小籠包の湯気、夜市の喧騒、タピオカミルクティーの優しい甘さ。多くの人が「台湾」と聞いて思い浮かべるのは、美食と活気に満ちた街の姿かもしれません。もちろん、それも台湾の大きな魅力。レース後のご褒美として、私もいつもお世話になっています。
ですが、世界中の道を走ることを生業とする私が、トレーニングと冒険の地に台湾を選ぶ理由は、実は別のところにあります。それは、この島の中心に、天を衝くように連なる巨大な山脈が横たわっているからです。
台湾は、国土の約70%を山地が占める、アジアでも有数の高山地帯。標高3,000メートルを超える山、いわゆる「台湾百岳」と呼ばれる名峰が、なんと100座以上もひしめき合っているのです。富士山より高い山が、いくつも、いくつも。まるで、大地の背骨のように。
マラソンランナーにとって、高地は特別な意味を持つ場所。心肺機能を極限まで高めるトレーニングの聖地です。そして、どこまでも続く急峻な登りは、最強の脚力と精神力を養うための、最高の道場。だから私は、ロードを離れ、トレイルへと足を踏み入れるのです。グルメ旅だけではもったいない。台湾の本当の魅力は、その頂きにこそあるのだと、私は確信しています。
この記事では、私、マラソンジャンキー・サキがアスリートの視点から、台湾登山の魅力と、レベル別のおすすめ登山ツアーを徹底的に解説します。初心者向けのハイキングから、台湾最高峰・玉山への挑戦まで。次の旅は、ランニングシューズをトレッキングシューズに履き替えて、まだ見ぬ絶景を目指してみませんか?
なぜ今、台湾登山がアツいのか? 3つの魅力

台湾の山々が、世界中の登山愛好者や私のようなアスリートを惹きつけてやまない理由は明快です。アクセスのしやすさ、多様な山の顔ぶれ、そして安心して挑戦できる環境。この3つが絶妙に調和しているのです。
日本からのアクセスが抜群!週末の弾丸登山も実現可能
まず何より注目すべきは、そのアクセスの良さです。東京から台北までは飛行機でわずか3〜4時間。日本の主要都市からは多数の直行便が運航しており、特にLCC(格安航空会社)が豊富にあるため、思い立ったタイミングで比較的リーズナブルに航空券を手に入れられます。
また特筆すべきは、時差がたったの1時間という点。これは体調管理を重視するアスリートにとって、大きなメリットです。時差ボケの影響をほとんど受けず、到着後すぐにコンディションを整えアクティビティを開始できるため、身体への負担を最小限に抑えることができます。
この利点を活用すれば、「週末弾丸登山ツアー」も十分可能です。例えば金曜夜のフライトで台北に到着し、土曜早朝から登山に出発。1泊2日の山行を楽しみ、日曜夕方に下山、深夜便で帰国すれば、月曜朝には日本に戻ることができます。多少詰め込んだスケジュールにはなりますが、有給休暇を使わずに海外の3,000m級の山に挑戦できるのは、まさに夢のような話でしょう。
私自身もレースの合間にこの弾丸スタイルで台湾の山々へトレーニングに赴くことがよくあります。短時間ながら非日常の環境に身を置くことで、心身ともにリフレッシュされ、次の目標へ向けたモチベーションが高まるのを実感しています。
多様な表情を持つ山々。初心者から上級者まで楽しめるフィールド
台湾の山の魅力は、その多彩さにあります。台北市内から気軽にアクセスできる亜熱帯の森林を歩くハイキングコースから、森林限界を超えた天上の楽園のような景色が広がる3,000m級の縦走路まで、あらゆるレベルの登山者が満足できるフィールドが用意されています。
特に注目したいのは、垂直方向に変わる植生の違いです。標高が上がるにつれて、亜熱帯の照葉樹林から温帯の針葉樹林、さらに高山帯の草原や岩稜帯へと、まるで世界の気候帯を早送りで旅するかのような劇的な景色の変化を味わえます。これは急峻な地形を持つ台湾ならではの大きな魅力です。
初心者ならまずは陽明山国家公園のハイキングから始めるのがおすすめ。台北市街を一望できる絶景が待っています。体力がついてきたら、比較的アクセスしやすい合歓山のような3,000m級の山に挑戦してみてください。そして、十分な経験と体力が備われば、台湾の登山者の憧れである最高峰・玉山や、雄大な岩山の雪山を目指すことが可能です。
自身のレベルや目的に応じて山を選べる。この豊富な選択肢こそが、台湾が「登山の楽園」と称されるゆえんなのです。
安心・安全な登山環境。充実したインフラと日本語対応ツアー
海外での登山では、言葉の壁や現地のルール、安全面での不安を感じる方も少なくありません。しかし台湾は、その点においても非常に整った環境が整備されています。
主要な登山道は整備されており、道標もしっかりと設置されています。人気の山には清潔で管理の行き届いた山小屋があり、寝具や食事の提供もあるため、重いテントや食料を背負う必要がありません。これにより装備の軽量化が可能となり、体力の消耗を抑え登山に専念できます。
ただし、台湾の国立公園の特定の山域に入るには、「入園許可証」や「入山許可証」の事前申請が必須です。外国人旅行者にとっては手続きがやや煩雑で、特に人気の山小屋は予約が数ヶ月前から埋まってしまうことも珍しくありません。
そこで心強い存在が、現地の登山ツアーです。ツアー参加者はこれらの申請手続きを代行してもらえ、さらに経験豊富な現地ガイドが同行することで道迷いのリスクがなくなります。現地の自然や文化の解説を聞きながら、安全に登山を楽しめるのです。近年は日本語対応可能なガイドを擁するツアー会社も増え、言葉の不安なく安心してチャレンジできる環境が整っています。安全という最高の保険を手に入れつつ、台湾の山々の魅力を心ゆくまで味わうために、ツアー利用は非常に賢明な選択肢と言えるでしょう。
台湾登山に挑むための準備と心構え

台湾の山々は確かに魅力的ですが、その頂上に立つためには適切な準備と心構えが欠かせません。特に標高3,000mを超える高山では、急激な天候変化や高山病といった特有のリスクが存在します。ここでは、アスリートの視点を取り入れつつ、安全に登山を楽しむための重要なポイントを紹介します。
まずは入山許可証の仕組みを把握しよう
台湾の登山文化のなかで、特徴的かつ重要なのが「入園・入山許可制度」です。これは自然環境の保護と登山者の安全確保を目的としており、玉山や雪山、太魯閣(タロコ)といった国家公園の生態保護区や特定ルートに入る際に、事前にオンラインで申請し許可を得る必要があります。
申請には主に2種類があります。
- 入園許可証: 各国家公園管理処が管轄し、生態保護区に入る際に求められます。申請受付は希望日の1〜2ヶ月前から開始され、定員超過の場合は抽選となります。特に玉山の排雲山荘などは非常に人気が高く、数ヶ月前から計画を立てることが欠かせません。
- 入山許可証: 内政部警政署が管理し、安全確保の観点から特定の山域に入る際に必要です。入園許可とは別に申請しなければなりません。
これらの申請は、台湾国家公園のオンライン申請サービスなどから個人でも手続きが可能ですが、サイトは主に中国語と英語で運用されており、手続きは簡単ではありません。記入ミスや書類の不備があると許可がおりない場合もあります。
私自身、海外遠征では現地のルールを最優先にしていますが、この申請手続きだけは正直かなり手間がかかります。だからこそ、とくに初めて台湾で本格的な登山に挑む人や、限られた時間で確実に山に登りたい人には、登山ツアー参加を強くお勧めします。ツアー会社は申請の専門家であり、複雑な手続きを代行し、抽選突破のノウハウも持っています。これにより貴重な時間や労力を、トレーニングや体調管理に集中できるのは大きなメリットと言えるでしょう。
アスリート視点で考える!コンディション調整と高山病予防
標高3,000mを超える世界は平地とは全く異なり、酸素濃度が低く気圧も下がります。この環境に身体が慣れていなければ「高山病」を発症するリスクが高まります。頭痛、吐き気、めまい、倦怠感などの症状が現れ、重症化すれば命に関わる場合もあります。
高山病を防ぐために不可欠なのは「高地順応」です。酸素が薄い環境に徐々に慣らすプロセスで、これを怠ると体力に自信のあるアスリートでも発症する恐れがあります。
私が実践しているコンディション調整法をいくつか紹介します。
- 余裕を持ったスケジュール: 登山前日、できれば前々日には台湾入りし、登山口に近い高地(例えば合歓山なら清境農場など)で宿泊します。これにより、身体が少しでも標高に順応する時間を確保できます。飛行機の疲れを取る意味でも、前泊は必須と考えてください。
- 深い呼吸と水分補給: 高所では呼吸が浅くなりやすいので意識的に「深くゆっくり」呼吸し、体内に酸素を多く取り込むことが大切です。また乾燥した環境と呼吸回数増加で脱水しやすいので、喉の渇きを感じる前にこまめな水分補給を心がけ、一日に3〜4リットルの水分を目標にします。
- 効率的なエネルギー補給: 低酸素状態では炭水化物を主なエネルギー源として使う傾向があるため、消化のいいエナジージェルやバー、ドライフルーツなど、すぐエネルギーに変わる軽食を用意しましょう。レース中と同様に頻回な補給がパフォーマンス維持につながります。
- 予防薬の活用: 必要に応じて事前に医師の診断を受け、高山病予防薬(アセタゾラミドなど)を処方してもらうのも有効です。ただし薬はあくまで補助的な手段であり、基本の予防策を徹底することが前提です。
「体力があるから大丈夫」と過信せず、自身の体調の変化に注意を払い、少しでも異変を感じたら無理せずペースダウンやガイドへの相談を行う勇気が、安全で充実した登山のカギとなります。
必携装備リストと台湾ならではの注意点
台湾の山々は、1日のうちに季節が変わると言われるほど変わりやすい天候が特徴です。特に午後は雲が発生しやすく、突然の激しい雨(スコール)に見舞われることも多いです。亜熱帯気候に伴う高い湿度も踏まえた装備選びが重要になります。
- 基本装備:
- 登山靴: 防水性と透湿性に優れ、履き慣れたミドルカット以上の靴がおすすめです。足首をしっかり守ります。
- バックパック: 日帰りなら20〜30L、山小屋泊の場合は40〜50Lが目安。ザックカバーも必須です。
- レインウェア: 上下セパレートのタイプで、ゴアテックス等の高性能防水透湿素材のものを必ず用意してください。台湾の雨は激しいため、ここで妥協しないことが重要です。
- ヘッドライト: 早朝出発や予期せぬ日没に備え、予備電池とともに必ず携行しましょう。
- ウェアリング(服装):
- 基本は「レイヤリング(重ね着)」を徹底。汗をかいても速乾性のあるベースレイヤー、保温性の高いミドルレイヤー(フリースやダウン)、雨風を防ぐアウターを組み合わせ、気温や運動量に応じて調整します。
- 注意点: 台湾は湿度が高く汗が乾きにくいので、綿素材は避けてください。濡れて乾きにくいうえ、体温低下の原因になります。化繊かウール製品で揃えることが大切です。
- 台湾特有の装備と注意点:
- 強力な日焼け止め: 標高1,000mごとに紫外線量が約10%増えるため、3,000m級では森林限界を超え日差しを遮るものがありません。SPF50+、PA++++以上の日焼け止めを顔だけでなく首や耳、手にもこまめに塗り直しましょう。
- 帽子・サングラス: 紫外線から頭部と目を守る必須アイテムです。
- 虫よけ: 低〜中標高帯の森林では蚊やブヨ、ヒルが出ることもあります。虫よけスプレーの携行がおすすめです。
- トレッキングポール: 急な登り下りで膝への負担を減らし、バランスを保つのに役立ちます。特に長距離の歩行時に効果的です。
装備はあなたの命を守る大切なパートナーです。出発前には必ず全ての装備を再確認し、使い方に慣れておきましょう。万全の準備は余裕を生み出し、最高の登山体験へと繋がります。
レベル別!おすすめ台湾登山ツアールート徹底解説

それでは、準備ができたら、いよいよ台湾の山々へ足を踏み入れてみましょう。ここでは、私の体験を交えつつ、体力や経験に応じた3つのレベル別カテゴリーで、具体的な登山ルートやツアーの魅力を詳しく紹介していきます。
【初心者向け】台北発の日帰りで楽しむ絶景ハイキング
「本格的な登山にはまだ自信がないけれど、台湾の自然にふれてみたい」という方には、台北市内から公共交通や短時間の送迎で訪れることができる、日帰りハイキングがぴったりです。都会の喧騒を離れ、わずか1時間ほどで圧巻の大自然に触れられます。
七星山(陽明山国家公園)
台北市民に親しまれる憩いの場で、火山活動の跡が多く見られる陽明山国家公園。その最高峰が標高1,120mの七星山(チーシンシャン)です。これは台北市内の最高地点でもあり、山頂からは台北盆地や淡水河、さらには遠く台湾海峡までも見渡せる絶景スポットとなっています。
ルートはいくつかありますが、一番人気なのは「小油坑(シャオヨンケン)」起点のコースです。バス停を降りると、硫黄の匂いを感じながら白煙が勢いよく上がる荒涼とした景観が目に飛び込んできます。箱根大涌谷のような火山の迫力を実感できる場所です。
登山道は石段中心でよく整備されていますが、山頂までは延々と登りが続きます。普段からランニングなどで身体を動かしている人なら問題なく登れますが、運動習慣が少ない方は少々息があがるかもしれません。とはいえ、約1時間半の登山で到達する360度の展望が、疲れを一気に忘れさせる感動をもたらしてくれます。
ツアーのメリット: 日帰りハイキングのツアーに参加すれば、台北市内からの送迎はもちろん、経験豊富なガイドが同行して道中の陽明山の成り立ちや植物の解説をしてくれるため、学びながら楽しさが倍増。さらに、下山後には陽明山温泉や北投温泉など近隣の温泉に立ち寄るプランが組まれていることも多く、汗を流してリフレッシュできるのも魅力です。
象山
手軽に絶景を楽しみたいなら、象山(シャンシャン)が最適です。MRT(地下鉄)象山駅を降りてすぐの場所にある標高183mの小高い山で、ここは台北のシンボルである「台北101」を最も美しく撮影できることで世界的に知られています。
登山道は急な階段が続きますが、20〜30分ほどで展望台に到着します。夕暮れ時に登れば、オレンジ色に染まる空を背景に台北101のシルエットが浮かび、やがて街灯りがともり始める幻想的な夜景を特等席で味わえます。
ここはツアーに頼らずとも、個人で気軽に訪れることが可能です。ランニング後のクールダウンとして夜景を見にサクッと登る、という楽しみ方も粋でしょう。登山というよりも絶景展望台へのショートトレーニングといった感覚です。
【中級者向け】台湾の美を実感!1泊2日のモデルプラン
日帰りハイキングだけでは物足りず、もっと本格的に台湾の山々の魅力に触れたい方には、山小屋に宿泊する1泊2日のプランがおすすめです。3,000m級の澄んだ空気、満天の星空、そしてご来光の感動は、心に深く刻まれる思い出となるでしょう。
雪山
台湾で2番目に高い山、標高3,886mの雪山(シュエシャン)。冬季以外に雪を見ることは稀ですが、氷河が削り取ってできた巨大な圏谷(カール)の風景は、台湾の山々の中でも特に美しいとされています。
雪山登山は、登山口から主峰へ向かう往復が基本で、1泊2日あるいは2泊3日の日程が一般的です。入山許可が必要なため、ツアー参加が現実的な選択となります。
初日は武陵農場の登山口からスタートし、シラビソの林を歩きつつ「七卡山荘(チーカシャンシュアン)」を経由し、標高3,100mの「三六九山荘(サンリウジウシャンシュアン)」を目指します。距離は約7kmでゆったりと高度順応しながら進みます。山荘から眺める夕焼けは格別です。
2日目はご来光を目指して深夜にヘッドライトを頼りに出発。森林限界を越すと視界が一気に開け、巨大な圏谷の底を進みます。最後の急登を登り切ると360度の大展望が広がる雪山の主峰に到着。日の出とともに黄金色に染まる雲海と中央山脈の峰々が浮かび上がる光景は、まさに神秘的です。
ランナー視点: 雪山登山は標高差と距離があるため、心肺機能と脚力が問われます。特に山荘から山頂へのアタックは、低酸素状態での急登になるため、ペース配分が肝心。高地でのパフォーマンスを試せる絶好のトレーニング地です。
合歓山
「台湾で最も手軽に登れる3,000m級の山」として知られる合歓山(ホウホァンシャン)。中部横貫公路が標高3,275mまで車で通じており、簡単に高度を稼げます。
合歓山は単独の山名ではなく、合歓主峰(3,417m)、合歓東峰(3,421m)、石門山(3,237m)といった複数の山の総称です。中でも石門山は登山口から山頂まで30分以内で登れる「台湾百岳最短登山ルート」として有名です。
ツアーではこれらの峰を組み合わせ1日で巡るプランが人気。車で高地までアクセスできるため、高山病のリスクはあるものの、体力的負担は比較的軽く、初心者でも3,000m級の景色を気軽に楽しめます。初夏には高山植物が登山道を彩り、雲海や日の出、星空観賞スポットとしても人気があります。登山に限らず絶景鑑賞のツアーも多数催行されています。
注意点: 手軽なアクセスでも高山であることに変わりはありません。防寒着や雨具などの基本装備は必須です。また標高が急上昇するため高山病の症状が出やすいので、無理せずゆっくり行動し十分な水分補給を心がけましょう。
【上級者向け】台湾最高峰を目指せ!憧れの玉山登山
豊富な登山経験と体力を備え、台湾登山の集大成として挑戦したいのが、台湾最高峰・標高3,952mの玉山(ユイシャン)です。かつて日本統治時代には富士山より高いことから「新高山(にいたかやま)」と呼ばれ、あの「ニイタカヤマノボレ」の暗号文の由来ともなった名峰です。
玉山主峰
玉山主峰は、台湾のすべての登山者にとってあこがれの山。その人気の高さゆえ、入山許可、特に山小屋「排雲山荘(パイユンシャンシュアン)」の宿泊は、玉山国家公園が行う厳正な抽選で決まります。個人での当選は非常に難しく、確実な登頂を望むなら、外国人向けの保証枠があるツアーへの参加が賢明です。
一般的なツアーは2泊3日または3泊4日で以下のスケジュールです。
- 1日目: 登山口近くの東埔山荘などで前泊し、高度順応を行います。
- 2日目: タタカ鞍部の登山口からスタート。整備された約8.5kmの道を5〜6時間かけて歩き、標高3,402mの排雲山荘に到着。
- 3日目: ご来光に合わせ深夜2時頃に山荘を出発。ヘッドライトを頼りにガレ場の急登をジグザグに登ります。森林限界を越え風が強まる中、最後の鎖場をクリアすると、ついに台湾最高峰の頂へ。
山頂から望む日の出は、言葉にできないほど美しく、眼下の大雲海、輝く中央山脈の峰々が360度広がります。この絶景こそが、これまでの苦労をすべて報いるかのようです。登頂後は排雲山荘へ戻り休憩し、その日のうちに登山口まで下山します。
アスリートの挑戦として: 玉山登山は技術的にはそれほど難しくないものの、高所と長時間の行動が体力を大いに消耗します。特に睡眠不足や低酸素状態で挑む山頂アタックは、精神力と持久力の両方が問われる過酷なチャレンジです。フルマラソンを完走できる体力と、それを高所で活かすペース配分、エネルギーマネジメントが成功の鍵となり、すべてが噛み合ったときに最高の達成感と共に頂に立てます。
登山の前後も楽しみたい!台湾グルメとリフレッシュ術

ストイックに山頂を目指すのが私の旅のスタイルですが、登山の前後に楽しめる台湾独特の魅力も、体調を整え次への活力を生むために欠かせない大切な要素です。ここではランナー視点で選んだ「ご褒美」と「リカバリー」の方法をご紹介します。
疲れた身体に染み渡る!下山後のご褒美グルメ
長時間の登山で消費したカロリーや酷使した筋肉の回復には、バランスの良い栄養摂取が何より重要です。幸いなことに、台湾は世界的に知られる美食の国で、美味しくて栄養満点の料理を手頃な価格で楽しめます。
- 小籠包: 台湾グルメの代名詞とも言える小籠包は、薄く透き通る皮から溢れ出す熱々の肉汁が疲れた身体にしみわたります。豚肉の餡には良質なタンパク質が含まれ、筋肉の修復に役立ちます。有名店「鼎泰豊(ディンタイフォン)」はもちろん、街角の小さなお店にも絶品が見つかります。
- 牛肉麺: じっくりと煮込まれた柔らかい牛肉とコシのある麺、深い味わいのスープが織りなす一杯。牛肉はタンパク質や鉄分を豊富に含み、麺はエネルギー補給に欠かせない炭水化物を効率よく補ってくれます。店によってスープの味付けが異なり、醤油だれの紅焼や塩味の清燉など、食べ比べも楽しめます。
- 火鍋: 好みの具材を選び、熱々の鍋で味わう台湾の国民食。肉や魚介、野菜、豆腐などをバランスよく摂取できる完全栄養食です。特に多様なキノコ類や緑黄色野菜を豊富に摂ることで、抗酸化作用を持つビタミンやミネラルを補い、運動で生じた活性酸素の除去を助けます。
- 夜市での食べ歩き: 登山後の解放感とともに、夜市の賑わいを楽しむのも格別です。巨大なフライドチキン「豪大大雞排」でタンパク質を、胡椒餅で炭水化物を、さらにフレッシュなフルーツジュースでビタミンや水分を補給。五感を駆使して楽しみながら栄養補給ができるのが、台湾夜市の魅力です。
筋肉痛を癒す!温泉とマッサージ
激しい登山のあとは筋肉痛が避けられません。効果的にリカバリーを行うことで、次のトレーニングやレースにベストな体調で臨めます。
- 温泉: 台湾は日本と同じ火山帯に位置する、知る人ぞ知る温泉天国。登山の拠点となる台北近郊には、硫黄泉で有名な「北投温泉」や、七星山のふもとにある「陽明山温泉」が点在しています。ゆったりと温泉に浸かることで血行が促進され、筋肉に溜まった疲労物質の排出が促されます。下山後に温泉へ直行するツアーも多く、まさに至福のひと時です。
- 台湾式足裏マッサージ: 足裏のツボを的確かつ強力に刺激する台湾式のマッサージは、身体中のさまざまな器官とつながっているとされます。登山で酷使した足の裏からふくらはぎにかけて集中的に揉みほぐしてもらうと、驚くほど足が軽く感じられます。「痛気持ちいい」刺激はやみつきになることも多く、その後の回復力が格段に違います。街中の至るところにマッサージ店があるので、ぜひ体験してみてください。
登山用品は現地で調達できる?台北のアウトドアショップ事情
「忘れ物をした」「予想以上に寒くてフリースを買い足したい」そんな時でも、台北なら安心です。台北駅北側周辺にはアウトドア用品店が数多く集まるエリアがあります。
世界的に有名なThe North FaceやArc’teryxから、台湾のローカルブランドまで様々なショップが軒を連ねています。豊富な品揃えで、日本で手に入る商品はほぼ揃い、時には日本未発売のアイテムを見つけることも可能です。
ただし、価格は日本とほぼ同水準かやや高めのこともあります。特に自分の体に合うことが重要な登山靴やバックパックは、日本でじっくり選び、使い慣れたものを持参するのがベスト。現地での購入はあくまで補助的な手段や緊急時の選択肢として考えておくと良いでしょう。
私が台湾の山に魅せられる理由

ロードを走るとき、私は1メートル先の路面と、自分の呼吸や心拍に意識を集中させます。それは、静かで孤独な自分自身との対話の時間でもあります。一方、山を登る際には、足元の岩や木の根に気をつけつつ、時折顔を上げて広大な自然と対話します。風の音や鳥のさえずり、木々の香り、そして刻々と変わる空の表情。山は、私を小さな存在であることを教えてくれると同時に、その一部として受け入れてくれる不思議な感覚を与えてくれます。
台湾の山々では、特にこの二面性を強く感じます。亜熱帯の森が放つ、むせ返るような生命力と湿気。それは優しさの中に、同時に容赦なく体力を奪う厳しさも秘めています。そして一度森林限界を越えれば、果てしなく広がる青空と厳しい風雪を耐えてきた岩肌が織りなす、荘厳で静寂な世界が待っています。この劇的な変化こそが、私を何度も台湾の山へと引き寄せる理由なのかもしれません。
台湾観光局のウェブサイトにも「登山は台湾を知る最良の手段」と記されていましたが、その言葉に深く共感します。山を登ることで、この島の地形的な成り立ちや気候の多様性を肌で感じることができるのです。
そして何よりも、山で出会う台湾の人々の温かさ。すれ違う際にかけられる「加油!(ジャーヨウ!=頑張れ!)」という声援。山小屋で「どこから来たの?」と気さくに話しかけてくれる笑顔。彼らの山を愛する気持ちがひしひしと伝わってきます。
走り続けるために、私は登り続けます。脚力を鍛え、心肺機能を向上させるために。しかしそれ以上に、自分という存在をより大きな世界の中に位置づけ、謙虚な心を取り戻すために。台湾の山々は私にとって、そうした大切な場所なのです。
さあ、次はあなたの番です。日常から抜け出し、一歩一歩、自分の足で高度を上げていく。その先には、写真や映像では決して味わえない圧倒的な達成感と、新しい自分との出会いが待っています。
次の旅は、ぜひ台湾の山頂を目指してみてください。そこには、まだあなたが知らない最高の景色が広がっています。









