燦々と輝く太陽、黄金に輝く寺院、そして食欲をそそるスパイシーな香り。タイという国は、いつ訪れても五感を刺激し、私たち旅人を魅了してやみません。エキゾチックな文化と人々の温かい微笑みに触れるたび、また必ずここに戻ってきたいと思わせてくれる不思議な引力があります。しかし、ここ数年、そんなタイへの旅を計画する多くの日本人旅行者の頭を悩ませている問題があります。それは、かつてないほどの「タイ・バーツ高」です。
「昔はもっとお得に楽しめたのに…」 「両替するたびに、なんだか損した気分になる…」
そんな声が聞こえてくるのも無理はありません。同じ1万円を両替しても、手元に来るタイ・バーツの額は年々目減りし、ホテルの宿泊費から屋台のパッタイ一杯に至るまで、あらゆるものが割高に感じられるようになりました。
経済の専門家たちは、このバーツ高の要因として、堅調な観光業の回復や輸出の伸びなどを挙げています。もちろん、それらは大きな理由の一つでしょう。しかし、その公式見解だけでは説明しきれないほどの、異常とも言えるバーツの強さの裏側で、ある巨大な闇のネットワークが蠢いているとしたら…?その鍵を握るのが、近年急速にその存在感を増している「暗号資産」です。
この記事では、単なる旅行情報サイトでは決して語られることのない、タイ・バーツ高の深層に迫ります。東南アジアを拠点とする国際的な犯罪ネットワークが、いかにして暗号資産を使い、巨額の犯罪収益を洗浄(マネーロンダリング)しているのか。そして、そのマネーロンダリングの過程が、巡り巡って私たちが手にするバーツの価値にまで影響を及ぼしているという、驚くべき実態を紐解いていきます。これは、遠い世界の出来事ではありません。私たちが安全で賢明な旅をするために、そしてタイという国のもう一つの顔を理解するために、知っておくべき現代のリアルなのです。
このような経済の裏事情に加え、賢く安全な滞在のためには、タイの新しいアルコール規制法など、現地で遵守すべきルールについても事前に把握しておくことが肝要です。
なぜタイ・バーツは高騰するのか? – 表向きの理由と隠された疑惑

多くの旅行者が実感するバーツ高。その背後には、教科書通りの経済理論と、表に現れない巨大な資金の流れという、二つの視点があります。まずは、一般に知られる「公式見解」から確認してみましょう。
堅調なタイ経済が示す「公式見解」
タイ中央銀行や経済専門家がバーツ高の要因として挙げるのは、主に以下の三つです。
- 活発な観光業の回復: 長引いたコロナ禍の影響を乗り越え、世界中から観光客がタイへ戻ってきました。バンコクのスワンナプーム国際空港を訪れれば、その活気がすぐに感じられます。訪問者が持ち込むドルやユーロ、日本円などの外貨はタイ・バーツに両替されます。外貨が売られバーツが買われるという、基本的な需給関係がバーツの価値を押し上げる大きな力となっていることは間違いありません。
- 堅調な輸出産業: タイは東南アジアを代表する工業国の一つであり、自動車部品や家電製品、加工食品などの輸出は経済の重要な支柱です。世界経済が不安定な中でも、タイの輸出は比較的好調であり、輸出企業が稼ぎ出した外貨を国内でバーツに替える動きも、バーツ需要の増加につながっています。
- 相対的に緩やかな金融政策: 世界的なインフレ対応のなか、アメリカなどは急激な利上げを進める一方で、タイの利上げは比較的ゆるやかなペースで行われました。それでもなお、安定したタイ経済への信頼から、海外からの資金流入が続いている面も見逃せません。
これらのポイントはいずれも妥当であり、バーツ高の重要な要因であることは確かです。しかし近年のバーツの動きは、それらの好調な経済指標だけでは説明しきれないほどの強さを感じさせます。まるで市場の通常の理屈とは違った、見えない巨額の買い手が常に存在しているかのような…。ここにこそ、我々が注目すべき疑念の本質が潜んでいるのです。
影で動く巨大資金――犯罪収益の影響
その「見えない買い手」の正体が、国際的な犯罪組織が生み出した「汚れた金」、すなわち犯罪収益である可能性が、専門家や捜査機関の間で囁かれています。彼らは麻薬取引や人身売買、そして近年急増しているオンライン詐欺から得た巨額の資金を、正式な経済システムに組み込むためマネーロンダリングを行わなければなりません。
そして、その資金洗浄の最終目的地の一つとして、タイのバーツが選ばれていると言われています。ではなぜタイなのか。
- 地理的な優位性: タイはミャンマー、ラオス、カンボジアと国境を接し、東南アジアの交通ハブとして機能しています。特に国境地帯には管理の及ばない無法地帯が存在し、オンライン詐欺や違法カジノといった犯罪の温床となる「ゴールデントライアングル」として知られています。タイはこうした犯罪拠点から生成された資金が世界へ流出する中継地として、非常に都合の良い場所にあるのです。
- 現金主義と観光産業: タイ社会では依然として現金の流通が盛んで、特に観光業には大量の現金が日常的に動いています。この豊富な現金の流れは、汚れた金を紛れ込ませる絶好の隠れ蓑となります。
- かつて緩やかだった規制: 以前は不動産や宝飾品の取引における規制が比較的ゆるく、犯罪組織にとって魅力的な市場と考えられていました。現在は規制強化が進んでいるものの、一度築かれたネットワークは容易には消えません。
こうした事情から、犯罪組織は不正に得た資金を「クリーンなタイ・バーツ」へと換金しようとします。このいわば「汚れた資金によるバーツ買い」が、通常の経済活動を超えた需要となり、バーツの価値を不自然に押し上げている可能性があるのです。これが、バーツ高の裏側に隠されたもう一つの可能性のシナリオと言えるでしょう。
暗号資産が変えたマネーロンダリングの手法
かつて、マネーロンダリングと聞くと、現金をスーツケースに詰め込み国境を越える方法や、架空企業(ペーパーカンパニー)を用いて複雑な取引を繰り返す方法、さらにはカジノで汚れた現金をチップに換え、少し遊んだ後でクリーンな現金として引き出すといった、実物を伴う時間のかかる手法が主流でした。しかし、デジタル技術の発展、とりわけ暗号資産の登場により、それらの手口は大きく変化しました。
従来の方法からデジタル手法へと移行
従来のマネーロンダリングには常に「発覚するリスク」が付きまといました。大量の現金移送は税関で発見される恐れがありますし、銀行間の複雑な送金も金融機関のアンチマネーロンダリング(AML)システムで異常取引として検知される可能性がありました。さらに、物理的な手続きには膨大な時間やコストがかかるうえ、多くの協力者も必要でした。
しかし暗号資産は、これらの壁を瞬時に取り除いてしまったのです。
暗号資産がもたらす匿名性と高速性
犯罪組織がマネーロンダリングに暗号資産を多用し、特にビットコインやステーブルコインのテザー(USDT)を好むのには明確な理由があります。
- 国境を越えた迅速な送金: 暗号資産による送金には国境の制約がなく、銀行の営業時間や国際送金の複雑な手続きも不要です。インターネットに接続できれば、世界のどこへでも数分から数十分で、しかも非常に低い手数料で巨額の資金を送金可能です。これは犯罪収益を素早く犯罪拠点から安全な場所へ移動したい組織にとって極めて魅力的な特徴です。
- 匿名性の高さ: ビットコインの取引記録(ブロックチェーン)は公開されているものの、ウォレットの所有者を特定するのは簡単ではありません。加えて、「ミキシングサービス」や「タンブラー」と呼ばれる技術を使えば、複数ユーザーのコインを混ぜ合わせることで資金の追跡を非常に困難にします。また、モネロ(XMR)やジーキャッシュ(Zcash)といった取引匿名性を強化した「プライバシーコイン」も存在し、捜査当局を悩ませています。
- ステーブルコインの利便性: 近年特に利用が増えているのが、米ドルなどの法定通貨と価値が連動している「ステーブルコイン」です。この中でも代表的なテザー(USDT)は価格変動が少なく、資金の移動や保管に適しています。犯罪組織は様々な詐欺で得た各国通貨をまず追跡が困難なUSDTに交換し、それを世界中の協力者へ送金する仕組みを確立しています。
このようにデジタル化された手口により、マネーロンダリングはかつてない規模とスピードで行われるようになりました。そして、その最終段階である「現金化」の拠点として、タイが注目されているのです。
驚愕のスキーム – 犯罪ネットワークはこうしてバーツを買い上げる

具体的に、犯罪組織はどのような手段で暗号資産をタイ・バーツに換えているのでしょうか。その背景には、東南アジアで深刻な社会問題となっている、特殊なオンライン詐欺の存在が深く関係しています。
「ピッグ・ブッチャリング」詐欺とは?
近年、アジア全域、さらには日本でも被害が急増しているのが、「ピッグ・ブッチャリング(豚の屠殺)」と呼ばれる非常に悪質かつ計画的な詐欺手法です。この名称は、ターゲット(被害者)をじっくりと「肥えさせ」(信頼関係を築いて投資額を増やさせ)、最終的にはすべて奪い取る(屠殺する)その冷酷なプロセスに由来しています。
この詐欺の手口は、まるで恋愛ドラマのように展開されます。
- 出会い: 詐欺師は、マッチングアプリやFacebook、InstagramなどのSNSを活用し、魅力的なプロフィール写真を用いて標的に接触します。彼ら・彼女らは容姿端麗で、裕福な実業家や投資家を装うケースが多いです。
- 関係構築: 初めは投資の話をせず、日々甘い言葉を送りかけたり、悩み相談に乗ったりして、ターゲットの心の隙間に入り込みます。数週間から数カ月をかけ、まるで本物の恋愛関係にあるかのように錯覚させて、深い信頼関係を築きます。
- 誘導: 関係が十分に深まったタイミングで、詐欺師は「自分だけが知る特別な投資情報がある」「この暗号資産プラットフォームは必ず儲かる」といった話を持ち出します。そして、「二人の未来のために、一緒に資産を増やそう」と巧みに誘います。
- 搾取: ターゲットは最初に少額の資金を投じます。偽の投資サイトやアプリでは利益がどんどん増えているように見えるため、信用を深めます。その後、詐欺師は「さらに大きな利益を狙うには追加投資が必要だ」と仕向け、ターゲットは借金などもして、持てる資産をすべて注ぎ込みます。
- 失踪: これ以上の現金投入が難しくなった、あるいは資金を引き出そうとした瞬間に連絡が途絶え、偽の投資サイトも閉鎖されます。結果として被害者に残るのは、多額の損失と、信じていた相手に裏切られたという深い心の傷だけです。
特に恐ろしいのは、多くのケースで被害金の送金が銀行振込ではなく、暗号資産(特にUSDT)で行われる点です。これは送金が迅速かつ追跡困難であるため、犯罪組織にとって非常に都合が良いのです。
騙し取られた暗号資産(USDT)がタイ・バーツに変換されるまで
こうして世界中の被害者から集められた膨大なUSDTは、ミャンマーやカンボジアの国境付近にある詐欺拠点へと集約されます。ここから、タイ・バーツ高騰に関係する重要な過程が始まります。
- タイ国内への送金: 犯罪組織は、このUSDTをタイ国内にいる協力者の暗号資産ウォレットに送金します。デジタル上の送金には国境検問は存在しません。
- 非合法な換金活動: タイ国内の協力者(非合法な両替業者や犯罪組織と接点のある人物)は、受け取った大量のUSDTを現金化しようと試みます。正規の取引所を使うと本人確認(KYC/CDD)で身元が判明し、マネーロンダリング摘発のリスクがあるため、暗躍するのは地下のP2P取引や闇両替ネットワークです。
- バーツの需要形成: 闇取引市場では「USDTを売ってタイ・バーツを買いたい」とする大きな需要が生まれます。犯罪組織は足がつかないよう、やや不利なレートでも急いでUSDTをバーツ現金に換金しようとします。この、いわば「汚れたUSDTの投げ売り」と「バーツの急激な買い」が、地下市場だけでなく正規の為替市場にも影響を及ぼし、バーツ全体の価値上昇を促す一因となっていると考えられています。
つまり、私たちが日本でニュースを見ている間にも、遠く離れた国で詐欺被害者の涙は暗号資産USDTに姿を変え、それが東南アジアの犯罪拠点を経由してタイに渡り、闇市場で大量のバーツへと交換されることで、私たちがタイで使う通貨価値にまで影響を及ぼしているという、壮大かつ現実的な構図が存在しているのです。この種の犯罪と暗号資産の関連性については、国連薬物犯罪事務所(UNODC)の報告書でも警告が発せられています。
なぜタイなのか?—犯罪者たちの「ハブ」としての役割
このスキームにおいて、タイが果たす役割は単なる「現金化の場」に留まりません。詐欺を実行する者や犯罪組織の幹部たちが身を潜め、活動する拠点としての側面を持っています。
彼らは観光ビザで入国し、高級コンドミニアムに住み派手な生活を送りつつ、リモートで詐欺の指示を出すケースも少なくありません。タイの都市部は利便性が高く、国際アクセスも良好で、一定の匿名性を保てる環境があるため、国際犯罪者にとって魅力的な場所となっています。
タイ警察もこうした外国人犯罪者の摘発に注力していますが、末端を逮捕できても背後の大物にたどり着くのは容易ではありません。彼らは巧みに国境を越えて移動し、捜査が及ぶ前に姿を消してしまいます。このようにして、タイは意図せずして東南アジアのサイバー犯罪における重要な「ハブ」の一つとなってしまっているのが現状です。
旅行者として私たちが直面する現実と、自衛のためにできること
ここまでバーツ高の背景にある暗く複雑な世界情勢について説明してきました。それでは、一人の旅行者として私たちはこの現実とどのように向き合い、何を心がけるべきでしょうか。ここからは、あなたのタイ旅行をより安全かつ賢明にするための具体的な行動計画をお伝えします。
バーツ高の直接的な影響 — 旅行費用の増加
まず最初に直面するのは、旅行にかかる純粋な費用の増加です。例えば、以前は1バーツが3.0円だった時期、1万円を両替すれば約3,333バーツ得られました。しかし、現在1バーツが4.2円に上昇した場合、同じ1万円でも受け取れるバーツは約2,380に減少します。この差は非常に大きいのです。
- 高級ホテルの一泊分が消失: 約950バーツもの差額は、ローカルの食堂であれば20回以上の食事分に相当し、お土産やマッサージ代にも十分充てられます。数日間の滞在となれば、その影響はより顕著になります。
- 予算の見直しが不可欠: これまでの感覚のままで旅行計画を立てると、現地で予算不足に陥る恐れがあります。出発前に最新の為替レートをもとに、宿泊費、食費、交通費、アクティビティ費用などを余裕を持って再計算することが重要です。
安全な両替と決済方法 — トラブル回避のための準備リスト
バーツ高の影響で、少しでも有利なレートで両替したいと思うのは自然なことですが、その心理につけ込む詐欺も存在します。安全を最優先に、賢く資金管理をするための準備と具体的な手順を確認しましょう。
準備すべき持ち物リスト
タイ旅行で必要となる、お金に関する持ち物をまとめました。
- 複数枚のクレジットカード: VISAかMastercardブランドのカードをメインに、予備のカードも合わせて持参すると安心です。JCBは使える店舗が限られるためメインには不向きです。ICチップ付きカードを必ず選び、磁気ストライプのみの旧型カードはスキミング防止のため避けましょう。
- 海外キャッシング対応カード: クレジットカードのキャッシング機能を使えば、現地のATMから直接タイ・バーツを引き出せます。両替所が閉まっている時間帯や急に現金が必要な際に便利です。レートも比較的良好ですが、ATM手数料や利息がかかるため、事前にカード会社の規約をよく確認しましょう。
- 少額の日本円現金: 帰国時の交通費や、万が一カード類が使えなくなった時の緊急用として、1〜2万円程度の日本円現金を携帯することは精神的な安心につながります。
- スマートフォン: Google Mapsや配車アプリ「Grab」、さらにクレジットカードの利用通知受信のためにも必携です。
- モバイルバッテリー: スマートフォンは旅行中の生命線です。電池切れを防ぐため、大容量のモバイルバッテリーも忘れずに持っていきましょう。
賢い両替の手順
- 空港での両替は最低限に抑える: 日本の空港やタイの空港到着ロビーにある銀行の両替所は、レートが一般的に悪いため、移動に必要な最低限の金額(目安は5,000円〜10,000円程度)だけ両替するのが賢明です。
- 市内の信頼できる両替所を利用する: 最も良好なレートを狙うなら、バンコク市内の「スーパーリッチ(Superrich)」のような民間両替所が人気です。緑の看板の「Superrich Thailand」とオレンジの「Superrich 1965」があり、どちらもレートが良く知られています。パスポートの提示が必須なのでお忘れなく。公式サイトで当日のレートをチェックしてから訪れるのも有効です。
- 銀行での両替: 市内の銀行でも両替可能ですが、専門両替所に比べてレートはやや劣ります。ただし、偽札リスクがなく安全性が高いというメリットがあります。
避けるべき行動(両替の罠)
- 路上での声かけは絶対に無視する: 「良いレートで両替しよう」と声をかけてくる人は、ほぼ詐欺師と考えてください。悪質なレート提示、偽札のすり替え、両替時のスリ被害など犯罪に巻き込まれる可能性が非常に高いため、絶対に応じてはいけません。
- 非公式の両替所は利用しない: 正規のライセンスを持たない小規模店舗での両替は危険です。知らず知らずのうちにマネーロンダリングなどに加担するリスクもあります。必ず看板が明確でパスポート確認など正規手続きを行う場所を選びましょう。
スマートな決済方法
- クレジットカードを積極活用: レストラン、ホテル、デパート、大手スーパーマーケットなどでは、クレジットカード決済が広く利用されています。現金持ち歩きのリスクを軽減でき、カード会社のレートが適用されることで現金両替よりお得になる場合も多いです。
- 決済時の注意点: 支払う際は必ず自分の目の前で処理してもらいましょう。カードを店の裏に持ち込まれる場合はスキミングの危険があるため注意が必要です。請求額とレシートの内容はしっかり確認し、レシートは保管してください。
- QRコード決済について: タイでは「PromptPay」などのQRコード決済が普及していますが、これは基本的にタイの銀行口座保有者向けです。短期旅行者が利用するのは難しいため、決済はクレジットカードと現金の併用が現実的です。
あなたも標的? — 詐欺から身を守る心構え
ここで紹介した「ピッグ・ブッチャリング」詐欺は他人事ではありません。日本人旅行者や在住者もターゲットにされています。旅先での開放的な気分が油断を生み、トラブルの元になることもあります。自分を守るための鉄則をしっかり頭に入れてください。
守るべきルール・禁止事項
- SNSでの甘い誘いに乗らない: 旅行中に知り合った人やオンラインで接点ができた人物から、投資や儲け話を持ちかけられたら、それは詐欺と考えましょう。特に「暗号資産」「FX」「必ず儲かる」などの言葉が出たら、即座に距離を置いてください。
- 安易に個人情報を教えない: 氏名、生年月日、住所、パスポート情報などは信用できない相手に絶対に提供しないでください。これらは他の犯罪に悪用される恐れがあります。
- 不明なアプリはインストールしない: 「このアプリで簡単に稼げる」などの甘い誘いで、提供元が不明なアプリのインストールを勧められても断りましょう。マルウェア感染により個人情報が盗まれる危険があります。
- 金銭の貸し借りは避ける: 「財布を盗まれた」「急に現金が必要」など同情を誘う話で金銭を借りることは避けるべきです。善意でも見知らぬ相手との金銭のやり取りはトラブルの元です。
トラブル発生時の対応
万が一トラブルに遭った場合、慌てず対応できるように事前に連絡先を控えておきましょう。
- 警察への連絡: 真っ先に警察に届け出ることが大切です。旅行者向けの「ツーリストポリス」は英語が通じやすく親切に対応してくれます。緊急電話番号は「1155」です。スマートフォンに登録しておきましょう。
- 在タイ日本国大使館への相談: パスポートの紛失・盗難や重大な犯罪被害に遭った場合は、在タイ日本国大使館に連絡しましょう。必要な手続きや支援の案内を受けられます。公式サイトで所在地や連絡先を確認し、緊急時の連絡先を控えておくことを強くお勧めします。
- クレジットカード紛失・盗難時の対応: カードを紛失したら速やかにカード裏面にある緊急連絡先(または事前に調べておいた番号)に電話して利用停止手続きを行ってください。多くのカード会社は24時間日本語対応のサービスを提供しており、迅速な対応が不正利用被害を最小限に抑えます。
タイ滞在中のその他の注意点
お金や詐欺以外にも、タイ旅行にあたって知っておくべき重要なルールがあります。無知でトラブルになるケースもあるため、必ず目を通してください。
服装のマナー
タイは敬虔な仏教国です。特に王宮や格式ある寺院(ワット・プラケオ、ワット・ポー、ワット・アルンなど)を訪問する際は服装規定が厳しいです。
- 禁止される服装: 肩を露出するタンクトップやキャミソール、膝を見せるショートパンツやミニスカート、破れたジーンズ、レギンスなど体に密着する服は入場を拒否されます。
- 準備すべき服装: 肩を覆うTシャツやブラウス、足首まである長いパンツやロングスカートを用意しましょう。入口で羽織るストールやパレオを持参すると便利です。
持ち込み禁止 — 電子タバコの危険
旅行者が見落としがちで、トラブルに直結しやすいのが電子タバコの持ち込みです。
- タイでは全面禁止: 加熱式タバコ(アイコス等)やVAPE(ベイプ)を含む全ての電子タバコの所持、使用、販売が法律で厳しく禁止されています。
- 重い罰則: 所持が発覚すると、高額な罰金(数万〜数十万円)だけでなく、逮捕や懲役刑に処される可能性もあります。「知らなかった」は通用しません。在タイ日本国大使館も繰り返し注意を呼びかけています。日本の空港免税店で購入したものでも持ち込み不可です。喫煙者は滞在中は紙巻きタバコにするか禁煙を貫くことが最も重要なルールの一つです。あなたの安心安全な旅のために、必ず守りましょう。
タイ政府と国際社会の闘い – 終わりなきマネーロンダリングとの攻防

もちろん、タイ政府もこの深刻な問題を見過ごしているわけではありません。マネーロンダリング対策(AML)およびテロ資金供与防止(CFT)の国際的な基準を満たすために、近年、規制の強化を急速に進めています。
タイの証券取引委員会(SEC)は、国内の正式な暗号資産取引所に対して厳格な顧客確認(KYC)手続きを義務付けています。利用者の本人確認を徹底し、不審な取引を見つけた場合には、アンチ・マネーロンダリング事務局(AMLO)への報告が求められています。
さらに、2023年には、本人確認が行われていない「プライバシーコイン」の取扱い停止や、P2P取引における本人確認の強化など、次々と新たな規制を導入しています。これは、犯罪組織が好んで使う匿名性の高い暗号資産を利用した抜け道を封じようとする強い決意の表れといえるでしょう。
しかしながら、犯罪組織もまた巧みに規制の網をくぐり抜けようとしています。正規の取引所を通さずに、SNSなどを介した非公式なP2P取引や、現金手渡しの非合法な両替ネットワークを利用し、当局の監視を回避しようと試みているのです。まさにいたちごっこの様相を呈しています。
この問題はタイだけの努力で解決できるものではありません。詐欺の拠点はミャンマーやカンボジアに存在し、被害者は日本やアメリカ、ヨーロッパをはじめ世界各地に広がっています。一方で資金洗浄の舞台はタイであり、この国境を超えた犯罪に立ち向かうためには国際的な捜査連携が欠かせません。実際、タイ警察はアメリカのFBIや日本の警察庁などと連携し、合同で犯罪組織の摘発にあたるケースも増加しています。終わりなき戦いは、現在もなお続いているのです。
旅の彩りを深めるための視点
微笑みの国、タイ。その魅力はこれまでも、これからも色あせることはないでしょう。美味しいタイ料理に舌鼓を打ち、壮麗な寺院の歴史に思いを馳せ、青く澄んだ海でゆったり過ごす時間は、何物にも代えがたい宝物です。
ですが、今回の旅では少し視点を変えてみるのも一案です。活気に満ちた両替所の列に並びながら、そのレートの背後に広がる複雑な世界の動きを想像してみる。街角で豪華な車から降り立つ人々を目にしたとき、その富の根源はどこにあるのだろうと、ほんの少し立ち止まって考えてみてはどうでしょうか。
私たち旅行者にできることは、決して大掛かりなものではないかもしれません。しかし、まず「知る」ことが大切です。バーツ高の背後には、オンライン詐欺の被害に苦しむ人々がいるかもしれず、そうした不正なお金がこの美しい国の経済にまで影響を及ぼしている現実があることを理解するだけでも、旅の深まり方は大きく変わるはずです。
次に、「賢明に行動する」ことも重要です。非公式な両替や甘い誘いを断り、正規のルールに従って行動すること。これは自分自身の安全を守るだけでなく、犯罪組織に利益を与える悪循環から距離を置くことにもつながります。正確な知識を持って備え、毅然とした態度で行動することこそが、現代の旅行者に求められる「賢者の姿勢」なのかもしれません。
バーツ高という逆風は、むしろ私たちにタイという国をより多面的に、より深く見つめる機会を与えてくれているのかもしれません。物価の上昇を嘆くばかりでなく、その背景にある社会の複雑な動きを学び、一人の責任ある旅行者としてこの美しい国と向き合う。そんな思慮深い旅ができれば、あなたのタイでの体験はこれまで以上に豊かで忘れがたいものとなるでしょう。

