南イタリア、地中海に浮かぶ太陽の島シチリア。その南東部に、まるで時が止まったかのような美しい街があります。その名は、ノート(Noto)。街全体が蜂蜜色の石材で造られ、太陽の光を浴びて黄金色に輝くその姿は、訪れる者を一瞬で虜にしてしまう魔力に満ちています。ここは、17世紀末の大地震によって壊滅的な被害を受けた後、当時の建築家たちが情熱と才能のすべてを注ぎ込み、奇跡のように蘇らせた「シチリア・バロック」の最高傑作。壮麗な教会、貴族の館が連なる街並みは「ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々」として、ユネスコの世界遺産にも登録されています。
石畳の道を歩けば、どこからともなく柑橘とジャスミンの香りが風に乗って運ばれてくる。カフェの店先では、地元の人々がエスプレッソを片手に陽気な会話を弾ませている。建物のバルコニーを支える奇怪で表情豊かな彫刻たちに見下ろされながら歩くひとときは、まるで壮大な屋外劇場に迷い込んだかのよう。今回は、食品商社に勤め、世界の食と文化を追い求める私が、このバロックの宝石箱、ノートの魅力を余すことなくお伝えします。歴史の息吹を感じる建築散歩から、魂を癒す絶品グルメ、そして旅をより深く楽しむための practical な情報まで。さあ、一緒に黄金色の迷宮へと足を踏み入れましょう。
悲劇から生まれた奇跡の街:ヴァル・ディ・ノートの物語

ノートの美しさを理解するためには、まずその壮大な歴史に触れる必要があります。この街や周辺の町々が、なぜこれほどまでに統一感のある美しいバロック様式で彩られているのか。その秘密は、1693年1月11日にこの地を襲った大地震にあります。
ヴァル・ディ・ノートの輝かしい遺産
ノートは単独で世界遺産に登録されているわけではありません。「ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々(Late Baroque Towns of the Val di Noto)」として、カルタジローネ、ミリテッロ・イン・ヴァル・ディ・カターニア、カターニア、モーディカ、パラッツォーロ・アクレイデ、ラグーサ、シクリといった8つの町とともにその価値が認められています。ユネスコはこれらの町群を、「後期バロック芸術の頂点を示す際立った例」と評価し、「ヨーロッパにおけるこの様式の、最も完成度の高い集大成の一つ」としています。興味のある方はぜひユネスコ世界遺産センターの公式サイトで詳細をご覧ください。これらの町はそれぞれ独自の個性を持ちながら、共通の悲劇と復興の物語を共有しています。
「ヴァル(Val)」とは「谷」や「地域」を意味し、かつてシチリアがアラブの支配下にあった時代に設けられた行政区画の名残です。つまり「ヴァル・ディ・ノート」とは「ノート地方」を指します。この一帯は古代ギリシャの植民都市として繁栄し、豊かな歴史と文化を育んできましたが、1693年の大地震により一瞬で瓦礫の山と化しました。
地震が生み出した芸術都市
推定マグニチュード7.4のこの大地震は、シチリア東部全域に壊滅的な被害をもたらし、多くの人命を奪いました。ノートも例外ではなく、街は完全に破壊され、多数の住民が犠牲となりました。生き残った人々は悲嘆に暮れながらも、驚くべき決断を下します。廃墟と化した旧市街(現在のノート・アンティーカ)を見限り、およそ10キロ離れた丘陵地に、まったく新しい理想都市を築くという壮大な計画でした。
この歴史的な都市再建事業には、当時のシチリアを代表する建築家たちが集いました。ロザリオ・ガリアルディ、ヴィンチェンツォ・シナトリ、パオロ・ラビージといった巨匠たちが、悲劇の跡地に芸術的ビジョンを描き出したのです。彼らが掲げたのは単なる復興ではなく、教会や修道院、貴族の館が調和し、人々が暮らしやすい合理的で美しい街の創造でした。
新生ノートは、整然たるグリッド(格子)状の街路計画に基づいて設計されました。メインストリートのヴィットーリオ・エマヌエーレ通りは、太陽の軌道に沿って東西方向に配され、一日中建物が美しく光を受けるよう計算されています。街の建築資材として選ばれたのは、地元で産出される凝灰岩です。軟らかく加工しやすいこの石は、空気に触れると硬化し、時の経過とともに蜂蜜色から深みのある黄金色へと変化します。この石材こそが、ノートの街並みに温かみと調和、そして唯一無二の輝きをもたらしているのです。
このように、大地震という悲劇は皮肉にもヨーロッパで最も美しいバロック都市の誕生を促すきっかけとなりました。ノートの街を歩くことは、絶望の淵から立ち上がった人々の不屈の精神と、芸術にかけた情熱の物語を追体験することでもあるのです。
ノートの歩き方:ヴィットーリオ・エマヌエーレ通りを起点に

ノートの観光はとてもシンプルです。街の中心軸となるメインストリート、「ヴィットーリオ・エマヌエーレ通り(Corso Vittorio Emanuele)」を東から西、あるいはその逆方向に歩くだけで、主要な見どころをほぼすべて巡ることができます。さあ、街の東側の入口からバロックの散策を始めましょう。
旅の出発点、レアーレ門
カターニアやシラクーサ方面からノートに到着し、旧市街の中心へ向かうと、最初に目に入るのが「レアーレ門(Porta Reale)」です。これは19世紀に両シチリア王フェルディナンド2世の訪問を記念して建てられた凱旋門で、ここが新しいノートの街の正式な玄関口となっています。
門の上部には、ノートの象徴とされる三つの彫刻が飾られています。中央には「ペリカン」が据えられ、その伝説では自らの胸を傷つけ、血でひなが育つとされ、キリストの自己犠牲と慈悲のシンボルとされています。向かって左側には、強固な要塞都市であったことを示す「塔」、右側には忠誠心の象徴である「猟犬」が配置されています。これらの彫刻は、ノートのキリスト教的価値観や街の強さ、そして忠誠心を表しています。この門をくぐる瞬間、私たちはただの観光客から物語の一員へと変わるかもしれません。
ノート観光に向けた準備と心得
レアーレ門を抜ける前に、快適な散策のための準備をしておきましょう。この街は見た目の優雅さに反し、思いのほか体力を必要とします。
- 服装と靴: 最も重要なのは靴選びです。街の道は美しい石畳で覆われており、歩くと意外と足に負担がかかります。ハイヒールは避け、クッション性の高いスニーカーや歩き慣れたフラットサンダルがおすすめです。6月から9月にかけてのシチリアの強い日差しには帽子やサングラス、日焼け止めが欠かせません。暑い昼間は無理せずカフェで休憩したり、シエスタ(昼休み)を取ったりすることも賢い対策です。
- 持ち物: 水分補給は必須です。ペットボトルでもよいですが、環境を考えてマイボトルを持参するのも良いでしょう。美しい景観を写真に収めるためのカメラやスマートフォン、そして電池切れを防ぐモバイルバッテリーも忘れずに。
- 教会見学のマナー: ノートには多くの美しい教会があります。見学する際は、祈りの場としての神聖さに敬意を払いましょう。特に服装には注意が必要です。タンクトップやキャミソール、ショートパンツなど肌の露出が多い服装では入場できない場合があります。肩や膝を隠す服が望ましいですが、夏は難しいかもしれません。そんなときは薄手のストールやカーディガンをバッグに忍ばせておくと、さっと羽織ってスマートに入場できます。
準備が整ったら、ヴィットーリオ・エマヌエーレ通りを西へ向かって進みましょう。両側にはバロック様式の優雅な建物が連なり、まるで映画のセットの中を歩いているかのような感覚を味わえます。
サン・フランチェスコ教会とサン・サルヴァトーレ修道院
レアーレ門から数分歩くと、まず目に入るのは壮大な階段の上に堂々と構える「サン・フランチェスコ・アッスンタ教会(Chiesa di San Francesco d’Assisi all’Immacolata)」です。建築家ロザリオ・ガリアルディとヴィンチェンツォ・シナトリの共作とされるこの教会は、印象的な三部構成のファサード(正面意匠)が特徴です。
威厳ある階段を上りきると、ヴィットーリオ・エマヌエーレ通りの景観が一望できます。内部は白を基調とした漆喰の装飾が美しく、荘厳な雰囲気に包まれています。教会の隣にはかつてのベネディクト会修道院である「サン・サルヴァトーレ修道院(Monastero del Santissimo Salvatore)」が隣接しています。現在は神学校として使われている箇所もありますが、その優雅な鉄格子の窓や教会と調和した美しい建築が通り行く人々の目を惹きつけ続けています。この二つの建築が織りなす景色は、ノート・バロックの序章として、これから始まる建築の饗宴への期待を一層高めてくれるのです。
ノートの心臓部、ドゥオーモ広場

ヴィットーリオ・エマヌエーレ通りをさらに歩み進めると、視界が一気に広がり、この街で最も広大かつ美しい広場、「ドゥオーモ広場(Piazza del Municipio)」に到着します。ここはノートの中心地であり、街の象徴となる建築物が見事に調和した、息をのむほどの美しい場所です。広々とした階段に腰を下ろし、ゆったりと周囲を見渡してみましょう。夕日に照らされた蜂蜜色の石がまるで燃えているかのように輝く時間帯は、まさに格別の至福の瞬間です。
カテドラル(サン・ニコロ大聖堂)の壮麗な姿
広場の北側、長く続く階段の頂上にそびえるのが、ノートの象徴である「サン・ニコロ大聖堂(Cattedrale di San Nicolò)」です。その堂々たる姿は街のあらゆる場所から望むことができ、人々の信仰の拠り所となっています。フランスのネオクラシシズム(新古典主義)を取り入れたバロック様式のこの建物は、均整のとれた正面ファサードと左右対称に配された鐘楼が、重厚な威厳を醸し出しています。
しかしこのカテドラルは、悲劇の歴史を乗り越えてきた不屈のシンボルでもあります。1693年の大地震によって基礎部分が大きく損傷し、その後も幾度となく襲った地震で被害を受け続けました。さらには1996年3月13日、長年のダメージと構造的欠陥が重なり、クーポラ(円屋根)と身廊の一部が轟音とともに崩落するという衝撃的な出来事が起こりました。ノートの人々はもちろん、イタリア全土が深い悲しみに包まれましたが、決して諦めませんでした。世界中からの支援を受け、伝統的な技法と素材を用い、崩壊前の姿を忠実に再現する丁寧な修復作業が10年以上にわたり継続されました。そして2007年、カテドラルは再びその美しい姿を取り戻したのです。
内部に足を踏み入れると、その広大で明るい空間に圧倒されます。修復されたばかりの真っ白な壁と天井は清潔感にあふれ、ステンドグラスから差し込む光が穏やかに床を照らしています。崩落の悲劇を乗り越え、一層輝きを増して蘇ったこのカテドラルの姿は、17世紀の震災から復興を遂げたノートという街の歴史に重なり、訪れる人に深い感動をもたらすでしょう。
ドゥチェツィオ宮(市庁舎)と鏡の間
カテドラルの重厚な階段を挟んだ向かい側には、優雅なアーチが連なる荘厳な建物が建っています。ここがノート市の市庁舎として機能する「ドゥチェツィオ宮(Palazzo Ducezio)」です。シチリア先住民の王ドゥケティウスに因んで名付けられ、建築家ヴィンチェンツォ・シナトリによって設計されました。軽やかで洗練されたデザインは、カテドラルの重厚感と鮮やかなコントラストを生み出しています。
この宮殿を訪れた際には、ぜひ2階にある「鏡の間(Sala degli Specchi)」を見学してみてください。
- チケットの購入方法と共通券について: 鏡の間の入場券は通常、宮殿の1階入口で購入できます。料金は数ユーロ程度です。ノート市内では、複数の観光スポット(教会の鐘楼や美術館等)に入場できる共通チケット「Biglietto Unico」が販売されていることもあります。複数の施設を巡る予定がある場合は、ドゥオーモ広場近くにある観光案内所(Tourist Information)で共通券の種類や利用可能な施設について確認するのが効率的です。個別にチケットを買うよりお得になることが多いです。最新情報はノート市の公式サイトでもチェックできますが、自治体のウェブサイトは情報の更新が遅れることもあるため、現地の案内所で確認するのが確実です。
ルイ15世様式の華麗な装飾が施された「鏡の間」は、名前の通り壁一面に大きな鏡が設えられ、金色の漆喰装飾やフレスコ画で華やかに彩られています。鏡が空間を無限に引き延ばし、シャンデリアの光を乱反射させる様子は、まるでヴェルサイユ宮殿の一室に迷い込んだかのよう。かつて貴族たちが社交の夜会を開いたであろうこの部屋で、しばし華やかなバロックの世界に浸ってみてはいかがでしょうか。また、宮殿のバルコニーからは、目の前にそびえるカテドラルの全景を最良のアングルで写真に収めることができます。
サン・カルロ教会と鐘楼からの絶景
ドゥオーモ広場に面して建つもう一つの重要な教会が、「サン・カルロ・アル・コルソ教会(Chiesa di San Carlo al Corso)」です。建築家ロザリオ・ガリアルディの代表作とされ、その波打つような三層ファサードはバロック建築の躍動感を見事に表現しています。内部の楕円形の空間も独創性に富み、精緻な装飾が施されています。
しかし、この教会の真の見どころは、屋上テラスと鐘楼からの眺望にあります。
- 絶景スポットへのアクセス方法: 教会内から、狭くやや急な螺旋階段を登ると鐘楼のテラスへと出られます。ここへの入場は別途チケットが必要なことが多いですが、その価値は十分にあります。高所が苦手でなければ、ぜひ挑戦してみてください。床が滑りやすい場所もあるため、歩きやすい靴の着用をお勧めします。
テラスに立つと、眼下に広がる蜂蜜色の瓦屋根の街並み、その中心に威風堂々とそびえるカテドラルの姿が一望できます。ヴィットーリオ・エマヌエーレ通りがまっすぐ伸び、その先にはイオニア海の青い水平線が見渡せることもあります。特に夕暮れ時、街全体が黄金色に染まるマジックアワーの光景は圧巻で、言葉を失うほどの美しさです。この眺望を独り占めするひとときは、ノート訪問の中で最も心に残る特別な瞬間となるでしょう。
ニコラチ通りのカフェにて:忘れられない一杯とインフィオラータ

ノートの魅力は、壮大な広場や教会だけにとどまりません。メインストリートから一本脇道へ入ると、さらに深みのある芸術的な世界が広がっています。その代表が、ノートで最も美しい通りと評される「ニコラチ通り(Via Nicolaci)」です。
バロックの舞台、ニコラチ通り
ヴィットーリオ・エマヌエーレ通りから北へ向かう緩やかな坂道がニコラチ通りです。ここでひときわ注目されるのは、通りの名の由来ともなった「ニコラチ宮殿(Palazzo Nicolaci di Villadorata)」でしょう。18世紀に建造されたこの貴族の邸宅は、特にそのバルコニー装飾で世界的な評価を得ています。
バルコニーを支える鉄柵の持ち送り(ブラケット)には、奇妙でどこかユーモラスな彫刻がずらりと並びます。空想上のグリフォンや人魚、天使、馬に乗った子供、ライオン、そして髭面の男たちがそれぞれ表情豊かに刻まれ、どれも非常に精巧です。まるで彼らが通りを歩く私たちを200年以上にわたりじっと見守っているかのよう。このグロテスク(奇怪な人物や動植物を組み合わせた装飾)は、バロック芸術における遊び心とエネルギーの結晶とも言える傑作です。宮殿の内部も公開されており、当時の貴族たちの贅沢な生活の一端を垣間見ることができます。
カフェ・コスタンツォで過ごすひととき
その日はシチリアの強い日差しの中、石畳の道をかなり歩いて疲れていました。少し休もうと、ニコラチ通りの坂を登り切ってヴィットーリオ・エマヌエーレ通りに戻った角にあるカフェに、ふと足が向かいました。その店の名は「カフェ・コスタンツォ(Caffè Costanzo)」。華やかさは控えめながらも、地元の人々に長く愛されてきたと感じさせる落ち着いた雰囲気が漂っています。
店内に入ると、冷たい空気が火照った体を優しく包み込みました。ショーケースには、宝石のように美しいシチリア伝統菓子が並びます。私が選んだのは、夏のシチリアには欠かせない「グラニータ・ディ・マンドルラ(アーモンドのグラニータ)」と、温かな「ブリオッシュ・コン・トゥッポ」でした。
運ばれてきた真っ白なグラニータは、一口含むとアーモンドの豊かでクリーミーな香りが鼻に抜けます。人工的な甘さは一切なく、丁寧にすり潰された上質なアーモンドから生まれる自然で優しい甘味が特徴です。シャリシャリとした氷の粒が舌の上で溶けていく感覚はまさに至福の瞬間。さらに、このグラニータを、先端におへそ(トゥッポ)がついたふわふわのブリオッシュに浸して味わうのがシチリア流。温かいブリオッシュがひんやりとしたグラニータを吸い込むことで、口内に絶妙な温度差と食感のハーモニーが生まれます。これは単なるスイーツではなく、シチリアの太陽と大地の恵み、そして人々の知恵が込められた文化そのものなのです。
カフェの小さなテーブル席から窓の外を眺めると、先ほど歩いたニコラチ通りの入口が目に入ります。観光客たちが感嘆の声をあげながらニコラチ宮殿のバルコニーを見上げる一方で、地元の老人がゆったりと通りを横切る。そんな何気ない日常の光景が、絶品のグラニータと共に、私の旅の記憶に深く刻まれました。これこそが旅の醍醐味であり、ガイドブックには載らない、自分だけの特別な時間と味わいです。
花の絨毯、インフィオラータ
この静かで美しいニコラチ通りが、年に一度、色彩と熱気に包まれる日があります。それが毎年5月の第3日曜日に開催される「インフィオラータ(Infiorata di Noto)」です。
インフィオラータとはイタリア語で「花を敷き詰める」という意味。名前の通り、ニコラチ通りの坂道一帯が色鮮やかな花びらで描かれる巨大なキャンバスに変わります。地元のアーティストや市民たちが何十万もの花びらを使い、数日前から夜を徹して、その年のテーマに沿った壮麗な「花の絨毯」を創り上げます。宗教的なモチーフから現代アートまで多彩なデザインがあり、その壮大さと繊細さには圧倒されるばかりです。
- インフィオラータ訪問時のポイント:
- 開催日程の確認: この祭りを目当てに訪れるなら、開催日を事前に必ずチェックしましょう。ノート市の公式サイトや観光情報サイトで正確なスケジュールを確認することが大切です。
- 混雑と予約: 期間中、人口約2万5千人の小さな街に世界中から何十万人もの観光客が押し寄せます。ホテルやB&Bは1年近く前から満室になることが多く、航空券やレンタカーも含めて早めの計画と予約を強くおすすめします。
- 行動のヒント: 祭り期間中は中心街で交通規制が敷かれ、駐車場探しも困難です。公共交通機関を利用するか、市街地の外に車を停めて徒歩での移動が無難です。混雑が激しいためスリなどの軽犯罪にも注意し、貴重品は体の前で管理しましょう。比較的混雑が少ない早朝の訪問なら、落ち着いて花の絨毯を楽しめるかもしれません。
花の香りに包まれた通りを歩き、アーティストたちの情熱が込められた精妙な作品を間近で味わう体験は、きっと一生の思い出となるでしょう。
ノートの食文化とグルメスポット

シチリアを訪れる楽しみの半分は、その豊かな食文化にあります。ギリシャ、ローマ、アラブ、ノルマン、スペインなど、多様な文化が交錯してきた歴史が、この島の料理に独特の深みと多様性をもたらしています。ノートもまた、美食の宝庫として名高い場所です。
シチリアの甘美な魅力:グラニータとカンノーリ
先に触れたグラニータは、シチリアのドルチェ(スイーツ)を語る上で欠かせない存在です。ノートは特にアーモンド(Mandorla)の生産地として有名で、ここで味わうアーモンド・グラニータは格別です。さらに、濃厚なピスタチオ(Pistacchio)、爽やかなレモン(Limone)、芳醇なコーヒー(Caffè)など、様々な風味が楽しめます。
もう一つの代表的なドルチェが「カンノーロ(Cannolo)」。筒状に揚げた生地のサクサク感と、リコッタチーズをベースにした甘いクリームの組み合わせが魅力です。大切なのは、注文を受けてからクリームを詰める店を選ぶこと。作り置きのカンノーロは生地がクリームの水分を吸ってしまい、本来のサクサク感が失われてしまいます。ノートで最も有名なお菓子屋の一つ「Caffè Sicilia」は、伝統を守りながら革新的なドルチェを提供し、世界中の美食家を惹きつけています。
地元の味に触れるトラットリア体験
甘いものだけでなく、本格的なシチリア料理もぜひ味わってみてください。観光客向けのレストランも良いですが、少し路地に入って地元の人々で賑わう「トラットリア(大衆食堂)」を探すのがおすすめです。
シチリア料理は、新鮮な海の幸、太陽をたっぷり浴びた野菜、そして香り豊かなハーブをふんだんに使うのが特徴です。イワシとウイキョウを用いた「パスタ・コン・レ・サルデ」、揚げナスとトマトの煮込み「カポナータ」、メカジキのグリル「ペッシェ・スパーダ・アッラ・グリッリア」などは、ぜひ味わっていただきたい定番の一品です。
- レストランの予約と食事時間について:
- 人気のトラットリアは特に週末のディナータイムに混み合うため、予約をしておくのが賢明です。ホテルのフロントに手配を依頼するか、簡単なイタリア語で電話をかけてみましょう。例えば「Buonasera, vorrei prenotare un tavolo per due persone per stasera alle otto.(こんばんは、今夜8時に2名で予約したいのですが)」のようなフレーズを覚えておくと便利です。
- イタリアのディナータイムは日本より遅く、多くのレストランは19時半か20時頃から営業を始めます。早めに行くとまだ準備中の場合が多いのでご注意ください。
トラブルが起きた際の対処法
旅先では予期せぬ問題が生じることもありますが、落ち着いて対処すれば心配いりません。
- レストランでのトラブル: 注文したものと違う料理が運ばれてきた場合は、遠慮せずにウェイターに申し出ましょう。例えば「Scusi, ma non ho ordinato questo.(すみません、でもこれは注文していません)」とはっきり伝えれば、快く交換してもらえます。また、お会計で請求額が不自然に感じられた場合は、必ずレシート(il conto / lo scontrino)の明細を確認してください。
- 体調不良: 旅の疲れや慣れない食事で体調を崩すこともあります。そんな時は「Farmacia(薬局)」へ向かいましょう。緑の十字の看板が目印です。薬剤師に症状を伝えれば適切な薬を勧めてもらえます。頭痛や腹痛など簡単な症状をイタリア語や英語でメモしておくとスムーズです。緊急の場合は滞在先のホテルのフロントに相談するか、ヨーロッパ共通の緊急番号「112」に電話してください。
- 支払いのトラブル: 小規模な個人経営店ではクレジットカードが使えないこともあるため、いくらかの現金(ユーロ)を常に携帯しておくと安心です。
旅の思い出に:ノートで見つけるお土産

美しい街の思い出と共に、その土地ならではの特産品を日本へ持ち帰ることも旅の醍醐味のひとつです。ノートには、グルメな友人やセンスのよい家族が喜ぶ素敵なお土産が豊富に揃っています。
美食家向けのお土産
- アーモンド菓子: ノートの特産品であるアーモンドを使ったお菓子は、お土産の定番です。マジパンに似た「パスタ・ディ・マンドルラ」や、アーモンドを固めたヌガー「トッローネ」は日持ちも良く、おすすめです。専門店で美しくラッピングされた品を選びましょう。
- オリーブオイル: シチリアは高品質なオリーブオイルの産地でもあります。特にノート周辺のイブレイ山地で収穫されるオリーブから作られたオイルは、フルーティで香り豊かと評価されています。小規模生産者が手掛けるラベル(エティケッタ)が洒落たボトルを探してみるのも良いでしょう。
- ワイン: シチリアの代表的なブドウ品種「ネロ・ダーヴォラ」を使った赤ワインは力強くスパイシーな味わいで、肉料理にぴったりです。また、ノート周辺は甘口デザートワイン「モスカート・ディ・ノート」の産地でもあり、食後のドルチェと一緒に味わう甘美な一杯は最高の思い出になるでしょう。
手仕事の温もりあふれる伝統工芸品
- カラフルな陶器: シチリアの陶器(マヨルカ焼き)は鮮やかな色彩と独特のデザインが特徴です。中でも「テスタ・ディ・モーロ(ムーア人の頭)」と呼ばれる、男女の顔を模したエキゾチックな花瓶や置物はシチリアの象徴的な存在で、強い印象を与えます。
- リネン製品や木彫り細工: メインストリートから離れた小路には、職人が営む小さな工房(Bottega)が点在しています。手刺繍の施されたリネン製品や、温かみのある木彫りの小物など、大量生産品にはない一点ものに出会えるかもしれません。
お土産購入時の注意点
- ワインやオリーブオイルなどの液体は、機内持ち込み不可のため必ず預け荷物(スーツケース)に入れる必要があります。購入の際はお店のスタッフに割れないようにしっかり包装してもらえるか確認しましょう。不安な場合は、日本から緩衝材(プチプチなど)や厚手のタオルを持参すると安心です。
- 空港での免税手続き(タックスリファンド)を利用する場合、一店舗で一定額以上の買い物が条件となり、購入時にパスポートを提示して免税書類を作成してもらわなければなりません。手続きはやや手間がかかりますが、戻ってくる金額も大きいので、高額な買い物をする際には検討してみてください。
ノートへのアクセスと周辺情報

この美しいバロックの宝石箱へは、どのようにしてたどり着けばよいのでしょうか。アクセス方法と、ノートを拠点に訪れることのできる魅力的なスポットをご案内します。
ノートへのアクセス方法
日本からノートへの直行便は運航されていません。ローマやミラノなどのヨーロッパ主要都市を経由し、シチリア島東部の「カターニア・フォンターナロッサ空港(CTA)」へ向かうのが一般的なルートです。
- 空港からの移動手段:
- バス: カターニア空港からノートへは、長距離バスが最も便利かつ経済的です。Interbus社などが直行バスを運行しており、所要時間は約1時間半です。空港到着ロビーを出てすぐのバス乗り場より乗車でき、チケットはオンラインで事前購入するか、現地の券売所で購入可能です。
- レンタカー: ヴァル・ディ・ノートの他の町や美しいビーチも訪れたい場合は、レンタカーが最も自由度の高い移動手段としておすすめです。カターニア空港には主要なレンタカー会社のカウンターが揃っています。ただし、シチリアの道路は狭く運転マナーも独特なため、海外での運転に慣れている方に向いています。また、ノート中心部はZTL(Zona a Traffico Limitato)という交通規制区域に指定されており、許可のない車両は進入できません。ZTL区域外の駐車場に停めて、徒歩での観光となります。国際運転免許証の携帯もお忘れなく。
- 鉄道: ノートには鉄道駅がありますが、本数が限られ、街の中心からやや離れているため利用には不便です。近隣のシラクーサなどからの移動には使えますが、空港からのアクセスはバスの方が圧倒的に便利です。
周辺の見どころの街々
ノートに数日滞在する際は、ぜひ他の世界遺産都市にも足を運んでみてください。
- ラグーサ(Ragusa): 谷を挟み旧市街(イブラ地区)と新市街が向かい合う、ドラマティックな景観が魅力の街です。
- モーディカ(Modica): 谷底に広がる美しい街並みが特徴で、古代アステカの製法を受け継ぐザラザラとした食感が楽しめるチョコレートで有名です。
- シクリ(Scicli): 岩山に抱かれるように広がる、エレガントで美しいバロック様式の街並みが見どころです。
- シラクーサ(Siracusa): 古代ギリシャの植民都市として栄えた歴史的な街で、歴史好きにはたまらないスポット。海に浮かぶオルティージャ島の旧市街を散策するだけでも心が弾みます。
これらの町はそれぞれ独自の魅力を持ち、ノートとはまた異なる感動をもたらしてくれることでしょう。
黄金色の記憶を胸に、旅は続く

夕暮れどき、ノートの街は最高潮の美しさを迎えます。サン・カルロ教会の鐘楼やドゥチェツィオ宮のバルコニーから、黄金色に包まれる街並みを見つめていると、時間の流れを忘れてしまうほどです。蜂蜜色の石壁が柔らかな赤みを帯び、建物の彫刻が深い陰影を落としながら、街全体がまるで一つの生きた存在のように息づいているように感じられます。
この街の魅力は、ただ豪華で目を引くだけにとどまりません。その根底には、大きな災害を乗り越えた人々の祈りや希望、そして未来に向ける揺るぎない意志が流れているのです。石畳の一つ一つ、教会の柱の一本一本に、まるで彼らの魂が宿っているかのように思えます。
カフェで味わったグラニータの優しい甘味、ニコラチ宮殿のバルコニーから見上げた奇妙な表情をした彫刻、カテドラル前で遊ぶ子供たちの弾んだ笑い声。ノートの旅で五感を通じて得た記憶は、きっとあなたの心の中で、色あせることなく黄金色の宝石のように輝き続けるでしょう。
さあ、次はあなた自身がこのバロックの舞台を訪れる番です。旅の計画を立て、荷物を整え、奇跡の街が待つシチリアへと踏み出してみませんか。この街はきっと、あなたの想像をはるかに超える感動と、忘れがたい物語をもたらしてくれることでしょう。








