広州の喧騒を背に、地下鉄に揺られること約1時間。窓の外の景色が近代的なビル群から、どこか落ち着いた時間の流れる街並みへと変わっていく。到着したのは、広東省が誇る珠玉の都市、佛山(ぶつざん/Fóshān)。ここは、ブルース・リーの師匠である葉問(イップ・マン)や、伝説の武術家・黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)を生んだカンフーの聖地。同時に、「食は広州に在り、味は順徳に在り」という言葉で知られる美食の都、順徳区を擁する食文化の源流でもある。
穏やかで素材の味を極限まで引き出す広東料理。その頂点とも言われる順徳料理が待つこの地で、スパイスハンターである私が探すのは、もちろん「佛山で最も辛い一皿」。一見、矛盾しているように聞こえるかもしれない。しかし、あらゆる文化が交錯する現代中国の大都市に、魂を焦がすような刺激が存在しないはずがない。伝統の味の深淵を覗き込み、そして、その対極にある究極の辛さを求める。静と動、甘美と激情が渦巻く佛山の旅が、今、幕を開ける。
広州から佛山へ、シームレスな都市移動術

旅の出発点は、まず目的地へのアクセス手段の確認から始まります。佛山は広州の南西側に隣接しており、両都市は今や一体化した巨大な都市圏を形成していると言っても過言ではありません。そのため、移動手段は非常に多様で便利です。今回は、その中でも特に旅行者にとって手軽で利用しやすい方法を中心に紹介します。
地下鉄(広佛線)が最もシンプルかつ確実な選択肢
広州と佛山をつなぐ主要路線が、広州地下鉄の「広佛線(Guǎngfó Xiàn)」です。広州市の中心部からは、乗り換えなし、あるいは1~2回の乗り換えで佛山市内の主要エリアへ簡単に到達可能です。料金は移動距離によって異なりますが、数十キロの移動でも数元から十数元(日本円で数十円から300円程度)と非常にお得です。
チケット購入は基本的に駅の券売機を利用します。券売機はタッチパネル式で、英語表示にも対応しているため、中国語がわからなくても直感的に操作できます。目的地を選択し、現金(小銭や小額紙幣が便利)または後述するスマートフォン決済で購入します。
ここで、旅をより快適にするための準備として、「Alipay(支付宝)」や「WeChat Pay(微信支付)」の設定をおすすめします。現在の中国の都市部では、キャッシュレス決済が主流となっており、地下鉄券売機はもちろん、コンビニや飲食店、タクシーなどでもスマホをかざすだけで支払いが完了します。中には現金が使えない券売機もあるため、この準備は必須といえるでしょう。日本のクレジットカードを登録できる「Tour Card」といったサービスもありますが、事前に設定をしておくことで、現地でのあらゆる行動が格段にスムーズになります。
佛山市内の移動はタクシーと配車アプリの活用が便利
佛山市に到着してからの移動では、地下鉄網も役立ちますが、目的地をより正確に指定したい場合はタクシーや配車アプリが非常に便利です。
街中でタクシーを拾うこともできますが、言語の壁に不安がある方には配車アプリ「DiDi(滴滴出行)」の利用を強くおすすめします。日本でアプリをダウンロードし、クレジットカードを登録しておけば、地図上で行き先を指定するだけで最寄りの車が迎えに来てくれます。料金は事前に確定し、アプリを通じて自動決済されるため、ドライバーと現金のやりとりや料金交渉が不要です。行き先を口頭で伝える必要がないため、コミュニケーションの不安を解消できるのが大きな利点です。
ただし、中国でこれらのアプリを利用するためにはインターネット接続が不可欠です。出発前に海外用Wi-Fiルーターのレンタル、現地SIMカードの購入、またはeSIM契約を必ず済ませておきましょう。特にGoogleやLINE、X(旧Twitter)などのサービスは中国国内では通常利用できないため、これらを使いたい場合はVPN(Virtual Private Network)機能付きの通信サービスを選ぶ必要があります。この準備が旅の快適さに大きく影響するでしょう。
カンフーの魂に触れる、佛山祖廟と武術の聖地
佛山市の中心、禅城区に位置する「佛山祖廟(Fóshān Zǔmiào)」は、この街を訪れる人々がぜひ訪れるべきスポットだ。ただの寺院に留まらず、佛山の歴史や文化、そして武術の精神が凝縮された聖地である。
地下鉄広佛線の「祖廟駅」で降りて地上に出ると、すぐに荘厳な雰囲気が漂っているのを感じられる。明代に建立され、道教の神である北帝(玄天上帝)が祀られているこの寺院は、その優れた建築様式で高く評価されている。「東洋の芸術の宮殿」とも称される風貌は、一目見る価値がある。
精巧を極めた嶺南建築の名作
入口をくぐると、まず目を引くのは屋根の上に飾られた色鮮やかで複雑な陶磁器装飾「石湾瓦脊」だ。三国志や封神演義といった物語のキャラクターたちが生き生きとした姿で屋根を彩っている。これは佛山が陶磁器の街としても知られている証であり、嶺南地方(広東省・広西チワン族自治区周辺)特有の建築美の頂点とも言える。
本殿へ進むと、黒光りする木製の柱や梁に刻まれた精緻な木彫りが目を奪う。また、鉄器を鋳造して作られた緻密な工芸品も多数展示されていて、職人の技と心意気が細部に宿っていることを実感できる。単なる祈祷の場であるだけでなく、建築の博物館としての側面も持つ場所だ。
チケットは入口の窓口で購入可能だが、週末や祝日は混雑するため、事前にオンラインでの予約を強く推奨する。中国の旅行系アプリや祖廟の公式WeChatミニプログラムから申し込みができ、当日はQRコードの提示だけでスムーズに入場できる。
黄飛鴻と葉問、二人の武術巨匠の息吹
祖廟の敷地内には、佛山が誇る二人の武術家を称えるスポットがある。それが「黄飛鴻紀念館」と「葉問堂」だ。
黄飛鴻紀念館では、彼の生涯や功績が写真や資料で紹介されている。ジェット・リー主演の映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズでその名を知った人も多いだろう。館内では定期的に勇壮な獅子舞(舞獅)のパフォーマンスが披露される。アクロバティックで迫力満点の演舞はまさにカンフーの動きを体現しており、観客席はいつも熱気にあふれている。パフォーマンスの時間は入口の掲示板で確認できるので、訪問時に見逃さないようにスケジューリングしてほしい。
葉問堂は、ブルース・リーの唯一の師匠として知られる詠春拳の名匠・葉問を顕彰する施設だ。彼の生涯や詠春拳の歴史に関する展示は、武術愛好者だけでなく幅広い人々にとっても興味深い。詠春拳の練習用具である木人樁(もくじんしょう)も展示されており、彼の修行の日々を思い起こさせる。
祖廟訪問時の服装に厳しい規定はないが、神聖な場所であるため、あまり露出の多い服装は控えるのがマナーだ。また、一部の建物内では撮影禁止の場所もあるため、現地の指示に従うことが求められる。歴史と武術のエネルギーに満ちたこの聖域で、ゆったりとした時間を過ごし、佛山の魂に触れてみてはいかがだろうか。
500年燃え続ける窯の炎、陶芸の里・南風古竈

佛山はカンフーの街として知られるだけでなく、「陶都」とも称される陶磁器の名所であることをご存知だろうか。その象徴的なスポットが石湾区に位置する「南風古竈(Nánfēng Gǔzào)」だ。ここは単なる観光地にとどまらず、明代から約500年間、一度も火が絶えることなく稼働し続ける世界でも珍しい龍窯(龍のように長く傾斜した形状の窯)が今も現役で稼働する、生き続ける産業遺産である。
祖廟エリアからタクシーでおよそ15分。古い街並みが残る地域の一角に、南風古竈の入口がある。入場券を購入して一歩踏み入れると、土と炎が混ざり合った独特の香りが鼻をくすぐる。まるで時代を遡ったかのような感覚にとらわれる、風情あふれる景観が広がっている。
生きた歴史の証、龍窯
このエリアの主役はもちろん、現在も現役で稼働する龍窯である。山の斜面を活かして築かれた、その姿はまさに龍が天に昇るかのようで、全長は30メートル以上に及ぶ。窯の側面には無数の投薪口が設けられ、職人が薪をくべて内部を1200度以上に保つ仕組みだ。500年に渡って焼き続けられてきた窯の壁面は黒く煤け、その歴史の重みを物語っている。稼働中の窯に間近で触れることができ、その熱気と迫力を肌で実感可能だ。この龍窯は世界遺産登録を目指しており、その価値は計り知れない。TravelChinaGuideによれば、この窯は現役で使用される世界最古の龍窯としてギネス世界記録にも認定されているという。
陶芸体験とアートの散策
南風古竈の魅力は龍窯だけに留まらない。エリア内には多数の陶芸工房が点在しており、職人の作業風景を見学したり、自分自身で陶芸を体験したりできる。土の塊から自分の手で器を形作る体験は、旅の貴重な思い出となるだろう。体験プログラムは、ろくろを回すシンプルなものから絵付けまで行う本格的なコースまで多彩である。予約不要で参加できる工房も多いが、特に人気のある工房は事前予約をしておくのが安心だ。制作した作品は焼成後に受け取りに来るか、国際郵便で日本へ送ってもらうことも可能だ。送料や発送の詳細はスタッフに確認しよう。
さらに、このエリアはアートスポットとしても進化している。古い建物を改装したカフェやギャラリーが点在し、ユニークな陶器のオブジェがあちこちに置かれているため、散策するだけでも楽しめる。中でも特に注目されているのが、何千もの便器を使って作られた「便器の滝」という作品で、その強烈なインパクトで有名だ。賛否両論を呼びそうなこの自由な発想は、佛山が持つ創造的なエネルギーの象徴かもしれない。
南風古竈を訪れる際は、歩きやすい靴が必須だ。石畳や坂道が多いため、足元をしっかり整えて臨んでほしい。また、気に入った陶器があればぜひお土産として手に入れたい。工房直営の店舗では、手頃な価格で質の高い作品を見つけられるはずだ。500年の炎が紡ぎ出す芸術に触れる、特別で貴重な時間を過ごせる場所である。
広東料理の真髄、順徳の味を求めて
さて、いよいよ私の旅の核心部分、食の世界へと深く踏み込む時がやってきた。前述した通り、「食は広州にあり、味は順徳にあり(食在广州,味在顺德)」という言葉がある。この言葉は、広東料理の調理技術や味のルーツが、ここ佛山市順徳区にあることを示している。新鮮な食材の旨みを最大限に引き出す、繊細かつ奥深い順徳料理。その真髄に触れるため、私は数ある名店の中から一軒を訪れることにした。
予約必須の美食の聖地「猪肉婆私房菜」
その店の名前は「猪肉婆私房菜(Zhūròupó Sīfángcài)」。直訳すると「豚肉おばさんのプライベートキッチン」とでも表現できるだろうか。名前は素朴だが、実際は順徳料理の頂点と称され、国内外の食通たちが足を運ぶ大人気店である。
まず、この店を訪れる際に最も重要な情報をお伝えしたい。それは「予約が必須」であるということ。しかも、数日前に予約するだけでは間に合わないこともしばしばある。中国のグルメアプリ「大衆点評」や、直接電話での予約が必要だ。もし中国語に自信がなければ、ホテルのコンシェルジュに頼むのが確実な手段だ。予約なしで来店すると、長時間待たされたり、場合によっては入店を断られるケースが非常に高い。
店舗は、一つの庭園のように広大な敷地内にあり、伝統的な嶺南建築の建物が池を囲む形で配置されている。緑豊かな樹木が美しく彩り、まるで高級料亭や由緒ある名家の邸宅に招かれたかのような気分にさせられる。
案内され席に就き、メニューを手に取る。広東語と普通話で記されたメニューは写真が少なく、旅行者には少しハードルが高いかもしれない。しかしそんな時こそスタッフにおすすめを尋ねるのが最善だ。彼らは外国人慣れしており、ジェスチャーを交えながら丁寧に説明してくれる。
素材の魅力が躍動する、順徳料理の饗宴
私が注文したのは、この店の看板料理のいくつか。
まずは「煎焗魚嘴(Jiānjú Yúzuǐ)」。巨大な淡水魚の頭部を油で香ばしく焼き上げ、醤油ベースのタレで仕上げた一品だ。その見た目のインパクトもさることながら、味はまさに絶品。皮はパリッと香ばしく、その下にはゼラチン質でぷるぷるとした身が隠れている。骨の周りの身をしゃぶりながら、魚本来の濃厚な旨みを余すことなく味わえる。余計なスパイスは使わず、塩、醤油、生姜、ネギといった最小限の調味料が、主役の魚の味を極限まで引き立てている。
続いて「招牌烧鹅(Zhāopái Shāo’é)」。店の看板メニューであるガチョウのローストだ。飴色に輝く皮は噛むと「パリッ」と心地よい音を立て、その下からはジューシーで柔らかな肉が現れる。噛むたびに豊かな肉汁と脂の甘みが口いっぱいに広がり、添えられた甘いプラムソースが濃厚な味わいに絶妙なアクセントを加えている。これはもはや芸術と呼ぶにふさわしい逸品だ。
さらに順徳料理の特徴として忘れてはならないのが、「牛乳」を使った料理である。「大良炸牛奶(Dàliáng Zhá Niúnǎi)」は、牛乳を固めて衣をつけて揚げた順徳を代表するデザート。外はサクサク、中はとろりとした熱々のミルクプリンのような食感で、優しい甘さが口の中に広がる。濃厚な料理のあとにぴったりの口直しと言える。
猪肉婆での食事は、まさに味覚のシンフォニーであった。派手さはないが、ひとつひとつの食材が完璧に調理され、その本来の美味しさを最大限に引き出している。これこそが広東料理の源流なのだろう。スパイスによる刺激とは一線を画し、素材の力による深い感動が全身を駆け巡った。予算は一人あたり300〜500元(約6,000円〜10,000円)と現地の物価から見ると高級だが、その価値は十二分にある。支払いはもちろん、WeChat PayやAlipayがスムーズだ。
スパイスハンターの逆襲、佛山に眠る激辛の魂を探せ

順徳料理の奥深さに心から感動した私だが、忘れてはならないことがある。私の使命は「その地で最も辛い料理を味わう」ことだ。優雅で繊細な広東料理の余韻に浸った今だからこそ、私の舌と胃は激しい刺激を切望している。
佛山は歴史ある町ではあるが、同時に近代的な大都市でもある。中国各地から多くの人が働きに訪れ、多彩な食文化がここにも持ち込まれているはずだ。広東料理の牙城とも言えるこの地で、あえて激辛料理を探し出す。まさにスパイスハンターの醍醐味がここにある。
地元の人々で賑わう四川料理店「川人百味」へ
スマートフォンの地図アプリ(中国では「百度地図」や「高徳地図」がGoogleマップよりも格段に正確で情報量が豊富)を駆使し、地元民の口コミを頼りに一軒の店を見つけた。その名は「川人百味(Chuānrén Bǎiwèi)」。禅城区の、観光客が滅多に訪れないような路地裏にひっそり佇む、小さな四川料理店である。
店の扉を開けると、むっとした熱気と共に、唐辛子と花椒(ホアジャオ)の痺れる香りが鼻を強く刺激した。これこそ求めていた香りだ!店内は地元の若者や家族連れで活気に満ちており、どのテーブルにも真っ赤な料理が並んでいる。期待が高まる。
メニューには四川料理の定番がずらりと並んでいた。「水煮魚(Shuǐzhǔyú)」「辣子鶏(Làzǐjī)」「麻婆豆腐(Mápó Dòufu)」などだ。私は店の実力を試すべく、最も辛い料理は何かと店員に尋ねた。すると、若い女性店員がにやりと笑い、メニューの一品を指した。「沸腾鱼(Fèiténg Yú)」、すなわち「沸騰する魚」という意味だ。
「本当に大丈夫?」と念を押されたが、私は問題ないと答えた。そして辛さのレベルを聞かれた際には、「特辣(Tèlà)、最高に辛いやつで」と告げたのだった。
舌と胃を焼き尽くす、灼熱の「沸腾鱼」
やがて運ばれてきたのは、もはや料理の域を超えた「事件」だった。巨大な鉢の中は油の海で覆われ、その表面は数えきれないほどの乾燥唐辛子と緑色の花椒の実でびっしり覆われている。赤い絨毯の下には白身魚の切り身や豆もやしが隠れているのだろう。店員が鉢を置くと同時にジュワッという音と焦げた唐辛子の香りが立ち上り、私の喉を直撃した。思わず咳き込んでしまう。
覚悟を決め、レンゲで油の層をかき分け、下にある魚をすくい上げる。熱々の油に包まれた真っ白な魚の身を一口、口に運んだ。
その瞬間、私の味覚は灼熱の地獄へと落とされた。
まず襲いかかったのは唐辛子の凶暴とも言える辛さだ。舌の表面が焼けるような鋭い痛みが走る。遅れて花椒の痺れが嵐のようにやってきた。唇や舌、口内全体がビリビリと麻痺していく。これが「麻辣(マーラー)」だ。麻(しびれ)と辣(辛さ)、四川料理の真髄である。しかし、この店の「特辣」は並のレベルではなかった。
汗が滝のように流れ落ち、Tシャツが肌にべったり張り付く。呼吸は荒くなり、心拍数も上がるのがわかる。それでも不思議なことに、箸は止まらなかった。暴力的な辛さと痺れのその先に、魚の淡白な旨味とスパイスが溶け込んだ油の複雑な香りが確かに存在している。辛く、痛く、痺れる。それでも美味い。この矛盾した感覚に魅了され、私は無心で魚を口に運び続けた。
ここで激辛料理に挑む際の重要なポイントを一つ。飲み物の選択は生死を分ける。水は逆効果だ。辛味成分カプサイシンは油に溶けるため、水で流そうとしても辛さが口内に広がるだけだ。最も効果的なのは乳製品や豆乳である。乳脂肪分やタンパク質がカプサイシンを包み込み、辛さを和らげてくれるからだ。私はメニューにあった「豆奶(Dòunǎi)」、甘い豆乳を注文し、燃え盛る口内の炎を鎮めながら戦い続けた。
もし辛い料理を注文して「これは無理だ」と感じたなら、恥ずかしがらずに店員に相談しよう。店によっては辛さを調整したり、辛くないスープを追加したりしてくれることもある。無理をして体調を崩せば旅自体が台無しになる。自分の限界を見極めることも、フードファイターに欠かせない重要なスキルだ。
完食後、しばらくの間席から立ち上がることができなかった。口内は痺れ、胃は灼熱の塊のように熱かった。しかし同時に、何とも言えない達成感と、脳内に駆け巡るエンドルフィンによる高揚感に包まれていた。広東料理の繊細な世界とは対極にある、激しくも中毒性の高い四川料理の魂。佛山という一つの街で、これほど幅広い食体験ができるとは。私は改めて、この街の懐の深さに深く感銘を受けたのだった。
古き良き煉瓦の街並み、嶺南天地でクールダウン
灼熱の四川料理と格闘した後、私は気分を落ち着けながら散策を楽しむために、佛山の新たな観光スポットとして知られる「嶺南天地(Lǐngnán Tiāndì)」へ足を運んだ。ここは清代から残る古い建築群を保存しつつ改装し、現代的な商業エリアとして再生された場所だ。祖廟のすぐ東側に位置し、徒歩圏内でアクセスできる。
伝統と現代が織りなす洗練された空間
嶺南天地に入ると、その独特の雰囲気にすぐに心を奪われる。灰色の煉瓦で造られた「青磚(せいはん)」の壁や、鍋の取っ手を模した鑊耳(かくじ)と呼ばれる特徴的な屋根を持つ古い建物群が、美しい石畳の路地に沿って並んでいる。これらの歴史的建造物は巧みにリノベーションされ、スタイリッシュなカフェ、レストラン、ブティック、アートギャラリーとして新たな生命を吹き込まれている。
上海の「新天地」を手がけたデベロッパーによって開発されただけあって、そのセンスは抜群だ。古き良き時代の趣きを残しつつ、現代的な洗練が見事に調和している。昼間は歴史的建物の細部をゆっくりと眺めながら散策でき、夜には建物がライトアップされ、幻想的でロマンチックな雰囲気に包まれる。
私は改装された古民家の一軒に入り、冷たいフルーツティーを注文した。木製の格子窓からやわらかな光が差し込み、先ほどの激辛体験で興奮した神経をゆっくりと癒やしてくれる。静かなジャズが流れる空間で、窓越しに行き交う人々を見つめながら、佛山の多様な顔を改めて実感した。カンフーの熱気、陶芸の炉の炎、広東料理の繊細さ、四川料理の激しさ、そしてこの嶺南天地が醸し出す穏やかで洗練された時間。すべてが佛山の魅力だ。
このエリアには、スターバックスといった世界的チェーンから、個性的な個人経営店まで多種多様な店舗が軒を連ねている。Wi-Fi完備のカフェも多いため、旅の情報収集やひと休みの場としても最適だ。また、佛山の伝統菓子や工芸品をモダンにアレンジしたお土産店も豊富にあり、センスの良いアイテムを見つけることができるだろう。
佛山の旅を成功させるための最終準備リスト

これから佛山を訪れるあなたが、より快適で安全な旅を実現するために必要な情報をまとめておこう。旅の成功は準備が8割とも言われる。特に、日本と文化やシステムが異なる中国では、入念な事前の情報収集と準備が欠かせない。
ビザ(査証)の最新状況を必ずチェック
中国へ渡航する際は、滞在の目的や期間によってビザ(査証)の取得が必要になることがある。ビザ免除措置は国際情勢によって変わる可能性があるため、渡航前に必ず在中国日本国大使館や総領事館の公式サイトで最新の情報を確認しよう。ビザ申請には一定の時間がかかる場合があるため、余裕をもって準備を進めることが重要だ。
通信と決済は旅の生命線
前述の通り、現代の中国旅行において「通信(インターネット接続)」と「決済(スマホ決済)」は不可欠だ。
- 通信: 日本で海外用Wi-Fiルーターをレンタルするか、現地の空港や市内で利用可能なSIMカード(またはeSIM)を入手しよう。GoogleやLINE、Instagram、Xなどの利用にはVPNが必須になることを忘れないで。
- 決済: Alipay(支付宝)やWeChat Pay(微信支付)を日本であらかじめダウンロードし、クレジットカードを連携させておくと便利だ。中国ではこの二つの決済方法が主流で、現金を使える店は減少傾向にあるため、現金は非常用に少額を持つ程度で十分だろう。
おすすめアプリと持ち物リスト
- 地図アプリ: 高徳地図(Amap)や百度地図(Baidu Maps)を使おう。中国国内ではGoogleマップよりも正確で信頼性が高い。
- 翻訳アプリ: 百度翻訳や有道翻訳官などが便利。特にカメラ翻訳や音声翻訳機能は重宝する。
- 配車アプリ: 滴滴出行(DiDi)を利用すれば、安全かつスムーズな移動が可能だ。
- グルメアプリ: 大衆点評は日本の食べログに似ており、レストラン探しや予約、口コミ確認に役立つ。
- 持ち物: パスポート、常備薬、モバイルバッテリー(大容量推奨)、変換プラグ(中国はAタイプが主流だが、OタイプやSEタイプも混在するためマルチ変換プラグが安心)、ポケットティッシュやウェットティッシュ(現地のトイレでは備え付けがないことが多い)。
もしパスポートを紛失したりトラブルに遭遇した場合は、すぐに現地の警察に届け出たうえで、最寄りの日本国総領事館(佛山は在広州日本国総領事館の管轄)に連絡しよう。渡航前には、外務省海外安全ホームページで現地の安全情報を確認し、連絡先を控えておくことが安心につながる。
佛山の静と動、その奥深さに魅せられて
佛山の旅は、穏やかな水面の静けさと、その奥底に潜む激しい潮流の両方を味わうような体験だった。嶺南文化の精髄が集まる祖廟の荘厳な佇まい、500年もの間絶えず燃え続ける窯から感じられる静かな情熱。そして、素材の旨みを極めた順徳料理の繊細な世界。これらはすべて、佛山の「静」の側面を象徴していた。
一方で、カンフーのパフォーマンスが繰り出す爆発的なエネルギーや、私の舌と胃袋を激しく焼き尽くした四川料理の圧倒的な熱情。これらは、この街が持つ「動」の部分を表している。
この静と動の対比こそが、佛山という街の抗し難い魅力なのであろう。伝統をしっかりと守りつつも、新しい文化を積極的に取り込み、唯一無二のハイブリッド文化を築き上げている。広州の陰に隠れがちだが、一歩踏み込めば、ここでしか味わえない独特な体験が待ち受けていた。
さて、激辛料理との戦いを終えた私の胃は、いまだに静かな悲鳴をあげている。灼熱の戦場と化した消化器官を落ち着かせ、次なるスパイシーな冒険に備えるためには、頼りになる相棒が欠かせない。
そんな時、私が必ず信頼するのが太田胃散A〈錠剤〉である。脂肪やタンパク質の分解を助ける4種類の消化酵素が、激辛料理と共に摂った大量の油分や肉の消化を力強くサポートしてくれる。さらに、胃の働きを調整する健胃生薬と、過剰な胃酸を中和する制酸剤が、荒れた胃粘膜を優しく守ってくれる。錠剤タイプなので、旅先でも水さえあれば手軽に服用できるのも魅力のひとつ。この一錠が、私の次なる挑戦への扉を開いてくれるのだ。ありがとう、佛山。そしてありがとう、太田胃散。私のスパイス巡りの旅は、まだまだ終わらない。







