静寂が支配する、チョコレート色の川。私たちの乗る木造船「クロトック」が、ゆっくりと水を掻き分ける音だけが響いています。見上げれば、どこまでも続く緑の天蓋。鬱蒼と茂るジャングルの木々の間から、時折、名も知らぬ鳥の甲高い鳴き声が聞こえてくる。ここは、インドネシア・カリマンタン島(ボルネオ島)中部に位置する、タンジュンプティン国立公園。地球上で最も生物多様性に富んだ場所のひとつであり、「森の人」を意味するオランウータンの最後の楽園です。
私がこの旅で感じたのは、圧倒的な生命の力と、その尊さ、そして脆さでした。テレビや写真で見るのとは全く違う、湿った土の匂い、肌を撫でる熱帯の風、そしてすぐそこに息づく野生動物たちの気配。それは、都会の喧騒の中で忘れかけていた、人間もまた自然の一部であるという根源的な感覚を呼び覚ましてくれる体験でした。
この旅は、単なる観光ではありません。オランウータンが直面する現実を知り、彼らの未来のために私たちが何ができるのかを考える、学びと発見の冒険です。この記事では、私が体験したクロトックでの船上生活、ジャングルでの感動的な出会い、そしてこの貴重な自然を守るためのサステナブルな旅のヒントを、余すことなくお伝えします。さあ、一緒に生命の川を遡る旅に出かけましょう。
カリマンタン島で体験したような自然の奥深さは、インドネシア各地に息づいており、奇跡の海と森を巡るサステナブルな旅はあなたの心を揺さぶる新たな発見をもたらすでしょう。
タンジュンプティン国立公園とは? 森の賢者オランウータンが暮らす最後の楽園

インドネシアに広がる広大な熱帯雨林の中でも、タンジュンプティン国立公園は特別な存在です。その面積は約41万5千ヘクタールに及び、これは東京都の約2倍の広さに相当します。この豊かな緑の大地が、なぜそれほどまでに重要視されているのでしょうか。
ボルネオ島の核心、命あふれる緑の迷宮
タンジュンプティン国立公園は1982年に国立公園に指定され、それ以前からユネスコの生物圏保護区として登録されている世界的に重要な自然保護区です。ここでは、熱帯低地林、淡水湿地林、マングローブ林など、多様な生態系がパッチワークのように広がっており、その複雑な環境は非常に多くの動植物の命を育んでいます。
公園の中心を流れるのが、私たちの旅の舞台となるセコニエル川です。この川はジャングルの大動脈とも言え、森の奥深くへ栄養と生命を運搬し、川岸には多種多様な生き物が集います。川の水は泥炭(ピート)の影響で黒褐色に見えることから「ブラックウォーター・リバー」と呼ばれ、その神秘的な景色は訪れる者を非日常の世界へと導きます。
この公園は単に美しい自然が残されているだけでなく、地球規模の気候変動緩和にも欠かせない役割を果たしています。特に、公園内に広がる泥炭湿地林は膨大な炭素を蓄える「炭素の貯蔵庫」として機能しており、この森が失われれば大量の二酸化炭素が大気中に放出され、地球温暖化がさらに進行してしまいます。私たちがこの森を訪れてその価値を理解することは、地球全体の未来を考える上で極めて重要な意味を持つのです。
なぜ「オランウータンの聖地」と称されるのか
タンジュンプティンが世界中から注目される最大の理由は、野生のボルネオオランウータンの最大の個体群が生息しているためです。その数は推定5,000〜6,000頭にのぼります。オランウータンはその高い知能や、母親が長期間にわたり子どもを育てる様子から「森の賢者」と呼ばれ、人間に非常に近しい存在です。
しかし、彼らの生息地である熱帯雨林は、パーム油生産のためのアブラヤシ農園開発や違法伐採、森林火災などにより急速に減少しています。結果として彼らは住処を奪われ、絶滅の瀬戸際に立たされているのです。
タンジュンプティン国立公園は、彼らにとっての最後の砦とも言えます。ここではオランウータンの保護とリハビリテーションを目的とした研究施設が長年にわたり活動しており、その中心的存在が霊長類学者ビルーテ・ガルディカス博士です。彼女が設立した「キャンプ・リーキー」は、世界最長のオランウータン研究拠点として知られ、多くの個体を森へと帰す支援を続けています。
私たちがこの公園を訪れ、責任ある観光を行うことは、国立公園の保全やレンジャーの活動を経済的に支え、ひいてはオランウータンとその生息地を守る取り組みに貢献することになります。この旅は単なる動物観察にとどまらず、地球の未来を担う一員としての自覚を高める貴重な機会となるのです。
冒険の始まりは「クロトック」。川面を滑る水上の家
タンジュンプティンでの冒険は、一隻の木造船から始まります。その名は「クロトック」。エンジンが「クロトック、トック、トック…」と穏やかな音を響かせることから名付けられたこの船が、私たちの数日間にわたる家でありレストランであり、ジャングルを巡る移動手段となります。
クマイ港から非日常の旅がスタート
旅の玄関口となるのは、カリマンタン島中部の小さな町パンカランブンです。ジャカルタなど主要都市から国内線でパンカランブン空港に着いた後、車で約30分の距離にあるクマイ港へ向かいます。この港こそが、ジャングルへの入り口です。
港には大小さまざまなクロトックがずらりと並び、その活気が感じられます。ここから私たちの冒険が幕を開けます。
ツアーの予約は、事前にオンラインで行うのがもっとも一般的かつ確実です。多数の現地ツアー会社が存在しますが、価格だけでなく、その会社の理念もしっかり確認することが重要です。
- ガイドの質: ガイドは私たちの安全を支え、ジャングルに関する豊かな知識を伝えてくれる大切な存在です。動植物に関する知識の深さや英語での円滑なコミュニケーションができるかに加え、自然環境を尊重した行動を徹底しているかもチェックしましょう。
- 地域経済への貢献: 地元の人々を積極的に雇用し、食材なども地域で調達している会社を選ぶことは、持続可能な観光に繋がります。ツアーの料金が適切に地域社会へ還元される体制が整っている会社が理想的です。
- 環境への配慮: ごみの適切な処理や排水管理など、環境負荷をできるだけ抑える取り組みを行っているかも大切です。ウェブサイトなどで環境保護方針を確認すると良いでしょう。
信頼できるツアー会社を見つけたら、メールやWhatsAppで連絡を取り、希望する日程や人数、船のランクなどの詳細を伝えて見積もりを依頼します。内容に同意すれば、デポジット(前金)を国際送金などで支払い予約完了。空港でのピックアップから港への送迎、国立公園入場許可証の取得まで、ツアー会社が手配してくれるため、安心して旅に集中できます。
私たちの家となる木造船「クロトック」の魅力
いよいよクロトックに乗り込むと、その居心地のよさに驚くことでしょう。船は主に2階建て構造で、1階には操縦室、キッチン、そしてクルーの生活スペースが配置されています。2階は私たちのためのプライベート空間です。
広々とした甲板は、リビング兼ダイニングとして使われます。日中はここにテーブルと椅子が並べられ、澄んだ川の水面やジャングルの緑を眺めながら食事を楽しめます。夜になるとスタッフが手際よく蚊帳付きのマットレスをセットし、満天の星空の下で眠るためのベッドルームに早変わりします。
船の後方にはシンプルなシャワーと水洗トイレも備わっています。シャワーの水は川から汲み上げたものなので、石鹸やシャンプーは生分解性の製品を使うのがマナーです。こうした小さな気配りが、美しい自然環境を守ることに繋がります。
そして何より印象的なのは、船上で提供される食事です。専属のコックが腕を振るうインドネシア料理はどれも絶品。新鮮な野菜や鶏肉、魚を使った炒め物や揚げ物、スープ、トロピカルフルーツが次々と温かい料理として並び、ジャングルの真ん中にいることを忘れさせるほどの豊かさです。マイボトルを持参すれば、いつでも飲料水や温かいお茶、コーヒーを用意してもらえます。プラスチックボトルのゴミ削減にもつながるため、ぜひ持参しましょう。
クロトックでの暮らしは、何もしない贅沢を味わうひとときです。甲板のデイベッドに寝そべり、流れてゆく景色を眺めたり読書をしたり、ガイドやクルーと談笑したり。通信環境がないためデジタルデバイスから解放され、目の前に広がる自然とじっくり向き合える豊かな時間が過ぎていきます。
ジャングルの鼓動を感じて。五感を揺さぶるセコニエル川クルーズ

クロトックがクマイ港を離れてセコニエル川を遡り始めると、周囲の景色が一変します。川幅は徐々に狭くなり、両岸のジャングルの濃い緑が私たちを文明の世界から切り離していきます。ここからが、本格的な冒険のスタートです。
川辺に広がる野生の舞台
セコニエル川のクルーズは、まさに動くサファリパークと言えます。ガイドが「あそこだ!」と指さした方向に目を凝らすと、驚きに満ちた光景が広がっています。
最初に迎えてくれるのは、特徴的な長い鼻を持つテングザルです。オスは権威の象徴とも言える垂れ下がった大きな鼻を持ち、その独特の姿は一度見ると忘れられません。彼らは群れで生活し、夕方になると川辺の木に集まって眠りにつきます。その光景はまるで、ジャングルの住人たちが一日の終わりを告げているかのようです。
また、カニクイザルやブタオザルといった他のサルたちも頻繁に姿を現します。木々の間を軽やかに跳び移り、時に川岸で何かを探している様子も見受けられます。彼らの活き活きとした様子を観察するには双眼鏡が欠かせません。肉眼では見逃してしまう繊細な表情や動きを捉えられ、観察の楽しみが一層増します。
川面に目をやると、ワニがじっと潜んでいる場合もあります。水面から目と鼻だけを出して獲物を狙う様子は、ジャングルの厳しい生態系を物語っています。鮮やかなカワセミが水の上を滑るように飛び、巨大なサイチョウが羽音を響かせて頭上を通り過ぎていくなど、鳥類の多様性も目を見張るものがあります。ガイドはそれぞれの動物の名前や生態を詳しく解説してくれるため、私たちの知的好奇心を大いに満たしてくれます。
漆黒の夜に煌めく光の饗宴。星空と蛍のファンタジー
タンジュンプティンの魅力は、昼間だけに留まりません。太陽が地平線の向こうに沈み、空が茜色から深い藍色へと変わるころ、ジャングルは新たな表情を見せ始めます。
夕食を済ませたクロトックが静かな入り江に停泊すると、周囲は真の闇と静寂に包まれます。聞こえてくるのは虫の音やカエルの鳴き声、時折響く夜行性動物の足音だけ。デッキに寝転んで夜空を見上げると、信じられないほどの数の星々が瞬いています。天の川はまるで白い帯のようにくっきりと空を横切り、いくつもの流れ星が尾を引いていきます。人工の明かりが一切ないジャングルの夜空は、まさに究極のプラネタリウムです。
そして、もう一つの幻想的な体験が蛍のイルミネーションです。特定の川岸の木に何千、何万もの蛍が集まり、クリスマスツリーのように一斉に光を点滅させます。クロトックのエンジンを止めて静かにその光の木に近づくと、その幻想的な光景に誰もが息をのむことでしょう。自然が織りなす光のショーは、私たちの心に深く刻まれる忘れ難い思い出となります。
夜のジャングルでは虫の活動が一層活発になります。蚊帳が快適な睡眠を守ってくれますが、デッキで過ごす際は長袖・長ズボンを着用し、環境に配慮した虫除けスプレーを使うことをおすすめします。特に、海洋生態系に影響を与える化学物質を含まない天然成分由来の製品を選ぶことは、持続可能な旅人としての大切な責任です。
森の賢者との対面。感動のオランウータン・フィーディング
タンジュンプティンを訪れる多くの旅人にとって、最も大きな楽しみはやはりオランウータンとの遭遇でしょう。国立公園内には数か所のレンジャー監督のもと餌やりが行われるフィーディングステーションが設けられており、そこでは野生のオランウータンを間近に観察する貴重な体験が可能です。
キャンプ・リーキーへの旅程
クロトックでの旅は、一般的に2泊3日、または3泊4日で計画され、その期間中に3つの主要なフィーディングステーションを訪問します。
- タンジュン・ハラパン: 旅の最初に立ち寄ることが多い小規模なキャンプで、こぢんまりとしている分、オランウータンとの距離が近く感じられる場合があります。また、公園のインフォメーションセンターがここに設置されています。
- ポンドック・タングイ: かつては親を失った孤児オランウータンのリハビリおよび森へ戻すための施設として活用されていました。餌やりの時間になると、さまざまな年齢層のオランウータンが集まってきます。
- キャンプ・リーキー: タンジュンプティンで最も有名かつ奥深い場所にあるキャンプで、1971年にビルーテ・ガルディカス博士が創設しました。オランウータン研究の最前線であると同時に、Orangutan Foundation International (OFI)の活動拠点でもあります。ここでは、森の奥からやってくる優位なオスや子どもを抱えた母オランウータンなど、多彩な個体に出会うチャンスがあります。
各キャンプへはクロトックを降りた後、森の小径を少し歩きます。湿った土の感触、巨大なシダ、頭上に広がる樹冠部の葉。五感を研ぎ澄まして、オランウータンの生活する森を実感する時間となるでしょう。
静寂の中で交わす無言の対話
フィーディングプラットフォームに到着すると、レンジャーが果物やサトウキビなどの餌を運び入れ、独特の掛け声でオランウータンを誘います。やがて木々が大きく揺れ、枝から枝へと巨体がゆっくりと渡ってくるのが見えてきます。その瞬間、森の王者が姿を現すのです。
彼らはゆったりとプラットフォームへ降り立ち、悠然と食事を始めます。母親の背中に抱きつく小さな赤ん坊、大きなオスが他の個体を威嚇する様子、器用に果物の皮をむく若いオランウータン。そこには彼らの社会生活とドラマが繰り広げられています。私たちは定められた観察エリアから、ただ静かにその営みを見守るだけです。
この感動的な出会いの場では、双方の安全を守るためにいくつかの厳格なルールがあります。
- 十分な距離を保つ: オランウータンとの距離は最低10メートルを確保しましょう。見た目は穏やかでも、彼らは非常に力が強い野生動物です。
- 接触・会話を控える: 人間と接触することで病気が伝染するリスクがあるため、話しかけたり触れたりすることは避けます。
- 食べ物や飲み物を見せない: 人間の食べ物を与えることは厳禁です。リュックなどは必ずしっかりと閉めておきましょう。
- 静かに見守る: 大声での会話を控え、彼らの時間を尊重する態度が求められます。
- フラッシュ撮影は禁止: カメラのフラッシュはオランウータンの目に悪影響を及ぼし、ストレスの原因となります。
- 健康管理に留意する: 風邪などの症状がある場合はオランウータンに近づかないこと。人間由来の病気が彼らにとって致命的な危険となる可能性があります。
これらのルールはガイドが事前に丁寧に説明してくれます。訪れる私たちは、オランウータンのテリトリーにお邪魔しているという謙虚な心構えを持つことが何より重要です。静まり返った空間の中で彼らの瞳を見つめていると、言葉を超えた心の交流を感じることができるでしょう。
フィーディング以外にも楽しめるジャングルトレッキング
フィーディング観察後は、ガイドと共にジャングルの奥へ踏み込むナイトトレッキングなどのオプションも用意されています。これはタンジュンプティンの別の顔を知る素晴らしい機会となります。
一歩森に足を踏み入れると、そこには不思議な植物たちの世界があります。巨大な板根を持つ樹木や食虫植物のウツボカズラ、さまざまな薬効があるとされるハーブなどをガイドが指し示し、丁寧に解説してくれます。地面には鮮やかなキノコが顔を出し、見たこともない昆虫が歩き回っています。
トレッキング時はヒル対策が必須です。肌の露出を控え、長ズボンやできればヒル避け効果のあるリーチソックス(ヒル除け靴下)を着用すると安心でしょう。万一ヒルに吸いつかれても焦らず、ガイドの指示に従って対応します。これもまたジャングル体験の一環と言えます。
夜の森は昼間とは異なり、別の生き物たちが活発に動き出します。ヘッドライトの灯りを頼りに歩けば、光るキノコや木の幹で眠る小鳥、タランチュラなどの夜行性動物たちに出会えるかもしれません。ガイドなしでは立ち入ることのできない、神秘的で特別な世界を垣間見ることができるのです。
旅人から守り人へ。私たちがタンジュンプティンのためにできること

タンジュンプティンでの素晴らしい体験は、私たちに深い感動をもたらします。しかし、その感動を一時的なものに終わらせず、貴重な自然を未来へとつなげるための行動へと昇華させることこそが、真のサステナブルな旅人に求められる姿勢です。
賢明な旅の準備が未来の森を守る
旅の段階から環境への思いやりは始まっています。何を持参し、何を持ち込まないかの選択が、現地の自然環境に大きな影響を与えます。
環境に配慮した持ち物リスト
- 生分解性の洗面用品: 川の水をシャワーに使うため、シャンプーや石鹸、歯磨き粉は自然の中で分解されやすいものを選びましょう。
- 環境に優しい虫除け・日焼け止め: DEET(ディート)など化学物質を含まない、天然成分ベースの虫除けがおすすめです。日焼け止めも、サンゴ礁などに害を与えない「リーフセーフ」製品を選ぶとよいでしょう。
- マイボトルやマイカトラリー: 船上では飲料水が用意されます。使い捨てのペットボトルを避けるために必ずマイボトルを持っていきましょう。また、カトラリーも持参すればプラスチックごみの削減に貢献できます。
- 速乾性・機能性の衣服: 熱帯の気候では汗や急なスコールで服が濡れやすいため、綿よりも乾きやすい化学繊維製の衣類がおすすめです。色は蜂などを刺激しにくいアースカラー(茶色、緑、ベージュなど)が望ましく、長袖・長ズボンは日差しや虫刺されから肌を守ります。
- 防水バッグ(ドライバッグ): スコールやボートの水しぶきから、カメラやスマートフォンなどの電子機器を保護するのに欠かせません。
- ヘッドライトまたは懐中電灯: 夜間の船内移動やナイトトレッキングで役立ちます。両手を自由に使えるヘッドライトが便利です。
- 医薬品: 常用薬に加え、酔い止め、胃腸薬、頭痛薬、消毒液、絆創膏、かゆみ止めなど基本的な救急セットを準備しておくと安心です。
- 十分な現金(インドネシアルピア): クレジットカードが使えない場所が多いため、ツアー代金の残金支払いやクルーへのチップ、現地での小さなお土産購入に備え、ある程度の現金を持参しましょう。
- 双眼鏡: 野生動物の観察をより充実させるための必須アイテムです。
持ち込みを控えるべきもの
タンジュンプティン国立公園では自然環境保護の観点から、持ち込みが制限されているものがあります。特に使い捨てプラスチック製品(ペットボトルやビニール袋など)は極力持ち込まないようにしましょう。お菓子の包装などもごみを出さない工夫をし、発生したゴミは必ずすべて持ち帰るという意識が重要です。また、インドネシア観光省のガイドラインによると、無許可でのドローン使用は禁止されています。事前にルールをしっかり確認しましょう。
ツアー選びで変わる、地域と自然への想い
先ほど述べた通り、責任あるツアー会社の選択は非常に大切です。料金の安さだけで決めるのではなく、会社のウェブサイトや口コミをよく確認し、どのような理念で運営されているかを見極めてください。
- ガイドは正式なライセンスを取得しているか?
- 利益は地域社会へ適切に還元されているか?
- 環境保護活動に積極的に協力しているか?
多少費用が高くとも、こうした信念を持つ企業を選ぶことが結果的にタンジュンプティンの自然や文化の保護、そして持続可能な観光の実現につながります。
日本に戻ってからも続けるオランウータン支援
旅が終わっても、私たちにできることはたくさんあります。
- 情報を広める: タンジュンプティンでの感動やオランウータンが直面する現状をSNSやブログ、口コミで周囲に伝えましょう。あなたの発信が誰かの意識を変えるきっかけになるかもしれません。
- NPO/NGOを支援する: オランウータン保護活動を行う団体への支援も有効です。例えば、認定NPO法人ボルネオ保全トラスト・ジャパンでは、寄付や会員登録を通じて現地の保全活動を直接支援できます。
- 消費行動を見直す: オランウータンの生息地破壊の主要因とされるのがパーム油の生産です。パーム油はスナック菓子や洗剤、化粧品など多くの製品に使われています。すべてを避けるのは困難ですが、購入時には「RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)」認証のマーク付き製品を選ぶなど、環境や人権に配慮した生産方法を支持することが大切です。
私たちの日常の小さな選択が、遠く離れたボルネオの森の未来に繋がっていることを忘れずにいたいものです。
旅のプランニングQ&A。不安を解消して冒険へ
さあ、いよいよ具体的な旅のプランを練る段階となりました。ここでは、多くの方が抱きそうな疑問点をQ&A形式でご紹介します。
最適な訪問時期はいつ?
タンジュンプティンを訪れるのに最も適しているのは、乾季にあたる4月から10月頃です。この時期は晴天が続き、川の水位が下がるため、野生動物が川辺に集まりやすくなり、観察のチャンスが増えます。さらにジャングルトレッキングも、ぬかるみが少なく歩きやすいという利点があります。
一方、11月から3月の雨季もまた魅力的です。この時期は観光客が少なく、静かなジャングルをゆったりと楽しめます。ドリアンなどのトロピカルフルーツが旬を迎え、オランウータンの活発な様子を目にすることも多いです。ただし、多くのスコールやフライトの遅延、川の増水による影響も想定されるため、日程には余裕を持つことをおすすめします。
チケットや手続きはどうすればいいの?
タンジュンプティンへの旅は、自分で手配するよりも現地のツアー会社に一括して依頼するのが最もスムーズで安全です。
- ステップ①:ツアー会社への問い合わせ
インターネットで「Tanjung Puting tour」などのキーワードで検索し、複数のツアー会社のサイトを比較検討しましょう。レビューサイトも参考にしながら、信頼できそうな数社に絞り込み、メールやWhatsAppで連絡を取ります。希望の滞在日程、人数、船のクラス(シンプルなものからエアコン付きの豪華なタイプまであります)、アレルギーの有無などを伝えましょう。
- ステップ②:見積もりの確認と予約確定
ツアー会社から旅程や料金が記載された見積もりが届きます。通常、料金にはパンカランブン空港への送迎、港までの交通費、クロトックのチャーター代、食事・飲み物代、ガイドやクルーの費用、国立公園の入園料などがすべて含まれています。内容を慎重にチェックし、納得したら予約の意思を伝えましょう。
- ステップ③:デポジットの支払い
予約を確定するために、代金の一部をデポジット(前払い金)として支払います。支払い方法には、国際銀行送金(Wiseなどのサービスが便利です)やPayPalが一般的です。残金は現地到着後に現金(インドネシアルピアまたは米ドル)で支払う場合が多いです。
- ステップ④:現地での合流
パンカランブン空港に到着すると、出口であなたの名前が書かれたボードを掲げたガイドが迎えてくれます。その後、車でクマイ港へ移動し、いよいよクロトックに乗船して冒険が始まります。国立公園への入園許可など複雑な手続きはすべてツアー会社が代行してくれます。
万が一のトラブルへの対応方法
旅には予期せぬトラブルがつきものですが、事前の準備で冷静に対処できます。
- フライトの遅延やキャンセル
天候などの影響で、パンカランブン行きのフライトが遅れたりキャンセルされたりすることもあり得ます。必ずツアー会社の緊急連絡先(WhatsApp番号など)を確認し、遅延が判明したらすぐに連絡を取りましょう。状況に応じて日程調整など柔軟な対応をしてくれます。また、万が一に備えて、航空機遅延補償が付帯した海外旅行保険に加入することを強くおすすめします。
- 体調不良の場合
慣れない環境で体調を崩す可能性もあります。船には経験豊かなクルーが同乗し、ガイドも応急処置の知識がありますので、まずは彼らに相談しましょう。症状が重い場合は、最寄りの医療機関への搬送手配をサポートしてくれます。常備薬の用意はもちろん、保険証券や緊急連絡先をすぐ取り出せるよう手元に準備しておきましょう。
- ツアー内容への不満や返金について
もし事前に合意した内容と大きく異なる場合は、まずその場でガイドに状況を伝え改善を求めてください。解決しない場合にはツアー会社のオフィスへ連絡します。返金規定は会社によって異なるため、予約時にキャンセルや返金に関するルールを必ず書面で確認することが大切です。
魂に刻まれる、生命の川の記憶

クロトックに揺られながら、ジャングルの奥深くへと数日間進んでいく。それは、時間という概念がぼやけていくような、不思議な体験でした。川の流れに身を委ね、鳥のさえずりで目を覚まし、満天の星空の下で眠る。そんな原始的なリズムの中で過ごすと、日常の悩みやストレスがいかに小さく取るに足らないものかを実感します。
オランウータンの母親が慈しむように我が子を抱きしめる姿。テングザルのオスが誇らしげに鼻を揺らす様子。夜の闇に瞬く無数のホタルの光。タンジュンプティンで目にした光景は、どれも深く脳裏に刻まれて離れません。
この旅は、私に多くの教訓を与えてくれました。圧倒的な自然の美しさと、そこで息づく命の尊さ、そして、その壊れやすい生態系が私たち人間の営みによって危機にさらされているという厳しい現実です。
私たちがこの緑あふれる楽園で感じた感動は、ただの思い出として消費されるべきものではありません。むしろ、それは私たちの生き方を見つめ直し、より良い未来を選び取るための強い原動力になるはずです。
帰路の飛行機から見下ろしたカリマンタンの森は、緑の絨毯のように果てしなく広がっていました。この美しい森と「森の人」オランウータンを、次の世代、そのまた次の世代へとつなぎ続ける責任の一端は、この場所を訪れ、その価値を知った私たち一人ひとりにあるのです。
あなたの次の旅が、この生命の流れを遡る忘れられない冒険となり、その旅が地球の未来を守るための小さくても確かな一歩になることを、心から願っています。







