世界の物流を支える航空貨物、岐路に立つ
国際航空運送協会(IATA)は、世界各国の規制当局に対し、航空貨物便のための空港発着枠(スロット)を公平に配分するよう強く要請しました。新型コロナウイルスのパンデミックを経て、世界のサプライチェーンにおける航空貨物の重要性が再認識される中、旅客便の回復に伴い、貨物便が主要空港から締め出されることへの懸念が高まっています。この動きは、今後の国際物流、ひいては私たちの生活にも影響を及ぼす可能性があります。
背景:パンデミックが変えた空の景色
旅客便の減少と貨物便の急増
パンデミック以前、世界の航空貨物輸送能力の約50%は、私たちが旅行で利用する旅客機の下部貨物室(ベリースペース)によって担われていました。しかし、世界的な渡航制限により旅客便が大幅に運休すると、この輸送能力は瞬く間に失われました。
この危機に対応するため、航空業界は貨物専用便(フレイター)の運航を急増させたほか、旅客機の座席を取り外して貨物室として利用する「プレフレーター」と呼ばれる便も登場しました。これにより、ワクチンや医療品、生活必需品などの緊急輸送が可能となり、世界のサプライチェーンの崩壊を防ぐ上で極めて重要な役割を果たしたのです。
スロットルールの緩和がもたらした一時的な解決策
通常、空港のスロットは「80-20ルール(Use-it-or-lose-it)」に基づき、割り当てられたスロットの80%以上を使用しないと翌シーズンにその権利を失うという厳しい規則があります。しかし、パンデミック下では航空会社がスロットを維持できるよう、世界的にこのルールが緩和されました。
この特例措置により、多くの貨物便が本来は旅客便で混雑していた主要空港のスロットを一時的に利用することができました。これが、パンデミック中の航空貨物ネットワークを支える大きな要因となったのです。
現状の課題:旅客便回復の影で迫る貨物輸送の危機
世界的に旅行需要が急速に回復するにつれて、各国でスロットルールが通常の状態に戻りつつあります。その結果、これまで貨物便が利用してきたスロットが再び旅客便に割り当てられ、貨物便が主要空港の発着枠を確保することが困難になるという事態が現実味を帯びています。
IATAは、このままでは航空貨物の輸送能力が低下し、再びサプライチェーンに混乱が生じかねないと警告しています。輸送能力の減少は、運送料金の上昇に直結し、そのコストは最終的に消費者が負担することになります。
今後の予測と影響:私たちの生活にも関わる、空の物流の未来
サプライチェーンへの影響
もし貨物便のスロットが十分に確保されなければ、その影響は広範囲に及びます。重量ベースでは世界の貿易量の1%未満ですが、金額ベースでは約35%を占める航空貨物は、主に高付加価値で緊急性の高い製品の輸送を担っています。
- ハイテク産業: 半導体や精密機器など、迅速な輸送が求められる製品の供給に遅れが生じる可能性があります。
- 医療分野: 医薬品や医療機器の安定供給が滞るリスクがあります。
- Eコマース: 国際的なオンラインショッピングでの配送遅延やコスト増が予測されます。
これらの混乱は、世界経済の回復の足かせとなる可能性があります。
旅行者への間接的な影響
この問題は、一見すると旅行者には直接関係ないように思えるかもしれません。しかし、航空業界全体の健全性は、旅客サービスの安定性や運賃にも影響を与えます。航空会社が貨物事業で安定した収益を確保することは、旅客事業への投資や安定した路線網の維持にも繋がります。
また、私たちが旅先で楽しむ食事やショッピングも、世界中の安定した物流網によって支えられています。空の物流が滞ることは、間接的に私たちの旅行体験にも影響を及ぼす可能性があるのです。
求められる新たなルール作り
IATAの今回の要請は、パンデミックを経て明らかになった航空貨物の重要性を踏まえ、今後の空港スロット配分のあり方を見直すべきだという問題提起です。旅客輸送の回復を歓迎すると同時に、経済を支える貨物輸送のネットワークを維持するための新たなルール作りが求められています。
旅客と貨物が共に繁栄できる、より柔軟で強靭な航空ネットワークをいかに構築していくか。各国の規制当局の判断が、今後の世界の空の未来を大きく左右することになりそうです。

