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プラハだけじゃない!チェコの隠れた宝石、学生と歴史が交差する街ブルノ完全ガイド

プラハの喧騒を離れ、チェコのもう一つの顔に触れてみませんか。ボヘミア地方の華やかな首都プラハに対し、東に位置するモラヴィア地方。その心臓部であり、チェコ第2の都市が、今回ご紹介する「ブルノ」です。多くの旅行者が見過ごしがちなこの街には、訪れる者を虜にする奥深い魅力が眠っています。

学生が闊歩する若々しいエネルギーと、何世紀にもわたる歴史が刻まれた重厚な石畳。世界遺産に登録されたモダン建築の傑作があれば、地下にはヨーロッパ最大級の納骨堂が静かに広がる。そんな光と影、新しさと古さが絶妙に溶け合うコントラストこそ、ブルノが放つ独特のオーラなのです。

この記事では、旅サイトのプロライターである私が、ブルノの魅力を余すところなくお伝えします。定番の観光スポットから、少し勇気のいるダークな名所、地元民に愛されるカフェや絶品グルメまで、あなたの知らないブルノのすべてを巡る旅へとご案内しましょう。さあ、チェコの新たな扉を開く準備はできましたか?

目次

ブルノってどんな街? – モラヴィア地方の心臓部

ブルノの旅を始める前に、まずはこの街が持つ個性について少しだけ触れておきましょう。ブルノは、プラハから電車やバスで約2時間半、オーストリアのウィーンやスロバキアのブラチスラヴァからもほど近い、中欧の交通の要衝に位置しています。古くからモラヴィア地方の政治・文化の中心地として栄え、現在もその首都としての誇りを静かに湛えています。

この街の最も大きな特徴は、「学生の街」であること。チェコ最古の大学の一つであるマサリク大学をはじめ、数多くの大学や研究機関が集まっており、街の人口の約2割を学生が占めるとも言われています。そのため、旧市街の歴史的な街並みの中にも、モダンでスタイリッシュなカフェやバー、個性的なショップが点在し、街全体に若々しく自由な空気が流れているのです。日中は歴史散策を楽しみ、夜は活気あるパブで地ビールに舌鼓を打つ。そんな過ごし方ができるのもブルノならでは。

プラハが「百塔の街」として世界中から観光客を集める、いわば表舞台のスターだとすれば、ブルノは実力派の舞台俳優のような存在かもしれません。派手さはないけれど、知れば知るほどその演技の深みに引き込まれていく。観光客でごった返すことも少なく、自分のペースでじっくりと街と向き合うことができる。そんな落ち着いた雰囲気が、旅慣れた人々の心を掴んで離さないのです。さあ、その舞台の幕を開け、ブルノという物語の世界へ足を踏み入れていきましょう。

ブルノの歴史を歩く – 旧市街の見どころ

ブルノの魅力は、そのコンパクトな旧市街に凝縮されています。石畳の道を歩けば、次から次へと歴史の証人たちが姿を現します。まずは、街の心臓部である旧市街を散策し、ブルノが紡いできた物語に耳を傾けてみましょう。

自由広場 (Náměstí Svobody) – 街の中心で時を感じる

ブルノの旅は、この自由広場から始まるのが常です。三角形のユニークな形をしたこの広場は、中世から街の中心として機能し、多くの歴史的な出来事の舞台となってきました。かつては「下の市場」と呼ばれ、人々が集い、情報を交換し、時には祝祭や処刑が行われた場所。広場を囲むように立つ壮麗な建物群は、ルネサンス、バロック、アールヌーヴォーと、様々な時代の建築様式が混在し、さながら「建築の野外博物館」のようです。

広場を歩いていると、ひときわ異彩を放つ黒いオブジェが目に飛び込んでくるでしょう。高さ6メートル、花崗岩でできたこの物体は、2010年に設置された天文時計です。しかし、その形状から地元民や観光客からは親しみを込めて(あるいは揶揄を込めて)様々な愛称で呼ばれています。最も有名なのが「ブルノのアストロノミカル・クロック(天文時計)」をもじった、少々下品な呼び名。その形は弾丸をモチーフにしているとされ、1645年の三十年戦争時、スウェーデン軍による包囲から街を救った出来事を記念しています。

この時計、実は時刻を読み解くのが非常に困難。一応、上部のガラス部分が回転し、溝と印で時刻を示す仕組みなのですが、初見で理解できる人はまずいないでしょう。しかし、この時計にはもう一つ、面白い仕掛けがあります。毎日午前11時になると、時計のどこかにある複数の穴の一つから、ガラス玉が一つだけ転がり落ちてくるのです。これは、前述のスウェーデン軍包囲網の際、ブルノの鐘が正午ではなく11時に鳴らされたという伝説にちなんだもの。このガラス玉を手に入れようと、11時前になると多くの人が時計の周りに集まり、手を穴に差し込んで待ち構える光景は、ブルノ名物の一つとなっています。幸運にも手に入れられれば、最高の旅の記念になること間違いなしです。

旧市庁舎 (Stará radnice) – ドラゴンと車輪の伝説

自由広場から少し南へ歩くと、ブルノで最も古い世俗建築物である旧市庁舎が見えてきます。13世紀にその歴史が始まり、増改築を繰り返しながら、1935年まで市庁舎として機能していました。ゴシック様式のアーチが美しい入口は、後期ゴシックの巨匠アントン・ピルグラムによって手掛けられたもの。よく見ると、中央の尖塔飾りがぐにゃりと曲がっているのが分かります。これには、市が約束した報酬を支払わなかったため、ピルグラムが意趣返しにわざと曲げたのだという逸話が残されています。

この旧市庁舎を訪れたなら、絶対に見ておきたいものが二つあります。それは、通路の天井から吊るされた二つの奇妙なオブジェ、「ブルノのドラゴン」と「車輪」です。

まず「ブルノのドラゴン」。ワニの剥製なのですが、なぜこれがドラゴンとして飾られているのでしょうか。伝説によれば、その昔、ブルノの街を恐ろしいドラゴンが襲い、人々を苦しめていました。多くの騎士が退治に挑むも、ことごとく失敗。そんな中、一人の肉屋の徒弟が名乗りを上げ、ある奇策を思いつきます。彼は牛の皮に消石灰をたっぷりと詰め込み、それを川辺に置きました。ドラゴンがそれを丸呑みすると、体内の水分と反応した消石灰が熱を発し、ドラゴンは内側から破裂してしまった、というお話です。この伝説のドラゴンが、実は旅人が持ち込んだワニだったのではないか、というのがもっぱらの噂。真偽はともかく、このユーモラスな伝説はブルノ市民に深く愛されています。

もう一つの「車輪」にも、興味深い伝説が残っています。南モラヴィアのレドニツェに住む車輪職人、イジー・ビルク。ある日、彼は仲間との賭けで「日の出から日没までに木を切り倒し、車輪を一つ作り上げ、それを50km離れたブルノの市庁舎まで転がしていく」と宣言します。誰もが不可能だと笑う中、彼は見事にそれをやり遂げました。しかし、人々はその偉業を称えるどころか、「悪魔の力を借りたに違いない」と噂し、彼の作った車輪を買う者はいなくなってしまったのです。彼は失意のうちに亡くなったと言われますが、その不屈の精神と職人技の証として、この車輪は今も市庁舎に飾られています。

旧市庁舎の塔は、展望台として登ることも可能です。63メートルの高さから見下ろすブルノの街並みは格別。赤い屋根が連なる旧市街、その向こうに聳える聖ペテロ聖パウロ大聖堂やシュピルベルク城が一望できます。伝説に思いを馳せながら、眼下に広がる美しい景色を堪能する時間は、忘れられない思い出となるでしょう。

聖ペテロ聖パウロ大聖堂 (Katedrála sv. Petra a Pavla) – ペトロフの丘に聳えるゴシックの傑作

旧市街の南、ペトロフの丘の上に天を突くように聳え立つ二本の尖塔。それが、聖ペテロ聖パウロ大聖堂です。ブルノの街のどこからでもその姿を望むことができる、まさに街のシンボル。チェコの10コルナ硬貨の裏面に描かれていることからも、その重要性がうかがえます。

元々は11世紀から12世紀にかけてロマネスク様式の聖堂として建てられましたが、その後ゴシック様式で再建され、18世紀にはバロック様式に改築。そして20世紀初頭に、現在のネオ・ゴシック様式の荘厳な姿となりました。内部に足を踏み入れると、色鮮やかなステンドグラスから差し込む光が幻想的な空間を創り出しています。主祭壇や説教壇の精緻な彫刻も見事ですが、特に印象的なのは、その静謐な空気感。プラハの聖ヴィート大聖堂のような圧倒的な華やかさとは異なり、どこか心落ち着く祈りの空間が広がっています。

この大聖堂にも、ブルノならではの面白い伝説が残されています。それは「正午を告げる11時の鐘」。天文時計の逸話と同じく、1645年の三十年戦争時の出来事に由来します。スウェーデン軍の猛攻にさらされていたブルノの街。司令官は「もし正午までに街を陥落させられなければ、包囲を解いて撤退する」と宣言していました。これを知ったブルノ市民は、一計を案じます。正午まであと1時間というところで、大聖堂の鐘を正午の合図として鳴らしたのです。これを本物の正午の鐘だと信じたスウェーデン軍は、約束通り撤退。ブルノの街は奇跡的に守られました。この故事を記念して、以来この大聖堂の鐘は、毎日午前11時に正午を告げる12回の鐘を鳴らし続けているのです。ブルノを訪れた際は、ぜひ11時にペトロフの丘で、この勝利の鐘の音に耳を澄ませてみてください。

キャベツ市場 (Zelný trh) – 活気あふれる市民の台所

自由広場が街の「応接間」だとすれば、このキャベツ市場は「台所」と呼ぶべき場所でしょう。その名の通り、中世から続く歴史ある市場で、今も毎日、新鮮な野菜や果物、色とりどりの花、チーズやはちみつなどを売る露店がずらりと並びます。スーパーマーケットが主流となった現代でも、地元の人々が日常的に買い物に訪れるこの場所は、ブルノ市民の活気と生活の匂いを肌で感じられる貴重な空間です。

広場の中央には、17世紀に作られた壮麗なバロック様式の「パルナスの噴水」が鎮座しています。ギリシャ神話のパルナッソス山をモチーフにした彫刻が施され、市場の喧騒の中に涼やかなアクセントを加えています。また、広場の片隅には、ディートリヒシュタイン宮殿(現在はモラヴィア博物館)や、レドゥタ劇場といった歴史的建造物も顔を揃えています。

しかし、このキャベ-ツ市場の本当の面白さは、その「地下」に隠されています。広場の下には、中世に作られた地下室や通路が迷路のように張り巡らされており、「キャベツ市場の地下迷宮(Labyrint pod Zelným trhem)」として一般公開されているのです。かつては食料品やワインの貯蔵庫、あるいは戦乱時の避難場所として使われていました。ひんやりとした薄暗い通路を歩けば、錬金術師の実験室やワインセラー、さらには拷問部屋などが再現されており、中世ブルノの裏の顔を垣間見ることができます。地上のにぎやかな市場と、地下の静かでミステリアスな空間。その対比をぜひ体験してみてください。

ちょっとユニーク? ブルノのダークツーリズム

華やかな歴史の表舞台だけでなく、ブルノには人間の生と死に深く向き合う、少しダークでユニークな観光スポットが存在します。これらは決して怖いもの見たさの場所ではありません。むしろ、静寂の中で自らと向き合い、歴史の重みを感じることができる、ブル海外ではこうした場所を巡る旅を「ダークツーリズム」と呼び、近年注目を集めています。勇気を出して、ブルノのもう一つの顔を覗いてみましょう。

納骨堂 (Kostnice u sv. Jakuba) – ヨーロッパ第2の規模を誇る静寂の空間

旧市街の中心、聖ヤコブ教会の地下に、その場所は静かに存在します。ここは、パリのカタコンブに次いでヨーロッパで2番目の規模を誇る納骨堂(オッスアリウム)。ペストやコレラといった疫病、そして三十年戦争などで亡くなった、実に5万人以上の人々の骨が眠っています。

この納骨堂は、2001年に教会の前の広場を調査中に偶然発見されました。長年忘れ去られていたこの空間は、丁寧に整備され、2012年から一般公開されています。地下へ続く階段を下りていくと、ひんやりとした空気が肌を撫で、外界の喧騒が嘘のような静寂が支配する世界が広がります。

そこに広がるのは、ただ無造作に骨が積まれている光景ではありません。頭蓋骨や大腿骨は、柱や壁、装飾的なオブジェとして、まるでアートのように整然と、そして美しく配置されています。薄暗い照明に照らされた無数の骨々は、不気味さよりもむしろ、荘厳さや一種の神聖ささえ感じさせます。死が誰にでも平等に訪れるという厳然たる事実を、静かに、しかし力強く語りかけてくるようです。ここは、死を悼み、生の意味を問い直すための瞑想的な空間なのです。見学ルートはそれほど長くありませんが、心に深く刻まれる強烈な体験となることは間違いないでしょう。

カプツィン会修道院地下聖堂 (Kapucínská hrobka) – 時が止まったミイラたち

キャベツ市場のすぐ近くにあるカプツィン会修道院。その地下聖堂には、さらに衝撃的な光景が待っています。ここに安置されているのは、骨ではなく、衣服をまとったままの「ミイラ」です。

17世紀から18世紀にかけて、この修道院の修道士や、修道院に多額の寄付をした貴族たちがここに埋葬されました。この地下聖堂の特殊な地質と、巧みに設計された換気システムが生み出す乾燥した空気が、遺体の腐敗を防ぎ、自然にミイラ化させたのです。ガラスケースなどもなく、文字通り「むき出し」の状態で安置されたミイラたちの姿は、あまりにも生々しく、訪れる者に強烈なインパクトを与えます。

床に直接横たえられた修道士たちのミイラ。彼らは質素な修道服をまとい、両手を胸の上で組み、まるで眠っているかのような穏やかな表情を浮かべています。その安らかな姿は、死への恐怖を和らげ、信仰に生きた人々の静かな終焉を物語っているかのようです。

一方、貴族たちは豪華な衣装を身にまとったまま、棺に納められています。その中でもひときわ有名なのが、オーストリアの女帝マリア・テレジアの軍で活躍したフランティシェク・バロン・トレンクのミイラです。波乱万丈の人生を送った彼は、遺言により首を切り落とされてここに埋葬されました。彼のミイラは、他の遺体とは別の場所に、頭部と胴体が離れた状態で安置されており、その数奇な運命を今に伝えています。時が止まったかのようなこの空間で、生前の姿を色濃く残す人々を前にすると、私たちは人間の儚さと、歴史という時間の流れについて、深く考えさせられることでしょう。

シュピルベルク城 (Hrad Špilberk) – 要塞から牢獄、そして博物館へ

ブルノの街を見下ろす丘の上に堂々とそびえるシュピルベルク城。その歴史は、栄光と悲劇が交錯する、まさにブルノの縮図のようなものです。13世紀にボヘミア王の城として建設された当初は、華やかな王宮であり、モラヴィア地方の支配の拠点でした。しかし、時代が下るにつれてその役割は変化し、17世紀には堅固なバロック様式の要塞へと姿を変えます。

そして18世紀、ハプスブルク君主国時代になると、この城は帝国内で最も恐れられる政治犯用の監獄となります。「諸国民の牢獄」という異名を持ち、帝国の支配に反抗したイタリア、ポーランド、ハンガリーなどの愛国者たちが、この城の暗い地下牢「カゼマート」に投獄されました。

現在、このカゼマートは見学することが可能で、シュピルベルク城の最も重要な見どころの一つとなっています。ひんやりと湿った石造りの通路を歩き、囚人たちが押し込められた独房を覗き込むと、当時の過酷な状況が肌で感じられるようです。光も届かず、希望も見えない暗闇の中で、彼らは何を思ったのでしょうか。拷問器具の展示もあり、その暗黒の歴史から目を背けることはできません。

しかし、シュピルベルク城の物語は暗いだけでは終わりません。牢獄としての役目を終えた後、城はブルノ市立博物館となり、街の歴史や文化を伝える重要な拠点として生まれ変わりました。城内では、ブルノの歴史に関する常設展や、美術品の企画展などが開催されています。そして、城壁の上からは、ブルノの街並みを360度見渡す絶景が広がっています。牢獄の暗い過去と、博物館としての明るい現在。そして眼下に広がる美しい街並み。この城を訪れることは、ブルノという街が持つ多層的な歴史を体感する、最高の機会となるでしょう。

ブルノのモダン建築と文化に触れる

ブルノは、歴史的な街並みだけでなく、20世紀のモダンな文化が花開いた街でもあります。特に建築とカフェ文化においては、チェコ国内でも際立った存在感を放っています。古き良きものと、新しく洗練されたもの。その両方を楽しめるのがブルノの懐の深さです。

トゥーゲントハット邸 (Vila Tugendhat) – 機能主義建築の最高傑作

ブルノを語る上で絶対に外すことができないのが、この「トゥーゲントハット邸」です。2001年にユネスコ世界遺産に登録されたこの邸宅は、近代建築の三大巨匠の一人、ドイツの建築家ミース・ファン・デル・ローエが設計しました。1930年に完成したこの建物は、「Less is more(より少ないことは、より豊かなことである)」という彼の哲学を完璧に体現した、機能主義建築の金字塔とされています。

裕福なユダヤ人実業家、フリッツ・トゥーゲントハット夫妻の依頼で建てられたこの邸宅の魅力は、その革新的な空間構成にあります。鉄骨フレームを用いることで壁の制約から解放され、広大なガラス窓が室内と庭園を一体化させています。特にリビングエリアは圧巻で、壁で仕切られることなく、書斎、リビング、ダイニングが緩やかにつながる巨大なオープンプランとなっています。床から天井まで届く大きな窓は、電動で床下に完全に収納することができ、開け放つとまるで屋外にいるかのような開放感を味わえます。

内装に使われている素材も超一流。リビングエリアを緩やかに仕切る、縞模様が美しい半透明のオニキスの壁は、夕日を浴びると燃えるように輝き、息をのむほどの美しさです。マカッサル・エボニー(黒檀)を使った円形のダイニングスペースの壁や、ミース自身がデザインした「バルセロナ・チェア」「ブルノ・チェア」といった家具も、空間全体の調和を見事に高めています。

しかし、この美しい邸宅の歴史は平穏なものではありませんでした。ナチスの台頭により、トゥーゲントハット一家は亡命を余儀なくされ、邸宅はゲシュタポに接収されます。戦後はソ連軍の兵舎として使われ、一時は荒廃しました。そして、歴史の皮肉か、この邸宅は1992年にチェコスロバキアが平和的に分離独立(ビロード離婚)する際の、両国首相による調印の舞台となったのです。

トゥーゲントハット邸の見学は、その希少性と保存状態の維持のため、完全予約制となっています。数ヶ月先まで予約が埋まっていることも珍しくないため、ブルノへの旅行が決まったら、真っ先に公式サイトで予約状況を確認することをお勧めします。近代建築の傑作としてだけでなく、20世紀ヨーロッパの激動の歴史の証人として、この邸宅は訪れる者に静かに、しかし雄弁に語りかけてくるでしょう。

ブルノで味わうカフェ文化 – 伝統とモダンが交差する憩いの場

オーストリア・ハンガリー帝国の影響を色濃く受けたブルノは、ウィーンにも負けない豊かなカフェ文化が根付いています。かつては芸術家や知識人たちが集う社交場であった伝統的なカフェから、学生たちで賑わうスタイリッシュでモダンなカフェまで、その選択肢は実に多彩。「学生の街」であることも、新しいカフェが次々とオープンする土壌となっているのでしょう。ブルノの街歩きに疲れたら、ぜひお気に入りのカフェを見つけて、ゆったりとした時間を過ごしてみてください。

  • SKØG Urban Hub: まるで北欧のデザインホテルのような、洗練されたインダストリアルな内装が魅力のカフェ。自家焙煎のスペシャルティコーヒーは絶品で、コーヒー好きなら一度は訪れたい場所です。昼はカフェ、夜はバーとして営業しており、クラフトビールやカクテルも楽しめます。若者たちで常に賑わっており、ブルノの「今」を感じることができるスポットです。
  • Café Pilát: 聖ペテロ聖パウロ大聖堂のすぐ麓、ペトロフの丘の斜面にひっそりと佇む隠れ家のようなカフェ。緑に囲まれたテラス席からの眺めは素晴らしく、静かでロマンチックな雰囲気を楽しめます。手作りのケーキや軽食も美味しく、喧騒から離れてほっと一息つきたい時に最適の場所です。
  • Kafec Brněnský: 朝食やブランチにぴったりのカフェ。特にワッフルが有名で、甘いデザート系から、ベーコンや卵を乗せた食事系のものまで、種類が豊富です。店内はアットホームで居心地が良く、地元の人々にも愛されています。美味しいコーヒーと共に、ボリューム満点の朝食で一日をスタートさせるのも良いでしょう。
  • V Melounovém cukru: キャベツ市場の近くにある、可愛らしい内装のパティスリー&カフェ。ショーケースに並んだ美しいケーキは、どれも食べるのがもったいないほど。見た目だけでなく味も本格的で、甘いもの好きにはたまりません。ショッピングの合間の休憩に立ち寄るのにぴったりです。

これらのカフェはほんの一例にすぎません。ブルノの街を歩けば、きっとあなたの心に響く一軒が見つかるはずです。ガイドブックには載っていないような小さなカフェにふらりと立ち寄ってみるのも、旅の醍醐味と言えるでしょう。

ブルノの食を堪能する – モラヴィア料理と地ビール

旅の楽しみといえば、やはりその土地ならではの食事。ブルノが位置するモラヴィア地方は、肥沃な土地に恵まれ、美味しい食材の宝庫です。伝統的なチェコ料理はもちろん、この地方ならではの味覚や、何よりも素晴らしいビールがあなたを待っています。

モラヴィア地方の郷土料理

チェコ料理と聞くと、肉とクネドリーキ(蒸しパン)を思い浮かべる方が多いでしょう。ブルノでも、もちろん定番のチェコ料理を味わうことができます。

  • スヴィーチコヴァー (Svíčková na smetaně): 牛肉のローストに、根菜とクリームを煮込んで作った濃厚なソースをかけた、チェコを代表する料理。ホイップクリームとクランベリージャムを添えるのが特徴で、甘酸っぱさとクリーミーなソースが絶妙にマッチします。
  • グラーシュ (Guláš): もともとはハンガリーの料理ですが、チェコ風にアレンジされたグラーシュも定番です。パプリカを効かせた牛肉のシチューで、本場ハンガリーのものよりとろみが強く、クネドリーキやパンと一緒にいただきます。ビールとの相性は抜群です。
  • ヴェプショ・クネドロ・ゼロ (Vepřo-knedlo-zelo): ローストポーク、クネドリーキ、そしてザワークラウト(酢漬けキャベツ)の煮込みを盛り合わせた、チェコの家庭料理の王道。豚肉の旨味、クネドリーキの素朴な味わい、そしてザワークラウトの酸味が三位一体となった、満足度の高い一皿です。

ブルノを訪れたなら、ぜひ地元の食材を使った料理を提供するレストランに足を運んでみてください。例えば「Stopkova Plzeňská Pivnice」は、古き良きビアホールの雰囲気の中で伝統的なチェコ料理が楽しめる名店。また「Pegas」は、自家製の地ビールと共に美味しい料理が味わえるホテル兼レストランで、地元民にも観光客にも人気があります。

地ビール天国ブルノ – ビールの都を味わい尽くす

チェコが世界一のビール消費国であることは有名ですが、ブルノもまた、ビールの都として名高い場所です。この街を代表するビールといえば、何と言っても「Starobrno(スタロブルノ)」。14世紀から続く醸造の歴史を持つこのビールは、ブルノ市民の誇りであり、街の至る所で飲むことができます。すっきりとした喉ごしと豊かなホップの香りが特徴で、どんな料理にもよく合います。

しかし、ブルノのビールの魅力はスタロブルノだけにとどまりません。近年はマイクロブルワリー(小規模醸造所)がブームとなっており、個性豊かなクラフトビールを味わえるパブが急増しています。前述の「Pegas」もその一つで、併設された醸造所で作られる新鮮なビールは格別です。また、「Pivnice U Třech čertů」のように、様々な種類の地ビールを取り揃えたビアパブを巡るのも楽しいでしょう。

ビールのお供には、「ナクラーダニー・ヘルメリーン(Nakládaný hermelín)」をぜひお試しください。カマンベールのようなチーズを、オイルとスパイス、ニンニク、玉ねぎなどと一緒に漬け込んだもので、ビールが進むこと間違いなしの絶品おつまみです。ブルノの夜は、活気あふれるパブで、地元の人々に混じって美味しいビールと料理に舌鼓を打つ、そんな過ごし方が最高に似合います。

ブルノからの小旅行 – モラヴィアの自然と歴史を訪ねて

ブルノを拠点にすれば、モラヴィア地方が誇る素晴らしい景勝地へも気軽に足を延ばすことができます。街の喧騒から離れ、雄大な自然や壮麗な宮殿を訪ねる日帰り旅行は、あなたのチェコ旅行をさらに豊かなものにしてくれるでしょう。

モラヴィア・カルストとマツォハ鍾乳洞

ブルノの北東約30kmに広がる「モラヴィア・カルスト」は、チェコで最も重要かつ広大なカルスト地形で、1100以上もの鍾乳洞や峡谷が点在しています。その中でもハイライトと言えるのが、「プンクヴァ鍾乳洞」と、それに隣接する「マツォハ深淵」です。

プンクヴァ鍾乳洞の見学は、前半が徒歩、後半がボートというユニークな構成になっています。まず徒歩で鍾乳洞の内部へ進むと、何万年もの歳月をかけて創り出された、巨大な石筍や石柱が織りなす幻想的な世界が広がります。ライトアップされた鍾乳石は、まるで地下宮殿のよう。そして、ツアーのクライマックスは、地底を流れるプンクヴァ川をボートで進むクルーズです。ひんやりとした空気の中、頭上すれすれの岩を避けながら暗い水路を進んでいく体験は、スリル満点のアドベンチャーそのものです。

ボートが最後にたどり着くのが、「マツォハ深淵」。鍾乳洞の天井が崩落してできた、深さ138メートルの巨大な縦穴です。ボートから見上げる空と、切り立った崖の緑のコントラストは、畏敬の念を抱かせるほどに荘厳な光景。この世のものとは思えない神秘的な美しさに、きっと言葉を失うことでしょう。ブルノから手軽に行ける、地球の神秘を体感できる貴重な場所です。

レドニツェ=ヴァルチツェの文化的景観

ブルノから南へ約50km、オーストリアとの国境近くに、もう一つのユネスコ世界遺産「レドニツェ=ヴァルチツェの文化的景観」が広がっています。ここは、かつてこの地を支配したリヒテンシュタイン家が、何世紀にもわたって築き上げた、ヨーロッパ最大級の人工景観です。

その中心となるのが、ネオ・ゴシック様式の壮麗な「レドニツェ城」と、バロック様式の堂々たる「ヴァルチツェ城」。これら二つの城を結ぶ広大なエリアには、英国式の美しい庭園、ロマンチックな池、そしてミナレット(イスラム風の尖塔)や凱旋門、ローマ水道橋を模した建造物などが点在しており、さながらおとぎ話の世界のようです。「ヨーロッパの庭」と称されるその景観は、一日かけても見て回れないほどの広大さと美しさを誇ります。

このエリアを散策するなら、レンタサイクルを利用するのがおすすめです。よく整備されたサイクリングロードを走りながら、点在する見どころを巡る時間は、格別の心地よさ。特に、レドニツェ城の庭園内にあるミナレットの上からの眺めは必見です。リヒテンシュタイン家の絶大な富と権力、そして美意識が生み出したこの壮大な文化的景観は、ブルノからの小旅行先として、最高の選択肢の一つと言えるでしょう。

ブルノ観光の実用情報

最後に、ブルノを旅するための実用的な情報をお伝えします。スムーズで快適な旅のために、ぜひ参考にしてください。

ブルノへのアクセス

  • プラハから: 鉄道(České dráhy)またはバス(RegioJet, Flixbusなど)が頻繁に運行しています。所要時間はどちらも約2時間半。料金はバスの方が安い傾向にありますが、快適さや時間の正確さでは鉄道に軍配が上がります。
  • ウィーンから: こちらも鉄道(ÖBB Railjet)またはバスが便利です。所要時間は約1時間半と非常に近く、日帰り旅行も可能です。
  • ブラチスラヴァから: 所要時間は約1時間半。ウィーンと合わせて、中欧3都市周遊のルートに組み込むのも良いでしょう。
  • 市内の交通: 旧市街の見どころは、ほとんどが徒歩で回れる範囲にあります。シュピルベルク城やトゥーゲントハット邸など、少し離れた場所へ行く際は、トラム(路面電車)やバスが非常に便利です。券売機やアプリでチケットを購入し、乗車時に刻印機で打刻するのを忘れずに。

旅のヒント

  • おすすめの滞在日数: ブルノの主要な見どころをじっくり巡るなら、最低でも丸2日は欲しいところです。モラヴィア・カルストやレドニツェ=ヴァルチツェへの小旅行を計画に含めるなら、3〜4泊するのが理想的でしょう。
  • ブルノパス (BRNOPAS): 1日から3日間の期間で利用できる観光カード。市内の公共交通機関が乗り放題になるほか、多くの観光施設の入場料が無料または割引になります。シュピルベルク城や納骨堂、旧市庁舎の塔なども対象に含まれているため、効率よく観光したい方には非常にお得です。
  • ベストシーズン: 過ごしやすい気候の春(5〜6月)と秋(9〜10月)がおすすめです。夏(7〜8月)も観光には良いですが、日差しが強く、観光客も増えます。冬は寒さが厳しいですが、クリスマスマーケットが開かれる12月は、街がイルミネーションで彩られ、幻想的な雰囲気を楽しむことができます。
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この記事を書いたトラベルライター

SimVoyage編集部は、世界を旅しながら現地の暮らしや食文化を体感し、スマホひとつで快適に旅する術を研究する旅のプロ集団です。今が旬の情報から穴場スポットまで、読者の「次の一歩」を後押しするリアルで役立つ記事をお届けします。

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