アフリカ、と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、サバンナを駆ける野生動物や、古代文明の壮大な遺跡かもしれません。僕もカナダの広大な自然の中でワーキングホリデーを過ごしていた頃は、アフリカに対して漠然としたイメージしか持っていませんでした。しかし、世界にはまだ知られていない魅力に満ちた場所が無数にあります。今回は、そんな旅慣れた人にこそ訪れてほしい、中央アフリカの秘境・赤道ギニアの港町「バータ」の物語をお届けします。
「ギニア」というと、西アフリカのギニア共和国を連想する方が多いでしょう。しかし、今回僕が降り立ったのは、ギニア湾に浮かぶビオコ島と大陸部のリオ・ムニから成る「赤道ギニア共和国」。その大陸部における最大の都市が、ここバータです。かつてスペインの植民地だった歴史が色濃く残り、公用語はスペイン語。アフリカでありながら、どこかラテンの陽気な空気が漂う不思議な街。
この旅の目的は、ただ観光地を巡るだけではありません。現地の人が愛する「酒」を通じて、その土地の文化と魂に触れること。そして、このディープな旅を導いてくれたのは、偶然バーで出会った一人の男でした。彼の名はパブロ。自称「バータで一番の酒飲みガイド」です。
この記事では、パブロと巡ったバータの夜、そこで味わった魂を揺さぶる酒、そして旅人が直面するであろうリアルな情報まで、僕の体験を余すところなくお伝えします。成功談だけでなく、正直な失敗談も交えながら。さあ、未知なるバータへの扉を、一緒に開けてみませんか。
赤道ギニア・バータへ旅立つ前に知っておきたいこと

この旅は、空港に降り立った瞬間に始まるわけではありません。むしろ、日本にいる間の準備段階こそが、旅の成功を決める非常に重要なフェーズであると言っても過言ではありません。特に赤道ギニアは、気軽に観光客が訪れる国とは言い難い場所です。私自身、カナダのワーキングホリデービザを申請した経験がありますが、それとは比べ物にならないほどの難関が待ち受けていました。
最初の試練となるビザ取得
まず、赤道ギニアへの渡航にはビザが必須です。そして、この観光ビザの取得は非常に難関で、世界でも最も取得困難なビザの一つに数えられることもあります。
手続きは、東京にある駐日赤道ギニア共和国大使館で行いますが、単に申請書を提出すればよいというものではありません。最大のハードルとなるのが「招聘状(インビテーションレター)」です。これは、現地の身元保証人や受け入れ先のホテル、旅行会社などから発行される公式な書類で、これがなければ申請の土俵にも上がることができません。
【ビザ申請の手順】
- ステップ1:招聘状の取得
信頼できる現地の旅行代理店や、確実に予約証明と招聘状発行に対応してくれる高級ホテルに連絡を取るのが現実的な方法です。やり取りはメールが中心となりますが、返信が遅れたり届かなかったりすることは日常茶飯事です。根気よく複数の候補にアプローチし続ける必要があります。手数料も決して安価ではありません。
- ステップ2:必要書類の準備
招聘状が入手できたら、大使館のウェブサイトで最新の必要書類リストを確認しましょう。一般的に必要とされるのは以下の通りです。
- パスポート(有効期限が6ヶ月以上残っているもの)
- 証明写真
- ビザ申請書
- 招聘状
- 航空券の予約確認書(Eチケット)
- ホテルの予約確認書
- 黄熱病予防接種証明書(イエローカード)のコピー
- 英文の残高証明書
- ステップ3:大使館での申請
書類をすべて揃えたら、大使館に直接出向いて申請します。事前に電話でアポイントメントを取ることを強くおすすめします。担当者の都合や休館日に左右されることも多いためです。面接が実施される場合もあるので、渡航目的や滞在計画を明確に説明できるように準備しておきましょう。
私の場合、招聘状の入手には1ヶ月以上かかり、何度も心が折れそうになりました。しかし、この最初の壁を越えた達成感は、旅への期待を何倍にも膨らませてくれました。情報や条件は頻繁に変更されることがあるため、必ず外務省の海外安全ホームページや大使館に直接問い合わせることを忘れないでください。
予防接種と健康管理の必須事項
赤道ギニアは熱帯地域にあり、感染症のリスクに備えることは旅行者としての義務です。
【必須ルール:イエローカード携帯義務】 入国時には必ず黄熱病予防接種証明書(イエローカード)の提示が求められます。接種を行っていない場合、入国を拒否される可能性があるため要注意です。黄熱病予防接種は、接種後10日経過すると生涯有効となるため、出発の少なくとも10日前までに検疫所や指定医療機関で受けておく必要があります。このイエローカードはパスポートと同様に非常に重要な書類であり、絶対に忘れないようにしてください。
【健康管理のための準備と持ち物】
- マラリア対策: マラリアは蚊によって感染する危険な病気です。医師に相談し、予防薬を処方してもらいましょう。滞在中も長袖や長ズボンの着用、DEET成分入りの強力な虫よけスプレーの使用、蚊帳の活用など、蚊に刺されない対策を徹底してください。
- 常備薬: 日本で普段使っている胃腸薬や頭痛薬、絆創膏、消毒液などは必ず携帯しましょう。現地での入手は困難な場合があります。
- 推奨される追加予防接種: A型肝炎、B型肝炎、破傷風、腸チフスなどの予防接種についても、渡航前に医師と十分に相談することをおすすめします。
健康でこそ安全かつ快適な旅が実現します。準備を怠らず、万全の体制で臨んでください。
持ち物リスト – これだけは絶対に欠かせない!
特殊な渡航先だからこそ、持ち物の選定は厳重に行うべきです。
【必須持ち物一覧】
- パスポート、ビザ、イエローカード: この三つは旅を成立させる基本中の基本。コピーを取ってデータとしても保存しておくと安心です。
- 現金(米ドルとユーロ): 赤道ギニアの通貨はCFAフラン(セーファーフラン)ですが、現地での両替は米ドルやユーロが基本となります。特に米ドルは広く受け入れられます。クレジットカードの利用は首都マラボやバータの高級ホテルや一部のレストランに限られ、ATMもほとんど機能しないと考えた方が良いでしょう。滞在日数プラス余裕分の現金を日本で準備することが重要です。
- 海外旅行保険証: 必須アイテムです。不慮の病気や怪我、盗難に備え、キャッシュレス診療対応の保険に加入しておくと心強いです。
- 変換プラグ: 電源プラグはCタイプまたはEタイプが主流で、日本のAタイプは使えません。マルチ変換プラグを用意すると便利です。
- モバイルバッテリー: 停電が頻繁に発生するため、大容量のバッテリーを持っているとスマホやカメラの充電に役立ちます。
- SIMカードまたはWi-Fiルーター: 現地の通信環境は決して良好とは言えません。空港で現地SIMを購入するか、日本で海外用Wi-Fiルーターをレンタルして持っていくことを推奨します。私は現地通信会社GetesaのSIMを購入しましたが、速度については期待しすぎない方が賢明です。
服装は年間を通して高温多湿の気候であるため、通気性と速乾性に優れた夏服が基本です。ただし、室内は冷房が効きすぎていることもあるので、薄手の羽織るものを一着持っていると便利です。また、レストランでの食事や公式な場に行く可能性も考慮し、襟付きのシャツや長ズボン、ワンピースなど少しフォーマルな服装も用意しておくと安心です。
漆黒の海に抱かれた街、バータへ
入念な準備を終えて、いよいよ赤道ギニアへと旅立ちました。多くの旅行者はまず首都マラボがあるビオコ島に降り立ちますが、私もその一人でした。ただ、今回の目的地は大陸側に位置するバータです。マラボからバータへ向かう道のりも一つの冒険と言えるでしょう。
マラボからの移動手段、空路か海路か
マラボからバータへの移動で最も一般的かつ現実的なのは、国内線の飛行機を利用する方法です。複数の航空会社が便を運航していますが、ウェブサイトのオンライン予約が不安定であったり、そもそも予約システム自体が存在しない場合も少なくありません。
【国内線チケット購入の流れ】
- 現地での購入が確実: 最も確実なのは、マラボに到着後、市内の航空会社オフィスや旅行代理店へ直接足を運び、パスポートを携えて現金(CFAフランや米ドル)で支払う方法です。フライトスケジュールの急な変更やキャンセルは日常茶飯事なので、予定には十分な余裕を持つことが大切です。
- ホテルのコンシェルジュに依頼: 信頼できるホテルに泊まっている場合は、コンシェルジュにチケットの手配をお願いするのも有効です。手数料はかかりますが、手間が減り時間の節約につながります。
フライトの所要時間は約30分。真っ青なギニア湾と緑豊かな大陸を眼下に眺めながら、あっという間に目的地に到着します。
時間と体力に余裕がある冒険好きなら、フェリーも選択肢です。週数便の運行で所要時間は長いものの、ローカルな旅情が味わえます。ただし、快適さや定時性は期待できません。これもまた、アフリカを旅する醍醐味と捉えられる方に向いた手段です。
バータ国際空港から市街地へ
バータ国際空港は、市の中心部からやや離れた場所に位置しています。規模は小さく、飛行機を降りるとムッとした熱気が肌を包み、大陸に来た実感がひしひしと伝わってきます。
空港から市内へ向かう主な交通手段はタクシーです。出口には多くのタクシードライバーが待ち構えています。
【タクシー利用時の注意と対処法】
- 料金交渉は必ず乗車前に: 赤道ギニアのタクシーはメーターがないため、乗る前に行き先を伝えて料金を交渉し、合意を得る必要があります。相場がわからない場合は複数のドライバーに聞き、あまりにも高額なら断る勇気も必要です。
- 非公式タクシーに注意: 正規のタクシーでない「白タク」も多く見られます。トラブル回避のため、できるだけ正規のタクシーを選びましょう。
- ホテル送迎が最も安全: 最も安心なのは、予め宿泊先のホテルに送迎サービスを依頼しておくことです。料金は高めですが、空港で名前入りのプレートを持ったスタッフが迎えてくれる心強さは格別です。私も今回はこの方法を利用し、長旅の疲れと土地慣れない緊張感を考えれば賢明な選択だったと感じています。
車窓から見えるバータの街並みは、私の想像を少しだけ超えていました。舗装された広い道路、真新しいビル群、そしてヤシの木が並ぶ海岸線。産油国としての豊かさが感じられる現代的な風景と、昔ながらのアフリカの活気が入り混じる、不思議な第一印象を受けました。
酒飲みガイド「パブロ」との出会い

ホテルにチェックインして少し休んだ後、街へと繰り出しました。目的はただ一つ、この地の空気を肌で感じ、地元の人々が集う場所で一杯を楽しむこと。スペイン語が公用語のためか、街のあちこちに「Bar(バル)」や「Cervecería(ビアホール)」の看板が目立ちます。
ふと思い立って立ち寄ったのは、海岸通りから一本入った細い路地にある、特に特徴のない小さなバーでした。プラスチック製の椅子とテーブルがいくつか並び、古ぼけたテレビではサッカーの試合が映し出されています。客はほとんど地元の男性たちで、僕のようなアジア人は珍しいのか、一斉に視線が注がれました。少し緊張しながらカウンターに向かい、拙いスペイン語でビールを注文します。
「Amigo(アミーゴ)、お一人か?珍しいな、こんなところにまで」
隣の席から陽気な声がかかりました。話しかけたのは、日に焼けた肌に屈託のない笑みを浮かべた40代ほどの男性で、手には半分飲んだビール瓶が握られていました。彼こそ、この旅でのキーパーソンとなるパブロでした。
「日本から来たのか!ずいぶん遠いところからだな。俺はパブロ。ここら辺のことなら何でも知ってる。特に、美味い酒のことなら任せとけ!」
彼の人懐っこさに、僕の緊張はすぐにほどけていきました。パブロは、このバータで生まれ育ち、若いころは船乗りとして少しだけ世界を見たこと、そして何よりこの街の酒に愛着を持っていることを、身振り手振りを交えて熱心に話してくれました。
「お前が今飲んでるビールも悪くないけどな、バータの魂を味わいたいなら、もっとディープな酒を飲まなきゃだめだ。どうだ?俺が本物のバータの夜の楽しみ方を教えてやろうか?」
その誘いを断る理由など、どこにも見当たりませんでした。こうして、僕と自称「バータ一の酒飲みガイド」パブロとの、不思議で刺激的な夜が幕を開けたのです。
パブロが案内する、バータの魂に触れる一杯
パブロは「よし、ついてこい」と声をかけると、慣れた足取りでバーを出て薄暗い路地へと僕を案内しました。観光客向けの綺麗なレストランではなく、彼が連れて行くのは地元の人たちだけが知る「魂の酒場」とも言える場所でした。
地元の喉を潤す「パームワイン」
最初に訪れたのは、市場の喧騒から少し離れたトタン屋根の簡素な小屋です。中では数人の男性がプラスチックのジョッキを片手に談笑していました。彼らの手にあったのは、白く濁った液体。パブロは店の女性と思しき人物に話しかけ、同じものを二つ注文しました。
「これが『Vino de Palma(ビノ・デ・パルマ)』、つまりパームワインだ。ヤシの木の樹液を発酵させて作る、俺たちのソウルドリンクだよ」
差し出されたジョッキを受け取り、恐る恐る一口含みます。微炭酸でほのかに甘酸っぱく、ヨーグルトのような独特の風味が鼻腔を抜けていきました。アルコール度数は控えめで、とても飲みやすい。しかしパブロは笑いながら言いました。
「美味いだろ?でもな、気をつけろよ。これは生きてる酒で、時間が経つほど発酵が進み、アルコールが強くなるんだ。朝取れたばかりのはジュースみたいだが、夕方になると立派な酒になる。飲みやすいからってガブガブいくと、すぐに効くぞ」
パームワインはまさに自然の恵みそのもの。工場で製造されるのではなく、ヤシの木に登って樹液を採り自然発酵させるというシンプルな方法で作られます。そのため、その日の気候や木の状態、時間経過によって味が刻々と変わるのです。
【パームワインを楽しむ際の注意点】
- 衛生面に留意: パームワインは伝統的な手法で作られるため衛生管理が十分でない場合があります。信頼できる地元の人から紹介された店や、清潔そうな場所で飲むことをおすすめします。胃腸が弱い人は避けた方がよいかもしれません。
- 鮮度が重要: 時間が経ちすぎると酸味が強くなり味も劣ります。地元民はどの時間帯のものが美味しいか熟知しているので、彼らの意見を参考にするのが最善です。
パブロによれば、この酒は祝い事にも悲しい時にも欠かせず、人々の暮らしに深く根付いた存在とのこと。ジョッキを交わしながら語り合う男たちの会話は僕には理解できませんでしたが、そこで感じた温かい空気は、どんな高級バーにもない特別なものでした。
スペインの残り香、国民的ビール「Cerveza Nacional」
次に向かったのは、もう少し賑やかで音楽が流れる屋外のバーでした。ここでパブロが注文したのは、赤道ギニアで国民的に親しまれているビール「Cerveza Nacional(セルベサ・ナショナル)」、通称「Nacional(ナショナル)」です。
緑色のボトルには国の地図が描かれたシンプルなラベルが貼られています。グラスに注ぐと黄金色の液体にきめ細かい泡が立ち、一口飲むと南国らしい軽やかで爽やかな喉越しが広がります。日本のビールに慣れた舌にも親しみやすい、スッキリとしたピルスナータイプです。湿度の高いバータの夜には、この一杯が格別でした。
「どのレストランに行っても、どのバーに行っても、必ずこれが置いてある。俺たちの誇りだよ。スペイン人がビール文化をもたらしてくれたことは感謝してる」とパブロは誇らしげに語りました。
バータの飲食店では、このNacionalビールが最も一般的です。値段も手頃で、地元の人も観光客も、誰もがこれを手に夜の時間を楽しんでいます。
【レストランでのビールの注文方法】
- スペイン語で「Una Nacional, por favor(ウナ・ナショナル、ポル・ファボール)」と言えば間違いなく通じます。
- 冷えているか確認したい時は「¿Está fría?(エスタ・フリア?)」と尋ねましょう。停電の影響でぬるいこともあるので注意が必要です。
このNacionalビールは、赤道ギニアの歴史と現代をつなぐ一本と言えるかもしれません。植民地時代の遺産を受け継ぎつつも、独立後の国民の喉を今も潤し続ける、国を象徴する味なのです。
強者が挑む蒸留酒「Malamba」
すっかり気分が良くなった僕に、パブロは悪戯っぽく笑いかけました。
「勇気、お前は強い男か?もっと魂が燃えるような酒にチャレンジしてみるか?」
彼が案内したのは、店とも呼べないような民家の軒先。そこで売られていたのは、ペットボトルに入った無色透明の液体でした。これが地元で「Malamba(マランバ)」または「Topé(トペ)」と呼ばれる、サトウキビを原料にした自家製の蒸留酒です。いわば赤道ギニア版ラム酒と言えるでしょう。
小さなショットグラスに注がれたそれからは、強烈なアルコールの香りが鼻を刺激しました。覚悟を決めて一気に飲み干すと、喉が焼けつくような激しい衝撃が体を駆け巡りました。アルコール度数はおそらく50度を軽く超えていると思います。サトウキビ由来のほのかな甘みを感じる暇もなく、体全体が真っ赤に熱くなったのを覚えています。
「ははは!どうだ、効くだろ?こいつは安くてすぐに酔えるから、俺たち労働者に大人気だ。でも、正しい飲み方を知らない奴が手を出すと、翌日には太陽を呪うことになるぞ」
パブロは若い頃、このマランバを飲み過ぎて大失敗したという武勇伝(?)を面白おかしく教えてくれました。
【強い酒を飲む際の注意点】
- 軽率に手を出さない: マランバのような自家製蒸留酒は品質管理がなされていません。衛生面だけでなく、粗悪なアルコールが混入している可能性もあります。
- 少量だけ飲む: 挑戦する場合は必ず信頼できる地元の人と共に、少量にとどめましょう。自分のアルコール許容量を過信しないことが肝要です。見知らぬ人に勧められても簡単に口をつけないようにしてください。
このマランバは観光客向けに気軽に楽しめる酒ではないかもしれません。しかし、その背景には経済的な事情や、厳しい日常を忘れさせてくれる強烈な一杯を求める人々のリアルな生活が垣間見えました。パブロの案内がなければ、決して知りえなかったバータのもうひとつの顔でした。
酔い覚ましに歩く、バータの昼と夜

パブロと過ごした熱い夜の翌朝、少しほてった頭を冷ますために、僕は一人でバータの街を散策してみました。酒を通じて感じたこの街の熱気を、日中の光の中でもう一度確かめてみたくなったのです。
海風が心地よく吹く海岸通り「パセオ・マリティモ」
バータの街の象徴といえるのが、大西洋沿いに長く伸びる海岸通り「Paseo Marítimo(パセオ・マリティモ)」です。広々と整備された遊歩道にはヤシの木が並び、市民たちの憩いの場となっています。
昼間はジョギングを楽しむ人々や、ベンチに腰掛けて海を眺めながらおしゃべりするカップルたちの姿が見られます。打ち寄せる波の音と爽やかな海風が、熱帯の蒸し暑さをやわらげてくれました。沖合には石油採掘用のプラットフォームが浮かび、この国の経済を支える光景が広がっています。
夜になると雰囲気はガラリと変わり、街灯が灯ってカップルや家族連れで賑わいます。お洒落なレストランやバーが軒を連ね、潮風を感じながら食事を楽しめるスポットとなっています。
【禁止事項や注意点:夜間の安全対策】
- 一人歩きは控える: パセオ・マリティモは比較的安全ですが、夜間に一人で特に暗い場所を歩くのは避けるべきです。貴重品はホテルのセーフティボックスに預け、現金は必要最低限だけ持ち歩きましょう。
- 治安情報の確認: 在カメルーン日本国大使館(赤道ギニアを兼轄)の発信する海外安全情報を事前にチェックし、危険とされるエリアには近づかないよう注意してください。
活気あふれる「メルカド・セントラル(中央市場)」
街の中心部に位置する「Mercado Central(メルカド・セントラル)」は、活気が満ちあふれた場所です。一歩足を踏み入れると、人々の熱気とスパイスの香り、多彩な商品が混ざり合ったエネルギッシュな空間が広がります。
南国の果物であるマンゴーやパパイヤ、料理用バナナのプランテン。水揚げされたばかりの新鮮な魚介類。鮮やかなアフリカンプリントの布地に、日常生活に欠かせない様々な雑貨。ここではバータの人々の日常が直に感じられます。
【行動のポイント:市場でのマナーと注意すべきこと】
- 写真撮影は許可を取る: 市場の人々や商品を撮る際は、必ず声をかけて許可をもらいましょう。無断でカメラを向けるのはマナー違反で、トラブルの元になります。笑顔で「¿Puedo tomar una foto?(写真を撮ってもいいですか?)」と聞くと、快く応じてくれることが多いです。
- スリ・置き引きに注意: 混雑しているため、スリや置き引きが多発します。バッグは前に抱えるように持ち、貴重品は分散して管理するなど、基本的な防犯対策を怠らないよう心がけましょう。
僕はここで、見たこともないような巨大なカタツムリや燻製の魚の塊を見て驚きました。売り子のおばちゃんたちとは、片言のスペイン語と身振り手振りでやりとりをし、その体験は忘れがたい思い出となっています。
静寂に包まれる「バータ大聖堂」
市場の喧騒から少し歩くと、街の中心にそびえる白亜の「バータ大聖堂(Catedral de Santiago y Nuestra Señora del Pilar)」が見えてきます。スペインの植民地時代に建てられたゴシック様式のこの大聖堂は、街の象徴的存在です。
中に入ると外の熱気や騒がしさとは違い、静かで荘厳な空気に包まれます。美しいステンドグラスから射し込む光が堂内を幻想的に照らし出し、熱心に祈りを捧げる人たちの姿から、この国におけるキリスト教信仰の深さが伝わってきました。
【禁止事項とマナー:宗教施設での服装】
- 宗教施設を訪問する際は、敬意を示す服装を心がけましょう。タンクトップやショートパンツなど肌の露出が多い服装は避け、肩や膝が隠れる服装が望ましいです。
旅の途中で、こうした静かで落ち着ける場所に身を置く時間は、とても貴重だと僕は感じました。
旅のトラブルと、その乗り越え方
どんなに入念に準備しても、予期せぬトラブルは避けられません。特に情報が少ない赤道ギニアのような国では、冷静な判断力と適切な対処法が旅の快適さを大きく左右します。私が実際に体験したり耳にした、リアルなトラブル事例とその対策をご紹介します。
写真撮影に潜む危険
アフリカの多くの国で共通する注意点ですが、特に赤道ギニアでは写真撮影に細心の注意が必要です。政府関連の建物、軍事施設、警察官、港、空港、橋などは絶対に撮影してはいけません。スパイ活動と見なされる恐れがあり、カメラを没収されたり、最悪の場合拘束されることもあり得ます。
「どこまでが政府の施設か判断しにくい」というのが実情ですが、国旗の掲げられた建物や制服警備員がいる場所は撮影を避けるのが賢明です。風景写真を撮る際も、そうした施設が映り込まないよう細心の注意を払いましょう。
【トラブルが起きた場合の対処法:もし撮影を咎められたら】
- 冷静に謝罪する: 慌てずに撮影を中止し、「Lo siento(ロ・シエント/ごめんなさい)」と丁寧に謝りましょう。
- 指示に素直に従う: 写真の削除を求められたら、その場で従いましょう。抵抗や言い訳をすると状況が悪化します。
- 賄賂の要求への対応: 警察などから賄賂を要求される場合もあります。少額で解決するなら支払う選択肢もありますが、安易に応じるとさらなる要求につながるリスクもあります。毅然と「No tengo dinero(ノ・テンゴ・ディネロ/お金はありません)」と断る勇気も必要です。危険を感じた場合は無理せず、大使館に連絡しましょう。
通貨と両替の注意点
前述の通り、赤道ギニアの通貨はCFAフラン(XAF)で、ユーロに対して固定レート(1ユーロ=655.957 XAF)が設定されています。ただし、両替にはいくつかの落とし穴があります。
【準備や持ち物リスト:通貨関連】
- 日本での両替は不可: 日本国内の銀行や空港でCFAフランに替えることはできません。
- 米ドルかユーロの持参を推奨: 現地では米ドルやユーロからの両替が基本。特に米ドルは利便性が高いですが、汚れや損傷のない新札を用意しましょう。古い紙幣は両替を拒否されることがあります。
- 両替レートに注意: 両替は銀行や公認の両替所で行うのが安全ですが、場所によってレートの差が大きいです。ホテルでの両替は不利なレートになることが多いため、複数の場所で情報を比較するのが賢明です。最新の公式レートは、例えばXE Currency Converterなどのウェブサイトで確認可能です。
- 現金重視の行動計画を: クレジットカードの利用はほぼ不可能、ATMも信頼性が低い前提で準備しましょう。滞在に必要な資金はすべて現金で持ち歩く覚悟が必要です。
万が一に備えて – 医療と緊急連絡先
旅先で最も避けたいのは病気や怪我ですが、赤道ギニアの医療体制は決して十分とは言えません。
【トラブル発生時の対処法:医療・緊急時】
- 海外旅行保険の加入は必須: 治療費や緊急搬送費用は非常に高額になることもあります。補償の手厚い旅行保険に必ず加入し、キャッシュレスメディカルサービスが付帯していれば現地での現金負担を避けられます。
- 信頼できる医療機関の把握: 首都マラボには比較的設備が整った私立病院「La Paz Medical Center」がありますが、バータでは医療機関が非常に限られます。宿泊先のホテルなどで、緊急時に対応可能な病院情報を事前に確認しておきましょう。
- 緊急連絡先は必ず控える: パスポートを紛失したり、深刻なトラブルに遭遇した場合に備え、赤道ギニアを兼轄する在カメルーン日本国大使館の連絡先を必ず手元に置きましょう。海外で困ったときの最後の頼みの綱です。
在カメルーン日本国大使館(Embassy of Japan in Cameroon)
- 住所: 1513, Rue1828, Bastos-Ekoudou, Yaounde, CAMEROUN
- 電話: (237) 2220-6202
- 公式サイト: https://www.cmr.emb-japan.go.jp/
上記のリスクを充分に理解し、備えておくことで、安心して旅を楽しむことができるでしょう。
バータの味覚探訪 – 酒と共に楽しむ絶品グルメ

パブロとの酒めぐりだけでなく、バータの食文化も、この旅での大きな楽しみの一つでした。新鮮な食材をシンプルかつ大胆に調理した料理の数々は、酒との相性も抜群で印象に残りました。
海の幸を存分に味わう – 絶品シーフード
ギニア湾に面する港町バータでは、新鮮なシーフードを味わわずに帰ることはできません。海沿いのレストランでは、その日に水揚げされたばかりの魚介類を存分に楽しめます。
なかでも特におすすめなのが、魚の炭火焼き「Pescado a la Brasa(ペスカド・ア・ラ・ブラサ)」です。大きな魚を丸ごと炭火で豪快に焼き上げており、皮はパリッと香ばしく、身は驚くほどふっくらジューシー。レモンを絞り、少しスパイシーなソースをつけて食べれば、冷えたNacionalビールがいくらでも進みます。
また、エビのガーリックオイル煮「Gambas al Ajillo(ガンバス・アル・アヒージョ)」もスペイン料理の影響を感じさせる名品です。プリプリのエビとニンニクの香りが染み出したオリーブオイルをパンに浸して味わうと、まさに至福のひとときです。
大地の恵みを味わう – ピーナッツソースのチキン
中央・西アフリカ、そして赤道ギニアで広く親しまれているのが、ピーナッツ(落花生)を使ったソースの煮込み料理です。鶏肉をピーナッツソースで煮込んだ「Sopa de Cacahuete(ソパ・デ・カカウェテ)」は、濃厚でクリーミー、ほどよい甘みと深いコクを持っています。ご飯や揚げたプランテン、蒸したヤムイモに近いふあふあのフフと一緒にいただきます。
見た目はシンプルながらも、食べると複雑で奥深い味わいが広がり、この土地の人たちの食の知恵が伝わってきます。まさにアフリカの大地の恵みを感じる料理です。
食事のマナーと注意点
せっかく美味しい料理を楽しむなら、衛生面には十分に気をつけたいものです。
- 水と氷の扱いに注意: 水道水は絶対に飲まず、必ずペットボトルのミネラルウォーターを購入してください。レストランで出される氷も水道水由来の可能性があるため避けるのが無難です。
- 火の通った料理を選ぶ: 生野菜やカットフルーツは、どの水で洗浄されたか分からないため、できる限り十分に加熱されたものを選びましょう。
- チップについて: 赤道ギニアでは欧米ほど厳密なチップの習慣はありませんが、良いサービスを受けた際には料金の5〜10%程度を渡すと喜ばれます。
心に刻まれた赤道ギニアの熱狂
パブロとの約束の最後の夜、僕たちは再び海岸沿いのバーにいました。目の前には、壮大な夕日が水平線へ沈みゆく光景。空も海も燃えるようなオレンジ色に染まっています。
「どうだった、勇気。俺の国の酒も、俺の街も」
パブロはNacionalビールのボトルを差し出しながら尋ねました。僕はこの数日間に体験し感じたことを、うまく言葉にできずにいました。ビザ取得の困難さ、予測できない日々、決して快適とは言えない旅路。しかし、それらを補い余りあるこの国の魅力が胸に迫っていました。
ヤシの木から滴る甘い樹液が人々の絆を深めるパームワインになり、スペイン植民地時代の面影が独立後の国民的ビールに溶け込み、サトウキビの絞り汁が労働者の魂を燃やす強烈なマランバへと姿を変えるように。
バータで味わった一杯一杯の酒は、この土地の歴史や自然、生活そのものが凝縮されています。それは、いくらガイドブックを眺めても決して理解できない、生きた文化の味そのものでした。
「最高だったよ、パブロ。君のおかげで、本物のバータに出会えた気がする」
そう伝えると、彼はニカッと笑い僕の肩を力強く叩きました。
赤道ギニア、バータへの旅は決して簡単におすすめできるものではありません。しかし、もしあなたが型にはまった観光に飽き足らず、予測不可能な出来事までも楽しめる冒険心を持っているなら、この国は忘れがたい熱い記憶を心に刻んでくれるでしょう。
日本へ向かう飛行機の中で、僕はまたいつか、あの熱帯の夜とパブロの笑顔に会いに帰ろうと心に誓いました。挑戦の先にある出会いと発見こそが旅の真髄なのだと、バータの夕日がそう教えてくれた気がしたのです。






