ヨーロッパの古都を巡り、石畳の小径を夫と二人でゆっくりと歩く。そんな旅のスタイルが、子育てを終えた私たち夫婦の定番となっていました。洗練された街並み、美術館に響く静寂、カフェの喧騒。それはそれで、満ち足りた時間であることに間違いありません。しかし、ある日ふと思ったのです。「もっと、剥き出しの何かに触れてみたい」と。文明のフィルターを通さない、生命の息吹そのものを感じられる場所へ行ってみたい。そんな想いが、私たちを南の果ての島へと導きました。奄美大島と沖縄本島の、ちょうど真ん中に浮かぶ島、徳之島。そこは、観光地という言葉では到底括ることのできない、日本の原風景が力強く息づく場所でした。
この島には、高級リゾートホテルも、テーマパークもありません。あるのは、大地を揺るがす牛たちの咆哮と、太古の生命を育む深遠な森、そして「ワイドー!(がんばれ!)」と叫びながら、暮らしそのものを楽しむ島の人々の温かい笑顔。便利さや快適さとは少し違う次元にある豊かさが、徳之島には溢れていました。今回は、私たち夫婦が体験した、ゆとりある世代にこそお勧めしたい、徳之島の旅の記憶を綴ってみたいと思います。この島がどこにあるのか、まずは地図でご覧ください。
徳之島への旅支度 – 知っておきたい基本情報

旅の計画は、それ自体が旅の楽しみの一環です。特にあまり馴染みのない土地へ向かう際には、細かな準備が心の安定につながります。徳之島は決してアクセスが容易な場所ではありませんが、ゆえに守られてきた豊かな自然や独自の文化が息づいています。ここでは、私たちの実体験を踏まえながら、徳之島旅行の準備についてご紹介します。
アクセス方法 ― 空路か海路か
徳之島へは空と海の両方からアクセスが可能です。どちらを選ぶかで旅の雰囲気も大きく変わってきます。
私たちは空路を選びました。JALグループの日本エアコミューター(JAC)が、鹿児島空港および奄美大島空港から徳之島子宝空港への定期便を運航しています。鹿児島からは約1時間、奄美大島からは約30分のフライトです。眼下にエメラルドグリーンの海や緑の島々が広がり、気づけば到着しているほどの速さです。運航便数は多くないため、飛行機の時刻に合わせて旅程を組む必要があります。特に週末や連休は混雑が予想されるので、2ヶ月以上前からの予約をおすすめします。JALの「おともdeマイル割引」など割引運賃を活用するのも賢い方法です。
一方、時間に縛られずゆったりとした旅を楽しみたい方には海路も魅力的です。鹿児島や沖縄(那覇)からフェリーが就航しており、大海原を渡る船旅は非日常感を高めてくれます。鹿児島新港からは約14時間、那覇港からは約9時間の航海です。決して短くはない旅ですが、船内の客室でゆったり過ごしたり、デッキで潮風を感じたりする時間は、格別の贅沢と言えるでしょう。
ただし、注意したいのは天候の影響です。特に台風シーズン(夏~秋)は飛行機もフェリーも運休になるリスクがあります。万が一予定便が欠航した場合の対応としては、翌日以降の便への振替か、航空券・乗船券の払い戻しとなります。旅程が変更になる可能性を踏まえ、宿泊先にはあらかじめ連絡を入れ、キャンセル規定も確認しておくことが重要です。不確定要素を見越した「余裕」を持った計画が、離島旅行を快適に楽しむ秘訣なのかもしれません。
島内の移動手段 ― レンタカーは必須?
徳之島子宝空港に降り立つと、南国特有の湿った空気が優しく肌を包み込みます。ここからの移動手段ですが、結論を言えばレンタカーはほぼ必須です。
徳之島は周囲約89kmの意外と広い島で、徳之島町、天城町、伊仙町の3つの町で構成されています。島内にはさまざまな見どころが点在しているため、路線バスもありますが便数が非常に限られています。自由に、かつ効率的に島を巡るならレンタカーが最も便利です。空港や港の近くには複数のレンタカー会社の営業所があり、事前予約をしておけば到着後すぐに手続きを済ませて出発可能です。軽自動車のクラスであれば比較的リーズナブルに借りられます。
運転に不安がある場合は、観光タクシーの利用も一案です。地元の道に詳しいドライバーが、島のおすすめスポットや面白い話を交えつつ案内してくれます。半日単位や1日貸切も可能で、自分たちだけのオリジナルツアーを組むこともできます。料金はやや高めになりますが、運転のストレスなしで快適に移動できるメリットがあります。
どちらの手段を選択するにしても、早めの予約が大切です。特に観光シーズンはレンタカーがすぐに満席になることが多いため、航空券や宿泊先と同時に手配を進めることをお勧めします。
旅の持ち物リスト ― 亜熱帯の島で快適に過ごすために
荷物はできるだけ軽くしたいところですが、亜熱帯気候の徳之島では都会の旅とは異なる準備が求められます。
服装は吸湿性・速乾性に優れ、通気性の良いものが基本です。夏場は半袖で十分ですが、強い日差しから肌を守るため薄手の長袖の羽織り物は重宝します。冷房対策にもなります。冬でも日中は比較的暖かいものの、朝晩は冷え込むことがあるため、フリースやウィンドブレーカーなどの防寒着を一枚持っていくと安心です。
日差しと虫対策は必須です。帽子、サングラス、日焼け止めは欠かせない三種の神器。特に森の中に入る場合は虫除けスプレーも必携です。肌が敏感な方は刺激の少ない製品を選びましょう。
足元は歩きやすいスニーカーが基本です。世界自然遺産の森を散策する予定がある方は、滑りにくく足首を守るトレッキングシューズがあるとより安全に楽しめます。美しいビーチでの水遊びを楽しみたい場合はサンダルも持参すると便利です。
そのほか、急なスコールに備えた折りたたみ傘や、遠くの野鳥や冬場のクジラ観察用の双眼鏡、そして何よりも常備薬は必携です。
とくにシニア世代の旅行者に伝えたいのは医療体制についてです。島内には徳之島徳洲会病院をはじめ各町に診療所があります。急な体調不良の際は対応可能ですが、都市部の大学病院のようにあらゆる専門医療を受けられるわけではありません。持病をお持ちの方は、必ず出発前にかかりつけ医に相談し、旅行中に必要な薬を十分に準備してください。お薬手帳も忘れず携帯しましょう。「備えあれば憂いなし」ということわざは、旅の場面でこそ強く実感される言葉です。
魂がぶつかり合う島の熱狂 – 闘牛文化に触れる
徳之島と聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは「闘牛」ではないでしょうか。私たちも、その荒々しい響きに少なからぬ畏敬の念と強い好奇心を抱いていました。しかし、実際に徳之島の闘牛を目の当たりにすると、それは単なる動物同士の戦いではなく、島の人々の魂が込められた神聖な儀式であり、生活に深く根付いた大きなエンターテインメントであることがわかりました。
闘牛は神事であり、娯楽であり、家族の絆
徳之島の闘牛は長い歴史を持ち、その起源は正確には不明ですが、一説には江戸時代にまで遡るといわれています。かつては農作業の合間のささやかな楽しみでしかありませんでしたが、時を経て島の娯楽の中心となり、独自の文化として発展してきました。
この島の闘牛は「なくさみ」と呼ばれています。「慰み」と書き、人々を喜ばせ心を癒すものという意味が込められています。牛どうしが角をぶつけ合い、力と技を競い合う姿に観客は息をのんで見守り、ついには大きな歓声が沸き起こります。その熱狂は、ヨーロッパのオペラハウスの荘厳さやサッカースタジアムの熱気とは異なり、より土着的で生命の根源に触れるような興奮が満ちています。
何よりも感銘を受けたのは、牛主の皆さんが牛に注ぐ深い愛情です。徳之島の闘牛用の牛は単なる「ウシ」ではなく、すべてに名前が付けられ、家族同様に大切に育てられています。毎日の散歩やブラッシング、栄養バランスを考えた食事、そして厳しい訓練。これらすべてにまるで子どもを育てるかのような愛情が注がれているのです。だからこそ勝利の喜びは家族全員で分かち合い、敗北の涙も共に流します。闘牛とは、血縁を超えた大きな家族の絆の証でもあるのです。
闘牛観戦のポイント – いつ、どこで見ることができる?
徳之島の闘牛は、年間を通じて島内の各地にある闘牛場で行われています。中でも最大規模の大会は、正月、ゴールデンウィーク、お盆の時期に開催される「全島一決定戦」です。島中の強豪が集まり、横綱の座を巡って熱戦を繰り広げます。この期間は島全体がお祭りムードに包まれ、帰省客や観光客で闘牛場は満員になります。
それ以外にも、各地域が主催する小さな大会が頻繁に開催されており、より家庭的で地元の生活に密着した闘牛の様子を観ることができます。
開催スケジュールは直前にならないと確定しないことが多いため、旅行計画を立てる際は徳之島観光連盟の公式サイトで最新の情報を確認するのが最も確実です。電話で問い合わせてみるのもおすすめです。島の人々は皆とても親切に教えてくれます。
闘牛場に足を運ぶと、まずその独特の雰囲気に圧倒されるでしょう。すり鉢状の観客席に腰を据え、地元のおじさんたちと一緒に観戦するのが特におすすめです。試合が始まると「ワイドー!ワイドー!」という独特な掛け声が響き渡ります。これは徳之島の方言で「がんばれ!」の意味です。私たちも最初は戸惑いましたが、真似して声を出しているうちに、自然と会場全体との一体感が生まれてきました。
観戦マナーとしては、対戦する牛や牛主へのヤジは控えましょう。皆が誇りと愛情を持ってこの舞台に臨んでいます。写真撮影は問題ありませんが、牛が興奮するためフラッシュの使用は絶対に避けてください。そして何よりも、この文化を敬う心を忘れないことが、素晴らしい体験への何よりの鍵となります。
牛舎見学 – 闘牛の裏側を垣間見る
熱狂的な試合だけでなく、普段の闘牛の姿にも触れたいという私たちの願いを叶えてくれたのが牛舎(なくさみ館)への訪問でした。観光客向けに、牛主さんの牛舎を見学できるプログラムが用意されています。
案内された牛舎では、巨体の闘牛が穏やかな瞳で迎えてくれました。体重が1トン近いとは思えないほど、その姿は優しく落ち着いています。牛主さんは、一頭一頭の性格や特技、これまでの戦績などを、まるで我が子の話をするかのように愛情たっぷりに語ってくれました。
特に印象的だったのはブラッシングの場面です。牛主さんが大きなブラシで牛を優しくこすると、牛は気持ちよさそうに目を細めます。試合での激しい姿とは全く異なる、穏やかで信頼に満ちた時間が流れていました。闘牛は単なる力のぶつかり合いではなく、人と牛の間に築かれた深い信頼関係の結晶であることを、この時に強く実感しました。
こうした牛舎見学は、徳之島観光連盟などを通じて申し込むことが可能です。闘牛の舞台裏を知ることで、観戦の楽しみも何倍にも増す貴重な体験になることでしょう。
世界が認めた生命の森 – 亜熱帯のジャングルを歩く

徳之島のもう一つの顔、それは太古の生命が宿る深く神秘的な森です。2021年に「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」としてユネスコ世界自然遺産に登録されたこの森は、訪れる人々に地球の悠久の歴史を静かに語りかけます。文明の喧騒を遠く離れた静寂の中で、私たちはただただ、その圧倒的な生命力に身をゆだねるのみでした。
なぜ世界自然遺産に登録されたのか? – 徳之島の森が持つ価値
徳之島の森が世界的に重要視される理由は、その卓越した「生物多様性」にあります。はるか昔、この島々がユーラシア大陸から切り離された後、そこに取り残された生物たちは独自の進化を遂げました。その結果、世界でもここだけに生息する多くの固有種が誕生したのです。
代表的な例が、国の特別天然記念物にも指定されるアマミノクロウサギです。一般的なウサギと比べて耳や足が短く、原始的な形態を保っていることから「生きた化石」と称されます。また、瑠璃色に輝く美しい羽を持つオオトラツグミや、鮮やかな緑色の羽を特徴とするオーストンオオアカゲラなど、希少な動植物の宝庫でもあります。
この森は、単に珍しい生物が存在する場所にとどまりません。多種多様な生命が複雑に絡み合いながら成り立つ繊細で奇跡的な生態系という小宇宙なのです。世界自然遺産への登録は、このかけがえのない自然を人類共通の宝として未来に受け継いでいこうという、国際社会からの強いメッセージでもあります。
認定ガイドと共に歩む安心の森 – 金作原原生林と三京の森
徳之島の手つかずの自然を体験できる場所として、金作原原生林(きんさくばるげんせいりん)や三京(みきょう)の森が知られています。しかし、貴重な自然環境を保護し、訪れる私たちの安全を確保するため、これらの森へは個人で自由に入ることができません。必ず、専門の知識を備えた「認定エコツアーガイド」の同伴が求められます。
私たちは事前にインターネットでツアーを探し予約を行いました。体力に自信のないシニア世代でも無理なく歩けるショートコースから、健脚向けのロングコースまで幅広いプランが用意されており、自分の体力や関心に合わせて選べることが魅力です。
ツアー当日、ガイドと合流し、いよいよ森の入口へ。まず最初に行うのは靴底の泥を丁寧に洗い落とす作業です。これは外部から種子などを持ち込み、島の生態系を乱さないようにするための重要なルールです。小さな行動ですが、自然を尊重する気持ちが実感できる瞬間でもあります。環境省の公式ウェブサイトには奄美群島国立公園の利用ルールが詳しく記載されているため、訪問前に一度目を通しておくと安心です。
服装は長袖・長ズボンにトレッキングシューズが基本となります。これは毒蛇のハブやウルシ、虫などから身を守るためです。ガイドによっては長靴の貸し出しもあるため、予約時に確認しておくとよいでしょう。
一歩森に足を踏み入れると、ひんやりとした空気に包まれ、まるで世界が一変したかのような感覚に襲われます。巨大なヒカゲヘゴの群生が広がり、まるで恐竜時代にタイムスリップしたような風景を創り出しています。頭上の木々の葉が強烈な日差しをやわらげてくれます。ガイドは、足元に咲く小さなランの花や木の幹に隠れる昆虫、遠くから聞こえる鳥の声の正体など、私たちだけでは決して気づけない森の秘密を次々と教えてくれました。それは単なる景観の美しさを超えた、知的な興奮に満ちた時間でした。
アマミノクロウサギとの出会いに挑む – ナイトツアーの魅力
徳之島の森の主役、アマミノクロウサギは夜行性です。その姿を見たいなら、ナイトツアーへの参加が唯一のチャンスです。
日没後、ガイドが運転する車に乗り込み、再び森の深部へ入ります。動物への影響を最小限に抑えるため、車のライトには赤いセロファンが被せられています。漆黒の闇に包まれた中、ガイドは素晴らしい視力で道端に潜む生き物を見つけ出していきます。
「いましたよ」と静かに告げられ、息を呑みました。ライトに照らされた先にちょこんと座る黒い影、それがアマミノクロウサギです。車の音に驚いたのか、すぐに森の奥へ消えていきましたが、その愛らしい姿が鮮明に目に焼き付きました。太古からこの島で命をつないできた生命と一瞬の邂逅を果たし、胸が熱くなるほどの感動を覚えました。
とはいえ、野生の動物なので必ず会える保証はありません。私たちが遭遇できたのは一度だけでした。しかし、たとえ姿を見られなくてもナイトツアーには大きな価値があります。車を停めてエンジンを切り、目を閉じると風の音と虫の声だけが聞こえてきます。見上げれば、都会では決して見ることのできない満天の星空が広がっていました。その星空の下、多くの生命が息づいているという事実を肌で感じられるだけでも、心が満たされるのです。
ナイトツアーは天候に影響を受けやすく、雨天の場合は中止となることもあります。予約時には中止時の返金対応や日程変更が可能かどうか、キャンセル規定をしっかり確認しておくことをおすすめします。
島人(しまんちゅ)の暮らしに寄り添う – 徳之島の食と文化
旅の醍醐味とは、その土地の空気を感じ、その土地の食を味わい、そしてそこに住む人々と交流することにあります。徳之島には華やかなレストランこそありませんが、豊かな自然の恵みと島の人々の知恵が息づく、深い味わいの食文化が根付いています。
長寿と子宝の島の食卓
徳之島は、長寿と子宝の島としても知られています。その秘密の一端は、日々の食卓に隠されているのかもしれません。島で育つ野菜は、太陽の光をたっぷり浴びて生命力あふれるものばかり。青パパイヤの炒め物「パパイヤンブシー」や、豚肉と野菜の煮込み、独特の香りが食欲をそそる島らっきょうの天ぷらなど、どれも素朴ながら素材の旨味がしっかりと感じられる料理です。
特に印象に残ったのは、豚肉料理の豊富さです。徳之島では「豚は鳴き声以外すべて食べる」と言われるほど、無駄なく豚肉が活用されます。豚の顔の皮を煮込んだ「アバスの煮付け」は見た目に驚くかもしれませんが、コラーゲンたっぷりで、とろけるような食感が格別です。
そして、島の食卓に欠かせないのが黒糖焼酎。サトウキビから作る黒糖を原料とし、製造が認められているのは世界でも奄美群島だけです。ほのかな甘みと華やかな香りが特徴で、意外なほど飲みやすいのが魅力。島内にはいくつもの蔵元があり、それぞれ個性豊かな味わいの焼酎を生み出しています。私たちはある蔵元を訪ね、製造過程の話を伺いながら試飲を楽しみました。土産に購入した一本を、旅から帰った今もじっくり味わいながら、徳之島の思い出に浸っています。
このような島の味覚を楽しみたいなら、ぜひ地元の人々が集まる居酒屋へ足を運んでみてください。島言葉で書かれたメニューの意味がわからなくても、お店の方や隣に座ったお客さんが笑顔で優しく教えてくれます。言葉の壁を超えた、温かな交流がそこには息づいていました。
海の恵みと絶景ビーチ
四方を海に囲まれた徳之島は、当然ながら新鮮な海の幸も豊富です。近海で獲れるキハダマグロや巨大なソデイカなど、鮮度抜群の魚介類が食卓を彩ります。港近くの食堂で味わった海鮮丼は、まさに至福の一品でした。
島内には観光客で混雑するビーチはほとんどなく、白い砂浜と透明度の高い青い海が続く、まるでプライベートビーチのような静かな浜辺が点在しています。
「畦(あぜ)プリンスビーチ」は、昭和天皇が皇太子時代に訪れたことにならって名付けられたビーチで、サンゴ礁に囲まれた穏やかな海は海水浴やシュノーケリングに最適。長年の波浸食でできた奇岩が連なる「犬の門蓋(いんのじょうふた)」は、自然が創り出した造形美に圧倒されるスポットです。そして「ムシロ瀬」では、丸い石が海岸一面に敷き詰められた独特の風景を楽しめます。
ただし、これらの美しいビーチで泳ぐ際には注意が必要です。夏季には毒を持つハブクラゲが発生することがあり、監視員が常駐しているビーチは限られているため、遊泳は自己責任で行わなければなりません。地元の人の情報を確認し、ラッシュガードなど肌の露出を減らす服装を着用するなど、安全対策をしっかりと行いましょう。
島の歴史と風習に触れる
島の魅力をより深く知るためには、その歴史や風習に触れることも重要です。伊仙町にある伊仙町歴史民俗資料館では、徳之島の成り立ちや過去の人々の暮らしを伝える農具や民具が展示されており、島の歩んできた歴史を学べます。
また、島内各地の集落では、今もなお伝統的な行事や祭りが受け継がれています。旅行の日程が合えば、こうした行事を見学できる貴重な機会となるでしょう。ただし訪れる際は、あくまで「お邪魔させていただく」という謙虚な姿勢を忘れずに。集落の神聖な場所にはむやみに立ち入らないなど、配慮も欠かせません。島の人々の暮らしに敬意を払うことが、旅人として最も大切なマナーだと私たちは考えています。
ゆとり世代の徳之島滞在プラン – 私たちのおすすめ

せっかく徳之島まで足を運ぶのですから、慌ただしく観光地を巡るのではなく、島のゆったりとした時間をじっくり味わいたいものです。ここでは、私たち夫婦の体験に基づき、シニア世代に向けた余裕のある滞在プランをご紹介します。
滞在は最低3泊4日を目安に
移動に時間を要することを踏まえると、徳之島での滞在は最低でも3泊4日は確保したいところです。可能であれば4泊や5泊に延ばすことで、島の魅力をより深く堪能できるでしょう。
- 1日目:島への到着と初めての夜
午前便で徳之島へ向かい、空港で予約しておいたレンタカーを受け取ります。まずは宿にチェックインし、無理のない範囲で近くをドライブ。夕食は、宿近くの居酒屋で島料理と黒糖焼酎を楽しみ、旅の始まりをゆったりと祝います。
- 2日目:世界自然遺産の森と絶景ドライブ
午前中は予約しておいたエコツアーに参加し、ガイドさんと共に世界自然遺産の森を散策。澄んだ空気の中でリフレッシュした後は、海沿いの絶景ロードをドライブします。犬の門蓋やムシロ瀬など、自然が紡ぐ芸術を巡るのがおすすめです。
- 3日目:闘牛文化と島の味覚探訪
闘牛大会が開催されている日なら、ぜひ観戦に訪れましょう。開催していない場合は、牛舎訪問で闘牛の日常を体験。午後は黒糖焼酎の蔵元を見学し、試飲を楽しんだうえでお土産選び。夜はちょっと贅沢に、新鮮な魚介料理のお店で食事を堪能しましょう。
- 4日目:静かなビーチで過ごす旅の締めくくり
早朝の静かなビーチを散歩し、誰もいない砂浜に続く足跡を眺めるひとときは格別です。出発までの時間は集落を散策したり、お土産を探したりして過ごし、名残惜しさを感じながら空港へ向かいます。
これはあくまで一例です。興味のあることや体験したいことを中心に、自分たちだけの旅の物語を描いてください。大切なのは「全部を見よう」と欲張らないこと。何もしない時間やただ景色を眺める時間こそ、この島で味わう最高の贅沢なのです。
宿泊選びのポイント — 地元の暮らしに溶け込む滞在
徳之島には高級リゾートホテルはほとんどなく、民宿や小規模なホテル、一棟貸しのコテージが主な宿泊施設です。これがかえって島の暮らしに溶け込む体験を可能にしてくれます。
私たちが選んだのは、アットホームな雰囲気の民宿でした。女将さん手作りの、島の食材をふんだんに使った朝食と夕食は毎日の楽しみとなりました。食卓を囲む中で女将さんや他のお客さんとの会話から、ガイドブックには載っていない貴重な島の情報をたくさん教えていただけました。
プライベートな時間を大切にしたいご夫婦には、一棟貸しのコテージやヴィラがおすすめ。キッチン付きの宿なら、島のスーパーで珍しい食材を購入して自炊も楽しめ、まるで島に暮らしているかのような体験ができます。
島の治安と基本的な心構え
徳之島の治安は非常に良好で、地元の人々は温かく親切です。道ですれ違えば誰もが笑顔で挨拶してくれます。しかし、どんなに安全な場所でも、旅人としての基本的な注意は必要です。夜遅く一人で歩くことは避け、車を離れる際は必ず施錠し、貴重品を車内に放置しないよう心掛けましょう。
何より大切なのは、この島を訪れる「旅人」としての謙虚な心構えです。私たちはあくまで島の人々の日常生活へお邪魔しているという意識を持つことが重要です。島の文化や習慣を尊重し、自然に配慮すること。大声で騒いだり、ゴミを捨てたりすることは厳禁です。すれ違った住民には笑顔で「こんにちは」と挨拶する、そんな小さな交流が旅を豊かにし、地元の方との温かな関係づくりの第一歩となるのです。
旅の終わりに想う、徳之島が教えてくれたこと
パリの街角やフィレンツェの美術館、ウィーンのカフェ——私たちがこれまで慣れ親しんできたヨーロッパの風景とは、徳之島に広がる光景はまったく異なっていました。そこにあったのは、人の手で磨き上げられた「美」ではなく、地球の生命力がむき出しになった「力」だったのです。
巨大な牛がぶつかり合う音、闇夜に響く生き物たちの鳴き声、木々を揺らす風のざわめき。便利さや効率性といった、私たちがいつの間にかとらわれていた価値観は、ここではほとんど意味をなさないように感じられました。ゆったりと、しかし確かに流れる島の時間の中で、私たちはいつのまにか、本来の呼吸のリズムを取り戻していたのです。
徳之島は、観光地として「完成」された場所ではありません。それこそが、この島の最大の魅力なのかもしれません。洗練されたサービスや完璧に整えられた観光施設を期待する人にとっては、物足りなさを感じることもあるでしょう。しかし、その「未完成」さの中にこそ、人々が懸命に生きる息吹が、ありのままのかたちで息づいているのです。
この旅を終えて、心から願います。この島の自然や文化、そして人々の笑顔が、いつまでも変わらずにあり続けてほしいと。また同時に、そのためには訪れる私たちが自然や文化を守る責任の一端を担っているのだということを強く感じました。
次にこの島を訪れる際には、もう少し長く滞在して、小さな集落のお祭りにも参加してみたいと考えています。そんな想いを胸に、飛行機の窓からだんだんと小さくなっていく緑豊かな島をいつまでも見つめていました。徳之島が教えてくれた日本の原風景の豊かさを胸に、また新たな旅へと踏み出そうと思います。









