澄み渡るアルプスの空気を震わせ、教会の鐘が厳かに鳴り響く。石畳の路地裏からは、天才音楽家が残した不滅のメロディーが聞こえてくるかのよう。ここはオーストリア、ザルツブルク。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを生んだ地であり、世界中を魅了した映画『サウンド・オブ・ミュージック』の舞台となった、あまりにも美しい街です。
ザルツァッハ川の清流に抱かれ、丘の上には難攻不落の城塞が威風堂々とそびえ立つ。歴史が色濃く刻まれた旧市街は、街全体が「ザルツブルク市街の歴史地区」としてユネスコ世界遺産に登録されており、一歩足を踏み入れれば、まるで中世の物語の中に迷い込んだかのような錯覚に陥ります。大司教の絶大な権力が築き上げた壮麗なバロック建築の数々は、訪れる者の心を圧倒し、その華麗なる歴史を静かに語りかけてくるのです。
しかし、ザルツブルクの魅力は、ただ美しいだけではありません。ここは、音楽が暮らしの中に深く根付いた「音楽の都」。夏には世界最高峰の音楽の祭典「ザルツブルク音楽祭」が街を熱狂の渦に巻き込み、一年を通して至る所で質の高いコンサートが開かれています。街を歩けば、ショーウィンドウにはヴァイオリンが飾られ、カフェからはクラシック音楽が流れ、人々の会話の中にもごく自然に音楽の話題がのぼる。そんな空気が、この街には満ちています。
さあ、アルプスの大自然と、人類の叡智が生み出した芸術が見事に調和した奇跡の街、ザルツブルクへ。このガイドブックを手に、あなただけの特別な物語を紡ぐ旅に出かけましょう。歴史の小径を散策し、名物のスイーツに舌鼓を打ち、魂を揺さぶる音楽に耳を傾ける。そんな、五感を満たす感動の旅が、あなたを待っています。
ザルツブルクってどんな街?歴史と芸術が織りなすアルプスの宝石
ザルツブルクの旅を始める前に、この街が持つ豊かな背景を少しだけ紐解いてみましょう。その歴史と文化を知ることで、街角の風景一つひとつが、より深く、より色鮮やかに見えてくるはずです。
塩が築いた富と権力「北のローマ」
ザルツブルク(Salzburg)という街の名前は、「塩の城」を意味します。その名の通り、この街の繁栄は、古代から近郊で採掘されてきた岩塩、すなわち「白い金」によって築かれました。塩はかつて、食品の保存に不可欠な非常に価値の高い資源であり、ザルツブルクの塩の交易は、街に莫大な富をもたらしたのです。
この富を背景に、絶大な権力を握ったのがザルツブルク大司教です。彼らは単なる宗教指導者ではなく、広大な領地を支配する君主(領主大司教)でもありました。中世から近代に至るまで、大司教たちはその富と権力を惜しみなく注ぎ込み、イタリアから一流の建築家や芸術家を招聘。壮麗な教会や宮殿を次々と建設させました。その結果、アルプスの北側にありながら、まるでイタリアの都市のような華やかなバロック様式の街並みが生まれ、「北のローマ」と称されるほどの栄華を極めたのです。今、私たちが目にする美しい旧市街の景観は、まさにこの大司教たちの野心と美意識の結晶と言えるでしょう。
モーツァルトが生まれ育った音楽の土壌
ザルツブルクの名を世界に轟かせている最大の功労者は、何と言ってもヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトでしょう。1756年、この街のゲトライデガッセ9番地で生を受けた天才音楽家は、幼少期からその才能を開花させ、ザルツブルク大司教に仕えながら数々の名曲を生み出しました。
もちろん、彼と保守的な大司教との関係は常に良好だったわけではなく、やがて彼は故郷を後にしてウィーンへと旅立ちます。しかし、彼が音楽家としての礎を築いたのは、紛れもなくこのザルツブルクです。街の教会には彼が弾いたオルガンが残り、彼が洗礼を受けた大聖堂の洗礼盤も現存しています。モーツァルトの生家や住居は今や世界中からファンが訪れる聖地となり、街の空気そのものに彼の音楽が溶け込んでいるかのようです。ザルツブルクは、ただの観光地ではなく、クラシック音楽を愛する人々にとって魂の故郷ともいえる特別な場所なのです。
世界遺産の街並みとサウンド・オブ・ミュージック
ザルツブルクの魅力は、その歴史的建造物群にもあります。丘の上にそびえるホーエンザルツブルク城塞、荘厳なザルツブルク大聖堂、大司教の居城であったレジデンツなど、中世からバロック時代にかけての建築物が見事に保存された旧市街は、1996年にユネスコ世界遺産に登録されました。これらの歴史的建造物が、ザルツァッハ川と周囲の緑豊かな丘と一体となり、他に類を見ない美しい景観を創り出しています。
そして、もう一つ忘れてはならないのが、映画『サウンド・オブ・ミュージック』です。マリアとトラップ一家の心温まる物語は、このザルツブルクとその近郊のザルツカンマーグートを舞台に撮影されました。ミラベル庭園やノンベルク修道院など、映画に登場した数々の名シーンのロケ地が今も点在しており、映画のファンにとっては夢のような体験が待っています。映画公開から半世紀以上が経った今も、ザルツブルクは「ドレミの歌」が聞こえてくるような、明るく希望に満ちたイメージで世界中の人々を惹きつけてやまないのです。
まずはここから!旧市街の必見スポットを巡る
ザルツブルク観光のハイライトは、何と言っても世界遺産に登録されている旧市街(Altstadt)に凝縮されています。ザルツァッハ川の左岸に広がるこのエリアは、徒歩で十分に見て回れるほどのコンパクトさながら、見どころがぎっしり。中世の面影を残す路地を歩き、歴史の重みを感じる建造物の扉を開けてみましょう。
天空の要塞、ホーエンザルツブルク城塞
街のどこからでもその姿を望むことができる、ザルツブルクの絶対的なシンボル、それがメンヒスベルクの丘の上に鎮座するホーエンザルツブルク城塞です。1077年に建設が始まり、歴代大司教によって増改築が繰り返され、現在の巨大な姿になりました。一度も外国軍によって陥落させられたことがないという難攻不落の城塞は、まさに大司教の権力の象徴そのものです。
麓からは近代的なケーブルカー(フェストゥングスバーン)に乗って、わずか1分ほどで城塞の入口へ。ケーブルカーを降り立った瞬間、眼下に広がるザルツブルクの街並みと、その向こうに連なるアルプスの山々のパノラマに、誰もが息をのむことでしょう。オレンジ色の屋根が連なる旧市街、悠々と流れるザルツァッハ川、そして遠くには雪を頂いたウンタースベルク山。この景色を見るためだけでも、この城塞を訪れる価値は十分にあります。
城塞内部は、まるで一つの小さな街のよう。城壁に囲まれた中には、いくつもの建物や中庭が複雑に入り組んでいます。見学コースでは、大司教が暮らした豪華絢爛な部屋々を見ることができます。特に、ゴシック様式のタイルで飾られた「黄金の小部屋」や、星空が描かれた天井が見事な「黄金の間」は必見です。また、城塞博物館では、武器や甲冑、拷問具などが展示されており、城塞の軍事要塞としての側面を知ることができます。マリオネット博物館も併設されており、子供から大人まで楽しめるでしょう。時間をかけてゆっくりと城内を巡り、中世の騎士や大司教たちの暮らしに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
モーツァルトの息吹を感じる場所
ザルツブルクを語る上で、モーツァルトの存在は切り離せません。旧市街には、彼が人生の節目を過ごした二つの家が博物館として公開されています。彼の音楽が生まれた場所で、その生涯に触れる時間は、ザルツブルク観光の核心ともいえる体験です。
モーツァルトの生家 (Mozarts Geburtshaus)
旧市街で最も賑やかな通り、ゲトライデガッセ。その通りに面した黄色い建物の3階で、1756年1月27日、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは生を受けました。ここは、彼が幼少期から17歳まで家族と共に暮らした家です。
内部は博物館になっており、当時の暮らしを再現した部屋には、モーツァルトが実際に使用したヴァイオリンやクラヴィコード(初期のピアノ)、家族の肖像画、直筆の手紙や楽譜の複製などが展示されています。特に、彼が幼い頃に使っていた小さな子供用のヴァイオリンを目の前にすると、神童と呼ばれた彼の姿が目に浮かぶようです。世界中から訪れる観光客で常に混雑していますが、喧騒の中でも、この部屋の窓からゲトライデガッセを見下ろせば、若き日のモーツァルトが感じたであろう街の活気や喧騒を、少しだけ追体験できるかもしれません。
モーツァルトの住居 (Mozart-Wohnhaus)
ザルツァッハ川を渡った新市街側のマカルト広場に面して建つのが、モーツァルトの住居です。手狭になった生家から、モーツァルト一家が1773年に移り住んだ家で、8つの部屋を持つ広々としたアパルトマンでした。モーツァルトはここで数々の交響曲や協奏曲、オペラなどを作曲し、音楽家として最も多感な時期を過ごしました。
しかし、この建物は第二次世界大戦の空爆で大部分が破壊されてしまうという悲しい歴史を持っています。戦後、日本の保険会社の資金援助などもあり、元の設計図に基づいて忠実に再建され、1996年に博物館としてオープンしました。生家が「神童」の時代を伝える場所だとすれば、こちらは青年音楽家としてのモーツァルトの姿を伝える場所。彼が愛用したフォルテピアノ(ハンマーフリューゲル)のオリジナルが展示されているほか、音と映像を駆使した展示で、彼の音楽の世界をより深く知ることができます。オーディオガイド(日本語対応)を借りて、じっくりと彼の人生と音楽に浸る時間を持つのもおすすめです。
ザルツブルクの信仰の中心、ザルツブルク大聖堂
旧市街の中心、レジデンツ広場とドーム広場に挟まれるようにしてそびえ立つのが、ザルツブルク大聖堂(ザルツブルク・ドーム)です。その巨大なドームと双子の塔を持つファサードは、アルプス以北で最初の前期バロック様式の教会建築とされ、圧倒的な存在感を放っています。
この場所には8世紀から教会が建てられていましたが、何度も火災に見舞われ、現在の壮麗な姿になったのは17世紀のこと。大聖堂の正面には3つのブロンズの扉があり、それぞれ「信仰」「希望」「愛」を象徴しています。内部に足を踏み入れると、その空間の広さと荘厳さに誰もが圧倒されるでしょう。白を基調とした漆喰の壁と天井には見事なフレスコ画が描かれ、柔らかな光が堂内を満たしています。
この大聖堂はモーツァルトとの縁も深く、入口近くには彼が洗礼を受けたという青銅の洗礼盤が置かれています。また、彼はこの大聖堂のオルガニストとしても活躍しました。堂内にはサイズの異なる7つのパイプオルガンが配置されており、その響きはまさに天上の音楽。運が良ければ、ミサやコンサートでその音色を聴くことができるかもしれません。夏には、大聖堂前のドーム広場がザルツブルク音楽祭の野外劇『イェーダーマン』の舞台となり、街は祝祭の雰囲気に包まれます。
華麗なる大司教の権力の象徴、レジデンツ
ザルツブルク大聖堂の隣に位置するレジデンツは、かつてザルツブルクを支配した領主大司教の公邸兼迎賓館でした。16世紀末から17世紀にかけて、大司教ヴォルフ・ディートリヒによって現在の壮麗なバロック様式の宮殿に改築され、その内部は贅の限りを尽くした装飾で埋め尽くされています。
見学ツアーでは、「騎士の間」や「会議の間」、皇帝も謁見したという「謁見の間」など、15の豪華な広間を巡ることができます。きらびやかなシャンデリア、金箔で飾られた天井、巨大なタペストリー、そして見事なフレスコ画。これらを見れば、当時の大司教がいかに絶大な富と権力を誇っていたかが手に取るようにわかります。モーツァルトも、幼い頃にこのレジデンツで大司教のために御前演奏を行いました。彼が演奏したであろう部屋に立つと、歴史の息吹がよりリアルに感じられるはずです。
また、レジデンツの3階にはレジデンツ・ギャラリーがあり、レンブラントやルーベンスなど、16世紀から19世紀にかけてのヨーロッパ絵画のコレクションが展示されています。美術ファンならずとも、ぜひ立ち寄りたい場所です。
散策が楽しい、ゲトライデガッセ
モーツァルトの生家があるゲトライデガッセは、ザルツブルクで最も有名で、最も活気のあるショッピングストリートです。石畳の道の両脇には、高級ブランドのブティックから、伝統的なお土産物屋、カフェやレストランまで、様々なお店が軒を連ねています。
この通りの最大の魅力は、何と言っても頭上に掲げられた美しい「鉄細工の看板」です。かつて、文字が読めない人のために、店で扱っている商品を絵で表したのが始まりと言われています。靴屋なら靴の形、傘屋なら傘の形といった具合に、趣向を凝らした装飾的な看板がずらりと並ぶ光景は、まるでおとぎ話の世界。今では、マクドナルドのような国際的なチェーン店でさえ、この通りでは景観に合わせた優雅な鉄細工の看板を掲げており、それらを探して歩くだけでも楽しいものです。
通りはいつも多くの人で賑わっていますが、少し脇道に目を向けると、「ドゥルヒハウス」と呼ばれる建物の中を通り抜けるパッサージュ(抜け道)がいくつもあります。このパッサージュをくぐり抜けると、静かな中庭や別の通りに出ることができ、まるで探検をしているような気分を味わえます。ザルツブルク散策の醍醐味は、こうした路地裏の発見にあるのかもしれません。
『サウンド・オブ・ミュージック』のロケ地を訪ねて
ザルツブルクの魅力を語る上で、1965年に公開され、世界的な大ヒットとなったミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』の存在は欠かせません。修道女見習いのマリアが、7人の子供を持つトラップ大佐の家に家庭教師としてやって来て、歌を通して子供たちや厳格な大佐の心を開いていく…という実話に基づいた物語は、今なお多くの人々に愛されています。
この映画の大部分は、ザルツブルク市内とその周辺で撮影されました。映画で見たあの名シーンの舞台を実際に訪れることは、ファンにとって最高の体験となるでしょう。ここでは、代表的なロケ地をいくつかご紹介します。
ドレミの歌の舞台、ミラベル庭園
映画の中で最も印象的なシーンの一つが、マリアと子供たちが「ドレミの歌」を歌いながら駆け巡る場面です。そのクライマックスの多くが撮影されたのが、このミラベル庭園です。新市街側に位置するこの庭園は、17世紀に大司教ヴォルフ・ディートリヒが、愛人サロメ・アルトのために建設したミラベル宮殿の庭として造られました。
幾何学的にデザインされた花壇には、季節ごとに色とりどりの花が咲き誇り、まるで美しい絨毯のよう。庭園の中央には、翼を持つ馬ペガサスの像が飾られた「ペガサスの噴水」があり、映画では子供たちがこの噴水の周りをスキップしながら歌っていました。また、庭園の北側にある階段は、歌の最後に子供たちが音階のように並んでポーズを決めた場所です。
この庭園の素晴らしさは、その美しさだけではありません。庭園から南を望むと、旧市街の街並みと、その向こうにそびえるホーエンザルツブルク城塞が見事に一体となった、完璧な景色が広がります。この「ザルツブルクらしい」眺めは、記念撮影のベストスポット。映画のシーンを思い出しながら、マリアや子供たちと同じポーズで写真を撮ってみるのも楽しい思い出になるはずです。
トラップ一家が暮らした家とマリアの修道院
映画の中で描かれるトラップ一家の生活には、いくつかの場所がロケ地として使われました。
ノンベルク修道院
マリアが暮らしていた修道院として登場するのが、ホーエンザルツブルク城塞の麓にひっそりと佇むノンベルク修道院です。714年に創建された、ドイツ語圏で最も古い女子修道院であり、実際のトラップ一家の物語でも、マリア・クチェラはこの修道院の修道女見習いでした。
映画では、マリアが「すべての山に登れ(Climb Ev’ry Mountain)」を歌うシスターたちに励まされる感動的なシーンや、ナチスから逃れる一家が隠れる墓地のシーン(墓地はセットですが、門はここで撮影)が撮影されました。観光客が内部に入れる範囲は限られていますが、丘の上にある修道院の敷地は静かで神聖な雰囲気に包まれています。ここから見下ろす街の景色もまた格別です。
レオポルトスクロン宮殿
映画の中で、湖に面したトラップ邸の裏庭として撮影されたのが、ザルツブルク郊外にあるレオポルトスクロン宮殿です。マリアと子供たちがボートから落ちるシーンや、大佐が「エーデルワイス」を歌うテラスのシーンなどが、この宮殿の庭と湖で撮影されました。宮殿そのものは現在、高級ホテル兼セミナーハウスとして利用されており、宿泊者以外は敷地内に入ることができません。しかし、対岸の小道からは、湖面に映る美しい宮殿の姿を眺めることができます。その優雅な佇まいは、まさに映画で見たトラップ家のイメージそのものです。
結婚式のシーンが撮影された、モントゼーの教区教会
マリアとトラップ大佐が結婚式を挙げる、あのロマンチックで感動的なシーン。このシーンが撮影されたのは、ザルツブルク市内ではなく、ザルツカンマーグート地方の美しい湖畔の町、モントゼーにある教区教会です。ザルツブルクからはバスで1時間弱。日帰り旅行にぴったりの場所です。
双子の塔が印象的なこの教会は、外観はシンプルですが、一歩中に足を踏み入れると、その豪華絢爛な内装に驚かされます。ピンクや黄色、金色を基調とした明るいバロック様式の装飾は、息をのむほどの美しさ。映画で見たままの長いバージンロードを歩けば、気分はすっかりマリア。祭壇に向かって歩みを進めながら、心の中でウェディングマーチを奏でてみてはいかがでしょうか。教会の荘厳でいて温かい雰囲気が、旅の思い出をより一層特別なものにしてくれるはずです。
ザルツブルクの食文化を味わい尽くす
旅の楽しみは、景色や芸術だけでなく、その土地ならではの食文化に触れることにもあります。ザルツブルクには、オーストリアの伝統的な料理はもちろん、この街でしか味わえないユニークな名物スイーツがあります。散策の合間に、美食の数々を堪能しましょう。
必食!ザルツブルク名物スイーツ
甘いものが大好きなオーストリア人。ザルツブルクにも、訪れたら必ず試してみたい、とっておきのスイーツが存在します。
ザッハートルテだけじゃない!ザルツブルガー・ノッケルン
ザルツブルクを代表するデザートといえば、何と言っても「ザルツブルガー・ノッケルン」です。そのユニークな見た目に、初めて見る人は誰もが驚くでしょう。ふわふわに泡立てたメレンゲに、少量の小麦粉と卵黄を加えてオーブンで焼き上げた温かいスフレで、雪を頂いた3つの山のような形をしています。この3つの山は、ホーエンザルツブルク城塞があるメンヒスベルク、カプツィーナーベルク、そしてガイスベルクという、ザルツブルクを取り囲む3つの丘を表していると言われています。
焼き立てのノッケルンは、ほんのり温かく、スプーンを入れるとシュワっと音を立てるほど軽やか。口に入れた瞬間、わたあめのように儚く溶けていく食感と、優しい卵の風味が広がります。通常は粉砂糖が雪のように振りかけられ、クランベリーなどの甘酸っぱいフルーツソースが添えられています。その甘さと酸味のコントラストが絶妙なハーモニーを奏でます。見た目のボリュームに圧倒されますが、ほとんどが空気なので意外とぺろりと食べられてしまいます。多くのレストランでデザートメニューとして提供されているので、ぜひ挑戦してみてください。「愛のように甘く、キスのように優しい」と評される、ザルツブルクの味です。
元祖の味を求めて。モーツァルトクーゲル
ザルツブルクのお土産の定番中の定番が、「モーツァルトクーゲル」です。緑色のピスタチオマジパンを中心に、ヌガー、そしてダークチョコレートでコーティングした、丸いチョコレート菓子。今やオーストリア中のスーパーマーケットで様々なメーカーのものが売られていますが、本物の「元祖」を味わうなら、ザルツブルクでしか手に入りません。
元祖モーツァルトクーゲルを考案したのは、1890年、菓子職人のパウル・フュルストです。彼の店「カフェ・コンディトライ・フュルスト」は今も旧市街にあり、当時の製法を頑なに守り続けています。フュルストのモーツァルトクーゲルは、青い銀紙で包まれているのが特徴。一つひとつ手作りされており、機械で作られる大量生産品とは一線を画す、繊細で上品な味わいです。ピスタチオの香ばしさとマジパンの豊かな風味、そしてビターなチョコレートのバランスが絶妙で、甘すぎず、後を引く美味しさ。旧市街に数店舗あるフュルストの直営店でしか購入できない、特別な一品です。自分用にも、大切な人へのお土産にも、これ以上ない選択と言えるでしょう。
地元の味に出会えるレストラン&カフェ
ザルツブルクには、歴史ある伝統的なレストランから、居心地の良いカフェまで、魅力的な食のスポットがたくさんあります。
伝統的なオーストリア料理を堪能する
オーストリア料理といえば、仔牛のカツレツ「ヴィーナー・シュニッツェル」や、牛肉の煮込み「ターフェルシュピッツ」などが有名です。こうした伝統料理を、歴史的な雰囲気の中で味わうのは格別な体験です。
中でも特におすすめなのが、ノンベルク修道院の麓にある「シュティフツケラー・ザンクト・ペーター」。なんと西暦803年創業とされ、中欧で最も古い、あるいはヨーロッパ最古とも言われる驚異的な歴史を持つレストランです。かつては修道院のワイン酒場でしたが、現在は格調高いレストランとして営業しています。洞窟をくり抜いて造られたユニークな部屋や、バロック様式の豪華な広間など、様々な雰囲気のダイニングがあり、食事だけでなくその空間自体を楽しむことができます。夜には、モーツァルト時代の衣装をまとった音楽家たちの演奏を聴きながらディナーを楽しむ「モーツァルト・ディナー・コンサート」も開催されており、観光客に絶大な人気を誇ります。
もっと気軽に地元の雰囲気を楽しみたいなら、「アウグスティナー・ブロイ」へ。メンヒスベルクの麓にある修道院醸造所で、広大なビアガーデンとビアホールが自慢です。ここでは、陶器のジョッキを自分で棚から取り、水で清めてからカウンターでビールを注いでもらうという、昔ながらのスタイル。ビールと共に、ソーセージやローストチキン、プレッツェルなど、様々なおつまみを屋台のような売店で買い求め、好きな席で味わいます。地元の人々に混じって、陽気な雰囲気の中で飲む一杯は、最高の思い出になること間違いなしです。
散策の合間に立ち寄りたいカフェ文化
ウィーンと同様、ザルツブルクにも豊かなカフェ文化が根付いています。散策に疲れたら、老舗カフェで優雅なコーヒーブレイクはいかがでしょうか。
旧市街の中心、アルター・マルクト(旧市場広場)に面して建つ「カフェ・トマセリ」は、1700年創業のオーストリア最古のカフェです。モーツァルト自身も、父レオポルトと共にこのカフェを頻繁に訪れたと言われています。銀の盆に様々な種類のケーキを載せてテーブルを回ってくる「ケーキの貴婦人」から好きなケーキを選ぶという、伝統的なスタイルも健在。歴史を感じさせるクラシックな内装の店内で、香り高いコーヒー「メランジェ」と共にケーキをいただけば、まるで気分は18世紀の貴族です。
元祖モーツァルトクーゲルで知られる「カフェ・フュルスト」も、美味しいケーキとコーヒーが楽しめる人気のカフェです。もちろん、ここでは作りたてのモーツァルトクーゲルをその場で味わうこともできます。ショッピングの合間に立ち寄って、甘いものでエネルギーをチャージするのに最適な場所です。
もう一歩深く、ザルツブルクを楽しむ
定番の観光スポットを巡るだけでなく、ザルツブルクならではの体験をプラスすることで、旅はさらに思い出深いものになります。音楽、自然、そして季節のイベント。この街が持つ多彩な顔に触れてみましょう。
音楽の祭典、ザルツブルク音楽祭
毎年7月下旬から8月末にかけて、ザルツブルクは一年で最も華やぎ、最も熱気に包まれる季節を迎えます。世界最高峰の音楽と演劇の祭典「ザルツブルク音楽祭」が開催されるのです。
1920年に、劇作家ホフマンスタール、演出家マックス・ラインハルト、作曲家リヒャルト・シュトラウスらによって創設されたこの音楽祭は、今や世界中の音楽ファンが憧れる夢の舞台。期間中は、祝祭大劇場やモーツァルテウム、フェルゼンライトシューレといった市内の主要なホールで、世界トップクラスのオーケストラ、指揮者、ソリスト、オペラ歌手による公演が連日繰り広げられます。
音楽祭の幕開けを告げるのは、大聖堂前のドーム広場で上演される野外劇『イェーダーマン』。これは創設以来の伝統で、音楽祭の象徴的なイベントです。チケットは高価で入手困難なものも多いですが、街の雰囲気だけでも十分に楽しめます。ドレスアップした紳士淑女が劇場へ向かう姿、公演の合間にシャンパンを片手に語らう人々の姿は、それ自体が華やかなスペクタクル。運が良ければ、市庁舎前などで開催されるパブリックビューイングで、公演の映像を無料で楽しむこともできます。音楽が街の主役になる特別な夏を、ぜひ一度体験してみてください。
ザルツァッハ川クルーズ
ザルツブルクの旧市街と新市街を分けるように、街の中心を悠々と流れるザルツァッハ川。この川から街を眺めてみるのも、また一味違った楽しみ方です。旧市街のアイゼルナー・シュテーク橋のたもとからは、観光用の遊覧船が出ています。
約40分間のクルーズでは、川面からホーエンザルツブルク城塞や大聖堂のドーム、色とりどりの建物が並ぶ川岸の景色をゆったりと楽しむことができます。陸から見るのとはまた違う、ダイナミックな街の姿を発見できるでしょう。特に人気なのが、水陸両用バスを使ったツアーです。街の主要な観光スポットをバスで巡った後、そのままスロープを下ってザブンと川へ!バスが船へと変身する瞬間は、乗客から歓声が上がります。ユニークな体験と効率的な観光を両立できる、面白いアトラクションです。
クリスマスマーケットの魔法
もし冬にザルツブルクを訪れる機会があるなら、ぜひアドヴェント(待降節)の時期を狙ってみてください。街はまるでおとぎの国のような、ロマンチックな雰囲気に包まれます。ザルツブルクのクリスマスマーケットは、世界で最も美しいマーケットの一つとして知られています。
メイン会場となるのは、大聖堂前とレジデンツ広場。雪化粧した大聖堂と城塞を背景に、温かい光を灯した木の屋台(ヒュッテ)がずらりと並びます。屋台では、繊細なガラス細工のオーナメント、手作りのキャンドル、温かい毛織物など、クリスマスならではの可愛らしい雑貨が売られています。そして、マーケットの楽しみといえば、やはりグルメ。スパイスの効いたホットワイン「グリューワイン」や、焼きソーセージ、甘い焼きリンゴなどの香りが漂い、冷えた体を温めてくれます。
コーラス隊によるクリスマスキャロルの歌声が広場に響き渡り、人々の笑顔と温かい光に満ちたマーケットを歩けば、心からの幸福感に包まれるはずです。ザルツブルクの冬は寒いですが、それを補って余りあるほどの魔法のような時間が待っています。
ザルツブルクからの日帰り旅行
ザルツブルクは、その周辺にも魅力的な観光地が点在しており、数日滞在して日帰り旅行を楽しむ拠点としても最適です。アルプスの大自然や、歴史の舞台を訪ねて、少し足を延ばしてみませんか。
絶景の湖水地方、ザルツカンマーグートへ
ザルツブルクの東に広がるザルツカンマーグートは、大小70以上もの美しい湖と、雄大なアルプスの山々が織りなす風光明媚なエリアです。『サウンド・オブ・ミュージック』のオープニングシーンで、マリアが丘の上で歌うあの印象的な風景も、この地方で撮影されました。
中でも特に人気なのが、ハルシュタット湖のほとりに佇むハルシュタットの村。「世界で最も美しい湖畔の町」と称され、その景観は「ハルシュタット=ダッハシュタインのザルツカンマーグートの文化的景観」として世界遺産に登録されています。急な山の斜面に、パステルカラーの可愛らしい家々が寄り添うように建ち並ぶ光景は、まるでおとぎ話の一場面。マルクト広場や、高台にある教会の墓地からの眺めは、まさに絵葉書のような美しさです。
もう一つおすすめなのが、ヴォルフガング湖畔のザンクト・ヴォルフガング。ここからは、レトロな蒸気機関車が力強く山を登るシャーフベルク鉄道に乗ることができます。標高1783mの山頂駅からは、眼下にきらめくヴォルフガング湖をはじめ、ザルツカンマーグートの湖沼群とアルプスの山々を360度見渡すことができる、まさに絶景が待っています。
アドラーズネスト(ケールシュタインハウス)
歴史に興味があるなら、ドイツ国境を越えた先にあるケールシュタインハウス、通称「アドラーズネスト(鷲の巣)」への日帰り旅行も強烈な印象を残すでしょう。ここは、ナチス・ドイツが総統アドルフ・ヒトラーの50歳の誕生日を記念して、標高1834mの山の頂に建設した山荘です。
麓のバス停から専用のバスに乗り、断崖絶壁に造られたスリリングな山道を登ります。終点でバスを降りた後、岩盤をくり抜いた長いトンネルを歩き、豪華な真鍮製の専用エレベーターに乗って一気に124mを上昇すると、山頂の山荘に到着します。ヒトラー自身は高所恐怖症だったため、ここをあまり利用しなかったと言われていますが、眼下に広がるバイエルンのアルプスの壮大なパノラマは、言葉を失うほどの美しさです。内部は現在レストランになっており、美しい景色を眺めながら食事をすることもできます。美しい風景と、それが持つ負の歴史のコントラストが、訪れる者に様々なことを問いかけてくる、ユニークで示唆に富んだ場所です。
ザルツブルク旅行のプラクティカル情報
最後に、ザルツブルクへの旅を計画する上で役立つ、実用的な情報をまとめました。これを参考に、快適でスムーズな旅の準備を進めてください。
アクセス方法
日本からザルツブルクへの直行便はないため、ヨーロッパの主要都市(フランクフルト、ミュンヘン、ウィーン、イスタンブールなど)で飛行機を乗り継ぐのが一般的です。ザルツブルク空港(W.A.モーツァルト空港)は市内中心部から約4kmと非常に近く、バスやタクシーで15〜20分ほどでアクセスできます。
また、近隣の大都市から鉄道でアクセスするのも便利です。特にドイツのミュンヘンからは、特急列車で約1時間半〜2時間。オーストリアの首都ウィーンからは、特急列車レイルジェットで約2時間半です。どちらの都市も日本からの直行便があるため、これらの都市とザルツブルクを組み合わせた周遊旅行も人気があります。
市内の交通
ザルツブルクの旧市街は非常にコンパクトで、主要な観光スポットはほとんど徒歩で回ることができます。石畳の小径をのんびりと散策しながら、街の雰囲気を肌で感じるのが一番のおすすめです。
少し離れた場所へ行く際には、市バスが便利です。路線網が発達しており、観光客でも分かりやすくなっています。そこでおすすめしたいのが、「ザルツブルクカード」です。このカードを一枚持っていれば、市内の公共交通機関(バス、ケーブルカー、メンヒスベルクのエレベーターなど)が乗り放題になるほか、モーツァルトの生家や住居、ホーエンザルツブルク城塞など、ほぼ全ての博物館や観光施設に無料で入場できます(一部割引)。24時間、48時間、72時間の種類があり、滞在日数に合わせて選べます。料金をいちいち気にせず、効率的に観光したい方にとっては、間違いなくお得なカードです。観光案内所やホテルのフロントなどで購入できます。
おすすめの滞在エリアとホテル
ザルツブルクでの滞在は、大きく分けてザルツァッハ川の左岸(旧市街側)と右岸(新市街側)のエリアに分かれます。
旧市街エリアは、世界遺産の中心に滞在する贅沢を味わえます。夜、観光客が去った後の静かな石畳の道を散策できるのは、このエリアに宿泊する特権です。ホテル・ザッハー・ザルツブルクのような最高級ホテルから、歴史的な建物を改装した趣のあるプチホテルまで選択肢は様々。ただし、車の乗り入れが制限されている場所も多く、料金は比較的高めです。
一方、新市街エリアは、ザルツブルク中央駅やミラベル庭園がある側です。近代的なホテルが多く、比較的リーズナブルな宿泊施設も見つけやすいでしょう。駅に近いので、鉄道でザルツブルクに到着したり、日帰り旅行に出かけたりするのに非常に便利です。旧市街へも橋を渡ればすぐなので、利便性を重視するならこちらのエリアがおすすめです。
旅のベストシーズン
ザルツブルクは、どの季節に訪れてもそれぞれの魅力がありますが、目的によってベストシーズンは異なります。
春(4月〜6月)は、花々が咲き乱れ、街が一年で最も生き生きとする季節です。気候も穏やかで、街歩きには最適です。
夏(7月〜8月)は、ザルツブルク音楽祭のシーズン。街全体が祝祭ムードに包まれ、音楽好きにはたまらない季節です。ただし、最も観光客が多く、ホテルの予約も取りにくく料金も高騰します。
秋(9月〜10月)は、夏の喧騒が落ち着き、気候も安定している過ごしやすい季節。周囲の山々が紅葉に染まり、美しい景色を楽しめます。
冬(11月〜3月)は、クリスマスマーケットが始まる11月下旬から12月にかけてがハイライト。ロマンチックな雰囲気を楽しみたいならこの時期がおすすめです。1月、2月は寒さが厳しくなりますが、雪景色のザルツブルクもまた幻想的で美しいものです。オフシーズンなので、観光客が少なく、ゆっくりと街を堪能できるというメリットもあります。

