「アジアの混沌(カオス)」。旅好きなら一度は耳にし、心を惹かれるこの言葉。その最上級がどこにあるかと問われれば、私は迷わずバングラデシュの首都、ダッカの名を挙げるでしょう。人口密度世界一とも言われるこの街は、人、リキシャ、CNG(三輪タクシー)、バス、そしてむせ返るような熱気とスパイスの香りが混然一体となり、巨大な生命体のようにうごめいています。それは、生半可な覚悟で足を踏み入れることを許さない、強烈なエネルギーの渦。しかし、その渦の中心にこそ、旅人の心を鷲掴みにして離さない、剥き出しの生命の輝きがあるのです。
今回の旅は、快適さや癒しを求めるものではありません。効率や合理性とは無縁の世界に身を投じ、自分の価値観がぐらぐらと揺さぶられるのを楽しむ、いわば「こってり」とした体験を求める冒険でした。けたたましいクラクションの洪水、どこまでも続く人々の波、そして、その喧騒の奥でふと見せる、はっとするほど美しい笑顔。この記事は、そんなダッカの魅力と洗礼を余すところなくお伝えする、私の魂の記録です。これからダッカを目指す冒険者の方々へ、そしていつかこの混沌に飛び込んでみたいと願うすべての人へ、私の体験が羅針盤となることを願って、筆を進めたいと思います。
混沌とスパイスのダッカとは対照的に、極寒のモンゴルでスパイスを求める冒険に挑む旅もまた、五感を揺さぶる体験となるでしょう。
ダッカへの旅立ち – 覚悟という名のパスポート

ダッカへの旅は、航空券を手配したその瞬間から始まっています。いや、それよりも前、まだこの街に惹かれた瞬間からすでに、心の中で旅の準備が始まっているのかもしれません。物理的な準備と精神的な準備、その両方が揃ってはじめて、ダッカという大きな舞台の幕が開けるのです。
ビザ取得という最初のハードル
バングラデシュへの入国には、原則としてビザの取得が必要です。旅慣れた方の中には「アライバルビザがあるだろう」と考える人もいるでしょう。しかし、このアライバルビザはなかなかクセモノで、空港の担当官によって対応に差があったり、長い列に並ばなければならなかったりと、不確定要素が多いのが現状です。旅の初めに不要なストレスを避けるため、私は日本での事前取得を心からおすすめします。
【読者ができること:ビザの事前取得】
- 申請場所: 東京にある在日バングラデシュ大使館の領事部で申請が可能です。郵送申請もできますが、書類不備などのリスクを考慮すると、直接大使館に足を運ぶことが最も確実です。
- 必要書類: 申請用紙(大使館のウェブサイトからダウンロード)、パスポート(有効期限が6ヶ月以上残っているもの)、証明写真、往復航空券のeチケットコピー、ホテルの予約確認書などが必要です。最新情報は必ず大使館の公式サイトで確認し、特に写真のサイズや背景色には注意しましょう。
- 申請から受領まで: 通常、申請から数営業日でビザが発給されます。私は午前に申請し、3営業日後の午後に受け取りに行きました。申請時と受け取り時の2回、大使館に出向く必要があります。
- 手数料: 観光ビザは無料の場合が多いですが、変更の可能性もあるため申請前に確認してください。急ぎの場合は有料で即日発給サービスも用意されています。
このひと手間を惜しまないことが、ダッカの旅をスムーズに始めるための最初の鍵となります。空港で「ビザがもらえなかったらどうしよう」と不安な時間を過ごすよりも、日本で確実に取得して、安心して旅立ちましょう。
必須の持ち物リスト – 持っていなければ困るアイテム
ダッカでの旅は、ある意味サバイバルとも言えます。日本の常識が通じない場面も多々あるため、持ち物は「あったら便利」ではなく「なければ困る」という視点で選ぶ必要があります。私が実際に持参して、本当に役立ったものをご紹介します。
【読者ができること:必須持ち物リスト】
- 衛生用品の三種の神器: ウェットティッシュ、アルコール除菌ジェル、トイレットペーパー。これは必ず携帯してください。食事は手で食べることが多く、水道で気軽に手を洗える場所は限られています。また、レストランにもティッシュが備えられていないことがよくあります。トイレットペーパーはホテル以外ではほぼ置かれていないため、少量でも持ち歩くことを強くおすすめします。
- 医薬品: 強力な胃腸薬、下痢止め、解熱鎮痛剤、抗生物質、バンドエイドや消毒液を含む救急セット。現地の薬局もありますが、使い慣れた日本の薬のほうが安心です。特にお腹を壊すことが想定されるので、複数の胃腸薬を用意しておくと心強いです。
- モバイルバッテリー: 大容量のものを最低1つ、可能なら2つ持ちましょう。停電が頻繁に発生するため、スマートフォンは地図、翻訳、配車アプリ、情報収集と旅の生命線です。充電切れは致命的なので、常に満タンの状態を維持してください。
- 現金(USドルと日本円): 日本では現地通貨タカへの両替ができません。まず日本でUSドルを準備し、ダッカ空港や市内の両替所でタカに交換しましょう。1ドル、5ドル、10ドルといった小額紙幣を多めに持っておくと、小銭やホテルの支払い、ちょっとした買い物などに便利です。高額紙幣ばかりだと、お釣りがもらえない場合もあります。
- 南京錠・ワイヤーロック: 安宿はもちろん、少しグレードの高いホテルでもセキュリティは万全とは言えません。荷物から離れる際は、必ずスーツケースやバッグに鍵をかけましょう。ワイヤーロックは柱などに荷物を固定する際にも役立ちます。
- SIMピンとSIMフリースマートフォン: 現地SIMカードを利用するために必須です。日本でレンタルWi-Fiを借りる手もありますが、通信の安定性や費用面を考えると現地SIMカード利用が断然おすすめです。
郷に入れば郷に従え – 服装のルールと心構え
バングラデシュは人口の約9割がイスラム教徒の国です。旅行者に宗教的戒律の厳守は求められませんが、現地の人々への敬意として服装には気を配るべきです。特に女性は肌の露出を控えることでトラブルを避け、現地の文化に溶け込む第一歩となります。
【読者ができること:服装のルールとマナー】
- 女性の服装: 肩や膝を覆う服装が基本です。袖が短いTシャツよりも、長袖のブラウスやシャツ。パンツはくるぶしまで隠れるロングパンツやマキシ丈のスカートを選ぶのが望ましいでしょう。体にピタッとした服装よりは、ゆとりのあるシルエットがおすすめです。モスクなど宗教施設に入る際は、髪を隠すスカーフ(オルナと呼ばれます)が必須。薄手の大判ストールを1枚持っていると、日除けや冷房対策、モスク訪問に重宝します。
- 男性の服装: 男性もショートパンツは避け、長ズボンを着用するのが無難です。特に宗教施設ではハーフパンツでの入場が拒否されることがあります。上はTシャツだけでも問題ありません。
- 色合い: 地味な色である必要はありませんが、あまりに派手で高価な服装やアクセサリーは、スリの標的になりやすいため控えたほうが安全です。
そして最も重要なのは「心の準備」です。渋滞で車が1時間も動かなくても、突然の停電が起きても、人々の視線を感じても、「これがダッカのリアルだ」と受け入れる寛容さ。計画通りに進まないことをむしろ楽しむ余裕こそが、この街を旅するうえでの最高の武器となります。
喧騒の渦へ – ダッカ到着、洗礼の第一日
飛行機の車輪がシャージャラル国際空港の滑走路に触れた瞬間、冒険の幕開けが告げられます。機内から一歩外に出ると、むっとした熱気とともに独特のスパイスの香りが全身を包み込みます。これこそがダッカが放つ鮮烈な第一印象であり、これから始まる旅の序章を知らせる合図のようでした。
シャージャラル国際空港の活気
空港内は想像を超える活気に満ちていました。出稼ぎから帰ってきた人々、迎えに来た家族、そして私のような旅行者が入り混じり、多様な思いが交錯してまるでお祭りのような賑わいを生み出しています。ここでまずクリアすべき課題は3つ。入国審査、両替、そしてSIMカードの取得です。
【読者へのアドバイス:空港での手続きの流れ】
- 入国審査: 事前にビザを取得していれば、記入済みの入国カードとパスポートを提示するだけで済みます。審査官は案外親切な場合もあれば、無言でスタンプを押すだけのこともあります。特に難しい質問は稀ですが、滞在目的(Tourism)や宿泊先のホテル名は英語で答えられるように準備しておきましょう。
- 両替: 荷物を受け取った後、到着ロビーに出ると銀行の両替カウンターがいくつか並んでいます。どこもレートに大きな差はありません。ここで現地での交通費や食費用として、持参したUSドルのうち100ドルから200ドル程度をタカに両替しましょう。必ずその場で受け取った紙幣の枚数を確認してください。高額紙幣ばかり渡されることがよくあるため、「スモールチェンジ、プリーズ」と伝え、小額紙幣を交えてもらうと便利です。1000タカ札は小規模な店でお釣りが用意できないことが多いので注意が必要です。
- SIMカードの購入: 両替カウンターの近くに、Grameenphone(グラミンフォン)やRobi(ロビ)などの大手通信キャリアの窓口があります。旅行者向けのプランが用意されており、パスポートとその場で撮影される写真を提示すれば、5分ほどで購入と設定が完了します。通信容量と有効期限によって料金は変わりますが、1週間の滞在には約10GBのプランが十分でしょう。料金は500〜1000タカ(約700〜1400円)程度です。これでダッカの混沌の中でも、Googleマップという最強の武器を手に入れることができます。
市内への移動 – CNG運転手との交渉劇
空港でのミッションを終え、いよいよ市内へ向かいます。ここで旅行者が必ず直面するのが、名物の三輪タクシー「CNG(Compressed Natural Gasの略)」の運転手たちとの交渉です。空港の出口を出るや否や、数十人の運転手から「どこまで?」「グルシャン?」「モティジール?」と矢継ぎ早に声をかけられます。この熱烈な歓迎こそ、ダッカの洗礼そのものです。
【読者へのアドバイス:安全な移動手段の確保と交渉ポイント】
- 配車アプリの活用が鍵: 率直に言えば、現代のダッカではUber(ウーバー)や現地発のPathao(パタオ)といった配車アプリを使うのが最も安全でストレスもありません。事前に料金が決まるため、不快な価格交渉が不要です。ただし、空港の公式乗り場ではない場所でピックアップすることになるため、あらかじめSIMカードを購入しネット環境を整えていることが絶対条件です。アプリの地図で指定された場所へ向かい、車のナンバーを確認して乗車しましょう。
- CNG交渉のコツ: それでもCNGに乗りたい挑戦心の強いあなたのために。交渉はまるでゲームのようなもの。まず、ホテルのスタッフなどに目的地までの相場を事前に聞いておくことが重要です。運転手の提示する料金はほぼ例外なく相場の2〜3倍です。例えば「1000タカだ」と言われたら、「ノー、300タカ」と冷静にやや低めの価格を提示してください。そこから歩み寄り、最終的に400タカ前後で落ち着くのが一般的です。交渉が決裂したときは潔く「サンキュー」と言って離れましょう。すぐ別の運転手が声をかけてきます。決して言い値で乗ってはいけません。
- メーターは信用しない: CNGにはメーターが装備されていますが、実際にはほぼ使われません。メーターで走ってくれるよう頼んでも、「壊れている」と言われるのが常です。乗車前に必ず料金を確定させることが鉄則です。
私自身、初日にこの洗礼を味わおうとCNG交渉に挑戦しました。5人ほどの運転手とせめぎ合い、最終的には相場に近い金額で合意。鉄格子のようなドアに囲まれた後部座席に乗り込むと、運転手は猛スピードでクラクションを鳴らしながら、車とリキシャに挟まれた狭い隙間をミリ単位で縫って進みます。生温かい風と排気ガスの香りが窓から流れ込み、絶え間ない喧騒が続くその空間は、テーマパークのアトラクションとは比べものにならない、リアルで強烈な体験でした。
オールドダッカ – 時が止まった混沌の迷宮

ダッカの中心部、街の魂が宿る場所を問われれば、間違いなくオールドダッカ(旧市街)と答えるでしょう。ムガル帝国の時代から続くこの地域は、細い路地に無数のリキシャがひしめき合い、スパイス商人や布地屋、金物店が軒を連ねています。まるで時間が何層にも折り重なっているかのような独特な雰囲気が漂い、近代的なグルシャンやバリダラ地区とはまったく異なる世界観を持っています。ここを歩かずしては、ダッカを語ることはできません。
リキシャの波を泳ぐ体験
オールドダッカの主役は、間違いなくリキシャです。色彩豊かな装飾を施された何万というリキシャが、まるで血管を巡る血球のように路地を埋め尽くす光景は圧巻です。エンジン音の代わりに響くのは、チリンチリンと鳴るベルの音と、リキシャワーカー(漕ぎ手)たちの渋い声だけ。このリキシャの波に乗り込み、人々の間を巧みにすり抜ける経験こそがオールドダッカ訪問の醍醐味です。
リキシャを利用する際も、CNGと同様に事前の料金交渉が必須です。近距離ならば20〜50タカ、やや長い距離でも100タカ程度あれば十分でしょう。目的地を告げると、細身ながら鋼のような脚力を持つ漕ぎ手が力強くペダルを踏み始めます。彼らの背中を見つめつつ、ゆったりと変わりゆく街並みを眺めると、自分がこの街の日常に溶け込んでいるかのような不思議な感覚に包まれます。
ショドルガットの活気
オールドダッカの南端、ブリゴンガ川の岸辺にある船着き場「ショドルガット」は、バングラデシュ全土の水上交通の要所であり、ダッカのエネルギーが最も凝縮された場所と言っても過言ではありません。大小さまざまな船が暗い川面を埋め尽くし、荷物を満載した小舟がその隙間を縫うように行き交います。船に荷物を運ぶポーターたちの力強い掛け声、船を待つ人々の喧騒、川の匂い、そして遠くから聞こえる汽笛の音。そのすべてが混ざり合い、圧倒的な生命力を放っています。
【ショドルガットの楽しみ方と注意点】
- 手漕ぎボートで川を渡る: ターミナルから50タカほどで対岸まで運んでくれる小さな手漕ぎボートがあります。川上から眺めるショドルガットの全景は陸上とは異なる迫力があり、巨大な客船のすぐそばを通り過ぎるスリルは格別です。ただし、川の水は非常に汚染されているため、水しぶきが顔や口にかからないよう十分に気をつけましょう。
- 写真撮影のマナー: ショドルガットは撮影に最適な場所ですが、働く人々を撮る際は必ず声をかけるか軽く会釈をするなどの配慮を心がけましょう。彼らの日常に立ち入っているという意識が大切で、無遠慮にカメラを向けるのは避けてください。
- 安全対策: 非常に混雑するため、スリや置き引きに最大限用心しましょう。バッグは体の前でしっかり抱え、貴重品は分散して管理することが重要です。特にスマートフォンを見ながら歩くのは非常に危険です。
私はここで1時間以上、人々の流れをただただ眺め続けました。そこには先進国が忘れてしまったような、剥き出しの「生きる力」が満ちあふれていました。厳しい環境のなかでもなお、力強く笑顔を絶やさず生きる人々の姿は、私の心に深く刻まれました。
喧騒の中の安らぎ – ラルバーグフォートとアーシャンモンジル
混沌としたオールドダッカにも、ほっと一息つける静かな場所があります。ムガル帝国時代に建造が始まった未完の要塞「ラルバーグフォート」と、「ピンクパレス」として知られる「アーシャンモンジル」です。
ラルバーグフォートの城壁内に足を踏み入れると、けたたましい街の喧騒が嘘のように遠ざかります。美しく手入れされた芝生の緑と、赤砂岩の建物が織りなすコントラストが印象的で、皇帝の娘ビビ・パリの廟やモスクが静かにたたずんでいます。多くの市民やカップルが憩いの場として訪れ、ダッカの穏やかな一面を感じることができます。
一方、ブリゴンガ川沿いに位置するアーシャンモンジルは、その名の通り美しいピンク色の外観がひときわ目を引く建物です。かつてこの地を治めたナワブ(太守)の邸宅で、現在は博物館として内部が公開されています。豪華な調度品や舞踏会の間を見学しながら、英国統治時代の華やかな歴史に思いを馳せることができ、バルコニーからのブリゴンガ川の眺めも格別です。
【史跡訪問の基本情報】
- 入場料: 外国人料金が設定されており、ラルバーグフォートとアーシャンモンジルの両方とも500タカ前後です。現地通貨のみの受付のため、細かい現金をご用意ください。
- 開館時間: 施設によって異なり、たとえば金曜日の午前中はイスラム教の礼拝時間のため閉館していることが多いので、訪問前に最新情報の確認をおすすめします。
- 服装: モスクが併設されている場所もあるため、露出の高い服装は控えましょう。
これらの史跡は、ダッカがただ混沌としているだけの街ではなく、豊かな歴史と文化を内包していることを静かに物語っています。喧騒に疲れた際は、ぜひ足を運んでみてください。
ダッカの胃袋を掴め!スパイス香る食の冒険
旅の醍醐味といえば、やはり「食」に尽きます。ダッカの食文化はムガル帝国の宮廷料理の伝統を受け継いだ、スパイシーで濃厚な味わいが大きな特徴です。中でも、スパイスを加えて米と肉を炊き上げた「ビリヤニ」は、この街の代表的なソウルフードと言えます。食の冒険は時にリスクを伴うこともありますが、その先にはかけがえのない至福のひとときが待ち受けています。
ビリヤニ探訪 — 魂を揺さぶる一皿を求めて
ダッカには数多くのビリヤニ店がありますが、特に名高いのはオールドダッカの「ハジ・ビリヤニ(Hajir Biryani)」です。メニューはマトンビリヤニのみという潔い構成。店頭には常に行列ができており、その人気のほどがうかがえます。木の葉を使った器に盛られたビリヤニは一見シンプルですが、一口食べればマスタードオイルの独特な風味と、じっくりと煮込まれたマトンの旨味、そして複雑に絡み合ったスパイスの香りが口いっぱいに広がり、思わず天を仰ぐほどの感動が訪れます。これは単なる食事の枠を超えた体験そのものです。
もう一軒、忘れてはならないのが「スター・カバブ&レストラン(Star Kabab & Restaurant)」。こちらはビリヤニだけでなく、多彩なカバブやカレーを楽しめる、地元民に愛される人気店です。ここで味わえるカッチビリヤニは、米と肉を一緒に炊き込むダッカ独特のスタイル。パラパラとしたバスマティライスに骨付きマトンがふんだんに入り、そのボリュームと深いコクは強烈な印象を残します。
【読者ができること:ビリヤニ店での注文ポイント】
- 注文はシンプルに: 有名店はメニューが少ないことが多いため、「マトンビリヤニ、ワン」と指一本立てるだけでほぼ通じます。
- 支払い方法: 一般的には食後に支払います。レジで自分が食べた料理を伝え、支払いを済ませましょう。価格は150〜300タカ程度で非常に手頃です。
- 食べ方: 地元の人は右手で器用に食べていますが、スプーンも用意されているので、観光客は無理せずスプーンを使うと安心です。
屋台フードとの出会い — 勇気と好奇心が試される場面
街角のあちこちに並ぶ屋台は、ダッカの食文化を象徴しています。揚げ菓子、串焼き、新鮮なジュースなど、見ているだけでも心が躍ります。特に人気なのが「プチカ(Phuchka)」というスナック。小さな揚げクラッカーに穴を開け、スパイシーな豆やポテトを詰め、酸味のあるタマリンドのスープを注いで食べます。一口ほおばれば、カリッとした食感と甘酸っぱくスパイシーな味わいが弾け、ついクセになる美味しさです。
ただし、ストリートフードは食中毒のリスクも伴います。挑戦するにはある程度の覚悟と知識が不可欠です。
【読者ができること:安全に屋台フードを楽しむコツ】
- お店の見極め: 地元の人が長い行列を作っている店を選びましょう。客の回転が速い店は食材が新鮮な場合が多いです。逆に人がまばらな店は避けたほうが安全です。
- 火を通しているか確認: 揚げ物や炒め物など、その場で調理される熱いものを選びましょう。生の野菜やカットフルーツ、氷入りのジュースはリスクが高いです。
- 自分の体調に合わせる: 旅の初期段階や体調がすぐれない時は、無理に屋台フードを試すのを控える勇気も重要です。
水分と食中毒対策 — 旅先での生命線
ダッカ滞在中に最も注意すべきは、水や食事による体調不良です。これは脅しではなく現実的なリスクですが、正しい知識をもって対策すれば大幅にリスクを減らせます。
【読者ができること:徹底した食中毒予防策】
- 必ずミネラルウォーターを利用: 水道水は絶対に飲まないでください。歯磨きやうがいもミネラルウォーターを使いましょう。レストランで提供される水も注意が必要で、封が開いていないペットボトル水を注文するのが最も安全です。
- 氷にも注意: 屋台のジュースなどの氷は水道水で作られていることが多いため、「ノーアイス」で注文することをおすすめします。
- 食事前の手指消毒: 食事の前には、必ずアルコールジェルやウェットティッシュで手を清潔にしましょう。このひと手間が健康を守ります。
- 万が一の症状時の対応: 激しい腹痛や下痢が起こった場合は無理せず休息し、水分補給を欠かさないでください。持参した胃腸薬や下痢止めを服用し、改善しない場合はすぐにホテルのスタッフへ相談し、病院へ行きましょう。ダッカには外国人も利用可能な近代的な私立病院があります。必ず海外旅行保険に加入しておくことを推奨します。詳細は外務省の在外公館医務官情報も参考にしてください。
人々との触れ合い – バングラデシュの温かい心

ダッカの旅が特別なものになるのは、激しい喧騒や歴史的建築物だけが理由ではありません。そこで暮らす人々との出会いこそが、胸に深く刻まれるかけがえのない贈り物なのです。経済的には裕福とは言えないかもしれませんが、彼らの心は驚くほど豊かで、その瞳には好奇心と優しさが溢れています。
好奇心の視線を浴びながら
街中を歩くと、とにかくよく見られます。特に東アジア出身の旅行者はまだ珍しいのか、子どもから大人まで、あらゆる年代の人々がじろじろと、時には穴が開くほど熱心に見つめてきます。最初は少し戸惑うかもしれませんが、その視線にはほとんど敵意がありません。それは純粋な好奇心の表れです。「どこから来たの?」「名前は何?」と、片言の英語で話しかけられることもよくあります。そんな時、にっこりと笑って「ジャパン」と答えるだけで、相手の表情がぱっと明るくなるのを感じます。
「一緒に写真を撮ってほしい」と頼まれることも少なくありません。まるで自分が有名人になったかのような、不思議な感覚を味わえます。もちろん、状況によっては断る勇気も必要ですが、安全な場所で相手に悪意を感じなければ、快く応じてみましょう。その一枚はきっと、忘れがたい思い出の一枚となるはずです。
忘れられない笑顔と心温まるおもてなし
リキシャワーカーやチャイ屋の店主、道端の子どもたち。ダッカで出会った多くの人々は、決して裕福とは言えない生活の中で、驚くほど明るく親切でした。道に迷った際には、言葉が通じなくても身振り手振りで一生懸命に道案内をしてくれました。チャイ屋で一息ついていると、「どこから来たの?」と隣の客が話しかけ、お茶をご馳走してくれたこともありました。
とりわけ心に残っているのは、オールドダッカの路地裏で出会った子どもたちの無邪気な笑顔です。カメラを向けると、恥ずかしそうにしながらも、みんなで最高のポーズを決めてくれました。その瞳の輝きは、どんな宝石よりも美しく、私の心の奥底まで優しく染み渡りました。この国の人々がもつおもてなしの心と温かさに触れるたび、旅人である私は、何か大切なものを思い出させてもらっているような気がしたのです。
ダッカ滞在を成功させるための実践ガイド
これまでの体験談に加えて、より具体的かつ実践的な情報をまとめることで、あなたのダッカ旅行が一層安全かつ快適になるようお手伝いしたいと思います。万が一に備える役立つ情報として、ぜひ参考にしてください。
通貨と両替のポイント
バングラデシュの通貨単位はタカ(BDT)です。前述したように、日本での両替はできないため、USドルを持参して現地で両替する必要があります。
- 両替場所: 空港のほか、グルシャンやバリダラといった外国人居住区にある公認の両替所は、比較的良いレートが期待できます。ただし、パスポートの提示を求められる場合があるので注意しましょう。ホテルでも両替は可能ですが、レートはあまり favorableではありません。
- レート確認: 両替前には必ず当日のレートと手数料の有無をチェックしましょう。高額紙幣(例えば100ドル札)のほうがレートが良いケースもあります。
- 現金の携帯は必須: クレジットカードが利用できるのは主に高級ホテルや一部のレストランに限られます。基本的に現金社会なので、常に十分なタカを携行することをお勧めします。ただし、大金を一度に持ち歩くのは避け、その日に使う分だけ財布に入れて、残りはホテルのセーフティボックスなどで保管するのが賢明です。
インターネット環境の確保について
現在の旅において、インターネットは欠かせないものです。地図や翻訳、配車サービス、情報収集、さらには家族や友人との連絡まで、すべてスマホ一台で行えます。
- 現地SIMが最適: 空港で購入できるGrameenphone社のSIMカードは、ダッカ市内で非常に安定した通信環境を提供しています。データ専用プランや通話付きプランなど、多彩な種類があります。チャージ(リチャージ)は街中の携帯ショップで簡単に行えます。
- ホテルのWi-Fi: ほとんどのホテルで無料Wi-Fiが利用可能ですが、速度が遅かったり、時間帯によっては接続が不安定になることもあります。停電時には使えなくなるため、ホテルのWi-Fiに頼りすぎず、現地SIMを主な通信手段とするのが望ましいです。
トラブル時の対処法――万が一に備えて
どんなに注意を払っても、予期しないトラブルに巻き込まれる可能性はゼロではありません。重要なのは慌てず冷静に対処すること。そのために、事前の知識を持っておくことが不可欠です。
- 盗難・紛失: もしパスポートや現金を盗まれたり失くしたりした場合、まずは最寄りの警察署で紛失・盗難証明書(ポリスレポート)を発行してもらいましょう。パスポートを紛失した際は、その証明書と顔写真など必要書類を持って、ダッカのバリダラ地区にある在バングラデシュ日本国大使館へ行き、「帰国のための渡航書」を申請してください。大使館の連絡先や所在地は必ず事前にメモしておくことをおすすめします。
- 交通トラブル: 軽い接触事故は日常的に起こります。自分が乗るCNGやリキシャが事故に巻き込まれても、大きな怪我がなければ落ち着いてその場を離れ、別の交通手段を探しましょう。当事者間で口論になることも多いですが、旅行者がその場に深入りするのは得策ではありません。
- 体調不良: まずは安静を保ち、水分補給をしっかりと行ってください。症状が改善しなかったり、重篤な場合は迷わず病院へ向かいましょう。グルシャンにあるアポロ病院(Apollo Hospitals Dhaka)は設備が整い、外国人患者の受け入れにも慣れています。海外旅行保険証とサポートデスクの連絡先は常に携帯しておきましょう。
ダッカが旅人に問いかけるもの

私のダッカでの旅は、決して楽なものではありませんでした。連日の騒音に頭痛が続き、強烈なスパイスに胃が疲弊し、日本では見られない光景に何度も言葉を失いました。しかし、旅を終え日本に帰国した今、心に浮かんでくるのは不思議なほどの充実感と、あの街への深い憧れです。
ダッカという街は、私たち現代人が便利さや快適さの代償として失ってしまった何かを、強烈に突きつけてきます。それは、剥き出しの生命力、人と人との濃密な結びつき、そしてどんな状況でも前を向いて踏ん張る人間の逞しさです。渋滞の車列のすき間を、家族を乗せたリキシャワーカーが汗を流しながら疾走していく。市場では、売り手と買い手の声が飛び交い、怒鳴り合いに近いやりとりが最高のコミュニケーションとして成立している。そこには、予定調和など一切なく、予測不能な「生」のドラマが繰り広げられていました。
この街を旅することは、自分自身と向き合うことでもあります。自分の常識がいかに狭かったか、自分がどれほど恵まれた環境にいるか、そして本当の豊かさとは何か。ダッカはその混沌した渦の中から、旅人に静かに、しかし力強く問いかけてくるのです。
もしあなたが、ただ美しい景色を眺めるだけの旅に物足りなさを感じているなら、もし魂が強烈な刺激と揺さぶりを求めているなら、ぜひダッカ行きの航空券を探してみてください。そこには、あなたの五感を圧倒し、価値観を根底から覆すほどの濃厚な体験が待っています。そして、その旅を終えた時、あなたはきっと、以前とは少し異なる景色をこの世界に見ることでしょう。

