「ポルトガル料理」と聞いて、あなたはどんな一皿を思い浮かべますか?新鮮な魚介の炭火焼き、ジューシーなピリピリチキン、それとも濃厚な卵黄を使ったエッグタルトでしょうか。どれも間違いなくポルトガルの味覚を代表する素晴らしい料理たちです。しかし、ポルトガルの人々の心と食卓に、もっと深く、もっと広く根付いている食材があることをご存知でしょうか。その名は「バカリャウ」。日本語では「干しダラ」として知られるこの食材こそ、ポルトガルの食文化の魂であり、日々の暮らしに欠かせない「忠実な友人」なのです。
なぜ、北の冷たい海で獲れるタラが、温暖なイベリア半島の国で国民食となったのか。そこには、大航海時代のロマンと、厳しい時代を生き抜いた人々の知恵が詰まっています。一つの食材から1000以上、一説には365日毎日違う料理が作れるとも言われるほど、バカリャウのレシピは無限大。家庭の温かさを感じる素朴な一皿から、特別な日を彩る豪華なご馳走まで、その表情は実に豊かです。この記事では、そんな奥深いバカリャウの世界へ皆様をご案内します。歴史的背景から代表的な料理、レストランでの注文のコツ、さらには日本のご家庭で楽しむためのヒントまで、バカリャウの全てを徹底的に掘り下げていきましょう。さあ、ポルトガルの魂を味わう、美味なる旅の始まりです。
ポルトガルを訪れる際には、喫煙のルールやマナーについても事前に確認しておくと、より快適な旅になるでしょう。
ポルトガルの食卓に欠かせない「バカリャウ」とは?

ポルトガルを旅していると、スーパーの鮮魚売り場とは異なる場所に、たくさん積み上げられた白く硬い板状のものを目にすることがあります。これはまさに、ポルトガルの国民食であるバカリャウです。一見するとただの乾物に見えますが、ポルトガルの人々にとっては、歴史や文化、そして家族の味が凝縮されたかけがえのない宝物なのです。
バカリャウの歴史:大航海時代が生み出した保存食
バカリャウのルーツは、今から1000年以上も前のヴァイキングの時代に遡ります。彼らは北海の過酷な環境で捕れたタラを寒風に晒して乾燥させ、長持ちする食料として利用していました。この技術は後にバスク地方の漁師たちに伝わり、塩漬けの方法と結びつきます。魚を塩水で保存する古い技術はありましたが、塩漬けした後に乾燥させることで、保存性が格段に高まり、そこから現在のバカリャウの原形が生まれました。
15世紀には、ポルトガルが大航海時代の幕を開けました。エンリケ航海王子の指揮の下、キャラベル船は未知の海域を目指して進みます。アフリカ沿岸の探検、インド航路の開拓、新大陸ブラジルへの到達など、過酷で長期にわたる航海において、船乗りたちの命を支えたのが、傷みにくく栄養豊富なタンパク源であるバカリャウでした。水と火さえあれば、いつでも故郷の味に近い料理を口にすることができたのです。バカリャウなしにポルトガルの大航海時代の成功は語れません。
加えて、宗教的な背景もバカリャウの普及を後押ししました。カトリックでは年間を通して肉を断つ日(斎日)が多く、特に復活祭前の四旬節は厳しく、人々は肉の代わりに魚を選びます。内陸部では新鮮な魚が入手困難でしたが、長期保存が可能なバカリャウは救世主となりました。こうしてバカリャウは宗教行事とも深く結びつき、ポルトガル全土の食文化に根付いていったのです。
干しダラの種類と選び方
バカリャウと言っても、実はいくつかの種類があります。最高級とされるのは、グリーンランドやアイスランド沖で獲れるタイセイヨウダラ(Gadus morhua)を使ったもので、身が厚く、塩抜きして調理するとしっとりしながらも繊維質がしっかり感じられるのが特徴です。スーパーや市場には、この上質なものから、より手ごろな価格の他のタラ科魚を原料にしたものまで、さまざまな等級のバカリャウが並んでいます。
旅先で市場でバカリャウを選ぶ機会はあまりないかもしれませんが、専門店を訪れた際には選び方を知っておくとさらに興味深いでしょう。良質なバカリャウは、均一なクリーム色で身が厚く、しっかりと乾燥しています。黒っぽい斑点や黄色味がかかったところがあるものは品質が劣る可能性があるため避けた方が無難です。また、形状によって部位が異なり、背側の最も厚い部分「ロイン(Lombo)」は最高級とされ、オーブン料理の主役に使われます。一方、腹側や尾に近い部分はほぐして使うのに適しています。
ポルトガルのスーパーでは、伝統的な一枚売りのほかに、あらかじめカットされたものや塩抜き済みの冷凍バカリャウ(Bacalhau demolhado ultracongelado)も販売されています。これは旅行者や忙しい現地の家庭にとってたいへん便利で、手間のかかる塩抜きをせずにすぐ調理に取りかかれるのが魅力です。ポルトガルでアパートメントタイプの宿に泊まるなら、この冷凍バカリャウを使って現地の味を再現してみるのも素敵な体験となるでしょう。
なぜ「忠実な友人」と呼ばれるのか?
ポルトガルには「バカリャウは我々の忠実な友人(fiel amigo)」という言葉があります。これはバカリャウがポルトガル人の生活にどれほど密着しているかを示す象徴的な表現です。祝いの席も、質素な食事に甘んじなければならなかった困難な時代も、バカリャウはいつも食卓にあり、人々の心とお腹を満たしてきました。
クリスマスイブには茹でたバカリャウと野菜をオリーブオイルでいただく「バカリャウ・コンソアーダ」が欠かせません。家族が集まる特別な日に、最もシンプルながら素材の味を活かした料理で祝います。また、友人同士の気軽な集まりでは、バカリャウのコロッケをつまみながらワインを分かち合い、サッカー観戦に熱狂する場面も見られます。このようにバカリャウは単なる食材を越え、人々の思い出や共同体の絆と結びついた文化的なシンボルとなっています。その多彩なレシピは、ポルトガル各地の個性や、歴史の中で育まれてきた豊かな創意工夫を物語っているのです。
1000以上のレシピが存在する!代表的なバカリャウ料理の世界
365日、毎日異なるバカリャウ料理が楽しめるというのは、決して誇張ではありません。その豊富なレシピの中から、ポルトガルを訪れた際にぜひ味わってほしい代表的な料理をいくつかご紹介します。これらを知っておけば、レストランのメニューを前にしても自信を持ってオーダーできるでしょう。
まずはこれ!バカリャウ料理の定番中の定番
ポルトガル料理に初めて触れる方から食通まで、幅広く愛されるバカリャウの王道料理です。初めてバカリャウを味わうなら、ぜひこの中から選んでみてください。
バカリャウ・ア・ブラース (Bacalhau à Brás)
数多くのバカリャウ料理の中で最もポピュラーで、多くの人々に親しまれているのが「バカリャウ・ア・ブラース」です。リスボンの下町、バイロ・アルト地区の居酒屋の店主ブラース(Brás)氏が考案したと言われています。細かくほぐしたバカリャウ、細切りのフライドポテト、玉ねぎをふわふわのスクランブルエッグでやさしくまとめた一皿。仕上げには黒オリーブと刻みパセリが彩りを添えます。
口に運ぶと、バカリャウの塩気と旨味、ポテトの香ばしさ、玉ねぎの甘み、卵のまろやかさが絶妙に調和します。食感もまた、しっとりしたバカリャウ、カリッと揚がったポテト、とろりとした卵が見事なコントラストを生み出し、スプーンが止まらなくなる美味しさです。高級レストランよりも、タスカと呼ばれる大衆食堂や家庭で親しまれている料理で、ポルトガルの日常の味を実感できます。
バカリャウ・コン・ナタス (Bacalhau com Natas)
「ナタス(Natas)」はポルトガル語で生クリームを意味します。その名の通り、「バカリャウ・コン・ナタス」はバカリャウとジャガイモをたっぷりのクリームソースに和えてオーブンで焼き上げたグラタン風の料理です。クリーミーで濃厚な味わいが特に子供や魚の塩気が苦手な人に好まれ、多くのレストランで定番メニューとなっています。
バカリャウの塩味と旨味がクリームソースに溶け込み、ホクホクのジャガイモと絡んで豊かなコクが生まれます。表面のこんがり焼けた部分は香ばしく、中のクリーミーさとの対比が食欲をそそります。ボリューム十分なので、食べる際はシェアするのもおすすめ。ポルトガル版のコンフォートフードの代表格と言えるでしょう。
バカリャウ・ア・ゴメス・デ・サ (Bacalhau à Gomes de Sá)
ポルトガル第二の都市ポルトを象徴するバカリャウ料理が「バカリャウ・ア・ゴメス・デ・サ」です。19世紀後半にポルトのレストラン経営者ジョゼ・ルイス・ゴメス・デ・サ・ジュニオール氏が編み出しました。ほぐしたバカリャウを牛乳に浸して柔らかく戻し、ジャガイモ、玉ねぎ、ニンニク、たっぷりのオリーブオイルとともにオーブンで焼きます。
仕上げにスライスしたゆで卵と黒オリーブ、刻みパセリを飾るのが伝統的なスタイルです。牛乳に浸すことでバカリャウは驚くほどしっとり柔らかくなり、塩気もまろやかに。オリーブオイルとニンニクの香りが食欲をそそり、素朴ながら滋味深い味わいが口いっぱいに広がります。ポルトを訪れた際にはぜひ本場の味を楽しんでみてください。
前菜やおつまみにぴったり!気軽に楽しむバカリャウ
メインだけでなく、気軽につまめる前菜やおつまみ(ペティスコス)としてもバカリャウは大活躍。街角のカフェやバールでワインとともに楽しむのがポルトガル流の楽しみ方です。
パステイス・デ・バカリャウ (Pastéis de Bacalhau)
日本の「コロッケ」に最も近い料理といえるのが「パステイス・デ・バカリャウ」。茹でてほぐしたバカリャウとマッシュポテト、玉ねぎ、パセリなどを混ぜ、ラグビーボールの形に整えて揚げたものです。表面はカリッと香ばしく、中はふんわり。バカリャウの塩気とジャガイモのほのかな甘みが絶妙なバランスで、一度食べるとついもう一つと手が伸びます。
ポルトガル北部では「ボリーニョス・デ・バカリャウ(Bolinhos de Bacalhau)」とも呼ばれます。リスボンでは、セーラ・ダ・エストレーラ産の濃厚チーズを中に包んだ「パステル・デ・バカリャウ・コン・ケイジョ・ダ・セーラ」が有名で、揚げたての熱々をほおばればとろりとチーズが溶け出し、非常に贅沢な味わいです。食べ歩きにも最適なので、街中で見かけたらぜひ試してみてください。
パタニスカス・デ・バカリャウ (Pataniscas de Bacalhau)
パステイス・デ・バカリャウと似ていますが、「パタニスカス・デ・バカリャウ」はほぐしたバカリャウを小麦粉の生地に混ぜ入れて薄く伸ばし揚げた「バカリャウのフリッター」です。ジャガイモは使わず、よりバカリャウ本来の風味と食感をストレートに味わえます。
リスボンで特に人気があり、前菜としてだけでなく、豆ご飯(Arroz de Feijão)と合わせてメインに出されることもあります。サクッとした衣としっとりしたバカリャウの食感の対比が楽しく、ビールやヴィーニョ・ヴェルデ(緑ワイン)との相性も抜群です。
特別な日に味わいたい、贅沢なバカリャウ料理
日常的な料理だけでなく、クリスマスやイースターなど家族が集まる特別な日には、バカリャウが主役となる豪華な一皿が食卓に並びます。少し手間をかけたご馳走料理の数々です。
バカリャウ・アサード (Bacalhau Assado no Forno)
「アサード」とはロースト、つまりオーブン焼きを意味します。バカリャウの中でも特に美味しい背中の厚い部位(Lombo)を使い、ジャガイモ、玉ねぎ、ピーマン、トマトなどの野菜とともにたっぷりのオリーブオイルをかけてじっくりオーブンで焼き上げます。
じっくり火を通すことでバカリャウの身はふっくらジューシーに仕上がり、その旨味が野菜やオリーブオイルに染み込みます。シンプルながら素材の良さが際立つ一皿で、ポルトガルの家庭の温もりを感じさせてくれます。特にクリスマスシーズンには、多くの家庭でこの料理が作られ、家族団らんの中心を飾ります。
カタプラーナ・デ・バカリャウ (Cataplana de Bacalhau)
「カタプラーナ」とはUFOのような形状の銅製蒸し鍋のこと。元はポルトガル南部アルガルヴェ地方の漁師が使っていた調理器具です。この鍋で作るバカリャウの蒸し煮が「カタプラーナ・デ・バカリャウ」です。
バカリャウにエビやアサリなどの魚介類、トマト、ピーマン、玉ねぎ、ハーブ類を加え、白ワインを注いで蓋をして火にかけます。密閉された鍋内で食材の旨味を閉じ込めた蒸気がめぐり、素材の味わいを逃がさず調理されます。食卓に鍋ごと運ばれてきて、蓋を開けると立ち上る芳香が食欲を大いに刺激し、食事の期待感を高めてくれるでしょう。
ポルトガルで最高のバカリャウ体験をするための実践ガイド

ポルトガルのバカリャウ料理の魅力を知ったところで、次はいよいよ実践編に移ります。現地でスムーズに、そしてより深くバカリャウの文化を味わうための具体的な方法や気を付けたいポイントをご紹介します。この記事を読めば、あなたも自信を持ってポルトガルの食文化に飛び込めるでしょう。
レストランでの注文方法とマナー
ポルトガルのレストランに入ったら、まずはメニューを広げてみましょう。多くの場合、「Bacalhau」という項目が独立していることが珍しくありません。これは、バカリャウ料理がどれほど重要視されているかの表れです。
注文時のフレーズ: どの料理にしようか迷ったら、遠慮なく店員さんにおすすめを聞いてみましょう。「Qual é a especialidade de bacalhau?」(クアウ・エ・ア・エスペシャリダーデ・デ・バカリャウ?/バカリャウのおすすめは何ですか?)と尋ねると、自信を持った一皿を教えてもらえます。また、「Queria provar um bacalhau tradicional.」(ケリーア・プロヴァール・ウン・バカリャウ・トラディショナル/伝統的なバカリャウ料理を試したいです)と伝えるのも良い方法です。
量の調整: ポルトガルの料理は一皿のボリュームがかなり多い傾向があります。メニューに「Dose」(一人前)と「Meia Dose」(半人前)の表記がある場合、少食の人や複数種類を味わいたい時は「Meia Dose」(メイア・ドーゼ)を選ぶのが賢明です。半人前でも、日本人には十分な量であることが多いです。
クーヴェール(Couvert)への注意点: 席につくと、自動的にパンやオリーブ、バター、チーズなどが運ばれてくることがあります。これは「クーヴェール」と呼ばれる前菜のようなもので、無料ではありません。不要な場合は、手をつけずに「Não, obrigado/obrigada」(ナォン、オブリガード(男性)/オブリガーダ(女性)/結構です)と伝えて下げてもらいましょう。もちろん気に入ったら楽しんで構いません。トラブル回避のために覚えておくと便利です。
チップの習慣: ポルトガルではチップは必須ではありませんが、良いサービスを受けたと思ったら、料金の5〜10%程度を置くのがスマートです。クレジットカード払いの場合も、チップは現金で渡すのが一般的です。
市場やスーパーでバカリャウを買ってみよう
ポルトガルの暮らしを覗くなら、市場(Mercado)や大手スーパー(Supermercado)を訪れるのが最適です。そこにはさまざまな種類のバカリャウが並び、食文化の豊かさを直に感じられます。
準備と持ち物: バカリャウを買うなら、エコバッグが必須です。特に伝統的な塩漬けの干しダラは独特の匂いが強いので、匂い移りを防ぐためにビニール袋を複数持参すると安心です。
購入の流れ: リスボンの「リベイラ市場(タイムアウトマーケット)」やポルトの「ボリャオン市場」といった人気の市場では、活気ある雰囲気の中で買い物が楽しめます。専門店では好みの部位やサイズを伝えると、その場でカットしてくれます。一方、「Pingo Doce」や「Continente」などの大手スーパーでは、パック詰めや塩抜き済みの冷凍バカリャウを手軽に購入できます。
日本への持ち帰りについて: 塩漬けの干しダラは魚介乾物に該当し、日本の検疫では比較的規制なく持ち込めます。しかし強い匂いが他の荷物に移る可能性があるため、ジップロックなど密閉できる袋で何重にも梱包することをおすすめします。真空パックの商品を選ぶのが最も安心・確実です。ただし規制は変わることもあるので、出発前に動物検疫所のサイトなどで最新情報を確認するのが安心です。
日本で挑戦!バカリャウの塩抜きと簡単レシピ
旅の思い出を日本で再現し、自宅でバカリャウ料理に挑戦するのも素敵な体験です。最も重要なのは「塩抜き(Demolhar)」の工程です。
塩抜きの具体的な手順:
- バカリャウを流水で洗い、表面の塩を軽く落とします。
- 大きめのボウルや容器にバカリャウを入れ、たっぷりの冷水を注ぎます。
- 冷蔵庫で24時間から、厚みのあるものは48時間以上浸します。皮面を上にして置くと、塩が抜けやすいとされています。
- 6〜8時間ごとに水を交換しましょう。交換を怠ると水が塩水になり、塩抜きがうまくいきません。
- 塩抜きの加減は、端を少しちぎって味見し、わずかに塩味が残るくらいが調理時にちょうど良くなります。
簡単レシピ「バカリャウ・ア・ブラース風」:
塩抜きしたバカリャウ(または日本の塩タラを塩抜きしたもの)150g、ジャガイモ中2個、玉ねぎ1/2個、卵2個、オリーブオイル、黒オリーブ、パセリをご用意ください。ジャガイモは細切りにして素揚げするか、市販の細切りポテトチップスでも代用できます。玉ねぎは薄切りにします。フライパンにオリーブオイルを熱し、玉ねぎを炒めた後、ほぐしたバカリャウを加えてさらに炒めます。火を弱め、揚げたジャガイモと溶き卵を加えて全体を混ぜ、卵が半熟状になったら火を止めます。お皿に盛り、黒オリーブと刻んだパセリを散らせば完成です。
バカリャウとポルトガルワインの美味しい関係
美味しい料理には、それを引き立てる美味しいお酒が欠かせません。バカリャウ料理の魅力をさらに高めるのが、多彩なポルトガルワインです。料理に合わせてワインを選ぶ楽しみも、ポルトガルの食文化の大きな魅力のひとつとなっています。
バカリャウ料理に合うワインの選び方
バカリャウ料理は調理法が非常に多岐にわたるため、「これ一本で万能」と言えるワインを見つけるのは難しいものの、基本的なペアリングのポイントはいくつかあります。
ヴィーニョ・ヴェルデ (Vinho Verde): ポルトガル北部ミーニョ地方で生産される微発泡のフレッシュな「緑のワイン」です。その軽やかな酸味と爽やかな果実味は、パステイス・デ・バカリャウのような揚げ物や、オリーブオイルをふんだんに使ったあっさりしたバカリャウ料理の油っこさをさっぱり洗い流し、口中をリフレッシュさせてくれます。まさに最適な組み合わせといえるでしょう。
アレンテージョ地方の白ワイン: ヴィーニョ・ヴェルデとは対照的に、広大で温暖なアレンテージョ地方からの白ワインは、果実味が豊かで、特に樽熟成されたものはコクがあり複雑な味わいを持っています。このしっかりとした白ワインは、バカリャウ・コン・ナタスのようなクリーミーな料理や、バカリャウ・アサードのようにオーブンでじっくりと火を通した料理と見事に調和します。
軽めの赤ワイン: バカリャウは白身魚ですが、その凝縮された旨味や塩気は、軽やかで渋みが控えめな赤ワインと好相性です。特に、ダン地方やバイラーダ地方産のエレガントな酸味と繊細な果実味を備えた赤ワインは、トマトソースを使ったバカリャウ料理や、カタプラーナのような煮込み料理の風味をより一層引き立てます。
食前酒と食後酒でより深く味わうポルトガルの食文化
食事の始まりと終わりにも、ポルトガルならではのお酒を楽しんでみてはいかがでしょうか。食前酒(アペリティーボ)には、ポートワインの産地ドウロ地方でつくられる辛口の白ポート(Porto Branco)や、トニックウォーターで割った「ポート・トニック」がおすすめです。食後酒(ディジェスティーヴォ)には、甘口のポートワインやマデイラワイン、さらにはサクランボのリキュールであるジンジャ(Ginjinha)が、豊かな食事の余韻を心地よく締めくくってくれます。
サステナブルな視点で考えるバカリャウの未来

美食を求める旅は素晴らしい経験ですが、その背景にある環境や食糧資源についても少しだけ考えてみることは、これからの旅行者にとって重要な視点と言えます。国民食として親しまれているバカリャウも、地球規模の課題から無縁ではありません。
タラ資源の現状と持続可能な漁業
バカリャウの原料であるタイセイヨウダラは、かつては無尽蔵とも思えるほど豊富でしたが、長年の乱獲により、一部の海域では資源量が大きく減少しました。特にカナダ・ニューファンドランド島沖の漁場は1990年代に資源が枯渇し、現在も厳格な漁獲制限が続けられています。この出来事は、水産資源の管理がいかに重要かを世界に強く示す教訓となりました。
現在では、科学的データに基づく漁獲枠の設定や漁法の改良など、資源の回復と持続可能な利用を目指した様々な取り組みが進められています。私たち消費者がこうした努力を支える手段の一つが、持続可能な漁業で獲られた水産物を選ぶことです。その証として、MSC(海洋管理協議会)の「海のエコラベル」があります。この青いラベルが付いた商品は、資源や環境に配慮した漁業によって獲られた水産物であることを認証しています。詳しい情報はMSC公式サイトをご覧ください。ポルトガルでも、このラベル付きのバカリャウ製品を目にする機会が増えています。
旅行者として私たちにできること
持続可能な食文化を応援するために、旅行者としてできることは決して少なくありません。
地域の小規模レストランを支援する: 地元の家族経営のレストラン(タスカなど)を利用することは、地域経済を直接支えることにつながります。彼らは地元産の食材を大切にし、伝統的な料理を受け継いでいる場合が多いのです。
食べ残しを減らす: 前述の通り、ポルトガル料理は量が多いことで知られています。食べきれないほど注文することは、食品ロスの原因になります。「Meia Dose(半人前)」を賢く利用したり、注文時に店員さんに量を確認したりすることで、無駄を減らすことが可能です。
フードマイレージを意識する: 市場で地元の新鮮な野菜や果物を購入し、バカリャウと一緒に自炊してみるのもおすすめです。食材が届くまでの輸送距離(フードマイレージ)を短くすることは、二酸化炭素の排出削減に寄与します。旅先での料理は、その土地の食文化をより深く理解する良い機会にもなります。
ポルトガル、バカリャウを巡る旅のプランニング
さあ、蓄えてきた知識を総動員して、あなただけのバカリャウ巡りの美食旅を計画してみましょう。ポルトガルの二大都市リスボンとポルトを拠点に、バカリャウをじっくり味わうためのモデルプランをご紹介します。
リスボンで味わう、伝統と革新のバカリャウ料理
首都リスボンは、バカリャウ料理の宝庫です。昔ながらの伝統を守る店から、新たな解釈でバカリャウの可能性を追求するお店まで、多彩な選択肢が揃っています。
- 伝統の味を堪能する: アルファマ地区やバイロ・アルト地区の石畳の小道にひっそりと佇むタスカでは、本格的な「バカリャウ・ア・ブラース」や「パタニスカス・デ・バカリャウ」を堪能できます。ファドの調べを聞きながら味わうバカリャウは、忘れがたい思い出となるでしょう。
- モダンな一皿に出会う: 一方、シアードやプリンシペ・レアル地区には、現代的な手法を取り入れた創造的なバカリャウ料理を提供するレストランが増えています。伝統を尊重しつつも驚きあふれる一皿との出会いが期待できます。
- 市場の活気を楽しむ: 「リベイラ市場(タイムアウトマーケット)」のフードコートでは、有名店のバカリャウ料理を気軽に味わえます。複数の店の料理を少しずつ試せるのも魅力的です。
ポルトで味わう、本場のバカリャウ・ア・ゴメス・デ・サ
ドウロ川の河口に広がる美しい街ポルトは、グルメの街としても知られています。ここでぜひ味わいたいのが、この地発祥の「バカリャウ・ア・ゴメス・デ・サ」です。
- リベイラ地区のレストラン: 世界遺産に登録されたドウロ川沿いのリベイラ地区には、川の景色を楽しみながら食事ができるレストランが数多くあります。歴史ある雰囲気の中で味わう本場の味は格別です。
- ポートワインセラーとともに: ドウロ川の反対岸に位置するヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア地区は、ポートワインのセラーが点在しています。セラー見学やテイスティングを楽しんだ後、近隣のレストランでバカリャウ料理とポートワインの組み合わせを堪能するのも、ポルトならではの贅沢な体験です。
バカリャウ料理教室に参加してみる
食べるだけでなく、実際に自分で作ることでバカリャウへの理解が一層深まります。ポルトガルでは旅行者向けの料理教室が多く催されています。
予約方法: 料理教室は、現地の観光案内所やホテルのコンシェルジュを通じて予約できるほか、Airbnb Experiencesなどのオンラインプラットフォームからも手軽に検索して予約できます。市場で一緒に食材を選び、家庭的な雰囲気の中、現地の“マンマ”から直接レシピを教わる体験は、かけがえのない思い出になるでしょう。
公式観光情報でさらに詳しく
旅の計画を立てる際は、公式情報をチェックすることが大切です。レストランの営業時間やイベント情報、交通機関の最新状況はポルトガル政府観光局の公式サイトで確認できます。日本語で豊富な情報が揃っているので、出発前にぜひ目を通しておくことをおすすめします。
トラブル発生時の対応: もし旅行中に食あたりなどの体調不良に襲われた場合は、緑の十字マークが目印の薬局「Farmácia」(ファルマシア)を探しましょう。薬剤師に症状を伝えれば適切な市販薬を提案してくれます。重症の場合は躊躇せずホテルスタッフに助けを求め、病院で診察を受けてください。海外旅行保険の連絡先や保険証番号を控えておくと、スムーズに対応できます。
ポルトガルの魂とも言えるバカリャウは、ただの乾燥魚ではありません。大航海時代の夢、苦難の時代を生き抜いた人々の知恵、家族が集う温かな食卓、そしてポルトガルの国そのもののアイデンティティが、その塩気の中に凝縮されています。この長文を読み終えたあなたは、もう立派なバカリャウ通。次回ポルトガルを訪れた際は、自信を持ってレストランの扉を開け、あなただけのお気に入りの一品を見つけてください。Buon appetito!

