かつて広大な帝国を支配したハプスブルク家の栄華が、今なお街の隅々にまで息づくオーストリアの首都、ウィーン。重厚な歴史が刻まれた石畳の道を歩けば、モーツァルトやベートーヴェンが奏でた優雅なメロディが聞こえてくるかのようです。世界最高峰のオペラやコンサートに心を震わせ、クリムトやシーレの傑作に魂を揺さぶられる。そして、歩き疲れたなら、シャンデリアが煌めくカフェで、甘美なザッハートルテと香り高いコーヒーに癒されるひととき。
ウィーンは、ただ美しいだけの街ではありません。そこには、何世紀にもわたって培われた豊かな文化と、訪れる人々を温かく包み込むような奥深い魅力が満ち溢れています。帝都としての威厳と、芸術を愛する人々の情熱、そして日々の暮らしを大切にするウィーン子の気質が絶妙に溶け合い、唯一無二の雰囲気を醸し出しているのです。
このガイドでは、そんなウィーンの魅力を余すところなくお伝えします。壮麗な宮殿や教会から、活気あふれる市場、心安らぐカフェまで。あなたの旅が、忘れられない思い出となるように、プロの視点で徹底的にナビゲートしていきましょう。さあ、音楽と芸術が薫る帝都への扉を、一緒に開いてみませんか。
まずは押さえておきたいウィーン旅の基本
壮大な旅を始める前に、知っておくと便利な基本情報をチェックしましょう。アクセス方法から市内の交通、旅のベストシーズンまで、スムーズなウィーン滞在のための準備を整えます。
日本からウィーンへの翼
現在、日本からウィーンへの直行便は、季節や航空会社のスケジュールによって運航状況が変動します。全日空(ANA)が成田または羽田から運航している場合がありますが、最新の情報を必ず航空会社の公式サイトで確認してください。
直行便がない場合でも、ヨーロッパの主要都市(フランクフルト、ミュンヘン、ヘルシンキ、イスタンブールなど)を経由して、同日中にウィーンへ到着することが可能です。乗り継ぎ時間を含めて、所要時間は約14時間から17時間ほど。経由地でのちょっとした休憩も、旅の楽しみの一つと捉えてみてはいかがでしょうか。
ウィーン国際空港(VIE)に到着したら、市内中心部へのアクセスは非常に便利です。
- シティ・エアポート・トレイン(CAT)
最速で市内中心部のウィーン・ミッテ駅へ向かうなら、この緑色の車体が目印の特急列車がおすすめです。所要時間はわずか16分。ノンストップで快適に移動できます。料金は他の交通機関に比べて高めですが、時間を有効に使いたい方には最適です。
- オーストリア連邦鉄道(ÖBB)レールジェット
CATと同じくウィーン・ミッテ駅やウィーン中央駅へ向かいますが、途中いくつかの駅に停車します。所要時間は少し長くなりますが、料金はCATより安価。ウィーン市内の公共交通機関のチケットと組み合わせて利用することも可能です。
- Sバーン(S7号線)
最も経済的な鉄道での移動手段です。各駅に停車するため時間はかかりますが(ウィーン・ミッテ駅まで約25分)、ウィーン市内の交通チケットがそのまま使えるため、コストを抑えたい旅行者には嬉しい選択肢です。
- 空港バス(Vienna Airport Lines)
ウィーン中央駅、西駅、またはドナウ川沿いのエリアなど、市内の主要な拠点へ直接アクセスできる便利なバスです。大きな荷物があっても乗り降りが楽なのが利点です。
帝都を駆け巡る市内の交通網
ウィーン市内の観光スポットは、その多くが旧市街(1区)とその周辺に集中していますが、シェーンブルン宮殿やベルヴェデーレ宮殿など、少し離れた場所へも足を延ばすことになります。そこで活躍するのが、非常に発達した公共交通機関「ウィーナー・リニエン(Wiener Linien)」です。
- Uバーン(地下鉄)
色分けされた路線で市内を網羅する、最も速く便利な移動手段です。主要な観光スポットのほとんどはUバーンの駅の近くにあります。
- シュトラーセンバーン(トラム)
赤い車体が目印の路面電車。特に、旧市街をぐるりと囲む環状道路「リングシュトラーセ」を走るトラムは、車窓から壮麗な建物を眺めながら移動できるため、それ自体が観光体験の一部となります。
- バス
Uバーンやトラムが通らない細かなエリアをカバーしています。特に夜間はナイトラインが運行しており、深夜の移動にも便利です。
これらの公共交通機関を利用するには、チケットの購入が必要です。券売機やタバコ屋(Tabak-Trafik)、または公式アプリ「WienMobil」で購入できます。
- シングルチケット(Einzelfahrschein)
一方向の移動に1回限り有効なチケット。乗り換えは可能ですが、進行方向を変えたり、中断したりすることはできません。
- 24時間券・48時間券・72時間券
刻印(打刻)した時間から、それぞれ24時間、48時間、72時間、市内の公共交通機関が乗り放題になる便利なチケットです。滞在日数に合わせて選ぶのがおすすめ。ウィーンをアクティブに観光するなら、必須アイテムと言えるでしょう。
- ウィークリーパス(Wochenkarte)
月曜日の午前0時から翌週の月曜日の午前9時まで有効なチケット。週の初めから滞在する場合には非常に経済的です。
チケットを購入したら、乗車前に必ず駅の入り口や車内にある青い刻印機(Entwerter)で打刻するのを忘れないようにしましょう。打刻がないと、検札時に高額な罰金を科される可能性があります。
ウィーンが最も輝く季節は?
ウィーンは四季折々の美しさを見せてくれる街ですが、訪れる目的によってベストシーズンは異なります。
- 春(4月~6月)
街中の公園や庭園が花々で彩られ、心地よい気候の中で散策を楽しむには最高の季節です。復活祭(イースター)の時期には、可愛らしいマーケットが開かれ、街全体が華やかな雰囲気に包まれます。
- 夏(7月~8月)
日照時間が長く、夜遅くまで観光を楽しめます。市庁舎前広場では音楽フィルムフェスティバルが開催され、屋外でオペラやコンサートの映像を無料で楽しむことができます。ただし、気温が30度を超える日も多く、日差し対策は必須です。
- 秋(9月~10月)
猛暑が和らぎ、過ごしやすい気候になります。ウィーンの森が美しく色づき始め、ワインの新酒を祝う「ホイリゲ」の季節でもあります。落ち着いた雰囲気の中で芸術鑑賞や街歩きを楽しみたい方におすすめです。
- 冬(11月~3月)
寒さは厳しいですが、この季節ならではの魅力があります。11月中旬からクリスマスにかけて、市内の広場は美しいクリスマスマーケットで埋め尽くされ、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのよう。グリューワイン(ホットワイン)を片手に、イルミネーションに彩られた街を歩くのは格別です。また、冬はオペラやコンサートのシーズン本番。舞踏会(バル)シーズンも始まり、ウィーンが最も華やぐ季節でもあります。
服装については、夏でも朝晩は冷え込むことがあるため、羽織れるものを一枚持っていくと安心です。冬は石畳からの冷えが体にこたえるため、厚手の靴下や滑りにくい防寒仕様の靴、そして帽子、手袋、マフラーは必須アイテムです。
リングシュトラーセの内側へ – 帝都の中心を歩く
ウィーン観光の心臓部、それは旧市街を取り囲む環状道路「リングシュトラーセ」の内側、1区と呼ばれるエリアです。ハプスブルク家の権力の中心であったこの場所には、今もなお歴史の重みを感じさせる壮大な建築物がひしめき合っています。さあ、ウィーンの歴史が凝縮されたこのエリアを、ゆっくりと歩いてみましょう。
ウィーンの魂、シュテファン大聖堂
ウィーンの街のどこからでもその尖塔を望むことができる、まさに街のシンボル。それがシュテファン大聖堂です。ゴシック様式の傑作として知られ、その荘厳な姿は見る者を圧倒します。
まず注目したいのは、約23万枚もの色鮮やかな瓦で見事に装飾されたモザイク模様の屋根。ハプスブルク家の双頭の鷲の紋章が描かれており、帝国の象徴としての誇りを感じさせます。
一歩中へ足を踏み入れると、高い天井から差し込む光がステンドグラスを通り抜け、幻想的な空間を作り出しています。薄暗い堂内に響くパイプオルガンの音色は、心を静かに落ち着かせてくれるでしょう。内部で必見なのは、彫刻家アントン・ピルグラムの傑作とされる説教壇。細やかな彫刻が施され、まるで生きているかのような人物像に目を奪われます。そして、説教壇の下の窓からは、ピルグラム自身の姿がこちらを覗いています。遊び心あふれる演出に、思わず笑みがこぼれるはずです。
体力に自信があれば、ぜひ塔に登ってみてください。南塔は343段の螺旋階段を自力で登る「シュテフル(愛称)」で、頂上からはウィーンの街並みを360度見渡す絶景が待っています。一方、北塔はエレベーターで昇ることができ、未完の塔からの眺めと、美しい屋根のモザイクを間近に見ることができます。
また、大聖堂の地下には、ペストで亡くなった人々の骨が納められたカタコンベ(地下墓地)があり、ガイドツアーで見学することもできます。ウィーンの光と影の歴史に触れる、貴重な体験となるでしょう。
巨大な宮殿群、ホーフブルク宮殿
シュテファン大聖堂と並ぶウィーン観光のハイライトが、ホーフブルク宮殿です。13世紀から20世紀初頭にかけてハプスブルク家の皇帝たちが住居としたこの宮殿は、実に600年以上にわたって増改築が繰り返されたため、ゴシック、ルネサンス、バロックといった様々な建築様式が混在する、まさに「建築の博物館」のような場所です。
その敷地は広大で、すべてを見て回るには丸一日あっても足りないほど。ここでは、特に見逃せない主要な見どころをじっくりとご紹介します。
皇帝の豪華な食卓を覗く「銀器コレクション」
まず訪れたいのが、宮廷で使われた膨大な数の食器や銀器を展示する「銀器コレクション」。皇帝一家の日常の食事から、豪華絢爛な晩餐会で使われた食器まで、そのきらびやかさには度肝を抜かれます。金色のカトラリーセットや、繊細な絵付けが施されたマイセンの磁器、そしてナポレオンから贈られたとされる巨大なテーブルセンターピースなど、見るものすべてがため息の出るような美しさ。ハプスブルク家の財力と権勢を、食卓という視点から垣間見ることができます。
悲劇の皇妃の素顔に迫る「シシィ博物館」
ヨーロッパ宮廷一の美女と謳われながらも、自由を渇望し、悲劇的な最期を遂げた皇妃エリーザベト。彼女の愛称「シシィ」を冠したこの博物館は、その波乱に満ちた生涯に焦点を当てています。肖像画に残る美貌の裏に隠された、窮屈な宮廷生活への抵抗、美への異常な執着、そして旅に慰めを求めた孤独な魂。彼女が実際に使用したドレスのレプリカや日用品、暗殺された際に身につけていた衣服などが展示されており、伝説の皇妃の人間的な側面に触れることができます。多くの女性が彼女の生き様に共感し、涙する場所でもあります。
皇帝一家の暮らしを体感する「皇帝の部屋」
シシィ博物館に続いて見学できるのが、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇妃エリーザベトが実際に生活していたプライベートな空間です。華美な装飾が施された謁見の間や会議室とは対照的に、フランツ・ヨーゼフ1世の執務室や寝室は驚くほど質素。毎朝早くに起床し、膨大な量の書類に目を通したという勤勉な皇帝の人柄が偲ばれます。一方で、シシィの体操室には、彼女がスタイルを維持するために使った吊り輪やトレーニング器具が残されており、美貌を保つための並々ならぬ努力を物語っています。
世界で最も美しい図書館「オーストリア国立図書館 プルンクザール」
ホーフブルク宮殿の敷地内でも、特に必見なのがこの国立図書館の「プルンクザール(豪華な広間)」です。一歩足を踏み入れた瞬間、誰もが息をのむことでしょう。天井まで届く巨大な書架に、革張りの古書がぎっしりと並び、中央のドームには壮麗なフレスコ画が描かれています。まるで映画『美女と野獣』の図書館が現実になったかのような、知の殿堂。約20万冊もの蔵書を誇り、ハプスブルク家が収集した貴重な写本や地図なども展示されています。この空間にいるだけで、心が豊かになるような感覚を味わえます。
白馬が舞う芸術「スペイン乗馬学校」
450年以上の歴史を誇る、世界で唯一、ルネサンス時代の古典馬術を保存・継承している機関です。純白の美しいリピッツァナー馬が、クラシック音楽に合わせて優雅に舞う姿は、まさに生きた芸術。朝の調教を見学したり、週末に開催される公式演技を鑑賞したりすることができます。白い馬と騎手の息の合ったパフォーマンスは、感動的で忘れられない思い出となるはずです。
ウィーンのメインストリートを闊歩する
ホーフブルク宮殿のミヒャエル門を抜けると、ウィーンで最も華やかなショッピングストリートが広がります。
- ケルントナー通り
ウィーン国立歌劇場からシュテファン大聖堂へと続く、歩行者天国のメインストリート。高級ブランド店からカジュアルなショップ、カフェ、レストランが軒を連ね、常に多くの人々で賑わっています。スワロフスキーの旗艦店など、ウィーンならではのショッピングを楽しむのに最適です。
- グラーベン通り
ケルントナー通りから交差するように延びる、もう一つのエレガントな通り。高級宝飾店や老舗のデリカテッセン「ユリウス・マインル」などが並び、洗練された雰囲気が漂います。通りの中心にそびえ立つのは、ペストの終焉を記念して建てられた「ペスト記念塔」。バロック様式の複雑でダイナミックな彫刻は、それ自体が一つの芸術作品です。
リングシュトラーセを巡る – 壮麗な建築のシンフォニー
19世紀後半、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の命により、ウィーンを囲んでいた城壁が取り壊され、その跡地に建設されたのが環状道路「リングシュトラーセ」です。この通り沿いには、オペラ座、美術館、国会議事堂、市庁舎といった、帝国の威信をかけて建てられた壮麗な公共建築が並び、「世界で最も美しい通り」と称されています。トラムに乗って一周するだけでも楽しめますが、ぜひ途中下車して、一つ一つの建物をじっくりと鑑賞してみてください。
芸術の双璧、美術史美術館と自然史博物館
マリア・テレジア広場を挟んで、まるで鏡に映したかのように向かい合って建つ二つの壮大な博物館。これが美術史美術館と自然史博物館です。どちらもハプスブルク家が何世紀にもわたって収集したコレクションを収蔵するために建てられました。
- 美術史美術館(Kunsthistorisches Museum)
芸術好きならずとも、ウィーンを訪れたら必ず足を運びたい場所です。そのコレクションの質と量は、ルーヴルやプラドに匹敵すると言われています。特に必見なのは、世界最大のコレクションを誇るピーテル・ブリューゲル(父)の部屋。『バベルの塔』『雪中の狩人』など、誰もが美術の教科書で一度は目にしたことのある傑作が、ずらりと並ぶ光景は圧巻です。その他にも、フェルメールの『絵画芸術』、ラファエロの『草原の聖母』、ベラスケスが描いたスペイン王家の肖像画など、至宝の数々を心ゆくまで堪能できます。建物自体も芸術品で、階段ホールの壁や天井にはクリムトが手掛けた装飾画が残されています。
- 自然史博物館(Naturhistorisches Museum)
美術史美術館の向かいに位置し、こちらも見応え十分。約2万5000年前に作られたとされる石像『ヴィレンドルフのヴィーナス』や、巨大な恐竜の骨格標本、世界最大級の隕石コレクションなど、地球と生命の歴史を壮大なスケールで紹介しています。特に鉱物の展示室は、宝石のように美しい様々な石が並び、その自然が作り出した造形美に魅了されることでしょう。
政治と文化の殿堂を巡る
リングシュトラーセ沿いには、オーストリアの政治や文化を象徴する建物が並びます。
- ウィーン国立歌劇場(Wiener Staatsoper)
「ウィーン・オペラ」の愛称で知られ、ミラノのスカラ座、パリのオペラ座と並び、世界三大オペラ座の一つに数えられます。毎日異なる演目が上演され、そのレベルの高さは世界最高峰。チケットは高価ですが、開演直前に発売される「立ち見席」なら、数ユーロという驚きの価格で本物のオペラを体験できます。たとえ鑑賞しなくても、ルネサンス様式の豪華な建物を外から眺めたり、ガイドツアーで内部の豪華な装飾を見学したりするだけでも価値があります。
- 国会議事堂
古代ギリシャの神殿を思わせる、荘厳な新古典主義様式の建物。正面には知恵の女神アテナの像が立ち、民主主義の象徴としての威厳を放っています。その美しい姿は、夜のライトアップでさらに際立ちます。
- 市庁舎
天高くそびえる中央の塔が印象的な、ネオ・ゴシック様式の建物。まるで教会のような華麗な姿に驚かされます。市庁舎前の広場では、夏はフィルムフェスティバル、冬はクリスマスマーケットと、年間を通して様々なイベントが開催され、常に市民の憩いの場となっています。
少し足を延ばして訪れたい珠玉の宮殿
ウィーンの魅力は、リングシュトラーセの内側だけにとどまりません。少し郊外へ足を延ばせば、ハプスブルク家の栄華を物語る、さらに広大で美しい宮殿があなたを待っています。
栄華の頂点、シェーンブルン宮殿
マリア・テレジアが愛した夏の離宮、シェーンブルン宮殿。その名は「美しい泉」を意味し、その名の通り、優雅で広大な敷地を誇る世界遺産です。ハプスブルク家の権勢が頂点に達した時代の華やかさを、今に伝えています。
宮殿内部の見学は、いくつかのツアーコースに分かれています。皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇妃エリーザベトが使用した西翼の部屋を見学する「インペリアル・ツアー」と、それに加えてマリア・テレジア時代の豪華絢爛な部屋も見学できる「グランド・ツアー」があります。時間があれば、ぜひグランド・ツアーを選んでください。
中でも必見は、幼いモーツァルトがマリア・テレジアの前で御前演奏を行ったとされる「鏡の間」、そしてマリア・テレジアが国事を執り行った、中国の漆塗りパネルで飾られた「漆の間」、宮殿で最も豪華な大広間「大ギャラリー」など。部屋から部屋へと進むたびに、その贅を尽くした装飾に圧倒されることでしょう。
宮殿見学の後は、広大な庭園の散策へ。フランス式庭園の美しいデザイン、そしてギリシャ神話をモチーフにした数々の彫刻を楽しみながら、丘の上に建つ「グロリエッテ」を目指しましょう。プロイセンとの戦勝を記念して建てられたこの凱旋門からの眺めは、まさに絶景。眼下に広がるシェーンブルン宮殿とウィーンの街並みを一望できます。グロリエッテ内のカフェで、景色を楽しみながら休憩するのもおすすめです。
さらに、庭園内には世界最古の動物園「シェーンブルン動物園」や、馬車の博物館「馬車博物館(ヴァーゲンブルク)」、熱帯植物が茂る温室「パルメンハウス」など、見どころが満載。一日中いても飽きることのない、まさにテーマパークのような場所です。
クリムトの『接吻』が輝く、ベルヴェデーレ宮殿
18世紀初頭、オスマン・トルコ軍からウィーンを救った英雄、プリンツ・オイゲン公の夏の離宮として建てられたのがベルヴェデーレ宮殿です。美しいバロック庭園を挟んで、上宮と下宮の二つの宮殿が建っています。
- 上宮(Oberes Belvedere)
この宮殿を訪れる人々の最大の目的は、何と言ってもグスタフ・クリムトのコレクションでしょう。そのハイライトは、黄金に輝く傑作『接吻』。金箔を多用した豪華で官能的なこの作品の前に立てば、その圧倒的な存在感と輝きに、時間を忘れて見入ってしまいます。他にも、妖艶な魅力を持つ『ユーディトI』など、クリムトの代表作がずらり。また、エゴン・シーレの『死と乙女』や、オスカー・ココシュカの作品など、19世紀末から20世紀初頭にかけてウィーンで花開いた芸術「世紀末芸術」の傑作をまとめて鑑賞することができます。
- 下宮(Unteres Belvedere)
かつてプリンツ・オイゲン公が住居としていた場所で、現在は特別展の会場として使われることが多いです。上宮に比べて規模は小さいですが、「黄金の間」や「グロテスクの間」など、バロック様式の豪華な内装は一見の価値があります。
上宮と下宮を結ぶ庭園は、スフィンクス像や噴水が配された美しいバロック様式。上宮のテラスから庭園越しにウィーン市街を眺める景色もまた格別です。
ウィーンの音楽と芸術を深く味わう
「音楽の都」ウィーン。その名にふさわしく、街の至る所で本物の音楽と芸術に触れる機会があります。コンサートホールや美術館を訪れ、ウィーン文化の神髄を体感してみましょう。
黄金の響きに包まれる、ウィーン楽友協会
ニューイヤーコンサートの会場として世界的に有名な「ウィーン楽友協会」。その中でも、金色に輝く豪華な内装から「黄金のホール」と呼ばれる大ホールは、音響効果が世界一と称賛されています。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地でもあり、ここで聴くコンサートは、音楽ファンならずとも一生の思い出になるはずです。
人気の公演はチケットの入手が困難な場合もありますが、公式サイトやチケット代理店で早めに予約することをおすすめします。クラシック音楽に詳しくなくても大丈夫。あの空間で、世界最高峰のオーケストラが奏でる音のシャワーを浴びるという体験そのものが、何物にも代えがたい感動を与えてくれます。
世紀末芸術の殿堂、ミュージアムクォーター
かつての皇帝厩舎を再開発した、ヨーロッパ最大級の文化施設エリアが「ミュージアムクォーター(MQ)」です。モダンな建築とバロック様式の建物が融合した広大な敷地には、美術館、劇場、カフェ、ショップなどが集まり、常に新しい文化が生まれる刺激的な空間となっています。
- レオポルド美術館
ミュージアムクォーターの中心的な存在。世界最大級のエゴン・シーレのコレクションを誇り、彼の初期の作品から、強烈な個性と苦悩がにじみ出る晩年の代表作まで、その画業の全貌をたどることができます。クリムトの『死と生』など、世紀末ウィーンを代表する芸術家の作品も充実しています。
- MUMOK(近代美術館)
アンディ・ウォーホルやパブロ・ピカソなど、20世紀以降のモダンアートやコンテンポラリーアートを中心に展示しています。前衛的で刺激的な作品が多く、現代アート好きにはたまらない場所です。
美術館巡りの合間には、中庭に置かれたカラフルなベンチ「エнци(Enzi)」に座って、地元の人々に混じってくつろぐのもMQの楽しみ方の一つです。
ウィーンのもう一つの顔、フンデルトヴァッサー・ハウス
「自然に直線はない」と主張し、曲線と色彩を多用した独創的な建築で知られる芸術家、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー。彼が設計した市営住宅が「フンデルトヴァッサー・ハウス」です。
波打つ床、不揃いな窓、壁や屋上から突き出す木々。まるで子供の絵本から飛び出してきたような、カラフルで生命力にあふれた建物は、見る者に驚きと楽しさを与えてくれます。ここは現在も人々が暮らす集合住宅のため、内部に入ることはできませんが、そのユニークな外観を眺めるだけでも訪れる価値は十分にあります。
すぐ近くには、彼の作品を展示する美術館「クンストハウス・ウィーン」があり、こちらもフンデルトヴァッサー自身が改装を手掛けた建物。彼の芸術世界に、より深く浸ることができます。
甘美な誘惑、ウィーンのカフェと美食の世界
ウィーンの旅を語る上で絶対に欠かせないのが、その豊かな食文化。特に「カフェハウス」と呼ばれる伝統的なカフェは、単にコーヒーを飲む場所ではなく、人々が集い、語らい、新聞を読み、思索にふける文化的な空間として、ウィーンの人々の生活に深く根付いています。ユネスコの無形文化遺産にも登録されている、ウィーンのカフェ文化を体験してみましょう。
ウィーンの三大カフェを巡る旅
数あるウィーンのカフェの中でも、特に有名で歴史のある「三大カフェ」は、ぜひ訪れたい場所です。
カフェ・ザッハー(Café Sacher)
ウィーンを代表するチョコレートケーキ「ザッハートルテ」の元祖。ウィーン国立歌劇場の裏手にある、豪華なホテル・ザッハーの1階にあります。深紅のビロードのソファ、きらびやかなシャンデリア、そして丁寧なサービス。帝国の時代にタイムスリップしたかのような、エレガントで格調高い雰囲気の中でいただくザッハートルテは格別です。濃厚なチョコレート生地にアプリコットジャムの酸味がアクセントとなり、無糖のホイップクリーム(シュラークオーバース)を添えて食べるのがウィーン流。この元祖の味を、ぜひ体験してみてください。
カフェ・デメル(Café Demel)
ホーフブルク宮殿のミヒャエル門近くに位置する、ハプスブルク家御用達の菓子店「皇室御用達(K.u.K. Hofzuckerbäcker)」。かつては皇妃エリーザベトもここのお菓子を愛したと言われています。デメルもザッハートルテで有名で、ザッハーとの間で「元祖」をめぐる甘い裁判を繰り広げた歴史は有名です。デメルのザッハートルテは、ジャムが表面に一層だけ塗られているのが特徴。ガラス張りの厨房では、パティシエたちが美しいケーキを作り上げる様子を見ることができ、それも楽しみの一つです。猫の舌の形をした可愛らしいチョコレート「カッツェンツンゲン」は、お土産にもぴったりです。
カフェ・ツェントラル(Café Central)
かつて、思想家のトロツキーや精神分析学の父フロイトなど、多くの文化人や知識人が集った伝説的なカフェ。大理石の柱が立ち並ぶ吹き抜けの空間は、まるで宮殿のよう。入り口では、このカフェの常連だったという詩人ペーター・アルテンベルクの像が出迎えてくれます。ピアノの生演奏が流れる優雅な雰囲気の中で、香り高いコーヒーと自家製のケーキを味わう時間は、まさに至福。ウィーンの知的な空気に触れたいなら、ここが一番です。
帝都の味を堪spiredするウィーン料理
ウィーンの食の楽しみは、スイーツだけではありません。ハプスブルク帝国の多民族的な背景から、様々な国の影響を受けた、奥深い料理の世界が広がっています。
ヴィーナー・シュニッツェル(Wiener Schnitzel)
オーストリアを代表する国民食。子牛肉を叩いて薄くのばし、きめ細かいパン粉を付けて揚げ焼きにしたカツレツです。本物の「ヴィーナー・シュニッツェル」は子牛肉を使ったものだけを指し、豚肉を使ったものは「シュニッツェル・ヴィーナー・アルト(ウィーン風カツレツ)」と呼ばれます。お皿からはみ出すほどの巨大なシュニッツェルが出てくることも珍しくありません。レモンをぎゅっと絞ってさっぱりといただくのが定番。サクサクの衣とジューシーな肉のハーモニーは、一度食べたらやみつきになる美味しさです。
ターフェルシュピッツ(Tafelspitz)
皇帝フランツ・ヨーゼフ1世がこよなく愛したと言われる、牛肉の煮込み料理。牛の様々な部位を、香味野菜と一緒にじっくりと煮込んだ、シンプルながらも滋味深い一品です。通常は、まずスープを味わい、次にお肉をリンゴと西洋わさびを混ぜたソースや、チャイブのソースでいただきます。付け合わせのほうれん草のクリーム煮や、ローストポテトとの相性も抜群。牛肉の旨味が凝縮された、優しくも贅沢な味わいは、ウィーンの豊かな食文化を象徴する料理です。
新酒を楽しむホイリゲ文化
ウィーンのもう一つの食の楽しみが、「ホイリゲ」です。これは、ワイン生産者が自家製の新酒を飲ませてくれる居酒屋のことで、ウィーンの森の麓、グリンツィングやハイリゲンシュタットといった地区に数多くあります。
「ホイリゲ」とは「今年の」という意味で、その年に収穫されたブドウで作った新酒ワインを指します。店の軒先に松の枝が吊るされているのが、「今年のワインあります」という営業中の合図。緑豊かな中庭のテーブルで、フルーティーな白ワインを片手に、自家製のソーセージやチーズ、パンなどをビュッフェ形式で楽しむのがホイリゲのスタイルです。アコーディオンやヴァイオリンの生演奏が加わることもあり、陽気で開放的な雰囲気は、ウィーンの旅の素晴らしい思い出となるでしょう。
ウィーンから足を延ばす日帰り旅行
ウィーンに数日滞在するなら、少し足を延ばしてオーストリアの他の魅力的な街や地域を訪れる日帰り旅行もおすすめです。鉄道網が発達しているので、個人でも気軽に訪れることができます。
『サウンド・オブ・ミュージック』の舞台、ザルツブルク
天才作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生誕地であり、映画『サウンド・オブ・ミュージック』のロケ地としても世界的に有名なザルツブルク。ウィーンから特急列車で約2時間半の距離にあります。
旧市街はバロック建築が立ち並ぶ美しい街並みで、世界遺産に登録されています。街のシンボルであるホーエンザルツブルク城塞からは、ザルツァッハ川とアルプスの山々を背景にした絶景を望むことができます。モーツァルトの生家や、映画でおなじみのミラベル庭園など、見どころも豊富。ウィーンとはまた違った、音楽と自然が調和した魅力的な街です。
世界で最も美しい湖畔の町、ハルシュタット
ザルツブルクからさらに足を延ばしたザルツカンマーグート地方にある、ハルシュタット湖畔の小さな町。湖に映る教会の尖塔と、背後にそびえる山々の風景は、まるでおとぎ話の世界。そのあまりの美しさから、「世界で最も美しい湖畔の町」と称賛され、世界遺産にも登録されています。
小さな町なので半日もあれば散策できますが、その絵画のような風景は、わざわざ訪れる価値があります。ウィーンからの日帰りは少し慌ただしくなりますが、ツアーを利用したり、ザルツブルクに一泊して訪れたりするのがおすすめです。
ドナウの真珠、ヴァッハウ渓谷
ウィーンの西、メルクからクレムスまでの約36kmにわたるドナウ川沿いの渓谷は、「ヴァッハウ渓谷の文化的景観」として世界遺産に登録されています。ドナウ川クルーズ船に乗って、川の両岸に広がるブドウ畑や古城、美しい修道院が点在する風光明媚な景色を楽しむのが最高の贅沢です。
特に、丘の上にそびえるメルク修道院は、オーストリア・バロック建築の最高傑作とされ、その豪華絢爛な図書館や教会は必見。アプリコットの産地としても有名で、春には白い花が一面に咲き誇ります。
ウィーン旅行をさらに豊かにするヒント
最後に、あなたのウィーン旅行をさらに楽しく、思い出深いものにするための小さなヒントをいくつかご紹介します。
お土産選びの楽しみ
ウィーンには、大切な人へ、そして自分自身への素敵なお土産がたくさんあります。
- お菓子類: 定番のザッハートルテやデメルのチョコレートはもちろん、モーツァルトの肖像が描かれたチョコレート「モーツァルトクーゲル」、ヘーゼルナッツクリームを挟んだウエハースが人気の「マンナー」もおすすめです。
- 雑貨・工芸品: スワロフスキーのクリスタル製品は、本店ならではの品揃え。ハプスブルク家御用達の磁器工房「アウガルテン」の繊細な食器やフィギュリンも、特別な記念になります。プチポワンと呼ばれる細かい刺繍が施された小物も、ウィーンらしい伝統工芸品です。
- 音楽関連: 楽友協会や国立歌劇場のショップでは、CDや楽譜、音楽家をモチーフにしたグッズなど、音楽好きにはたまらないアイテムが見つかります。
心地よい旅のための習慣と注意点
- チップの習慣: ウィーンにはチップの文化があります。レストランでは、会計の5~10%程度を上乗せして支払うのが一般的。お会計を頼んだ際に、合計金額にチップを含めたキリの良い額(例:会計が18ユーロなら「20ユーロで」)を伝えて渡すとスムーズです。タクシーでも同様に、料金の10%程度が目安です。
- 治安について: ウィーンはヨーロッパの中でも比較的治安の良い都市ですが、観光客を狙ったスリや置き引きは発生しています。特に、人が多い観光地や駅、公共交通機関の中では、手荷物から目を離さないように注意しましょう。リュックは前に抱える、貴重品は内ポケットに入れるなどの基本的な対策を心がけてください。
ウィーンは、訪れるたびに新しい発見がある、奥深い都です。壮麗な帝国の遺産に思いを馳せ、心揺さぶる芸術に触れ、甘美なカフェ文化に癒される。このガイドを手に、あなただけの特別なウィーン物語を紡いでください。きっと、忘れられない感動があなたを待っているはずです。


