば、

    • オルティージャ島到着後、最初に訪れる。
    • 市場での朝食や買い物の合間に眺める。
    • 島内散策の帰路に再訪する。
    • 夜のディナー後にライトアップを見ながら散歩する。

    といったように、滞在中に何度でも様々な表情の神殿を楽しむことができます。この気軽さが、アポロ神殿を単なる観光地でなく、街の暮らしに溶け込む存在にしているのです。

    アクセス方法と周辺情報

    アポロ神殿へのアクセスは非常にシンプルです。シラクーサ本土とオルティージャ島を結ぶ二つの橋のうち、車の通行が可能なメインの橋、ウンベルティーノ橋(Ponte Umbertino)を渡りきったところのすぐ左手に位置しています。

    • シラクーサ中央駅からのアクセス:
    • 徒歩: 約1.5km、20分程度です。駅前からまっすぐ進み、ウンベルティーノ橋を目指せば到着します。道中、シラクーサの街並みを楽しみながら歩くのもおすすめです。
    • シャトルバス: 駅前からオルティージャ島内を循環する小さな電気バス(Siracusa d’Amare)が運行しており、神殿近くにも停留所がありますので便利です。
    • 車(レンタカー)でのアクセス:
    • オルティージャ島内はZTL(Zona a Traffico Limitato)という交通制限区域が多く、許可のない車両の乗り入れは禁止されています。規制時間帯に侵入すると高額な罰金が科されるため、旅行者は島手前の駐車場に車を停め、徒歩で島内へ入るのが基本です。
    • 最も大きく便利な駐車場は、ウンベルティーノ橋手前にある「Talete駐車場(Parcheggio Talete)」です。ここに車を停めれば、アポロ神殿までは数分で歩けます。
    • 駐車場の空き状況や料金は時期により変動するため、訪問前に最新情報を確認しておくと安心です。

    歴史の深淵をさらに探る – ネアポリス考古学公園との連携

    アポロ神殿で古代ギリシャの息吹を感じた際には、ぜひシラクーサのもう一つの重要な遺跡群である「ネアポリス考古学公園(Parco Archeologico della Neapolis)」へも足を運んでみてください。オルティージャ島から少し離れた本土側に位置していますが、シラクーサの栄光を語る上で欠かせないスポットです。

    ギリシャ劇場と「ディオニュシオスの耳」

    ネアポリス考古学公園は、かつての古代シラクーサ市民の生活の中心であり、多くの壮大な建造物が遺されています。

    • ギリシャ劇場(Teatro Greco): 公園内の見どころの一つが、この巨大なギリシャ劇場です。紀元前5世紀に建てられ、直径約138メートル、約1万5000人を収容したと言われています。岩盤をそのまま削って作られた半円形の観客席は圧倒的な迫力があり、現在も夏季には古代の劇場でギリシャ悲劇が上演されるため、同じ空間で演劇を鑑賞する特別な体験が楽しめます。最上段の席から眺めるシラクーサの街並みとイオニア海の景色は格別です。
    • ディオニュシオスの耳(Orecchio di Dionisio): ギリシャ劇場のそばにある高さ約23メートル、奥行き65メートルの人工洞窟です。入り口が人間の耳の形に似ていることからこの名が付けられました。内部には驚くべき音響効果があり、コインを落とす音や小さな囁き声が洞窟全体に反響します。シラクーサの僭主ディオニュシオス1世が囚人の会話を盗聴するために牢獄として利用したという伝説がありますが、実際は採石場跡であると考えられています。
    • ローマ円形闘技場(Anfiteatro Romano): ギリシャ劇場の近くには、ローマ時代に造られた円形闘技場もあります。剣闘士の戦いや猛獣との戦いが繰り広げられた場所であり、ギリシャ文化とローマ文化がこの地で融合していた証とも言える貴重な遺跡です。

    アポロ神殿が「信仰の中心」と呼ばれるのに対し、ネアポリスは「文化と娯楽の中心地」でした。両方を訪れることで、古代シラクーサの全体像をより立体的に理解できることでしょう。

    共通チケットで楽しむシラクーサの古代遺跡

    ネアポリス考古学公園や、シチリアで最も重要な考古学博物館の一つ「パオロ・オルシ州立考古学博物館(Museo Archeologico Regionale Paolo Orsi)」などを効率的に巡る場合は、共通チケットの利用を検討すると便利です。

    • 利用方法(チケットの購入について):
    • 各施設の入口付近にあるチケット売り場で購入可能です。ネアポリス考古学公園は来訪者が多く、特にハイシーズンにはチケット購入の列ができやすいため、時間に余裕を持つか、早朝の訪問をおすすめします。
    • 近年はオンラインの事前予約も可能となっており、並ぶ時間を節約したい場合は公式ウェブサイトからの購入が便利です。シラクーサの遺跡群チケットを取り扱う「Aditus Culture」などの公式販売サイトで、料金や種類、販売方法の最新情報を確認できます。訪問前には必ず公式サイトをチェックし、開館時間や休業日、料金などを把握しておくことがスムーズな観光のポイントです。
    • トラブル発生時の対処:
    • オンライン予約後に確認メールが届かない場合、まず迷惑メールフォルダを確認してください。それでも見当たらない場合は、予約に使用したクレジットカード明細などを手元に用意し、チケット販売サイトの問い合わせフォームやカスタマーサポートへ連絡しましょう。
    • 予約完了画面のスクリーンショットを保存しておくと安心です。
    • 不安がある場合や旅程が変わりやすい場合は、現地のチケット売り場で直接購入するのが一番確実な方法です。

    グルメライターが選ぶ、神殿周辺の食の楽しみ

    歴史散策で小腹が空いたら、ここから私の得意分野の出番です。アポロ神殿のすぐ隣に位置するのが、シラクーサの台所とも称されるオルティージャ市場。古代の神殿のそばに、これほどまでに活気と美味があふれる場所が広がっているのは、まさにシラクーサならではの魅力です。

    オルティージャ市場の豊かな恵みを楽しむ

    ウンベルティーノ橋を渡ると、アポロ神殿の裏手から始まる通りがオルティージャ市場(Mercato di Ortigia)です。月曜から土曜の午前中(おおよそ14時頃まで)に開かれるこの市場は、まさに食の楽園。シチリアの陽光と豊かな土壌、そして海の幸がこれでもかと集結しています。

    • 新鮮な魚介類: 銀色に輝く太刀魚、巨大なマグロの塊、そしてシラクーサ名物のウニ(リッチ・ディ・マーレ)。威勢のよい掛け声とともに魚をさばく光景は、見ているだけでもワクワクします。
    • 色鮮やかな野菜と果物: 真っ赤なパッキーノ産トマト、大きな紫色のナス、そしてフレッシュなレモンやブラッドオレンジ。季節によってはアーティチョークやフェンネルといった、日本では珍しい野菜も並びます。
    • チーズとオリーブ: 地元羊乳から作られるペコリーノチーズや、まろやかなリコッタチーズ。そして緑や黒、紫色のバリエーション豊かなオリーブの山。試食できる店も多いので、ぜひお気に入りの味を見つけてみてください。

    市場の魅力は、見るだけ・買うだけにとどまりません。現地で楽しめるストリートフードも絶品です。特に外せないのが、市場の奥にある「Caseificio Borderi」。常に長い列ができる人気のチーズ工房兼パニーニ店です。注文すると、陽気な店主が目の前で巨大なパンに、作りたてのモッツァレラチーズやリコッタチーズ、ドライトマト、ハム、野菜を次々と挟んでくれます。それはもはや単なるサンドイッチを超え、芸術作品のよう。ボリューム満点なので、二人で一つをシェアして十分満足できるでしょう。アポロ神殿を眺めながら、この極上のパニーニを頬張ることは、シラクーサにおける最高のB級グルメ体験です。

    歴史を感じながら味わう一杯 — 神殿を望むカフェ&バール

    市場の賑わいから少し離れて、ゆったりと歴史の余韻に浸りたいときは、パンカーリ広場に面したカフェやバールがおすすめです。テラス席に座れば、目の前にアポロ神殿が広がります。

    朝は、湯気が美しいカプチーノと焼きたてのコルネット(イタリア風クロワッサン)で一日のスタートを。昼下がりには、シチリア名物の冷たいデザート、グラニータで火照った体をリフレッシュ。レモンやアーモンド、ピスタチオなど、素材の風味が生きた濃厚な味わいは格別です。

    そして夕暮れ時のアペリティーボタイムには、スプリッツやプロセッコ、地元産の白ワインを片手に、オリーブやチップスといったおつまみ(ストゥッツィキーニ)を楽しみましょう。ライトアップされてゆく神殿が夜の闇に浮かび上がる様子は、何物にも代えがたい旅のハイライトとなるはずです。

    シラクーサで手に入れたい、食の逸品お土産

    グルメライターとして、ぜひ皆様に持ち帰っていただきたい、シラクーサ独自の食のお土産をご紹介します。

    • パッキーノ産トマトの加工品: シラクーサ近郊のパッキーノは、甘みの強いチェリートマト(Pomodoro di Pachino)で知られる産地です。このトマトを使ったドライトマトやトマトソースは、日本のパスタを一段と美味しくしてくれます。オイル漬けのドライトマトは、細かく刻んでパンにのせるだけでも絶品のおつまみになります。
    • アーヴォラ産アーモンドとブロンテ産ピスタチオ: シチリアはナッツの産地としても有名です。特に香り高いアーヴォラ産アーモンドと、鮮やかな緑色と濃厚な味わいを持つブロンテ産ピスタチオは格別。市場や専門店ではペースト状のクリームも販売されており、パンに塗ったりジェラートにかけたりすると、一気にシチリア気分が高まります。
    • ネロ・ダーヴォラ(Nero d’Avola): シチリアを代表する赤ワイン用のブドウ品種です。太陽の恵みをたっぷり受けて育ったブドウから造られるこのワインは、果実味豊かで力強い味わいが特長。オルティージャ島内にはいくつかエノテカ(ワインショップ)があり、店員におすすめを尋ねながらお気に入りの一本を見つけるのも楽しいでしょう。イタリア政府観光局(ENIT)のサイトでも、シチリアの食文化に関する多彩な情報が紹介されています。

    シチリアの歴史を映す鏡、アポロ神殿が語りかけるもの

    旅の終わりに改めてアポロ神殿の前に立つと、初めて訪れた時とは異なる感慨が自然と湧き上がってきます。それはもはや、単なる古い石の塊ではありません。

    ギリシャ人が築いた基盤の上にはビザンツの教会がそびえ、イスラムのモスクが祈りを捧げ、ノルマンの騎士が十字架を掲げ、スペインの兵士が駐屯しました。この場所は、地中海の交差点として、多様な民族や文化が行き交い、ときに激しく衝突し、また融合してきたシチリアの縮図なのです。

    一本一本の柱の刻まれた傷跡や、風化した礎石の手触りに触れるたびに、2600年という、個々の人生の長さをはるかに超えた時の重みがじんわりと伝わってきます。私たちは歴史という壮大な流れの一瞬を生きているに過ぎないのだと実感させられるのです。

    しかし、それは決して無力感を意味するものではありません。むしろ、これほど長い年月、多くの人々の営みを見守り続けてきた存在が今もなおここにあり、静かに語りかけてくれているという事実に、どこか不思議な安らぎと勇気をもらえる気がします。

    市場の喧騒、カフェの笑い声、子供たちの奔走する音。そのような生命に満ちあふれた日常のすぐ隣で、アポロ神殿はこれからも変わらず静かに時を刻み続けるのでしょう。シラクーサに訪れた際には、ぜひこの偉大な歴史の証人の前で足を止め、その声に耳を傾けてみてください。きっとあなたの心に深く響き、忘れがたい何かを見つけられるはずです。私もまた、あの太陽と潮風、歴史の香りに誘われ、近いうちに再び訪れることになるでしょう。その日まで、アポロ神殿は変わらぬ姿でそこにあり続けてくれるに違いありません。

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    この記事を書いたトラベルライター

    食品商社で世界中の食を探求してきました。旅の目的は「その土地でいちばん美味い一皿」に出会うこと!市場や屋台でのグルメハントが得意です。

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