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    アパルトマンの窓から眺める日常。私のパリ、「暮らすように旅する」10日間の記録

    観光地を巡るスタンプラリーのような旅もいいけれど、もし次の休暇が少し長めに取れるなら、スーツケースひとつで「暮らし」に行きませんか。お気に入りのパン屋さんを見つけ、マルシェで買ったチーズとワインで食卓を飾り、公園のベンチで読みかけの本を開く。そんな、パリジェンヌの日常にそっと溶け込むような旅のスタイル。それは、ガイドブックには載っていない、あなただけのパリを見つけるための、最高に贅沢な時間。

    今回の旅の舞台は、花の都パリ。ホテルではなくアパルトマンの鍵を手に、私はこの街の住人になることにしました。この記事では、私が体験した「暮らすようなパリの旅」の準備から、日々のささやかな喜び、そして旅をより豊かにするためのヒントまで、余すところなくお伝えします。きらびやかな観光地だけではない、路地裏に息づくパリの本当の顔を、一緒に探しに行きましょう。

    目次

    パリの日常へ、最初の扉を開ける – アパルトマン選びという名の冒険

    「暮らす旅」の拠点選びは、旅の質を左右する最も重要なステップです。ホテルのドアマンに迎えられる安心感も素敵ですが、自分の鍵でアパルトマンの重い扉を開ける瞬間には、新しい人生のページをめくるかのような特別な高揚感があります。

    なぜホテルではなくアパルトマンを選ぶのか

    私がアパルトマンを選ぶ理由は、単に「泊まる」のではなく「暮らす」ことを重視しているからです。まず、キッチンがあることが大きな利点です。朝は焼きたてのクロワッサンと淹れたてのコーヒーでスタートし、夜はマルシェで手に入れた新鮮な食材で簡単にディナーを作る。外食ばかりでは胃も疲れてしまいますし、何より現地の食文化を身近に感じられます。

    それに空間の広さも魅力です。スーツケースを広げたままにできるリビング、ゆったりとくつろげるバスタブのある浴室、街の喧騒を眺められるダイニング。ホテルの一室では味わえない「我が家」のような安らぎが旅の疲れを優しく癒してくれます。運が良ければ、美しい中庭やパリならではの屋根裏部屋(天井の梁が見えることも!)に出会うこともあるでしょう。

    心のコンパスが示す、エリア選びのポイント

    パリは地区(Arrondissement)ごとにまったく異なる顔を持っています。住む場所によってパリでの生活は大きく変わるため、代表的なエリアの特徴をいくつかご紹介します。

    マレ地区(3区、4区)

    石畳の小径や隠れ家のような中庭、最先端のセレクトショップと歴史的建築が共存するマレ地区。ファッションやアート好きにはたまらない場所です。ヴォージュ広場の回廊を散策し、ピカソ美術館で感性を刺激し、夜は若者で賑わうバーで過ごす。毎日が刺激的でクリエイティブな日々が待っています。ただし人気エリアのため家賃はやや高め。建物は古いものが多く、エレベーターがない物件もあるので荷物の量を考慮して選びましょう。

    サンジェルマン・デ・プレ地区(6区)

    セーヌ川の左岸に位置し、過去にはサルトルやボーヴォワールなど文化人が集った知的なエリアです。老舗カフェ「レ・ドゥ・マゴ」や「カフェ・ド・フロール」が今なお歴史を語り継いでいます。美しい書店や画廊、高級ブランドの店舗が立ち並び、落ち着いた大人の雰囲気に満ちています。リュクサンブール公園も至近で、朝の散歩や読書に最適な環境です。ここでアパルトマンを借りれば、まるでパリの文化史の一部になった気分を味わえます。

    モンマルトル(18区)

    サクレ・クール寺院が丘の上から街を見渡す、芸術家たちに愛されたエリア。テルトル広場には今も多くの画家が集い、石畳の坂道やツタに覆われた家々はどこを切り取っても絵になる風景です。観光地として賑わう一方、一歩路地に入れば静かな住宅街が広がり、パリの下町情緒を感じることができます。丘の上のアパルトマンからは息をのむようなパリのパノラマも望めます。ただし坂道が多いため、体力は必須です。

    運河沿いと東部エリア(10区、11区)

    よりリアルなパリの暮らしに触れたいなら、サン・マルタン運河沿いの10区やバスティーユ広場の東に広がる11区がおすすめです。流行に敏感な若者が集うこのエリアには個性的なビストロやおしゃれなカフェ、ヴィンテージショップが点在し、運河沿いの散歩や水辺のカフェでのんびり人間観察も楽しめます。観光客が少なく、よりディープなパリ体験を望む人にぴったりの場所です。

    アパルトマンを選ぶ際は、予約サイトのレビューをじっくり読み込むことが重要です。写真では分からないシャワーの水圧や暖房の効き具合、周辺の騒音など、実際に滞在した人のリアルな声は貴重な情報源となります。私は特に窓からの眺め、キッチン用品の充実度、そしてホストの評価を重視して選びました。今回選んだのはマレ地区の古い建物の4階。きしむ螺旋階段を登るのは少し大変でしたが、窓を開ければ向かいのアパルトマンの窓辺に置かれたゼラニウムが目に入り、庭からは人々の楽しげな会話が聞こえてきます。そのすべてが私のパリでの「日常」となりました。

    朝の光と焼きたてのパン – パリジェンヌの1日はブーランジェリーから始まる

    パリで迎える朝は、教会の鐘の音と遠くから聞こえる街のざわめきで始まります。カーテンを開けると、柔らかな陽光が部屋に差し込み、新しい一日が幕を開けたことを知らせてくれます。ホテルの朝ならレストランへ向かうところですが、アパルトマンの朝はもっと能動的でワクワクする瞬間からスタートします。それは、近所のブーランジェリー(パン屋)へ焼きたてのパンを買いに出かけることです。

    パジャマの上にコートを軽く羽織っただけの地元の人々に混じりながら、列に並びます。ガラスケースの中には、黄金色に輝くクロワッサンやチョコレートが覗くパン・オ・ショコラ、そしてパリを象徴するバゲットが並んでいます。バターの香ばしい焦げる匂いが店内に広がり、それだけで幸せな気持ちに包まれます。

    「Bonjour. Une baguette tradition, s’il vous plaît.(こんにちは。バゲット・トラディションを一本お願いします)」

    少し勇気を出してフランス語で注文すると、マダムはにっこり笑顔を見せ、まだ温かいバゲットを紙袋に入れてくれます。このささやかなやり取りが、旅人の気持ちを住人へと変えてくれる魔法のようです。バゲットには一般的なものと「Tradition(トラディション)」があります。トラディションは法律で定められた伝統的な製法によって作られ、添加物を一切使用していません。外はカリっと、中はもっちりとした食感で、小麦の風味が格別です。ぜひ食べ比べてみてください。

    アパルトマンに戻り、キッチンのテーブルで朝食の準備をします。買ってきたバゲットの端(le quignon ル・キニョンと呼ばれます)をちぎって、そのまま味わうのがパリっ子のスタイル。その香ばしさと食感は、歩きながら食べる価値のある美味しさです。あとはスーパーで買ったバターとジャム、そしてフルーツにカフェオレがあれば、完璧なパリの朝食が完成します。

    窓の外の景色を眺めながらゆったりと時間をかけて朝食をとる。それは観光の予定に追われることなく、ただ「今この瞬間」を味わう贅沢。このような何気ない朝のひとときこそ、パリに暮らすように旅をする醍醐味が詰まっているのかもしれません。

    色彩のパレットを買いに行く – マルシェで紡ぐ、パリの食卓

    アパルトマンのキッチンを最大限に活かすために欠かせないのが、マルシェ(市場)での買い物です。スーパーマーケットも便利ではありますが、マルシェはパリの食文化が凝縮された、生き生きとした劇場のような場所。色とりどりの野菜や果物、ずらりと並ぶチーズ、生産者の顔が見えるシャルキュトリー(加工肉)。その光景を眺めるだけで心が弾みます。

    パリでは地区ごとに曜日を決めてマルシェが開催されます。私がよく訪れたのは、バスティーユ広場で行われる大規模な「マルシェ・バスティーユ」と、オーガニック製品で知られる「マルシェ・ラスパイユ」です。公式サイトなどで[パリのマルシェ](https://parisjetaime.com/jp/shopping/marches-parisiens-p3525)の開催日時や場所を調べて、滞在先の近くのマルシェを訪れてみてください。

    マルシェは五感で楽しむスポット

    マルシェに足を踏み入れると、音、色、香りが一斉に押し寄せてきます。威勢の良い八百屋さんの呼び声、チーズの濃厚な香り、ハーブの爽やかな匂い、そして太陽の光を浴びて輝く旬の食材の数々。季節ごとに並ぶものが変わるのもマルシェの醍醐味です。春には白アスパラガスやいちご、夏はトマトやズッキーニ、秋にはきのこや洋梨が店先を彩ります。

    買い物のポイントは、遠慮せずに店の方と会話を楽しむこと。「C’est pour manger aujourd’hui.(今日食べる用です)」と言えば、ちょうど食べ頃の果物を選んでくれますし、チーズ屋さん(フロマジュリー)では好みを伝えると、おすすめのチーズをいくつか試食させてくれます。「Un peu plus doux(もう少しマイルドなもの)」「Un peu plus fort(もう少し個性的なもの)」といった簡単な表現で充分。指差しと笑顔があれば、気持ちはしっかり伝わります。

    私が特に夢中になったのは、フロマジュリーでのチーズ選びです。コンテ、ロックフォール、カマンベール、シェーヴル(ヤギのチーズ)…。種類の多さには驚かされますが、店の人におすすめを聞きつつ少しずつ試していくうちに、自分の好みが見えてくるのが面白いところ。日本では高価なチーズでも、パリでは驚くほど手頃な価格で手に入ります。

    アパルトマンで開く気軽な晩餐会

    マルシェで手に入れた宝物を持ち帰り、アパルトマンへ。その日のディナーは、買ってきた食材だけで作るシンプルなごちそうです。

    例えば、次のようなメニューはいかがでしょうか。

    • 色とりどりの葉野菜に甘いトマトやラディッシュを加えたサラダ。オリーブオイルと塩、ヴィネガーで和えるだけで十分。
    • 数種類のチーズとシャルキュトリー(生ハムやサラミ)、バゲットを木製プレートに盛り付けたチーズプレート。
    • 旬のフルーツはそのまま籠に盛り付けるだけで、素敵なデザートに。
    • 忘れてはならないのがワイン。マルシェ近くには必ずワイン屋(カーヴ)があり、今日の料理に合う1本を相談しながら選ぶ時間もまた楽しいものです。

    自分で選んだ食材でつくる食事は、高級レストランにも引けを取らない特別な味わいがあります。パリの夜景を窓越しに眺めながら、ゆったりワイングラスを傾ける。そんな一夜があるだけで、旅の思い出はぐっと深まることでしょう。

    美術館は”散歩”の目的地 – ルーティンにしたいアートとの付き合い方

    芸術の都パリには、無数の美術館が点在しています。しかし、もし暮らすように旅をするなら、一日にいくつもの美術館を慌ただしく駆け巡るのはもったいない話です。お気に入りのカフェに通う感覚や、公園を散歩するように、美術館を日常のリズムの一部に取り入れてみてはいかがでしょうか。

    ミュージアムパスという心強いパートナー

    長期滞在で複数の美術館を訪れるなら、「[パリ・ミュージアムパス](https://www.parismuseumpass.fr/t-ja/accueil)」が欠かせません。このパスがあれば、ルーヴルやオルセーなどの主要な美術館や博物館に、チケット購入の長い列をスキップして優先入場できます(セキュリティチェックの列は並ぶ必要があります)。「元を取らなきゃ」とプレッシャーを感じる必要はありません。このパスは、気軽に30分だけお気に入りの作品に会いに行くという贅沢を叶える魔法のチケットなのです。

    定番美術館の「地元民流」楽しみ方

    • ルーヴル美術館: 全てを見尽くそうとすると途方に暮れるほど広大です。だからこそ、今日は「イタリア絵画の階をゆったり歩く日」、明日は「古代エジプト美術に深く浸る日」と、訪れるテーマを絞るのが良いでしょう。お気に入りの作品の前でじっくり時間を過ごし、疲れたらナポレオン・ホールの下にあるカフェでひと休み。巨大な美術館を自分だけの庭のように楽しむ感覚を味わえます。
    • オルセー美術館: 駅舎を改装した壮麗な建物。印象派のコレクションは何度訪れても心をとらえて離しません。特におすすめは、最上階の大時計の裏側から見える眺望。セーヌ川や対岸のチュイルリー公園が一望できる絶好のフォトスポットであり、くつろぎの場でもあります。光溢れるモネやルノワールの作品を楽しんだ後は、カフェでエスプレッソを一杯。理想的な午後の過ごし方です。
    • ポンピドゥー・センター: 配管むき出しが特徴的な個性的建築は現代アートの殿堂。常設展も魅力的ですが、新鮮な企画展が頻繁に開催されているため、滞在中に何度訪れても新たな発見が尽きません。最上階の展望回廊からのパリの景色は圧巻で、特に夕暮れ時はエッフェル塔やモンマルトルの丘がオレンジ色に染まるのを心ゆくまで眺められます。

    静かなひとときを楽しむ、小さな宝石のような美術館

    喧騒を離れ、ゆったりとアートと対話したい日に訪れたいのが、パリの街中に点在する個性溢れる小さな美術館です。

    • マルモッタン・モネ美術館: ブローニュの森のそば、静かな住宅街にたたずむ美術館は、世界最大のモネのコレクションを誇ります。特に、印象派の名前の由来となった『印象、日の出』や晩年の『睡蓮』シリーズは必見です。地下展示室に足を踏み入れた瞬間、モネが表現した光と水の世界に包まれるような体験は、ここでしか味わえません。
    • ロダン美術館: 『考える人』や『地獄の門』で知られる彫刻家ロダンのアトリエ兼邸宅がそのまま美術館となっています。最大の魅力は手入れの行き届いた美しい庭園。バラが咲き乱れる庭の中で、ロダンの彫刻が点在し、まるで宝探しのような感覚で作品と出会えます。木陰のベンチに腰掛け、生命力にあふれた彫刻と静かに向き合う時間は、かけがえのない安らぎのひとときです。
    • ピカソ美術館: マレ地区の美しい貴族の館を改装したこの美術館では、ピカソの膨大な作品を年代順にたどりながら、その芸術の変遷を感じられます。絵画のみならず彫刻や陶器など様々な分野での才能に改めて驚かされるでしょう。マレ地区の散策と組み合わせて訪れるのに最適なスポットです。

    美術館は単にアートを鑑賞する場ではありません。併設のカフェでランチを楽しんだり、ミュージアムショップで素敵なポストカードを探したり、庭園のベンチで読書をしたり。美術館自体をパリでの暮らしを彩る「居場所」として捉えることで、旅はより深く味わい豊かなものになります。

    公園のベンチは特等席 – 何もしない贅沢を知るパリの午後

    パリの街を歩いていると、人々がどれほど公園を大切にし、日常生活の欠かせない場所として利用しているかに気づかされます。パリの公園は単なる緑地ではなく、社交の場であり、思索の時間を過ごす場所であり、何よりも「何もしない」という贅沢を堪能するための特別な空間なのです。

    アパルトマンでの暮らしに慣れてきたら、お気に入りの本と飲み物を携えて、近所の公園へ出かけてみましょう。緑色の鉄製の椅子は早い者勝ちの特等席で、好きな場所に自由に移動させて自分だけの空間を作るのがパリ流の楽しみ方です。

    それぞれの公園に息づく独自の物語

    • リュクサンブール公園(6区): 「パリで最も美しい公園」と称される、セーヌ川左岸の憩いのオアシス。広大な敷地内には美しい花壇やマロニエの並木道が広がり、中央には大きな池があります。人々は池の周囲に置かれた椅子に座り語らったり、日光浴を楽しんだり、子どもたちは昔ながらの小型ヨットを浮かべて遊びます。どこか優雅で時間がゆったりと流れる空気を感じる場所で、私もここで何時間も読書をしたり、ただ人々の様子を眺めたりして過ごしました。
    • チュイルリー公園(1区): ルーヴル美術館とコンコルド広場を結ぶ壮大なフランス式庭園で、幾何学的に配された木々や池がまるで絵画のような美しさを誇ります。観光客も多い一方で、地元の人々はジョギングをしたりランチタイムを楽しんだりと、それぞれのスタイルで活用しています。ルーヴルでアートを堪能した後、ここを散策して頭をリフレッシュさせるのが私のお気に入りのコースでした。
    • ビュット・ショーモン公園(19区): パリの北東部に位置し、地元の人々に愛される広大な公園です。中心部の公園とは異なり起伏に富んだ地形が特徴で、断崖絶壁や滝、吊り橋があり、丘の上には古代ローマの神殿を模した「シビル寺院」が建っています。ここからの眺めは圧巻で、ピクニックシートを広げランチを楽しむ家族連れや、芝生の上でヨガをする若者たちの姿は、観光地では味わえない生きたパリの日常を映し出しています。
    • ヴォージュ広場(4区): マレ地区の中心に位置し、ルイ13世が築いたパリ最古の広場です。赤レンガの建物に囲まれた四方が完璧な正方形を成し、その中心には美しい公園が広がっています。回廊にはギャラリーやカフェが軒を連ね、洗練された空気が漂います。芝生に寝そべって空を眺めると、まるで歴史的な絵画の中に迷い込んだような感覚に浸れます。

    公園でのピクニックは、暮らす旅における忘れがたいハイライトの一つです。ブーランジェリーで買ったサンドイッチに、マルシェで手に入れたチーズやオリーブ、そして小瓶のワインがあれば、それだけで世界一贅沢なレストランになります。木漏れ日の下、そよぐ風を感じながら過ごす午後は、きっと心に残る素敵な思い出となるでしょう。

    カフェのテラスで世界を眺める – 私だけの定点観測

    パリの街はまるで巨大な劇場のようであり、その舞台を見渡すカフェのテラス席は格別な桟敷席と言えます。一杯のコーヒーを注文するだけで、私たちはこの劇場の観客となるのです。

    パリのカフェ文化は、ただ飲み物を味わう場所にとどまりません。待ち合わせの場であり、熱い議論の場であり、創作のインスピレーションを得る場所でもあります。そして、ひとり静かに思索にふけるための大切なパーソナルスペースでもあるのです。

    カフェでのマナーと楽しみ方

    カフェに入る際は、まずウェイター(ギャルソン)に軽く挨拶をして、席へ案内してもらうか、空いている席に自由に座ります。パリの醍醐味は、テラス席で通り過ぎる人々を眺めること。注文はギャルソンが来るまで待ちます。もし急ぎの時は、カウンター(コントワール)で立ち飲みをするのがスマートです。こちらは少し値段も抑えられます。

    • 朝のひととき: 一日のスタートには、カウンターでエスプレッソを一口(「Un café, s’il vous plaît.」と注文)。新聞を広げるムッシュの隣で、パリの目覚めを肌で感じられます。
    • 昼下がり: 散歩で疲れたら、カフェ・クレーム(カフェオレ)を味わいながら、旅の記録を手帳に書き留めたり、絵はがきをしたためたり。このゆったりとした時間が旅の質を一層高めてくれます。
    • 夕方のアペロ: ディナーの前に軽く一杯楽しむのがアペリティフ、通称「アペロ」の時間。キール(白ワインにカシスリキュールを加えたもの)やパスティス(アニス風味のリキュール)を手に、友人と語らう人々でテラスは活気づきます。

    お気に入りのカフェを見つけるのも、旅暮らしの楽しみのひとつ。毎日同じカフェに通ううちに、ギャルソンが顔を覚えて「いつもの?」とウィンクしてくれるかもしれません。そうした小さな交流が、異国の街を「自分の街」と感じさせてくれるのです。

    サンジェルマン・デ・プレにある「カフェ・ド・フロール」のような歴史的名店で、かつての文豪たちの面影に思いを馳せるのも素敵ですし、マレ地区や11区に点在するサードウェーブコーヒースタンドで、こだわりの一杯を味わうのも現代パリの醍醐味です。何より重要なのは、自分が心地よく過ごせる場所を見つけること。そこが、あなたにとってのパリの定点観測スポットとなるでしょう。

    夜のパリ、もう一つの顔 – 観劇とビストロとセーヌの月

    日が沈み、街がガス灯の柔らかな明かりに包まれると、パリはまったく異なる表情を見せ始めます。観光客向けの華やかなショーも魅力的ですが、暮らすように過ごす夜には、もっと地に足のついた文化的な楽しみ方を探してみてはいかがでしょうか。

    オペラ座の感動を、もっと身近に感じる

    黄金に輝くシャガールの天井画で有名なオペラ・ガルニエ。その豪華絢爛な空間に足を踏み入れるだけで、特別な気持ちにさせられます。ここでは、毎晩のようにバレエやオペラの公演が行われています。チケットは事前にオンラインで予約するのが確実ですが、場合によっては当日券(開演直前に割引で販売されることも)も出ることがあります。少しおしゃれをして、芸術の殿堂で過ごす夜は忘れがたい思い出となるでしょう。モダンな建築様式のオペラ・バスティーユとあわせて、滞在中の演目をぜひチェックしてみてください。

    ネオ・ビストロで味わう、最先端のパリ料理

    パリの食文化で今、最も注目されているのが「ネオ・ビストロ」です。伝統的なビストロ料理の温かみを残しつつも、現代的な感性や技術を取り入れた新しいスタイルのレストランです。シェフの個性が光る独創的な料理を手頃な価格で楽しめるのが魅力です。人気店は予約が必要ですが、カウンター席であればふらりと立ち寄れることもあります。旬の食材をたっぷり使った、その日だけのおすすめメニュー(プラ・デュ・ジュール)を、ギャルソンのおすすめする自然派ワインとともに味わう。まさに、パリの美食家たちが夜を過ごす理想のスタイルです。

    究極の贅沢、夜のセーヌ川散歩

    ディナーで満たされたお腹を抱え、少し遠回りをしてセーヌ川沿いを歩きながらアパルトマンへ帰るのが、私のささやかな楽しみでした。ライトアップされた橋、川面に映る街の明かり、そして夜空に浮かぶ月。観光船の喧騒も遠くに聞こえ、静けさとロマンチックな雰囲気が漂います。特に、ポン・デ・ザール(芸術橋)から望むシテ島のシルエットや、アレクサンドル3世橋の華麗な装飾は、夜景の中でいっそう輝きを増します。特別なことは何もせず、ただパリの美しい夜景の中を歩くだけで、心が満たされていくのを感じられるはずです。

    パリジェンヌの目線で街を歩く – 安全に、そしてスマートに旅するために

    パリは世界屈指の美しい都市である一方、残念ながら軽犯罪が多発しているのも事実です。特に観光客は狙われやすいため、自分の身は自分で守るという意識が非常に重要です。女性の一人旅ならなおさら気をつける必要があります。しかし、過剰に恐れる必要はなく、少しの知識と注意を払えばリスクを大幅に減らすことが可能です。ここでは、私が実際に行っていた安全対策や、街になじむためのコツをお伝えします。

    スリや置き引きから身を守るための基本ルール

    パリで最も多い犯罪はスリや置き引きで、犯人たちは非常に巧妙な手口を使うプロ集団です。一瞬の油断を狙ってきます。

    • バッグは常に体の前で管理する: リュックサックを背負う行為は非常に危険です。人混みでは必ず胸の前に抱えるようにしましょう。ショルダーバッグやトートバッグも同様に、開口部を腕でしっかり押さえつつ体の前で持つのが安心です。ファスナーや蓋がきちんと閉まるデザインのバッグを選択するのがおすすめです。
    • メトロ内での警戒: 混雑したメトロ車内、特にドア付近はスリの多発スポットです。ドアの閉まるタイミングでバッグをひったくられることもあります。貴重品が入ったバッグはドアと反対側の手で持つか、しっかりと抱え込むようにしましょう。
    • カフェのテラス席での注意点: スマートフォンをテーブルの上に置きっぱなしにするのは控えましょう。会話に夢中になっている隙に、さっと盗まれてしまう恐れがあります。バッグは椅子の背もたれにかけるのではなく、必ず膝の上か足の間に置くようにしてください。
    • 署名を求めるグループやミサンガ売りへの対応: ルーヴル美術館周辺やモンマルトルなどで、署名を求める人たちに遭遇することがあります。これは注意をそらして金品を盗もうとする手口なので、目を合わせずに「No, merci!」とはっきり断り、その場を離れましょう。腕にミサンガを無理やり巻き付けて高額な料金を請求するケースもありますから、「Non!」と強く拒否する態度が大切です。
    • 貴重品は分散して持つ: パスポート、現金、クレジットカードなどをすべて一つの財布にまとめるのは危険です。現金は複数の場所に分け、クレジットカードも予備を別の場所に保管しましょう。パスポートの原本はアパートの安全な場所に置き、コピーやスマートフォンに撮った写真を携帯するのが賢明です。

    これらのポイントは、[在フランス日本国大使館の安全ガイド](https://www.fr.emb-japan.go.jp/itpr_ja/anzen.html)でも詳しく説明されています。渡航前には最新情報の確認を忘れないようにしましょう。

    街に溶け込むファッションのコツ

    安全対策として効果的なのが、いかにも「観光客」とわかる服装を避けることです。パリの女性はシンプルでシックなスタイルを好み、上質な素材のベーシックなアイテムを自分らしく着こなしています。派手なブランドロゴが目立つ服やバッグは避け、黒・紺・グレー・ベージュなど落ち着いた色合いを中心にコーディネートを組むと、街並みに自然に溶け込めます。

    また、特に重要なのが靴選びです。パリは石畳の道が多く、歩くことがとにかく多い街。デザインも大事ですが、履き慣れた歩きやすいフラットシューズやスニーカーは必須アイテムです。ヒールで足元がおぼつかない状態では、ターゲットにされやすくなってしまいます。快適な靴で颯爽と歩くことこそ、パリの街をスマートに楽しむための第一歩です。

    日常から少しだけ足を延ばして – パリ郊外への小旅行

    パリでの生活に慣れてきたら、RER(高速郊外鉄道)を使って少し足を伸ばしてみませんか。パリから日帰りで訪れることができる魅力的なスポットが多数あります。都会の喧騒を離れ、フランスのまた異なる顔を知る絶好のチャンスです。

    • ヴェルサイユ: 誰もが知る名所ですが、長期滞在ならではの楽しみ方があります。それは、混雑する宮殿の内部を避けて、広大な庭園だけをゆったりと満喫すること。マリー・アントワネットが愛した「プチ・トリアノン」や「王妃の村里」まで足を伸ばせば、宮殿の華やかさとは対照的な、穏やかで愛らしい風景が広がっています。庭園の運河でボートを漕いだり、木陰でピクニックを楽しんだり。時間を気にせず、王族の庭を独り占めする贅沢さを味わってみてください。
    • フォンテーヌブロー: パリから電車で約40分の場所にある歴代の王たちに愛されたフォンテーヌブロー城と、その周囲に広がる壮大な森が自慢の街です。ヴェルサイユほど混雑しておらず、ゆっくり城内を見学できます。ナポレオンが退位の際に挨拶をしたことで知られる馬蹄形の階段は必見です。見学のあとは、ぜひ広大な森の散策へ。果てしなく続く森の中を歩けば、心身ともにリフレッシュできるでしょう。
    • ジヴェルニー: 印象派の大家、クロード・モネが晩年を過ごし数多くの傑作を生んだ地です。モネがこだわって作り上げた庭園は、春から秋にかけて色とりどりの花々で彩られます。特に、彼の名作『睡蓮』のモチーフとなった睡蓮の池や日本風の太鼓橋は、まるで絵画の世界に迷い込んだかのような美しさを誇ります。花が咲き誇る季節に訪れたい、まさに夢のようなスポットです。
    • サン=ジェルマン=アン=レー: RER A線の終点で、パリ中心部から約30分の場所に位置する落ち着いたシックな街です。ルイ14世がヴェルサイユに移るまで住んでいたサン=ジェルマン城(現在は国立考古学博物館)があり、その裏手に広がるル・ノートル設計の庭園からの眺めは抜群です。観光客が少なく、ゆったりとした時間を過ごしたい時におすすめの場所です。

    パリを拠点にしているからこそ、これらの小旅行はより気軽に、そしてより深く味わえます。日帰りから帰ってアパルトマンのドアを開けた時、「ああ、自分の家に帰ってきた」と感じられたら、あなたの「暮らす旅」は成功と言っていいでしょう。

    旅の終わりは、次の旅の始まり

    アパルトマンの鍵をホストに返す朝、スーツケースは出発時より少し重くなっていました。マルシェで手に入れた塩や、蚤の市で見つけたアンティークのカップ、美術館で買ったポストカードが詰まっています。でも、実際に増えたのは目に見えない、心の中に大切にしまわれたパリの日常の欠片たちでした。

    焼きたてのバゲットの香り。公園のベンチのひんやりとした感触。カフェのギャルソンの少しぶっきらぼうな優しさ。メトロのホームで響くアコーディオンの音色。窓越しに見えた、向かい側のアパルトマンの灯りある暮らし。

    暮らすように旅をすることで、私はパリという都市を、ただの観光地の点と点としてではなく、そこで日々を営む人々の温かい生活の場として感じることができました。それはまるで、私の心の中にもう一つの「帰る場所」ができたかのような感覚でした。

    今回の旅で得た最も貴重な宝物は、特定の観光名所の記憶ではありません。異国の街角で、自分だけの心地よいリズムを見つけ、日常の一部を組み立てていくことができたという、小さな自信と喜びなのです。

    この記事を読んでくださったあなたにも、次の旅では少し勇気を出して、ホテルの予約サイトではなくアパルトマンのページを開いてみてはいかがでしょうか。そして、自分だけのブーランジェリーを見つけ、公園のベンチに腰を下ろし、カフェのテラスから世界を眺めてみてください。

    旅の終わりには、いつも少しの寂しさが伴います。しかし、パリの日常が心の奥深くに刻まれた今、この旅は終わりではなく、またこの街へ「帰ってくる」ための、新しい始まりだと私は信じています。スーツケースに日常を詰めて、新たな旅へと出かけましょう。

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    この記事を書いたトラベルライター

    アパレル企業で培ったセンスを活かして、ヨーロッパの街角を歩き回っています。初めての海外旅行でも安心できるよう、ちょっとお洒落で実用的な旅のヒントをお届け。アートとファッション好きな方、一緒に旅しましょう!

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