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    五感を揺さぶる赤き都、マラケシュへ。魅惑の迷宮都市を巡る旅

    乾いた風が運んでくるスパイスの香り、遠くから聞こえる祈りの呼び声、そして、どこまでも続く赤土色の壁。アフリカ大陸の玄関口、モロッコ南西部に位置する都市マラケシュは、訪れる者の五感を激しく揺さぶり、一度足を踏み入れたら忘れられない強烈な記憶を刻みつけます。喧騒と静寂、伝統とモダン、混沌と洗練が不思議なハーモニーを奏でるこの街は、まるで生きている迷宮。一歩路地裏に入れば、そこはもう魔法の世界の始まりです。

    「赤き都」の愛称で呼ばれるマラケシュの歴史は古く、その起源は11世紀にまで遡ります。アトラス山脈の麓に位置し、かつてはサハラ砂漠を越えてやってくる隊商たちが集う交易の拠点として栄華を極めました。その歴史の息吹は、今なお世界遺産に登録されている旧市街(メディナ)の隅々にまで色濃く残り、私たち旅人を遥かなる時空の旅へと誘います。

    この記事では、そんなマラケシュの底知れぬ魅力を余すところなくお伝えします。エネルギッシュな広場の熱気から、迷宮スークでの宝探し、息をのむほど美しいイスラム建築、そして砂漠の隠れ家「リアド」での至福のひとときまで。あなたの知らないマラケシュが、きっとここにあります。さあ、心の準備はよろしいですか? 日常を遠く離れ、一生忘れられない冒険の扉を開けましょう。

    目次

    マラケシュとはどんな街? – 赤き都の素顔に迫る

    マラケシュの魅力は、その二面性にあります。千年近い歴史を刻む旧市街と、フランス統治時代に開発された近代的な新市街。この二つの顔が共存することで、街はより深く、より面白みを増しているのです。

    歴史が息づく「メディナ(旧市街)」

    マラケシュの魂が宿る場所、それがメディナです。高い城壁にぐるりと囲まれたこのエリアは、1985年にユネスコの世界遺産に登録されました。城壁の中は、まるで巨大な蟻の巣のように細い路地が複雑に入り組んでいます。地図を片手に歩いても、すぐに自分がどこにいるのか分からなくなる。しかし、その「迷う」ことこそが、メディナ探訪の醍醐味なのです。

    路地を一本曲がるたびに、景色は万華鏡のように変わります。革製品の匂いが漂う一角、色とりどりのスパイスが山と積まれた店先、金属を叩く甲高い音が響く工房。ロバが荷物を運んで通り過ぎ、民族衣装ジェラバをまとった人々が行き交います。そこには、何百年も変わらないであろう人々の営みが、今もなお力強く息づいています。

    この迷宮の中には、後述するジャマ・エル・フナ広場や巨大な市場スーク、そして「リアド」と呼ばれる美しい邸宅ホテルが隠れるように点在しています。メディナを歩くことは、単なる観光ではありません。それは、マラケシュという街の鼓動を肌で感じる、壮大な体験そのものなのです。

    近代的な魅力あふれる「新市街(ギリーズ)」

    メディナの城壁を一歩外に出ると、そこには全く異なる世界が広がっています。フランスの保護領だった20世紀初頭に整備された新市街、通称「ギリーズ」です。

    ギリーズの街並みは、ヨーロッパの都市を思わせる整然とした雰囲気に満ちています。広く整備された大通りにはヤシの木が並び、その脇には高級ブランドのブティック、モダンなアートギャラリー、お洒落なカフェや洗練されたレストランが軒を連ねます。メディナの喧騒に少し疲れたら、ギリーズのカフェのテラス席でエスプレッソを片手に一息つく、というのも粋な過ごし方です。

    旧市街の混沌としたエネルギーと、新市街の洗練された空気。この鮮やかなコントラストこそが、マラケシュを飽きさせない魅力の源泉と言えるでしょう。伝統を守りながらも、新しい文化を柔軟に受け入れる。そんなマラケシュの懐の深さを、二つの街を往復する中で感じ取ることができるはずです。

    人々の熱気が渦巻く街

    マラケシュは、文化の交差点でもあります。古くからこの地に住む先住民ベルベル人、アラブ人、そしてヨーロッパからの移住者。様々なルーツを持つ人々が、この街で共存し、独自の文化を育んできました。

    街を歩けば、そのエネルギーを至る所で感じることができます。スークでの店主との陽気なやり取り、広場でパフォーマンスに熱狂する人々の輪、カフェで談笑する若者たちの姿。彼らの表情は一様に生き生きとしており、街全体が巨大な生命体であるかのような錯覚さえ覚えます。時に強引な客引きに戸惑うこともあるかもしれませんが、それも彼らの生活の一部。少し心を開いてコミュニケーションを取れば、驚くほど親切で温かい、モロッコ人の素顔に触れることができるでしょう。

    ジャマ・エル・フナ広場 – マラケシュの心臓部で五感を解き放つ

    マラケシュを語る上で、この広場を避けて通ることはできません。メディナの中心に位置するジャマ・エル・フナ広場は、まさに街の心臓部。昼と夜で全く違う顔を見せ、訪れる者を決して飽きさせない、摩訶不思議なエネルギーに満ちた場所です。

    昼の顔と夜の顔

    昼間のジャマ・エル・フナ広場は、比較的穏やかながらも、すでに非日常の始まりを告げています。広場のあちこちで、様々な大道芸が繰り広げられます。コブラを笛の音で操るヘビ使い、アクロバティックなパフォーマンスを見せる芸人、特徴的な帽子をかぶった水売り(ゲラバ)たち。彼らは、観光客に写真を撮らせてチップをもらうのが商売です。遠くから眺めるだけでも、その雰囲気は十分に楽しめます。

    そして、広場の一角にはオレンジジュースの屋台がずらりと並びます。搾りたてのフレッシュなジュースは、乾いた喉を潤すのに最高の一杯。屋台ごとに微妙に味が違うという噂もあり、飲み比べてみるのも一興です。

    太陽が西に傾き始めると、広場は魔法にかかったかのようにその姿を変え始めます。どこからともなく屋台が次々と現れ、設営が始まるのです。陽が完全に落ちる頃には、広場は巨大なオープンエアレストランへと変貌を遂げます。屋台からはもうもうと煙が立ち上り、肉やスパイスの焼ける香ばしい匂いが広場全体を包み込みます。

    夜の主役は、この無数の屋台と、そこに集う人々です。ベルベル音楽の演奏、アラビア語の物語を熱っぽく語る語り部、ダンスの輪。観光客と地元の人々が入り混じり、広場は熱気と喧騒の渦に飲み込まれます。この混沌としたエネルギーこそが、ジャマ・エル・フナの真骨頂。広場を見下ろすカフェのテラス席から、このスペクタクルを眺めるのもおすすめです。まるで、壮大な演劇を観ているかのような気分に浸れるでしょう。

    広場で味わうべき絶品グルメ

    夜のジャマ・エル・フナ広場は、モロッコB級グルメの天国です。どの屋台も活気にあふれ、何を食べるか迷う時間さえも楽しいもの。

    まず試してみたいのが、モロッコの代表的なスープ「ハリラ」。トマトベースにひよこ豆やレンズ豆、細いパスタなどが入った、滋味深い味わいのスープです。添えられたデーツ(ナツメヤシの実)と一緒に食べると、甘みと塩気が絶妙にマッチします。

    勇気があれば、カタツムリのスパイス煮込みにも挑戦してみては。屋台の鍋でグツグツと煮込まれたカタツムリを、爪楊枝でくるりと取り出して口に運びます。見た目に反して、ハーブの効いたスープが染み込んだその味は意外にも美味。地元の人々に混じってすする体験は、忘れられない思い出になるはずです。

    もちろん、タジンやクスクスといった定番料理、羊の頭の蒸し焼き(メシュイ)など、本格的な料理を出す屋台もたくさんあります。香ばしいケバブ(ブロシェット)の屋台も人気です。気になる屋台を見つけたら、勇気を出して席に着いてみましょう。陽気な店員が、片言の日本語で話しかけてくれるかもしれません。

    広場を楽しむためのヒントと注意点

    エネルギッシュで魅力的なジャマ・エル・フナ広場ですが、楽しむためにはいくつか知っておきたいことがあります。

    まず、写真撮影について。ヘビ使いや水売り、猿回しなどのパフォーマーは、写真を撮ると必ずチップを要求してきます。無断で撮影するとトラブルになることもあるので、撮りたい場合は事前に交渉するか、撮った後に相応のチップ(10〜20ディルハム程度)を渡すのがマナーです。

    客引きも非常に多いです。特にレストランの呼び込みは熱心ですが、興味がなければはっきりと「ノー、サンキュー(ラ、シュクラン)」と伝えれば問題ありません。しつこくされても、毅然とした態度でいることが大切です。

    また、人が多く集まる場所なので、スリや置き引きには十分注意が必要です。バッグは前に抱えるように持ち、貴重品は分散させるなどの対策を心がけましょう。

    これらの点に少し気をつければ、ジャマ・エル・フナ広場は世界でも類を見ない、最高にエキサイティングな場所となるでしょう。怖がらずに、その混沌の中に飛び込んでみてください。

    迷宮スークに挑む – 宝探しのようなショッピング体験

    ジャマ・エル・フナ広場に隣接して広がるのが、巨大な市場「スーク」です。ここは、ただの市場ではありません。細い路地が網の目のように広がり、一度入ったら出られないとさえ言われる魅惑の迷宮。ありとあらゆる品物が売られており、歩いているだけで目が眩みそうになります。

    スークの種類と歩き方

    マラケシュのスークは、扱う品物によってエリアが大まかに分かれています。

    • スーク・スマリン(Souk Semmarine): スークのメインストリート。陶器や衣類、土産物などが並び、最も観光客で賑わうエリアです。
    • スーク・アッタリン(Souk Attarine): スパイスやモロッコランプ、真鍮製品などが並びます。色とりどりのスパイスの山は圧巻です。
    • スーク・シュアリ(Souk Chouari): 木工職人のエリア。トゥイア材を使った美しい寄木細工の箱などが作られています。
    • スーク・シェルラティン(Souk Cherratine): 革製品のエリア。カバンやベルト、そしてバブーシュの工房が軒を連ね、革をなめす独特の匂いが漂います。
    • スーク・ズラビ(Souk Zrabia): ベルベル絨毯の市場。広場のような場所で、競りが行われることもあります。

    スークを歩くコツは、ずばり「迷子になることを楽しむ」ことです。完璧な地図など存在しません。気の向くままに路地を進み、偶然の出会いを楽しむのが一番の歩き方です。とはいえ、完全に方向を見失うと不安になるもの。そんな時は、人の流れが多い方向へ進んでみてください。大抵の場合、ジャマ・エル・フナ広場へと続いています。また、目印になるミナレット(モスクの塔)を覚えておくのも良い方法です。

    スークで見つけるべき逸品たち

    スークは、モロッコ雑貨の宝庫。自分だけのお気に入りを見つける宝探しの時間は、旅のハイライトになること間違いありません。

    バブーシュ(革製スリッパ)

    モロッコ土産の代名詞ともいえるバブーシュ。羊やヤギ、牛などの柔らかい革で作られた室内履きです。伝統的な無地のものから、ビーズやスパンコールで華やかな刺繍が施されたものまで、デザインは無限大。驚くほど軽く、履き心地も抜群です。色違い、デザイン違いでいくつも欲しくなってしまいます。選ぶ際は、左右のサイズや革の質感をしっかり確認しましょう。

    モロッコランプ

    金属を丹念に打ち出して作られたモロッコランプは、その幻想的な光と影で空間をドラマチックに演出します。天井から吊るすタイプ、テーブルに置くタイプなど形は様々。細かな透かし彫りから漏れる光は、まるでアラビアンナイトの世界。日本に持ち帰る際は、割れないように丁寧に梱包してもらうのを忘れずに。

    アルガンオイル

    モロッコ南西部の固有種であるアルガンの木の実から採れるアルガンオイルは、「モロッコの黄金」とも呼ばれる貴重なオイルです。ビタミンEが豊富で、保湿効果が高いことから、美容オイルとして世界中で人気を博しています。食用と化粧品用があるので、購入の際は用途を確認しましょう。質の良いオイルは、ナッツのような香ばしい香りがします。

    スパイス

    スパイスのスークは、色と香りの洪水。クミン、コリアンダー、ターメリック、サフランといったお馴染みのものから、「ラス・エル・ハヌート」と呼ばれるモロッコ独自のミックススパイスまで、ありとあらゆるスパイスがピラミッドのように積まれています。ラス・エル・ハヌートは「店の長」という意味で、店ごとにブレンドが異なります。タジンやクスクスに使えば、自宅でモロッコの味を再現できます。

    ベルベル絨毯

    手織りのベルベル絨毯は、まさに一生もののアートピース。ベルベルの女性たちが、家紋や自然、願いなどをモチーフに、一目一目丁寧に織り上げていきます。そのデザインは素朴でありながら力強く、同じものは二つとありません。高価な買い物ですが、店主が語る絨毯の物語に耳を傾けながら選ぶ時間は、特別な体験となるでしょう。

    値段交渉はエンターテイメント

    スークでの買い物に、値札はほとんどありません。ここでのショッピングは、店主との値段交渉が基本。これを面倒だと思わず、コミュニケーションの一環として楽しむのがコツです。

    交渉の基本的な流れはこうです。

    1. まず、店主が最初の値段(言い値)を提示します。これはかなり高めに設定されています。
    2. 次に、こちらが希望する価格を伝えます。一般的には、言い値の3分の1から半分くらいの額からスタートするのが良いとされています。
    3. そこから、お互いに少しずつ歩み寄り、最終的な価格を決定します。

    大切なのは、笑顔とユーモアを忘れないこと。時には、店主がミントティーを振る舞ってくれ、お茶を飲みながら交渉が進むこともあります。これは「歓迎」の印。リラックスして、会話を楽しみましょう。どうしても価格に納得できなければ、にこやかに「シュクラン(ありがとう)」と言って店を出れば大丈夫。無理に買う必要はありません。この一連のやり取り全体が、スークでの忘れられない思い出となるのです。

    静寂と色彩のオアシス – マラケシュの必見スポット

    メディナの喧騒に満ちたイメージが強いマラケシュですが、一歩足を踏み入れると、時が止まったかのような静寂と、息をのむほどの美しさに満ちた空間が広がっています。ここでは、喧騒から逃れて心静かに過ごせる、必見の観光スポットをご紹介します。

    マジョレル庭園 – コバルトブルーに染まる夢の世界

    新市街(ギリーズ)に位置するマジョレル庭園は、マラケシュで最もフォトジェニックな場所と言っても過言ではないでしょう。この庭園は、フランス人画家のジャック・マジョレルが約40年の歳月をかけて造り上げた芸術作品です。

    庭園の主役は、何と言っても「マジョレル・ブルー」と呼ばれる、鮮やかで深みのあるコバルトブルー。建物の壁や噴水、植木鉢などがこの独特の青色で統一されており、サボテンやヤシの木の緑、ブーゲンビリアのピンクとのコントラストは、まるで一枚の絵画のようです。世界中から集められた珍しい植物が巧みに配置され、竹林が続く小径は涼しげで、歩いているだけで心が洗われるような気分になります。

    この庭園をこよなく愛し、マジョレルの死後に買い取って再生させたのが、世界的ファッションデザイナーのイヴ・サンローランとそのパートナー、ピエール・ベルジェでした。サンローランの死後、彼の遺灰はこの庭園に撒かれたと言われています。園内には、サンローランのコレクションを展示した「イヴ・サンローラン美術館」や、ベルベル人の文化や工芸品を紹介する「ベルベル博物館」も併設されており、合わせて訪れることで、より深くモロッコの芸術文化に触れることができます。

    バヒア宮殿 – イスラム建築の粋を集めた美の殿堂

    メディナの南部に位置するバヒア宮殿は、19世紀後半に当時の大宰相とその息子によって建てられた、豪華絢爛な邸宅です。「バヒア」とはアラビア語で「美しいもの、輝き」を意味し、その名の通り、当時のモロッコ建築と装飾技術の粋を集めて造られました。

    広大な敷地には、150以上もの部屋と美しい中庭が点在しています。この宮殿の見どころは、何と言ってもその圧巻のディテールです。床や壁を彩る、幾何学模様の精緻なタイルワーク「ゼリージュ」。気の遠くなるような手作業で彫られた、天井や扉の木彫り細工「ムカルナス」。そして、石膏を彫り上げた繊細なレースのような「スタッコ装飾」。これらの装飾が、光と影と見事に調和し、訪れる者をめくるめく美の世界へと誘います。

    特に、寵愛された妻のために造られたという部屋や、大使たちを謁見した広間の装飾は圧巻の一言。大理石が敷き詰められた広大な中庭を歩けば、かつてここで繰り広げられたであろう華やかな暮らしに、思いを馳せることができるでしょう。

    ベン・ユーセフ・マドラサ – かつての学び舎に宿る静謐な時間

    スークの喧騒のすぐそばに、まるで別世界のような静寂に包まれた場所があります。それが、かつて北アフリカ最大級の神学校(マドラサ)だったベン・ユーセフ・マドラサです。14世紀に創設され、16世紀に現在の姿に改築されたこの場所では、最盛期には900人もの学生がコーランやイスラム法学を学んでいました。

    建物の中心にある長方形の中庭は、まさに荘厳という言葉がふさわしい空間。大理石の床、ゼリージュの壁、そして見事な木彫りとスタッコ装飾が施された壁面が、静かな水盤に映り込みます。その完璧なシンメトリーと細密な装飾の前に立つと、誰もが言葉を失い、敬虔な気持ちにさせられます。

    この壮麗な中庭を取り囲むように、2階建ての建物には学生たちが暮らした130もの小さな寄宿室があります。豪華な中庭とは対照的に、部屋は質素で狭く、窓も小さい。この対比が、ここで学んだ学生たちの厳格な生活を物語っているようです。小さな窓から中庭を見下ろしながら、遠い昔の学生たちの暮らしに思いを馳せる時間は、マラケシュでの忘れられないひとときとなるはずです。

    サアード朝の墳墓群 – 黄金時代を物語る壮麗な霊廟

    16世紀から17世紀にかけてマラケシュを支配したサアード朝。その歴代君主と家族が眠るのが、このサアード朝の墳墓群です。この霊廟は、後の王朝によって入り口を塞がれ、20世紀初頭に偶然発見されるまで、数百年もの間、人々の記憶から忘れ去られていました。

    ひっそりとした墓所の中に足を踏み入れると、その豪華さに驚かされます。特に必見なのが、スルタン(王)とその家族が眠る「12本の円柱の間」。イタリア・カッラーラ産の大理石の柱、金箔が施された木彫りの天井、そして壁一面を覆うゼリージュ。その贅を尽くした装飾は、サアード朝の絶大な権力と繁栄を今に伝えています。閉ざされた空間だったからこそ、これほど美しい状態で保存されてきたのかもしれません。歴史のロマンを感じさせる、神秘的なスポットです。

    砂漠の隠れ家「リアド」に泊まるという贅沢

    マラケシュでの滞在を特別なものにしたいなら、宿泊先に「リアド」を選ぶことを強くお勧めします。ホテルに泊まるのとは全く違う、マラケシュならではのユニークで贅沢な体験が、そこには待っています。

    リアドとは何か? -喧騒から隔絶された楽園

    リアドとは、アラビア語で「庭」を意味する言葉。もともとはメディナ(旧市街)にある伝統的な邸宅のことを指し、その多くが現在、宿泊施設として改装されています。

    リアドの最大の特徴は、その構造にあります。外壁には窓がほとんどなく、分厚い扉があるだけ。外から見ると、地味で閉鎖的な印象さえ受けます。しかし、その扉を開けて一歩中に足を踏み入れると、誰もが驚きの声をあげるはずです。そこには、外の喧騒が嘘のような、静かで美しい別世界が広がっているのです。

    建物の中心には、光と風が通り抜けるパティオ(中庭)があります。パティオには噴水が設けられ、その涼しげな水音が心地よく響きます。床や壁は美しいゼリージュ(タイル)で彩られ、オレンジやレモンの木、ブーゲンビリアなどの植物が豊かに茂っています。リアドは、この中庭を囲むように部屋が配置された「内に開かれた」空間。プライバシーが守られた、静かで安らげる隠れ家なのです。

    リアド選びのポイント

    マラケシュのメディナには、数えきれないほどのリアドが存在します。価格帯も、手頃なものから超高級なものまで様々。自分にぴったりのリアドを見つけるのも、旅の楽しみの一つです。

    • ロケーション: ジャマ・エル・フナ広場やスークに近いリアドは便利ですが、その分少し賑やかかもしれません。静けさを求めるなら、少し奥まった場所にあるリアドを選ぶのも良いでしょう。ただし、夜道は暗く迷いやすいので、到着初日は送迎を頼むのが賢明です。
    • デザイン: 伝統的なモロッコ様式を忠実に再現したクラシックなリアドもあれば、モダンなデザインを取り入れたスタイリッシュなリアドもあります。自分の好みに合わせて選びましょう。
    • 屋上テラス: 多くのリアドには、メディナの街並みやアトラス山脈を望む屋上テラスがあります。ここで朝食をとったり、夕日を眺めたりするのは最高の贅沢。テラスの雰囲気も重要なチェックポイントです。
    • 規模とサービス: 部屋数が少ない小さなリアドは、アットホームでパーソナルなサービスが期待できます。一方、規模の大きいリアドは、プールやハマム(スパ)などの設備が充実していることが多いです。

    リアドで過ごす至福の時間

    リアドでの滞在は、「泊まる」という行為そのものが目的になります。朝は、鳥のさえずりと共に目覚め、屋上テラスで焼きたてのパンやフレッシュジュース、ミントティーの朝食をいただきます。メディナのざわめきを遠くに聞きながら、ゆっくりと一日を始める時間は、何物にも代えがたいものです。

    日中はメディナの散策に出かけ、喧騒に少し疲れたらリアドに戻ってクールダウン。パティオのソファで読書をしたり、冷たいミントティーをいただいたり。プール付きのリアドなら、水に浮かんで火照った体を冷やすのも良いでしょう。

    そして夜。満点の星空の下、屋上テラスで静かに過ごす時間は格別です。遠くから聞こえるアザーン(祈りの呼び声)が、エキゾチックな夜を演出します。多くのリアドでは、予約すれば絶品のモロッコ家庭料理のディナーを用意してくれます。キャンドルの灯りの中で味わうタジンは、レストランで食べるものとはまた違った、温かい美味しさがあります。

    リアドは、マラケシュという街の魂に触れるための、最高の舞台装置なのです。

    食の迷宮を味わい尽くす – モロッコ料理の深淵へ

    旅の大きな楽しみの一つは、その土地ならではの食文化に触れることです。モロッコ料理は、アラブ、ベルベル、地中海、アフリカの食文化が融合した、スパイシーで奥深い味わいが特徴。マラケシュは、そんなモロッコ料理を心ゆくまで堪能できる、まさに食の都です。

    定番料理は絶対に外せない

    マラケシュを訪れたら、まずはこれらの定番料理を味わってみてください。どれも、この国の食文化を象徴する、珠玉の逸品です。

    タジン

    モロッコ料理の王様といえば、やはりタジンでしょう。円錐形のユニークな蓋がついた土鍋「タジン鍋」で、肉や魚、野菜をスパイスと共にじっくりと蒸し煮にした料理です。素材の旨味が凝縮され、驚くほど柔らかく仕上がります。 代表的なのは、鶏肉とレモンの塩漬け、グリーンオリーブを煮込んだ「チキンタジン」。爽やかな酸味と塩気が食欲をそそります。羊肉とプルーンやアプリコット、アーモンドを一緒に煮込んだ甘いタジンも人気です。クミンやターメリック、ジンジャー、サフランといったスパイスが複雑に絡み合い、一口ごとに新しい発見があります。

    クスクス

    金曜日の安息日や、家族が集まるお祝いの席で食べられるのが、世界最小のパスタ「クスクス」です。蒸してふっくらとさせたクスクスの上に、7種類の野菜やひよこ豆、そして鶏肉や羊肉を煮込んだスープをかけていただきます。野菜の甘みが溶け込んだ優しい味わいのスープがクスクスによく染み込み、ほっとする美味しさです。大皿に盛られたクスクスを皆で囲んで食べるのがモロッコ流。人々の絆を象徴する一皿です。

    ハリラ

    日中の断食を行うラマダンの期間中、日没後にまず口にされるのが、この栄養満点のスープ「ハリラ」です。トマトをベースに、ひよこ豆、レンズ豆、玉ねぎ、セロリ、そして細いパスタや米、肉などが入っています。コリアンダーやパセリの風味も効いていて、体を内側から温めてくれるような滋味深い味わい。シュワキヤという甘い焼き菓子や、デーツと一緒にいただくのが一般的です。

    パスティラ

    甘くてしょっぱい、という不思議な組み合わせが癖になるのが、この「パスティラ」です。薄いパイ生地を何層にも重ね、中にスパイスで味付けした具を詰めて焼き上げた料理。伝統的には鳩の肉が使われますが、現在では鶏肉やシーフードのパスティラもポピュラーです。焼きあがったパイの上には、粉砂糖とシナモンパウダーが振りかけられており、サクサクの食感と、甘み、塩気、スパイスの香りが口の中で一体となる、複雑で洗練された味わいです。

    カフェ文化とミントティー

    マラケシュの人々にとって、カフェは生活に欠かせない社交の場です。街の至る所にカフェがあり、男性たちが通りを眺めながらおしゃべりに興じている光景が日常的に見られます。観光客におすすめなのは、ジャマ・エル・フナ広場に面したカフェのテラス席。広場の喧騒をBGMに、人間観察を楽しむのも一興です。

    そして、モロッコを訪れたら飲まない日はないと言っても過言ではないのが「ミントティー」。緑茶をベースに、フレッシュなミントの葉をたっぷりと入れ、角砂糖をこれでもかというほど加えて甘くして飲みます。高い位置から泡立てるように注ぐのが、本格的な淹れ方の作法。これは、お茶の香りを立たせ、もてなしの心を示すためのパフォーマンスでもあります。「ベルベル・ウイスキー」の愛称で親しまれるこの甘いお茶は、マラケシュの暑さの中で、不思議と体に染み渡るのです。

    ワンランク上の食体験 – おすすめレストラン

    屋台や大衆食堂も魅力的ですが、特別な夜には、雰囲気の良いレストランで食事を楽しみたいもの。リアドを改装したレストランでは、中庭のロマンチックな雰囲気の中で、伝統的なモロッコ料理をコースでいただけます。また、新市街には、モロッコ料理にフレンチの要素を取り入れたモダンなレストランも増えています。伝統と革新、両方の味を体験することで、マラケシュの食文化の奥深さをより一層感じることができるでしょう。

    マラケシュから足を延ばして – 魅惑の日帰り旅行

    マラケシュを拠点にすれば、少し足を延ばすだけで、全く異なる景色に出会うことができます。街の喧騒から離れ、モロッコの雄大な自然や、別の街の空気に触れる日帰り旅行も、旅のプランにぜひ加えてみてください。

    アトラス山脈とベルベル人の村

    マラケシュの南に屏風のようにそびえるのが、アフリカ大陸有数の山脈、アトラス山脈です。マラケシュからは車で1時間半ほどで、その麓に広がるウリカの谷などにアクセスできます。赤茶けた大地が続くマラケシュ周辺とは打って変わって、谷間には緑が溢れ、雪を頂いた山々を背景にした雄大な景色が広がります。

    このエリアでは、伝統的な生活様式を守り続けるベルベル人の村を訪れるツアーが人気です。ロバに乗って山道を散策したり、現地の家庭でミントティーやタジンをご馳走になったり。都会のマラケシュとは違う、素朴で温かい人々の暮らしに触れることができます。アトラスの壮大な自然の中で深呼吸すれば、心も体もリフレッシュできるはずです。

    港町エッサウィラ – 大西洋の風を感じる白い街

    大西洋に面した港町エッサウィラは、マラケシュから車で約3時間の距離にあります。マラケシュの赤とは対照的に、エッサウィラの街は白と青で彩られています。城壁に囲まれた旧市街(メディナ)は世界遺産に登録されており、その美しさから「大西洋の真珠」と称されています。

    強い風が吹くことから「風の街」とも呼ばれるエッサウィラ。活気ある港には青く塗られた小舟が並び、カモメが飛び交います。水揚げされたばかりの新鮮な魚介類を、その場で焼いて食べさせてくれる屋台は絶対に外せません。マラケシュのメディナよりも規模は小さいですが、その分落ち着いた雰囲気でのんびりと散策や買い物を楽しめます。アートギャラリーも多く、芸術家たちが愛した街の自由な空気を感じることができるでしょう。

    アイト・ベン・ハドゥ – 映画の舞台になった世界遺産の集落

    マラケシュからアトラス山脈を越えた先、サハラ砂漠へと続く道沿いに、まるでおとぎ話の世界から抜け出してきたかのような集落があります。それが、世界遺産アイト・ベン・ハドゥです。

    ここは、「クサール」と呼ばれる要塞化された村で、赤土と藁でできた日干し煉瓦の家々が、丘の斜面に沿って密集しています。その幻想的で力強い景観は、多くの映画監督を魅了し、『グラディエーター』や『アラビアのロレンス』、『ゲーム・オブ・スローンズ』など、数々の名作のロケ地として使われてきました。

    集落の中を迷路のような道に沿って頂上まで登ると、眼下には集落の全景と、果てしなく広がる荒涼とした大地を見渡すことができます。特に、夕日に照らされて村全体が赤く染まる時間帯は、言葉を失うほどの美しさ。マラケシュからは少し距離がありますが、その苦労をしてでも訪れる価値のある、圧巻の絶景が待っています。

    旅の準備と実用情報 – 賢く旅するためのTIPS

    最後に、マラケシュへの旅をより快適で安全なものにするための、実用的な情報をお伝えします。しっかりと準備をして、心置きなく冒険を楽しみましょう。

    ベストシーズンと気候

    マラケシュを訪れるのに最も快適なシーズンは、気候が穏やかな春(3月~5月)と秋(9月~11月)です。日中は暖かく過ごしやすいですが、朝晩は冷え込むこともあるので、羽織るものが一枚あると便利です。

    夏(6月~8月)は、日中の気温が40度を超えることもある酷暑の季節。観光には体力が必要ですが、日が長く、空が青く澄み渡ります。熱中症対策と水分補給は必須です。

    冬(12月~2月)は、日中は比較的暖かいものの、朝晩の冷え込みは厳しく、厚手の上着が必要になります。リアドによっては暖房設備が十分でないこともあるので、暖かい部屋着があると安心です。

    通貨と両替

    モロッコの通貨はモロッコ・ディルハム(MAD)です。日本での両替はレートが悪いので、現地に到着してから両替するのが一般的。マラケシュの空港や市内の両替所、銀行で両替できます。大きなホテルやレストラン、新市街のブティックなどではクレジットカードが使えますが、メディナのスークや小さな店、屋台では現金が基本です。ある程度の現金は常に用意しておきましょう。ATMも市内に多数設置されています。

    言語とコミュニケーション

    公用語はアラビア語とベルベル語ですが、フランス語が第二公用語として広く通用します。観光地では、ホテルやレストラン、大きな商店などで英語も通じることが多いです。

    簡単なアラビア語の挨拶を覚えておくと、地元の人々との距離がぐっと縮まります。

    • こんにちは:アッサラーム・アライクム
    • ありがとう:シュクラン
    • さようなら:ベッサラーマ
    • はい:ナアム
    • いいえ:ラ

    笑顔で挨拶すれば、きっと温かい笑顔が返ってくるはずです。

    安全と文化的な注意点

    マラケシュは比較的安全な都市ですが、いくつか注意すべき点があります。

    • 服装: モロッコはイスラム教国です。特に女性は、モスクなどの宗教施設を訪れる際はもちろん、メディナを歩く際も、肩や膝が隠れるような、肌の露出を控えた服装を心がけるのが望ましいです。スカーフを一枚持っていると、日除けにもなり便利です。
    • 写真撮影: 人を撮影する際は、必ず事前に許可を得ましょう。無断でカメラを向けるのは大変失礼にあたります。特に女性や年配の方には注意が必要です。
    • ラマダン: イスラム暦の断食月「ラマダン」の期間中に旅行する場合は注意が必要です。日中、イスラム教徒は飲食をしません。観光客向けのレストランは営業していますが、地元の人々の前で飲食したり喫煙したりするのは避けましょう。
    • 飲酒: イスラム教では飲酒は禁じられていますが、観光客向けのホテルやレストラン、一部のスーパーマーケットではアルコール飲料を入手できます。しかし、公の場で飲酒するのはマナー違反です。
    • 客引きとスリ: ジャマ・エル・フナ広場やスークでは、しつこい客引きや、「案内するよ」と声をかけてきて後で高額なガイド料を請求する自称ガイドがいます。不要な場合は、はっきりと断りましょう。また、人混みではスリに注意し、貴重品の管理には常に気を配ってください。

    これらの文化的な背景を理解し、敬意を払うことで、あなたの旅はより深く、豊かなものになるでしょう。マラケシュは、訪れる者の心を掴んで離さない、不思議な魔力に満ちた街。ぜひ、あなた自身の五感で、その魅力を確かめに行ってみてください。

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    この記事を書いたトラベルライター

    SimVoyage編集部は、世界を旅しながら現地の暮らしや食文化を体感し、スマホひとつで快適に旅する術を研究する旅のプロ集団です。今が旬の情報から穴場スポットまで、読者の「次の一歩」を後押しするリアルで役立つ記事をお届けします。

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