空気が、違う。飛行機を降り立った瞬間から、ブータンの澄み切った空気に全身が包まれる感覚に、私は思わず息をのみました。ヒマラヤの山々に抱かれたこの国は、ただ美しいだけではない、何か特別な時間が流れている場所。人々の穏やかな微笑み、色鮮やかな民族衣装、そしてどこまでも敬虔な祈りの心。アパレルの仕事で世界中の都市を巡ってきたけれど、こんなにも魂の深い部分に触れてくる国は初めてでした。
今回の旅の目的は、ブータン南部に広がる「王立マナス国立公園」。地球上で最も生物多様性に富んだ場所の一つであり、「アジアの自然保護区の至宝」とも称えられる、まさに手つかずの聖域です。ベンガルトラが吠え、ゴールデンラングールが森を舞い、何百種類もの鳥たちが歌う生命の楽園。そこには、私たちが忘れかけていた地球本来の姿があるはず。
ファッションの世界でトレンドを追いかける日々の中で、ふと立ち止まり、普遍的な美しさとは何かを考えたとき、私の心はいつも雄大な自然へと向かいます。デザインのインスピレーションの源泉は、結局のところ、自然が創り出した完璧なフォルムや色彩にあるのかもしれない。だからこそ、この旅は私にとって、自分自身の感性の源流を辿るような、特別な意味を持っていました。さあ、一緒に地球最後の秘境への扉を開けてみませんか。これは、ただの観光記録ではありません。あなたの心を揺さぶり、新たな一歩を踏み出すきっかけとなる、魂の旅の物語です。
王立マナス国立公園とは – ヒマラヤの麓に眠る生命の宝箱

ブータンという国自体が神秘に包まれていますが、その中でも特に際立つのが王立マナス国立公園です。ブータン最古の国立公園として1966年に設立され、その面積は1,057平方キロメートルにのぼります。南側は国境を越え、インドのアッサム州に隣接するマナス国立公園(こちらは1985年に世界自然遺産に登録)と繋がっており、両者が国境をまたぐ広大な生態系の回廊を形成しています。
この公園が「宝箱」と称されるのは、その驚異的な生物多様性に起因します。亜熱帯のジャングルからヒマラヤの麓に広がる冷温帯の森林まで、標高差により様々な植生が縦方向に分布しているため、そこに棲む生物の種類も非常に豊富です。公式な調査によれば、58種の哺乳類、486種以上の鳥類、さらには計り知れない数の蝶や植物が確認されています。その中には絶滅危惧種が多数含まれ、まさに「遺伝子の貯蔵庫」と言える貴重な場であり、その価値からユネスコ世界遺産の暫定リストにも登録されています。これにより、この公園が全人類にとっての共有資産であることが示されています。
公園を縦断するマナス川とその支流は、この豊かな生態系を支える生命線です。雨季には激流となり水量が増す一方、乾季には穏やかに流れ、多くの野生動物たちに水を供給します。川沿いに広がる草原や繁茂する熱帯雨林、霧に包まれた丘陵地帯など、車で公園内を巡ると次々と変化する景観に、この場所がいかにダイナミックであるかを実感させられます。
私が訪れたのは乾季の始まりで、空気は澄みきり、動物たちも活発に動き出す最適な時期でした。ガイドのカルマさんは微笑みながら「マナスは気まぐれな女神のような場所で、何を見せてくれるかは彼女次第です」と話してくれ、その言葉がこれからの冒険への期待をいっそう膨らませてくれました。ここは動物園ではありません。人間が訪れる野生の王国であり、その厳かな現実が私の心に心地よい緊張感をもたらしたのです。
魂が震える、野生との邂逅 – マナスで出会った生命の輝き
夜明け前の静けさに包まれながら、私たちはジープに乗り込みました。冷たい空気が肌を刺し、吐く息が白く舞い上がります。ヘッドライトが照らす先には、まだ深い闇に包まれたジャングルが口を開けて待ち構えていました。低く響くエンジン音の中、私の鼓動は高まり続けます。これからどんな出会いが待っているのだろう。
森の王者、ベンガルトラの気配
マナス国立公園は、世界屈指のベンガルトラ生息地として知られています。しかし、簡単にその姿を拝むことはできません。彼らは森の支配者であり、出会うこと自体が奇跡のようだと言われているのです。私たちはトラの残した足跡を頼りに、未舗装の道をゆっくりと進みました。
「見てください、亜美さん。昨夜のものです」 カルマさんが指差す地面には、はっきりと巨大な肉球の跡が残っていました。その大きさに思わず息を飲みます。このごく近くをあの美しい猛獣が歩いていたのだと。姿は見えなくとも、その圧倒的な存在感が森全体の空気を支配しているかのように感じられました。木々の間を吹き抜ける風の音、遠くで響く鹿の鳴き声、そのすべてがトラの息吹を伝えているようでした。
残念ながら今回の滞在中にトラそのものの姿を見ることはできませんでした。しかし、その気配を肌で感じ、彼らが統べる森の緊張感の中に身を置いた経験は、何にも代え難いものでした。自然への畏敬の念が、私の心に深く刻まれた瞬間でした。
優雅な巨人たち、アジアゾウの群れとの出会い
日が昇り、森が朝の光に染まる頃、私たちは広々とした草原に出ました。そこでカルマさんは静かにジープを停め、前方を指差します。そこには信じがたい光景が広がっていました。
10頭を超えるアジアゾウの群れが朝霧の中でゆったりと草を食んでいました。大きな母ゾウのそばで無邪気に戯れる子ゾウたち。その穏やかで平和な光景は、一幅の絵画のようでした。私たちはエンジンを切り、ただ静かにその様子を見守りました。
彼らの動きはゆっくりとしなやかで、力強さと優雅さを兼ね備えていました。時折、長い鼻を高く掲げて私たちの匂いを確かめるような仕草に、彼らの知性の深さを感じずにはいられませんでした。私たちは観察者であり、彼らこそがこの土地の主。その暗黙のルールはお互いに理解されているのだと実感しました。
母象の足元で甘える子ゾウの姿を見て、胸の奥がじんわりと温かくなりました。種を超えた母性の美しさ、家族の絆の強さが言葉なしに伝わってくるのです。ファッション界で日々目にする華やかさとは異なる、生命の根源的な美しさに心が震えました。この光景は決して忘れられないものとなるでしょう。
黄金に輝く幻、ゴールデンラングール
マナス国立公園を象徴するもう一つの貴重な存在が、ゴールデンラングールです。名前の通り、太陽の光を浴びると黄金色に輝く美しい毛並みを持ち、ブータンやインドの一部にしか生息しない非常に希少なサルです。
「あそこだ!」 ガイドの声に顔を上げると、高い枝から枝へと軽やかに飛び移る金色の影が目に入りました。長い尾を器用に使いながら、まるでアクロバットのように森の間を縦横無尽に動き回ります。そのしなやかで美しい動きには息を呑みました。彼らはとても臆病な性格で、すぐに森の奥へ姿を消してしまいましたが、一瞬だけ見せた黄金の輝きは幻のように私の記憶に焼きついています。こうした希少な生き物たちが今もなお生きている事実が、この森の尊さを何よりも雄弁に語っていました。
鳥たちの交響曲に心を澄ませて
マナスはバードウォッチャーにとってまさに楽園です。サイチョウやオオハゲワシ、カワセミの仲間など、多彩な鳥たちが森のあちこちで美しいさえずりを響かせています。私は鳥に詳しいわけではありませんが、カルマさんから教わる名前や姿、鳴き声をひとつずつ確かめる時間がとても貴重でした。
特に印象的だったのは、巨大なくちばしを持つオオサイチョウが羽を広げて空を滑翔する姿でした。その壮大な飛翔は、まるで太古の翼竜を彷彿とさせる迫力がありました。彼らが羽ばたくたびに響く「ゴォーッ」という独特の音は、森の静寂の中で力強く鳴り響き、生命の力強さを実感させてくれました。
ジープを降りて森の中を歩くだけで、四方からさえずりがシャワーのように降り注ぎます。まるで自然が奏でる壮大な交響曲のようでした。目を閉じてその音に耳を澄ませていると、日常の喧騒や悩みがすっと消え去り、心が浄化されていくのを感じました。
旅の準備は心躍るプロローグ – 秘境へ挑むための完全ガイド

王立マナス国立公園への旅は、一般的な観光旅行とは少し趣が異なります。ブータン独自のルールは、手つかずの自然を守りながら旅行者の安全を確保するために設けられているのです。しかし、そのルールを理解し万全に準備をすれば、至高の体験があなたを待っています。ここでは、私の実体験をもとに、秘境を満喫するための具体的なステップと準備について詳しくご紹介します。
ブータン旅行の基本ルール — 公定料金制度とガイド同行の必須性
まず押さえておきたいのは、ブータン旅行は政府認定の旅行会社を通じたパッケージツアーでのみ可能であり、個人で自由にホテルや交通を手配するバックパッカー方式は認められていないということです。
旅行の基盤となるのが「公定料金制度」です。これは、旅行者一人につき一泊単位で定められた料金を支払う仕組みで、「SDF(Sustainable Development Fee/持続可能な開発費)」と呼ばれています。この費用は、ブータンの自然環境保護、文化保存に加え、教育や医療といった社会インフラ整備に充てられています。2023年9月に改定されたことで以前より利用しやすくなったとはいえ、決して安価ではありません。しかし、このSDFこそが、ブータンがオーバーツーリズムを避けながら独自の文化と自然を持続できている理由なのです。この料金の支払いは、私たち旅行者がこの国の貴重な環境と文化を守る活動に参加することを意味します。
公定料金にはSDFのほか、規定水準のホテル宿泊費、専用車とドライバー、英語堪能な専属ガイド、1日3食の食事、そして国内観光施設の入場料などが含まれています。一度この料金を支払えば、現地で大きな出費を気にする必要はほとんどありません。
旅行手配はまず、ブータン政府観光局の公式サイトなどで正規旅行会社のリストを確認することから始めましょう。日本にもブータン専門やブータンツアーを扱う会社が多くあります。ブータン政府観光局公式サイトを活用して最新情報や公認オペレーターをチェックし、王立マナス国立公園訪問の希望を明確に伝えて旅程を相談しながらオリジナルプランを作成してもらうのがおすすめです。
服装と持ち物リスト — おしゃれと機能性を両立させる亜美流パッキング術
ここからはアパレル業界での経験を踏まえ、パッキングについてお話しします。秘境への旅とはいえ、おしゃれを諦める必要はありません。機能的かつデザイン性にも優れたアイテムを選べば、快適に過ごしつつ写真映えも叶う旅が実現できます。
服装の基本スタイル: 基本は「レイヤリング(重ね着)」です。マナス国立公園は比較的低地の亜熱帯地域ですが、朝晩は冷え込むことがあります。さらに首都ティンプーやパロの高地から移動することを考え、温度調整しやすい服装が必須です。
- ベースレイヤー: 吸湿速乾性に優れた長袖Tシャツや機能性インナー素材(ポリエステルやメリノウールなど)がおすすめです。汗をかいてもすぐ乾き、肌寒いときのインナーにも使えます。
- ミドルレイヤー: 薄手のフリースや軽量ダウンジャケットがベスト。朝夕の冷え込み対策に役立ち、コンパクトに収納できるタイプが便利です。
- アウターレイヤー: 防風・防水性能を備えたシェルジャケット。急な雨や強風から守ってくれます。ゴアテックスなど高機能素材のものを選ぶと安心です。
- ボトムス: 動きやすいトレッキングパンツを基本に。虫刺されや植物による擦り傷を防ぐため長ズボンがマストです。速乾性とストレッチ性のあるものが好ましく、色は動物を驚かせないアースカラー(ベージュ、カーキ、ブラウンなど)を基本にしつつ、少しデザイン性をプラスするのが私のこだわりです。
- 足元: 足首をしっかりホールドする履き慣れたトレッキングシューズやハイキングシューズを。防水性能のあるものが理想的です。ロッジでのリラックス用にサンダルも忘れずに。
- その他: 帽子(日差し対策)、サングラス、薄手のストール(首の日焼けや寺院訪問時の肌の露出を避けるために便利)。
持ち物チェックリスト:
- 必須アイテム:
- パスポート、ビザ承認レターのコピー、航空券(eチケット)
- 現金(米ドルが便利。現地通貨ニュルタムへの両替はガイドに相談)
- クレジットカード(主要都市の大きなお土産店やホテルで利用可能)
- 海外旅行保険証
- 常備薬(胃腸薬、頭痛薬、酔い止めなど)、絆創膏など
- 日焼け止め(高SPF推奨)
- 虫除けスプレー(特にマナスのような低地で必須)
- ウェットティッシュ、アルコール消毒ジェル
- カメラ、予備バッテリー、メモリーカード
- スマートフォン、モバイルバッテリー
- 変換プラグ(ブータンはBF、B3、Fタイプ混在。マルチタイプがおすすめ)
- あると便利なアイテム:
- 双眼鏡: サファリ楽しさが格段にアップ。遠くの鳥や動物の表情が鮮明に見られます。
- ヘッドライト: 夜間やロッジ周辺で両手が使えて便利。
- 本や電子書籍: 移動中や夜のリラックスタイムに最適。
- 速乾タオル: コンパクトで使い勝手抜群。
- ジップロックなど防水バッグ: 急な雨からカメラやスマホを守るのに役立ちます。
- お気に入りのスナックや日本食: 現地の食事が合わない場合の備えに。ガイドやドライバーさんへのお土産としても喜ばれます。
- エコバッグ: お土産を入れるのに重宝します。
禁止事項と注意ルール: ブータンでは自然や文化を守るための規則が厳しく定められています。
- ドローンの持ち込み・使用は原則禁止で、特別許可が必要です。
- 公園内での動植物の採取は一切禁止されており、石を一つ持ち帰ることもできません。
- ゴミは必ず自分で持ち帰ることがマナーです。
- 寺院(ゾン)などの神聖な場所では、露出の多い服装(タンクトップやショートパンツなど)は不可です。長袖長ズボンを着用し、帽子やサングラスは外しましょう。
手続きの流れ — 夢の旅のためのステップ・バイ・ステップガイド
「手続きが難しそう…」と思われるかもしれませんが、実際には旅行会社がほとんどを代行してくれるので安心してください。
- ステップ1: 旅行会社選びとプラン相談
信頼できるブータン専門旅行会社を見つけて、「王立マナス国立公園に行きたい」という希望を伝えます。滞在日数や他に訪れたい場所、興味のあることも合わせて相談し、オリジナルの旅程を組んでもらいましょう。
- ステップ2: 航空券予約と旅行代金の支払い
プランが固まったら、旅行会社を通じてドゥルク航空やブータン・エアラインズのフライトを予約します。同時に旅行代金を指定口座に海外送金します。この支払いが終わらないとビザ申請には進めません。
- ステップ3: ビザ申請
旅行会社がブータン政府に申請書類を提出し、代行してくれます。こちらはパスポートの顔写真ページのカラーコピーを用意するだけ。ビザが承認されると「ビザ承認レター」がメールで届くので、これを印刷してパスポートと一緒に持参します。
- ステップ4: 出発準備
ビザが下りたらいよいよ出発準備です。上記の持ち物リストを参考にしてパッキングを進めましょう。
- ステップ5: ブータン入国
パロ国際空港到着後、入国審査でパスポートとビザ承認レターを提示します。これでパスポートに正式なビザスタンプが押され、入国が完了します。空港の到着ロビーでは、あなたの名前が書かれたボードを持った専属ガイドが笑顔で迎えてくれます。ここから、いよいよブータンの旅が始まります。
緑深き森に抱かれて – マナスでの滞在とアクティビティ
マナス国立公園での滞在は、自然と一体になる特別なひとときでした。文明の喧騒から完全に離れ、聞こえてくるのは鳥のさえずりや風のざわめき、そして夜には虫たちの合唱だけ。ここではジープサファリ以外にも、この地の魅力をより深く味わうための多様なアクティビティが用意されています。
エコ・ロッジで味わう静寂の時間
公園内およびその周辺には、環境に配慮して設計されたエコ・ロッジが数多く点在しています。私が滞在したのも、そのひとつでした。木材をふんだんに活用した素朴ながら快適なバンガローで、窓の外には緑豊かな森が広がっていました。電力はソーラー発電によって賄われ、夜は必要最低限の灯りのみ。おかげで、都会では決して見ることのできない満天の星空を存分に楽しめました。
食事は地元食材を使い、ロッジのスタッフが心を込めて振る舞うブータン料理。特に唐辛子を使った「エマ・ダツィ」は有名ですが、辛さを控えめに調整してくれたり、旅行者向けのメニューも用意してくれる細やかな配慮が嬉しかったです。ダイニングで他の宿泊客やガイドと今日のサファリの成果を語り合う時間は、旅の素敵な思い出の一つとなりました。
マナス川の鼓動を感じるリバーラフティング
ジープから眺めるマナス川も美しいですが、その流れに身を委ねる体験は格別です。乾季の穏やかな時期には、リバーラフティングやカヌーを楽しむことができます。
ライフジャケットを着けてガイドと共にゴムボートに乗り込むと、視点がぐっと低くなりまったく新しい風景が広がりました。川岸の木々には色鮮やかなカワセミがとまり、水面近くをツバメが滑るように飛び交います。運が良ければ、水を飲みにやってきたシカやゾウの姿にも出会えるかもしれません。
ゆるやかな流れの場所ではボートを止め、ただぷかぷかと浮かびながら川のさざなみと鳥の声に包まれていると、心がゆっくりとほどけていく感覚がありました。森を陸側からだけでなく川からも眺めることで、この生態系の立体的なつながりを肌で実感できたのです。
地域コミュニティとの交流 — Khebpaの暮らし
王立マナス国立公園の魅力は、その豊かな自然だけにとどまりません。この公園は、古くからこの地に暮らしてきた地域コミュニティとの共存を何よりも重視しています。周辺にはKhebpa(ケパ)と呼ばれる人々をはじめ、いくつもの集落があり、多くの住民が公園の保護活動やエコツーリズムに携わっています。
WWF(世界自然保護基金)などの国際機関も協力し、地域住民が観光から安定した収入を得られるような仕組みづくりが進められています。例えば、私たちが宿泊したロッジのスタッフやサファリガイド、村でのホームステイの受け入れなど、さまざまな形で彼らは観光業を支えています。
ガイドのカルマさんの計らいで、近隣の村へ訪問する機会をいただきました。高床式の伝統家屋が軒を連ね、庭先ではニワトリが元気に走り回り、女性たちが機織りに励んでいます。その場には自然と共に暮らす人々の穏やかで力強い営みが息づいていました。子どもたちの無垢な笑顔に触れ、自家製のお茶をいただきながら彼らの文化や森との関わりについて語り合う時間は、どんな観光名所を訪れるよりも心に残る体験でした。
私たちが支払う旅行費が、こうした地域社会の支援や彼らが担う自然保護活動に繋がっていると知ると、この旅の価値が一層深まったように感じられました。マナスを訪れることは、ただ美しい自然を楽しむだけでなく、この土地に生きる人たちの暮らしと未来を支えることにもつながっているのです。
安全に、そして心豊かに旅するために – 女性トラベラーへのメッセージ

ブータンのような特別な場所への旅、とくに女性の一人旅の場合は、安全面に不安を感じる方も多いでしょう。私自身、旅に出る前はいつも現地の治安情報をしっかり調べますが、ブータンについてはその心配がほとんどありませんでした。ここでは、安心して旅を楽しむためのポイントと、万が一に備えた準備についてご紹介します。
治安と健康管理 — 安心して旅を楽しむためのポイント
ブータンは世界的にも治安が非常に良い国として知られています。敬虔な仏教文化と、国民の幸福度(GNH)を重視する方針が、社会全体の穏やかなムードを生んでいるのでしょう。滞在中は専属のガイドとドライバーが常に同行してくれるため、危険な場所に迷い込む心配はほとんどなく、移動や食事、ホテルでのチェックインなども全面的にサポートしてもらえます。これは特に女性の一人旅にとって、大きな安心材料となります。夜に一人で歩く機会もほぼありません。
とはいえ、海外旅行であることに変わりはないため、貴重品の管理など基本的な注意は自己責任でしっかりと行いましょう。
健康面で留意すべきは、まず食事です。ブータン料理は唐辛子を多く使うため、辛いものが苦手な場合はガイドにリクエストして辛さを控えてもらえます。また、生水は避け、必ずミネラルウォーターを飲むように心がけてください。私は普段から飲み慣れている胃腸薬を念のため携帯しました。
マナス国立公園は標高が低いため高山病の心配はありませんが、パロ(標高約2,200m)やティンプー(約2,300m)に滞在する際は、無理せずゆっくり体を慣らすことが大切です。
さらに、マナスのような亜熱帯地域で特に気をつけたいのは虫刺されです。蚊が媒介する病気のリスクもゼロではないため、長袖・長ズボンを着用し、露出部分にはこまめに虫除けスプレーを塗ることを徹底しましょう。
生理用品などは現地で入手しづらいことがあるため、十分な量を日本から持参することをおすすめします。急な体調変化にも対応できるよう、準備は万全に整えておきましょう。
万が一の際に備えて — トラブル対応のポイント
旅にはトラブルがつきものですが、ブータンではガイドが強い味方となってくれます。
- 体調不良の場合:
すぐにガイドに相談しましょう。近隣の病院やクリニックに案内してくれます。基本的な医療は無料で受けられますが、重症の場合は国外への緊急搬送が必要になることもあります。もしものために治療費や救援費用をカバーできる海外旅行保険への加入は必須です。日本を出発する前に必ず手続きを済ませておきましょう。
- フライトの遅延や欠航:
パロ空港は山間の谷に位置しており、天候によってフライトが遅れたりキャンセルになったりすることがあります。そんな場合も、旅行会社やガイドが航空会社との調整や必要に応じた延泊の手配などを代行してくれます。旅程には予備日を設けて、余裕を持ったスケジュールにするのがおすすめです。
- 返金やプラン変更に関して:
旅行代金支払い後のキャンセルや現地でのプラン変更に伴う返金は、手配を依頼した旅行会社の規定に従います。契約前に、いつからキャンセル料が発生するか、その金額がどの程度かをしっかり確認することが大切です。
何より大切なのはガイドとのコミュニケーションです。困ったことや不安があれば、遠慮なく相談してください。ブータンのガイドたちは心温かく、旅行者が最高の思い出を作れるよう親身にサポートしてくれます。彼らとの信頼関係が、より安全で充実した旅を実現してくれるでしょう。
旅の記憶、未来への祈り – マナスが教えてくれたこと
ブータンを離れる朝、パロの空港へ向かう車の窓越しに、徐々に遠ざかるヒマラヤの峰々を見つめていました。王立マナス国立公園で過ごした日々は、まるで夢の中の出来事のように思い返されます。
森の支配者の気配に息を呑み、優しさあふれるゾウの家族愛に胸が温かくなり、まるで幻のような黄金のサルの姿に心を奪われた時間。これは単に希少な動物を目にしたというだけの体験ではありませんでした。彼らが息づく壮大な自然の中に身を置くことで、私という人間もまた、この地球という雄大な生態系の一部であるという、ごく当たり前でありながら最も重要な事実を全身で感じ取ることができたのです。
ファッションの世界は、常に新しさを生み出し、絶えず変化し続けることが求められます。それは刺激的で創造的な分野ですが、ときにはその急激なサイクルに心が疲弊してしまうこともあります。しかし、マナスの森に流れる時間はもっと壮大で、悠久とも表現できるものでした。何千年、何万年もの間繰り返されてきた生命の営み。その絶対的かつ普遍的な存在の前に立つと、人間の悩みや焦りがいかに小さなものかを思い知らされます。
この国立公園が現在も豊かな自然を維持しているのは、ブータンという国が経済的発展よりも自然環境や文化の保全を優先してきたからにほかなりません。私たちが納めたSDF(持続可能な発展基金)が、この森を守り、そこで暮らす動物たちや人々の生活を支えている。その一翼を担えたことを誇りに思います。
旅を終え日常に戻った今も、ふとした瞬間にマナスの森の香りや鳥たちのさえずりが蘇ります。あの地で感じた畏敬と感動は、私の感性の奥深くに新たな泉を湧き起こしてくれました。これから創造し、選び取るものの中に、きっとあの森のかけらが宿っていくことでしょう。
もし、あなたが日々の生活に疲れを感じ、大切なものを見失いそうになった時には、この地球の最後の秘境を思い出してください。そこには私たちの魂を揺さぶり、生きる力を与えてくれる生命の原風景が広がっています。この奇跡のような場所が未来永劫、そのありのままの姿で存在し続けることを祈り、いつかあなた自身もその五感でこの感動を味わえる日が訪れることを心から願っています。









